『リア王』
King Lear


劇場の能力を限界まで駆使した世界破滅の悲劇。最後まで救いのひかりは射しこまないが、現代に通じるこの重荷を、私たちは回避せずに受け取るしかない。

シェイクスピア全作品解説、登場人物

リア王:ブリテン王
ゴネリル:リアの長女
オルバニー公爵:ゴネリルの夫
リーガン:リアの次女
コンウォール公爵:リーガンの夫
コーデリア:リアの末娘
フランス王:コーデリアの求婚者
ケント伯爵:のちに変装してリアに仕える
グロスター伯爵
エドガー:グロスターの長男、のちに変装してトムと名乗る
エドマンド:グロスターの私生児、エドガーの弟
リアの道化

シェイクスピア全作品解説、あらすじ

年老いたリア王は、三人の娘に王国を譲り、まつりごとの煩わしさから解放されたいと考えていた。すでに領地は三分割し、どの娘にどの領地を分け与えるかも決めてあったが、覇権を譲ろうとしてもなお、最高の敬愛を受けたいとう老いの気まぐれと無分別から、三人の娘に愛情試験を課す。上のふたりは、父への愛を高らかに宣言する孝行娘の役をみごとに演じ、所定の領地を得た。しかし、末娘のコーデリアは、そんな姉たちの下心が見えすいているだけに、父への思いやりから、見てくれだけの孝行娘の役を演じることができなかった。しかし、老いとは恐ろしいものである。リアは、そんなコーデリアの深い思いを見抜くことができず、コーデリアを勘当する。そればかりか、あえて諫言する忠臣ケントに激怒し、追放してしまう。
コーデリアにはふたりの求婚者があった。無一文のまま投げ出されたコーデリアを見て、求婚を取り下げるバーガンディ公とは対照的に、フランス王は、虐げられたコーデリアにいっそう愛の炎を燃やし、フランス王妃として迎え入れる。
リアは、残されたふたりの娘のもとに隔月で滞在し、篤いもてなしを期待しているが、滞在前から、すでにやっかいな隠居老人扱いされており、さっそく長女ゴネリルから、冷たい扱いを受ける。そんなリアを、陰になり日向になり支えるのが、追放になったものの、変装して戻ったケントだった。ゴネリルは、リアお抱えの騎士の態度が悪いという理由で、100人を50人に減してしまった。冷遇ぶりに腹を立てたリアは、コーデリアを勘当したことを後悔しながら、泣く泣く次女のリーガンを頼ろうとする。だが、リーガンは姉からの手紙でふたりの不仲を知り、リアに会うまいと、夫とともにグロスターの居城を訪れていた。
リアの重臣、グロスターにはふたりの息子があった。長男エドガーは正妻の子であり、次男エドマンドは愛人の子である。エドマンドは私生児というだけで、世間から不当な扱いを受けていることが気に入らず、つねづね、兄を陥れ、父の領地を手に入れる野心を抱いていた。そして、とうとうその野心を満たす策略を実行に移す。父殺害をほのめかす手紙を自分で書き、兄からのものと偽って父に見せると、グロスターはまんまとだまされ、エドガーを疑い始める。さらに、その疑念を深めようと、エドマンドは自分の腕に刀傷をつけると、大騒ぎし、兄の父殺しを思いとどまらせようとして、深手を負ったと一芝居打つ。エドマンドの情愛に感じ入ったグロスターは、即刻エドガーを勘当し、エドマンドに領地すべての相続権を与える。城を訪れていたコンウォールは、身を挺して親を守った孝行息子に感銘を受け、エドマンドを召し抱える。
