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MIST【中編】

【中編】マインドコントロール

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・マインドコントロール

・心的外傷体験

・被暗示性

・カリスマ性

・ダブルバインド

・スケープゴート

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「何でそこまで言い切れるの?」

 皆さんは、テレビで紹介される「今日の運勢」が気になったりしませんか? 科学的な根拠はないのに、結果によって気分が一喜一憂してしまいませんか? また、職場などで「何でそこまで言い切れるの?」と思いつつ、「そうかなあ」とついその人に引き込まれそうになったことはありませんか? この心理は何なんでしょうか?

 それは、私たちには、進化の過程で手に入れた本能の1つとして、信じ込む心理があるからです。それでは、なぜ信じ込む心が沸き起こるのでしょうか?

前回は、2007年の映画「ミスト」を通して、宗教の起源の心理を交えながら、信じ込む心理の魅力やメリットを考えてきました。それは、社会(集団)の安定であり、個人の安らぎでした。今回も引き続き「ミスト」を取り上げ、信じ込む心理の危うさやデメリットを考えます。テーマは、マインドコントロールです。信じ込む心理は、裏を返せば、囚われる心理でもあります。私たちはこの心理とどううまく付き合っていけば良いのかをいっしょに探っていきましょう。

 

1 信じ込む心理の二面性

プラス面

マイナス面

社会(集団)の安定

個人の安らぎ

→前月号

囚われる心理(マインドコントロール)

 

→今月号


マインドコントロールとは?

あるのどかな田舎町に突然、立ち込めた濃い霧(ミスト)が、町全体を覆い尽くします。主人公デヴィッドと幼い息子は、たまたま買い物をしていたスーパーマーケットで、その他の大勢の買い物客と共に閉じ込められてしまいます。ガラス越しの外の一寸先は、濃い真っ白な霧の世界です。一歩踏み出すと、得体の知れない何かが彼らを襲ってきます。

その時、スーパーマーケットの中で存在感を発揮し始めるのが、町の信心深い信者であり変わり者でもあるカーモディさんです。彼女は、自らの説く教えによって、人々を次々と信者へと変えていきます。そして、教祖のようになったカーモディさんは、生け贄を捧げようと言い出し、その言葉に人々は熱狂し、従うようになります。一体、何が起こっているのでしょうか?

 その答えが、マインドコントロールです。マインドコントロールとは、人の心(マインド)を思い通り(コントロール)にすることです。私たちは、そう簡単に自分の心は他人の思い通りにならないと思うでしょう。しかし、実は、ある状況や原因が重なると、誰にでも起こりうる危うさが潜んでいます。

これから、このマインドコントロールのメカニズムについて、マインドコントロールされる側とする側の両方の視点で見通します。そして、マインドコントロールにかかる心理と、マインドコントロールをかける心理(テクニック)を解き明かしていきたいと思います。

 まずは、マインドコントロールにかかる心理の危険因子を、環境因子と個体因子に分けて順番に考えてみましょう。


マインドコントロールにかかる心理
(1)環境因子―@閉鎖性

 デヴィッドたちは、スーパーマーケットという霧で覆われた密室に閉じ込められています。その中で、たまたま居合わせた人々が生活を共にすることになるのです。そこは、光が遮られ、昼と夜が分かりにくい状況です。また、そこで人々の体の間合い(パーソナルスペース)や心の間合い(心理的距離)はいやおうなく近付いています。お互いのことが目につき過ぎてしまい(対人感受性)、プライバシーが失われていきます。また、食糧には困りませんが、電話、テレビ、ラジオなどのあらゆる通信、受信が機能せず、助けも来ず、全くの孤立状態です。まさに霧の中で先行きが見えません。

 このような空間的にも時間的にも閉じている状況(閉鎖性)はマインドコントロールの危険因子です。この状況は、まさに原始の時代の閉ざされた1つの共同体に見立てられます。約20万年前には、私たちの祖先は、最大100150(ダンバー数)くらいの閉鎖的な運命共同体(集団)をそれぞれつくっていました。スーパーマーケットの人々が、共同体の擬似家族となることで、前月号で触れたように、集団の安定のために、相手と同じ行動や考えを好み(同調)、何かを拠りどころとして信じ込もうとして(崇拝)、従いやすくなる心理(集団規範)が高まります。これは、原始宗教の心理の特徴です。

 昔からの宗教における山ごもり修行や、現在のカルト宗教での社会からの断絶による集団生活は、この心理が大いに働いていると言えます。


マインドコントロールにかかる心理
(1)環境因子―A不安定性―1.心的外傷体験

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 スーパーマーケットの人々の中の地元民のジムは、初め、カーモディさんをバカにして、暴言を吐いていました。ところが、目の前で次々と人が怪物に殺されていく状況の中、そしていつ次は自分の番になるのか分からない状況の中、様変わりしてしまいます。救いを求めて、完全にカーモディさんの忠実な信者となってしまうのです。デヴィッドたちは、「(霧が出てから)2日も経っていないのに」「精神バランスが崩れたか」と残念がっています。

