桐蔭学園高等学校應援指導委員会
 

桐蔭学園歌  

                   加藤楸邨 作詞

荒川よう 作曲

一、

ほのぼのと 萌え出でし草 のぞみあり

深くゆたかに たたへたる もろくさの根の いとなみの

いまあらはれし しるしなる

二、

いかづちや くろがねの森 ちからあり

枝をかはして きそひあう おのおのの木の 恋ひやまぬ

向きさまたぐる ものはなし

三、

阿夫利根を 雁わたる見ゆ 未来あり

もとめもとめて あふれくる もろもろの胸 いつしらず

おのづとむかふ ところあり

四、

大空の 雪後の青さ まことあり

さむききびしき はてしなき 世の荒き道 貫きて

この冴ゆるもの 身をひたせ

 

■俳句から作られた学園歌


 昭和39年、桐蔭創立時には、校歌はなかった。鵜川昇学園長は、旧制東京高等師範学校(現・筑波大学)の先輩であり、人間探求派の俳人で知られる加藤楸邨氏に作詞を依頼したのである。学園長は学園歌作成にあたり、「校名を連呼するようなもの、PR式のもの、漢語調のものは避けて、やまと言葉で、生徒たちにとって青春のふるさとになるようなもの」をと希望した。しかし、楸邨氏は、桐蔭のイメージがまとまらないと言い、何年か見送ったのである。「俳句を通じて春夏秋冬の感じを盛って頂きたい」と、学園長は再び依頼した。ある日、楸邨氏は桐蔭を訪れ、いよいよ、学園歌作りが始まった。そうして、1番は春、2番は夏、3番は秋、4番は冬と、桐蔭の春夏秋冬を描き、詞が出来たのである。作曲は、学園長の教え子の荒川よう氏に依頼し、学園長、幹部の先生が何度か視聴し、注文をして出来上がったのが、今の学園歌である。

 楸邨氏の校歌は、桐蔭の作以前のものが二つあるとのことだが、甲子園で歌われ、全国の人に新しいタイプの校歌として、広く感動を与えたものは外にない。この学園歌は、内容・形式からいって桐蔭の宝であり、まさに、桐樹の蔭で学んだ全ての人の青春のふるさとである。