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蟲グルマが来た
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1960 Heinkel Trojan
どーすんだ。これ。
いちおう少しだけ講釈します。Heinkelと言う会社は、ドイツの飛行機会社です。エンジニアでもあったHeinkel博士が代表で、戦争中は主にHe111に代表されるような爆撃機をつくっていました。この機体は戦争の前半、ドイツの電撃戦やロンドン空襲で活躍した機体です。「空軍大戦略」という映画に大挙して出演していましたね。
ドイツは戦争に負けてしまいましたから、軍需産業であったHeinkel社は会社ごと失業してしまいます。戦後は民生用にスクーターなどを作って食いつなぐことになりました。旧中島飛行機がスクーターラピッド号を作っていたのを思い出します。戦争に負けた国の共通した運命です。
スクーターはそこそこ売れたようですが、社会が安定してくるとともに雨に濡れないクルマが要求されるようになります。けれども誰でも自動車を買うことができるほど国民所得は回復していません。このため1950年代を通じてドイツではたくさんのスクーターカーが制作されて大衆の移動手段となりました。これらの小さなクルマはその独特なスタイルから、バブルカーと呼ばれています。これらのクルマが販売されたのは10年程度の短い期間でしたが、現在でもそのスタイルを愛するマニアが世界中に存在します。
さて、Heinkelは成功した先行者であるBMW Isetta のアイデアに明らかに影響を受けていました。Isetta
はもともとイタリアのiso社が作ったもので、BMWはiso社にライセンス代を払って生産していたのです。「タダで真似するんじゃない」と言ったかどうかはわかりませんが、BMW社からHeinkel社に対して訴訟沙汰が起こされる事態となり、このクルマはドイツ国内では生産できなくなりました。
困ったHeinkel社が目を付けたのが、三輪車の税金が安くマーケットも大きかったイギリスでした。Heinkelの三輪車はイギリス南部の工場で、Trojanという名前で生産されたのです。さすがにロンドン空襲を行った「Heinkel」の名前は使えなかったようですね。日本で「B29」という自動車を発売するようなものでしょうから。
ライバルのIsettaが、3輪と4輪あわせて15万台も生産されてのに対して、Trojanの生産台数は2万6000台にとどまっています。
もう少しHeinkel Trojan の詳しい情報を知りたい方に・・・・・英国のTrojan愛好家のクラブはこちら。
Heinkel Trojan のミニカーが欲しい方に・・・・・国産オリジナルキットはこちら。
Isetta はフランスでもライセンス生産されました。・・・・Velam Isetta はこちら。
バブルカーの怪しい世界をのぞいて見たい方に・・・・素晴らしいコレクション、microcar museumはこちら。
まだ動かない。小屋の中でライトがあたるとちょっと格好いいです
その後ちょっと進みました。車検取得のために迎えにきてもらったところ。
短い距離なら、大人3人で手持ちで運べます。
いかにも飛行機っぽいウィンドウグラフィックにご注目ください。
ボデイ下部まで一体化した、本物のモノコック構造で軽量化を実現。
さすが飛行機屋の設計ですね。スバル360と似た丸っこさが特徴。
ブレーキはバラバラですが、主治医は何でも直しちゃうひとなので、なんとかなるでしょう。
こんなに小さいのにおっきなキャリアカーでお出かけです。

早くもブレーキの組み立てが終わりました。

ペダルの配置は普通のクルマと同じです。ちょっと面白い形をしていますね。
フロントブレーキは油圧作動。リアブレーキはワイヤー機械式です。前後の同調はなく別々に制動されます。

ステアリング機構のブーツが切れています。パーツの調達が必要です。

もうエンジンがかかる状態になりました。ワイヤー類も引き直してすっきりしています。
右側のエアインテークのダクトが足りない。

何でも直しちゃうひと。

右が燃料タンク。燃料コック(逆ネジ)があれば自走可能となりました。

もうすぐですね。
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