 このような心的外傷体験(トラウマ)による予測不可能な状況(不安定性)はマインドコントロールの危険因子です。ありえない現実を目の当たりにしていつ死ぬか分からない恐怖を味わうと、今まで信じていた価値観(認知パターン)や行動パターンなどの心の拠りどころを失い、新たな心の拠りどころを求めるようになります(パブロフの超逆説的段階)。つまり、極限状況において、脳の既成のプログラムがリセットされて、新しい刺激(条件)による書き換えが起きやすくなるということです。そして、無垢でナイーブな子どものように、新しい刺激を受け入れやすくなるのです。例えば、失恋をして異性の友人に相談をすると、その相談相手に惚れてしまうという話はよく聞くでしょう。これは、失恋を心的外傷と捉えれば、相談相手が新しい拠りどころ(=恋人)となるような脳の書き換えが起きやすくなるということです。

ルール(法律)や論理(科学)と言った理性的な心の拠りどころを失った人々は、恐れや焦り、苛立ちにより、理性よりも感情に支配されやすくなります。より感情的な心の拠りどころを見つけようとします。そして、共同体が結束した原始の時代の宗教的な心が目を覚まします。

現代のカルト宗教の中には、不眠、不休、不食の極限状況を強いたり、社会で悪とされること(犯罪行為など)をあえてさせるところもあります。これは、極度のストレスにより精神的に弱らせることで、またモラルを破らせてもともとの価値観(認知パターン)を壊させることで、心的外傷体験を作り出し、救いや癒やしなどの新しい拠りどころ(=入信)を与えるテクニックと言えます。最近はあまりないようですが、部活動でのしごきにより極限状態を強いることで、チームの一体感を強めるというやり方も、同じ心理を利用しています。

 


マインドコントロールにかかる心理
(1)環境因子―A不安定性―2.感覚遮断と感覚過剰

 予測不可能な状況(不安定性)とは、心的外傷体験だけではありません。それは、閉鎖性によりいつも慣れ親しんでいる五感など刺激(情報)がシャットアウトされている状態(感覚遮断)でもあります。例えば、人間は、閉じ込められたり縛られたりして身動きが取れない状態が一定時間以上続くと、的外れなことを言ったり(的外れ応答)、子どもっぽく振る舞ったりするなど(小児症)、精神状態が一時的に幼くなります(拘禁反応)。子どもっぽくなるという点は、先ほど触れた心的外傷体験による結果と共通しています。

また逆に、新しい刺激(情報)が溢れ返っている状態(感覚過剰)も予測不可能な状況(不安定性)です。これは、入力される過剰な刺激(情報)によって、情報処理が追い着かなくなり、脳がパンクし麻痺してしまい(ストレス負荷)、自ら考えようとしなくなる状態です。

 このように、感覚遮断や感覚過剰による予測不可能な状況(不安定性)はマインドコントロールの危険因子です。極端な隔離生活による情報の「干ばつ」が心を日照らせてしまう状況も、メディアなどによる情報の「洪水」が心に押し寄せて溺れさせてしまう状況も、心を不安定にさせます。つまり刺激(情報)は、足りなくても溢れていても良くなくて、適度にあるのが望ましいと言えます。

 この危険因子は、ICU症候群(術後せん妄)でも同じです。これは、交通事故や手術後の後、ICU(集中治療室)に入室して、精神的に混乱する状態です。隔離されていることで、いつもいっしょにいる家族と会えず(感覚遮断)、昼夜が分からない明るい部屋で、心電図などのモニター音がピコピコ鳴り続けている状況(感覚過剰)が原因です。

昔から、宗教が盛り上がるのは、その時代の社会の不安定さを反映しているようです。社会が混乱して不安定(感覚過剰)だからこそ、社会がまとまり安定するための求心力を人々は求めて、宗教的になっていくのです。最近では、選択肢(知識)が多い状況(感覚過剰)ほど逆に決められなくなるという心理実験の研究結果が出ています。そんな世の中だからこそ、決定を代行するアドバイザーもまた増えているわけです。そもそも原始の時代から私たち人間は、選択肢などほとんどないシンプルな暮らしを送っていました。暮らしの中で選択肢が急激に増えたのは、産業革命が起きてからごく200年、情報革命が起きてからごく30年です。700万年の人間の心の進化の歴史を考えると、私たちの脳が、過剰な情報化社会に合うように進化するのには時間が短すぎるのです。つまり、テレビ、ネット、携帯電話に過剰にさらされている子どもたちは、主体的で創造的に考えようとする心理を弱め、引きこもりのリスクを高めているとも言えます。

 


マインドコントロールにかかる心理
(1)環境因子―B視野狭窄

 デヴィッドの仲間の1人が「セサミストリートへようこそ」「今日習う言葉は『償い』だよ」と言い、一貫して「償い」という言葉を言い続けるカーモディさんを揶揄します。人々は、もはや「償い」より他の選択肢が見えなくなっています。これは、外界の情報がシャットアウトされた上に(感覚遮断)、視野(思考)を一点に集中させられている状況です(視野狭窄)。例えるなら、暗いトンネルの中にいて、遠くに見える明るい出口に突き進む状況です(トンネル体験)

