アンコール遺跡−4 バイヨン編(その2・クメールの微笑)

 第一回廊の壁画を見終わったら、第二回廊に登って、いよいよ四面仏とご対面である。期待も高まるというものだ。

 アンコールワットとアンコールトムは、1860年にフランス人博物学者アンリ・ムオーが再発見するまで、密林の中に埋もれていた。世界の人々はその存在を知らなかったか、もしくは既に廃墟となってしまったと考えていたのであろう。
 
 したがって、バイヨンの四面仏は一体どんな宗教の神なのか、ということは伝わっていないため、長年議論の対象となった。バイヨンを建設したジャヤヴァルマン7世が敬虔な仏教徒だったことから、観世音菩薩とするのが定説となっているが、破壊を司るシヴァ神説、知恵の神ブラフマー神説、ジャヤヴァルマン7世神格化説などがあるようだ。
 ちなみに観世音菩薩=観音である。の人々の声をじて、その苦悩から救済する菩薩である。人々の姿に応じて大慈悲を行ずるところから千変万化の相となるといい、その姿は六観音・三十三観音などに表される。阿弥陀仏の脇侍である。ちなみに玄奘は観自在と訳した。平泉の観自在王院の意味を今回初めて理解した次第である。

北側階段
四面仏が見下ろしている。


<第二回廊>

 階段は建物の中にある。薄暗い急な階段(手を付かないと登れないくらい急で、梯子に近い。)を登って第二回廊に出ると、中央祠堂が目に入る。

中央祠堂

別の角度から


 そして、周囲を見回すと、至る所に四面仏がある。一つとして同じ顔は無い。中央祠堂の四方を、四面仏が取り囲んでいる。
 第一回廊では上から見詰められたが、今度は四方八方から見詰められる。偶像崇拝を禁止している宗教(イスラム教は絶対禁止。キリスト教も本来禁止。)の信者は落ち着かないに違いない。確かにイスラム系の観光客はあまり見掛けなかったような気がする。

四面仏 端整な顔立ち

 第二回廊では、小さな塔に窓のような切込み(開口部)がある。覗いてみると、そこには四面仏がいる。窓が額縁の役割を果たしているのが分かる。

横顔

正面

 下の写真は、ガイドブックには必ず載っているものである。ちょっとした足場に上ると、3つの菩薩の顔が並んで見える。足場は一人しか乗れないため、観光客が多いときは一枚の写真を撮るのに多大な時間を要する。

2005年8月20日午前 2005年8月22日正午

アップ


 このとき、偶然僕のそばに日本人の団体がおり、ガイドさんがこう言った。
 「はい、みなさん。ここで写真を撮りましょう。一番右の像を見て下さい。日本の京唄子に似ていると言われています。」
 大受けする日本人観光客。皆口々に「似てる似てる。」と言っていた。

京唄子に似ている?

 下の写真は、もっとも有名な菩薩であり、代表的な「クメールの微笑」である。
 カンボジアの紙幣(200リエル)にも描かれている。ただ、僕は残念ながら今回の旅行で200リエル紙幣を目にすることはなかった。

2005年8月20日午前 2005年8月22日正午

 日の当たり具合で、表情も変わる。今度は夕日を浴びる姿を見てみたいものだ。

 地球の歩き方では「どこにいても菩薩の温かい眼差しを感じる。」と書いてある。確かにどの像も微笑んでいる。その笑顔は神秘的だ。でも、この像は、人々を救済する菩薩の笑顔だろうか。
 ラッキーなことに、8月22日に再度ここに来たときは、昼食時だったためか、団体客が全然いなかった。そのため、この像の前を独り占めすることができた。敬虔な仏教徒というわけではないけれど、手を合わせて拝んでみた。願い事をして目を開けると、右側頭部の欠けた顔で微笑んでいる。なぜか、背筋が寒くなった。

クメールの微笑