Missiology

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宣教師を送り出す者



 自分ひとりの力で海外に出て行き、勝手に宣教師を名乗るのも、決して悪いことではありません。そのような人も、福音を語っているならばの話です。しかし、宣教は教会の働きです。キリストのみ体としての教会が、力を合せてあたるべき仕事です。出て行く宣教師があるならば、送り出す教会があるべきです。送り出す教会が複数ならば、それらの協力を高めるために、ある種の組織と約束事が必要となります。また、宣教師が現地においてよりよい働きをすることが出来るために、さまざまな支援活動も必要となります。そこで、宣教師を送り出す側の人々のあり方について、考察を進めてみましょう。

A.多様な支援形態

 まず、宣教師たちが現地において心置きなく本来の活動に専念できるために、彼らを支援する人々のいろいろな形態の中から、主だったものを取り上げて考えましょう。

1.無支援もしくは個人的かかわりの支援

 数多くの宣教師たちの中には、まったく自分ひとりの力で宣教師活動をしている人々がいます。彼らは、自分の金で自分の生活と活動の一切をまかない、他人の力を当てにしていません。ある人は宣教師になる前に充分な資金を貯めて働き、ある人はいわゆるテント作りの宣教師として、現地で収入のある仕事をしながら働いています。多くの場合、そこには素晴らしい信仰的要素がたくさんあるのですが、あまり感心出来ない肉的な要素も混在しています。

 素晴らしいのは、彼らの信仰と自立心、献身的態度です。彼らの多くは人に頼らず、ただ主にのみに信頼していると語っています。実際、多くの場合その通りなのでしょう。また彼らの活動は非常に小回りが利き、状況の変化や進展に即座に対応して、まさに臨機応変の働きが出来ます。自分の決断だけで行動できるために、委員会だの役員会だのにいちいち伺いをたて、こまごまと説明して許可を取っているうちに、みすみすチャンスを逃してしまうというような、大きな団体に所属している宣教師にありがちな、不利な点を避けることができるのです。

 とは言えこのような活動には、利点よりも欠点のほうが多いと言わざるを得ません。自主自立の働き、信仰だけの働きといえば格好はいいのですが、多くの場合は、他人の意見が聞けない、他人と協力が出来ない、他人の下では働けないということの裏返しです。自分の金で自分の好きなようにやることのどこが悪いという態度です。これは、宣教が個人の働きではなく、教会という共同体に課せられた使命であるという、基本的理解が出来ていない、教会の本質を無視したあり方なのです。したがって、このような宣教師はよほどの能力がない限り、良い働きをすることが出来ないと言えるでしょう。具体的には、

@ 彼らは教会の言うことを聞けないために、教会を通してお働きになる主の導きを、失ってしまうことが多くなります。かれらの活動は勝手気ままで独りよがり、下手をすると主の教会の支援にならないばかりか、かえって傷つけることが多くなります。宣教には、主のお導きと多くの人々の知恵が必要です。主が自分にお語りになるならば、教会すなわち、自分以外のクリスチャンたちにもお語りになることを認めて、謙遜にならなければいけません。

A 彼らはしっかりとした協力者を必要と考えないために、まず、働きを発展することが出来ず、また、後継者を残すことも困難になります。後継者のない働きは、一時的にはどんなに素晴らしくても、推薦できるものではありません。

B 彼らは他のクリスチャンから学ぶ姿勢を持たないために、聖書知識や神学においても不足しがちであり、クリスチャンとしての成長さえままなりません。そのために宣教についての学びもできず、具体的な伝道についても学ぶ機会を失ってしまいがちです。その結果、働きに進展性を欠き、力も発揮できず、しばしば愚かなことの繰り返しとなり、良い成果を上げることが出来ません。

 個人的に親しい人々の支援を得て宣教師になっている人たちも、まったく独立の宣教師よりは良いとは言え、彼らと同じような問題を抱えています。すでに述べたように、彼らの働きをまったく否定してしまうべきではありませんが、出来れば、このような宣教師は謙遜を学び、その独善性を捨てて、教会の言うことを聞き、どこかのしっかりとした宣教団体に所属して働いた方が良いと思われます。自分のやりたいことをさせてくれる宣教団体がない場合は、自分がやりたいと思っていることが、本当に主の御用なのか、自分の冒険心や名誉心を満たしたいと思っているだけではないか、あるいは単なる理想主義か、考えてみる必要があるでしょう。いろいろな宣教団体を訪ね歩いて、自分の理念と合致したところが見つからなければ、主に信頼して、一人で宣教師になるのも、有志を集めて協力を願うのも悪いことではありません。しかし、実際上は理念や哲学といったものより、たとえば学歴などの資格問題が、宣教団体で働けなくしている理由です。もし当人が若いならば、資格を得るように努力すべきです。年齢を重ねてもう資格を取っている暇はないという方は、そのような人々を受け入れ、送り出してくれる団体を探すべきです。それも出来ないならば、出来るだけしっかりとした団体や現地の教会と協力関係を結び、自分の働きが具体的に、主のみ体である教会の働きであることを確認できるようなものにすべきです。

2.個教会あるいはいくつかの有志教会の支援

 宣教師になる情熱を与えられた者がまず立ち上がり、理解者や協力者を集め、教会単位の支援グループを作るというのが、この形の一般的な成立過程です。Aの場合よりは聖書的な宣教の理念、すなわち教会として取り組む働きとしての宣教に近く、実際的な側面においてもより優れていると言えるでしょう。そしてただひとつの教会よりも、たくさんの教会が協力して行うほうが、宣教の基本的理念に近く、さらに支援の実際的側面という意味でも望ましいものです。ひとつの教会という場合、どうしてもそのひとつの支援教会の盛衰に右され、資金や祈りなどの支援と協力に安定性を欠くことが多いからです。平たく言うと、支援しているひとつの教会が力強く成長し、宣教の熱意に溢れているときは、献金や祈りなどの支援も充分に期待できますが、その教会が衰退したり、牧師や役員が宣教に情熱を持っていない人物になったりすると、献金も祈りも滞ってしまうのです。宣教師が安定した働きを継続させるためには、支援する側もまた、安定して継続するものでなければなりません。より多くの教会が協力することによって、そのような欠点を補うことが出来るようになります。

 また、支援する教会や牧師たちと宣教師が、宣教の理念や方針、具体的な活動の場や内容、現地における協力者などについて話し合い、共に知恵を寄せ合うことによって、より良い働きをする可能性が高まるというのも大切な点です。そうすることによって、その働きを一人の宣教師の働きではなく、教会の働きにすることが出来、後継者の育成も可能になり、働きの継続も視野に入れることが出来るようになります。このような支援グループがあると、宣教師は困難な働きの中にあっても背後の祈りに支えられて、力いっぱい働けるようになるのです。

