ペンテコステ派論考

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     ちょっと怪しげなペンテコステ信仰

 
 ペンテコステ信仰の躍進、ペンテコステ運動の発展は、20世紀のキリスト教界の特徴であった。数世紀にわたって啓蒙主義や合理主義、自然科学や人本主義に影響されて、超自然現象を否定し、聖書の奇跡を受け入れず、神の存在そのものまでも疑い始め、まさに衰退の一途をたどっていた教会が、このペンテコステ信仰によって力を取り戻したことは、実に喜ばしいことである。しかしこの信仰、この運動は、このまま21世紀にも継続していくことができるのであろうか。教会史に興った多くの霊的覚醒は、比較的短期間で終わり、後にはその覚醒で起こった教団や教派が、健全ではあるが躍動感を失った硬い組織として残されることが多かった。ペンテコステ運動が、はたして今後も、教会の力であり続けることが出来るのか、気がかりな点もいくつかある。そのひとつは、はじめからペンテコステ信仰の特徴であった、体験主義的傾向を持つ信仰のあり方である。

機.撻鵐謄灰好匿仰の体験主義的傾向

 まず、ペンテコステ信仰が体験主義的な傾向を持つということについて、説明しよう。ペンテコステ信仰は、神学の積み重ねや厳密な聖書の研究の結果として起こったものではない。霊的覚醒というものは、大体そのようなものが多かったが、ペンテコステ信仰は、特にその点が顕著である。

 ペンテコステ信仰には、まず、ひとつの体験があった。少し後になってから、聖霊のバプテスマと呼ばれるようになった、体験である。もっと正確にいえば、ペンテコステ信仰は、異言を語るという不思議な体験をしたことに始まる。この体験を最初にしたのは、聖霊の働きに強い関心を持つホーリネス系の信仰を持つ人々で、当初、彼らはこれを、宣教のための賜物と考えた。新しい宣教地に出て行くために、学ばずして宣教地の言葉を話すことが出来るようになる、特別の賜物としてこれを理解したのである。それで彼らの中には、異言の賜物が与えられることを前提に、言葉の学びをまったくしないまま、またする気もないまま、宣教地に出て行く者たちまで現れた。

 ところが、この期待は間もなく裏切られた。異言の賜物は、彼らの理解に沿ってタイミングよく与えられはしなかっただけではなく、与えられたとしても、宣教地の言葉ではなかった。だから彼らは、異言は宣教地の言葉を与えられる、宣教の賜物であるという理解を、変えなければならなかった。しかし彼らは、神に対する渇望と祈りの中に与えられたこの体験を、単なる心理的な、あるいは心霊的な体験としてではなく、あくまでも正真なクリスチャン体験と捕らえて、聖書の中にクリスチャン的な解釈を求めたのである。その結果行き着いたのが、聖霊のバプテスマの証拠としての異言という理解である。彼らはまず、ルカが記録した使徒の働きの出来事から、これを理解した。自分たちの体験と非常に類似していて、前例ともモデルとも言うことができる体験を、使徒の働きの記録の中、初期の教会の歴史の中に、複数見出したのである(使徒2:1−13、 14−24,10:44−47,19:1−6)。

 彼らは使徒の働きに記されたこれらの体験が、ヨハネによって予言された聖霊のバプテスマ(マタイ3:11、マルコ1:8、ルカ3:16)、イエスさまによって約束された聖霊であることを学び取り(ルカ11:13、使徒1:4−5)、これを、イエスさまの証人となるための力の賦与と理解した。(使徒1:8)そして、福音書に記された弱々しい使徒たちが、使徒の働きに記された信仰の勇者と変わったのは、この聖霊のバプテスマの体験にあったと判断した。そして、その聖霊のバプテスマの証拠として、異言が伴ったと考えたのである(使徒10:45−47,15:8)。

 こうして、20世紀の初頭、異言を語る体験をした人々は、自分たちが、初代のクリスチャンたちと同じように、イエスさまの証人としての力、宣教の力を与えられたのだと信じた。初代のクリスチャンたちが、恵みの時代の始まりに当たって、神からの特別な信任と力を受けたように、自分たちは恵みの時代の終わりに当たって、神からの特別な信任と力を得たのだと信じ込んだ。ペンテコステ運動の特質は、少なくても、伝統的なペンテコステ運動の最高の特質は、その熱心な祈りとか、熱狂的な集会とか、癒しや奇跡といったものもさることながら、宣教に対する情熱と実行力であった。彼らは、使徒たちや初代のクリスチャンたちと同じように、聖霊のバプテスマによって、神の臨在、神の内在を強烈に感じ、教会や宣教団体の後押しを待たず、文字通り、片道切符の宣教師として世界中に出て行った。そして、宣教のための緩やかな支援グループの設立、教会の枠を越えた宣教協力団体の創立がこれに続いた。下層階級から始まったこの運動は、瞬く間にアメリカ全土のみか、世界中に広まったのである。そして、そのペンテコステ信仰の躍進自体がまた、聖霊のバプテスマは宣教の力の賦与であるという理解を、実証的に証明するものであると考えられたのである。ペンテコステの信仰の中では、今でも、宣教の成功、教会の成功、すなわち多くの人々を獲得することが、神の祝福の証であり、神の承認の証であるというような意識が、非常に強く、後になって、教会成長運動や繁栄の福音などが無批判のまま、盛んに取り入れられてしまった素地があったわけである。

 異言が、宣教の力の賦与である、聖霊のバプテスマに付随する印だという理解に続いて、自分たちの祈りの体験の中に継続していた異言の体験についても、彼らは聖書の中に解釈の基盤を見つけた。パウロが記したコリント人への手紙に記された、異言についての教えがそれである。(Iコリ12章〜13章)彼らはこのパウロの記述から、異言の祈りと異言のメッセージという、ふたつの理解を導き出した。異言による祈りとは、聖霊のバプテスマの印としての異言に続き、神との交わりの深みに至らせるために与えられる賜物であると考えられた。次に、彼らは異言による神からのメッセージという理解を発展させた。パウロが語る「異言を解く賜物」(Iコリ12: )というものを、彼らは異言という方法を通して与えられる、神からのメッセージを解き明かす賜物と理解した。ここで異言は、神から与えられる預言の手段とされたのである。異言という方法で与えられる預言である。しかし、異言による神からのメッセージは、解き明かす賜物がない限り、預言としての力を発揮しない。だから、解き明かす賜物を熱心に求めなければならないと考えられた。

 このような預言としての異言という解釈は、当時のリバイバル運動で非常に高まっていた新しい啓示、あるいは神からの新しい語りかけに対する熱望がもたらした結果だと考えられる。ペンテコステ運動も、当時のホーリネス運動の末端に連なるものとして、キャンプ集会、今で言う聖会や修養会のようなものを各地で開催していた。その中では、新しい啓示に対する期待が非常に強かった。それが聖書の解釈からくる言葉であれ、何かの閃きによる言葉であれ、人々は新しい教えを期待していた。その一例は、たぶん、使徒の働きを読んでいるうちに閃いた考えが、預言という手段で公表された、いわゆる「イエスのみ名による洗礼」の問題である。洗礼は三位一体の神のみ名によるのではなく、イエスのみ名によるものでなければならないというこの「新しい」預言は、設立されてわずか1年のアッセンブリーズ・オブ・ゴッドのフェローシップを、危うく解体してしまうほどに分断した。そのときの後遺症が、いまだにジーザス・オンリー、あるいはワンネスとして残っている。

