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視えないものを視せる、「ボース・アインシュタイン凝縮」


ボース・アインシュタイン凝縮(Bose-Einsteincondensation、略語BEC)

この言葉は、専門家や理系の学生以外の方には、聞きなれない言葉かもしれない。BECは、相対性理論、光量子仮説、ブラウン運動(揺動散逸定理)等と並んで、アインシュタインの最も偉大な業績の一つとされる。1924年6月、アインシュタインは無名のインド物理学者ボーズから手紙を受け取った。ボースの理論(物理雑誌に掲載拒絶された、黒体輻射のエネルギー分布を記述するプランク公式の全く新しい導出法)について意見を聞くためだった。アインシュタインは非常に興味を引かれ、これを基に量子統計学の分野を切り開き、驚くべきBECの発見の契機となった。アインシュタインの1925年論文「一原子理想気体の量子論」では、ボースの理論を発展させ、超低温では気体原子集団が凝縮して一つの大きな波として振る舞う事を示し、水蒸気が水になるような通常の凝縮とは区別し、ボース・アインシュタイン凝縮と呼んだ。この凝縮が起こる温度は1000万分の1ケルビン(絶対零度0K=−273.15度Cに近い)の超低温のため、技術的に難しくアインシュタイン自身も実験的に証明されるかどうか疑問であった。

動画(原子の波が見えてきた、ボース・アインシュタイン凝縮の世界)

https://www.youtube.com/watch?v=mJTWstWKhao&list=PLdBD2YkoRqA6WXE_1KOTO6lQjoAC6loQR&index=3



●ボース・アインシュタイン凝縮とは

一方、超伝導・超流動・レーザーについては殆どの方が聞いた事があるだろう。BECはこれらの現象を引き起こす最も基本的なメカニズムだ。質量数4のヘリウム(4He)の超流動が発見されてもしばらくは誰も原理に気が付かなかったが、次第にBECがその本質であると認識されるようになる。超流動とは、液体が粘性を持たずに流れ続ける現象を言う。電流の電気抵抗が消滅する超伝導も、本質的には超流動と同じ現象とされる。1995年、遂にアメリカの科学者ワイマンとコーネルが、髪の毛の厚みの目に見えるBECを実現し(上の動画参照)、続いてケタレはこの凝縮体を使った干渉実験に成功して、3人は2001年のノーベル物理学賞を受賞した。こうして、4He超流動のような液体だけではなく、気体もまた超流動になる事が分かった。この発見が契機となり、2000年以降BEC研究は世界中で猛烈に広がっている。

BECがどのようなものかと言えば、系を構成する目に見えない1つ1つのミクロな粒子が完全に同期して運動する状態となり、ミクロな世界を支配する量子力学的性質が目に見えるほどマクロなものに増幅されたものと言える。通常、系を構成する原子はバラバラに動くため波としての効果は打ち消されて見えないが、BECが起こると原子のミクロな波が強め合ってマクロな波になる。こうして原子の集団がBECを起こすと、超流動現象のようにマクロな量子力学的効果が現れる。蛍光灯の光は、それを構成する光子がバラバラな方向に進むが、レーザー光は広がらずに直進する。これはレーザー光に含まれるすべての光子が同じ波長、同じ振動数、同じ方向に進む光子集団のBECとなっているからだ。原子集団がBECを起こすと、レーザー光のように大きな波として振舞い、目に見えるマクロなスケールで波としての干渉現象を引き起こす(下参照画像)。




●BECで利用されたレーザー冷却法

1995年、原子の気体をレーザー冷却を使ってBECが実現して以来、原子物理学、物性物理学、量子情報など様々な分野で学際的研究がなされている。レーザーは物を熱するというイメージがあるが、光子と原子のエネルギーがとびとびの値しか取れないと言う量子力学的性質を巧みに利用し、原子を冷却できる。BEC実現に使われたレーザー冷却法では、宇宙で最も低い1ナノケルビン(10−9K)という温度まで原子を冷却出来た。また、フェッシュバッハ共鳴法という方法で、原子間の相互作用を自在に制御出来るようになった。冷却された原子の「容器」として磁場やレーザー光が利用されるので、表面にミクロな凹凸がなく、2本のレーザーを対向配置すれば定在波が作られ、光の波長の半分の間隔で波の谷と山が格子状に交互に並び、原子を規則的に配列出来る(光格子)ので、不純物を一切含まない完全結晶の役割を果たす。これにより、原子は固体中の電子のように自由に運動ができ、原子間の相互作用も自在に制御出来るようになる。つまり自在に操れる人工量子物質が出来たわけだ。

●マクロでも扱える波動関数

原子も光子もBECを起こせるが、違いもある。光子間では相互作用(引っ張り合う、反発し合う力)が働かない。光子は真空中を直進するが、物があると容易に散乱される。一方、原子間には相互作用が働いて集団として運動するため、その状態は簡単には壊れない。これにより超流動と呼ばれる驚くべき効果が生まれる。超流動対は一度回転すると容器を止めても回転し続ける。永久流と呼ばれる超流動現象だが、金属が超電導になると同様の現象が生じ流れた電流は半永久的に流れ続ける。量子力学では、原子の状態は波動関数で記述される。BECが起こると、マクロな原子集団が同じ振る舞いをするので、これも同じ波動関数で記述出来る(マクロな波動関数、多数の原子が秩序だって運動する結果生じるので秩序変数とも)。原子間に斥力相互作用が働くと多数の原子の運動が相互に連動するので、容器の壁にミクロな凹凸(散乱体)があろうと原子は散乱されにくく、超流動は減衰せずに流れ続けられるわけだ。波動関数は古典力学では存在せず、量子力学的なものを扱うので、超流動現象は言ってみればマクロな量子現象と言える。

