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<2006年、FC東京ゴール裏覚書   『Ousadia〜信頼・勇気・挑戦〜』>

 僕たちは、しっかりと愛するクラブを応援し、
 またはときには相手を煽っていくために
 スタジアムで何を警戒し、何を信頼していくべきか?
 もしくは、なんのために僕たちは声を嗄らすのか。

 果たしてこのまま忘れてしまって、いいのだろうか?


過去を忘れない人間:

現在を生きていく人間: 現在の閲覧者数:



Update:12/05/03

 

 奇跡のJ1への昇格、天皇杯の優勝……。

 昨年も大熊監督を応援する前に、城福監督を侮辱して回っていた人達がいて

(その筆頭にいる人間は、城福さんがナビスコ決勝の時に浅利を馬鹿にしていたという趣旨の

 懐古主義と差別主義が入り混じった劣悪な動画を紹介して、大熊さんを応援させようとしていた)

彼らは大熊監督という昔なじみの監督を差別して応援していた。

 そんなくだらない差別なんてなく、東京の監督だからという理由で応援できない

哀れな人達がいたのだ。(詳細は下の文章を読んでください)

 2011年、大熊監督の素晴らしい一年に、ただ今は感謝を。

 久しぶりにこのHPを更新しようと思った理由がある。

 神戸、大宮戦を何気無く見ていると、実況の田代さんが

「ポゼッションサッカーに移行するのは難しい、例えばガーロ監督のように……」

 ロ!?!

 と突然、ガーロ監督の話を始めたんだ。そう、それはとても難しい作業だったんだ。

 その難しい作業中に、差別主義者の連中は4月1日からバッシングを続けていた。

 ポポ監督にもああいった矛先が向かないように、祈り……警戒しよう。

 東京はああいった適当な連中の遊び場ではないのだから。

 勝利を信じ、祈り、分かち合うサポーターが集まり、監督が作るサッカーを、東京を

応援する場所なのだから。


Update:11/05/12

 

2006年、僕たちが醜態をさらけだした最悪の年。

それから城福監督、大熊監督と映り行く中で、あの日、差別を行ったサポーターと名乗る嘘つき達の

バッシングやひいきは続いている。

応援を勝手に仕切っている集団、イケイケ団の当時幹部が、城福さんのパスサッカーを緩やかな自殺と罵った。

続いている、続いているんだ。

そんな事を思い返しながら、AFCチャンピオンシップを見ていると、

突然、彼の姿が飛び込んできた。だ!

前に調べた時にはセリエでコーチをしていた筈だが、なんとアルアインの監督として

AFCチャンピオンシップで、ピクシー率いる名古屋と戦っているのだ。

ガーロ・アルアインが3−1で勝っている。東京魂を背負いながら、いまだ戦っている。

あんなに一部の下衆な連中に差別されながら、打ちのめされても、強く戦ってる。

嬉しくて、涙が出てくる。感極まっての久しぶりの更新。

FC東京を応援する振りをしながら、醜い差別を繰り返している集団についての情報は

下になります。是非、現実を認識して、ただ東京だけを応援しましょう!

頑張れガーロ! 俺達もいまはJ1の舞台目指して頑張るから。


Update:07/05/06

 

川崎戦。

2007年、ここまで露骨な差別東京。少しは、躊躇いを持てよ。

これってアリなのか? しかも、チームを支えてるのとは、違う意思が働いてないか?

東京で続ける限り、ヒロミを俺は支えるよ。だけど、違うだろ。

差別東京の理由は、一応、このコンテンツの主軸である下にある「備忘録」参照。


Update:07/04/27

ガーロ、インテル監督就任!

http://www.nikkansports.com/soccer/world/f-sc-tp3-20070427-190481.html

http://www.internacional.com.br/pagina.php?modulo=2&setor=18&codigo=4773

ガーロ、おめでとう!

純粋に、サッカーに打ち込んで、結果を出してくれ。

うちらも負けないように、ガーロがいたクラブとして恥じないように、上を向いて行く!