 当時、ペンテコステ経験をした者の多くは、神学的素養をほとんど持っていない人々であった。伝道者と言っても、極めて基礎的な教育しか受けていなかった。そのような中で、臨在される聖霊に対する期待と飢え渇きが高まり、聖書を読むような、面倒くさいことをしないでも済み、興奮を伴う預言という宗教体験に人気が集まったのである。当然、ペンテコステ運動の行く先々には、聖書理解の幼稚さ、神学的素養の欠陥から来る混乱が続き、次々と語られるとんでもない預言も加わって、神学的見地からするとまさに混沌に陥っていた。また、短期間の即席の訓練しか受けていない伝道者たちの中には、人格的、道徳的欠陥を持った人々もかなりいて、そこここに不道徳な行為も見られた。しそういう環境の中で、異言によるメッセージという理解も生まれたのである。

 一方、神学的素人集団であったペンテコステ運動の人々の中には、あまり専門的な学びはしていなかったが、強い福音派の背景を持ち、聖書を誤りの無い神の言葉であり、唯一の権威であると信じて、まじめにこれに向きあう、良き伝統を持ち合わせている指導者たちも大勢いいた。彼らが、きわめて冷静に、つまり聖霊の賜物といいながら、非常に常識的な判断能力を働かせて、聖書の教えに反する預言をはじめ、さまざまな非聖書的な主張や行為を排除していった。先に挙げたワンネス運動の排除などはその良い例である。しかし、異言によるメッセージという理解は、たとえ、アッセンブリーの交わりの中では、正式な見解として表明されたことはないとしても、ペンテコステ運動の中で広く行きわたり、受け入れられて行った。

 このように、ペンテコステ運動は体験を先立たせた運動であるということは、その発生のいきさつからも明らかである。少なくても、ペンテコステ運動の中心的神学である聖霊のバプテスマと異言に関しての教えは、聖書の学びを端緒として発展したものではなく、まず、体験があり、その体験の前例、モデル、あるいはプロトタイプを、聖書の記述の中に見出したのである。つまり、体験が聖書の新しい理解、解釈を可能にしたのであり、聖書解釈の上で、体験が非常に重んじられるのである。

 また、ペンテコステ運動には、聖霊のバプテスマと異言という問題以外にも、多くの周辺的要素があった。たとえば、ホーリネス運動から引き継いだ瞬間的潔めだとか、デスペンセーショナリズムを背景にした終末論などである。これらの神学も、ペンテコステ運動の中ではかなりの影響力を持ち続けてきたが、すなおに聖書に聞くという素朴な態度は、それらの教えを丸ごと取り入れる極端さを止めてきた。

 ペンテコステ運動は、聖書を誤り無い神の言葉と信じて、素直にまた素朴に聖書を読む人々によって、健全に保たれてきたのである、聖書によって、聖霊のバプテスマと呼ばれる自分たちの信仰体験が、正真の聖霊体験であることを証明し、その体験が個人の主観的な体験だけでも、限られた時と場所と事情の中に、閉じ込められておかれるべき一過性のものでもなく、すべての信徒に共有されるべきものであると証明して来た。聖書的権威をもって、自分の聖霊体験と、それに基づいた信仰のあり方、行動、あるいは伝道や教会形成というものを、正当化してきたのである。

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 このような体験主義的傾向は、厳密な聖書解釈に立つ、プロテスタント信仰に反するものであるかのように、言われ続けて久しい。とはいえ、体験主義的傾向は、正当なプロテスタント信仰の中でも、何も珍しいことではない。たとえば「聖書信仰」や「信仰による義人」という、プロテスタント神学の錦の御旗も、カトリック教会の腐敗という環境、それと戦うという体験がもたらした結果として、生まれた神学である。カルビンの神学も、カルビンの時代と背景があって、はじめて生まれてくることが出来た。さまざまな正しい聖書の理解は、さまざまな体験に啓発され、触発されて生まれている。普遍性を持つ聖書の教えは、時代と文化という有限性を媒体として、はじめて理解されるのである。

 広い意味では、この世の哲学に影響され続けるキリスト教神学、プロテスタント神学それ自体が、体験神学であって、純粋に聖書に基づいた神学ではない。だから、これからも世界の変化によってもたらされる体験が、新しい聖書の理解を生む可能性はあるし、なければならない。たとえば、現在の行き過ぎた資本主義とグローバライゼーションは、あたらしい神学を必要としているように思えるし、キリスト教が圧倒的な力を持った環境と文化の中で形成された神学ではなく、キリスト教が絶対的少数派で力を持たない中での神学も、必要とされていると考えるものである。ただしペンテコステ神学は、単に社会的変化への対応としてではなく、社会的変化を背景にした、純粋な信仰体験に触発されて生まれたものである。

 ペンテコステ運動の本当に特異な面は、啓蒙主義や合理主義によって、あるいはドイツ観念論などの影響によって、遠く隔てられてしまった至高の神、絶対他者の神、観念の隅に追いやられた神を、近くにいて助けてくださる現実の神に、変えてしまったことである。聖書の神を聖書の物語の中だけに閉じ込め、聖書理解と観念の問題にすり替えてしまうことによって、私たちの日常の毎日、現実の生活の問題に介入し、私たちの祈りにお答えになる神、いま共に生きておられる神を見失っていた教会が、ペンテコステ運動によって、近くにいてくださる神、内に済んでいてくださる神、祈りに答えてくださる神を、聖霊なる神として再び見出したのである。聖霊のバプテスマにより神の臨在を強烈に感じること、異言の祈りによって可能になる、神との深い交わりに浸ることこそ、ペンテコステ信仰の真髄である。そこから、神はいまも語りかけてくださる、祈りに答えてくださる、宣教の働きに伴っていてくださるという、信仰と期待が派生するのである。

 プロテスタントを含め、伝統的な神学では、聖霊とそのお働きについては、あまり学ぶことがなかった。ちなみに、歴史上もっとも優れた信仰告白であると言われ、現在でも多くの教会で、礼拝会ごとに唱和されている使徒信条を見ると、聖霊に関する言葉はただ一節。「我は聖霊を信ず」だけである。ウエストミンスター信仰告白でも、聖霊について述べられていることは、不充分この上ない。だから伝統的神学の枠の中に留まる限りは、今の聖霊の働きについて学ぶことは出来ない。ペンテコステ神学は、いま生きて私たちと共におられる神、聖霊のご性質とお働きに注目する。特に現在、キリストの昇天後の聖霊のお働きについての学びが、ペンテコステ運動の大切な学びである。そしてその聖霊の、変わらない役割のひとつは、いまも私たちの中に働きかけ、キリストの語られたお言葉を理解させて下さる働きなのである(ヨハネ26;26、15:26、16:12〜15)。

