Missiology

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共同体としての宣教



 宣教の使命は、教会という共同体に与えられたものであり、いかなる個人にも与えられてはいません。したがって、宣教とは共同体の働きであり、共同体としての活動です。ところが教会の歴史を見ると、この、共同体としての教会のあり方という、教会論の極めて原則的な一面が正当に理解されたことはなく、無視され続けて来ました。教会論自体が神学の中でも極めて軽んじられた分野であるため、当然といえば当然の結果でが、それが、教会のあり方を損ない、宣教という使命の遂行を困難にして来た、大きな要因のであると言えます。

A.聖職者と平信徒

 まず問題となるのは、聖職者と平信徒の峻別です。このような、キリストのみ体である教会の二分化は、機能的には一定の役割を果たしたと言えないこともないのですが、教会全体のあり方という観点から見ると、あまりにも多くの、そして大きな弊害をもたらしました。宣教論的に考えるならば、宣教の働き、伝道の活動が、教会の大多数を占める「平信徒」と呼ばれる人々の手から奪い取られて、一握りの「聖職者」と言われる特権階級の人々の、独占事業となってしまったことが最大の弊害です。そして、その一握りの聖職者たちさえ、教会の使命を完全に見失って、宣教からまったく身を引いてしまっていた時代が長かったのです。

 聖書を見る限り、教会には聖職者と信徒という分け方がありません。旧約時代にはレビ人と祭司職がありましたが、神殿の幕屋が、人の手によらず、上から下までまっぷたつに裂かれた後、そのよう身分と職制は失われてしまいました。今あるのは、キリストが占めておられる大祭司職だけです。

 もちろん、初代の教会においても、教会が機能するために様々な指導者たちがいました。使徒といわれる人々を中心に、長老あるいは監督と呼ばれる人たちもいましたし、執事と呼ばれる者たちもありました。あるいは、預言者、伝道者、牧師または教師と呼ばれる人々の活動もありました。しかし、それらは、現代の教会に見られる聖職者という身分とは異なり、あくまでも教会の機能としての役割でした。ところが教会の勢力が強まるのと平行して、指導者たちが聖職者に変わり、信徒間に身分差が持ち込まれ、ついには聖職者と平信徒という二分化が定着して、そのまま現代の私たちの教会まで引き継がれて来たのです。聖職者と平信徒という二分化は、共同体としての教会の理念が、完全に見失われる大きな要因の一つであったと言えます。

 もちろんルターを初めとする宗教改革者たちは、カトリックの膠着した制度と戦いましたし、神のみ前では、すべての信徒が身分上は平等であると説く「万人祭司説」も誕生しました。しかし、教会制度としての聖職者と平信徒の峻別は、万人祭司説を信奉するプロテスタント諸教会の中にさえ、厳然と存在し続けています。

 近代プロテスタント教会の宣教活動という限られた分野に目を向けても、この二分化は歴然としています。僅かの例外を除いては、伝道は、牧師・伝道師と呼ばれる特別に召された聖職者の働きであり、一般信徒の関わる働きではありませんでした。一般信徒はせいぜい、牧師や伝道者のお手伝いをするだけに過ぎませんでした。信徒はあくまでも聖職者のヘルパーとして用いられるだけであり、牧師の片手となることに誇りを感じはしても、牧師がしている仕事が実は自分たち信徒の仕事であることにはまったく気付いていないのです。ましてや、自分たちの住むところを離れて遠くの土地へ出て行って伝道をする、「宣教」の活動は、牧師や伝道者の中から、さらに特別な召しを受けた者だけが携わる事の出来る、聖く尊い働きで、平信徒などに手出しの出来る働きではなかったのです。