 ただ実際的には、このような形は「宣教団体」というより「支援団体」という性質が強く、団体が積極的に宣教に取り組むのではなく、宣教に情熱を傾ける個人に共鳴して、その働きを背後から支えるというだけに終わる傾向があります。「○○宣教師を支える会」のような形です。このような形では、その会自体が宣教の使命を持ち、目標を設定し、計画を練り、それを実行して行くということはあまり期待で来ません。宣教の問題を考え、神学を整え、教会を教育し、宣教師候補者を発掘し、彼らを育成し、宣教地を調査し、支援方法を整え、宣教師を派遣するということが行われないのです。宣教への取り組みという意味では、まことに中途半端と言わざるを得ません。

3.超教派の宣教団体の支援

 日本の教会は普通あまり大きくなく、経済的な力もありません。そのような教会がいくつか集まっても、一人の宣教師を支援するのは並大抵ではありません。また、いわゆる教団もまた小さいものが多い上、世界宣教に目覚めている教団はわずかです。そこで勢い、自分を宣教師として認めて経済的支援も整えてくれる、超教派の宣教団体を探すことになります。昔から良く知られた、国際的な超教派の宣教団体が日本でも活動しており、日本人宣教師も送り出しています。たとえばOMF、ウイクリフ、ナビゲーター、YWAMなどがこれに当たります。またこれら以外にも、小さな団体があることでしょう。あるいは日本人が設立した、アンテオケ宣教会やアジア宣教会などという団体もあります。

 それぞれの団体には、それぞれの団体の趣旨、設立目的、理念、あるいは神学的背景などがありますので、宣教師になる情熱を持った者は、それら一つ一つと接触してよく話し合い、自分の理念と合致した団体を探し出さなければなりません。たとえば、ウイクリフは聖書翻訳を専門にする団体で、ここに所属すると、多くの場合、まだ聖書が翻訳されていない言語地域に入り、一般の人々と一緒に生活しながら言語を学び、聖書をその言語に翻訳していくという働きに就くことになります。この団体では、自分たちの目的である翻訳活動をより効果的に進めるために、各宣教師は、派遣された地域では伝道活動をしてはならないことになっていますので、直接伝道の賜物を与えられ、魂の救いに直接関わる働きをしたいと願う人には相応しくありません。YWAMは、聖書や神学の方面では、比較的少ない訓練で宣教師になれる団体です。しかし現地に入り込み、現地の人々と出来るだけ近く生活しながら、直接伝道で現地にある教会を支援することを、第一の目的に掲げていますので、タフさと柔軟性、そして現地の牧師や伝道者に従う謙遜さが求められます。特殊な場合を除いて、この団体では自分たちの教会を設立することはありませんので、自ら教会設立に深く関わりたいと望む人にはあまり勧められません。

 本当のところ、超教派の団体で教会設立を目的としているものは非常に少ないのが実情です。超教派であるために、教会を設立しにくいのです。設立した教会をどこの団体に加入させるかという、難しい問題が発生するのです。しかし実際に宣教師が伝道し、それがうまく行くとどうしても会衆が出来、教会に発展して行くことになります。この場合、この教会は超教派の教会、あるいは単立の教会と言う事になり、なんとなく、宙ぶらりんになってしまいます。たとえばOMFは歴史が長い世界的な団体ですので、OMF系のみっつの団体が日本でも活動し、それぞれ伝道に成功していくつかの教会設立し、それらを集めた緩やかな交わりをもっていました。それらがしばらく前に合併して、今はひとつの教団になっています。アライアンス教団や同盟教団は、もともと、アメリカの超教派の宣教団体から派遣された宣教師の働きによって始められたものですが、日本でも、その他の国でも教団となっています。それはむしろ、当然の成り行きと言えるでしょう。そのあたりが、超教派の団体の限界であり、悩みです。超教派であることを強く打ち出すと、存在している教会や教団の手助け的な働きに留まらざるを得ず、本当に宣教らしい宣教に手を出すと、現地では教団にならざるを得ないのです。本来存在している地域教会の補佐的活動をすることを目的としていたYWAMも、最近では自分たちの教会を建てるようになっています。

 ともあれ、このような超教派の宣教団体は一般にパラチャーチと呼ばれていますが、ひとつの教会や教団が出来ない働きを、情熱を与えられた個人や教会が、力を合せることによって可能にしているという面で、素晴らしいものです。そしてその活動の内容も、多くの場合、教団所属の宣教団体にはなかなか出来ないものが多いといえます。たとえば、普通はなかなか入り込むことさえ出来ない奥地に住み、近代文明から取り残されたような生活を営んでいる、いわゆる「部族」と言われる人々の伝道を目的にしている団体があります。時間と金と忍耐と特別の学びと訓練を必要とする働きですが、直接的効果を見ることが難しいために、普通の教団では、なかなか取り組めないところがあります。また、医療を伝道手段としている団体もあり、独特の働きをしています。

 ただ、このようなパラチャーチとしての支援団体は、自分たちがあくまでも教会の一部であり、少なくても、たとえ特定の教団や教会の一部ではなくても、主のみ体としての普遍的教会の一部であるということをしっかりとわきまえて、教会的な働きをするように心がけるべきです。すなわち彼らの働きすべてが、教会を励まし力づけるものであるようにすべきです。残念ながら、きわめて強い「教会人」である筆者からすると、多くのパラチャーチの宣教団体、すなわち超教派の宣教団体は、しばしば教会を馬として乗り回しているように見えるのです。すなわち、教会の力と助けになっているよりも、教会を利用して存在している場合があると感じるのです。

 彼らは本来地域教会の活動資金となるべき金を、上手に吸収して用いています。もちろん、彼らの働きに献金しなければ、一般の地域教会や信徒はどこにも献金しないという側面もあるのですが、とても素晴らしい世界宣教のプログラムを持っている、自分たちの団体や教会の働きを無視して、そのような団体を支援する教会や信徒には、少なからぬ疑問を感じるのです。また彼らは、教会から宣教献金を集めるだけではなく、教会から優秀な人材をリクルートし、本来非常に強く効果的な教会的働きが出来るはずの者を、教会的とは言い切れない働きで満足させてしまっているという事実も、大きな問題です。

 また、たとえ10人あるいは20人の宣教師を送り出している団体でも、歴史が浅く、一人か二人の突出した人物の主導によって、運営されている場合が少なくありません。その人物が、本当に聖書の教えに合致した理念を持ち、宣教に関する経験と知識と知恵に満ちていて、幅広く柔軟な対応と選択が出来、宣教師とうまく折り合ってやって行ける「大人」ならば問題はありませんが、実際は、非常に偏った考えをもった数人の情熱で運営されている場合が多く、指導者間においても宣教師との関わりにおいても、しばしば衝突を起しがちなのです。やはり、しっかりと歴史の篩にかけられて生き残った団体であり、少数の突出した人たちによる運営ではなく、経験を積んだより多くの人々が運営に参加している団体が望ましいと言えます。

4.教団所属の宣教団体の支援

 単立の教会や小さな教団では、独自に効果的な宣教部門を持つことは困難なために、超教派の宣教団体と協力するということが行われていますが、本来のあり方は、やはりすべての教会が世界宣教の幻を共有し、それぞれの教会が所属する教団が力を合せ、協力して幻を実現することです。