 したがって、ペンテコステ運動が、現在も働いていらっしゃる聖霊に信頼して、聖書の新しい理解を得る可能性を信じるのは、正しいことである。その新しいきっかけは、時には内面的な霊的体験であっても、この世の科学や哲学の発展、あるいはその他の出来事を端緒としていてもかまわない。極端に言うならば、とんでもないでたらめな神学を発端にしていてもいい。さきに述べたように、聖書の理解の深まりは、常に歴史的なできごとを背景に起こっていると言って、過言ではない。私たちは自分の体験という媒体を持って、はじめて神の言葉を理解できるのである。新しい聖霊体験をするならば、新しい聖書理解が生まれる可能性があるのである。ただし、それはあくまでも、古い聖書の新しい理解の可能性であり、聖書にはない真理の啓示、新しい啓示の可能性ではない。

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 ではペンテコステ運動の体験主義は、このまま許されていていいのか。答えは断然「然り」であり、断然「否」である。然りというのは、この体験主義的な信仰が、ペンテコステ運動を推進してきたという理由で言うのではない。むしろそれが、現在もお働きになっている、変わらないイエスさまに対する信仰だからである。世の終わりまで共にいると約束してくださったイエスさまの、聖霊による臨在に対する信頼であり、いまも聖書を読むとき、それを正しく理解できるように助けてくださる、聖霊に対する確信だからである。伝統的プロテスタントの神学は、いまも生きておられるイエス様に対する信仰が極めて希薄な中で、書かれた文字の解釈の問題として行われてきた。厳格な文字の解釈としての聖書理解、それに立った神学の大切さは、いまさら言う必要はない。しかし、神学は聖霊の導きの中で行われなければならない。

 そういうわけで、ペンテコステ運動の体験主義的な聖書理解は、ただそれだけで誤りといわれるべきものではないだけではなく、むしろ、非常に大切な、本来的な聖書理解のあり方である。とはいえ、この体験主義的な聖書理解を際限なく許すべきではない。体験主義には限界があるからである。その限界を超えた聖書理解は、聖書理解ではなく、聖書への読み込みであり、あってはならないことなのである。そして、そのような理解に立った生活も許すべきではない。そのような理解を中心にすえた伝道や、そのような理念を土台とした教会設立を許すべきではない。絶対に「否」である。

 しかし、筆者の見るところ、いまわたしたちを含めた広い意味でのペンテコステ運動の中には、すなわち、カリスマ運動や第三の波などを含めたこの運動の中には、この限界を超えた聖書理解による、怪しげなペンテコステ信仰が、かなりまかり通っているように思えるのである。もともと体験主義的傾向を持ち、そのような信仰のあり方を容認してきたというより、主張してきたわたしたちにとって、むしろこれは宿命的な弱さであろう。とはいえ、これがペンテコステ運動だけに存在する弱点というわけではないことはすでに述べた。事実、多くのキリスト教会が同じ弱点を抱えているのである。ただペンテコステ運動に属するクリスチャンたちの間では、この弱点は非常に特徴的であり、運動全体に大きく悪影響を及ぼしかねないところに、注意をしなければならないのである。

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 ではその体験主義的聖書理解が限界を超え、怪しげなペンテコステ信仰に陥っている問題とは、具体的にどのようなことを指しているのか。筆者が個人的に見聞きした、いくつかのことを取りあげてみよう。

 筆者は、地方の開拓伝道をしてしばらくたつが、さまざまな理由で、なかなか教会として立ち行くところまで到達できないでいる。そこで、ひとりの同労者に、特別講師としてきていただこうと思いついて、お願いをした。快いお返事をいただいたので、なおも教会の現状について説明をしたところ、彼はすぐさま、「それは、その地域の霊と戦って勝利をしなければ。それから、そのような困難を抱えている信徒の先祖の中に、人殺しとか犯罪者はいないですか。そのような例が多いんですよ。そのつながりを断ち切らなければ」というようなことを、おっしゃったのである。

 私はこの同労者の高潔な人格と、やはりかなりの「地方」で開拓をし、見事に教会を建て上げておられる姿に、ひそかに尊敬をしている。また彼は、以前から「霊的な」感覚の鋭い方で、良く祈り、癒しや奇跡、さらに霊の戦いと言われる方面に、強い関心を抱いておられることは知っていたが、さすがに、このときの言葉にはひるんでしまった。

 他の機会に、やはり同労者の一人から、ある著名な学者が書いていることだと、教えてもらったことがある。いわく、「教会の成長には、使徒職の回復が必須である。大切なのは、牧師職ではなく使徒職である。」なんでもいま、使徒職の回復というのが「世界的に」広まっていて、これをやると教会が成長するのだそうだ。この学者は以前にも、均一性が教会の成長の重要要因だと言ったり、地域を支配している霊を追い出すことが、その土地の宣教に重要であるなどと、主張したりしていたが、今度は使徒職の回復を言い出した。彼は、いわゆる福音派に属し、ペンテコステ信仰を持つ人物ではないらしいが、以前からペンテコステ信仰の興隆に強い興味を意示し、親ペンテコステの学者として有名である。事実、ペンテコステ系の人々、特に第三の波の人々の間では、絶大な人気があるらしい。

 筆者がフィリピンにいたころ開いていた聖書研究会で、この国一番のエリート士官学校の教頭が救われ、全士官候補生を体育館に集めて集会をしたことがあった。あまり内容のない説教の後、特別講師の説教者が祈ると、聴衆の士官候補生700人全員が一人残らず、コンクリートの床に倒れ伏した。説教者はそれが神様の力の現われであり、説教者が神の祝福の器である証拠であると主張し、全員が倒れたその集会を、神の祝福に満ちた集会であったと報告していた。しかし、この集会でイエスをキリストと信じると告白したものは、私たちの聖書研究のメンバー以外にはいなかった。私は二度と彼を招かないように指導した。

 やはり筆者がまだ宣教師として、フィリピンの山岳奥地の部族伝道をしていた頃、少しばかり成功したアメリカの伝道者がやってきたことがあった。彼は、電気や水道はおろか商店もなく、馬も通れない山道を、何時間も歩かなければ到達できない、極貧の集落に住む人々を見て、「彼らは神様の祝福からこぼれてしまった」と言った。繁栄の福音を語っていたこの伝道者から見れば、このような貧しさの中にいるものは、確かに、神の祝福の外にいるのであろう。アメリカをはじめとする裕福な国の人々が、繁栄の福音を言い訳に欲望を丸出しにして生きるために、貧しい国々の人々がいよいよ略奪され搾取されていることに、この伝道者は気づいていない。

 しばらく私たちの教会に出席していた、隣町の単立教会の娘が、アメリカの聖書学校に留学するという。その聖書学校は、レーマの神学を宣伝し続けている、著名な伝道者が立てたものである。彼女は、その伝道者の働きに現れる癒しや奇跡の業に、痛く感動していた。私は「レーマの神学は、脆弱な聖書解釈に立つので、止めたほうが良いよ」と示唆したのだが、彼女は、「現れたみ業が信仰の正しさを証明しているのではないでしょうか」と言って、そこに行ってしまった。彼女は数年後に帰国したが、アメリカ留学の無駄を、今も回復できないままでいる。

