エネルギーの転移


筋収縮にともなうエネルギー転移という一見不思議な現象について。


関節トルクパワー

エネルギーの流れ

 運動をエネルギーの流れとして見ていく考え方がある。

 逆動力学的計算によりが求まるから、各セグメントについて、両隣のセグメントとのあいだに出入りするエネルギー(パワー)をと関節速度、関節角速度より求めることができる。

関節力パワー

 関節力と関節速度の内積。関節力によるエネルギーの出入りがわかる。
 

セグメントトルクパワー

 関節トルクとセグメントの角速度の内積。関節トルクによるエネルギーの出入りがわかる。
 
関節トルクパワーという言葉は別の意味に使われる(次節)


関節トルクパワー

 関節において両隣のセグメントに発揮されるパワーの和を関節トルクパワーという。関節トルクパワーは、剛体リンクモデルにおける仮想的筋肉の力学的活動状況をあらわしている。

 筋肉は縮む(伸ばされる)ときに正の(負の)関節トルクパワーを発揮し、力学的エネルギーが発生(消滅)する。いわゆる短縮性収縮(伸張性収縮)の力学的側面が関節トルクパワーの数値に反映されるのである。




 筋肉が生み出すパワーは両端において発揮されるパワーの和である。
 速度を右向きを正に取ると、

発揮するパワー=1+(−)・2・(12

すなわち、
  筋肉が縮む速さ×及ぼす力

となる。

 実際の筋肉は関節をまたいで隣り合う二つのセグメントにパワーを及ぼす。
 筋肉が収縮すると、接合部において、隣り合う二つのセグメントに互いに逆向きで大きさの等しい力を及ぼす。この力は関節まわりの互いに逆向きのモーメントを生じる。
 
 dsinθ1=d2sinθ2より

   11×2×(−)=−2


 このばあいも、筋肉が発揮するパワーは両セグメントに及ぼされるパワーの和であるが、関節まわりのモーメントと二つのセグメントの角速度を用いてあらわすことができる。

 セグメントがそれぞれ角速度ω1、ω2で回転しているとすると、

 筋肉が発揮するパワーは、


  F・v1+(−)・2
 =・(ω1×1)+(−)・(ω2×2
 =(×1)・ω1+(−×2)・ω2
 =・(ω1ω2

となる(ベクトルの公式を用いた)。(ω1ω2)は関節角速度(セグメント間の角度の変化率)をあらわす。

 これが関節トルクパワーである。セグメントのキネマティックな情報(角度、角速度)から、逆動力学的計算により、筋肉の力学的活動状況をあらわす関節トルク、さらには筋肉が発揮するパワーである関節トルクパワーを知ることができるのである。


関節力によるエネルギー転移

 関節力でエネルギーの転移が起こる。

 セグメントBがセグメントAに及ぼす関節力を、関節の速度をとすると、BはAに正のパワーを発揮し、反対にAはBに負のパワー−を発揮する。
BからAへエネルギーの転移が起こる。パワー(=仕事率)は転移率をあらわす。

関節トルクによる転移

 二つのセグメントの角速度ωが一致するばあいは、関節力による転移とまったく同じ論法が成り立つ。()を(ω)で置き換えればよい。


 下図のような状況を考えればいいだろう。
 固定軸bのまわりを二つのセグメントが同じ角速度で回っている。筋肉は等尺性収縮である。
 この状態をしばらく保つには、例えば、末端cに青矢印のような力を加える必要がある。セグメントBは力のなす仕事でエネルギーを獲得し、さらにそれをセグメントAに流す。


筋収縮に伴う転移

 上述のように、関節トルクでもエネルギーの転移が起こるのだが、角速度が一致する(関節角速度がゼロ)ので、筋肉によるパワーの発生吸収がない。
 しかし一般的には角速度が異なるので、関節トルクが関与する運動ではパワーの発生、吸収がある。そのときにも、
二つのセグメントの角速度の向きが一致する

