こんな話を授業でした

世界史講義録

  第18回 キリスト教の成立 

目次 1紀元前後のパレスチナ地方
2イエスの生涯
3キリスト教

1紀元前後のパレスチナ地方

  4世紀以降ローマ帝国ではキリスト教が認められて、やがて国教になるのでしたが、このキリスト教の成立を見ておきましょう。

イエスによってこの宗教が生まれたことは知っているでしょう。
イエスは実在の人物ですよ。あまりにも伝説化されてしまって架空じゃないかと思っている人もいるみたいだけれど。

イエスは前4年くらいに生まれて、後30年くらいに死んでいます。ローマ初代皇帝オクタヴィアヌス(アウグストゥス)とだいたい同じ時代です。
場所はパレスチナ地方。ユダヤ人が住んでいる地方です。だから、イエスもユダヤ人です。パレスチナ地方はちょうどイエスが幼いときにローマの属州になっているんです。今はイスラエルという国ですね。

ということは、イエスはローマ帝国の領土で活動し死んでいった。だから、ローマ帝国でキリスト教の信者がどんどん増えていくのは当たり前といえば当たり前なわけです。

 ローマ人の宗教はどんなだったか。ローマ人は多神教です。基本的にギリシアの神々と同じ。領土が拡大するにつれていろいろな地方の神々がローマに伝わり、かれらは適当にいろいろな神様を信じている。
他民族の宗教に対しても特に弾圧することもないです。

ユダヤ人の宗教はユダヤ教だったね。一神教で当時の世界では特殊な信仰でしたが、それを弾圧するようなことはローマはしません。
しかし、税は重い。ユダヤ人に重税はかけます。だからユダヤ人たちの生活は当然苦しくなる。そんななかで、救世主=メシアの出現を待ち望む気持ちが強くなってくるんだ。ここは、ちょっと覚えておいてください。

 当時のユダヤ教は律法主義だといわれています。
簡単に言えば、宗教には形式や戒律があるわけですが、そういう戒律を厳しく守っていこうという考え方です。
モーセの十戒以来ユダヤ人たちにはいろいろな戒律があったわけです。
宗教上の戒律といっても、今のわれわれにはわかりにくいね。
プリントに新聞記事を載せてありますから、ちょっと見て下さい。今でもユダヤ教の信者は世界中にいるわけですが、ユダヤ人が作った国がイスラエル。その都市イェルサレムに派遣された日本の新聞の特派員が書いたコラムです。現在でもユダヤ教徒が戒律を一所懸命守っている様子がよくわかる。
 
「ある晩、戸をこつこつとたたく音がした。だれかと開けてみると、初老の婦人。同じアパートの住人だといい、「あなたはユダヤ人じゃないでしょう」と聞く。ガスが漏れているみたいなので、栓を閉めてほしいと言うのだ。
 そういえば、この日はシャバット。ユダヤ教の安息の日だった。火をともす作業をしてはいけないとされ、中世のユダヤ人たちは非ユダヤ教徒に頼んで火をつけてもらっていた、という話を思い出した。現代では、電気や機械を作動させることがいけないとされ、戒律を守る人々は金曜日の夜から土曜の夜にかけ、それに類する行為を避ける。
 車の運転はもちろんだめ。…後略…」

 安息日には仕事をしてはいけないという戒律があるんだね。
このおばあさん、自分の部屋のガスがシューシュー漏れているんだ。自分でちょいっと栓を閉めればいいのに、戒律破りになるからできないと言うんだね。だから、戒律に関係ない日本人の新聞記者に栓を閉めてくれと頼みに来た。
これ、現代のことですよ。2000年前の戒律重視はどれほどだったでしょうね。
なぜ、戒律を守らなければならないかというと、神との約束だからね。やぶったら救われないのです。天国にいけない。

細かい戒律がたくさんあったんだろうけれど、これをキッチリ守ることは難しいことだったに違いありません。
例えば、この安息日に火をともしてはいけないとなると飯はどうやってつくったのか、ということになる。安息日でも食事はしたいでしょ。新聞記事にもあったけれど、戒律には抜け道もあって、自分で作業をしなければいいんです。だから、金持ちはお金で人を雇って火を使って料理させて、自分は食べるだけでいい。これなら戒律を守りながら、満腹できます。
逆に貧乏人はどうか。貧しければどんな仕事でもして、生きていかなければならないよね。安息日に金持ちに雇われて、かれらのために働くのはそんな人々だったに違いないです。

