東京散歩  大 横 川 親 水 公 園 (1)
  

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大横川親水公園は、 防災上の目的で大横川の一部(竪川との合流地点から北十間川との合流地点附近まで)を埋め立て親水公園として整備し、平成5年(1993)4月1日に開園しました。 面積は63,343u、南北に約1,800mに及ぶ細長い公園です。
          
竪川との合流地点近くの馬車通りの撞木橋跡から公園に入りました左下の写真は、 撞木橋跡から眺めた親水公園で、撞木橋の由来について次の説明があります。
ここに架かっていた撞木橋は万治2年(1659)当時の本所奉行徳山五兵衛、山崎四郎左衛門両名によって墨田区江東橋一丁目より、同緑四丁目の大横川に架けられました。
最初は長さ10間、 幅2間の木橋でしたが、 その後、幾度となく架け替えられ、 昭和5年7月には、鋼橋(トラス)になりました。
この橋は、大横川親水河川整備事業により、その役目を終えて昭和62年10月に撤去されました。
なお、ここは竪川 ・ 大横川の交差辻なので、北辻橋、南辻橋、新辻橋などが架けられましたが、北辻橋西側の大横川河岸に 「本所時之鐘」 の鐘撞堂があったことから、 これらの橋は俗称として 「撞木橋」 と呼ばれてきました。 その後、 北辻橋が撞木橋として正式に名称とするようになったものと思われます。
                                                       平成11年2月
 
右下は、撞木橋跡、江東橋間の公園風景です。前方に見える橋は、公園内に設けられた橋(下段左)です。下段右の橋は、京葉道路に架かる江東橋です。
(京葉道路と江東橋については、「東京散歩」通り・坂(墨田区)に掲載してあります。)
                 
撞木橋跡から見る公園 撞木橋跡−江東橋間の公園。
撞木橋跡−江東橋間園内にある橋 園内から見る江東橋

左下の写真は、江東橋から見た北側の公園風景です。 前方にJR総武線の高架橋が見えます。 高架橋の下(右下の写真)を通って、北方向へ歩きます。 親水公園には、元の橋が残されていますが、撤去された橋もあります。北斎通りの長崎橋に来ました。 長崎橋の由来が橋のたもとにあります。
ここにあった長崎橋は元禄10年(1697)当時の本所奉行鈴木兵九郎、島屋久五郎、両名によって、墨田区亀沢四丁目より同錦糸一丁目に架けられました。
最初は長さ10間(18.0m)、幅2間半(4.5m)の木橋でしたが、その後何回となく架け替えられ、昭和4年6月には、鋼橋(トラス)になりました。
この橋は、大横川親水河川整備事業によりその役目を終えて撤去しました。
なお、 橋の名前は、当時西側に隣接した本所長崎町の地名にちなんで長崎橋と名付られ、 永い間、親しまれた本橋の面影をしたい橋名板を残して、その歩みを記します。   平成3年6月
          
  
江東橋−JR高架橋間の園内広場 JR高架橋下園路
旧長崎橋 長崎橋−清平橋間の噴水池
      
長崎橋を過ぎると、 次の清平橋との間はブロックの敷かれた広場で清平橋寄りに噴水があります(右上の写真)。
清平橋を潜ると中央に流れがあり、 流れに沿って園路が設けてあります。 歩いて行くと万華沼と呼ぶ沼があり、沼の畔に四阿があります。 その先の法恩寺橋の橋下には鷺と鴨がいました。
    
清平橋−法恩寺間の流れ 万華沼と四阿
法恩寺橋際の鷺と鴨 紅葉橋−法恩寺橋 法恩寺橋寄りの流れ
法恩寺橋を過ぎると流れに木の橋が架かって(右上の写真)います。 その先では、 流れの中に大きな石がいくつも置かれていて、 渓谷のような眺めになっています(左下の写真) 紅葉橋の先横川橋と平川橋の間は子供たちが遊べる広場になっていて、 いろいろな遊具やつり橋があります(下段左右の写真)。 また、 平川橋の近くには小さな滝があり、 そこから出た水が流れに注いでいます(右下の写真)。
       
紅葉橋−法恩寺橋 紅葉橋寄りの流れ 平川橋寄り滝からの流れ
横川橋−平川橋間児童遊具のある広場 横川橋−平川橋間児童遊具のある広場

          
平川橋を過ぎると、園路の左側に釣堀があります。その先、業平橋の手前でいったん路上に出ます。業平橋を横切ると、船首の形をした建物がある水上公園(下の写真)があります。その先で北十間川に突き当たり、公園はここまでです。

業平橋から見る船型の建物 業平橋先水上公園

(撮影日:2002.10.15 ・18)


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