リアはリーガンにゴネリルの仕打ちを訴え、同情と憤慨を期待するが、返ってきたのは、姉をかばうことばと、老いた父への非難だった。押し問答をしているところに、ゴネリルが到着し、姉妹はふたりして、父を責め苛む。お付きの騎士を25人に減らせと迫るリーガンに、リアは、それなら50人を受け入れてくれるゴネリルを頼ると言えば、ゴネリルは5人でも多すぎると返し、さらにリーガンは、ひとりでも多いと、言いつのる。政務のわずらわしさから解放され、娘の温かい庇護のもとでの安寧を夢見たリアは、ここに至って、「孝行以上の楽しみはない」と言い切った娘たちの真意を思い知る。だが、老いたリアにとって、夢と現実の落差はあまりに大きすぎた。リアにできることは、正気を失い、嵐の荒野に飛び出すことだけだった。
雨が降り、風が吹き、稲妻が天を裂き、雷鳴が地に響きわたる夜の荒野を、リアは道化とともに、呪いさまよう。ケントはふたりを見つけ、小屋の中へと避難させる。すると小屋の中にいたのは、父殺しを図った罪で追放となったエドガーだった。エドガーは、トムと名乗り、気が狂ったふりをして、追っ手から逃れていた。寒い夜に、ただひとり、裸でふるえるトムを前にして、リアは半ば正気を失いながらも、虚飾をはぎ取った人間の本質を見る。そこへグロスターがやって来る。リアをかばおうとしたばかりに、コンウォールに居城を取り上げられたグロスターだったが、それでも忠誠心を忘れず、暗殺されるおそれのあるリアを安全な場所にかくまうためにやって来たのだ。コーデリアの嘆願により、父を救い出すべく、フランス軍がドーヴァーまで進軍してきていた。
しかし、グロスターはフランス軍と通じていることをエドマンドに密告され、コンウォールとリーガンから拷問を受け、両目をくりぬかれたあと、すべては孝行息子と信じていたエドマンドの密告によることを知らされる。主とはいえ、あまりの非道に、召使いのひとりは決然と公爵に刃向かい、リーガンに背中を刺されながらも、コンウォールに致命傷を与える。
絶望のなか、城を追放されたグロスターは、裸のトムに変装したエドガーに出会い、ドーヴァーの断崖の頂上まで案内を頼む。死ぬ覚悟を見て取ったエドガーは、平らな地面を断崖の縁と言いくるめ、父親に身投げしたものと思い込ませる。エドガーは、身投げのショックで気を失ったグロスターをやさしく起こすと、神々の助けで死をまぬがれたことを伝え、苦難に耐えて生き抜く決意を促す。
ドーヴァーまで進軍したフランス軍の陣営で、コーデリアは変わり果てたリアと再会する。激しい狂乱のあと、なかば正気を失ったリアではあるが、コーデリアに気づき、朦朧とした意識のなかで、過去の仕打ちをわびる。つかの間の平安も、ブリテン軍との戦いによって破られ、とうとう、リアとコーデリアは捕虜になってしまう。
フランス軍に勝利したブリテン軍だが、勝利の余韻にひたる間もない。リーガンは、エドマンドとのなかを嫉妬したゴネリルによって毒殺され、エドマンドは、甲冑姿に身を固めたエドガーに決闘を挑まれ、打ち倒される。瀕死のエドマンドは、決闘後、名を明かしたエドガーから、父グロスターの最期の模様を聞かされる。そこへゴネリルが自害したとの知らせが入る。エドマンドは、リーガンとゴネリルのふたりに愛されたことを虚しく誇りながら、最期の息で、リアとコーデリアに刺客を向けたことを告白する。ときすでに遅く、しめ殺されたコーデリアを死骸を抱いたリアが、よろめきながら現れる。正気を失ったリアは、コーデリアの死を嘆きながら、それでも娘が生き返ることを願いつつ、息を引き取る。エドガーが、悲しい時代の責務を負う決意を述べて、劇は終わる。