 自分たちの教団の教会が力を合せて、宣教師を育て上げ、送り出し、支援してこそ、本当に責任ある宣教への取り組みです。本来ならば、自分たちが育て上げていないクリスチャンを、自分たちの宣教団体にリクルートすることには、心の痛みを感じるべきです。自分たちが育てた信徒が、他の宣教団体に加入して行くことをも痛みとすべきです。自分が救われ育った教会を離れて、異なった団体で働くことには痛みを持つべきです。なぜなら、それぞれの教団は単に経済的な面や管理上の問題としてひとつの教団を形成しているのではなく、信仰の問題として、神学の問題として、自分たちの教団の存在意義を持っているゆえに存在しているはずだからです。そうだとするならば、その意義をしっかりと抱えて、責任をもって世界宣教に取り組むべきです。神学や信仰においてはほとんど違いがないにも拘わらず、単に経済や地域あるいは管理上の問題、さらには仲たがいなどの理由で、他の教団から分離して存在しているに過ぎないという教団には、真実の意味での存在理由はないと言わざるを得ませんので、超教派の宣教団体に加入するくらいなら、もうひと踏ん張りして神学と信仰を共有している団体と合同団結するのがよいでしょう。自分たちの教会、あるいは自分たちの教団の所属教会で救われた者を、自分たちの信仰と神学で育て上げ、自分たちの教団に与えられていると信じている教団の存在意義を徹底させ、世界宣教に向かわせるべきなのです。

 もちろん、自分たちの教団の存在意義というものは、他の教団の存在を否定するようなものであってはなりませんが、やすやすと超教派の宣教団体に加入できる程の、無価値な意義であってもならないはずです。たとえば、ある宣教団体はペンテコステの信仰を認めず、ペンテコステ的な礼拝やペンテコステ的な信仰表現を否定します。よほどのことがない限り、そのような団体に私たちの教団出身の信徒や教職を任せるべきではありません。ホーリネスの人たちは、本来、ホーリネスの信仰を曲げてまで、他の団体と宣教協力をするべきではなく、むしろ自分たちの宣教プログラムを建て上げ、それを推進して行き、自分たちで宣教師を送り出すことが出来るようにすべきです。自分の教団の存在意義を本当に確信するならば、同じように存在意義を強く抱いて存在している、他の教団の存在をもまた認めなければなりません。互いに否定し合うことなく、協力できるところは協力し合うのが一番よいことです。それであってこそ、普遍的教会の意味が明らかにされるのです。その意味において、教団所属の宣教部門がどうしても充分対応できないような働きについて、教団が協力し合う超教派の宣教団体があることは良いことです。問題は、自分の意見が入れられないから、自分の好きなように仕事を進めたいからという、いわゆる「鶏頭となるとも龍尾になるな」という精神で、作り上げられた団体が多すぎるということです。宣教は教会に与えられた使命です。その使命を真に教会的な理念に立って遂行したいものです。[1]

B.経済支援のあり方

 宣教師を送り出している団体は、宣教師を支援する責任を負っています。祈りや交わりや励ましの支援も非常に大切ですが、支援団体としては、経済的な支援が最も重要な課題です。この経済的支援を行うために、それぞれの団体は独自の方法を用いていますが、それらは普通、いくつかに分類することが出来ます。それぞれの方法には長所と短所があり、絶対にこれだというものはありませんが、少しばかり考察してみましょう。

1.宣教団体が経済的支援の責任を持ち資金を調達する

 この方法では、宣教師個人は募金の責任を持ちません。宣教団体が必要な経費をすべて集める責任を持ちます。超教派の団体の場合は、自分たちの宣教理念に賛同してくれそうな教会や教団、あるいは一般の人々や企業に至るまで宣伝とアピールを行い、募金をします。あるいは会社を経営して、利潤を宣教資金に充てることも行われています。教団の部署としての宣教団体の場合は、ほとんどが自分たちの教団の所属教会からの資金となりますが、それぞれの教会の自由意志の献金に頼る場合と、教団が決定した一定の割り当てを教会が献金すると場合、さらに、それぞれの教会から集めた教団の運営資金から一定額を、担当部署である宣教団体に割り当てる方法があります。

 この方法の利点は、宣教師たちが、自分たちの活動と生活に必要な資金を集める、苦労をする必要がないということです。それだけ宣教師は現地の働きに集中することが出来、より良い効果を期待できるはずです。特に小さな教団や単立の教会出身の宣教師には、とても大きな助けとなります。普通、宣教団体は所属する宣教師の人物紹介と働きの紹介をし、賛同者を作り、資金を集めます。

 この方法の弱点は、まず、宣教師と支援する人々の間の個人的繋がりが、非常に希薄になってしまうことです。献金する側が、たとえ個人であろうと教会であろうと団体であろうと、宣教師の人物、献身、理念、働きとを充分に知り、個人的一体感とも言えるほどのものを形成することなしには、効果的な支援体制は組めないということです。この方法ではそれが困難であり、支援者は、それぞれが支援する宣教師と共に働いているのだという思いを抱きにくいのです。キリストのみ体に属するものとして、共に宣教の業に携わっているという理解と喜びがないままでは、時間が経つごとに宣教への情熱が薄れ、献金の額も少なくなりがちだということです。これは統計的にも明らかになっていることです。宣教師もまた、資金を提供してくれる人々に自分たちの働きを理解してもらおう、理念を浸透させようという、宣教師としての当然の情熱の発露の場を奪われてしまいます。それはやがて、支援する者から宣教への幻と理解を削ぎ去り、ただ資金のみならず、宣教師となろうとする者の数の減少に繋がり、宣教そのものを衰退させてしまいます。[2]

 次の弱点は、この方法では宣教団体の権限が強くなりすぎ、宣教師の働きに悪影響を及ぼすということです。宣教師自身が資金の調達に関わっていないために、どうしても、資金調達をしている宣教団体の意向が強く支配するようになります。極端な言い方をすると、宣教団体の意向に沿わない宣教師は資金的支援を止められ、帰国する以外に道がなくなるからです。それで、宣教師や現地の実情、あるいは必要から、かけ離れた資金的支援が行われ、仮定や想定に立った決定が幅を利かすようになりがちなのです。その結果、宣教師は苦境に陥り、宣教の働きは行き詰ることになります。この形を取ると、制度上どうしても現地の声が小さく抑えられ、いわゆる「東京デシジョン」になってしまうのです。これは、宣教にとって大きな弊害です。宣教団体は、現地主義と言う理念を常に前面に押し出さなければ、効果的な宣教師の支援は出来ません。

