おたく魂の叫びを聞け! 改訂2版



改訂2版 04年12月1日開設


聖少女に
踏み潰されたい

WEB漫画
エンジェル
ダスト
(9月15日 
第3話シーン
83〜89)

アクセス数が貧弱なまま
このサイトを更新するのに
意義が見出せなくなりました。
「私の言いたいこと」は
このサイトで整理している通りなので
それを「別ステージ」で披露できるまで
(来年あたりになんとかしたいと
思っています。)
サイトはこのままにしておきます。
(07年10月24日)

とりあえず
メンヘル系おたくにして
コミュニケーション弱者の私が
最も共感できる
「鶴見済氏の公式ブログ」
を読んでみて下さい。

Counter

切通理作
徹底批判
(7月28日
 加筆訂正)

サブカル言論人
批評

「気が弱い・内向性・人付き合いが苦手・他人の言葉が怖い」といった
メンヘル系おたくにしてコミュニケーション弱者の富崎が
“おたく魂の叫び”するサイトです。
その手の性格ゆえ抱え込む、鬱・恨み・怒りという負の思い=“おたく魂の叫び”
可能な限り整理します。

リンクフリー


WEB漫画
エンジェル ダスト

>綺麗なお姉さんに弱いボクを守ってほしい。

>いじめのトラウマを蘇らせるのは、
>自分をいじめた者が社会に居場所を持ち
>幸福に生きているのを見せられたときだ。

>「自分自身の弱さを他人に投影して叩く」という、
>“弱者”にありがちな行為は悪質だ。

こうした“メンヘル系おたく”ゆえの鬱・恨み・怒りを、
漫画ならではの分かりやすさを生かして表現します。

最終更新日 06年9月15日 第3話 シーン83〜89


おたく魂の叫びを聞け!

“おたく魂の叫び”とは何か?
それは整理すると以下の3点になる。
・「自分自身の弱さを他人に投影して叩く」という
 “弱者”にありがちな行為への怒りと批判
・自分の気力・知力・体力をバックに“マイルール”を
 作り、それを他人に押し売りする“有能な人”への批判
・“メンヘルおたく”富崎の自分語り。



上記のコンセプトに従った「おたく魂の日記」。
こまめに書き込みます。
なお、ここに書き込んでも「最終更新日」は
変更しません。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/tomizakix


「思春期おたくっぽい弱さ」
を嗅ぎつけると激しく反応し、
自分自身の弱さを他人に投影し
説教・断罪・罵倒に精を出す。

切通理作 徹底批判

「自閉」「幼児性」「被害者意識」「ダダッ子」という、
おたく的・思春期的な“他人の弱さ”を嗅ぎつけると、
激しく反応し、説教・断罪・罵倒に精を出す。

ところがそれが、
「自分自身が抱えている弱さを他人になすりつけ、
 他人に説教する。」という、それこそ弱者
ありがちな行為であることを暴かれると、
>批判なんて一方的に決まってるじゃんよ。
>お前の文章は下手なんだよ。ダラッダラしやがって。
と、“案の定”の逆ギレ自己保身で応戦する。

私がライターの切通理作を批判するのは、
「他人の弱さを嗅ぎつけると、自分の弱さを他人に投影し
 説教・断罪・罵倒に精を出す。」
という、この男の姿勢が悪質だと思うからだ。
06年7月28日 細かい部分を加筆訂正


“当時の私”は
 子どもだったのです!?

上記の切通の行為は、1994年、プロライターとして公の雑誌上で行われたことだ。さらに翌1995年、切通はその文章を加筆・訂正の上、自著に再録している。
そしてその文章の非を問われたときの逆ギレ「批判なんて一方的に決まってる云々」が書かれたのは1996年のことだ。

ところが、それから5年後の2001年6月26日
朝日新聞誌上の連載コラムで、
切通は以前の自分の文章を、こんな言葉一つで否定している。
>当時私は20代で、まだ子どもだったのだろう。

>自分の弱い部分を未検討のまま正当化するのは
>ケシカラン! 甘ったれるなぁ!
>他者のいない『おたく』的な自己中心性はダメだぁ!

とばかりに「他人の心の弱さ」をなじり叩く。
こうした、いいかげんな姿勢でやってはいけないことをしながら、
その行為の正体を指摘されると逃げを打つ。
そのあげくが、これである。


自分の正体を暴かれる批判には
答えないまま、
「一読すると、誠実でもっともらしく
 聞こえる文章」を並べてみせる。

切通理作の“サブカル詭弁”

上記の切通理作の非には、なかなか批判のメスは入らない。
なぜならこの男は“サブカル詭弁”による
自己正当化を計るからだ。

自分の正体を暴かれる批判には答えないまま、
「一読すると、誠実でもっともらしく聞こえる文章」
をポンポンと並べてみせる。

すると“文章は読めても文脈が読めない”タイプの読者の目には、さも誠実に反論しているように見えてしまう。
実は切通が「自分の正体を暴かれる批判」に答えず、
逃げていることには、気がつかない、気がつけない。