このように、トンネル体験(視野狭窄)はマインドコントロールの危険因子です。情報が途絶えて刺激に飢えている心理状態(感覚遮断)では、与えられた特定の刺激からの影響力が強まります。例えば、過激テロ組織で集団生活を送るメンバーは、そこにいる指導者や仲間が唯一のモデル(基準)となり、拠りどころとなります。組織のために自爆テロを行うメンバーは英雄であるという価値観が育まれやすくなり、自ら進んで自爆テロに志願するのです。かつて太平洋戦争で、多くの若者がいとも簡単に特攻隊に志願したのも、この心理メカニズムから理解することができます。また、犯罪の容疑者が、取り調べ室に閉じ込められ、「おまえがやったんだよな?」と刑事に延々と言われ続ければ、この心理メカニズムが働き、冤罪が招かれやすくなるのも理解できます。これらの心理は、まさに共同体が結束した原始の時代の宗教的な心と重なります。

 逆に、この心理が健全とされる形で利用されてもいます。例えば、男子校や女子校は、性別を限定することにより、恋愛の刺激を抑えています。進学クラス、寄宿舎生活、スポーツチームの合宿などは、受験勉強やスポーツなどの特定の刺激を特化して与え、拠りどころ(価値観)を統制しやすくしています。

また、極端な例として、少年院の矯正教育では、更生に望ましくない外界からの刺激をシャットアウトして、更生に望ましい日課のみが全て細かく決まっています。

 


マインドコントロールにかかる心理
(1)環境因子―C乏しいソーシャルサポート

ソーシャルサポートが乏しい状況(孤立)はマインドコントロールの危険因子です。これは、映画では描かれていませんが、とても重要です。家族や地域(職場)などでの集団への帰属意識(集団同一性)が希薄であれば、必然的に心の拠りどころ(同一化)に飢える心理状態になります。マインドコントロールによる強い力に引き込まれやすくなります。実際、家族や地域(職場)などのさまざまな絆が失われつつある昨今の状況は、この危険因子が強まっていると言えます。

 


マインドコントロールにかかる心理
(2)個体因子―@依存性

 これまでマインドコントロールにかかる心理の環境因子について整理しました。しかし、同じ環境でも、マインドコントロールにかかりやすい人とかかりにくい人がいます。この違いは何でしょうか? それは、個人差(個体差)です。ここからは、個体因子について考えていきましょう。

 まず、カーモディさんの最初の信者となった緑色の上着を着た女性に注目してみましょう。怪物の襲撃に備えて、人々がそれぞれにてきぱきと動いている中、彼女は、カーモディさんが説教をするそばに付いて、何も考えられないかのように不安そうにしています。そして、怪物たちが襲撃した後には「彼女が言った通りになったわ」とカーモディさんの言うことを鵜呑みにしていきます。自分でどうすれば良いか判断することが難しく、主体性がありません。誰かの指示を待ち、強く言う人に染まりやすいのです。

このように、依存的な性格(依存性)はマインドコントロールの危険因子です。この性格は、従順で協調性が高いというプラス面があると同時に、受け身で流されやすいというマイナス面もあります。例えば、かつて冷戦時代に、軍人たちが敵国に洗脳(マインドコントロール)されたと世の中に衝撃を与えました。軍人は、屈強で精神的にも強そうに思われていたからでしょう。しかし、実は意外にも、軍人や体育会系の人はマインドコントロールにかかりやすいと言えます。その理由は、上官、上司、先輩の命令には絶対服従するために、自分の意見を抑える癖が身に付いているからです。これが逆に仇となっているのです。つまり、問題意識を持たない従順な人ほどかかりやすいのです。

さらに言えば、周りの働きかけに素直に従ってきた良家の子や温室育ちの子も同様です。かつて巨大なカルト宗教に、多くの高学歴エリートたちが入信し、犯罪まで行いました。この理由も、幼少期から言われるままに勉強ばかりして、主体的で柔軟な考え方をする癖が付きにくかった可能性が考えられます。視野が広がらず、心の拠りどころ(行動原理)が乏しかったかもしれません。そして、一度信仰という拠りどころにはまったら、それ以外の多様な価値観を受け入れることが難しくなってしまったのではないでしょうか? これは、幼少期から受験勉強という「トンネル体験」を強いた代償とも言えるかもしれません。さらに、国際的に見れば、集団主義的(依存的)な文化を持つ私たち日本人は、そもそもマインドコントロールにかかりやすい国民性なのではないかと思われます。

 


マインドコントロールにかかる心理
(2)個体因子―A被暗示性

デヴィッドたち数人のグループは、最後までカーモディさんの言うことを信じません。この理由は、信じ込みやすさにも個人差があるからです。先ほど心的外傷体験で触れたのは、環境因子による脳の書き換えの起こりやすさです。一方、個人差(個体因子)による脳の書き換えの起こりやすさもあります。言い換えれば、これは、暗示へのかかりやすさです。暗示とは、暗に示されたことへの信じ込みの強さです。例えば、占い、迷信、超常現象などをすぐに信じてしまう人です。このような人は、マインドコントロールにかかりやすい危うさがあります。

このように、暗示へのかかりやすさ(被暗示性)はマインドコントロールの危険因子です。精神科医療の現場で、全く効果のない薬を効果がとてもあると伝えて内服させると、患者によっては効果があります(プラセボ効果、偽薬効果)。これは、効く薬だという安心感や医師への信頼感が被暗示性に大きな影響を与えているからでしょう。前号で触れた「信じる者は救われる」という心理でオキシトシンが活性化されている可能性とも重なります。

