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マグダラのマリアの追憶:第七話「逃れの町で、イエスとの再会」


(一)

マリアが逃れの町シェケム(シカル)に住むようになってから、およそ三年が過ぎ去った。マリアが傷つけたヤコブは、重体だったが何とか持ち直して生きている。殺人罪はなくなったが傷害罪が残るが、これも正当防衛である事から、何ら咎を受けなかった。しかし、マグダラに帰ることは出来ない。アンティパスには外聞が悪い話であったので、表向きは何も起こらなかったことにされ、ヤコブは出世は反古にされたが、相変わらず前職に留まっている。マリアの父イッサカルが、アンティパスの妃にマリアの話を耳に入れたため、正妻に頭が上がらないアンティパスは、何事もなかったように装ったが、その恨みはマリアと父に向けられた。イッサカルは、アンティパスから事あるごとに嫌がらせを受け、元々病気持ちであったが、昨年ついに病死してしまった。しかし、その知らせは手紙一本が届いただけで、とうとう父には会えずに終わった。兄達はそれぞれ結婚して独立し、母も心労から病弱となって寝込んだままでいる。マリアがシェケムに来た年に、一回だけ家族と会ったが、それ以降は誰とも会っていない。人の心は年と共に移り変わり、今ではもう完全に忘れられた存在である。もうマグダラに帰ることは、現実には出来ない状況になっていた。

父が亡くなった時、マリアは生きる望みをなくして死のうと思ったが、すぐに思い直した。理不尽な仕打ちに屈するのは嫌だ、怨念のみで生きてやる、負けてなるものかと、まさに悪霊にとりつかれたような女になってしまった。サマリア人は本来ユダヤ人だったが、ネヘミヤにより改革以降、純粋はユダヤ人ではないと蔑視され、同様にガリラヤ人とも犬猿の仲である。ガリラヤ人であるマリアであったが、彼女の事情を知るサマリア人からは好意的に見られていたのが、唯一の慰めであった。受け入れてくれた町の長老シェマルは、温厚でかつ面倒見が良く、子がいないことから、マリアの養父のような存在になっていた。マリアはシェマルを第二の父のように思い、養父にだけは心を許していたが、他の人に接するときは寡黙であり、まるで感情がない女性のように振る舞った。シェマルは、可哀想な境遇のマリアに再婚を進めたが、マリアにはその気が全くなく、シェマルと共に暮らすことを望んだ。養父は喜び、所有の果樹園の管理をマリアに任せていた。マリアは必死に働くことで、生きる望みを繋いでいたと言っても良い。


(二)



しばらくたった、ある暑い夏の日。陽はギラギラと焼き付けるように盆地を照らし、カラカラに乾いた大地に、山からの風が砂塵を巻き上げる。マリアは飲み水を確保するために、由緒あるヤコブの井戸に向かっていた。導水管が山から引かれてはいるが、飲み水だけはやはり井戸水に限る。井戸の近くに来ると、物乞いのようか格好をした男が地面に座り込んでいた。傍らを通り過ぎようとすると、

「そこの人、済まぬが、この小さき者に、水一杯を飲ませてくれまいか?」

とかすれた声をかける。すぐ側が井戸だから、自分で勝手に飲めば良いのにと思い、

「井戸は、ほらそこだよ、自分で飲めば良いでしょう?」

マリアがそう言うと、

「ご婦人。喉がカラカラで、腹も減ってめまいもするし、杯も持たん・・・申し訳ないが、頼めないかな?」

顔をあげてマリアに懇願する。顔を良く見ると、決して物乞いには思えない。眼光は鋭いようでいて、どこか優しい眼差しをしている。少し痩せてはいるが、上等の洋服を着せれば、立派なラビにも見えるだろう。どう見ても旅人のようで、このカラカラ天気が続いたせいで、上着は埃だらけだ。長旅なのだろうか、衣服の裾もかなり擦り切れている。さすがに気の毒に思い、マリアは自分の袋を広げて杯を取り出し、井戸水を満たして差し出した。男は一礼して杯を受け取り、一気に飲み干し、