 教会は信徒の身分に区別をつけることによって、教会に与えられた賜物の大部分を無視する結果になり、使わないまま腐らせてしまったのです。このような教会の流れに一石を投じたのが現代のペンテコステ運動です。19世紀の初頭、ペンテコステの体験をした多くの人々は、聖職者・平信徒を問わず、聖霊の励ましと押し出しを受けて、まさに、止むに止まれず、全世界に出かけて行って福音を語ろうとしたのです。[1] さきに触れたように、聖霊が異言という超自然の助けを与え、すぐに宣教地の言葉を語らせてくださると信じて、何の準備もしないまま出かけた人たちさえ、かなりの数に昇りました。ある意味で、ペンテコステ運動は信徒運動でもあったのです。現在においても、ペンテコステ運動の信徒運動としての一面は、世界の各地において顕著に見られます。とはいえ、このペンテコステ運動も、教会組織が定着し、教育が強調されるにしたがって、信徒の活動を脇に押しやってしまう傾向を見せています。

B.召しの問題

 信徒を聖職者と平信徒というに峻別した思想的基盤は、「召し」に関わる理解です。新約聖書が「召し」という言葉を用いている場合、その90%は「救い」と同じ意味です。救いという大きな事、あるいは命題を語るために、新約聖書は多くの表現を用いていますが、「召し」というのは、救いが、神の絶対主権による神の側からの働きかけであり、人間の小細工によらないということを明らかにする言葉として、用いられているのです。  

 確かに、新約聖書は「召し」という言葉を、救いという意味以外にも用いていますが、聖職者と言われるような職制に関わる言葉として用いている場合は、ただの1回だけであり(ヘブ5:4)、この場合も、旧約時代の大祭司の職について語っている中でのことで、新約時代には適用出来ません。ローマ書1章1節の注解として、しばしば、パウロが使徒として召されていたと説明されますが、それも、正しい解釈ではありません。ここで用いられている「召し」という言葉は、同じ文脈の中の6節と7節の中で繰り返し用いられていますが、それは、明らかに「救い」と言う意味で用いられているからです。文脈の中で理解するという解釈学の原則からすると、パウロは使徒として召されたのではなく、まず召されて、すなわち選ばれ、救われて、それから「使徒の務めを受けて」(5節)使徒となったと理解するのが正しいでしょう。パウロは、たしかに異邦人への福音伝達の器として選ばれましたが、使徒という「職」へ召されたのではありません。また、アンテオケ教会におけるバルナバとサウロの召しも、使徒という「職」への召しではなく、「任務」、「働き」への召しです。新約聖書における使徒は職ではなく、機能であったと理解すべきです。

 このように、新約聖書は「召し」という言葉を「職制」に結び付けていませんが、教会は、かなり早い時期から召しを職制と結び付け、聖職の観念を植え付け、信徒の中に差別意識を持ち込み、特権階級の正当化とみ体である教会の二分化の定着に、力を貸して来たようです。万人祭司説を高揚するプロテスタント教会においてさえも、制度としての聖職制は堅持されただけではなく、カルヴィンの予定説とあいまって、「召し」の概念はますます強まり、ついには、あたかも誤りのない「聖書の教え」であるかのように、公然と説かれるようになって行きました。カルヴィンによれば、人間のすべての職業は召しであり、神の定めとなります。職業のことを英語で「召し」(コーリング)と呼ぶのはそのためです。

 宣教が聖職者と呼ばれる特殊な人たちの独占事業となり、その聖職者になるためには、神の特別な召しをいただかなければならないと教えられる事によって、ほとんどの真面目な信徒たちは、宣教の働きから遠ざけられてしまいました。神が賜物として教会にお与えになった信徒たちが、役立たずの大衆、平信徒とされ、彼らの管理にまかせられたそれぞれの賜物は、使われる事なく、埋もれてしまったのです。真面目に「伝道者の召命」なるものを信じていた信徒が、伝道者になりたいという願いを持ちながら、どんなに待ち続けても、これが召しだと確信出来る体験を得ることが出来なかったために、結局、伝道者になることをあきらめてしまったという例がたくさんあります。医者の中に、教師の中に、実業家の中に、家庭の主婦の中に、そのような信徒たちがたくさんいます。彼らの多くが、実は、宣教の器となるように、宣教の神によって、宣教のために立てられている教会に与えられた賜物であったはずです。