 開拓伝道状態を抜けきらないで、苦戦をしていた私たちは、公共の建物を借りて礼拝会をしているが、隣の部屋で、やはりペンテコステ系の教会が集会をしていた。ところが、この教会にしばらく通っていた信徒一家が、私たちの教会に移ってきた。もともと他の団体の信徒だったのだが、仕事のために移転してきたのだということだったので、私たちの教会にくることを許したものである、彼らが「他の面ではとてもすばらしい教会」だというその教会を去ったのは、礼拝会の後、必ず預言の練習なるものをやることに、強い疑問を感じたからだそうである。聞くところによると、ふたりずつ向かい合って、互いに相手のことについて、頭に浮かんでくることを言い合うのだそうだ。そうしているうちに、預言になるらしい。しかし、語られた言葉が本当に預言であるかどうかは、聞いたものが吟味しなければならないという。それのどこが練習になるのか、彼らにも、私にも分からなかった。後で聞くと、預言者の学校なるものも存在するそうである。

 ところで、このところ、どういうわけか、いろいろなところから、信仰相談の電話を受けるようになった。私はその人たちの名前も教会も場所も、牧師か信徒かも尋ねないことで、相談に応じることにしている。向こうが勝手に名乗っても、忘れることにしている。私には忘れる賜物がある。

 「アッセンブリー教会で救われたのですが、聖霊のバプテスマを受けなさいと指導され、手を挙げさせられたり、大声で祈らされたり、ラララと言わせられたり、ヒステリックな周囲の状況にも嫌になって、他の教会に移りました。でも、そこで『ペンテコステ信仰の間違いを正す』と、牧師に散々やっつけられたのも嫌になって、またアッセンブリー教会に戻ってきています。でも、あの指導と雰囲気は何とかならないものでしょうか?」

 「単立の教会に通っていますが、うちの牧師は、このところすっかり悪霊追い出しに凝っています。教会の中で、病気の人や悪霊に憑かれていると思われる人にやるのは、まだいいんですが、地域霊だなんだと言っては、神社やお寺に出かけて行って、大声でやるのはどうなんでしょう。その上、坊主憎けりゃ袈裟までもで、お正月には門松は飾ってはならない、お盆には御墓参りに行ってはならないって言うんですよ。それでいて、大相撲は好きで、いつもテレビを見ているんですが、あれって、もとを正せば、神道の神に奉納するものだったんでしょう?それから、この前、『おかげさまで』と挨拶したら、そんな仏教用語を使ってはならないと叱られました。じゃ、『ありがとう』だって、仏教用語ですよね。」

 「うちの教会は、昔、神社の参道だった大通りに面しているんですが、牧師によると、うちの教会が成長しないのは、そこに原因があるんだそうです。だから、教会が引っ越すか、参道を支配している悪霊を追い出すか、ふたつにひとつらしいんですが、どうしたもんでしょう? 地域の霊はなかなか出て行ってくれないようですし・・・・。何でもその霊は、日本全体を支配している強い悪霊に、守られているらしいですね。それで、今の会堂を売って新しい場所に引っ越そうというんですが・・・・。最近、それに反対している私の家には、牧師は来てくれなくなりました。近所に、大きな鳥居のある神社があり、お寺もあり、地蔵尊もお堂もあって、たくさん悪霊がいるので、気味悪いらしいんです。私は、イエス様が一緒にいてくださると信じていますので、悪霊は怖くないのですが。会堂移転に、たくさん金を出させられるのは怖いですね・・・。」

 「先週うちの教会で招いた先生がおっしゃるには、悪霊とは死んでも天国にいけなかった人の霊のことで、それがさまよって悪霊になるってことらしいんですが、それって、聖書の教えなんでしょうか。そんなことって、本当にあるんでしょうか?それから、その先生が集会中預言をなさって、まァ、信徒を脅かすようなことをおっしゃるんです。そういう預言ってあるのでしょうか?」。 「結構こんな問題で苦しんでいる人たちがいるのだなァ」と、電話相談のたびに感じるのである。

 誰でも自分の体験を、正真のものだと擁護したい。UFOを見たという体験を、正真のものだと擁護したい人々は山ほどいる。そしてクリスチャンは、自分の信仰体験、自分の霊的体験を大切にし、それに聖書的な裏づけを求める。それ自体は自然の欲求である。そのような欲求が、公に認められているのが、ペンテコステ信仰の特徴である。すでに述べたように、ペンテコステ運動の発祥自体が、そこにあるからである。

后,匹海限界を超えているのか

 私たちの信仰体験、あるいは霊的体験といわれるものが、公の体験、つまり個人を超えて多くの人々に求められるべき体験、あるいは教会がそれを認め、教会の信仰として表明され、宣教の重要な位置を占めるような体験とされるには、いくつかのハードルを越えなければならない。

 まずその信仰体験、あるいは霊的体験といわれるものは、単なる主観的感覚の出来事だったのか、客観性を持つ事実としての出来事だったのか、きちっと整理されなければならない。ペンテコステ信仰を持っているものの中には、悪魔を見ただの、悪霊と戦ったという体験を語るものが、ときどき現れる。そういうことがまったくないとは言わない。というより、私たちは常に悪魔と戦い続けている。しかし彼らの戦いについて聞くと、「夢の中で悪魔が現れて・・・・・、不動金縛りにあって・・・・」などという場合が多い。すべての夢や不動金縛りがそうだというつもりはないが、ほとんどの場合は、悪魔とは関係のない自然の現象に過ぎない。預言をする人たちの預言にも、単なる感情の高まりから語った言葉に過ぎないもの、信憑性に疑問のあるもの、客観性を欠くものが多い。

 また、個人的体験の領域にとどまらせておくべきものか、より多くの者の公共の体験とすべきものなのか、区別されなければならない。パウロは、すべての者が異言を語るようにと薦め、異言を公の体験として認めている、しかし第三の天まで昇った体験については、それがどんなにすばらしいものであったとしても、他の人に薦めてはいない。つまり、公共性を認めていないのである。かりに、地域霊と思われる霊と戦い、これを追い出したことによって伝道や、教会の成長に良い変化が起こったとしても、それをすべての教会や信徒に共通の原理として薦めることはできない。かりに、使徒職というものを取り入れたことを契機に、教会が強く成長し始めたとしても、それを一般原則として、すべての教会に薦めることも出来ない。

 聖霊のバプテスマを求めるときに、大声で祈って受けた人も、小声で祈って受けた人もいる。立って祈って受けた人も、座っていて受けた人もいる。そのようなことは何の規範にもならない。そうするためには、聖書がそうするようにはっきりと示していなければならない。ラララと言うのも、たぶん、異言を語り始めたとき、舌がもつれてそのように言った体験から、それを他人にも当てはめようとした間違いだろう。ヒステリックな集会は、聖霊のバプテスマを受けて興奮したため、集会がヒステリックに思えるほど、混乱したことがあったことから、ヒステリックになることが聖霊のバプテスマを受ける条件であると、勘違いした結果だろう。ペンテコステの日の集まりは、酔っ払いの集まりであると勘違いされたのだから、かなりヒステリックで、無秩序状態だったと思われる。だからといって、聖書はそれを模範とはしてない。人間は、自分の主観的体験を大切にし、一般化したいと考える弱さを持っているが、客観性が非常に大切である。