「いや~、この井戸水は実に旨い、青色の味がするな」

と言って杯を返す。マリアはおかしなことを言う人だと思いながら、どこかで聞いた言葉のようにも感じた。男は、マリアの顔をまじまじと見つめていた。髪もあまり梳しておらず、化粧もしていないマリアは、じっと顔を見つめられるのは嫌いであった。顔をそらし、井戸から水を汲み上げて水瓶を満たしていると、またその男が声をかける。

「まるで、悪霊にでもとりつかれたような顔をしているな?」

マリアはそれを聞いて腹を立てた。見ず知らずの男が、初対面の女性に言う言葉ではない。何という失礼な人なんだろう。

「ほっといて、あなたに関係ないわ!」

「これは悪かった、すまないマリア」

「ヒッ~」

マリアは絶叫をあげて逃げようとするが、腰砕けとなり、後方に尻餅をつく。それでも必死で逃げようとして、両方の手で漕ぐように後ずさりをする。

「な、なぜ、わたしの名を知っているの?アンティパスの手の者?わ、わたしを捕らえる気ね!」

マリアは目をつり上げ、恐ろしい顔で男をにらみつける。あの執念深いアンティパスならあり得ると思った。しかし、男は優しい顔で微笑みを浮かべ、マリアの近くに来て、

「俺だマリア、ナザレのイエスだ」

と声をかける。

「え?・・・え~!・・・イエス?」

マリアは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにあのツィッポリで会ったイエスだと気づいた。何度も会いたいと思っていた人が目の前にいる、そう思うとマリアはたまらずイエスの胸に飛び込んでいき、泣きじゃくった。イエスはマリアを抱きかかえながら、

「そうか、マリアは泣きたいのか、なら俺も一緒に泣こう」

と言って、背中をさすっていた。マリアは万感の思いが入り混じり、長い時間すすり泣いていたが、やがて落ち着きを取り戻し、イエスの胸から離れた。今度は手を握りしめている。泣き笑いのような顔に、乙女のような恥じらいを見せている。

「また会えるなんて、なんて言って良いのか・・・とにかく、とてもうれしい!何度もナザレに行こうかと思ったの。まさかここで会えるなんて・・・」

「俺もうれしいよ・・・そう、その顔だよ、マリア、生気が戻ったようだな」

笑いながらイエスはそう言う。しかし、なぜイエスがマリアと呼んだのか、マリアは不思議に思った。すると、それを察知して、

「袋を広げて杯を取り出すとき、小箱が見えたんだ、あれは俺の作ったものだな。それに首にあるホクロだ。しかし、なんとまあ、美しい婦人に成長したもんだ!」

と笑う。マリアもつられて笑い出す。美しいと言われた事を素直に喜びながらも、化粧も髪も梳かしていない自分をちょっぴり悔やんだ。

「嫌だわ。恥ずかしい、こんな憐れな姿で・・・」

「何処がだね?俺なんか、ほれ、この通りの格好だよ」

と上着を広げて、またイエスは大笑いする。イエスと出逢い、一言、二言話すだけで周囲の雰囲気が明るく一変する。不思議な魅力を持った人である。ようやく、この機会を逃してはならない事に気づいたマリアは、

「イエスさん、しばらく私の養父の家にお止まり下さい、是非、お話を聞かせて欲しいわ。今すぐに養父に聞いてきますから。ここで・・・ここで待ってて。何処にも行かず、絶対にここで待っててね」

と言うやいなや、マリアは持ち物も残したまま駈けだしていった。


(三)



