田舎教師

田山花袋著『田舎教師』


新潮文庫
利根川の土手にさまざまの花があった。みつまた,たびらこ,じごくのかまのふた,ほとけのざ,すずめのえんどう,からすのえんどう,のみのふすま,すみれ,たちつぼすみれ,さんしきすみれ,げんげ,たんぽぽ,いぬがらし,こけりんどう,はこべ,あかじくはこべ,かきどうし,さぎごけ,ふき,なずな,ながばぐさ,しゃくなげ,つばき,こごめざくら,もも,ひぼけ,ひなぎく,へびいちご,おにたびらこ,ははこ,きつねのぼたん,そらまめ。



 『田舎教師』は花袋の最もいい作品で,古典として長く残るだろう。田山花袋は現在,実力より過小にしか評価されて
いないにように思えてならない。(吉本隆明著 日本近代文学の名作 毎日新聞社刊)
吉本はさらに「この作品は,日本の近代小説の中で例外的といってもいいほどに,自然の草花の描写が細密でくわしい。
名前も頻出する。」と述べています。

 「刀根川の土手の上の草花の名を並べた一章,これを見ると,いかにも作者は植物通らしいが,これは『日記』に書いて
あるままを引いたのである。」との花袋自身の文章があります。(田山花袋著『東京の三十年』講談社文芸文庫「田舎教師」より)
「田舎教師」と題する文章は,次のような書き出しです。
 「私は戦場から帰って,間もなくO君を田舎のH町の寺に訪ねた。」O君とは,埼玉県羽生の曹洞宗建福寺住職太田玉茗。
花袋の妻さとの兄です。義兄から聞いた青年教師の死と彼の日記が『田舎教師』となったのです。

 「遼陽陥落の日に・・・日本の世界的発展の最も光栄ある日に,万人の狂喜している日に そうしてさびしく死んで行く青年も
あるのだ。」花袋は哀れに思ったのです。「田舎に埋もれた青年の志と言うことに就いて,脈々とした哀愁が私の胸を打った。」

 「四里の道は長かった。」小説『田舎教師』の書き出しです。
 「日記に書いてあることがすべてはっきりと私の眼に映って見えた。で,さらに行田から弥勒に行く道,彼の毎日通った路を
歩いて見ることにした。」(田山花袋著『東京の三十年』「田舎教師」より)

 『田舎教師』が自然主義文学の代表作といわれるゆえんは,一人の青年の人生そして死と,無関係に存在する風物の正確
な描写にあるといえます。 実さいに「歩いて見た」ものが描かれているのです。誇る健脚 田山花袋。