本牧亭講談

平成22年3月30日(火)

もうろく学園の落語会の家元であるハヤシさんの案内で、講談の聖地・上野本牧亭(今は日本料理店)で、神田あおいさんの講談を聞きに行くことになりました。

集合場所の上野では、ハヤシさんが「B&G」の怪しげ?なノボリを持って待っていました。その回りには、これまた怪しげ?な方々がトグロを巻いており、事情が飲み込めない私はいったい何の集団?なのとボーゼンと見守るばかりでした。その中に、きわめて胡散臭そうな人を発見!。禮ちゃんでした。禮チャンは会社をサボって参加ということなので、きっと、この会は「会社より大切な会なのだなぁ」と、勝手に解釈したものです。

なお、B&G-NEXT(代表:船橋利幸氏)とは、仲間やグループの活動を応援する集まりで、キャリア豊富の多士済々のメンバーが集まっています。

上野公園 花見
本牧亭
世話役のハヤシさん

あおいさんは古典講談「秋色桜」の一席を〜父親をお供あつかいにした事を気に掛けるお秋の親思いを語る人気講談


世話役の音好さん
    講談「秋色桜」

江戸元禄年間、宝井其角に俳諧を学んでいた7歳の女の子・お秋は大人顔負けに字がうまく、俳句を作らせると才能を示したので、其角は「秋色(しゅうしき)」と名づけ、自分の俳諧の弟子に加えました。
13歳の時にお秋は上野公園へお花見に行き「井の端の桜あぶなし酒の酔い」という句を詠み、上野・清水堂の脇にあった大般若桜の枝にこの歌をくくりつけたのです。
これが上野寛永寺輪王宮様の目にとまり、その歌を詠んだ本人に会いたいということになり、会ってみたところ僅か13歳の少女だった事から彼女は一躍時の人となってしまいます。
その後、お秋は宗匠と呼ばれるまでに立身します。
現在の上野の秋色桜は9代目とか。
この日は咲いておりませんでした


ある年の暮れ、菓子屋の貧乏職人である父に宮様のお庭を見せたいと、自分の供ということにして同伴しますが、途中で雨になってしまいます。
子の自分が駕籠に乗り、どろだらけになって提灯をぶら下げて先頭を歩く父親の姿に耐えられず、駕籠屋に腹痛と嘘をついて薬を買いに行かせて、供の父と入れ替わります。
ところが、駕籠かきに、駕籠が重くなったことで父親と入れ替わったことがバレてしまい、金を渡してこのことを駕籠屋に口止めをします。
しかし、やがて世間に知れ、お秋の評判はさらに高まり出世するという・・・・人情話です。

上野清水堂脇にある大般若桜を「秋色桜」と呼ぶ由来である。


  三遊亭円歌師匠が来場(っていうより飲みに来ました)

円歌師匠の迎えの車を待っている間、しばし歓談?
本牧亭おかみさんとあおいさん じっくり聞かせていただきました。
伸び盛りのあおいさんですね。

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