 2000年前のユダヤ人社会に戻りますが、戒律重視の律法主義が主流だった。
律法主義が厳しく言われれば言われるほど、結果として貧乏人はどんどん救われなくなる。
極端に言えば救われるのは金で戒律を守ることのできる人だけになる。
そして、ローマの支配下で重税をかけられて、貧しい人々がどんどん増えていたのが当時のパレスチナ地方です。
自分は救われない、という想いがどのようなものか私には想像できないけれど、非常に絶望的な気分だったんじゃないかな。

 こういう状況の中で、イエスが登場して民衆の支持を得る。
イエスが何を言ったか、もう想像つくでしょ。
かれは、最も貧しい人々、戒律を破らなければ生きていけない人々、その為に差別され虐げられた人々の立場に立って説教をするんですね。
戒律なんて気にしなくてよい。あなた方は救われる、と言い続ける、それがイエスです。
例えば売春婦。売春などは戒律破りのさいたるものですが、恵まれない女性が最後にたどり着く生きる手段でした。そんなことをして生きていくことそのものがつらいことなのに、おまけに宗教的にも救われないとされているんですよ。
そういう女性にイエスは「あなたは救われる」と言う。
それから、ライ病の患者。ハンセン氏病ですね。日本でもつい最近まで科学的な根拠のない偏見が長く続いてきた病気です。ユダヤ教では、病気そのものが神からの罰として考えられていた。だから、ひどく差別されていました。イエスはそんな人のところにもどんどん入っていく。そして「大丈夫、救いはあなたのものだ」と言う。
これが、どれだけ衝撃的だったか、人々の胸を揺さぶったか、想像力を働かせて下さい。

2イエスの生涯

 さて、イエスその人のことですが、母がマリア、これはみんな知っているね。聖母マリアといわれる。父親は知っているかな。ヨセフです。この人は大工さん。
父ヨセフ、母マリア、ですめば簡単なんですが、これが意外とややこしい。
のちにキリスト教の教義が確立する中で、マリアは処女のままで身ごもってイエスが生まれたということになります。現実にはそんなことはあり得ないので、一体この話は何を意味しているのかと言うことになる。

 どうもこういうことらしい。マリアとヨセフは婚約者同士でした。ところが婚約中にマリアのお腹がどんどん大きくなるんだね。誰かと何かがあったんでしょう。どんな事情があったかはわかりませんよ。
ヨセフとしては身に覚えがない。不埒な女だ、と婚約破棄をしても誰にも非難されません。婚約破棄するのが普通だろうね。聖書を読むと、やはりヨセフは悩んだらしい。しかし、結局そんなマリアを受け入れて結婚したんだね。そして、生まれたのがイエスです。
マリアとヨセフはその後何人も子供をつくっています。イエスには、弟妹何人かいたようです。
で、イエスの出生の事情というのは村のみんなが知っていたようです。
のちにイエスが布教活動をはじめて、自分の故郷の近くでも説法をします。その時、同郷の者達が来ていてイエスを野次る。その野次の言葉が「あれは、マリアの子イエスじゃないか!」と言うんだね。誰々の子誰々というのが当時人を呼ぶときの一般的な言い方なのですが、普通は父親の名に続けて本人の名を呼ぶ。だから、イエスなら「ヨセフの子イエス」と呼ぶべきなんです。「マリアの子イエス」ということは「お前の母ちゃんはマリアだが親父は誰かわからんじゃないか」「不義の子」と言う意味なんです。
だから、かれの出生は秘密でもなんでもなかった。イエス自身もそのことを知っていたでしょう。

イエス自身が戒律からはみだした生まれ方をしていたんだ。「不義の子」イエスは、だからこそのちに、最も貧しく虐げられ、絶望の中で生きていかざるを得ない人々の側にたって救いを説くことになったのだと思います。

聖母マリアの処女懐胎、という言葉にはそんな背景が隠されているのです。

 イエスの若い時代のことはわかりません。多分ヨセフと一緒に大工をしていたんでしょう。
30歳をこえたあたりから突如布教活動を開始します。

注意して欲しいですが、イエスはあくまでもユダヤ教徒ですよ。新しい宗教を創ろうと考えていたわけではありません。律法主義に偏っているユダヤ教を改革しようと考えていたのだと思います。