マリアが去ってから、イエスは西に聳えるゲリジム山と、その麓にあるこの井戸の周囲を見渡していた。トーラーにある古い言い伝えでは、太祖アブラハムがカナン地方に入って最初に祭壇を築き、主が子孫に土地を与えると約束を示したのがこの地であり、また孫ヤコブもカナンの地に戻ってから、ヨルダン川沿いのこのシェケム一帯の土地を買い、ゲリジム山に祭壇を建てて住んだ伝えられている。今もそうだが、古い遊牧民には井戸が重要であった。夏は乾燥地帯となるこの地では、井戸がなければ死活問題となる。そのために、先祖は高額で井戸を買い求めていたのだろう、そういう意味でも、水はまさに命の水であった。眼の前の井戸は、ヤコブの時代から今に至っても使われている。自然が織りなす妙である。シェケムは、かつては北イスラエルの首都であり、預言者エレミヤの時代にも重要な町であった。バビロン捕囚以降でもサマリアの中心的な町であり続けたが、時代が下ってハスモン朝時代になると、ヨハネ・ヒルカノス1世が町を破壊してしまった。その後、町は再建されたが、かつての面影はない。シケムの北西にあるサマリアが、ヘロデ大王により、ローマ皇帝に敬意を表してセバステと改名され、大理石の円柱の立ち並ぶ列柱街路、ローマ神殿、野外劇場、競技場があるローマ風の都市となっている。この地域の歴史を思い浮かべるイエスだったが、この夏のシェケムは日差しが強く、暑さに参っている。エジプトの海辺にある都市アレキサンドリアよりも、この盆地にあるシェケムの方が遙かに暑い。何もしなくとも、額から汗がしたたり落ちるほどだ。イエスは井戸から水を汲んで飲み、ついでに顔も洗った。そうすることで生き返った心地になれる。木陰に入って、待つこと二時あまり、ようやくマリアが戻ってきた。陽は半分ほど下がってきて、暑さはかなり和らいできている。

「遅くなってしまって、ごめんなさい!養父は喜んでお迎えしますと言いました。マリアと一緒に来て下さい」

嬉しそうにそう言ったマリアの顔には、薄化粧が施されていた。イエスは笑って、

「そりゃあ、願ったりかなったりだ。実は夕方から何も食べておらんし、足も棒のように張っている。明日(日が落ちれば翌日)は野宿しようと思っていたから、本当に助かったぞ」

と喜ぶ。マリアは袋を整理して腰に結び、水瓶を頭に乗せてやってきた。イエスもズタ袋を背中に背って歩き出しながら、

「小さい頃のように手を繋いで歩こう」

と言い出す。マリアは童でもないのに、そんな恥ずかしいことは出来ないと言うが、言葉とは裏腹に、すでに手を結んでいた。イエスはまた笑いだし、マリアも照れ笑いをする。イエスは歩きながら、これまで旅してきた地域を手短にマリアに話した。ナザレからカイサリアへ、南下してヤッフォ、アシュケロン、エルサレム、エジプトのアレキサンドリア、そこから海路でキプロス島、シリアのアンティオケ、ダマスコ、上ガリラヤ、下ガリラヤと遍歴してきたと言う。マリアは目を丸くして驚いている。兵士や商人やローマの金持ちでもない限り、広い範囲を旅行する機会は滅多にないからだ。そうこうしているうちに、マリアの養父の家に到着した。かなり大きな家で、門があり、玄関も立派だ。マリアは水瓶を台所に持っていき、しばらくして玄関を開け、イエスを向かい入れた。


(四)

玄関を入ると、木製の腰掛けの前に水を入れた桶が準備されていて、イエスはサンダルを脱ぎ、自分で足を洗おうとすると、

「わたしが洗いますわ、座って下さい」

と、客のもてなしは家長か下僕の役目だが、マリアは自分以外の誰にもさせないと言わんばかりに、イエスの足を丁寧に洗った。マリアの髪が目に入るが、きれいに梳かされていて、髪飾りでまとめられている。井戸端で出逢ったときとは大違いで、明るい顔をして美しく変貌したマリアは、イエスを向かい入れる準備に時間を掛けていたようだ。足を洗い終わると、新しいサンダルが出され、それから居間に通された。養父のシェマルが待ち構えていて、客人への歓迎の挨拶をする。イエスはそれに応えてサンダルを脱いで床に平伏し、

