こんな話を授業でした

世界史講義録

第7回 アッシリアからアケメネス朝ペルシア 

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アッシリア
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 前8世紀から前7世紀、メソポタミアからエジプトまでのオリエント全域をアッシリア帝国が統一しました。
 この国を建設したアッシリア人はセム語系です。前20世紀以前からティグリス川上流のアッシュールという都市を中心に交易活動等をしていました。古バビロニア王国やミタンニに服属していたのですが、前14世紀に、一時独立を回復。その後またしばらくは目立った活動はありません。

 ところが前9世紀頃から急速に勢力を伸ばしてきました。
 この時期くらいから、オリエントは鉄器時代に突入します。アッシリアはこれをうまく取り入れると同時に、常備軍を組織しました。
 そして騎兵隊を導入します。教科書のアッシリア騎兵の浮き彫り写真を見ると、この騎兵は弓をつがえていますね。馬にはまだ鞍もあぶみもついていません。
 騎兵が鞍がない状態で槍を持って敵をつくと反動で馬のうしろに飛んでいく。また、あぶみなしで剣を振りおろすと馬の横に滑り落ちるそうです。だから弓を使っているのです。

 前8世紀末のサルゴン2世の時から飛躍的に領土を拡大して、その後、一時はエジプトも支配下において約100年間、絶頂期です。首都はニネヴェ。

 アッシリアは全国を属州、属国として、多くの民族を支配したのですが、その支配の仕方が酷かった。
 抵抗した都市の住民の生皮を剥いで城壁に貼りつけたり、串刺しにしたり、とにかく力で押さえつけるものでした。
 その代表が「強制移住政策」というものです。
 これは、抵抗しそうな地方の民族をごっそり別の場所に移住させるものです。
 生活の基盤を奪われて、一から生活を築いていかなければいけないから、これをやられた民族はアッシリアに抵抗するどころではなくなるわけです。「強制移住」なんていう言い方は、まだまだ優しい。難民創出政策ですね。

 こういう強圧的な力による支配は強そうで、実はもろい。
 うまい支配というのは飴とムチを上手に使い分けるものですが、アッシリアの場合はムチムチだった。
 100年ほど最盛期が続いたあとは、各地で反乱が頻発し、あっけなく滅んでしまいます。
 北方のスキタイ人の攻撃と支配下のカルデア人、メディア人等の反乱で首都ニネヴェは前612年に陥落し、前609年、アッシリア帝国は滅亡しました。

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四国分立時代
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 アッシリア滅亡後、オリエントには四つの国ができます。これを四国分立時代(前612〜前525)という。

 まずメソポタミアからシリアにかけてのいわゆる「肥沃な三日月地帯」を中心に建国したのが新バビロニア王国。カルデア王国ともいいます。バビロニアの南部にすんでいたカルデア人の建国です。都はバビロン。
 この国の王はネブカドネザル2世を覚える。前回もでました。ユダ王国を滅ぼしてバビロン捕囚をおこなった王です。
 これは、アッシリアの政策を受け継いでいるわけです。アッシリアもイスラエル王国を滅ぼしたときに強制移住をさせていますから、ネブカドネザル2世の時だけが何故バビロン捕囚として、ユダヤ教成立に大影響を与えたか。不思議に思いませんか。大学で歴史を専攻する人はこういうことを自分で調べて考えるんですよ。

 小アジアに建国したのがリディア王国。この国は最古の鋳造貨幣を造った点で重要。
 ギリシア方面とシリア、メソポタミアを結ぶ交易路にあったことと関連があるのでしょう。かつて、ほぼ同じ場所にあったヒッタイトで最古の製鉄がおこなわれていることを考えると、この地域は何か特殊な金属加工についての伝統があったのかもしれない。

 イラン高原を中心にできたのが、メディア王国。

 エジプトは独立を回復してサイス朝ができます。
四国分立図

四国分立図(前6世紀)


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アケメネス朝ペルシア
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 四国すべてを統一したのがアケメネス朝ペルシア。小アジアからインダス川に至る大帝国を建設します。
 アケメネスというのは王家の名前です。あとにササン朝ペルシアという国もできますので、これと区別するため試験では「アケメネス朝」と必ずつけてください。
 ペルシア人はインド=ヨーロッパ語族で、同じ民族系統に属するメディアに服属してイラン高原南部に住んでいました。
 前550年、メディアの政権を奪い、つづいて、リディア、新バビロニア、エジプトを征服した。
 その後いったん王位をめぐって内乱状態になるのですが、この内乱を鎮めて統一を回復したのがダレイオス1世です。かれは自分の再統一の功績を記念碑に残しました。これが以前お話しした(第4回)ベヒストゥーン碑文です。かれの時代がアケメネス朝の絶頂期ですね。

 かれは帝国の支配制度を整備します。
 まず全国を20の州に分けて総督を派遣します。この総督をサトラップという。
さらに、監察官がいてサトラップを監督、監視する。これを「王の目」「王の耳」といいました。「王の耳」は密偵、隠密で、サトラップが不穏な動向を見せると王に報告します。
 また、駅伝制度を整備します。これが「王の道」。こういうのは覚えやすくてよいね。