ばあいはエネルギーの転移が起こる。筋の収縮が引き起こす、あるいは媒介する転移と言えよう。「筋収縮によって発生(あるいは吸収)するエネルギーを隣り合うセグメントに振り分ける」というだけでは、二つのセグメントのエネルギー変化を説明できないのである。


 エネルギーの出入りがない閉じた系の方がわかりやすいので、筋肉が短縮性収縮するばあいについて、下の図のような簡単なモデルで考える。
セグメントA、Bは同じものとし、A、Bをつなぐ関節bは固定されているとする。

ケース1 系が静止している

 2つのセグメントの間で筋収縮による関節トルクが働くとする。

 

 
 bにおけるトルクにより、大きさω0の角速度を得たとする。関節まわりの慣性モーメントをとすると、エネルギーはどちらもE0=1/2ω0で、合計2E0である。

ケース2 系が回転している

 今A、Bが関節bを軸として時計回りにω0の角速度で回っているものとする。そこでケース1と同じ筋収縮を起こせばBは停止しAは2ω0の角速度を得るだろう。


 



 このときAの回転運動エネルギーは
 E0=1/2ω0
から
 E=1/2(2ω0=4E0
になる。 

 セグメントAが獲得したエネルギーは、筋収縮により発生したエネルギーよりも多い。もともと持っていた分(E0)と筋収縮の分(2E0)を除くE0BからAへ転移したと考えるのである。

 両方セグメントを回転させておき、筋収縮が近位のセグメントに負の仕事をし、遠位のセグメントに正の仕事をするように仕向ければ、筋収縮によるエネルギー発生を契機としてエネルギーの転移が起こる。


Winter

 筋収縮にともなうエネルギー転移についてはWinterが一節を設けている。抄訳を添えておいた。

 二つのセグメントは同じ向きに回転し、関節トルクMが生じている。角速度は同じではないばあいは、筋肉の発揮するパワーが正(あるいは負)であることを意味する。

 筋肉のパワーの指標である関節トルクパワーPmについては、それぞれのセグメントに付与されるパワーをP1、P2とすると、

 Pm・(ω2ω1)=ω2+(−)・ω1=P1+P2
 
である。
一方のセグメントトルクパワーが正で、他方がが負のばあいも、関節トルクパワーは二つのセグメントトルクパワーの和になっている。

このとき、

 P2−Pm=−P1>0

である。つまり、筋肉が発揮するパワーより、片方のセグメントトルクパワーの方が大きい。
 P2のうち、筋収縮により発生したパワーを除いた、−P1が転移したと考える。この現象を筋収縮に伴う転移と言うのである。



『打つ科学』の定義

 『打つ科学』p37-9に、転移が起こるとは
ある部分のエネルギーが減少して先の部分のエネルギーが増え、しかも先の部分を動かす筋肉がエネルギーの増えた分をすべて受け持ったのではない

と書かれている。これは筋収縮にともなう転移についての記述である。

 パワーで転移を定義するなら、必ずしもある部分のエネルギーが減ることを前提にしているわけではない。筋収縮にともなって一方のエネルギーが減り、先のエネルギーが増えるという一見奇妙な現象にまず着目したところから出発したのであろう。
前章で述べた、筋肉が受け持った分がPmである。先のエネルギーが獲得したのはそれでは足りず、足りない部分をP1で補っている。

 ただし書きがついていて、回りくどい文章になっているのは、
ある部分のエネルギーが減少して先の部分のエネルギーが増えエネルギーの転移が起ったように見えても、そうではないばあいがある

という点を強調したかったのだろう。
 前章のように転移をパワーの発揮で考えれば、このことは明らかである。

 
 このようなモデルで、Aが時計回り、Bが反時計回りで回転しているときに関節bで図のようにパワーを発揮したとする。セグメントトルクパワーはA、Bどちらに対しても正だから、A、Bのエネルギーを増やす方に働く。
 しかし、同時に関節cで図のようなパワーを発揮すれば(関節力でもよい)、Bの角速度を減らす方に働くから、それが十分大きければBのエネルギーは減る。このようなばあいは、
Aのエネルギー増加は転移によるものではなく、すべて筋肉が受け持ったのである