Update:07/04/12

★リンクドフリー★

 最初に、自分が某掲示板の某スレにこのページのリンクを貼ってから、色々な方が色々な場所にリンクや、文章を貼ってくれた。

 そのおかげで、数日で3000アクセス以上も、過去の出来事を見てもらえた。ありがとう。

 どんな人間であろうと、東京を応援をしているのであれば、東京を支える声を出しているのであれば共に応援をするのも辞さない

 喧嘩したり、好きな監督や選手だけ応援したり、選手や監督を罵倒するためにスタジアムに行ってるのではなく、

 FC東京を支える為に、ゴール裏に行くのだから。

 しかし、また彼らが筋を通さず、確かな相手の不正も示さず「東京を傷つけるようなことをする」のであれば……

「なかったことのように振舞ったり」「嘘や捏造で、全てのファンが自分たちの意見と同じ意見だというように見せかけたり」のであれば……

 戦っている選手そっちのけで、試合妨害をするのであれば……

 せめてその時に、立ち上がる芽を生む、小さな種になればいい。

 すでに戦っている人がいたら、さしでがましいとは思う。申し訳ない。

 ストレスを集団でぶつけるような人間たちと、沈黙、自然発生コール、HPやブログ……どんな形でも戦う小さな「勇気」になれば。

 リンクフリーの報告。

★リンクドフリー★


 当文章は、試合内容やフロント周りの出来事ではなく、スタジアムの状況をそのまま書き記したものとなります。
 試合内容に関しては、それぞれが見たなかで、判断していることでしょう。
 まず、2005年と比べ、ほとんど大きな補強を行わなかったという前提で見ていただきたい。
 加えていままでとは別のサッカー、まったく新しいチャレンジをしようとしていたチームだ。

参考資料リンク:
・(何連敗しても、支え続けた)2005年成績

http://www.fctokyo.co.jp/home/index.phtml?cont=result/op_analyze&year=2005


・(一年目で新しい事をするために呼ばれたガーロ。彼が批判されたのは……)2006年成績

http://www.fctokyo.co.jp/home/index.phtml?cont=result/op_analyze&year=2006


2006年東京ゴール裏の忌まわしき日々 「共犯者は、サポーター全て」


日付    対戦相手  結果    備考
3/5(日)    大分トリニータ ○ 2-0  
3/11(土)   アルビレックス新潟 ● 0-2  
3/18(土)   清水エスパルス ● 0-1  
3/21(火・祝)  川崎フロンターレ △ 2-2  
3/26(日)   京都パープルサンガ ○ 2-1  
3/29(水)   浦和レッズ ● 0-2 ナビスコ予選第1日
4/1(土)    横浜F・マリノス △ 1-1  

 例の太鼓を叩いている集団が、前半、ずっと同じチャントを延々と繰り返していた。
 周囲では「あてつけか?」という声もあがったが、真意はどうだろう?
 最後に「ガーロ辞めろ」コールを、太鼓周辺の一部ファンが行う。
 このタイミングで、非難する根拠は? いまだ、示されていない。
「サッカーが分かっていれば、理解できる」という、ある種、思考停止めいた声は聞いたことがあるが。
 パスワークが得意なチームでは決して無かった東京に、ポゼッションサッカーとは簡単に身につくものなのだろうか。
 サッカーに詳しいのであれば、varietyfootballのような科学的で、論理的な視点で証明しないと、ただの独りよがりの感想でしかない。
 独りよがりの感想で、愛するクラブを罵倒する……正しいのだろうか?

 しかし、さまざまな「早すぎる」というガーロ辞めろというコールへの反論が起こる。
 僕も大きな不信感を、東京ゴール裏へ抱いた。
 僕たちはいままでずっと、去年だって、あの負け続けていた原東京を、支え続けていたはずだった。
 あの時も、しんどい状態だった。選手もほとんど変わってない。

4/8(土)    ジュビロ磐田 ○ 3-1  
4/12(水)   横浜F・マリノス ● 0-2 ナビスコ予選第2日
4/15(土)   ジェフユナイテッド千葉 ● 2-3  
4/22(土)   ガンバ大阪 ● 0-1  
4/26(水)   横浜F・マリノス ● 1-2 ナビスコ予選第3日

 真ん中は、応援拒否。さて、どういう思惑があったのか?