2. 宣教師と宣教団体が協力して資金の調達を行い、集まった資金はいったんまとめられ、それぞれの宣教師の必要に応じて分配される

 これは、1.の欠点をかなり覆うことが出来ます。宣教師は自分たちの理念と情熱を、支援者たちに訴えることが出来ます。それは支援する者の情熱をかきたて、理解を加えますので、献金の増加や宣教師志願者の出現にも繋がります。また、支援基盤が弱い宣教師には、支援団体が応援をすることも可能であるために、超教派の団体では良く用いられる方法です。ただ、資金の分配の算定に当たって、宣教師の願いがかなえられないという、不満が残ることがありますので注意が必要です。また、宣教師たちは現地の人々に対する働きだけではなく、支援者に対する働きにも責任を持たなければならなくなり、それだけ、現地の人々に対する働きが削がれてしまいます。しかし、宣教とは教会的な働きであり、宣教師も支援者も共にひとつとなって、宣教と言う働きに携わっているのだという理解を持たせ、実感を持たせるのは、宣教師の重要な役割の一部であると言うことを、最初から納得していれば問題のないことです。ですから宣教師は、現地の働きということ以外にも、宣教の働き自体を拡大していくという大切な役割を背負っていると知り、常に後継者のことを念頭において活動すべきです。それは自分の働きを直接引き継いでくれる者という意味ではなく、宣教の働きを引き継ぐ者をという意味です。これも、宣教師の責任です。

 ただこの方法では、集めた資金を配分するという点で、個々の宣教師と支援する者との心の繋がり、具体的にこの宣教師のこの働きのために祈り、献げているのだという思いを育てることが困難になってしまいます。献金する者たちは、自分の献金がどの宣教師に配分され、何のために用いられるのかわからず、ただ漠然と、宣教の働きのためとしか把握できないために、焦点が定まらない支援になり、祈りも具体性を欠いてしまいます。宣教師たちもまた、支援者たちとの具体的な心の繋がり、有機的なつながりを感じられないために、宣教の働きの拡大に向けて力をこめた活動が出来ません。現地の働きのレポートを送り、必要性を訴えるにしても、それが直接自分たちの活動に献金として反映されて来ないために、心の中で、おざなりにされてしまいます。繰り返しますが、宣教師は現地の働きの中で、建て上げた教会の中に宣教の情熱を沸き立たせ、宣教師を起して行くと共に、支援者たちの間にも同じことを行い、宣教の働きを拡大させ、また継続させて行く責任があるのです。しかしこの方法は、その重要な働きを中途半端に終わらせてしまうのです。このような方法を取っている団体は、常にこの欠点を補う働きをし続けなければ、宣教団体として発展することは困難でしょう。それは統計的にも明らかになっています。[3]

3.個々の宣教師たちが自らの責任で資金を調達し、それを宣教団体が定められた規則に則って管理する

 この方法は、小さな教団や単立の教会などから出身し、超教派の宣教団体に所属している宣教師には不利であり、実際上困難です。したがってそのような立場の宣教師は、2.の方法を取る団体に所属せざるを得なくなります。しかし、ある程度の規模を持った教団や教会に所属している宣教師にとっては、これが最も望ましい形といえるでしょう。

 教団の部署としての宣教団体、たとえば外国宣教部とか海外伝道部といったものの中には、教団の予算の中から割り当てを受けて、それで部を運営し宣教師を派遣しているものもあります。また、所属教会が教団の宣教部門のために自由献金として、あるいは定められた額の献金として送ることによって、運営される場合もあります。このような場合、教団という支援母体があるために宣教師は資金調達に神経をすり減らす必要はありませんが、2.の場合の欠点がそのまま当てはまります。つまり、信徒たち、あるいは教会が、宣教師たちと直接的なつながりを感じられないという欠点です。これは宣教に取り組む教会というものを組織あるいはシステムとして捕らえているのみで、血の通った有機体、命のつながり、心のつながりとして捕らえていないという誤りです。教会は組織力で宣教に当たるのではありません。有機体として当たるのです。そこには、共に働くという意識、理解、理念、情熱、喜びがなければなりません。宣教師の痛みと喜びを、直に感じ取り、それを宣教師と自分の共有として献金する人々がいなければ、教会的な宣教ではないのです。

 私たちの海外伝道部は、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団という、いささか長ったらしい正式名称を持つ教団の、一部署として存在していながら、教団の予算割り当てを受けていないという特殊な部署です。海外伝道部だけは、献金の間接的配分と使用、機械的なシステムを避け、その宣教理念を実践するために、信徒たちの献金が直接宣教師と部に届くようにされています。このユニークな形は米国アッセンブリー教団をひとつの手本として作り上げたとは言え、かなりの知恵が用いられていると感じます。そこで、もう少し詳しく説明してみましょう。

 私たちはこの制度を「個人口座制」と呼び、教団の中ではすっかりなじんだ制度です。それぞれの宣教師は、活動費や生活費とその他必要の一切を、自分の責任で調達しなければなりません。海外伝道部の認定を受け、教団の理事会の承認を受けた宣教師たちは、自分の働き場、働きの内容、生活の様子など一切の情報を、直接、団体の所属教会あるいは信徒たちに伝え、自分の宣教の理念、目的、実情、可能性などを訴え、賛同者を募り、祈りの支援と献金による協力を求めなければなりません。もちろん、各宣教師によって知名度が異なり、支援者の獲得にも有利不利がありますので、海外伝道部は、宣教師たちが必要な資金を獲得できるように、陰での配慮は行いますが、基本的に、募金は宣教師の自己責任です。

 このような形は、宣教師たちの責任と負担を増大させます。支援教会に対するレポート作成のために、現地の働きに集中できないという欠点も生み出します。たとえ数年に一度帰国する機会があっても、それは休暇などとは程遠く、大変忙しく過酷な「支援教会巡回」という目的のためになってしまいます。また、宣教師間に無駄な競争意識を芽生えさせたり、教会巡回の調整に苦労したりします。あるいはアピールの上手な宣教師が多額の献金を得てしまうという懸念もあります。しかしこれらの欠点は、宣教団体が規則をしっかりと整えて支援体制を組み、教会間、宣教師間の調整を行うならば、比較的簡単に解決できるものです。そしてそれらの欠点を差し引いても余りある利点が、所属教会の中に、すなわち信徒たちの中に形成される宣教に対する理解、情熱、そして共に働く喜びです。

 宣教師たちは、自分たちの思いを信徒たちに直接まっすぐに表現することができます。信徒たちは宣教師たちの臨場感溢れる生のレポートに触れることが出来ます。祈りが具体的になり、支援に力がこもります。そうなると、信徒たちは単なる賛同者や、支援者ではなく、自分は祈りと献金などによって、宣教師と共に宣教に参画している協力者であり、同労者であると自覚するようになるのです。つまり、真の意味で教会的な、有機的な宣教が出来るようになるのです。それはまた当然、献金額の上昇を意味し、新たな宣教師候補者の出現にも連動していきます。[4] 

 それぞれの宣教師は自分の活動の計画を立て、それに沿った必要経費を算定します。その場合、考慮すべきものは主に、現地の経済事情、家族構成、働きの内容の三つですが、それらに渡航費、緊急費、保険、その他必要の一切を含めます。海外伝道部は現地における彼らの予算作りにあまり介入をしません。現地のことを一番理解しているのは宣教師だからです。しかし、日本の教会の経済事情や他の宣教師との兼ね合いなどに、より深い知識を持っている部は、宣教師の予算が実情に基づいたものとなり、かつ実現可能なものとなるために宣教師と共に考え調整をし、それを承認した上で教団の最高執行機関である理事会の承認を得ます。それぞれの宣教師は理事会の承認を得た上で、各教会に支援の訴えを行います。ただし、宣教師たちは地域教会の自主性と牧師の役割を重んじ、必ず教会を通して訴え、直接個々の信徒たちに訴えることはしません。宣教の働きが牧会配慮の中で行われるためです。