 アケメネス朝には都がいくつかあるのですが、一番代表的なものがスサ。それから、ダレイオス1世が建設したのがペルセポリスです。
 ペルセポリスの遺跡の写真がありますね。今は、廃墟になっている。当時は壮麗な都だったらしい。なにしろ、この都はダレイオス1世が儀式用に建設したものなのですよ。アケメネス朝は広大な領土を支配しているから、方々から他民族の使節団や、朝貢使節が来るんですよ。それを謁見するために造ったんだね。だから他民族の度肝を抜いて、アケメネス朝の威容を見せつけてやろうという意図があったと思いますよ。残された壁のレリーフはダレイオス1世が外国の朝貢使節を謁見しているところです。
 ペルセポリスをこんな廃墟にしてしまったのが、かの有名なアレクサンドロス大王です。ギリシア人を率いて攻め込んできたマケドニア王アレクサンドロスがここを占領したときに火を放って燃やしてしまったのです。

 ペルシアの他民族支配のやり方はわりあい寛容だったようです。
 アッシリア帝国が強圧的な支配で、あっという間に滅んでしまった経験に学んだのでしょう。それにペルシア人の成年男子の数は10万人程度だったらしいですから、これがすべて戦士としても広大な領土を力だけで支配しつづけるには少なすぎる、そんな事情もあったのでしょう。
 たとえば、新バビロニアを滅ぼしバビロンに入城したさいには、バビロン捕囚のヘブライ人たちに帰国を許しています。その後もかれらが神殿を建設してユダヤ教を信仰していくことに対して、とりたてて干渉をしていないようです。
 要するに、支配下の民族がペルシアに対して税を納め、戦時には軍役に服せば、あとは何をしてもよかった。
 徐々に拡大してきたオリエントの交易圏をすっぽり包む形でこの帝国は成立します。大統一国家の誕生でアラム人などは商売がしやすくなったでしょうね。ちなみにペルシア人の言語はペルシア語なんですが、帝国支配の公用語としてはアラム語が使われています。

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ゾロアスター教
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 ペルシア人の宗教について見ておきます。
 かれらの宗教はゾロアスター教。あとの時代にまとめられる経典が「アヴェスター」です。
 これは、面白い宗教です。ユダヤ教が一神教とすれば、ゾロアスター教は二神教とでも言いますか。神が二人います。一つが光の神、光明神アフラ=マズダ。対立するのが闇の神、暗黒神アーリマンです。
 ゾロアスター教によれば、アフラ=マズダとアーリマンは永遠に戦いつづけている。それぞれ天使の軍隊と悪魔の軍隊を率いて戦っている。そして、この世に起きるあらゆる出来事はすべて、この二人の神の戦いのあらわれだと考える。君たちが朝寝坊して遅刻したことも、ここに座って授業を聞いていることも、どこかの国が戦争していることも、みんなね。
 永遠に戦うのですが、いつかわからないけれど、いつか決着がつきます。最後には光の神アフラ=マズダが勝つ。
 ここからが、実に興味深いんですが、アフラ=マズダの勝利のあとで救世主が現れる。救世主はそれまでこの世に生をうけて死んでいった人々をすべてよみがえらせるのです。そして、復活した人々を善悪に振り分け、天国行きと地獄行きに選別するという。これが、ゾロアスター教の「最後の審判」です。

 なんだか、キリスト教みたいでしょ。ということは、ユダヤ教にもそっくりなわけ。では、ユダヤ教とゾロアスター教とどちらが先かというとゾロアスター教なんです。ユダヤ教の救世主待望思想や最後の審判の観念は、ゾロアスター教の影響を受けて生まれたといわれています。
 ちなみにユダヤ教、キリスト教はヤハウェ神信仰の一神教だと前回お話ししましたが、聖書を読んでるとおかしなものがでてきます。神でも人でもない。何かというと、これが悪魔です。悪魔って一体何者なんでしょう。これは神の一種としか考えようがない。旧約聖書の「ヨブ記」などでは、神が悪魔の挑発に乗ってしまって義人ヨブという人をいじめぬいたりします。神は悪魔とほとんど同じレベルで論争しているのです。
 この悪魔もゾロアスター教のアーリマンがユダヤ教の中に紛れ込んだのではないかといわれています。ヘブライ人は、アケメネス朝の支配下でユダヤ教を確立していったのですから、そういうこともあろうかとうなづけますね。

 このゾロアスター教は、西方のヘブライ人だけでなく東方のインドにも影響を与えました。
 アフラ=マズダはインドに入り光明仏ヴィローシャナになります。さらにヴィローシャナは中国、朝鮮半島を通って日本にもやってきます。これが毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)。奈良の大仏さんです。私、小学校の修学旅行で行きましたが、光明神アフラ=マズダだったんですね。

 資料集にゾロアスター教儀式の写真があります。現在でも信者がいるのです。イランに4万5千人、インドのボンベイを中心に10万人ほど信者がいるとあります。この写真は聖なる火を焚いてその前で祭司がアヴェスターを詠んでいるようすです。

 おまけの話。マツダ自動車という会社があるでしょ。ファミリアとかつくっている。
 松田さんという人が創業者でマツダ自動車なんですが、ロゴマークは「mazda」になっている。何故、真ん中がゼットなのかというと、アフラ=マズダからとっていると聞いたことがあります。コマーシャルを聞いていると、確かに「ザッツ・マズダ」と聞こえますね。
 ゾロアスター教みたいにポピュラーでないものからとるなんて、なんだか感心するね。


(2002/3/5校正)

第7回 アッシリアからアケメネス朝ペルシア おわり

こんな話を授業でした