チャールズ・テイズ・ラッセル氏の訪日

1911年12月30日から1912年1月4日(明治44~45)にかけて,Watch Tower Societyのラッセルと他のメンバーが訪日。後に神田繁太郎(Hantaro Koda)が入手することになる『世々に渉る神の経綸』(日本語版)出版のきっかけとなった。一行は横浜,東京,神戸,長崎に立ち寄った。


The Watch Tower Dec. 1,1911

一行のメンバーの一員であるフレデリック・H・ロビソン(F. H. Robison)は,後の第一次世界大戦中(1918年),2代目会長ラザフォードらとともにアメリカ・スパイ法に違反する共同謀議,米国の兵役義務に対する反抗と拒否惹起の共謀,新兵徴集妨害の共謀の既遂あるいは未遂の容疑で逮捕されたことで知られている。

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万国聖書研究団の委員会。東京での記念写真。前列左から,R・B・マクスウェル, L・W・ジョーンズ博士, W・P・ホール将軍, ラッセル牧師, J・T・D・パイルス, F・H・ロビソン教授, E・W・V・クエーン。後列は日本の人たちと友人

万国聖書研究団委員会:東京・"Yamomto Studio"に於いて
前列左から右へ委員会の7人-R・B・マクスウェル, L・W・ジョーンズ博士, W・P・ホール将軍, ラッセル牧師, J・T・D・パイルス, F・H・ロビソン教授, アーネスト・ウィルソン・V・クエーン
(R. B. Maxwell, Dr. L. W. Jones, Genl. W. P. Hall, Pastor Russell, J. T. D. Pyles, Prof. F. H. Robison, Ernest Wilson V. Kuehn)
後列左から右へ友人と日本人-ウィルソン夫人,ジョージ・F・ウィルソン,詳細不明の日本人[二人],マージソン,詳細不明の日本人,東京基督教青年会書記のヤマモト氏?)
(Wilson, George F. Wilson, two Japanese, Margeson, Japanese, "Yammamato")

 

メンバーが撮影した長崎港の様子。にんぷが船に石炭を積む様子が印象深かったと報告している。

メンバーが撮影した長崎港の様子。
人夫が船に石炭を足早に積む込む様子が印象深かったと書いている

 

資料:Watch Tower reprints, April 15, 1912