アンコール遺跡−3 バイヨン編(その1・壁画)

 2005年8月20日。いよいよ観光開始である。

 前日、ガイドにタクシーを8時に頼んでおいたところ、きっちり5分前にやってきた。タクシーの運転手はタラさんといって、学校で英語を教えているという。ガイドではないので一緒に観光するわけではないけれど、車中で遺跡の説明をしてくれたりしたので、この後3日間、彼の車で観光した。
 シェムリアップは、アンコールワットやアンコールトムのメインとなる道路は舗装されているが、路地に入ると舗装されていないところが多い。しかも雨季だったので水溜りも多く、蒸し暑い。実際に冷房の効いたタクシーに入るとホッとした。アンコールワットとアンコールトム以外も観光したい方は、バイクタクシーやトゥクトゥクは避けて、タクシーにした方がいいと思う。ちなみに代金は、ガイドが持っていた料金表によれば1日48米ドルであった。「地球の歩き方」によれば1日20〜30米ドルとのことなので、多めに払ったのかもしれないが、1日乗っても5,000円程度ならリーズナブルではないだろうか。
 
 さて、アンコール遺跡を観光するにはパスが必要である。3日間のパスで40米ドルであり、このパスがあればどの遺跡でも観光することが出来る。高速道路の料金所のようなゲートがあり、顔写真を撮った(写真代は無料)。その写真をパッチすれば、他人への譲渡不可能パスの出来上がりである。

 ゲートを抜けて最初に向かったのが、アンコールトムである。アンコールトムの中でもメインとなる建物がバイヨンであり、東向きである。一方、アンコールトムは西向きである。したがって、午前中にバイヨンを見て、午後にアンコールワットを観光すれば、写真を撮っても逆光にならない。両方を観光するオプショナルツアーもそういう順番になっているそうだ。
 
 アンコールトムは「大きな城」もしくは「大きな都」という意味である。創建したのはジャヤヴァルマン7世である。ジャヤヴァルマン7世は1181年に王位に就いたが、その4年前(1177年)にチャンパ(ベトナム中部に有った国)に敗れ、王都は陥落して財宝は持ち去られていた。ジャヤヴァルマン7世は反撃に転じ、1199年にはチャンパの首都を陥落し、1218年にはチャンパの全土を支配下に置いた。いわば、アンコール王朝の中興の祖である。アンコールトムは12世紀末に建設された。

 アンコールトムは外敵からの守りを意識して造られている。王城は3km四方、全長12kmの外壁で囲まれており、東西南北に門がある。その外側には濠がある。分かりにくくて恐縮だが、下の写真は、濠の上に架けられた橋である。

南門
神々と阿修羅が並んでいる。

南門

 南門の上には四面仏が彫られている。1面の大きさが約3m、地上20mの高さである。門の幅は車1台が通れる程度であり、すれ違いは不可能である。
 ちなみに上の写真は翌日の午後4時頃に撮ったものである。初日の朝はごった返していて車を停められなかった。駐車場は1kmほど先のバイヨンの脇である。


<バイヨン>

 バイヨンは須弥山(メール山)を象徴化している。東西160m、南北140mであり、中央の塔(高さ30m)に向かってピラミッド形に盛り上がっている。それぞれの塔には「クメールの微笑」と呼ばれる「観世音菩薩の四面仏」が彫られている。塔は四角錐の形をしており、四面に巨大な顔が彫られている。バイヨンの下に立った者は、塔の上から神々に微笑をもって見詰められる。

 旅名人ブックスによれば塔は49基あり、四面仏は196体あったそうだが、現在は173体だそうだ。四面仏は下の写真では分かりにくいが、次のページではアップで掲載するのでそちらをご覧いただきたい。

バイヨン(東側) とにかく人が多い。

バイヨン(北側) バイヨン(南西側)


<第一回廊の壁画>

 バイヨンの第一回廊には壁画がある。神々、人間、動物の合計で11,000体以上が彫られているという。アンコールワットの浮き彫りは宗教・政治色が強いが、バイヨンの浮き彫りは日常的な庶民生活や貴族の暮らしが盛り込まれている。

 上の写真を見ていただければ分かるが、午前はとにかく人が多い。特に団体客がいれば、そこにはガイドがいる。見所となるレリーフの前では、3ヶ国語くらいを聞くことが出来る。そして全員が写真を撮る。ということで、第一回廊をぐるりと一周するのにはものすごく時間がかかった。
 それにしても、12世紀末のレリーフが、風雨にさらされながらも、破壊を免れて21世紀の現在に見学できるというのは素晴らしいことである。

入口左の壁画

 入口から左に進むのが順路となっているようである。まずは東面のレリーフである。右や左から撮ったりしているのは、正面に団体客がいたからと記憶している。

チャンパとの戦いの行軍 食料運搬部隊

 南面のレリーフ。メインとなるレリーフは東面左側と南面右側に集中している。西面と北面は団体客は案内されないようで、比較的閑散としていた。

チャンパ軍とのトンレサップ湖での激戦
左がクメール軍、右がチャンパ軍

転落した兵士に食らいつくワニ
(左の写真の部分拡大)


勝利を祝う凱旋の宴 お産をする女性

これといった壁画のないところは
閑散としている。