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視えないものを見せる、オー・ヘンリー「よみがえった改心」


前頁の続きとして、ヘンリーの短編小説「よみがえった改心」を採り上げる。原題は「A Retrieved Reformation」、日本語の本では「よみがえった改心」か「改心」となるが、小説の内容からすれば適当でないかもしれないと感じる(後述)。



オー・ヘンリー「よみがえった改心」1909年の作品(あらすじ)

青空文庫の日本語訳「罪と覚悟」(A Retrieved Reformation)大久保ゆう訳
http://www.alz.jp/221b/aozora/a_retrieved_reformation.html

(1)金庫破りジミー・バレンタインと刑事ベン・プライス

若い金庫破り常習犯ジミー・バレンタインは、敏腕刑事ベン・プライスに捕まり牢獄に入る。刑を終えて刑務所から出ると、次の日からあちこちの銀行が破られた。ベンは盗難現場を捜査し「これはジミー・バレンタインの手口、活動再開したわけです。このダイヤル部分を、雨の日に大根を引っこ抜くみたいに、やすやすと抜き取られています。こんな事が出来る道具を持っているのは奴だけ。しかも、このタンブラーきれいに穴を開けたもんです。ジミーはいつも一つしか穴を開けません。私はバレンタインを捕まえたい。今度こそ、しっかりおつとめしてもらいますよ、短期刑だの恩赦だの馬鹿な事なしにね」と周囲に言った。一方、ジミーはある小さな町で銀行を物色していたが、銀行から出てきた若い女性アナベルに一目惚れする。女性が銀行家の娘と知った彼は、ラルフ・スペンサーと偽名を乗り、その日から靴屋を始めて二度と金庫に手を出さない。腕が器用で靴屋は繁昌し、一年で資産家になり、銀行家とも親しくなって娘とも意気投合し、結婚する事になる。アナベルの父親は典型的な努力タイプの銀行家で、スペンサーの事を認めてくれた。スペンサーはアダムス一家やアナベルの姉一家とうち解け、家族の一員のように扱われていた。その頃、ベン・プライス刑事は人目につかないよう、貸し馬車でエルモアへやってきた。町を静かに歩き回り求めるものを見つけ、薬局から向かいにあるスペンサーの靴屋に目を向け、スペンサーという男をじっくり見ていた。

(2)改心して偽名ラルフ・スペンサーを名乗る、そして婚約者とその家族

翌朝、朝食を終えると、家族であるアダムス、アナベル、アナベルの姉とその幼い娘二人が揃って町の中心へ出かけた。スペンサーは部屋に上がり、金庫破り道具を昔の仲間に譲るために、それが入ったスーツケースを取ってきて銀行へ向かい、やがて一行は銀行執務室へ入った。アナベルはスペンサーが置いたスーツ・ケースを持ち上げ、「あれラルフ。これとっても重いのね。なんだか金塊がぎゅうぎゅうづめになってるみたい」と笑うと、スペンサーは平静を装い「ニッケルの靴ベラが沢山入ってる。これから返品するのだよ。こうやって持って行けば、輸送費が節約できる」と答えた。エルモア銀行はちょうど新しい金庫室を設けたばかりだ。その扉は新型の特許もので、頑丈な鋼鉄製のかんぬきが三つ取り付けられていて、一つのハンドルで同時に動かせるようになっていたし、設定した時間がこないと開かない、時限式の鍵もついていた。メイとアガサという二人の子どもが、ぴかぴか光る表面や、かわった時計やハンドルなどを見てはしゃいでいた。しばらく席を外していると、女性の悲鳴が上がった。年長の九歳の方の娘メイが、ふざけてアガサを金庫の中に閉じこめてしまったのだ。老銀行家はハンドルに飛びついてぐっと引っ張ったが、「ドアが開かない。時計のねじも巻いていなかったし、ダイヤルも合わせておかなかった」。アガサの母親がヒステリックに悲鳴を上げた。


