独語=ひとりごと

「はじめてのシェイクスピア」を書き終へて
あとがきに替へて

残念なことに在庫終了と同時に絶版となりました。再版の予定はありません。そこでホームページ版を準備中です。こちらから入って下さい

イラストレーター加藤俊章氏のサイト(表紙のイラスト)

去年の十一月のある日、突然PHPエディターズ・グループのIさんから封書が届いた。美しい文字で書かれた便箋には、シェイクスピアについての入門書を執筆して欲しいといふ依頼のことばが綴られてゐた。シェイクスピアの論文は職業柄たくさん書いてきたが、一般向けの本はまだ出版したことはない。そんなに私の名が知れてゐる筈がない。何かの間違ひかと思ったが、話を訊いてみるとホームページを読んで、執筆依頼をすることになったといふ。これには正直言って胸が高鳴った。依頼されたからうれしいというより、寧ろ、ホームページがそんな風に読まれてゐることがうれしかった。地道ではあるがシェイクスピアについて、また、演劇について、ホームページで発信してゐることが報はれた気がした。

アメリカやイギリスのホームページでシェイクスピアを検索すると文字通り5万といふシェイクスピア関連のサイトが案内され、選ぶのに困る位だ。日本では残念ながら、シェイクスピア学者はかなりの数に上る筈なのに、ホームページ上では筑波大学の加藤先生の研究の香り高い上質のサイトと、遊び半分、研究半分(英語で劇playは遊びplayと同義語だ)の私のサイトくらゐしか大学教員のものはない(匿名で載せてゐたら、ごめんなさい)。つまり、残念ながら、現状ではホームページはシェイクスピア入門書の執筆者を選ぶには数の上で、あまり豊かな情報を提供してゐるとは言へない。にもかかはらず、その数少ないホームページの文章によって白羽の矢を立てていただいたのは光栄だった。

PHPの基本方針は、時にやさしく、時に専門的に突っ込んで、シェイクスピアの劇作品37編全編とソネットから選び出した20編を解説する、といふものだった。そして、原稿締切りは五月十五日だ。

ソネットから書き始めた。出来上がり次第、原稿をメールで送るといふ方式なので、まづ12月末、ソネットの導入の部分の試し書きをして、文体や内容を見てもらった。OKが出たので、ソネット集から20編を選び出した。かういふ入門書でソネットを20編も紹介するといふのはちょっと例のないことなので、やりがひのある仕事だった。書いてゐて、楽しかった。『ソネット集』はシェイクスピアの肉声が聞こえる(やうな気がする)ので、一編一編の向う側でシェイクスピアが笑顔でゐたり、苦虫を噛み潰してゐたり、恋に恍惚となってゐたり、と波瀾万丈である。これまで『ソネット集』はそれほど注目してこなかったのだが、書いて行くうちに不思議な魅力を感じ始めた。

『ソネット集』は左に原文、右に日本語訳、下の余白に解説、といふ構成の予定だったので、和訳に時間を取られた。シェイクスピア全集の訳を見ると、日本語本来の語順で自由に訳してゐるものが多い。しかし、対訳方式となるとあまり行にずれがあっては体裁が悪い。日本語訳も原文と同じ行に収まるやうに工夫した。お陰で普通に訳すのに比べて数倍の労力を要した。しかし、何でもさうだが、かういふ風に制約がある方が仕事は大変だが、その分、楽しみも増す。

『ソネット集』は書けば書くほど面白くなって一編に割り当てられた分量を大幅に超えていった。これが後で悲しい結果となるのだが、その時はそんなことは夢にも思はず、せっせと我らがシェイクスピアとお付き合ひしてゐた。一月中旬に20編の紹介すべてが終った。

次はいよいよ劇作品だ。原稿の依頼を受けてからずっと考へてきた構想があったので、それを具体化しようと作品毎の紹介の構成の案をいくつも作ってみた。そしてひと月ほどかかってやうやく最終案が出来上った。

詳しくはこちらで本文からの抜粋を交へて紹介する

構成が決ったときには、もう二月になってゐた。締切りまで3ヶ月。本はジャンル別に構成するといふ約束だったが、どうしてもジャンル別では書始められない。苦手な史劇になったら筆が止ってしまふのではないかといふ懼れもあった。そこで劇は推定制作年代順に書いて行くことに決める。一作品仕上る毎にメールで送り、それを編集のIさんが本の形にはめ込んで行くといふ手筈だ。

ここから戦ひの日々が始った。時間との戦ひ、感受性との戦ひ。あれこれやってみて、夜はあまり頭が働かないことが判明したので、朝型に切替へる。夜は出来るだけ11時には就寝し、朝仕事をする。といってもかういふパターンが確立したのはもう原稿が半分以上も出来上った頃だったが。それでも、このやり方のお陰で、最後の追込みに耐へられた。最後の二週間は4時に起きて書始めることも何度かあった。とにかく目が覚めたらもう何時だらうが書始めるのだ。朝は気持がいい。頭も比較的快適に動く。夜やってゐた時は、時間ばかりが費やされ、実効はあがらないことが多かったので、調子よく進んだ。

二月に書いたのは、『じゃじゃ馬ならし』、『リチャード三世』、『タイタス・アンドロニカス』、『ヴェローナの二紳士』の4作。三月は、『間違いつづき』、『恋の骨折り損』、『夏の夜の夢』、『ロミオとジュリエット』、『リチャード二世』、『ヴェニスの商人』、『ヘンリー四世第一部』、『ウィンザーの陽気な女房たち』、『ヘンリー四世第二部』、『空騒ぎ』、『ヘンリー五世』、『ジュリアス・シーザー』、『お気に召すまま』の13作。二月、三月の二ヶ月でまだ17作。37作の半分にも達してゐない。

