ぢい散歩(深川)

   浅草界隈


わが仲間の落語部会の家元(俗名「はの字」氏)の企画により深川界隈を歩くことになりました。

その日の夜、銀座にて日本散歩写真学会の発足記念パーティーがあるというので、それまでの時間を使って門前仲町・富岡八幡宮から本所深川の吉良邸を目指すという・・・老人にとって炎天下を歩くという超無謀なプランです。

お昼に清澄にて深川めしを食べるというので、集合時間は12:30。夜の18:00まで堪えられるか心配になりましたが・・・。


この深川界隈は、私にとって会社生活時代、近くにコンピュータ・センターがあった関係で、特に夜の部に出没していた場所で、非常に懐かしいところです。しかし、昼間は風景が違うので、迷子になりそうな場所ですね。

 富岡八幡宮

富岡八幡宮
江戸時代には、寺社の建設費や改修費の寄付金集めをする目的で行う勧進相撲が、毎年この境内で行われていた。
享和元年(1801)3月の本場所まで約100年間に30数回の本場所が開かれた。1627年創建


日本一大きい神輿
江戸時代、深川に屋敷のあった紀伊国屋文左衛門から奉納された八幡造り、神明造り、春日造りの三基三様の大きな御輿であったが、大正12年の関東大震災でその全てを焼失した。その後、平成3年5月に復活


富岡八幡宮

横綱力士碑
横綱力士碑は明治33年(1900)に建立されたもので、歴代横綱の名が刻まれている

 深川不動

深川不動の参道

深川不動尊
深川不動は成田山新勝寺の別院。
江戸時代中頃、成田山不動への信仰が広まり、江戸でも参拝できるようにと作られた、成田山の出張所。本堂は明治14年建立


深川閻魔堂(賢臺山法乗院)
日本で初めての自動閻魔大王。お賽銭を投入すると、仏様のお説法がきける。それも願い事に応じて違った答えをいただける。御祈願の19願意は、おえんま様(本体は地蔵様)の除(よ)けと封(ふう)じ御利益として特別に有名。江戸三えんまの代表として庶民の信心を集めていた



深川めしで有名な「深川宿本店

深川めし 2100円のセットと
ビールを飲んでリフレッシュ

深川めし(味噌仕立て)

深川めし

デザートの葛きり

深川めしの店の側にある祖父母が眠る正覚院
線香もあげず手を合わせてきましたが、亡くなった祖父も「この恩知らずが・・・」と、草葉のカゲで嘆いていたでしょう



深川めしの店の前にある霊巌寺(れいがんじ)
寛政の改革をした老中・松平定信の墓がある

松平定信墓
松平定信は、江戸中期の陸奥白河(福島県)藩主であり、天明7年(1787)老中となりました。
定信が行った政策は、寛政の改革といわれ、天明の打ちこわし後の江戸の秩序回復に努めました。


紀伊国屋文左衛門碑
碑の左側に小さなお墓がある



清澄庭園
清澄庭園09,1.jpg
江戸時代「紀伊国屋文左衛門」の屋敷だったと伝えられており、明治時代には、あの「龍馬伝」で超貧乏臭かった三菱の祖・の岩崎彌太郎が所有していた。

相撲部屋

錣 山 (しころやま)部屋
元関脇・寺尾

大嶽部屋
大鵬部屋を大嶽親方(元関脇貴闘力)が継承したが・・・。これからどうなるのだろうか。大嶽部屋の看板がはずされていました。


北の湖部屋
第55代横綱・北の湖の部屋

大島部屋
元大関・旭國が起こした部屋



芭蕉稲荷神社

芭蕉が居住していた草庵、いわゆる芭蕉庵の跡地


芭蕉庵史跡展望

史跡庭園・芭蕉像

隅田川にかかる清州橋
ドイツのライン川に架かるケルンの吊り橋をモデルにしたもの


俳人松尾芭蕉が本拠とした草庵が有った場所からすぐ近くにある記念館。芭蕉に関係する多数の資料を展示、公開している。入館料おとな100円。

芭蕉記念館入り口

 吉良邸跡

本所松坂町公園として一部が残されている吉良邸跡

写真の撮り方がよいので広そうに見えるが実際は狭い

赤穂浪士が吉良の首を洗ったという「首洗いの井戸」なども残されている




回向院
徳川家綱が無縁仏を供養するために建立された

ねずみ小僧次郎吉の墓
立川志の輔の落語「しじみ売り」を思い出しました。


花火資料館で打ち上げ花火の学習

お仲間B&G-NEXT所属の眺花亭さんの
会員制文庫にてコーヒーを飲んで小休止


日本散歩写真学会発足パーティー

日本散歩写真学会発足パーティーが
開かれた
銀座ウォールビル2Fのパセラ・リゾーツ。
友人が勤める会社のビルだったのでビックリ!

発足パーティーにはたくさんのメンバーが集結

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