 そしてまた、哀しいことに、伝道者や牧師、あるいは宣教師になるための賜物を、神がお与えにならなかった信徒の中に、「伝道者の召命」なるものを受けてしまう人もかなりいるのです。少々どこかが外れているような、いわば、教会の中の「弱い者」として、強い者の強さを生かすための重要な役割を担っている者が、誤って、突然「召し」なるものを受けたと言い出し、聖書学校に入り、牧師や宣教師になろうとするのです。このような信徒の、「召し」という主観的主張を認めて、彼らを牧師や宣教師にしてしまうと、本当の悲劇が始まります。「ない袖は振れない」と言われますが、伝道のために必要な賜物、能力が与えられていない者が伝道者となることは、ない袖を振ろうとすることで、大変な無理を押し通すことになります。

 伝道者としての賜物を与えられていない者が、伝道者として召されることはまずあり得ません。それにも拘わらず、賜物を与えられていない人が、ない袖を振らなければならない事態になっているのは情けないことです。教会論が不毛なため、宣教が聖書的な教会論に立たず、個人と神との関係が不当に重要視される、個人主義哲学のキリスト教の中で取り扱われたことによって、「召される」という主観的体験が、ことさら強調されるようになった結果の悲劇だと思われます。「神はまったく力も能力もない私のような者を召し、お用いになったのです」という証の多くは、謙遜の表現として語られたにすぎません。それを事実として受け取るのは間違いです。ただし、本当の謙遜は、自分が持っている賜物をしっかりと認識した上で、それらはすべて神がお与え下さったものであり、自分には誇るべき理由はなにもないと告白することであって、自分には何の賜物もないと言うことではありません。

 「伝道者として召される」という体験が、極めて主観的な事柄であり、聖書の中にそれについての明確な教えがないにも拘わらず、非常に強調されて来たために、一般の信徒のみならず、伝道者たちの中にさえ大きな困惑があります。私たちの伝道者仲間の間でも、正直、あまり触れられたくない分野です。一体、召しというものが本当に存在するのでしょうか。旧約聖書のモーセや、イザヤ、エレミヤなどは、明らかな召しを受けたといわれます。パウロもまた、一般には召されたといわれています。確かに彼らの場合、「召し」と呼ばれる概念と一致する体験をしたことは事実です。とはいえ、これらをすべての伝道者、牧師、宣教師などに適応させる事は不可能です。特殊な例を取り上げて、一般化する事は出来ないからです。また、それらの体験を新約聖書の召しという言葉で表現するのは、不適当だと言わねばなりません。パウロは自分がまず召され、すなわち救われ、その後(少なくても順序として)使徒として「任命」されたと説明しています。(IIテモテ1:11)

 教会が、まさに宣教のためにこの世に遣わされているという事実、そしてその宣教を具体的に遂行して行く場合、避けて通ることが出来ない問題となっている、聖職者あるいは伝道者への「召し」について、聖書が何も教えていないというのは、まったく不思議なことです。しかし、もし、私たちが非常に大切なものとしている「伝道者の召し」と言うものが、神の意図されたものでないとするならば、聖書が沈黙していることに納得出来ます。繰り返しますが、神は宣教あるいは伝道という働きを、教会という共同体全体の使命としてお与えになったのであり、決して、伝道者という名で区別される一部の特殊な者たちへの、特別な使命としてお与えになったのではないのですから、「伝道者の召し」などというものは、神の当初のご計画には含まれていなかったものと考えるのが妥当だと言えます。

