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量子論について
01/04/01


 量子論が物理学の世界で多大な影響を及ぼしたことは、それ以前の物理学を『古典物理』、それ以後を『現代物理』と呼ぶことからも分かるだろう。では両者の違いはどこにあるのか。それはこの世界―時間・空間・物質など―の解釈にある。『古典物理』では、決定論的・客観的・局所的であるのに対し、『現代物理』はその反対と言える。
 実にこれは宗教的な解釈とも関連がある。例えば『古典物理』の世界では、全てが初めから予定され計画的に進んでゆくことから、聖書などで言う人間の堕落やイエスの十字架は初めから予定され、それ以外のケースは全く起こる可能性が無かったということになる。しかし、『現代物理』の世界ならば、未来は人間の意思や努力で変化し、変えられもするということになるのだ。

 1 観測効果

 量子論には終始一貫して「不可思議さ・奇妙さ」という文句が充満している。名前の由来にも関係する「量子飛躍」、波動性と粒子性、位置と速度などの「相補性原理」、「不確定性原理」、「確率解釈」、「分離不可能性」、「トンネル効果」、「観測効果」、「コペンハーゲン解釈」、「多世界解釈」。詳しくは専門書の一読を願うが、ここでは量子論が示した世界観の中でも最も注目され、現在も議論されている「観測効果」について概観しよう。
 量子―光子や電子―は、通常は空間に広がった波の束として存在しているが、ある条件によって粒となる―量子が波動性と粒子性という一見矛盾しているかのように見える二つの異なる性質を兼ね持つことは「相補性原理」によって説明されている―。では、その条件とは一体何なのか。
量子論で量子が波から粒に変化することを「波束の収縮」或いは「波動関数の収縮」といい、それが起こる様子は次の実験から説明できる。




 有名な二重スリットの実験だが、簡単に言えば次のようになる。電子を二重スリットに向けて照射すると背後の乾板に「干渉縞」という縞模様ができる。これは電子が波動として二重スリットの二つの隙間を通る時、互いに干渉し合ってできたもだ。ところが、その干渉縞は電子を一つずつ打ち出した時にも現れる。つまり一つの電子が独自的に干渉しているのである。
 実は、電子は実験者が電子の粒として発射した時は確かに粒だったのだが、その後観測されない空間を走る時は波であり、観測するための乾板に達した時、再び粒に戻ったのである。このことは、二重スリットに電子の通過を測定するための装置を付けた時は、電子は片方の隙間しか通らず、干渉縞は現れないことからも分かった。
 電子は実験者が観測すれば粒として見られるが、観測しなければ波として目に見えない。つまり量子が、波動性や粒子性のどちらの性質を現すかの条件とは、人間の観測する目―意識や自我―があるかないかなのである。
 コンピュータの研究で有名なアメリカの数学者のノイマンは一九三二年に、量子の波束の収縮を引き起こすのは、なんと観測者の意識・自我であるとし、「観測効果」を発表し、ここからボーアやハイゼンベルクらは「森の中で木が倒れても、そこに人がいなければ音をださない」というように喩えた。
 これに対して、古典的な実在論を支持したアインシュタインやシュレイディンガーらは真っ向から反対し、アインシュタインは「誰も見ていなければ、月は存在しないのか」とちゃかし、シュレイディンガーは一つの殺生な思考実験を提示してみせる。




(出所:P.C.W.デイヴィス J.R.ブラウン編
「地人選書28 『量子と混沌』」地人書館)


 箱の中に猫と毒ガスの入った瓶と放射性物質を入れる。その放射性物質は一時間の間に放射線を出す確率が二分の一とし、もし放射線が出れば機械が感知し瓶を割る。一時間後に箱を開けるが、もし人間が見ていなければ物体は波動としてしか存在していないのだから、箱の中の猫の生死は人間が箱を開けて見た瞬間に決定することになる。シュレイディンガーは人間が箱を開けようと開けまいと、猫の生死は決まっていると考えた。
 常識からすればシュレイディンガーの考えが正しいように思えるが、近年ボーアやハイゼンベルクらの「コペンハーゲン解釈」を証拠立てる実験結果の方が頻繁だという。しかし、未だ結論には至っていない。部外者は、よく楽観的に考えて一瞬で答えを導き出してしまうが、問題はそれほど単純ではないようだ。
 ここで注目すべき点は、物理学の革新とも言われた高みの領域で、およそそれとは対極に位置するものと思われていた人の心や意識、自我といった主観的・観念的な世界がかえりみられ、真剣に議論されているという所である。量子の振る舞いもさることながら、むしろそれが驚きである。