こうした、サブカル言論界でよく見られる詭弁・保身術、
それが“サブカル詭弁”だ。


「本とコンピュータ」(雑誌名)の今出てる号にも書きましたが、このHPはあくまで僕にとって都合の良く出来ている読者との交流サイトであって、「自由な言論表現の場」だなんてさらさら思ってません。
(切通サイトの掲示板より)

切通サイト掲示板での
論争

上記の切通のやり方に納得できない私は、
切通本人が開設するサイトの掲示板に、
直接、批判を書き込んだ。するとその返事は…。
>でも歳くってくると、あんまりそういうコトって、
>内側から沸いて来なかったりするんですが……。
30歳過ぎのプロライターとして、公の雑誌に書いた文章を問われているというのに、こんな答えがあるだろうか? 

さらに私が問うと、ついにこの男は開き直る。
>(他人への)批判って、誰だってしている時は一方向でしょ? 
>私が言ってるのは それだけのことなんですがねえ。
>「批判なんて一方的に決まってるじゃんよ」
>というフレーズは、よっぽどあなたの耳に残ったようですね。
>世の多くの人は「どっちでもいいじゃん。面白ければ」と思っている
>うちに忘れていくというのが通常だと思います。
切通がいままで言ってきたことは、
「自分の弱い部分を未検討のまま正当化するのはケシカラン!
 甘ったれるなぁ!」
「大人が自分の責任で口にしたことには責任をもてぇ! 
「他者のいない『おたく』的な自己中心性はダメだぁ!」という、
「他人の心の弱さ」への説教・断罪・罵倒だったはず。
それらが実は「自分の弱さを他人に投影して説教」という
弱者にありがちな行為じゃないのか?
と問われているのだ。
なのに、こんなふざけた答えがあるか?

ところがだ、ネット上でこのやり取りを見た連中からは、
圧倒的な切通支持の声が返ってくる。


切通の非を不問にする
サブカル言論界の読者たち。

切通の非を不問にする
サブカル言論界の読者たち

「思春期おたくっぽい弱さ」を嗅ぎつけると、
自分自身の弱さを他人に投影し
説教・断罪・罵倒に精を出す

切通理作にこうした非があることは、「客観的事実」だ。
だが、“サブカル言論”の世界では、
この「客観的事実」は、なかなか通らない。

実は、自らの非を“サブカル詭弁”でゴマ化していても、
それが「パッと読むと頭にストンと入る文章」、
「スマートさ、取り澄ました雰囲気を持つカッコイイ文章」であったりすると、なんと支持されてしまう。
それに対して論理的には正しい批判をぶつけても、
それがクドくシツこい粘着質な文章になってしまうと、
「粘着ウゼぇ」と否定のジャッジを下されてしまう。

サブカル言論界で通用するのは「客観的事実」ではない。
“イメージ操作”のうまい者のウソだ。

こうした言論環境のせいで、切通の非は不問にされたまま、
どんどんどんどん霞んでいく。
この環境を造るサブカル言論界の読者を分析する。
06年6月26日 
「こっちが何を言ってもスルー(無視)して叩」くん
「ボクのほうが 上から見下ろしてるんだぞぉ〜」 くん 追加

「プチ理作」加筆訂正


小林がナショナリズムをゴリ押しするのは
「自分がボスでいられる共同体主義」が
好きだから、だ。
“公”なるものは、その本音を隠す
カモフラージュにすぎない。

サブカル言論人批評

「オレ様が気にくわない!! だからお前もヤメろ!!」
「オレ様が大好き!!  だからお前もヤレ!!」
こういう姿勢でモノを言う言論人が多すぎる。

つまり自分の「個人的好み」にすぎないものを、
言論人として身につけている“武器”(学問の知識とか弁術とかイメージ操作の巧みさとか)で粉飾し、
さも普遍的真理であるかのように吹聴する輩が
多すぎるということだ。

「他人の個人的好み」を押し売りされやすい、
弱者である私の、サブカル言論人評。


小さな虫になって、
綺麗なお姉さんに踏み潰されたい


聖少女に踏み潰されたい

「小さな虫になって、綺麗なお姉さんに踏み潰されたい」
と思ったことは、そういうイメージで、
オナニーしたことはないだろうか?

アニメや漫画の美少女キャラの殺生(釣りとか)
が、たまらなくイヤじゃないだろうか?

アニメや漫画の美少女キャラを使って、
自立、成長、社会化(高学歴化、社会進出)を描かれると、
なんか、ヤな気持ちになったことはないだろうか?

「女性と同じ目の高さで愛しあえない」、
“キモヲタ”な私の自意識を整理する。


おたく魂のリンク集

「おたく的・思春期的な “他人の弱さ”を嗅ぎつけると、
自分自身の弱さを他人に投影し、
説教・断罪・罵倒に精を出す。」
という“弱者”にありがちな行為への批判を中心に
“メンヘル系”の自意識を整理する。

このコンセプトのリンク集。このサイトの歴史も。

07年2月27日 鶴見済氏の公式ブログ追加