 いろいろな個人的信仰体験が、教会の中で公式に勧められ、実践されていくためには、まず、それが客観的事実であり、公共性のあるものだと判断されなければならない。そしてその作業をする過程で、聖書的根拠が正しく立証されていなければならない。これらが正しく行われないまま、それが宣伝され、みんながそれを体験するように励まされ、さらには教会の建設の中心的理念とされたり、宣教の力点とされたりすると、限界を超えたものとなり、怪しい信仰になってしまう危険性が非常に高くなるのである。

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 私たちは多くの病や、精神的・肉体的欠陥が、悪霊の働きによるものであることを認める。なぜなら、聖書がくりかえしそれを語っているからである。迷信の中に生きていた当時の人々の理解にあわせて、聖書記者はそのような書き方をしたのであるという、合理主義的解釈を私たちは拒絶する。聖書の記述、その描写には、そのような合理主義的解釈を持ち込む余地がない。しかし、病や欠陥はすべて悪霊によるものであるという理解も退ける。聖書はそのように言っていないし、かえって悪霊とかかわりのない病の存在が、聖書によって明らかだからである。

 私たちはまた、弟子たちが悪霊を追い出す権威を与えられたように、現在の教会も同じ権威を託されていると、考えている。だから私たちは、弟子たちと同じように、イエスのみ名によって悪霊を追い出す。このようにするのには、充分な聖書的根拠があると判断している。そして私たちは、悪霊が追い出され、病が癒されるという現象を見てきた。

 しかし、地域霊となると話は別である。まず、地域霊なるものの存在が、聖書によって明確に立証されていない。それらしい表現はあるが、「らしい」という表現から、神学を作ることは出来ない。さらに、聖書の中に、地域霊と戦った、あるいは地域霊を追い出したという例もない。そして、偶像礼拝が非常に強かった地域の宣教においても、使徒たちが地域霊の追い出しなどを考えた形跡もない。ただし、著者は地域霊なるものの存在を否定しているのではない。あるいはあるのかもしれない。ただ、聖書はそのようなものの存在や力ということに関して黙している。だから私たちはそれについて多く語らないし、それと戦うとか追い出すとか言うことに深入りしない。そして、聖書が関心を払っていない事柄に、強い関心を持つことを、危険と考えるのである。

 さらに、先祖の悪行が、いま生きている人に影響を与えているという考え方は、自然現象あるいは社会現象として、家庭環境だとか、文化、あるいは肉体的欠陥、精神的欠陥にまで、ある程度当てはめることが出来る。それはモーセの律法も教えている。しかし、家系に憑く霊の存在を認めるには、聖書の言及が決定的に不足している上、先祖が犯した犯罪が、現在の人間に霊的な関係において影響を及ぼすという主張を正当化するには、聖書以外の、さまざまな宗教や俗信に根拠を求めなければならない。ましてや、そのような理解に立って、その悪霊を追い出そうとするのは大きな誤りである。それを教会の実践として取り入れ、成功する伝道の秘訣として実践するのは、もっと大きな誤りである。たとえ、そのようにしたことによって、教会が成長し、伝道が拡大したからと言って、それを公共性のある事柄として宣伝するのは、もっと間違っている。

 地域霊を追い出したから、伝道が進展した、教会が強くなったというような、実例を否定しているのではない。あれをやったからよくなった、これをしたからうまくいったという話はたくさんある。問題は聖書がそれをしたらうまくいくと語っているか、あれをしたら強くなると教えているかである。また、聖書の中にそのように判断できるだけの充分な例、プロトタイプが示されているかである。そして、それが時代と場所を越えた普遍的なものであると、聖書を持って証明できるかである。

 ただし、いわゆる地域霊と戦ったり、先祖との霊的かかわりによって引き継がれた、呪いを断ち切ったりすることを、ことごとく非聖書的なものとして排斥すべきではない。悪霊にもさまざまなものがあり、さまざまな働きをしている。筆者も沖縄や東南アジアの文化の中で、いわゆる悪霊との戦いは幾度も経験してきた。そして、経験上、いろいろなことを知っているつもりである。その上で、鋭い霊的感覚と経験を積んだ働き人が、地域霊がいると判断し、家系に取り憑いている霊がいると判断したならば、信仰によってそれらを追い出すのがいいと考えている。沖縄でもそうであったが、東南アジアの占い師やまじない師の多くは、家系で継承されているのである。ただし、それらのことについて聖書は多くを語っていないために、私たちの知識は、人間の経験上の知識と、想像の域を出ない。そうであるかも知れないし、そうでないかもしれない世界である。だから、それを信仰と実践の中核に据えてはならないのである。

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 先に、使徒職の回復ということに触れたが、今これを盛んに宣伝しているこの学者は、もともと宣教師として働いていた統計学者であり、教会成長学を広めた人物である。さまざま調査から、社会学的に教会や宣教について分析し、何が成長をもたらす要因かを調べて、その結果を次々と発表し、多くの人々に推薦してきた。ペンテコステ信仰に対する彼の好意は、1960年代から70年代にかけての、南アメリカ諸国におけるペンテコステ運動の、目を見張るような進展によってもたらされたもので、もっぱら教会成長学的な見地からでてきたものである。ペンテコステ信仰が聖書に根ざした正しい信仰だったから、好意を抱いたというわけではない。彼が語り続けてきたことは、聖書がどう言っているかということではなく、「彼らはこうして成功した。だから、あなたも同じようにすれば成功するに違いない」という、アメリカ的プラグマティズムに過ぎず、マーケッティングの手法と変わりない。つまり結果よければそれでよし、教会が大きくなり働きが拡大すればそれでよしであり、徹底した体験主義なのである。

 そして悪いことに、その聖書に基づかない体験主義を、彼は聖書を用いて擁護するのである。たとえば、彼らは教会の出席者数を非常に大切にするが、使徒の働きの記述の中でも幾度も人数が数えられていると弁明する。しかし、使徒の働きが発展の歴史を語る中で人数を記録するのと、教会成長運動の中で人数を数えることは、似て非なるものである。すでにさまざまな人々に指摘されていることであるが、聖書は、教会が大きくなることや宣教の効果的な拡大が、即、その働きや手段の正当性を証明するものであるとは教えていない。

 実は使徒職の回復などという事柄は、ずいぶん昔からいろいろな人たちが主張していたことで、新しい発見ではない。なかでも、半世紀以上も前に興ったレストレーション運動は、これを強く主張していた。これがまたこのように蒸し返されるのには、いまさらという感が否めない。この主張が、長い間、多くの人々に受け入れられてこなかったのは、聖書にはそのようなことが教えられていないと判断されたからである。

 「キリストご自身が、ある人々を使徒・・・・・・としてお立てになった」というエペソ書の言及を、現在の教会の中にも適用されなければならない、普遍的原則であると解釈するのは、解釈の方法として、まったくの誤りである。まず、このような表現は、聖書の中ではIコリ12:28にもう一度出てくるだけである。教会の組織や職のありかたの原則とするためには、もっと多くの、しかも明確な言及が聖書に見出されなければならない。次に、それらの箇所でパウロは、当時の成長過程にあった教会の働きや役割について述べ、それが神によって立てられている、あるいは承認されているという事実を語っているのであって、その役割や働きが、普遍的な、つまり、時代と場所を越えて、どこででも適用されなければならない原則であると、言おうとしているのではない。パウロが手紙を宛てた当時の教会は、グレコローマンという文化の中で、植民地政策の下に、勢い良く成長し続ける若い異邦人教会であり、非常に流動性の激しい状態にあった。そのような特異な実情にある教会の役割とそれに伴う組織というものを、彼が、普遍的なものとして語るはずがない。