と言いたいわけである(転移が起こっているのはBからCである)。

この定義に続く『打つ科学』の解説は間違っている。関節力パワーによってもたらされるもののみをエネルギーの転移と考えているからである。セグメントトルクパワーもエネルギー転移に関与する。しかもここで問題とされているのは筋収縮に伴う転移なのであって、関係するのはセグメントトルクパワーの方なのである。

二つのトルクパワー

 関節トルクパワーは筋肉の発揮するパワーをあらわす。関節を介して隣り合う二つのセグメントへの筋肉の関与で定義される。
 関節トルクパワーは両セグメントに付与される互いに逆方向で同じ大きさのトルク、両セグメントの相対角速度の関数だから、運動に並進速度を加えても(表現を変えれば、同じ運動を並進する座標系から眺めても)、数値は同じである。また、”Winter”のモデルのようなばあいは、一定の角速度での回転についても同じことが言えるだろう。筋収縮の指標となるためには当然の要件である。

 セグメントトルクパワーはあるひとつのセグメントについて筋肉によって付与されるパワーである。
 付与されるパワーはセグメントの運動、あるいは観測する座標系により異なる。さらには、隣り合うセグメントに付与されるパワーの符号が異なるという奇妙な事態も起こるのである(そのばあいにエネルギーの転移という現象をともなう)。




 その辺のことを確認するために、くっついていた球が分裂するモデルを考えた。筋肉が短縮性収縮をしてエネルギーが発生したばあいに相当する。

 いま、静止していた質量mのA、B二つの球が分裂して、互いに逆方向に速さVを得るとする(図1)。

図1

  

 この分裂を速さVで左方向に動いている座標系から見ると図2のように見える(Aは分裂後に停止する)。

 
図2

  

 
 分裂によって発生するエネルギーは、ABが分裂後に獲得するエネルギーの合計であり、図1、図2どちらのばあいも同じmV2である。
 個々の球について見てみると、Aは図1ではエネルギーを獲得し、図2ではエネルギーを失っている。Bはどちらのばあいもエネルギーを獲得するが、図2では分裂によって発生するエネルギー(mV2)よりも多い(2mV2)。

 また逆に、図2の運動を速さVで動く座標系で見れば図1のように見える。分裂によって片方のセグメントがエネルギーを失うという奇妙な事態が起こったとしても、座標変換によって(視点を変えることによって)エネルギーの転移を消し去り、違和感を解消することができるだろう。

 要するに、エネルギーという概念が難しいのである。理解にいくらかでも役立てば幸いである。


段階的加速

 筋収縮にともなうエネルギー転移は末端を段階的に加速するなかで起こる。系全体を回転させておいて、次に、そのうちの末端部分だけを筋収縮によって望ましい方向に加速すると、転移という現象が起こる。そのばあい、
筋収縮に伴うエネルギー転移を末端の加速に利用する

という表現は、
筋収縮が、エネルギー転移をもたらす環境条件をあらかじめ用意する

ということに他ならない。収縮と同時にエネルギーの転移という作業をやっているわけではないのである。エネルギーの転移は付随する現象に過ぎないのだから、巧妙な技術のように考えて過大評価するのは考えものである。

 例えば手刀打ちで上肢の二つの連なったセグメント(上腕と前腕)の末端を加速するのに、まず体幹部分の大きな筋肉で両方のセグメントを同時に加速し、次に末端部分のみを加速する。人間の身体構造的特性に合致した、一般的な加速様式である。しかしこのばあいも、本質は末端の加速であり、そのためにスピードを段階的に上乗せするということである。

 エネルギー転移をともなわない段階的加速の例をあげる。

 加速の第一段階として、

という二つのケースを考え、第二段階で筋収縮を起こすとする。

            
図1 図2

 
 このような段取りで末端を加速するばあいはエネルギーの減少がないから転移は起こらない。
 
 段階的加速にとって、セグメントBのエネルギーの減少、つまりエネルギーの転移は本質ではないのである。


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