 先ほど触れたことの繰り返しになりますが、イエスの教えの特徴をもう一度見ておきましょう。

まず、ユダヤ教の戒律を無視します。
最も基本的な戒律の安息日も平気で無視する。こんな言葉が残っています。「安息日が人間のためにあるのであって、人間が安息日のためにあるのではない」

 次に、階級、貧富の差をこえた神の愛を説いたと言われます。
身分が卑しくても、貧乏でも、戒律を守れなくても神は愛し救ってくれるというんだね。
有名なイエスの言葉で、「金持ちが天国にはいるのは、ラクダが針の穴を通るよりも難しい」というのがある。ぶっちゃけて言えば、金持ちは救われない、と言っている。じゃあ、誰が救われるか、それは君たち貧乏人だよ。イエスはそういっているんでしょう。

ユダヤ教のヤハウェの神は厳しい怒りの神です。アダムとイヴが知恵の実を食べたら、怒って楽園追放でしょ、ノア以外の人類は洪水で皆殺し、バベルの塔も破壊して人類を四方に飛ばして言葉を乱した。怒って罰を与える怖い神です。
この神の解釈をイエスは変えてしまった。
怒りの神から愛の神へ変える。
神がわれわれを愛してくれているように、われわれも敵味方の分けへだてをやめるように説きます。
「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」という。汝の敵を愛せということですね。
この言葉は、すごく衝撃的な響きだったと思うよ。
この地域の伝統は何かというと、ハンムラビ法典以来、「目には目を、歯には歯を」でしょ。だから、右の頬を殴られたら殴り返すのが常識。ところが、イエスは左も殴らせてやれ、という。常識をひっくり返す。
人間は、それまで疑ったこともなかった常識をバッとひっくり返されたときに、そのものに強く惹かれるということがあります。
イエスはまさにそれをやり続けた。

 それから、イエスは説法で「時は満ちた、神の国は近づいた」という。
この「神の国」は「イスラエル」と発音したらしい。
イエスの話を聞いた人々の中には「イスラエル」という言葉から過去に栄えたユダヤ人の国家イスラエル王国を連想する人々もいたんだ。その人たちは、イエスは宗教家の姿を借りてローマからの独立、ユダヤ人国家の復活を計画しているのだ、と期待しました。
宗教的な救いと政治的な救い、周囲の人たちはイエスにいろいろな期待を持つようになります。

 イエスの活動で避けて通れないのが奇跡です。
言葉による布教と同時にイエスは行く先々で奇跡を起こします。
具体的には病癒しが多い。どんどん病気を治していくんだ。イエスがどこかの町に現れると人々が病人をどんどん連れてきてごった返すありさまが聖書には書かれています。

本当に奇跡を起こしたのでしょうか。
ここは授業としては触れにくいところだね。
雑談として聞いてくれればいいけれど、私としては病を癒すというのはある程度あったと思います。ある程度ですよ。

イエスの病癒しには、盲目の人の目を開いたり、血の道で苦しむ女性を治したり、いろいろあるのですが、精神的な疾患と考えられるものもかなりある。そこへイエスが現れて、悪霊祓いをする。そして、権威あるもののように「あなたは治った、大丈夫だよ」と言われたらそれだけでホントに治ってしまう、そういうことはありそうでしょ。病は気から、という部分ね。

もう一つはいわゆる手かざしというやつです。ハンドパワーと言うのかな。
みんなは知らないと思うけど何年か前に高塚ヒカルさんという人がいた。今もいると思うけど。この人は普通のサラリーマンなんだけど病気の人の患部に手をかざすと、その病気が治ってしまうので有名になった。たしか、映画まで作られたと思うよ。
高塚さん本人にも何で病気が治るかわからない。けど、自分が手かざしをすると治ってしまうので、あちこちから引っ張りだこでした。

まれに、そういう理屈ではわからないパワーを持った人がいるんだね。
前に勤めていた学校でもいました。生徒でね。男の子なんだけど、かれはおとなしい普通の子なんだけど、体育の時間が終わるとかれの前に行列ができるの。クラスメイトがね、順番を待ってかれに手かざししてもらうわけです。肩とか、太股とか、そうすると筋肉痛が治ってすっきり。体力が回復するんだって。先生もしましょうか、なんていわれました。私は遠慮しましたが。学年では有名人でした。
ホントに治るのかどうか知りませんよ。ただ、やってもらった人が治った、スッキリしたと感じるということです。
イエスは特にそういうパワーを多く持っていたのかもしれない。