 この安心感や信頼感を生み出しているのが、共感性です。共感性とは、相手の気持ちを汲み取るのに長けていることです。この心理が高じて、相手から影響を受けやすくなってしまう、つまり被暗示性を強めていると思われます。さらに、相手の考えに感化して対応(共有)してしまう精神状態になることもあります(感応)。同調性や協調性との関係も深いです。これは、「みんな同じ、みんな仲良し」を重んじるゆとり教育を受けた世代の危うさでもあります。

暗示や感応は、誤った考えの思い込みが一時的な段階です。しかし、それが持続的な段階になれば、妄想と呼ばれます。

 

2 暗示、感応、妄想の違い

 

暗示、感応

妄想

特徴

反応的

浮動的

一時的(〜数日)、可逆的

自己誘発的(一次妄想)

固定的

持続的(数週〜)、不可逆的

 


マインドコントロールにかかる心理
(2)個体因子―B脆弱性

さきほど触れたジムは、信者になる前、デヴィッドとのやり取りで、「大卒のあんたがおれより偉いわけじゃない」「おれをナメるな」と強がります。そして、自分の判断ミスで、ある青年を見殺しにしても「なんでもっと危険だって言ってくれなかったんだ」とデヴィッドのせいにします。彼の立ち振る舞いは、決して知的に高そうには見えません。スーパーマーケットにいたかつての彼の担任教師からも、「あんた兄妹揃って成績が悪かったわね」となじられています。また、強がりは弱さの裏返しです。彼には、心の余裕がなく、不安でいっぱいであることが分かります。このような人は、理性的に考えることができなくなり、カーモディさんのような強い人の言いなりになっていくのです。

 このように、知的な制限低いストレス耐性による脆弱性はマインドコントロールの危険因子です。これは、知能の発達段階にある子どもについても同様です。

 

3 マインドコントロールの危険因子

環境因子

メンバーの個体因子

カリスマの個体因子

@閉鎖性

・光が乏しく、昼と夜が分かりにくい

・プライバシーがない

・先行きが見えない

A不安定性

・心的外傷体験、極度のストレス

情報のシャットアウト

・情報の溢れ返り

Bトンネル体験(視野狭窄)

C乏しいソーシャルサポート(孤立)

@依存性

A被暗示性、共感性

B脆弱性

・知的な制限(低知能)

・低いストレス耐性

・子ども

@神秘性

A権威

B煽動

C断定

D反復

Eダブルバインド

F序列化

Gスケープゴート

 


マインドコントロールをかける心理とは?―カリスマ性

 これまで、マインドコントロールにかかる心理を環境因子と個体因子に分けてまとめました。ここからは、マインドコントロールをかける心理(テクニック)を考えてみましょう。これは、カリスマ性の条件(個体因子)とも言えます。カーモディさんをモデルにして、これらの条件を考えてみましょう。


カリスマ性の条件―(1)神秘性

 カーモディさんは、「今夜、闇と共に怪物が襲ってきて、誰かの命を奪う」と予言します。そして、結果的に、的中してしまいます。すると、人々は、カーモディさんに特別な能力があると信じ込んでいくのです。カーモディさんは、思いのほか、人々が自分の言うことを信じるようになったと察知し、すかさず「分かったでしょ?」「これで私の言うことを信じるわね?」と勢い付いていきます。

このように、奇跡の演出(神秘性)はカリスマ性の条件です。カーモディさんは、厳密には奇跡を起こしたのではなく、いつもの口癖がたまたまその状況に当てはまってしまっただけです。しかし、彼女はここぞとばかりにそのまぐれの状況を巧みに演出しています。もちろん、カーモディさん自身も自分の「奇跡」に酔いしれて信じ込んでいます。

 奇跡体験とは、今まで不可能であると思っていたことが可能であると見せつけられることです。つまり、今まで心の拠りどころだった信念(認知パターン)がひっくり返ってしまう出来事です。この点で、奇跡体験も一種の心的外傷体験(心的外傷後ストレス障害、PTSD)です。先ほどのマインドコントロールの危険因子として述べたように、奇跡体験は、脳の書き換えが起きやすくなる状態を作り出し、その後の刺激(情報)を受け入れやすくします。

例えば、生存確率の低いがん患者が、手術や移植などによって奇跡的に完治した後、社会貢献をしたり信心深くなったりするなど人が変わったように自己成長していくことをよく耳にします(外傷後成長、PTG)。これは、「もう近いうちに死ぬ」という心的外傷体験の後に、完治するという奇跡体験をして、「生かされた」「助けられた」という事実(刺激)が、強く脳に刻み込まれ、新しい価値観として重みを帯びるからであると考えられます。また、宇宙から生還した宇宙飛行士が、後に少なからず宗教にはまるというエピソードも、宇宙空間という神秘的な極限状況が心的外傷体験や奇跡体験として脳に作用している可能性が考えられます。

 


カリスマ性の条件―(2)権威

 カーモディさんは、聖書を片手に威厳を持って、「煙の中からイナゴの群れが地上へ」「それらのイナゴには地上のサソリと同じ力が与えられた」「神殿から響く声が7人の天使に言った」「さあ、行くがいい」「神の怒りを地上に注ぐのだ」と言います。これは、スーパーマーケットに飛んできた巨大な昆虫を、聖書の「神の怒り」によって遣わされた「サソリと同じ力」の「イナゴ」に重ね合わせています。つまり、自分たちの生死は、聖書によってすでに運命付けられているとほのめかしています。