「アブラハムの子孫にして北イスラエル人の末裔、シェケムの長老であるシェマル殿、わたくしはガリラヤの寒村ナザレ生まれのイエスと申します。浅学非才の若者でございます。故あって、十八歳から世界を見聞するために、エジプトとカナン地帯を巡って旅を続けております。これからシャロンの野まで向かう予定で、本来なら野宿すべき見知らぬ者に、あなたはご自分の家の扉を開かれ、旅人に慈愛を示されました。誠に主の眼に叶うお方であります。わたくしは、主とあなたとに心からの感謝を表し、サマリアとこの家に、主の恵みと平安があらんことをお祈り申し上げます」

と挨拶した。マリアは驚いた。普段のガリラヤ訛りが全くなく、無駄なく知性と誠実さが滲み出ている。養父のシェマルも驚いた様子だ。普通のガリラヤ人は、サマリアを蔑視する者が多いが、イエスにはそうした意識すらない。挨拶が終わって、居間の敷物の上に座り込み、イエスと養父は、最近の世相について話をしている。富と貧困の格差の増大、ローマ帝国の領土拡大戦略、エルサレム神殿の腐敗、犠牲と祭儀に関する疑問など、マリアにはなかなか理解しがたい難しい内容のようだ。マリアは台所でハーブ茶と干しぶどうを用意して、居間で語らっている二人の前に置いた。そこでシェマルは、

「このマリアは実に気の毒な境遇なのです。私は寡婦のマリアに婿を迎えて跡継ぎとしたいのだが、マリアはもう結婚はしないと言い張り、親戚の男子を養子に迎えて跡継ぎとせよと言う。私はマリアも法的に娘にしたいのですが、まあ、私のワガママかもしれないが・・・」

「嗣業の地を守るには、男子の養子が必要でしょうね。マリアさんは賢くて優しいから、お世話になったあなたに尽くすでしょう。その上でマリアさんの希望も叶えてあげれば、彼女も幸いなのではないでしょうか?いつか必ず、彼女の時が来ますから・・・」

とイエスは返事し、マリアに

「ブドウはナザレの実家で生産していて、ぶどう酒も干しぶどうも作っていたよ。ブドウの実から出来たものは、私は大好きですね。マリアさんは覚えていてくれたのかな?」

と尋ねた。

「マリアと呼んで・・・そうそう、イエスさんはこれが好物だったわね、今思い出したわ」

マリアは心を見透かされそうで嘘をついた。好物と知っていたから出したのだ。しかし、イエスの語った「マリアの時」と言う言葉が気になった。私の時などあるのかしら?そう思いながら、後でイエスに教えてもらおうと考えた。それよりも、先にやるべきは入浴と夕食であったので、マリアは準備にいそしんだが、なぜか浮き浮きする気分がするのだった。


(五)

暑い夏は庭での行水が相応しいとマリアは思い、イエスを中庭の木に囲まれた処に案内した。水を張った盥と、傍の籠には洗い立ての下着と下衣が用意してある。マリアは、地元特産の石けんと垢こすり器、櫛と拭き布を手渡して、台所へと下がっていった。イエスはゆっくりと髪と体を洗い、旅の汚れを落とすことが出来た。家に戻って、半地下にある沐浴槽に全身浸かり、それから布で体を拭い、髪を梳かしてから居間に向かった。夏の日中は長く、まだ陽は落ちておらず明るい。よく見ると、天窓には硝子が使われていて、居間の床に長椅子が並べられ、食べ物を置く背の低い食卓が置かれていた。

「さあどうぞ、ご着座下さい。このあたりでも暮らしはギリシャ風というか、ローマ風になっていますのじゃ。カイサリアなどでは、どうですかの?」

シェマルの問いにイエスは、

「ヘロデがカイサリアに港を建設して以降、完全にローマの都市になっています。総督府の付近には、半円劇場から戦車の競技場までありました。私は三ヶ月の間、あそこで職人として働きました。文書庫と図書館の内装工事でしたが、すべてローマ風ですね。町はもう広く拡張され、巨大なローマ式公衆浴場もありますよ。部屋数は非常に多く、水の風呂、湯の風呂、蒸し風呂、部屋には熱した空気が通され、床まで暖房されています。運動して汗を流せる競技場まで・・・料金は高いので、庶民は滅多に行けませんが。そう言えば、ガリラヤのティベリアにも同じような公衆浴場が出来たそうですよ、アンティパスは根っからのローマ人ですからね」