イエスの奇跡の話は聖書にたくさんでてきます。
なかには荒唐無稽なものも多くある。
イエスの説教に数千人が集まった。この聴衆にイエスの弟子が食事を配る。パンが5つと魚が2尾しかなかったのに全員に配れたという話。それから、ラザロという若いイエスの支持者が死ぬんですが、イエスが死後数日後に「ラザロ出てこい」と呼びかけると、ラザロが生き返って墓穴から出てきたとかね。
これらはイエスの死後、伝説として創作されたと思われますが、ポイントはこんな荒唐無稽な話でもその当時の人々が「イエスならありえる話だ」と受けとめたということでしょう。

 病癒しの話の中に気になるのが一つあります。
ゲラサ人の病人を治す話です。この人は頭がおかしくなっていて墓場で裸になって叫び続けているんです。周りの人が足かせで縛ったりするんですがすぐに引きちぎって、石で自分の身体を傷つけたりする。
イエスはゲラサ人の土地にやって来てかれに憑いている悪霊を退散させるんですが、この時に悪霊に名を尋ねる。すると悪霊が名乗るんですが、その名が「レギオン」。ガメラとたたかった怪獣にいたね。
実はレギオンというのはローマ軍団のことです。
そうすると、これは単なる病癒しの話をこえた何かを暗示しているようだね。イエスの物語はローマの支配と無関係ではなかったし、イエスが治したというたくさんの病人の病気とは実のところ何だったのか、ということまで私なんかは考えてしまいます。

 話がだいぶあちこちに飛びましたが、イエスはユダヤ教の解釈しなおしと病癒しによって、短い間にものすごく評判になります。多くの支持者を集める。かれの行くところには人々が群がるようになる。
イエスこそが待ち望んでいた救世主だと考える人々も多くなってきました。

イエスが評判になると、ユダヤ教の指導者たちは面白くない。
それで、なんとかイエスの信用を落として、あわよくばイエスの落ち度をとらえて逮捕処刑しようと考えます。
ユダヤ教の指導者たちの手下、スパイたち、がイエスの身辺にあらわれてかれの言動を探ったりいろいろな罠をかけるようになるんですね。

 聖書に姦淫する女の話が出てきます。
ある時そのスパイ連中がイエスの前に一人の女を連れてきます。その女は姦淫している現場を見つかったのね。夫がいながら他の男性と関係を結んでいたんです。
これは当然戒律違反で、死刑にあたります。姦淫した女は石打の刑といってみんなに石をぶつけられて殺される決まりでした。
で、かれらはイエスに向かって言う。イエスよ、あなたはこの女をどうするのか。
これは、罠です。
イエスがもし、この女を許すべきだと言えば、戒律破りを堂々と認めることになる。姦淫ですからね、戒律破りといっても日本でも戦前だったら犯罪にあたる行為です。これを認めたらイエスは無法者だと触れ回られるでしょ。
もし、「許さない、死刑だ」といえば、イエスの言動に励まされてきた多くの貧しい者虐げられた者達を裏切ることになるわけです。「なんだ、イエスは口ではわれわれの味方みたいに言っているが、いざとなれば戒律を守れというんだな」と思われるでしょ。
どちらにしてもイエスは信用を落とすことになる。巧妙な罠です。

この時イエスはこう言う。
「あなた達のなかで今まで罪を犯したことがないものがいればこの女をぶちなさい。」
女の周りには石を持った男たちが、撃ち殺してやろうと取り囲んでいたんだ。だけど、イエスの言葉を聞いて、一人、また一人と石を置いてそこから立ち去っていった。
実に感動的な場面です。しかも、イエスの機知も伝わってくる。
客観的に戒律が正しいかどうかなんてことはイエスは言わないのですね。あなたはどうなのか。それをみんなに突きつけた。

 もう一つ罠の話。
やはりスパイ連中がイエスに質問します。
「イエスよ、われわれはローマ帝国に税を納めるべきかどうか。」
イエスは貧しい者の味方です。収めなくてもいいと言えば貧しい者達は喜ぶでしょうが、それはローマ帝国に対する明らかな反逆行為になります。死刑にされてもしようがない。
納めよといえば、やはりこれもイエスらしくない発言で支持者は失望するでしょ。
イエスはコインを見せよ、といってコインを手に取る。そして、質問したものに逆に質問する。これは誰かと。ローマのコインには皇帝の肖像が刻まれているんですよ。
スパイは答えます。「カエサルだ。」
イエスは言うんだね。「カエサルのものはカエサルに返しなさい。神のものは神に返しなさい。」
税がどうのこうのという前に、お前さん、ちゃんと神に対して正しい信仰を持っているのかい。そういってイエスは逆にスパイをやりこめているようです。