 また、パウロが列挙したのは働きであって、役職ではない。非常に流動的だった当時の教会は、後の落ち着いた教会が取り入れた役職というようなものを、規定する状況にはなかった。だからこそ、エペソ4:11とIコリント12:28に列挙された働きは、一致しないのである。もし、いま、これらのパウロの記述から、使徒職を回復しなければならないというならば、使徒職だけではなく、列挙されているすべての働きを職として回復しなければならないし、当時の教会の組織形態も探り出して、回復しなければならないし、何よりも同じパウロが書いた二つのリストは、一致していなければならない。

 その上、新約聖書で語られている使徒の働きというものを、現在再現すること自体が不可能である。新約聖書は使徒の役割とはこういうものであるという、細かな説明をしてはいないからである。その権威と責任、資質と資格などについても、ほとんど明らかにされていない。主を見たことがあるという資格は、第二世紀には無意味になったであろう。だからこんにち、使徒職を回復したといっても、それがどのような働きと権威と責任を持った働きなのか、不明であり、やたらに権威づくのが落ちである。さらに、ヤコブという12弟子の中でも中核にいたと思われる弟子が、極めて早期に殉教したにもかかわらず、その後継者は選ばれていない。だからむしろ、初代の教会はその発展途上のきわめて早い時期に、使徒というものの存続を重視しなくなっていたと考えるべきであり、今の時代に使徒職の回復を主張することは、たとえ、それが教会の成長や宣教にどのような影響を及ぼしたとしても、聖書的な権威を欠くのである。

 私たちは、新約聖書が語る教会の本質と働き、そして使命は、普遍的なものであると理解して、いつどこにおいても堅持しなければならないと考える。しかし、教会の形状、つまり、組織だとか政治だとか、役割だとか言うものは、常に周囲の状況に応じて、変化し続けなければならないものだと判断する。新約聖書に記録されている当時の教会の姿は、ある特定の場所と時間に制約されたひとつのあり方であり、たぶん、かなり美しい姿ではあると考えるが、それが時代と場所を越えて継承されていくべきもの、プロトタイプであるとは考えていない。

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 集会などで人々が倒れることは、良く見られる現象である。聖書の記述でも、聖霊のバプテスマを受けた人々が酔っ払いと間違われたところから想像すると、かなり騒々しく、あるいは倒れた者たちがいたのかも知れない。聖霊のバプテスマを受けたとき、多くの人が倒れたり転がったりするのは、ペンテコス運動の初期から、かなり一般的な出来事である。しかし、聖書は倒れるようにとも、転がるようにとも教えていない。倒れないように転がらないようにとも、教えていない。すでに述べたことであるが、大声を上げよとも、小声で祈れとも教えていない。手を挙げよとも下げよとも教えていない。だからそれを禁じることも薦めることもしない。倒れる人が続出する集会であってもいい。誰も倒れない集会であってもいい。主があがめられ、主の栄光が現される集会であれば、それでいい。聖書はただ、集会の秩序を乱す行為を禁じている。だから指導者が、秩序が乱されると判断した行為は、止められることになる。

 イエスさまが、「私はあってあるものである」という、モーセに語られた神様のお言葉と同じお言葉をおっしゃったとき、そこにいた兵士が倒れたという記事もある(ヨハネ16:5−6)。注解者たちによると、それは神様のみ名の聖さと気高さに打たれたのだそうだ。そういうこともあるだろう。しかし、私たちの集会で人々が倒れる現象が、それと同じだという保証はどこにもない。筆者が責任を持っていた集会でも、超教派で行うと人々は勝手によく倒れた。あるものははじめから倒れることを期待し、倒れようと心がけているとさえ見えた。倒れなければいけないような雰囲気になっている。そこで私は、私の語る福音をしっかり聞いてもらうために、倒れるのを禁止したことさえある。

 祈りなどで、宗教的興奮が高まり、倒れることを否定するものではないし、神様の聖さに打たれて倒れる可能性も認める。しかし問題は、倒そうと努力する伝道者、倒れなければ、無理にでも倒す伝道者、そして倒れたがっている信徒たちである。そのようなことは聖書の中に教えられても薦められてもいない。だから、倒れることが霊的だということにも、倒すことが霊的力を持っているということにもならない。このようなことを人集めの宣伝に使うのは間違っている。何の聖書的基盤もないからである。

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 繁栄の福音は、バランスを欠いた聖書理解に問題がある、聖書は、物質的繁栄が神の祝福であるとも教えているし、清貧の尊さも教えている。アンバランスに、どちらか一方を強調し過ぎてはいけないのである。ただし、物質的繁栄は神の祝福であると単純に考えるのは、むしろ、旧約時代の一般的信仰理解で、いわば低レベルの信仰である。たとえ旧約聖書でも、ヨブ記をはじめとして、繁栄の福音の信仰理解を超える記述はたくさんある。また、新約聖書での信仰理解はさらに深く、清貧の尊さをいたるところで教えている。確かに物質的繁栄は神の祝福の一面であると認めても、それを追求することは、新約聖書の言う貪欲という偶像礼拝の罪である。ましてやその追求のために、多くの人々が苦境に陥れられることが明白な、このグローバル化した資本主義の世界では、間違いなく罪である。利潤追求の豚となっていることに気づかない、アメリカのペンテコステ信仰者の多くはこの偶像礼拝の罪の中にいる。いや、アメリカのキリスト教の多くが、いま、この偶像礼拝に捕らわれているとさえ言える。

 幸いこの繁栄の福音は、日本ではあまり繁栄しなかったが、小さな被害はないではない。ある教会の役員の言葉には笑ってしまった。いわく、「泣く子と牧師には勝てませんよ。牧師は、神様を信じたらすべての面で繁栄するというお手本を、自分から見せなければならないというんで、最高級の車を買うから献金しろって聞かないんですよ。いやァ。私たちは忠実な信徒ですから・・・。」私はその牧師の車に乗せてもらったが、「信じて泣く牧師は得をする」である。

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 レーマの神学も、聖書の偏った強調から生まれている。概念としての言葉であるロゴスと、口から発せられる言葉としてのレーマの間に線を設けて、そこから独特の神学を組み立てているのであるが、もともとロゴスとレーマの間に、それほど明確な線を引くことは出来ないし、聖書のこれらの言葉の用法においても、厳密な区別をすることは出来ないのであるから、この神学には無理がある。無理がある神学、つまり、聖書の裏づけがない、あるいは乏しい神学に根ざした運動を、私たちは受け入れることが出来ない。たとえその神学を広めている人々が、どれほど有名で、どんなに大きな働きをしていても、またどのように立派であっても、この神学は怪しいのである。また、レーマの神学をやっている人の多くが、繁栄の神学や積極的思考も同時にやっているようだが、どこでどうつながっているのか不明である。ただ、偏った聖書解釈によるというところは共通している。