4/29(土・祝)   名古屋グランパスエイト ○ 2-1  
5/3(水・祝)   ヴァンフォーレ甲府 ○ 3-1  
5/6(土)   大宮アルディージャ ● 1-2  
5/14(日)   アビスパ福岡 ● 0-1 ナビスコ予選第4日

 応援拒否。
 苦しい試合だからこそ、助けようという気持ちは皆無。「お客様視点」で試合を眺める、応援団。

 あの時の彼らは、サポーターではなく、ただのファンでしかなかったのではないだろうか。
 自然発生的に、コールが少しだけ起こる。

5/17(水)   浦和レッズ △ 0-0 ナビスコ予選第5日

 応援拒否。しかし、自然発生コールが起きる。
 後半になり、太鼓が加わってくる。なかなかの順応性。

 私的な感想としては、こんなに一部以外が能動的な東京ゴール裏は、アウェーでもなかなか見たことがない。
 白熱した試合のおかげもあるけれど、この逆境でひとつの「東京G裏の可能性」を感じた。
 誰にも引っ張られなくても、太鼓がなくとも、歩いていける人たちは確かにいるのだ。

 確かにうまくいってはいなかったけれど、まだ五月。

5/21(日)   アビスパ福岡 △ 0-0 ナビスコ予選第6日

----ここから、ガーロ東京への一部東京ファンによる、根拠を示さぬ試合妨害が本格的に始まった----

7/19(水)   アビスパ福岡 △ 0-0 

 確か、石川が復帰した試合だった。雨の中、走ってた。
 水溜りがありパスはもちろん繋がらない、ドリブルもうまくいかない。
 その中で、執拗な、いまはいなくなってしまったササへの、皮肉まじりの「ササコール」を繰り返す。
 必死にくらいついて、同点に持ち込んだ選手を無視して、ファンが自らの憤りに「浸っている」ように見えた。
 なんの為の応援なんだろうか? 僕たちは、誰のために声をだしているのだろう。
 そして最後には「原東京」コールを当てつける。
 ササやヒロミをネタにしてまで、彼らが訴えたかったことは、そんなにも重いものなのだろうか。

 俺の目からは見た雨の福岡。一部ファンが憤っているという姿は、感情的で醜いものでしかなかった。
 何かを訴えるというのではなく、ただ自己完結した感情を、ピッチの選手無視して行っていたような。
 もちろん、見る人によっては違うように見えるのだろうけど。

7/22(土)   鹿島アントラーズ ● 2-4  

 松本での試合。
 気持ち良い青空の下、試合開始前「ガーロでいいのか」「フロント考えろ」という趣旨の弾幕は張られた。
 これから戦う選手たちへのメッセージ?
 僕たちは、ちゃんと考えているのだろうか?
 ガーロ辞めろと叫んだ、一部のファン。全ての人間が東京のためと思って、意識的に「ガーロ辞めろ」と叫んだのか?
 思ったのであれば、そう思った根拠は?
 様々な事を考えながら、二重の失意の中、東京へと帰っていく。

7/26(水)   セレッソ大阪 ○ 5-1 

 「ガーロでいいのか」と試合前から弾幕を貼り、上段で一部ファンがふんぞり返っている。
 一部ファン以外からは、「がんばれよー」などと言う声も聞こえてきた。
 ふんぞり返っていた一部ファンが、試合に勝った途端「セレッソちょ弱」と、手のひら返して煽りだす。
 これは俺の誤解かもしれないが、つまり
「この試合は東京の力ではなく、セレッソが弱いから勝っただけ」
 とでも言いたかったのだろうか。
 だんだんここらへんになると、ガーロ云々抜きにして、自分たち側のファンに心底ウンザリしていたので、悪意ある解釈をしていた可能性も高い。そうではなかった事を祈る。
 
 彼ら最後は、なぜか行進して盛り上がって、良いとこだけ楽しんでいた。
 応援せずに、いいところだけ楽しみ、文句だけは喚き続ける。僕たちは、何のために声を出しているのか。

7/29(土)   サンフレッチェ広島 ● 0-2

 試合が終わり、ヒステリックに繰り返される「ガーロ辞めろ」「原東京」「ササコール」。
 三日前まで楽しそうに行進していた一部ファンが煽り、周りもこの時は結構、乗っていた印象。
 意外とまとまってバッシングの声が出てた。
 ネガティブなバッシングは、ポジティブな応援よりも声が出る。怒りという感情は、人間の中でも強いものだから。