そして、「黙示録第15章」「神殿は神の栄光と力による煙で満たされ」「7人の天使の7つの災いが終わるまで誰も神殿の中に入れなかった」「神を迎え入れる準備をすべきよ」「世の終わりは、炎ではなく、霧と共に訪れるのよ」と訴えかけます。その後、「出てはだめよ」「私が許さない」「神の意思に反する行為よ」「まだ分からないの?」「私が正しいことは何度も何度も証明した」「私が預言者だと示したはず」と言い放ちます。自分が、預言者、つまり神の言葉を預かる者であり、自分の言葉が神の言葉を代弁していると言っています。

このように、聖書や神託などによる神格化(権威付け)はカリスマ性の条件です。私たちは、権威的な「答え」にすがってしまう弱さがあります(依存性)。権威は被暗示性を高めることが分かっています。例えば、高名な専門家に診てもらったというだけで、病気が良くなった気になる患者はよくいます。その理由は、原始の時代から、権威を動機付ける崇拝の心理が私たちには残っており、その心理はくすぐられやすいからです。これは前号で解説しました。崇拝の心理は感情的であるため、理性的によくよく考えればおかしなことも納得してしまうのです。

 そもそも聖書の内容を象徴的な意味として解釈すれば、どんな状況にも強引に当てはめることができます。そして、あたかも聖書がその現実を予言しているかのように人々に思い込ませることができます(バーナム効果)。これは、誰にでも当てはまりそうな質問をして心を読まれていると錯覚させる占い師のテクニックにもつながります(コールドリーディング)

 


カリスマ性の条件―(3)煽動

 カーモディさんは、怖い顔をして「怪物が哀れな若者をさらった」「霧の中にいる怪物を疑うの?」と声高に言います。デヴィッドの仲間のある女性から「(あなたのせいで)子どもたちが怯えているわ」と言われても、「怯えるべきよ」とむしろ恐怖を煽っています。その後、「哀れな娘は死んだ」「青年は焼け死んだ」と声高に叫ぶカーモディさんをその女性は見て、「みんなを煽動している」と不安がっています。デヴィッドの仲間の1人は、「怯える連中はカーモディさんに従う」と言います。そして、その通りになります。人々は教祖のようなカーモディさんを信奉し、従順になっていきます。

このように、集団のメンバーへの恐怖の煽動はカリスマ性の条件です。集団のメンバーは、恐怖によって感情的になりやすくなり、理性は弱まり(脆弱性)、原始の時代の宗教的な心、つまり信じ込む心が強まります。そして、指導者に対する崇拝の心理が高まります。

 実際に、社会情勢が混沌として不安定であったり、社会の価値観が揺らいでいたりして、人々が不安を抱えている時こそ、救世主やヒーローなどのカリスマが現れています。カリスマは、その状況を強めるために、さらに人々の不安感を煽るのです。弱みに付け込むのです。すると、カリスマの地位が盤石なものになります。

ヒトラーはカリスマ性があったと言われています。それは当時のドイツの政情が不安定であったからだという分析がなされています。いつでもどこでも世の中が不安定になれば、第2のヒトラーが現れるリスクが高まるということです。日本でも景気が悪かったり、政局が不安定であればあるほど、強いリーダーシップを持ったカリスマ性のある政治家が目立っていきます。

裏を返せば、世の中が平和で安定している時は、カリスマは現れにくいと言えます。なぜなら、何とかしてくれる、奇跡を起こしてくれるカリスマをそもそもその時の人々が求めていないからです。つまり、カリスマが私たちの目の前に現れるかどうかは、社会の安定感を計る1つのバロメーターになります。カリスマが現れない時代や集団こそ、安定した健全な社会であり組織であると言えます。つまり、社員全員が崇拝するカリスマ社長は、マスコミでもてはやされますが、果たしてその会社は本当に大丈夫なのかと疑問を持ってしまうということです。

 


カリスマ性の条件―(4)断定

カーモディさんは、人々に「あなたたちは罪深い人生を送ってきた」「怪物が襲ってきた時にあなたたちは神に叫び、この私の導きを求めるのよ」と断定します。その確信に満ちた態度を見て、デヴィッドの仲間の男性の1人は、「(カーモディさんは)自分は神と話せると信じ込ませている」「みんな解決策を示す人に見境もなく従ってしまう」と冷静に言います。

このように、確信的に言い切ること(断定)はカリスマ性の条件です。聖書や神託などの権威付けを基に、断定的で分かりやすく、繰り返されるカーモディさんの同じ「答え」に(視野狭窄)、弱っていて何かにすがりたい人々は飛び付いてしまうのです(依存性)。そして、何の疑いもなく信じ込んでしまうという盲信的で狂信的な原始の時代の心が発動します。

私たちの日常生活でも、自信満々で断定的に話す人を見かけます。かつて芸能界でも、「地獄に落ちるわよ」という決めゼリフを言い、相手を追い込んでいく人がいました。そして、このような場合、「助かりたければこうしなさい(言うことを聞きなさい)」と分かりやすい解決策が示されます。相手からは、このような人は救世主のように見えるのでしょう。