 宣教の働きが牧会配慮の中で行われるという面に関しては、有利な点と不利な点があります。不利な点を挙げて論じながら、有利な点にも光を当ててみましょう。まず指摘されるのは、牧師が宣教に関心を持っていなかったり、海外伝道部に不信感を抱いていたり、特定の宣教師によからぬ感情を隠していたりした場合、宣教師や海外伝道部からのレポートや情報、あるいは訴えなどが握りつぶされてしまう可能性があることです。また、海外伝道部と教団が宣教理念の実践として高々と掲げ、危険を覚悟の上で信仰を持って乗り出そうとした方法が、牧会配慮によってより危険性の少ない方法に変えられて、宣教理念が希薄になってしまうことです。これに関してはさらに詳しい説明が必要でしょう。

 当初、海外伝道部と理事会は「個人口座制」をより信仰の度合いの高い、すなわち危険が伴うけれども理念に則ったものにしようと考え、実行に移しました。それは、各教会は個々の信徒たちの約束献金の総額を、そのままその教会の約束献金として海外伝道部に提出するというものでした。それを海外伝道部が集計し、当該宣教師の向こう何年かの任期に必要な総額に達したならば、宣教師は現地に赴任できると決めたのです。宣教師は向こう何年かの任期の、すべての必要経費が約束献金によって満たされなければ、たとえ本人が召しを主張し、海外伝道部が派遣を決定し、それを最高執行機関の理事会が承認しようとも、「教会」がそれを認めていない、教会的な理解が得られていないと判断して、現地への赴任は出来ないと考えたのです。そこに、単なる宣教師個人の召しの情熱だけではなく、また担当部署の判断だけではなく、より広い教会的合意が必要であるという、宣教の理念が隠されていたわけです。[5]

 ところが日本の牧会の実情を知る牧師の、善意の配慮がこの宣教理念を骨抜きにしてしまいました。牧師たちは、日本の信徒たちの定着率が非常に低いことを、良く知っています。今日、宣教師の訴えを聞いて感動し、向こう3年間、毎月1万円ずつ献金すると約束をしても、3>ヵ月後にはいなくなってしまう可能性があることを、理解しているのです。そのような約束を取りまとめて、海外伝道部に送ってしまっては大変だと判断したのです。そのような不確定な献金の約束を信じて、宣教師たちが赴任することになっては、悲劇が起こると考えたのです。宣教師は約束された献金を得ることが出来ず、現地で飢え死にしなくてはならなくなると思われたのです。

 そういうわけで、すべてとまでは言わなくても、大多数の牧師は、信徒たちの約束献金に重きを置くやり方に納得せず、牧会配慮の調整を持ち込みました。それは、信徒たちの約束献金をやめ、宣教師への支援金を教会の年間予算の中に含め、教会会計の中から献金することによって、宣教師の経済をより安定したものにしようとしたのです。ある牧師たちは約束献金を募る一方で、その約束献金を現実的に調整し、献金が途中で途絶えたり少なくなったりした場合は、教会の会計から補填する方法を取りました。とにかく多くの牧師は、一時的に興奮して多額の献金の約束をして、数ヵ月後にはそれを実行できなくなる信徒が多いことを恐れ、安全策を講じたのです。宣教師たちのことを心から心配してくださったのです。あるいは教会として約束した金額の献金を継続できなくなることを、牧師として「恥」と感じたのかも知れません。[6]

 しかし、個人口座制のあり方として最初に考えられたのは、信徒が約束献金の約束を果たせなくなっても、それはその教会の責任でも牧師の責任でもないという理解でした。とうぜん、約束した献金を実行できなくなる信徒が出てくるでしょう。しかし、宣教師たちが情熱を持って働き、その報告を支援教会に送り続け、訴えを継続するならば、信徒たちは励まされて献金を継続する思いを抱くであろうし、新たな献金者も現れて来ると判断したのです。ところが、本来のあり方を理解し、教会として調整することなしに、個々の信徒の約束献金をまとめて送って来る教会は、ほとんどなくなってしまいました。そのような宣教理念があったということすら知らない牧師がほとんどですし、そのような決定をした当事者たちも、あまり明確な理解を持たないままで決定したらしく、牧会配慮を続けているようです。[7]

 その結果、確かに各教会の約束献金はより安定して継続され、宣教師たちは、約束献金が途中で消滅してしまい資金不足に陥ったということは、経験しないで済んでいます。ある意味で、本当に感謝なことです。私たちの教団は、海外宣教という働きを通して、有機的共同体としての教会の姿を最も明らかに示してきたとさえ言えるでしょう。しかしここに、せっかくの個人口座制の信仰的要素がなくなり、宣教の勢いが殺がれてしまっているという、重大な欠点を見逃してはならないと感じます。宣教師たちが安定して入ってくる献金に安心しきって、自分たちの責任をおろそかにしてしまっているという一面が明白だからです。すなわち、宣教師たちが各教会に対するレポートをおろそかにし、協力者、同労者に対する説明の責任を果たしていないことです。その結果、宣教師と献金する者との間の一体感、有機的繋がりが失われ、宣教の働き全体の衰退を招く危険性を秘めていることに、警鐘を鳴らさなければなりません。献金をする信徒たちに、現地の生のレポートが常に送られてこなければ、宣教の教会的な力は落ちていきます。宣教は制度やシステムで動くものではありません。何よりも情熱なのです。今、私たちの教会には、情熱が薄くなりかけているように感じられるのです。

 牧師たちが牧会配慮をやめ、本来のあり方を貫き通すと、教会は約束した金額を送り続けることが出来なくなることは明白です。しかし、それで牧師が罪意識を持ったり、恥じたりする必要はありません。それは当初から見越されているのです。だからこそ宣教師は、自分の支援者を増やす努力を継続しなければならないのです。そうしなければ、活動費も生活費もなくなってしまうのです。だからこそ宣教師は祈り続け、レポートを送り続け、協力を要請し献金を訴え続けなければならないのです。宣教師は常に信仰に立ち続けなければならないのです。そういう努力があってこそ、新しい宣教師も起こって来ます。そしてまた、そのような信仰を持って生きることが、現地の同労者たちの理解を勝ち取り、一体感を作り上げて働くことが出来るようにするのです。現地の伝道者たちの多くは、宣教師は常に充分なサポートを得て、経済的にはまったく心配することなく働きを継続できるのだと考え、自分たちとは違うのだと思っています。そこに、アイデンティフィケーションの大きな壁が出来ているのです。しかし、宣教師も自分たちの経済のために信仰によって立ち、祈り続けなければならないのだと知ったとき、現地の人々は、自分たちの中の心の障壁を自ら取り除くのです。