マリアは、アンティパスという名を聞いて一瞬眉をひそめた。聞きたくない名前である。自分の今の境遇は彼のせいだと憎んでいる。シェマルは、食事の前に手洗い器で手に水をかけて浄めてから、ぶどう酒を持って神に感謝の祈りを唱え、パンを裂いて配り、それから食事に入った。レンズ豆のスープ、焼いた羊の肉、卵のオムレツ、クミン、蜂蜜、塩、香辛料、イチジク、干しザクロ、それにワインが用意されていた。大変なご馳走で、イエスは驚いた。マリアの知り合いと言うだけで、見知らぬ旅人がこれほどまでに歓迎されることは、通常あり得ない。マリアが養父から如何に愛されているかが分かる。イエスはシェマルに感謝しながら食事をドンドンと平らげる。

シェマルはイエスに、サマリア五書の話をしながら、エルサレム神殿とは異なったサマリアの宗教について説明を続ける。サマリアでは預言者はあまり重要視されず、アブラハムとモーセが偉大な預言者とされていた。シェマルはイエスに対し、預言者についての質問をする。イエスはワインを飲みながら、これまでの預言者の特徴、長所と欠点をあげながら、彼等の果たした役割を説明していた。その博識ぶりには、シェマルも驚いているようだ。イエスは時々絶妙のジョークを交えるので、シェマルもマリアも笑いだし、会話は弾んだ。こんな楽しい語らいは未だ嘗てなかったとマリアは思った。長い食事を終え、ぶどう酒で祈りを捧げると、ようやく陽は沈みだし、シェマルはイエスの疲れを察知して、マリアに客間に案内するよう告げた。客間にイエスを案内して、灯火に火を点してから引き下がろうとすると、イエスが声を掛けた。

「マリアが害した男は亡くなったのか?」

マリアはドキッとした。イエスにはまだ事情を何も喋ってはいなかったからだ。存命だと答えると、

「それは不幸中の幸い、良かった。ここは逃れの町、なのに相手は存命でマリアは寡婦、しかもアンティパスの名前で恐怖を感じていて、マグダラへも戻れないでいる。と言う事は、相手がマリアを離縁したが、何か理不尽な振る舞いをしたために、マリアはやむなく相手を傷つけた。その理由は、おそらくアンティパスがらみという事になるだろうね。アンティパスは以前から正妻との折り合いが悪く、別居同然だ。つまり、マリアを側妻にと要求でもしたのだろう。俺の推理だが・・・」

と言う。マリアは驚嘆した、ちょっとした言葉の端から、マリアの境遇を言い当てたのだから。

「仰るとおりだわ、私はもう生きる屍と同じです。主を信じることも出来ず、養父と暮らし事だけが生き甲斐になってたわ・・・」

「マリア、心の中の悪霊を追い出しても、それだけでは駄目だ。心に信を持たなければ、今度はもっと多くの悪霊が心の中で生まれ、棲まってしまうだろう。昔、俺がマリアに話したが、主は眼には見えないが何処にでもいる。主が何でも叶えてくれる等と思うから信じられなくなる。たとえ実現しない事でも、すでに実現し始めていると思う信が大切で、そう思って行動すべきだ。ちょっと難しいかな、この話は?」

マリアは目を丸くした。同情をする人はいるが、こんな話をする人はいない。何となく分かったような気もするが、もっと話を聞きたいと思った。希望が持てそうな感じである。

「今日はお疲れでしょうから、もうお休みになって。明日から、色々とお話を聞きたいわ、是非しばらく逗留してね。マリアは楽しみにしています」

マリアは嬉しそうにイエスに言った。イエスは笑いながら、

「そりゃあ、俺も助かる。実は足を少し痛めていて、北ガリラヤでは熱病に罹って、治ったばかりなんだ。手伝いでも、話でも、何でもするから、当分シェマルさんの家において貰うよ。ありがとう」

と喜ぶ。明日からは、期待を持って生きていけそうとマリアは思うのだった。


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