 そもそも救世主の役割を突き詰めて考えれば、おかしなことに気付きます。本当に救世主なら、黙って救済すれば良いだけの話です。しかし、救世主は、救いを約束して条件を提示するという形式を常にとっています。

 実は、断定のテクニックは、世の中に溢れています。例えば、ビールのCMです。「売り上げナンバーワン」という事実をアナウンスするCMは理性的です。一方、「このビールは本物だから」とタレントに言わせるCMはどうでしょうか? 「このビールだけが本物、他は偽物」というふうにも聞こえないでしょうか? そもそも「本物」とは何でしょうか? 「本物」の根拠は何でしょうか? 明らかにされていないことが多すぎです。つまり、言い過ぎなのです(過度の一般化)

 また、従来の心理学の本においてよく見かける記載の1つに「日本の男は未熟だ」という表現があります。しかし、どれくらい割合の「日本の男」なのか? それでは何を持って「成熟」とするのか? 定義や論理性が弱く抽象的になってしまい、読者には言い当てているように思い込ませてしまいます(バーナム効果)。これが、従来の心理学が人々に宗教のような胡散臭さを匂わせてしまっている理由でもあります。

 


カリスマ性の条件―(5)反復

 デヴィッドが、気を失ったように寝入っている中、カーモディさんは、「大地はムチやサソリで私たちを懲らしめる」「そして大地は忌まわしい汚物を吐き残忍で汚れた恐ろしい魔物が解き放たれた」「魔物を食い止める方法は!?(ない)」「どこに隠れても奴らから身を守れない」と煽動的にそして断定的に延々と語り続けます。そして、「償い」という言葉を繰り返します。目を覚ましたデヴィッドは、「あの声は夢だと思った」と言います。仲間の男性は「カストロみたいに休まずしゃべり続けているよ」とあきれたように言います。

このように、同じ言葉を繰り返し吹き込むこと(反復)はカリスマ性の条件です。煽動して断定した上に、反復することで、刺激(情報)が刷り込まれやすくなります。これは、さきほどマインドコントロールにかかる心理でも触れたように、情報が途絶えて刺激に飢えている心理状態(感覚遮断)では、与えられた特定の刺激(情報)が繰り返し吹き込まれることにより(感覚過剰)、自ら考えようとしなくなり、その刺激からの影響力が強まっています(視野狭窄)

かつてのカストロやヒトラーも、同じ言葉を延々と繰り返しています。逆に、この反復の手法は、CMなどでキャッチフレーズとして歌やリズムに乗せて当たり前のように使われています。また、良いスピーチやプレゼンも、このようなキーワードを繰り返すことが勧められています。

 


カリスマ性の条件―(6)ダブルバインド

 カーモディさんは、「今こそ立場を選ぶべき時」「(生け贄をして)救われる者か、(生け贄をしないで)呪われる者か」と人々に訴えかけます。生け贄をするかしないかという究極の選択を人々に迫ります。しかし、考えてみると、おかしなことに気付きます。それは、神の存在は前提であり既成事実となっています。そして、生け贄以外で助かる可能性に目を向けさせないようにしています。

 このように、他のことへの注意を削ぐために二択に持ち込むこと(ダブルバインド、二分思考、白黒思考)はカリスマ性の条件です。人々を二者択一することばかりに一生懸命にさせてしまうのです。これは、特に迷っている時や弱っている時に効果が高まります。迷いがない時には効果は乏しく、逆に強引に思われて反感を買われやすくなります。

もともと私たちは、この心理にとても陥りやすいです。例えば、恋わずらいで、「好き」「嫌い」と花びらを1枚ずつとっていき、最後にどっちが残るかドキドキするというのは古典的です。情緒不安定な人(情緒不安定性パーソナリティ)は、初対面で「大親友か絶交か」という極端な対人関係を築きがちです(理想化とこき下ろし)。恋わずらいにせよ情緒不安定にせよ、本来は大好きでも大嫌いでもなく、ほどほどの好意を持つことがスタートラインです。また、シェークスピアのハムレットの「やるかやらないか?それが問題だ」という名ゼリフも有名です。「生きるか死ぬか」「勝つか負けるか」「良いか悪いか」などもよく耳にします。これらは、その究極の選択肢だけに囚われてしまい、その他の選択肢への注意が削がれています。

 世の中では、相手に何かを決めさせたり心を動かすためのテクニックとして、この心理が利用されています。例えば、CMのキャッチコピーです。「ほんのり甘い味とほろ苦い味のコーヒーが新発売!ぜひお試し下さい」と「ほんのり甘いコーヒーとほろ苦いコーヒー、自分はどちらを選ぶ?」を比べてみれば、その違いが分かります。後者は、「甘いのと苦いのとどっちかな」という思考が働き、コーヒーを飲むことをすでに前提としています。逆に言えば、コーヒーを飲まないという選択肢には注意が向きにくくなります。

また、次の2つのデートの誘い文句の違いはどうでしょうか? 「映画か遊園地か行かない?」と「映画と遊園地だったら、どっちに行きたい?」です。後者は、デートに行くことをすでに前提にしています。デートに行かないという選択肢に注意が向きにくくなります。