 とはいえ、聖書は召しに関して、決して沈黙していません。むしろ雄弁に語っています。しかし、聖書が語っている召しは救いであり、神の国への召しです。そして召された者が、宣教のために遣わされている教会にバプタイズされることによって、宣教への召しとなるのです。教会にバプタイズされた者はすべて、宣教のために、宣教を目的として、宣教に役立つように、宣教の働きに何らかの形で機能するようにバプタイズされているのです。言いかえれば、私たちはみな、自分の救いだけのために救われたのではなく、他者の救いに役立つように救われているのです。私たち全員、すべての救われた者、救われた者すべてが宣教のために召されているのです。

 では、私たちは一般に「伝道者の召し」あるいは「宣教師の召し」などと呼ばれている個人的体験、あるいは概念を、まったく無視して良いのでしょうか。私たちは、このような「召し」と呼ばれている経験が、すべて怪しいものだと考える必要はありません。むしろ、個人主義哲学の中で正しい教会の神学がないがしろにされ、教会としての宣教への取り組みが軽んじられていた近代宣教の歴史の中で、この個人的召しと呼ばれる体験こそ、宣教の力になっていたのです。近代宣教の歴史に、個人的召しの感覚がなかったとするならば、宣教の働きはもっともっと貧弱なものになっていたと言えます。神はこの個人的召しの感覚をお用いになって、自らの存在理由である宣教のために動こうとしない教会の、個々の有志を奮い立たせて、宣教のみ業に当たらせたと考えるべきでしょう。

 宣教への個人的召しの強烈な感覚が、神に用いられて来たという事実を認めたとしても、それは、聖書の正しい理解に基づくものではなく、まさに、近代個人主義文化の中で育った欧米型キリスト教の落とし子であったという事実も、認めなければなりません。個人的召しの感覚は、宣教を、あくまでも神と個人との関係で捉え、教会を軽んじているのです。私たちは今、聖書によって、本来の教会の姿を取り戻し、本来の宣教のあり方に戻らなければなりません。

C.自己目的としての宣教

 「神と自分との間には何者をも入れてはならない」という、欧米型キリスト教の中にあって、宣教が個人主義の哲学の中で行われたのは、ごく自然な成り行きでした。本来教会に与えられた賜物も、あたかも個人の所有であるかのように取り扱われ、多くの場合、神の栄光と教会の徳のためにではなく、個人の自己目的達成のために用いられてきました。召しの感覚のために、教会に与えられた多くの賜物が用いられないままになってしまった、あるいは世俗の働きのために用いられるようになってしまった上に、召されたと考えて主のために立ちあがった人たちもまた、それぞれの管理にまかせられた賜物を、教会の働きという外套をまとった自己目的の追及のために用いてしまうことが多かったのです。

 宣教の分野で言うと、まず、教会の概念をほとんど持たない献身が挙げられます。母教会も持たず、祈りの支援もなく、献金の協力もなく、ただ、個人の資格と経済力で伝道者となり、宣教師となった者も少なくありません。そのような人たちは、自分の献身が教会にもたらす影響というものに、ほとんど無関心です。「宣教」という自分の目的、あるいは神への献身という自己目的達成のためには、教会をも含めて、周囲のものすべてを当然のように利用しようと考えますが、教会全体の益のために、また、兄弟姉妹の益のために、自分が役に立とうとすることは滅多にありません。本来、教会全体のために、また兄弟姉妹のために役立とうとするのが、当然なはずなのです。神と自分との関係において信仰をとらえ、宣教を理解しているために、教会の痛みを感じることも少なく、思いやりも不足します。自分の献身のために、自分の働きのために、教会の中にどれほど多くの問題を巻き起こしているかを、考えて見る気持ちも起こりません。

 このような態度は、実際伝道の場、あるいは宣教地においても継続されます。牧師たちが互いに協力出来ないなどというのは、ごく普通のことです。よほど自分の牧会伝道の益となるなら話しは別ですが、他の牧師の益にしかならないような協力はしません。例えば、私たちの教団の中においても、過疎化の地方伝道に遣わされた者は、いつまでも困難な伝道の中で、貧乏生活を「強いられ」ます。発展する都市部の教会には、過疎化の地方の教会からの転入者も多く、おおいに成長する可能性があります。経済も豊かになります。ところが過疎化の中にある教会には、ほとんど見かえりはありません。そしてこのような実情にたいして、教団は、伝道者個々人の「献身」と「能力」に任せるだけで、あまり対策らしい対策を講じてはいません。現実の問題として、豊かな都市部の教会と伝道者は、地方の教会とそこに遣わされている伝道者の痛みを、共に担おうという意識に欠けています。宣教が、キリストのみ体という共同体の業であるという、基本的理念が徹底していないのです。[2]