シェイクスピア全作品解説、見どころ

あらすじを読んだだけでも、この悲惨な物語にことばを失うだろう。1681年、ネイハム・テイトがハッピー・エンドに改作(改悪?)して以来、じつに1838年まで、シェイクスピアの原作は舞台に上ったことはなかった。こういう上演史は、この作品の衝撃の大きさを教えてくれるが、同時に、作品構造の難しさも教えてくれる。たしかに観客の同情を引きつけるのはリアとグロスターであり、この劇の中核となる老人の受難は、登場人物はもとより、観客の精神と身体にまで過酷な試練を課す。だが、この劇の影の主役として、大きな働きをしているのがエドガーであることを忘れてはならない。それは単に感動的な親孝行の物語という意味ではない。狂ったリアの鏡として、狂ったトムのふりをするエドガーの役割は大きいが、それ以上に、グロスターの身投げをはさんだ、ドーヴァーの断崖の頂上と崖下の場面で、エドガーが作り出す不思議な演戯空間が、この劇の隠された要を垣間見させてくれる。
リアは狂う前から、ちょうどハムレットと同じように、狂ったふりをしている。愛情の多少に応じて、王国を分け与えようという、気まぐれそのものが、すでに狂気の前兆といえるが、リアと道化が、狂気の演戯をまるで弦の共振のようにくり返すとき、その共振は次第に増幅して、ついには狂気と狂気のふりは区別つかなくなる。こういった狂気の共振によって、リアは、他から切り離されてリアであることをやめ、道化と、さらには、あわれなトムと、グロスターと4人でひとつの大いなる役を演じることになる。リアはリアひとりではなく、グロスターも、道化も、エドガーもリアである。
『リア王』はその精神世界が巨大すぎて、舞台には乗せられないと考えた批評家もあるが、考え方が逆であり、リアのあり方があまりに劇場的なため、人間的に捉えようとすると、その精神性ばかりが肥大してしまうのだ。
人間は精神のみではない。同様に、登場人物も精神だけではない。だが、現実の人間と違って、舞台上の登場人物は、生身の身体そのものであると同時に、『ヘンリー五世』の口上*1が懇願するように、隠喩として、千人の役割をも演じるのだ。そういった高められた人間存在のありかをひそかに教え示してくれるのが、ドーヴァーでのエドガーの演戯だ。頂上までの登り坂は、真っ平らで、かつ、急勾配だ。頂上から崖下までは、目もくらむ高低差があり、かつ、まったくない。ここに大道具類をほとんど使わない当時の劇場のたくましい想像力学がある。こういった劇場風土から、シェイクスピアは『リア王』をはじめ多くの傑作を作り上げたのであり、決して肥大した精神宇宙の書斎からではない。
『オセロー』で時をゆがませたシェイクスピアは、『リア王』では空間と人間存在に、離れ業を演じさせている。

*1:口上「私たちの足らないところは、どうか、みなさまの思いで補ってください。ひとりの役者を千に分割し、想像の軍勢を作り出していただきたい。」

シェイクスピア全作品解説、名台詞
シェイクスピア名台詞の朗読(wav形式)を聴くをクリックすると台詞の朗読が聴けます。

シェイクスピア名台詞の朗読(wav形式)を聴くLEAR. Speak.
CORDELIA. Nothing, my lord.
LEAR. Nothing?
CORDELIA. Nothing.
LEAR. Nothing can come of nothing. Speak again.
(リア:言ってみよ。コーデリア:何もございません。リア:何も?コーデリア:はい、何も。リア:何もないところからは何も生まれぬ。もう一度、言ってみよ。)
リアは自信たっぷりにこう言うが、あとで、すべてがあふれるところから、無が生まれることを思い知る。

シェイクスピア名台詞の朗読(wav形式)を聴くLEAR. So young, and so untender?
CORDELIA. So young, my lord, and true.
LEAR. Let it be so! thy truth then be thy dower!
(リア:若くして、これほどつれないのか?コーデリア:若いからこそ、真実を守っております。リア:勝手にしろ。そなたの真実とやらを持参金にするがよい!)
この段階で、リアは形あるものの価値しか目に入らず、まだ真実という持参金の価値を知らなかった。

シェイクスピア名台詞の朗読(wav形式)を聴くFRANCE. Fairest Cordelia, that art most rich, being poor;
Most choice, forsaken; and most lov'd, despis'd!
(美しいコーデリアよ。あなたは貧しくなって、もっとも豊かに、棄てられて、もっとも気高く、さげすまれて、もっとも愛すべきひととなった。)
フランス王のオクシモロンが、真実の価値を高らかに宣言する。逆にいえば、オクシモロンを使ってしか、真実の価値は明らかにならないのである。