 こんなふうにイエスはユダヤ教指導者たちの追及を切り抜けていきます。
しかし、かれがユダヤ教のあり方を批判するだけでなく、救世主としての評判が高くなってくると対立は徹底的になります。
ユダヤ教の保守的な指導者たちは何が何でもイエスを捕らえて処刑しようとします。イエスに対するデマも流してかれの評判を落とす。

最後の時期にはイエスは逃げ回りながら布教しています。
でも、ついに捕らえられて裁判にかけられることになります。

これは、ルネサンス期の大画家レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」です。
逮捕される前の晩、イエスは弟子たちと食事をする。その途中で、イエスは明日私は捕まるだろうと言う。驚いた弟子たちが、えっ、それは何故ですか、まだまだ、逃げられますよ、と言うんですが、イエスは「この中の一人が私を裏切るだろう」とつぶやく。その言葉を聞いた直後の弟子たちの動揺を描いた絵です。
結局ユダという弟子が、ユダヤ教指導者にイエスの隠れ場所を密告して、その結果イエスは捕まったとされています。

 ユダヤ教の戒律は破ったかもしれないけれど、イエスは別に犯罪を犯しているわけではない。でも、ユダヤ教指導者たちにとってはイエスに好き勝手にさせるわけにはいかない。是非とも殺してしまいたいんです。そこで、ローマ総督のところに引き渡すんですがローマ総督もイエスが犯罪者でないことはすぐわかったしユダヤ教徒同士の争いに首を突っ込みたくない。
しかし、ユダヤ教の指導者たちは「この男はローマに対する反逆者だ、ユダヤの王と言っている」と言うんだね。
ローマ総督としては反逆者をほって置くわけにはいかない。結局イエスは反逆者として死刑判決を受けます。

ローマの死刑は十字架に磔(はりつけ)です。
死刑囚は磔になる前にローマ兵からいたぶられる慣習があった。
イエスは兵士たちから服をはぎ取られ裸にされる。殴られたり蹴られたりもしたでしょう。
お前はユダヤの王だろう、王なら冠をかぶれ、と荊(いばら)でつくった冠をかぶらされた。荊はトゲトゲですからね、それを頭にかぶらされて額からは血がだらだら流れる。この場面を描いた宗教画はたくさんあるね。

最後は十字架です。これ、手足を釘で十字架に打ち付けるんですよ。
手のひらを打ち付けると、体重で手が裂けて外れてしまうらしい。だから正確に言うと手首の腱のところで打ち付けた。足も足首です。それだけでは支えきれないので首から肩にかけての腱のところでも釘を打ち付けたという話もある。
こんなふうにして十字架に掛けたあと、兵士が槍で心臓のそばを急所をはずしてチョイと突く。
血がだらだら流れながら数日間、苦痛とのどの渇きに苦しめられながら死んでいく。これが十字架の磔です。

イエスはこれで死んでいったのです。

 信者たちはどうしていたのか。
実は多くの支持者、信者たちはイエスが逮捕された段階でかれを見捨てて逃げてしまったんです。
救世主がこんなに簡単に捕まって、しかも死刑になるわけがない。あいつは只の男だったんだ。そんな気持ちでしょう。救世主なんていってだましやがって!とイエスに憎しみを向ける者もいたようです。

弟子も逃げた。
ペテロという弟子は、逃げたんだけど裁判の様子が気になる。だから、裁判所の前でうろちょろしているのね。するとかれの顔を知っているものが「あれ、あんたイエスの弟子じゃないか」と言うんだ。
ペテロはあわてて否定するんです。「いえ、違います。イエス?そんな男私は知りません。」弟子として一緒に逮捕処刑されてはかなわない、と思ったんだね。
わっと集まった支持者たちは、わっと消えてしまいました。
結局、イエスに最後まで付き従い処刑まで見届けたのはほんの少しばかりの女性信者だけだったといいます。