后ィ供〕存世領習・預言者の学校

 預言の練習だとか、預言者の学校というものも、個人的な霊的体験や、心霊的体験、あるいは心理的体験を重んじて、その先例、あるいはプロトタイプを聖書の中に見つけたというものであって、聖霊のバプテスマの場合と良く似ている。ただし、聖霊のバプテスマのプロトタイプは、正統な聖書解釈から聖書の中に発見できるが、預言や預言者の学校の場合は、かなり、無理な解釈をしなければならない。そこがまったく異なっている。そしてそれらを実践するには、さらに無理じいが伴う。その上、語られた預言の言葉の権威と、聖書の権威とのかかわりを、明確に説明しなければならないという困難が伴う。預言運動で語られた預言を記録して、それを本にまとめている人々もいる。そして、その預言にしたがって行動するように勧めている。これは、聖書以外の権威を持ち込むことで、たとえどうあっても、極めて異端に近い。改革派の人々が、ウエストミンスター信仰告白の権威に拘束されている以上に、あるいは、セブンスデー・アドベンティストの方々が、イー・ジー・ホワイトの著書に権威を認めている以上に、危険である。

 聖書が完結したいま、預言の必要性は低くなっている。神が人間に必要とお認めになった啓示は、すべて聖書の中にある。いま最も必要なのは預言ではなく、この聖書の啓示を正しく理解するための、聖霊のお導き、照明である。もちろんこれで、すべての預言が不要になったのではない。個人的な、あるいは特殊な厳しい条件下における導きなど、まじめに預言を願う場合もある。そしてそのような条件の下で与えられて、極めて重要な役割を果たした預言も知っている。しかし、残念ながら、多くの預言は、どうでもいい預言である。放っておいてほしい預言である。聖書をまじめに読んでおれば、まったく無用の預言である。

 預言の練習などというアイデアがどこから出てきたのか分からない。しかし、これが預言であるかどうかと、語る本人が聞くものに吟味してくださいと願い出るような預言は、厳に謹んで語らないでほしい。神のみ名をみだりに唱えてはならないのである。あるいは、英語の旧約聖書に出てくる預言者の
「School」という言葉を、学校と考えたのだろうか。これは、「school」という言葉の解釈を間違ったところから来たのだろう。Schoolには、学校という意味もあるが、群れという意味もあり、旧約聖書でいう預言者の「school」は、共同生活に近い生活をしていた、預言者たちの一団のことを言ったのであろう。預言者としての資質を整えるためにそのような群れがあったのかもしれない。しかしそれが、互いに向かい合って預言の練習をするなどということの、根拠にはなりえない。

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 問題は、聖書が明確に語っていないこのような事柄、いわば、グレーゾーンの事柄を、信仰の重要部分としたり、教会形成の土台としたり、宣教の主題としたりすることである。このような、聖書が明確に語っていない部分を取り上げて、自分たちの考え方や理解や経験や想像を、その中に独断的に読み込み、それをあたかも新しい啓示、あるいは新しい真理の発見でもあるかのように言いふらし、信仰や、教会形成、あるいは宣教のかなり重要な部分として取り入れ、さらに宣伝し続けていることである。聖書には、明確に語られていない「グレーゾーン」の事柄がたくさんある。ペンテコステ信仰が怪しげになるのは、この部分の誤った用い方による。

 グレーゾーンにはかなり白に近いグレーもあるし、黒に近いグレーもある。そのようなグレーに自由な解釈をほどこして用いていくことに慣らされると、まったくの黒も、黒と気づかないままに、自分の信仰の中に取り入れてしまう危険性がある。たとえば、「さまよっている死人の霊が悪霊である」などという考え方は、たぶん、韓国系の人たちが持ち込んだものと思うが、まったくの黒であり、聖書を信じるクリスチャン信仰には、馴染まないものである。しかし、グレーゾーンの事柄になれてしまうと、こんなことまで、取り入れてしまう危険性がある。聖書の中にも霊媒があり、口寄せがあり、死者との話し合いがあり、弟子たちまで幽霊の存在を信じていたし、イエス様もその存在を否定していない。そんなことを、自分の仏教的あるいは土着宗教的文化背景をもって、自由に拡大解釈していくと、どこまでも際限なく、混合宗教化していくのである。(それにしても、悪霊を追い出し興奮していた弟子たちが、幽霊を怖がったのは面白い。)まだ神学的に幼稚な弟子たちの、俗信の中の幽霊というものが、現在の日本の幽霊の概念と同じだという保証はない。またこれらをもって、幽霊の実在を聖書的に証明することもできない。ここから幽霊は怖いという神学も、構築することは出来ない。

 それに近いくらい限りなく黒っぽいのが、死者のための洗礼である。これを自分たちの教理と儀式に加えている、ペンテコステ系の教会もあると聞く。死者のための洗礼については、確かに一度だけであるが、聖書に書かれている。それを記したパウロはそれが良いとも悪いとも言っていない。彼の議論の筋道から外れるからである。しかし、聖書全体の教えからすると、これが正しい習慣とはいえないのは明らかである。聖書に一度しか言及されていない事柄、しかもたまたま例として取り上げた事柄を、重要な教理や教えとしてはならないのが、常識である。イエスさまがノアの洪水で死んだものたちの霊のところに行かれて、み言葉を宣べられたというペテロの記述から(汽撻謄蹌魁В隠后檻横亜法∋犲圓竜澆い硫椎柔を説くのも、根拠が弱すぎる。ペテロはそこで救いの可能性を示唆していないし、このような記述は聖書の中で一回きりなのである。それに比べ、死後の救いを否定する明確な聖書の記述が、いくつもあるからである。

 ペンテコステ教会がそのような誤りに陥るのは、今に始まったことではない。たとえば先にも記した、宣教の賜物としての異言という理解も、使徒の働きの中に、一度だけしか記録されていない出来事を取り上げ、ずいぶん無理な読み方をしてそこから導き出したものである。また、現在でも私たちの仲間が聖書的と信じている「預言としての異言」も、はなはだ怪しい聖書解釈に立つ。異言を解くという事柄についての言及は、一度だけではないとしても、それが預言としての異言であるという説明は一度もないし、そのように解釈するには、資料が少なすぎるだけではなく、そうではないと解釈すべきかなり明確な言及がある。パウロはその一連の教えの中で、はっきりと、「異言は神に対して語るのである」と言っているのだから(汽灰蝪隠粥В院法⊃世ら人間への語りかけである預言ではありえない。

 しかし、私たちの間では、「異言という形で与えられる預言」という理解が一般化されているために、いまそれを変えるのは容易ではない。そして今でも、そのような「預言」が、集会の中で実行されているのである。そういう曖昧な聖書解釈を背景に持つ、私たちの信仰と実践が、さまざまな曖昧さを許す環境を作り出しているのである。

 ペンテコステ神学の中心である、聖霊のバプテスマが、普遍的なものであり、すべての信徒に祈り求められるべきものであるという理解は、まじめな聖書解釈から、充分に立証できるものである。その点で、私たちは福音派の非ペンテコステ的進学者の言うことを恐れる必要は、まったくない。しばらく前までは、福音派の人々に、聖書の解釈などという難しい学問を持ち出されると、無学なただの人間にすぎない私たちは、それだけで恐れ入って返す言葉もなかったものだが、今はそうではない。それが良いことか悪いことかの判断は神にお任せするが、私たちの間にも、神学を学問的に論じることが出来るものが現れてきた。