 よくない試合だったが、ファンがますますスタジアムの雰囲気を最悪にしていく。
 振り返ってみよう。
 ガーロ東京に対して「前向きにこう変わっていこう」というアプローチが出来ただろうか?
 それすらしないで邪魔をし続けて、怪我人が出て、3バックなど新しいことをチャレンジしたら即バッシングの材料に。
 前向きにガーロとコミュニケーションを取らなかった選手や、うまく選手をマネージメントできなかったガーロを、単純に責めることができるのだろうか。
 やれることもやらずに、文句だけ言い続けた半年。
 止められなかった、自分含めた一部ファン以外の人間にも、罪はあるのだろう。

 この時、だからせめて、この現象を忘れないように、ファンがしっかり、この最悪の半年を背負って前へ進めるように、HPに残そうと考えた。
 誰かのせいにしてしまって思考停止してしまったら、成長はできないのだから。

8/12(土)   浦和レッズ ● 0-4  

 ガーロが指揮した、最後の試合。
 ガーロと元々プレーした事がある、新加入のワシントンを投入するも、かみ合わない。
 サイドラインを割ったボールを、誰も取りに行かない。スローを誰も取りに行かない。
 こんな厳しい状況で支えよう、叱咤しようという意志の欠片もなしで、応援拒否。
 試合中に浦和が煽ってきた「東京、東京、クソッタレ!」に便乗して「ガーロ、ガーロ、クソッタレ」。
 「ガーロ辞めろ」「原東京」「ササコール」「アマコール」。浦和戦は続いていく。
 僕たちの大好きだった選手監督が、煽りのネタに使われるものの、言いたいことはただの皮肉。
 深いエスプリがあるわけでもない。
 試合妨害の中、試合は進み「4対0」。
 全てが、最悪な試合の中「ガーロ」だけが辞めていった。
 ガーロをスケープゴートにしたような形となる。
 しかしフロントも、選手も、僕たちも残る。何十年も、東京と一緒に歩んでいく。
 だから、変わっていかなければならない。

 今回はこれまでだ。ワシントンを無視し続けるなど(まぁ、そういう意図だという見方もあるが、状況から判断しづらいと思う)の話もあったが、本筋とズレていくから、今回は書かない。


 僕たちは、一方的にガーロを責めた。責めてなかった僕たちも、止められなかった。
「俺たちは、支えるぞ! 応援するぞ!」
 そういう声も、応援拒否時の自然発生応援や、京都ではワシントンコールとして起こったが、四月に暴走し始めたころすぐに対応できなかった。
 フロントも悪かった。
 選手だって、悪かった。
 ガーロも勿論。
 だけど、僕たちは?
 僕たちは「チケットを買っている」という客という立場に守られて、あの最悪の半年を演出した共犯者として、何一つ裁かれていない。
 その安寧の中で2006年にあった、根拠正当性も示されない「反サポーター行為」を忘れ去り、筋が通っていない行動を、また即座に防げない……なんて事がないように。
 あなたのような人は、スタジアムではしっかりと動いているのかもしれない。やってしまった事を後悔しているのかもしれない。
 そうだとしたら、余計な事を申し訳ない。せめて思い出す材料になれば。


 ガーロがいなくなった後に張られた弾幕。
「これでいいのだ」
 そんな風に、あったことをなんとなく忘れて、形だけ取り繕うようなことが起きないように。
 何か、また正当性を示さずに差別的な(参考資料を見ると分かりやすい)大々的なバッシング行為に及ぶようなことがないことを祈る。
 それでは、また。

 今年、ヒロミが負けだしたら、正当性を示さずヒステリックに罵るのだろうか? そういう状況になったのならば。
 それは僕も望まない。だけどそれは「差別」になってしまう。もう、東京のゴール裏は、ぬぐいきれないほどの矛盾を抱えてしまっているのだ。

 矛盾を背負って、前向きに、僕らの声をピッチに。どんな嵐が来ようとも、俺達の声で、東京という船を進めていこう。

 

<追記>

※ この文章をあげるかどうか悩んでいた所、某東京サポーターが「ガーロを辞めさせた」「原さんの再起を求めた」のはファンの総意というような事を書いていますが、それは捏造です。もう、僕たちは支え続けるしかないけど、ヒロミと、良い形で最後を迎えられた事で、ひとつの節目とする人間もいる。