イエスはわずか二年ほど布教活動をしただけで、処刑されてしまいました。まだ30歳をいくつか超えただけでした。

3キリスト教

 イエスの話はこれで終わり。
ところがキリスト教はここから始まる。

イエスが処刑されて数日後、女性信者三人がイエスの亡骸を引き取りに行ったんです。当時の墓は横穴式の洞窟になっている。イエスの亡骸もそこに入れてあったはずなんですが、彼女たちが入っていくと死体が消えていたというんだね。
死体は確かになくなっていたらしい。そこまでは事実としましょう。

ところがこの話が、どんどん伝わるなかでイエスが生き返った、復活したと考える人々があらわれました。
巻き添えになるのを恐れて逃げ散っていた弟子たちも再び集まってきて、弾圧を恐れずイエスの教えを人々に説きはじめます。かれらも復活したイエスに会ったという。

 このようにして、イエスは復活した、イエスはやはり救世主だったと考える人々によってキリスト教が成立しました。キリストとはギリシア語で救世主のことです。

救世主の復活を信じる人々はキリスト教徒になりました。信じない人々はユダヤ教にとどまり続けることになります。

復活ということをどう考えるか。これはもう歴史の授業から外れてしまうので皆さんそれぞれが考えたらいい。
ただ、逃げていた弟子たちが再び活動をはじめたのには、何かがあったんでしょうね。こういうのを宗教体験とか、霊的体験とか、啓示とかいうんだろうね。

 イエスの弟子で有名な二人がペテロとパウロ。
ペテロは裁判の時にイエスを知らないといった男です。ところが処刑後は熱心な布教活動をおこない、最後はローマで処刑された。

パウロはイエス死後の弟子です。死後の弟子というのも変だけど、復活したイエスに会っているからそうなる。
パウロは裕福なユダヤ人の家に生まれた熱心なユダヤ教徒でした。キリスト教徒を見つけだして迫害していた男なんです。ところが旅行中に復活したイエスに会う。イエスはパウロに「なぜ、私を迫害するのか」と声をかけたという。
これ以後パウロはユダヤ教を捨て、それまで迫害していたキリスト教の布教活動に生涯をかけるんです。

キリスト教の理論面でパウロの功績は大きいです。イエスの教えをもとにパウロがキリスト教をつくったという人もいるほどです。
それから、パウロはユダヤ人だけどローマ市民権を持っていたんです。だから、自由に帝国内を旅行することができた。キリスト教徒として逮捕されたときもローマ市民の権利としてローマ市で皇帝による裁判を要求した。そのため、かれはローマ市に移送されてそこでも布教活動をします。最後はやはり死刑になりますけどね。

こういう弟子たちの活動によってキリスト教はパレスチナ地方のユダヤ人以外にも徐々に広がっていきました。

 キリスト教独自の聖典が新約聖書です。イエスの言動を記した文書や、弟子たちの手紙などから成っています。
イエスの死後からいろいろな文書が作られはじめ、今のような新約聖書の形になったのは5世紀のことです。

旧約聖書もキリスト教の聖書ですが、これはもともとユダヤ教の聖典。キリスト教はユダヤ教から生まれたものですから、これも引き継いで読むわけだ。
新約というのは、新しい契約、という意味。イエスと神の間で交わされた新たな契約を記した本、ということです。
それに対して、旧約とはイエス以前の、神と人間との古い契約ということだね。

 新約聖書は、多くの作者によってバラバラに書かれた文書の寄せ集めですから、イエスの人生も文書によって書き方が大分違うんですよ。
例えば、十字架に掛けられたイエスの言葉です。
一番はやく書かれたマルコ福音書では、「おお神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか。」
少し後で書かれたルカ福音書では、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
全然、イメージが違うでしょ。どちらもイエス処刑後たかだか40年から60年後くらいに書かれたものなんですよ。
だから、実際のイエスが本当にどんなふうだったのか、これを探るのは難しい。

授業のために何冊かイエスの本を読んだんですが、みんな違うのです。書かれているイエス像が。作者の数だけイエス像があると言ってもいいんじゃないかな。
今日の話はそういう意味ではわたし風のイエス。
皆さんも自分なりのイエス像を考えてくれたらいいと思います。



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書物としての新約聖書
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田川健三著。「聖書学」というものがあるようで、著者は、日本での代表的な聖書学者だと聞いた。聖書の成立過程が、よくわかる。ただし、学術書なのでちょっと高い。


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