 2 多世界解釈

 「量子力学(量子論)がこの世の根本原理だとしたら、原子一つ一つのみならず、それから構成される物体、人間、天体、そして宇宙全体も同じ原理で説明されるべきものである。そしてこのような立場に立ったとすれば、量子力学をどのようなものとして解釈しなければならないか、という点から出発して、(一九五七年)エバレットはこの多世界解釈に到達した。」(1)
簡単に言えば多世界解釈とは、得体の知れない量子や、それを観測している観測者、それらのある部屋、この世界、更に過去・現代・未来も全てを一律に量子の振る舞いのごとく―量子は通常、電子雲などと呼ばれるように波動的に不確定的に空間に広がっている―唯一的・確定的なものと捕らえず、多くのケースの世界が正に「パラレルワールド=平行宇宙」として存在すると捕らえる。
 「シュレイディンガーの猫」の思考実験も、多世界論者の和田純夫氏によれば、「多世界解釈では、複数の宇宙の共存さえも受け入れるのだから、猫の生死など取るに足らない問題である。生きている猫と死んでいる猫という二つの状態は共存しているし、その箱を人間がのぞきこんだ後では、人間が生きている猫を見たという状態と、人間が死んでいる猫を見たという状態が共存している。しかし共存していても、状態のちがいがマクロなので互いに影響を及ぼしあうことがない。まったく無関係なのだから、いくら日常感覚とはかけはなれた話だとしても、何ら問題はないという結論になる。」(2)と言う。
 実は多世界解釈とは、人間の意識を不問に付す純粋な唯物論的量子論解釈の一つなのである。和田氏は次のように言う。「複数の世界が共存しているなどというと、一見、超自然現象的、観念的なイメージをもつかもしれない。しかし実際には逆で、多世界解釈とは量子力学を人間の意識とは切りはなし、世界をきわめて唯物論的にとらえた考え方なのである。」(3)

 3 量子論の宗教性

 量子論と宗教性、又は神や霊性の関係について、その世界に傾倒する二人の言葉を記しておきたい。
 尾関章氏は、ジャーナリストである。彼がヨーロッパ総局記者(科学担当)だった頃、量子力学者ら約四○人に取材し、新聞に連載を載せるが、その後それを本にしている。
その本の冒頭で尾関氏は言う。
 「量子力学では、原子や電子などの様子は、いくつもの状態の重ね合わせとして表される。ところが、だれかがそれを観測した瞬間に、その重なり合いは消えて、粒子は一つの状態に定まる。“コペンハーゲン解釈”と呼ばれる正統派の解釈では、いくつかの可能性として潜在するものが観測とともに実在となって姿を現す。このことを、どこまで世界の現実として受け入れるのか。そこに、論争のタネがあった。もしこれが現実なら、突き詰めていくと、私たちの常識を完全に裏切ることまで認めなくてはならなくなる。」(4)
 F.A.ウルフは、全米書籍賞 The American Book Award を受賞した『TAKING THE QUANTUM LERP』「量子の謎をとく」の中で次のように言う。
 「この章では、量子力学がどのようにして神や人間の思考とか意志に関係するかについて、予見的なモデルやアイディアを紹介してきた。私は、量子力学は人間の発達と人間の心理にとって、絶対に必要なものだろうと考える。クイッフ(量子の確率の波)に内在する秩序や、宇宙の量子力学は、行われるべき神の意志であるように私には思える。」(5)
 「量子力学はわれわれの能力の限界を理解する助けにはならないだろうか。もしできるとすると、おそらく世界は、より安全で、より楽しいところになるはずである。おそらく、不確定性原理を破る方法はどこにもないことを人々が知るならば、戦争はなくなるだろう。おそらく、もし人々が他の人々を支配することは(量子力学によって)不可能であるということを認識すれば、世界はわれわれのすべてにとって今とは違った場所となるだろう。量子力学はどのような宗教よりももっと明確に世界の統一性を指し示している。量子力学はまた物理的世界を越えたあるものを指し示している。どのような解釈をあなたが選ぶか
はほとんど問題ではない―(略)神の意志はクイッフの世界、つまり量子力学の波動関数の世界において遂行されるということもできる。」(6)
 「もしわれわれに、量子力学が人間の意志の限界をどのようにして人間に気づかせるかが理解できるようになれば、われわれはお互いにどうすればうまくやって行けるかが学べるだろう。もっとよいことには、われわれは、より偉大な意志の一部としての宇宙の遺産を実感することができるだろう。私も、そうしたい。」(7)


 註

(1)和田純夫「量子力学が語る世界像」講談社 ブルーバックス 八○頁。
(2)同書 一五六頁。
(3)同書 一五七〜一五八頁。
(4)尾関 章「量子論の宿題は解けるか」講談社 ブルーバックス 六〜七頁。
(5)F.A.ウルフ「量子の謎をとく」講談社 ブルーバックス 三四五頁。
(6)同書 三四六〜三四七頁。
(7)同書 三四九頁。




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