進化における構築説・・ダーウィン総合説は十分ではありません



 進化は個体が変化し、それがともに生活する同種の個体群に波及して、その種が元の種と生殖できないほど変化したとき、すなわち、別の種になったとき、確実に一段階進んだといえる。
 進化をおこすしくみは、現在、遺伝子レベルでの突然変異と生態レベルでの生存競争による自然選択によって説明されている。いわゆるダーウィン総合説である。個体を変化させるものが突然変異であり、それが生き残るかどうかは種内および種間の生存競争の結果だというのだ。そして、ラマルクらの獲得形質に基づく進化の考えは、環境の直接作用や器官の用不用による獲得形質が遺伝しないのだから、進化とは関係ないと葬りさられた。また、進化にはじめから方向性があるとする定向進化の考えも退けられた。
 確かに、突然変異と生存競争の2つの現象は進化を動かす力になっている。しかし、ダーウィン総合説が進化のしくみを必要かつ十分に説明しているかというと、決して十分とはいえない。その原因は、この説が分子レベルと生態レベルでの現象のみで成立していることにある。分子と生態の間にはさまざまな分子や細胞の構築、発生がある。ダーウィン総合説には、この発生を考慮していないという欠点がある。
 この構築過程を考慮すると、環境の直接作用、用不用による獲得形質は遺伝しなくとも、進化において保存しうるという結論が導かれる。また、生物体の進化には、定向進化とは言えないまでも、かなり厳密な制限があることがわかる。
 木には年輪がある(図1)。この年輪は四季の気温差による発生速度の差によってできる。四季は2億年ほど前の中生代に地球が傾くことによって生じた。それより以前の木にも、四季のない熱帯の木にも年輪はない。年輪をつくったものは突然変異でも生存競争でもなく、環境の直接作用なのである。日本など四季のある地域に育つ木は、四季に適しており、四季を必要とするようになっている。この地域の木を年輪のない大木に育てることはできない。すなわち、年輪という形質は保存されている。



 北海道のチミケップ湖などにいるかわいいヒメマスは、オホーツク海の大きな海産魚ベニザケと同じ遺伝子を持つ(図2)。すなわち、ヒメマスとベニザケの卵はもともと同じであり、その卵が淡水中で大人になるとヒメマスに、海水中で大人になるとベニザケになるのだ。海にすむ魚で卵を川や湖に生むものがある。その子供が海に帰らず、淡水中で大人になったものを陸封魚という。琵琶湖のビワマスがアマゴになるように、大きな湖のものが、川や池、沼で別の魚として育つ場合もある。海産のサクラマスの陸封魚がヤマメ、アメマスがイワナ、そして、ベニザケがヒメマスというように例は多い。



 陸封魚の諸形質が淡水で育つことによる獲得形質であることに異存はあるまい。もちろん、陸封魚の赤ちゃんを海で育てれば、ベニザケのようなりっぱな海産魚に育つのだから、この獲得形質は遺伝しない。
 しかし、ここでゆっくりと考えてほしい。大人のヒメマスは今でも海水中では生きられない。さらに、一つ、ヒメマスの子供に海へ帰らない性質が加わったとしよう。それは、浸透圧の調節機構の変化でもよいし、単に生活の好みでも良い。じゅうぶん考えられる変化である。その海に入らない性質が加わったとき、ヒメマスの卵はベニザケに成長することはなくなり、ヒメマスの諸性質は固定する。生活の違いから、ベニザケとの交配はまったく不可能になる。このように、ヒメマスの手に入れた獲得形質は遺伝しなくても、進化において保存される。
 雑食性のオタマジャクシの腸の長さは肉食ばかり続けていると短くなり、草食ばかり続けると長くなる。腸の長さは用不用で決まる獲得形質である。その形質は遺伝しない。しかし、進化の過程で、あるオタマジャクシの食性が草食なら草食、肉食なら肉食に片寄ったとしよう。それに従って腸の長さは変わり、その形質は固定する。この場合、用不用の作用が進化において保存できたことになる。
 私たちの心臓の大きさも、遺伝子レベルで厳密に決められているのではなく、発生の過程でそこを通る血液を送り出す運動を繰り返しているうちに発達するものである。それが証拠に、実験的に血流の弱い状態にすると、心臓は発達しない。この心臓の筋肉の厚い壁も、用不用の作用が進化において保存されている例だろう。
 同じ遺伝素質をもちながら、その育つ環境などで形質が変わる例は他にもいっぱいある。女王アリと働きアリ、青虫とチョウ、オタマジャクシとカエル、赤ちゃんと大人などである。生物はかなりの融通性を秘めているのだ。これらのものは、進化において、どれかに片寄ることができ、そこから新たな可能性が生じてくる。
 ダーウィン総合説が十分ではないのならば、進化のシクミを十分に説明するにはどうしたら良いのだろうか。それには、遺伝子と生態の間の諸現象を説明の中に組み込めば良い。
 進化は、 変化、 その制限、 その固定の三段階でおこる。生物体は発生過程を経て構築されていくのだから、その過程に作用するすべての要素が進化の第一段階、変化をおこす。用不用の作用や環境の直接作用も、その個体の形質を変化させる大きな要素である。変化の要素には、もちろん、遺伝子の突然変異もある。しかし、遺伝子のもつ情報は、直接、形質として現れるのではなく、構築過程の中で組み合わされて発現するものであるということを忘れてはいけない。さらに、遺伝子の発現の順序によって、生ずるものが大いに異なることも知らなくてはならない。
 変化の要素は、構築の過程に組み込まれ、制限を受けながら働いていく。すべての変化は、すでにある形態(前形態)に作用する。その前形態に加われず、変化として現われない場合もあれば、構築のポイントに働いて、大きく形質を変える場合もあろう。
 構築過程では決して物理的に不可能なことは起こらない。形態面でいえば構造的に安定な形がとられる。各種のアリの触角の節の長さと直径を測って図にすると、規則正しく並ぶ(図3)。これは、生物体の形の変更に制限があることを示している。進化に制限がある良い例だろう。かつて、進化に一定方向にむかう性質があるとする定向進化(直進)説がいわれたことがあるが、方向性といえないまでも、進化のたどれる道は前形態などによって、かなり制限され狭められているといえよう。構築の過程で制限され、できない形があると同時に、構築過程で機能的には意味がないのに、できてしまう形態もある。男性の乳首のような非適応形質がそれである。



 構築過程で制限を受けながら出来てきた生物体は、発生の途中でも、また、さらに大人になった後にも、別の制限を受ける。それは生存し、子孫を残せるかという問題である。生存できるか否かは、生理的すなわち生物体内の問題である場合も、生存競争のように他の生物や無生物環境との関係といった生態的な問題である場合もある。
 そして、生存できる形質が前に述べたような様々な方法で固定され、個体群の中で保存されたとき、その形質は進化と直接に関わってくる。そうした形質の集大成が、その個体群を以前と異なる生物種にして、進化はすすむことになる。