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父のらっきょう漬け
                                          2006.4.20
 3月10日、勤務中に家族から電話が入った。父が危篤だという。病院までは車で少なくとも1時間はかかるので、死に目には間に合えないだろう。それでも急いで車に乗った。

 父は10日ほど前、胸のあたりを痛がって入院した。そして、一昨日、「深刻な状態ですね」と、医師から告げられたのだった。

きのうは仕事を休んで一日中、父に付き添った。父は肺炎を起こし、酸素マスクをしてベッドに横たわったままであった。意識はもうろうとしていて、ときどき手でマスクをはずそうとする。紐で手を結わえてしまえばそれまでだが、私は父と握手をするようにして手を握っていた。手が鼻の方へ行くたびに、腹部の方へ下ろしてやった。その手はゴツゴツしていたが温かかった。

 車に乗って10分ほどして、再び携帯が鳴った。たった今息を引き取ったという。私は慌てなかった。前日、ずっと父のそばにいられたからだった。

 父はここ2,3年、ほとんど外出をしなかった。家の隣にある畑で気軽に野菜を作っていた。キュウリ、ナス、じゃがいも、そしてほうれん草やネギなど、いろいろなものを育てていた。畑の草むしりを炎天下でもよくやっていた。父のやり方は、指で一本一本丁寧につまんで抜く方法だ。朝鍬で削ってしまえば早く終わるのに、それでは根絶やしができないと言って、根気よくむしっていた。とても一日では終わらない。だから、きれいにはなるが、終わる頃には始めむしったところに草がまた生え出していた。

 父は畑で育てたらっきょうをよく漬けた。ひとつひとつ丁寧に皮をむいて塩漬けにし、それから砂糖と酢で漬けるのだ。それはとても甘い。蜂蜜も入れるからだった。

 らっきょう漬けがいくつものガラスビンに入っている。父の納骨は済んだが、父の作ったらっきょう漬けはまだ我が家の食卓を賑わしている。当分、父が食卓にいる。 

  

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