●超伝導

電荷を持つ電子の超流動は超伝導と呼ばれる。4He原子と異なり電子は完全に同じように振る舞えない。一般に素粒子や原子や分子は、パウリの排他原理に従うフェルミ粒子と、従わないボース粒子の2つに大別される。光子はボース粒子、電子はフェルミ粒子。パウリの排他原理では、電子は同じ状態に2個以上存在出来ないので、電子はそのままではBECを起こせず、超伝導にはなれない。超伝導の本質を解明したのは1957年のバーディーン、クーパー、シュリーファー。2個の電子が対を作れば、その対はボース粒子のように振る舞いBECを起こす事が分かった。この電子対(クーパー対)でBECが出来て、超伝導が起こるようになる。多数の電子対が同じ波動関数で記述され、全体がマクロな波動関数で記述される。リング状の超伝導体に電流を流すと、それは半永久に流れ続ける。しかし、電気抵抗が0となり永久に電流が流れるメカニズムはボース粒子と異なる。対を作っている電子自身は、依然としてパウリの排他原理に従わなければならない。電気抵抗は、電子が不純物により散乱されてエネルギーを失う事で起こるが、超伝導ではそのような散乱が起こらず抵抗がなくなる。

*TED:超伝導効果のプレゼンテーション(量子固定は面白い)

Levitating Superconductor(量子浮揚、量子固定) by Boaz Almog


●光を遅くする、あるいは停止させる試み

説明するよりも、以下の動画が分かりやすい。

未来を創る科学者達(15)光を止める−量子光学フロンティア〜上妻幹旺〜

*光を止める:光パルスをBEC中で音速と同程度まで減速して伝播させる事はすでに実現されている。原子は光パルス上を波乗りのように移動していると予想された。光を減速し静止させることは、光通信やデータ貯蔵、量子情報処理に新しい可能性を開く。2013年8月、ドイツのダルムシュタット大学のゲオルグ・ハインツェ率いる研究者チームは、光を1分間停止させるという記録を達成した。光の速度を落として完全に停止させるという試みは、少し前から行われていた。ドイツの科学者たちは、「電磁誘導透過: EIT」として知られる技術を用いた。単純に言うと、科学者たちは不透明な結晶を用い、これに向けて結晶を透明にするような反応を引き起こす事が可能なレーザー光線を照射した。続いて、同じ結晶(いまは透明になっている)に、もう1本の光の筋を照射した。そして、最初のレーザー光線を消して、結晶を不透明に戻した。すると、光は結晶の中で身動きが出来ない。不透明であるため、反射する事も出来なかった。あたかも停止したかのようだった。一度光の身動きが取れなくなると、これらの光子によって運ばれるエネルギー(そしてこれらによって伝えられるデータ)は、結晶の原子によって捕らえられ、スピン励起へと変換された。そして結晶が再び透明になると、光へと戻された。科学者たちは、この仕掛けを用いて3本の光の線でできたイメージを60秒間閉じ込め、元に戻して、限られた時間ではあるが光メモリーとして機能しうる事を証明した。ただし60秒間のみで、その後は光のパルスは消えてしまった(WIRED)。


●人工量子物質による検証

思考実験でしか出来なかった色々なアイデアが、人工量子物質を使って実験で検証出来るようになった。たとえば、6Liという原子はフェルミ粒子で、これを光ポテンシャルに閉じ込める事で固体中の伝導電子の性質を調べられるようになった。

●超精密測定への応用

冷却原子を用いたもう一つの研究は超精密測定への応用。光格子に原子を100万個配列すれば、個々の原子の性質を高い精度で観測出来る。2005年ノーベル物理学賞は15桁の精度で周波数の標準を確立したが、光格子時計を用いる事でこの精度を18桁にまで向上できる可能性がある(100億年で1秒しか狂わない時計が作れる)。

●超新星爆発と類似の現象

85Rbというボース粒子系のBECを利用して、星の重力崩壊とその後に起こる超新星爆発(スーパーノヴァ)と類似の現象の研究もなされている。原子間相互作用が斥力の状態である85RbのBECを作り、フェッシュバッハ効果を用いて相互作用を突然引力に変更すると、BEC体は自らの引力で収縮して小さくなる。一方、量子力学では不確定性原理に従うので、BECが収縮して小さくなると運動量の不確定性が増大する。ある時点で運動量の不確定性が引力相互作用に打ち勝ち、崩壊が止まってBECは膨張し始める(ボースノヴァ)。爆発後に小さなBECが残るが、これは超新星爆発後に残る中性子星に対応している。このような系を用いて、宇宙で起こっている現象と類似の効果が研究可能となった。

アインシュタインは「見えない」現象を物理学的に理論を考案し、70年後に実際に冷却原子気体を用いて実現したボース・アインシュタイン凝縮体は、目で見る事が出来るようになった。実に偉大な物理学者だった。


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