 聖霊のバプテスマが、宣教の力に関わるものであることは、聖書によって明確である。また、異言が聖霊のバプテスマの印となりうるものであることも、聖書によって疑いのない事実であると証明されている。そればかりか筆者は、むしろ、異言は聖霊のバプテスマの印として与えられるのではなく、聖霊のバプテスマの必須要因であるために、印としても機能していると、聖書によって判断している。そして、その異言はすべてのクリスチャンが語るべきものである。まじめな聖書の学びからは、異言の伴わない聖霊のバプテスマなどはありえない。そのような聖霊のバプテスマの可能性を認めることは、グレーゾーンを許す曖昧さと同じである。

 実際には。パウロの時代にも異言を語らないクリスチャンがたくさんいた。しかしパウロは、彼ら全員が異言を語ることを望むとはっきり言っているように、異言はすべてのクリスチャンに与えられる賜物である。しかしその賜物をまだ受けていないもの、受け損ねているものもいた。救いがすべての人間を対象に提供された賜物であるにもかかわらず、まだまだ救いを受けていない者がたくさんいるのと同じである。

 私たちは、ペンテコステ神学の基盤が、崩れそうな砂の上に立つ、脆弱なものであるかのような錯覚を捨てるべきである。そのような錯覚は、本当に脆弱な基盤に立つ、怪しげな信仰とその実践を許してしまうからである。ペンテコステ信仰は、曖昧な聖書解釈に立つ信仰ではないと、しっかり自覚しよう。そして、自分たちの信仰と実践から、曖昧な聖書解釈に立つものを排除する気迫を持たなければならない。

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 聖書には、私たちが知りたいすべてのことが書かれているのではない。神が私たちに必要であると認めた、すべてのことが記されているのである。だから、ただ知りたいからということだけで、無理な解釈を聖書の中に持ち込んではならない。聖書が曖昧に残している部分は、曖昧でいい。それが私たちにとって大切な問題ではないと、神が判断されたゆえに、曖昧にされたままなのである。

 イエスさまも、パウロも、ペテロも、そのほかどのような使徒も信徒も、伝道や教会の発展のために地域霊の追い出しをしたという記録は、聖書には残されていない。先祖や家系に憑く霊の力を断ち切る話も、聖書にはない。倒れることが祝福の印だという話も、倒す伝道者が神の力を持っているという教えもない。笑うものが祝福されているという教えもないし、笑ってはならないという禁止もない。教会は使徒職を保ち続けなければならないという教えも命令もない。神様の祝福を受ければ、必ず物質的繁栄を楽しめるという教えも、聖書にはない。レーマの言葉を用いれば、願い通りに行くという教えも、聖書にはない。そのような、「ない」ところから信仰の重要要素を引き出し、それを宣教と牧会の重要実践課題とするは、私たちのやるべきことではない。私たちはグレーゾーンの信仰を止めて、明確な聖書の教えに立つ信仰に、固執すべきである。

 ペンテコステ運動が、これからも正しく発展し続けていくことは、私たちの切望である。そしてそれは、単に外的な体験だけに頼る信仰ではなく、聖書に立脚した正統な信仰であり続けてほしい。しかし、もしも私たちがグレーゾーンに迷い込み、ペンテコステ運動の怪しげな信仰を許し続けるならば、それは限りなく混合宗教化し、アニミズムの混迷の中に溶け込んでしまうであろう。宗教と宗教が出会うところに、ある程度の混合化は避けられない。ペンテコステ信仰はいま、宣教の最先端を担うものとして常に土着の宗教との接触をし続けなければならない。その中で、戦うべき部分と、融和していく部分の選択は容易ではない。私たちは坊主憎けりゃ袈裟までもという態度は、改めなければならない。しかし、聖書が明確に語っていない事柄を自由に解釈し、自分たちの考えや経験をそこに読み込んでいくと、必ず混合宗教の泥沼にはまってしまうのである。

 しかしまた、私たちは注意しなければならない。グレーゾーンに迷い込んでいる人々を直ちに排斥してはならず、排除してもいけない。私たちアッセンブリーの交わりのすばらしいところは、寛容性である。私たちの交わりは、巨大な渦巻きのように強力な求心力を持ってきた。多くの周辺的な、怪しげな信仰と実践を内に抱えながら、彼らを外に追い出すのではなく、内へ内へと引き寄せ、中の聖書的真理に向けて流れるようにしてきたのである。中にはあまりにも周辺に行き過ぎて、求心力を離れ、遠心力に乗って飛び出していった者たちもいる。しかし私たちの交わりは、みな、多かれ少なかれ誤りを持ちながら、全体として中心へと流れる、すなわち聖書の教える大きな真理にとどまる運動として、ここまで発展してきたのである。一面においてはグレーゾーンにいながらも、他の面においてはまさにペンテコステ信仰の中心で、求心力となっている人々もいることを、心にとめなければならない。

 現在、ペンテコステ信仰の正当性は多くの伝統的教会によっても、積極的に認められるようになってきた。しかしペンテコステ信仰のグレーゾーンの部分に着目し、これに焦点を合わせ、厳しく追及してくる人々も後を絶たない。彼らの追及のかなりの部分が真実である。そのために、渦潮の中心が見落とされ、ペンテコステ運動全体の信用性、信頼性に、疑問符がつけられている。ひとりの立派な人間の、すべてが立派なのではなく、醜い部分もある。一人のペンテコステ信仰の持ち主の信仰理解や生活には、賞賛すべき点も非難されるべき点もある。そのような人間が集まって運動となっている。もともとペンテコステ運動は、神が無学の素人たちを用いて起こされた運動である。だから、その始まりから、多くの間違いを内包してきた。それを隠す必要も、擁護する必要もない。しかし無学な素人集団として、正直に、聖書と向き合う人々の運動でもあった。

 ペンテコステ信仰は、大局的に見るならば、まさに、単純に聖書の教えに留まろうという信仰である。それが、多くの間違いの中で、ペンテコステ運動が正真の聖書信仰の運動として保たれてきた理由である。そこが大切なのである、ペンテコステ信仰は、聖書の権威が失われた時代、その権威を信じた信仰であり、神の臨在が忘れられた時代に、聖霊のバプテスマという体験を通して、神の臨在を強烈に感じた信仰である。教会に与えられた神の権威と力がないがしろにされ、教会に命じられた宣教の責務が、置き去りにされようとしていた時代に、聖霊のバプテスマという体験をとおして、神の権威と力を再確認し、それを持って世界宣教に打って出た信仰である。このような信仰の高揚こそが、大きな求心力として働き続けた渦潮である。私たちには、信仰のグレーゾーンに迷い込んでいる余裕はない。かえってこの求心力の渦潮をしっかりと保ち、グレーゾーンにいる方たちが、聖書の信仰の中心に向けて流れていくように、仕向けなければならない。この21世紀も、ペンテコステ運動が健全な運動として継続していくためには、これは絶対に必要な条件である。
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