LEAR. Blow, winds, and crack your cheeks! rage! blow!
You cataracts and hurricanoes, spout
Till you have drench'd our steeples, drown'd the cocks! . . .
And thou, all-shaking thunder,
Strike flat the thick rotundity o' th' world,
Crack Nature's moulds, all germains spill at once,
That makes ingrateful man!
(風よ、吹け、頬を吹き破らんばかりに吹け!吹き荒れるだけ、吹け!雨よ、降れ、滝となって降り注ぎ、塔もやぐらも、押し流せ!・・・大地をゆさぶる雷よ、地球をたたきつぶして、真っ平らにしろ!この世の子宮を突き破り、いのちの種を垂れ流し、二度と恩知らずを生ませるな!)
嵐の荒野へと閉め出されたリアは、壮絶な勢いで、天地の破滅を命じる。地上の王権を失ったリアは、天地の根源に挑みかかることで、より大いなる権力を求めると同時に、自分の内なる狂気の嵐と戦う。ここでは、台詞そのものが嵐なのだ。

LEAR. Why, thou wert better in thy grave than to answer with thy uncover'd body this extremity of the skies. Is man no more than this? Consider him well. Thou ow'st the worm no silk, the beast no hide, the sheep no wool, the cat no perfume. Ha! Here's three on's are sophisticated! Thou art the thing itself . . . . Off, off, you lendings! Come, unbutton here.
(墓の中にいた方が、裸の身で天空の暴虐に耐えるよりましであろう。人間とはこれだけのものか?この男をよく見ろ。蚕に絹を借りず、獣に皮を借りず、羊に毛を借りず、猫に香水を借りず・・・ところがだ!わしら三人を見ろ、みんなまぜものばかりだ。おまえだけが物そのものだ。・・・脱いでしまえ、こんな借り物は脱いでしまえ。おい、ボタンを外してくれ!)
リア、開眼の場面だ。リアは正気と引き替えに、人間の本質を見る目を手に入れたといえる。

EDGAR. Come on, sir; here's the place. Stand still. How fearful
And dizzy 'tis to cast one's eyes so low! . . .
The fishermen that walk upon the beach
Appear like mice.
(さあ、こちらです。じっとしてください。下を見ると、怖ろしくて目がくらみます。・・・浜辺を歩く漁師が二十日鼠くらいにしか見えません。)
エドガーは身投げしようとする目の見えないグロスターに、こうやってドーヴァーの断崖の頂上を作り出す。滑稽と悲哀が同居する名場面だ。

GLOUCESTER. The trick of that voice I do well remember.
Is't not the King?
LEAR. Ay, every inch a king!
(グロスター:あの声には聞き覚えがある。王ではありませんか?リア:そうだ、一寸きざみでどこを切っても王だ。)
苦難のただ中で生き抜く決意をしたグロスターは、たまたま出会ったリアに声をかける。リアはもう狂っているが、発することばは時折、鋭い皮肉となる。

LEAR. Thou must be patient. We came crying hither;
Thou know'st, the first time that we smell 'the air
We wawl and cry. I will preach to thee. Mark.
GLOUCESTER. Alack, alack the day!
LEAR. When we are born, we cry that we are come
To this great stage of fools.
(リア:我慢が肝心だぞ。ひとは泣きながらこの世に生まれてくる。初めてこの世の大気にふれるとき、オギャーと泣く。なぜか?教えてやろう。よく聞くのだぞ。グロスター:ああ、なんということだ。リア:生まれてくるとき、ひとが泣くのは、阿呆ばかりの大舞台に生まれてことが悲しいからだ。)
世界劇場のたとえで話すリアのことばは、『リア王』の世界を抜け出て、人生そのものに突き刺さる。