車のセールスにおいても、車を買うかどうかは置いといて、「色は、赤と白のどっちがいいですか?」「ナビは付けますか?」などと次々とオプションを勧めています。これは買うことが前提で話を進めることで、買った気にさせ、買いやすくさせています。

 それでは、子どもに宿題をさせたいお母さんは、どちらの言い方の方が子どもを宿題する気にさせそうでしょうか?「宿題しなさい」でしょうか? それとも「宿題はおやつの前にする?後にする?」でしょうか? もうみなさんはお分かりだと思います。

 最近の選挙では、公約を1点に絞るという手法が用いられています(ワン・イッシュー選挙)。これもまさに、「○○について賛成か反対か」という分かりやすい一大テーマに注意を向けさせて、その他の困難な政治課題には注意を向けさせないという意図がありそうです。

 


カリスマ性の条件―(7)序列化

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 カーモディさんは、説教をする中、ある男性を自分に引き寄せ、「今夜、あなたは神の顔を見た、そうでしょ?」「そうです、彼は神の顔を見たのです」と讃(たた)えます。そして、周りからは拍手が沸き起こります。すると、信者になったばかりのジムは自分もカーモディさんに認められたいと思い、必死になります。そして、デヴィッドたちと軍人のヒソヒソ話を聞き付け、「こいつら(軍人たち)が災いをもたらした!」「神の怒りを呼び覚ましたんだ!」と叫び、1人の軍人をカーモディさんの前に差し出すのです。

このように、メンバーの格付け(序列化)カリスマ性の条件です。賞賛されたメンバーは、仲間であるという承認欲求が満たされ、集団への忠誠心や連帯感が強まります(崇拝)。また、賞賛されていないメンバーは、賞賛するメンバーを英雄視する一方、欲求不満となります。ジムのように何とか認められるため、裏切り者を見つけ出すなど手柄を挙げようとします。

この賞賛や逆の無視(放置)が気まぐれでなされることも、カリスマ性を高める要素です。そうすることで、メンバーたちはカリスマの顔色をますます伺い、この不安定な状況を解消したいと思い、言いなり(依存的)になっていきます。これは、ちょうど夫からDV(家庭内暴力)を受ける妻の心理に重なります。

マインドコントロールにかかる環境因子の1つである乏しいソーシャルサポートの段落でも触れましたが、現代は、絆や連帯感が希薄になっています。それだけに、この序列化の手法に私たちが乗りやすくなっていると言えます。

実際のカルト宗教集団では、すでに入信している信者たちが、入信のための見学者に「愛しています」と言い続けます。これは「愛情爆弾」と呼ばれており、口先だけと思っていても、悪い気がせず、やがて同調の心理が刺激されて、見学者は、周りの信者にとって特別な存在であると錯覚してしまうのです。そして、入信する意思をますます固めてしまうのです。

 これを商業的に利用していると思われる例もあります。日本ではあまり見かけないようですが、韓流スターなどの海外のアイドルは、ファンに向かって真顔で「愛しています」と言い切り(断定)、ファン心理を高めています(崇拝)。ファンクラブの特待や優待の仕組みも、この序列化の心理を巧みに利用しています。学校教育や組織の運営においても、表彰するという形で、序列化の心理は利用されています。

 


カリスマ性の条件―(8)スケープゴート

 カーモディさんは、「魔物を食い止めるには?」「どこに隠れても奴らから身を守れない」「何が必要?」と人々に訴えかけます。すると、人々は一斉に「償い(贖罪)だ!」と口を揃えます。そんな中、ジムがこの異常事態の犯人として1人の軍人を差し出します。すると、カーモディさんは言葉巧みにこの軍人を「裏切り者のユダめ」と罵ります。

このように、集団にとって共通の目的()を見い出すこと(スケープゴート)カリスマ性の条件です。共通の目的()とは、最初は、襲ってくる怪物だけでした。やがて、カーモディさんによってすり替えられた神への償いや裏切り者を見つけ出すことへと広がっていきます。共通の目的()が増えることによって、集団はますます一体化して(同調)、カーモディさんのカリスマ性もますます高まっていきます(崇拝)。また、集団のメンバーが裏切り者を咎めることは、同時に、自分が裏切り者になることを強く恐れることにもなります。原始の時代から、共同体で裏切り者になると追い出されます。それは、死をも意味していました。つまり、裏切りを恐れるのは、私たちの根源的な心理です。こうしてお互いが目を光らせて相互監視する集団心理が生まれ、ますますカーモディさんの言うことを聞くようになります。

 現代の学校社会もまた、この集団心理の縮図です。「いじめられたら教師や親に言いなさい」とのお決まりの呼びかけがあります。しかし、クラスにいじめがあるという事実を漏らせば、それはもはや裏切り者になります。だからこそ、傍観者はもとより、いじめ被害者は、裏切り者扱いされたくないため、教師や親にいじめの事実を言うわけがないのです。そして、その心理は、いじめ自殺へと追い込むほどなのです。教室で誰からも相手にされなくなる、自分の存在を認められなくなるという恐怖は、自分の命よりも重いととらえられてしまうのです。

 かつてのヒトラーが、自らのカリスマ性を高めるために、何をスケープゴートにしたのかも歴史から伺い知ることができます。

 