 ところで多くの宣教団体がそうであるように、私たちの海外伝道部も、部としての活動資金がなければ部を運営することが出来ません。宣教師と教会の間に立ってコミュニケーションを図ったり、調整をしたりすることも出来なくなります。宣教師志願者を発掘し、訓練を提供し育て上げることも出来ません。世界の情報を収集し、宣教地を選定することも不可能です。送り出した宣教師の効果的な支援は夢物語になってしまいます。さまざまな情報によりますと、宣教団体は、その団体を通して宣教師となって働いている人々の総収入の、およそ30%の活動資金がなければ、効果的な働きは出来ないということです。30%以下で運営している団体や部署で、効果的な働きをしている例は、非常に少ないと言われているのです。私たちの母親とも言えるアメリカ・アッセンブリー教団外国宣教部は、その非常に少ない中のひとつであり、しかもとても効果的働きを継続しています。そこでは、宣教師たちの実際の募金額の5%が、部の運営費へ回されるだけです。世界の宣教団体の中で最も早くコンピュータを導入し、効果的な管理システムを作り上げたことも影響していることでしょう。

 私たちの海外伝道部も、宣教師の募金した総額の15%を部の運営のために回し、また、部の活動のための献金も受け付けていますが、これではまだ不充分と言わざるを得ません。実際、私たちの部は、資金の不足もあって、充分な活動を行ってくることができませんでした。そういうわけで、ほとんどの宣教師たちの働きは、公平に見て、はなはだ不満足なものに終わっています。今後、部が宣教師の発掘育成を納得できるだけ行い、宣教地の調査をと進め、送り出した宣教師を心置きなく支援し、福利厚生まで責任をもって推進して行くためには、やはり、30%近い資金が必要とされることでしょう。

C.宣教団体の理念

 宣教団体には理念がなければなりません。理念がなければ、舵のない船のようになってしまいます。またその理念を具体的に生かして活動するために、さまざまな規則が必要になります。規則がない宣教団体は、羅針盤のない船のようになってしまいます。幸い、私たちの海外伝道部は、成文化こそ遅れましたが、かなりしっかりとした理念を持っていました。また、不十分ながらも基本的な規則を整えていました。長い間、知恵に満ちた方たちがこれをもって海外伝道部の運営に当たってきたために、かなりの働きを進めて来ることが出来ました。しかし、いつまでも知恵に満ちた人たちが補充され続けるとは言えません。そこで、ここ10年ほどの間に、理念と規則が成文化され、それによって部が運営されるような形態に変わってきました。

 宣教団体の理念は、当然聖書に立脚した宣教の神学にのっとったものでなければなりません。そして規則もまた、その神学に沿っていながら、実践的に有効なものでなければなりません。ここでは、宣教師や支援教会との関係に関わる、ごく基本的な理念に触れてみましょう。

1.共に働く

 ともすれば、宣教団体は宣教師の管理者と見られがちです。しかし宣教団体は、管理者である前に、宣教師の同労者でなければなりません。宣教師と共に、世界の宣教のために働いているという自覚がない宣教団体は、致命的欠陥を抱えています。宣教団体は世界宣教を進める人々を支援しているのではなく、世界宣教を進めている当事者なのです。世界宣教の働きを外から助けているのではなく、世界宣教の働きの最先端にいるのです。宣教師たちだけでは、世界の宣教を効果的に進めることはできません。宣教団体が同労者であることを忘れて、管理者としての側面を最初に持ち出すと、宣教の働きは一般の企業や商社と同じものになってしまいます。

 ですから宣教団体で働く人々は、宣教師たちと同じような献身を求められます。現実には、宣教師たちのような文化的適応や、貧しさや疫病などに対する適応はする必要がないことでしょう。しかし、宣教師たちと共に働いているという自覚を持ち、宣教師たちの困難を思いやって、つつましい生活は出来ます。たとえば、私たちは毎年少なくても6回ほどの定例委員会をもって、活動を推進してきましたが、地理的条件などもあって、そのほとんどは旅館やホテルを利用してきました。このような場合、少しでも油断すると、私たちはちょっとばかり高い場所を選んでしまいます。部の運営費でまかなわれ、部員たちの腹が痛まないからです。しかし私たちは、少々不便でも、うす汚く食事はまずくても、出来るだけ安い場所を利用してきました。

 それはけち臭いからではなく、現地で苦労している宣教師と共に働いているという意識を大切にし、それを壊したくないからです。あるときは安い宿を利用すると知った近くの教会の信徒が、自分が数万円負担してもいいから、もっと高級な場所を利用してくださいと、申し出てくださったことさえありましたが、私たちは丁重にお断りいたしました。宣教師と共に働く意識を持っては、そのようなところを利用する気持ちにはなれないからです。もちろん、すべての宣教師がいつも最低の生活レベルで、頑張っているというのではありません。そのようなことがないように、部は頑張っています。しかし、宣教師の生活は厳しいのです。宣教師は現地の人々とアイデンティフィケーションを持とうと努力します。宣教団体はそのような宣教師とのアイデンティフィケーションを大切にすべきなのです。私たちの海外伝道部の部員は、全員が牧師です。牧師は信徒たちとのアイデンティフィケーションを持つべきですので、いつも宣教師とのアイデンティフィケーションを持つことは出来ません。しかし、少なくても部の活動をするときだけは、そのような努力を必要とするのです。

 そのような努力をしていると、時には良いこともあります。神様が報いてくださったのでしょうか。2004年のことだったと思います。私たちは、普段、部の活動のために迷惑をかけっぱなしの奥様たちをねぎらうために、彼女たちを連れて沖縄のリゾート・ホテルで委員会をすることにしました。もちろん、初めての試みです。夫たちが委員会をしている間、彼女たちは自由に楽しめたのです。もちろん彼女たちの費用はそれぞれが負担することになっていましたが、とにかく、つてを使って格安の値段で止まれるように手配してもらい、貧乏牧師の負担にならないように配慮したものです。ところがホテルに着くと、思っていたよりずっと立派で、「そんなに安く泊まれるの?」と心配になるほどです。カウンターでやり取りしていた担当の部員は、帰ってくるなり言いました。「ホテル側のミスで、ダブル・ブッキングされていたので、別の、もう少し高級な場所に移って欲しいって言うんですよ。何でも、コッテイジで、部屋も充分あるから、全員ひとつのコッテイジに泊まれるそうです。料金も、以前のもので良いそうです。」

 とても瀟洒なコッテイジで、9人、らくらく泊まることが出来、会議も出来ました。おまけに、施設内を無料バスに乗って回り、大きなお風呂にも無料で入ることが出来ました。みんな満足です。食事だけはすべて外で、沖縄の民族料理を楽しみました。いよいよ支払いのときが来て、みんなでこそこそ話し合いました。「いくらになっただろうね。」「なにしろ9人が2泊だからね。」「ま、ひとり1泊5千円としても9万円だね。」「いや、あんな立派なところ、たとえ食事ぬきでも5千円では済まないよ。」「じゃ、13,4万円てところかな?」「つてで格安になってるんだから、それほどにはならないと思うよ。」やがて支払いを終えて戻ってきた担当者は言いました。「イヤー信じられないよ。何かの間違いじゃないかなァ。全部でイチマン、キュウセン、ハッピャク円だよ。絶対に間違いではないって言うから、『それでは』と言って戻って来たけれど・・・・。」 時々神様は冗談を楽しまれるようです。思い出してみると、私たちが用いた旅館やホテルは、みなその周辺では最低の料金でしたが、とても良いところばかりでした。いつも、またここを使おうかといいながら帰ったものです。