LEAR. Pray, do not mock me.
I am a very foolish fond old man,
Fourscore and upward, not an hour more nor less;
And, to deal plainly,
I fear I am not in my perfect mind.
Methinks I should know you, and know this man;
Yet I am doubtful; for I am mainly ignorant
What place this is; and all the skill I have
Remembers not these garments; nor I know not
Where I did lodge last night. Do not laugh at me;
For (as I am a man) I think this lady
To be my child Cordelia.
(お願いだ、わしをからかわないでくれ。わしはじつに愚かな老人だ、ちょうど八十を越えたばかり。正直に言おう、どうやら、頭がおかしいらしい。おまえと、この男を知っているように思うが、確かではない。そもそも、ここがどこかさえよく分からないのだ。どんなに記憶をたどっても、この服に覚えがない。ゆうべ、どこに泊まったかもよく分からぬ。笑わないでくれ。このおなごは、たしかに、わしの娘のコーデリアのように思うのだが。)
ドーヴァーに駐屯中のフランス陣営で、ひさしぶりにリアはコーデリアと再会を果たす。コーデリアだけでなく、観客も涙を誘われる場面だ。

LEAR. No, no, no, no! Come, let's away to prison.
We two alone will sing like birds i' th' cage.
(いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。さあ、牢屋へゆこう。ふたりきりになって、籠の中の鳥のように歌おう。)
ゴネリルとリーガンに会うかと聞かれたリアは、コーデリアと静かな時をすごしたいと望む。この劇でもっとも静謐な瞬間だ。

LEAR. And my poor fool is hang'd! No, no, no life!
Why should a dog, a horse, a rat, have life,
And thou no breath at all? Thou'lt come no more,
Never, never, never, never, never!
(かわいそうなわしの道化が、首をしめられてしまった!もう生き返らない!犬が、馬が、鼠が生きているのに、なぜおまえだけ息をしない?もう帰ってはこない、決して、決して、決して、決して、決して!)
悲しいとき、胸を裂かれる思いがするというが、この傷ましい疑問文は、世界文学でもっとも悲痛な疑問文だろう。

EDGAR. The weight of this sad time we must obey,
Speak what we feel, not what we ought to say.
The oldest have borne most; we that are young
Shall never see so much, nor live so long.
(悲しい時代の責務は私たちが負わねばなりません。言うべきことではなく、感じたままを語り合おうではありませんか。もっとも老いた者がもっとも苦しみ抜きました。若い我々はこれほどの目に遭うことも、これほど長く生きることもないでしょう。)
骨格の大きな台詞だ。まっすぐにものを述べて、しかも、俗にならない。シェイクスピア劇の幕切れの台詞のうち、もっとも格調の高いものだ。


シェイクスピア全作品解説、推定執筆年代、種本、初演

・執筆年代:1605年
・種本:ホリンシェッド『年代記』、フィリップ・シドニー『アーケイディア』など
・初演:1605年
・初版:1608年
・時代背景:ガイ・フォークスたちは、カトリック教徒弾圧に抗議して、国会議事堂を国王や貴族もろともに爆破する計画を立てていたが、1605年11月4日、爆破実行の一日前、仲間の密告によって陰謀が発覚し、首謀者たちは死刑になった。いわゆるガンパウダー・プロットである。

シェイクスピア全作品解説、逸話、こぼれ話

『リア王』の特徴のひとつが副筋の存在だ。副筋は、いわゆる古典的な三一の法則から外れた、シェイクスピア独特の、筋の展開技法だ。多くは、『空騒ぎ』、『十二夜』などに見られるように、滑稽な副筋が、悲哀に満ちた主筋に対するコミック・リリーフとして機能し、悲しみと笑いの好対照を形づくり、作品をより大きな全体へと仕上げてゆくが、『リア王』の副筋であるグロスター親子の物語は、リアの悲劇を反復し、増強する機能を果たしている。



シェイクスピア全作品解説、映画、舞台

残念ながら、まだ、感動的な舞台に出会っていない。また、映像化されたものも数多くあるが、まだ、これという作品に出会っていない。特に、エドガーの劇場性は映画では単に滑稽なだけになる。本質的に不可能なのだ。黒澤明の『乱』は『リア王』の翻案ものだが、道化の処理に疑問を感じた。そもそも日本の風土に道化をなじませることは無理ではないのか。それ位、道化はシェイクスピアの、あるいは、イギリス・ルネサンスのオーラに満ちている。

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Copyright (C) 2003 Hiroyuki Todokoro