この辺りで編集者から全体の分量はどれくらゐになる予定か、と訊かれる。出版社の方では一冊のページ数で価格が決るのだから、大事な問題だ。書く方は手探りで書いてゐるから、突然の質問にうろたへる。これはイカンと、作品毎の重要度を決めて、星1つは何ページと割振る。お陰で全体の分量が概算で出せるやうになった。250ページの予定なのに、この分では350ページを優に越えてしまふことが判明。そこでまづ、30編あまりの囲み記事はポイントをぐんと落して何とか隙間に入れてもらふやう頼み込む。また、私の方でも、最初に書いたものの星の少ない作品がこれから書く星の多いものより分量が多いものがあるので、縮約版を作り、Iさんに送る。Iさんは、きっと、せっかく版組みしたのにまったく!とオカンムリだったに違ひない。

四月になると段々せっぱ詰ってくる。入学式も、研修旅行もある、授業は始るし、それに会議も目白押しだ。申訳ないが、いくつかの会議は休ませてもらった。『ジョン王』、『ヘンリー六世』三部作、『ハムレット』、『十二夜』、『トロイラスとクレシダ』、『尺には尺を』、『終りよければすべてよし』、『オセロー』、『リア王』、『マクベス』、『アントニーとクレオパトラ』、『コリオレイナス』、『ペリクリーズ』、『シンベリン』、『アテネのタイモン』、『冬物語』、これで18作。到頭合計で35作になる。終りは見えてきた。

実は最後の二週間はよく覚えてゐない。書上げた作品はトイレのカレンダーに書付けてゐたので分るのだが、今見ると凄まじい勢いで書いてゐる。特に26日から30日の五日間で『アントニーとクレオパトラ』から『冬物語』まで6作品書いてゐる。怠惰な私にとっては快挙である。しかも、この間にすでに書終へた分の校正刷が宅急便で次々に届けられ、結構よく書けた、などといふ自画自賛の鼻をばしばしとへし折られながら、それにもめげず、次の作品へと向って行くといふ悲愴な日々であった。

そこに悲しい知らせが届いた。ソネットの解説が長すぎてページに収らないといふのだ。確かに調子に乗って書きすぎた。本人は気持よく書いてゐたのだが、編集者にとっては迷惑な悪のりに映ったことだらう。泣く泣く削る。一旦削ると、なにやら残忍な気持が目覚め、小気味よいほどばっさばっさと削った。

そんなことをしながら、やうやく全作品脱稿。そして、五月三日にはしがきとシェイクスピアの楽しみ方を書上げて送る。これで原稿を書く作業はすべて終了した。実感はない。ただ、やれやれといふ感じだ。あとは著者校正を残すのみだ。一作品につき、一番短かったのは半日、もっとも長かったのは3日。そんなペースで書いてゐるから、後で読むと物足らないのもある。ああ、あれを書けばよかった、この文章は舌足らずだ、そんな思ひで身が縮む。だが、それは自分の力量不足のせゐであり、時間不足のせゐではない。丁度F1レースで、とっさのアクシデントを切抜けられるかどうかにレーサーの力量の差が出るやうに、せっぱつまった時こそ自分の本性が丸だしになるのだから、従容として受容れるしかない。

版組みを終へたIさんから、予定枚数を100ページ超える立派な本になったといふ報告があった。ううん、素直に喜んでいいのかなあ。でも、これ以上削ると貧弱になるやうな気がするから、これでいいのだ、と思ふことに決めた。

三十年以上シェイクスピアと関はってきて、僅かながらでもその経験をかたちに出来たのはうれしいことだ。今回の企画では原文をどしどし載せてもらへたのが、特にありがたかった。舞台でのことばの音楽、つまりShakespeare musicが、シェイクスピア作品を四百年に亘って生きながらへさせる原動力となってゐると信じる私には、ウィルの名台詞を220編以上披露できただけでも至福の極みと言へる。PHPさん、そして、Iさん、本当にありがたうございました。


分量の関係で割愛したものがありますのでここに掲載させて頂きます。
1)主な参考文献 2)囲み記事一覧表(あいうえお順)


訂正:はしがきにある私のホームページのurlは
http://www.gpwu.ac.jp/door/~todok
ではなく、
http://www.gpwu.ac.jp/~todok
が正しいものです。door/が入ってゐると接続できません。初歩的ミスでした。お恥づかしい次第です。 http://www.geocities.jp/todok_tosen/でも接続できます。 とは言ってもこれをご覧になってゐる方々には不要な訂正ではありますが・・・


訂正2(恥の上塗り)
Sonnet 130('My mistress' eyes are nothing like the sun')の和訳で大きな間違ひを犯してゐます。ここに訂正してお詫び致します。
原文の'Coral is far more red than her lips red.'が、訳出の際に使用したテクストで'Coal is far ...'と誤植されてゐるのに気付かずそのまま訳してしまひました。もちろんcoralは石炭ではなく珊瑚であり、当時、女性の唇を珊瑚のやうに赤く美しいと喩へる伝統がありました。正しい訳文は次のやうになります。
「唇だって珊瑚の方がはるかに赤い」

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