2.現地主義を貫く

 現地の働きに関わる事柄については、現地に派遣されて現地の実情を一番良く心得ているはずの、宣教師たちの意見を宣教団体の意見より重んじることを現地主義と言います。これはしばらく前に商社や国際企業の間で使われた、「東京デシジョン」の反対です。東京デシジョンとは、現地に派遣された社員が現地の実情を理解して考えた案を、現地の事を何も知らない東京の(東京で象徴される本社の)上役たちが覆し、彼らの案を押し通したり、彼らの決定に絶対服従を要求したりすることをいいます。この東京デシジョンのために、多くの日本の商社や国際企業が、多大の損失を出してしまいました。日本の企業はこの苦い経験から学び、東京デシジョンを過去のものとして、繰り返さないようにしたのです。

 ところが、海外伝道という働きは、日本ではまだまだひよこの状態です。決定的に経験が不足しているのです。それに携わる人々もまた、ほとんどが牧会しながらの働きであり、専従者ではありません。経験豊かな欧米の宣教団体から学び取るほどの、時間的余裕も能力もありません。異文化での働きがどのようなものであり、どのような問題が存在するのかなど、ほとんど知ることが出来ない素人の働きに過ぎないのです。その上、多くの宣教団体の指導者たちは、日本での牧会や伝道の成功者です。自分のやり方に自信を持っている人々です。非常に意思の強い人々であり、強い意見を持った人々です。彼らには、「俺の意見に従え、俺の言うことを聞いていれば間違いない」という感覚の方たちが多いのです。

 そこで彼らは、日本で成功した彼らのやり方や考え方を参考にするように、現地で働く宣教師たちに、親切に教え、要求し、日本と同じ結果を期待するようになるのです。「宣教師になろうとする者は、日本で牧会伝道の経験を積み、成功していることが条件だ。日本で成功しなかった者が、海外で成功するはずが無い。」などと、まじめに主張する人々が、まだまだいるのです。日本での成功例は日本での成功例に過ぎません。それは海外での成功の保証にはなりませんし、日本での失敗は、海外での失敗を決定づけるものでもありません。もちろんこの場合、人間的未熟さや霊性の低さ、あるいは聖書や神学知識の低さが原因の失敗ならば、現地においても失敗することは、まず間違いありませんが、方法論においては「問題は別」なのです。宣教団体に必要な基本的な姿勢は、現地における働きに関しては、現地の宣教師の判断と選択を尊重するということです。

 しかし現地主義は、なにもかも現地の宣教師の言いなりにさせるということではありません。宣教師たちはみなそれぞれの当該任期に先立って、活動計画書を提出して宣教団体と話し合い、基本的な合意を得た上で働きます。宣教師たちは当該任期中、合意を得たその活動計画に則って活動をするのです。宣教団体と宣教師は、この活動計画の刷り合わせの段階で、充分に話し合いをし、明確な合意を確認しあうのが肝要です。宣教団体がまだ年若く未経験な場合は、どうしても、宣教師の重荷や情熱を先立たせることにならざるを得ませんが、宣教団体も年を重ねると、海外での働きを経験してきた者も起こってきますし、さまざまな宣教師の体験を集めてデータとして理解している人も出てきます。ですから、彼らは宣教師の言うこと、語ることを、かなりの正確さをもって理解し、受け入れることも反対することも出来るようになります。計画書の段階で充分に話し合い、基本的合意が出来上がったならば、宣教師はそれに従って活動し、宣教団体は、宣教師が合意の範囲内でまた、予算内で活動している限り、異議を挟まないのです。その範囲内で、宣教師は自分たちの現地での判断と選択を優先させることが出来るのです。具体的には、いちいち宣教団体にお伺いを立て、許可を取ったり承認を受けたりせずに、自分の判断で迅速に行動が出来るということです。

 もちろん、活動計画の合意に至る段階で、宣教師と宣教団体との意見のずれが表面化することが充分考えられます。その場合、宣教師がすでに現地の事情に通じている場合は、彼らの意見を優先させるべきです。しかし、宣教師が始めての赴任を前にしているような場合は、宣教団体の指導を重んじるべきです。そして現地で、数年はもっぱら実情把握に努め、第2期目からは宣教師の自主性を重んじた活動計画を作成すべきです。第2期目の宣教師と宣教団体の間に、現地での活動についての意見の相違が出た場合には、その宣教団体の基本的理念と目的に反しない限り、宣教師の意見を重んじるべきです。しかし、基本的な理念と目的で合意できない場合は、宣教師はその働きの内容を変えるか、他の宣教団体を探すことになります。たとえば、その宣教団体が目指す働きは、未開文明の中にいる人々に対する直接伝道なのに、宣教師はどうしてもそこに学校と病院を建てたいと言うならば、どちらかが折れるより方法はありません。宣教団体がその目指す目的を変えることができれば、それで結構ですが、出来ない場合は宣教師が他の団体を探すことになります。また、宣教師が任期途中で、活動計画書の取り決めが実情に合わないと判断し、活動計画書に記された働きを止めたり、別の働きを始めたりする場合は、あるいは活動計画書に沿った活動でありながら、予算を大幅に超え、現地での調整が不可能な場合は、あらかじめ、宣教団体と話し合って、合意を得た上で行う必要があります。

 そういうわけで、現地主義とは宣教師の意見を何が何でも通すというものでも、宣教師の勝手な選択を許すというのでもありません。宣教は教会の業ですから、教会としての合意と理解を得て行うのが正しいのです。しかしその中で、現地にいる宣教師の意見や選択が、最も重要視され、優先されるということです。このことをしっかり理解しておかなければ、教団体は知らず知らずのうちに権威主義に陥り、ただ宣教師を服従させるだけのことになってしまいます。現地の働きに関して、宣教師が宣教団体の言いなりになり始めたときは、その働きの死期が近づいていると考えて間違いないでしょう。

3.自らの責任範囲を理解する

 宣教団体の働きは、宣教師を送り出し支援を継続することだけではありません。一般の教会、牧師や信徒たちの間に宣教に関しての理解を広めることも、非常に大切な役割です。また、宣教師志願者を起し、それを育て、訓練し、彼らを宣教師として送り出すことも、絶対にないがしろに出来ない働きです。宣教団体は、単なる宣教師の支援団体ではないのです。