 宣教地における宣教師たちの活動は、多くの場合、さらに過酷な個人主義、競争原理の中にあると言っても過言ではありません。特に、どこの団体にも属していないいわゆる単立あるいは独立の宣教師たちの場合、この傾向がさらに著しくなります。多くの単立・独立の指導者たちは、謙遜に神様から直接聞くのに長けています。しかし、キリストのみ体に聞くのは苦手です。ほとんどの場合、神から聞くのは自分が好きなように聞けますが、教会からは自分の嫌いなことを聞かなければならないからです。昔から、宣教に駆りたてた「のG」と言われるものがありましたが、たしかに、近代プロテスタントの宣教師には、ゴールドのGはともかくとして、グローリーすなわち自己の名誉、名声、評判が、もう一つのGすなわちゴスペルよりも、大きな動機あるいは意欲になっている面があると言われても、反論出来ないところがあります。

 宣教地における宣教師同士の競争や争いは、珍しいことではなく、日常茶飯事です。信徒の奪い合い、中傷合戦もしばしばあります。同じ団体から派遣されている宣教師同士でさえ、自分の働きを優先するあまり、他の宣教師たちを傷つけることが多々あります。特に、自分の働きのレポートを送り、募金をしなければならないという宣教師は、自分の働きがいかに素晴らしいか宣伝しなければならず、1人の改心者を、3人の宣教師が自分の伝道の結果として報告することさえ、たいした問題ではありません。多くの宣教師たちが、他の宣教師とも現地の教会や団体とも協力することが出来ず、というより、協力する意思を持たず、互いに争いながら、傷つけ合いながら活動しています。まさに、「宣教師の敵は宣教師」なのです。それでも救われる人がいることを喜びますが、キリストのみ体が一致出来ない現実です。キリストの「大祭司の祈り」が、まだ成就できないままになっているのです。これが、どれほど大きな宣教の妨げになっているか、語る必要もありません。

 多くの宣教師は、宣教を「自分の献身」「自分の召し」として、取り組んでいます。しかし、宣教は教会の働き、教会の使命であり、一個人の働きでも使命でもないのです。神と自分の間に何者をも入れてはならないという、個人主義神学が間違っているのです。神と自分の間には、教会が入らなければなりません。というより、神のみ前においては、教会なくしての自分はあり得ないからです。キリストがご自分を捧げる程に愛してくださったのは教会です。

 教会の宣教は、本来普遍的な教会の宣教です。一個人の働きでも、一教団の活動ではありません。あるいは一国の取り組みでもないのです。キリストのみ体全体の働きです。個人を超え、教団・教派を越え、民族・国境を越えた普遍的教会の働きです。具体的にそのような宣教活動にするのは、現時点においては非常に困難なことです。しかし、宣教に携わる者すべてが、常にこの事実を理念として心に刻み込み、確認し続けるべきなのです。そうするときに、宣教の場において、具体的な協力や相互支援のし合いが生まれてくるのです。


[1]私たちの教団の歴史を語る上で、欠かすことが出来ない初期の宣教師の一人、C.F.ジュルゲンセンも、神学的な教育をまったく知らない仕立屋にすぎませんでした。彼とその家族の「無謀な」行動が、現在の私たちの教団の礎となっているのです。

[2] ただし、教団の名誉にかけて言いますが、私たちの教団は、様々な面で相互支援の態勢を築き上げ、整えようとしているということでは、多くの教団の先を行っています。

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