(3)金庫に閉じ込められた子供を救うために金庫を破る、そこに刑事ベンが・・・

母親は我を失い金庫室の扉を手で叩く。アダムス「リトル・ロックまで行かないと誰も開けられない。スペンサーくん、どうしたらいい?あの中じゃ呼吸が持たない」。アナベルはスペンサーを見る「どうにかならないの、ラルフ」。スペンサーは妙な笑みを浮かべて「アナベル、君の挿しているその薔薇をくれないか」。アナベルはドレスの胸に挿していた薔薇を外してスペンサーの手に置いた。彼はそれをヴェストのポケットに押し込み、上着を脱ぎ捨てシャツの袖をまくった。この時、スペンサーなる男は消え失せ、ジミー・ヴァレンタインが姿を現した。机に愛用のスーツケースを置いて開き、素早く並べ仕事にかかる。一分もすると鋼鉄製の扉にきれいな穴を開けていた。十分後、今までの金庫破りの自己記録を破る早さで、かんぬきを後ろに投げ捨て扉を完全に開けていた。ジミーは上着を羽織って、木の柵の外に出た。正面入口の方へ歩いていく。遠くの方で聞き覚えのある「ラルフ!」という呼び声を聞いた気がした。だがためらいはない。入口で大男が行く手を塞いだ。ジミーは妙な笑みを浮かべたまま「やぁベン、ついにやってきたか。それじゃあ行こう。何を今さらって感じになるのは否めないけど」。するとベンはちょっと変なそぶりを見せた「何か誤解していらっしゃいませんか、スペンサーさん。私には貴方が誰だったか記憶にありませんね。そうそう、馬車がずっと貴方の事をお待ちですよ」と、ベンはきびすを返して通りの向こうへ歩いていった。



オー・ヘンリーは本好きで文筆で身を立てる夢を持っていた。1894年「The Rolling Stones」雑誌を刊行したが翌年4月廃刊。1896年オハイオ銀行で使途不明金が発覚し、出納係の彼は横領の疑いで起訴される。しかし彼は逃亡してしまう。妻の重体の報で逮捕覚悟で帰国し、保釈金を支払って妻を看病をするが、妻は裁判が始まる前に亡くなった。彼は懲役判決を受け服役する。真相を弁護士にも語らず、生涯沈黙していた。乱脈経営の銀行幹部の尻拭い説、失敗に終わった雑誌の為に横領した説、誰かを庇って服役した説などがある。オー・ヘンリーの小説には、お金や罪や運命にまつわる話題が多い。この作品は、娘に一目惚れして改心した腕利き金庫破りが、子供を救うために逮捕覚悟で金庫を破って救出する内容だ。主人公は金庫破りから足を洗い、成功者になる寸前でありながら、子供を助けるために、一切の迷いもジレンマもなくすべてを捨てる覚悟で金庫を破る。ここにオー・ヘンリーが一切弁明せず、真相も言わず服役した人生が投影されている気がする。最後のドンデン返しは、彼の理想とする姿なのだろうか?その先はどうなるのだろうかと考えさせられるはずだ。

金庫を破らなければ子供は助からないが、彼が金庫破りだった過去は隠せる。助けなくても、刑事ベン以外の誰も疑わないので、婚約者と結婚できて成功者になった可能性は高い筈だ。ただし刑事をどうするかが問題になるが。一方、敏腕刑事に見逃されたとしても、婚約者と家族には金庫破りの手法を見られてしまったら、子供の恩人であっても、果たして家族の一員として迎えてくれるだろうか?いやかなりこれは難しい。人間はいったん評価が下されると、それを払拭するのは難しい。子供を救ったジミーであったが、又別な人生を歩まなければならない可能性が高いのではないか。ジミーは大変なジレンマに立たされていたが、迷ういもなく子供を救っている。小説のタイトルは出版本では直訳の「よみがえった改心」か「改心」となっているが、青空文庫のタイトル「罪と覚悟」がピッタリ来る。まさに覚悟を決めたわけだ。

オー・ヘンリーは服役していた事を、娘には生涯明かさなかった。家族とはなれて単身NYに乗込み、短編小説家として名を成しても、家族と一緒に過ごせない何かがあったのだろうか?彼の作品の殆どは、亡くなる前のわずか8年ほどに集約されている。この頃には、すでにアル中になっていた。やはりこの小説の最後は、このままで良いのかも知れない。子供を救った事実は明らかだが、金庫破りの現実も目に見える。しかし、覚悟を決めたジミーの心と言うものは目に見えない。刑事ベンにだけはそれ(覚悟)が見えた。だから子供を救った善で彼を見逃したのだろう。ジミーにはその後の苦難が待っている事も見越して・・・。そこが最後のシーンとすると、オー・ヘンリーの意図が見えてくる。彼のジレンマも、これを書く事で幾分は緩和されたのかもしれない。


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