4 カーモディさんのキャラクターの二面性

プラス面

マイナス面

信心深い

カリスマ性がある

独りよがり

攻撃的

共感性が乏しい

支配的

 


なぜカーモディさんは真の救世主になれなかったのか?―表4

異常事態の当初、カーモディさんは、トイレの中で涙を流しながら神に語ります。「どうか私にこの人たちを助けさせてください」「あなたの言葉を説かせてください」「光で導かせてください」「悪人ばかりではないはずです」「あなたの赦しによって何人かは救うことができるはずです」「天国の門をくぐれるはずです」「1人でも救えたら、私の人生に意義が見いだせます」「私の役割を果たせるのです」「そしてあなたのおそばに行ける」「あなたのご意志を全うできるのです」と使命感に目覚めていきます。

しかし、同時に「でも彼らのうちの多くは永遠に地獄の炎の中にいる」と言い、気に入らない女性には「私の友達は神。毎日お話してるわ」「あなたと友達になるくらいならトイレの汚物の方がマシ」と吐き捨てています。

 カーモディさんのキャラクター(パーソナリティ)の特徴として、信心深くカリスマ性があるのに、独りよがりで攻撃的で、相手への思いやり(共感性)が足りず、支配的であることが挙げられます。一方、世界宗教の預言者や教祖は、共感性に高く、慈愛に満ちており、人々を公平に導いています。だからこそ、その教えは何世紀にもわたり語り継がれていくのです。つまり、カリスマ性の持ち主は、そのパーソナリティによって、集団を望ましい方向にも望ましくない方向にも導いてしまうのです。

 


私たちが「マインドコントロール」に陥らないためには?

これまで、信じ込む心理のマイナス面として、マインドコントロールを詳しく掘り下げてきました。信じ込む心理は、囚われる心理(固執)でもあります。言い換えれば、それは、物事のとらえ方(認知パターン)です。それは、文化であり、価値観であり、伝統であり、信念であり、思想であり、信仰(宗教)であり、そしてマインドコントロールでもあるということです。私たちは、何らかの物事のとらえ方(認知パターン)の傾向があり、ある意味では、その環境によって長い年月をかけて多かれ少なかれ何らかの「マインドコントロール」が刷り込まれているとも言えそうです。問題は、その認知が宗教掛()かった独特なものになり、自分や周りが困っていないかどうかです(認知の偏り)

 それでは、そうならないようにするには、どうすれば良いでしょうか? その答えのヒントは、まさにマインドコントロールの危険因子から導き出されます。

まず、環境因子を考えてみましょう。閉鎖性の解決のためには、まずその環境から離れること、引き離すことです。つまり、私たちの職場に照らし合わせれば、閉鎖的な職場、特殊な職場であればあるほど、人材の入れ替わりも少なく、独特の職場の信念や文化(集団規範)が起きやすいということです。また、個々人においても、同じ職場に長くいればいるほど、その職場の文化(集団規範)に染まり、その後に他の職場に適応しづらくなります。時間的な閉鎖性のリスクが高まると言えます。対策としては、例えば、5年以上は同じ職場(部署)にい続けないようにするなどの意識を持つことです。

視野狭窄への対策としては、内情をオープンにして、外部の情報を適度に入れることです。一般的には、これはジャーナリズムの役割でもあります。私たちとしては、他の部署とのかかわりや勉強会への参加を積極的に行ったり、職場に様々な人材を受け入れ、それぞれのメンバーが複数の集団をまたいでいることです。そうすることで、考え方が相対化されて、絶対的な価値観に陥りにくくなります。

 次に、個体因子である依存性、被暗示性、脆弱性などについて対策は、私たちが、それぞれの特性や問題点をまず自覚することです。

最後に、カリスマ的な人へ対応です。例えば口達者で断定的な人には、文書化させて根拠や証拠が残るようにする取り組みが重要です。

 


信じ込むことは私たちの本質

 前月号の宗教の起源の心理や、今月号のマインドコントロールの心理を通して見えてきたことは、信じ込む心理は、私たち人間の本質であるということです。私たちは、1つの信念(認知)に囚われると、簡単に操られてしまうということです。ただ、信じ込むことが良くないと言っているのではありません。大事なのは、何を信じるか、どう信じるか、そしてそれらのバランスをどうとるかということです。

そのためには、主体的で多視的で俯瞰(ふかん)的な心のあり方が必要です。そして、疑ってみる心(懐疑心)や批判的思考(クリティカルシンキング)もバランスよく必要であるということです。つまりは、気付かないうちにマインドコントロールされるのではなく、気付きを高めて「セルフコントロール」することが大切であるということです。

 今回は、マインドコントロールをテーマに、「なぜ信じ込む心理が沸き起こるのか?」という謎の答えを探ってきました。次回も引き続き、デヴィッドたちの運命の結末を通して、そもそも「なぜ信じ込む心理があるのか?」という最も根源的な謎の答えに迫っていきます。

最後まで、カーモディさんに逆らうデヴィッドたちは、果たして生き残れるのでしょうか? 

 

次回に続く

 


参考文献

1)岡田尊司:マインドコントロール、文藝春秋、2012

2)石井裕之:カリスマ 人を動かす12の方法、三笠書房、2012