 宣教団体は、教会の間に宣教の理解を普及させ、すべての教会、すべての信徒が教会的に宣教に参加できるように励まし、それを具体的に可能にするために努力しなければなりません。宣教師の働きは、宣教の一部に過ぎません。それは刀で言うならば、刃の部分です。刃が無ければ刀は刀ではありません。しかし刀は、刃だけでは存在できません。峰も必要ですし、つばも柄も必要です。刃の部分は、全体から言えば非常に小さい、ごくわずかな部分です。宣教師の働きも、宣教全体の働きから見るならば、ごくわずかな部分に過ぎないのです。富士山を際立たせている雪冠の部分は、ごくごく小さな部分です。しかしあの部分を支えるためには、何万倍もの裾野の広がりが必要なのです。

 宣教団体の働きは、刃の働きではありません。しかし、峰であり、柄であるのです。さらには鞘の働きをするものたちも必要です。宣教の働きは、わずかの数の宣教師たちを積極的に支える、非常に多くの教会や信徒たちの存在があってこそ、初めて効果的に行われるのです。宣教団体のもっとも大切な働きは、宣教師たちと一般の教会や信徒たちとの有機的な繋がりを明確にし、それを太く強いものにして行くことです。裾野を大きく広げ、すべての教会、すべての信徒が、宣教を自分に課せられた使命であると理解し、また感じ、そこに積極的に参画して行くように励ますことです。

 さらに宣教団体は、宣教候補地を調査し選択しなければなりません。宣教師になろうと決心した個人が、一人で行くべきところを定めて出て行く時代は終わりました。ただ、宣教論の理解の上で、すなわち教会としての宣教という理念のゆえにそうなったのではなく、旅行が非常に簡単で安くなり、通信手段が発達したために、いまや、宣教地の選定は、ただ個人の祈りで決めるのではなく、精密な調査の上の共同の祈りによって決められるようになりました。ですから、宣教団体は、自分たちの存在意義を賭けて、自分たちの力に応じた働きが可能であり、また最も必要性が高く、意義のある活動ができる宣教候補地を、いくつか選出しておくべきです。

 宣教師志願者の願いと宣教団体の選出地、あるいはその働きの内容までが一致した場合は大いに感謝なことですが、多くはそのように旨くは行きません。しかし、たとえ宣教師志願者の願いが別の土地や異なった働きであったとしても、それで話を頓挫させる必要はありません。まず、志願者の願いが本当に神から与えられたものかどうか、教会的に判断されなければなりません。具体的には、宣教団体は宣教師を志している者の情熱と願いを軽んじることをせず、赴任地や働きに就いても、なぜその土地と働きを選んだのか、その経緯や理由、あるいは可能性や展望などについて、見解と理解を充分に聞き出すと共に、宣教団体側が取り組もうと考えている土地や働きについても説明し、共に祈りながら充分に考えるべきです。それで宣教師志願者が、宣教団体の考えの中に主の導きがあると判断すれば、それに従えばよいことです。反対に宣教団体が、志願者の選択の中に主の御心があると考えることが出来れば、それを受け入れればよいのです。互いにそれが出来ない場合は、協力できないことになりますので、志願者は他の団体を探すか、自らの情熱に賛同するものを探さなければなりません。

 ただこの場合、たとえどんなに優れた宣教団体でも、常に主の導きを正しく察知できるとは限らないことを、わきまえていなければなりません。自分たちの調査や研究、あるいは判断に自信を持ちすぎてはならないのです。歴史を見るならば、団体の判断に反して働いた宣教師たちが、実に素晴らしい働きをしている例がたくさんあるからです。宣教団体は、主がそのような個人を用いて、宣教団体のかたくなさや、自分たちで作り上げた信仰の限界を、打ち破ろうとしておられる可能性もあることを認めて、出来るだけ柔軟性を持った対応をすべきです。ただし、多くの場合、志願者一人の情熱や重荷よりも、団体の判断のほうが優れているという事実を忘れてはなりません。

4.宣教師を育成する

 宣教団体の責任範囲の最も大切な一面は、宣教師を育成するということです。宣教師志願者が現れるのをただ待つのではなく、自分たちの団体の理念を基盤とした宣教の幻を抱き、それを実現するために積極的にかつ具体的に、宣教師を産み出していくのです。

 良い宣教師は簡単に生まれるものではありません。特に、本当に使徒的な働きをする宣教師を得たいならば、出来るだけ若いときから、さまざまな準備を進めて行かなければなりません。25歳や30>歳になってから、突然宣教師になろうと決心をして準備を進めても、宣教師になれないことはありませんし、そのような中にも非常に素晴らしい宣教師が出現する可能性もあります。15歳になってから音楽を学び始めて、素晴らしい音楽家になることも不可能ではありません。しかし、福音の未開地で福音を語り、人々を救いに導き、地域教会を建て上げ、その教会を成長させて、宣教の働きを推進して行く教会に育て上げるような、使徒的働きをする宣教師を得ようとするならば、若いうち、幼いうちからの目標を定めた訓練が不可欠なのです。

 特に、均一化された文化と、非常に平穏で安楽な日常を満喫できる、日本で育った人間は、多様な民族と文化が互いに激突し合い、交じり合い、常に激動を繰り返す不安定な社会が多い、外国で生きていくのは容易ではありません。たとえば、言葉一つをとっても、全国共通のひとつの言語があり、この言語で大学教育まで済ませることが出来る日本では、この言葉以外に話せない日本人が大半です。しかし世界の大学教育で支障なく使うことができる言葉は、わずか15ほどしかないのです。[8] その他の言葉を用いる人々は、みな大学教育どころか中学程度で、母語以外の、苦労して学んだ言葉を用いなければ、教育を受けられないのです。アジアの多くの国々では、小学校程度の教育しか受けていないのに、三つ四つの言葉を話す人々が少なくありません。他民族他部族と共に生き、複数の言葉を操って生活している人たちの中に入って暮らすのは、日本人にとっては容易なことではありません。言葉の問題もさることながら、生活感覚の違いがさらに大変なのです。アメリカには「三つの言葉を話せる人を トライリンガリスト、ふたつの言葉を話せる人をバイリンガリスト、ひとつの言葉しか話せない人をアメリカンという」という、自嘲気味のジョークがありますが、少なくてもアメリカ社会には、さまざまな人種、さまざまな文化、さまざまな言語が入り混じっています。その点、日本人は圧倒的に不利なのです。

 そういうわけで、日本人が宣教師になるためには、出来るだけ幼いうちに、異なった人種と異なった文化の中で、異なった言葉を使いながら生きる体験を積むことが、非常に大切です。人間は年齢に反比例して、新しい環境になれることができなくなります。新しいことを習得する能力がなくなるのです。宣教師は、新しい環境に慣れ、新しいことを習得することから、始めなければならないのです。ですから、とにかく若いうちに宣教師になるのが最善です。それが無理なら、とにかく若いうちに異文化体験を積んでおくことです。宣教団体は若いクリスチャンたち、あるいは幼いクリスチャンたちを捕まえて訓練を始めておかなければ、理想的な宣教活動を期待することは出来ません。

 日本の一般大学を卒業させ、それから日本の神学校で学ばせ、その後どこかの国に行かせて宣教師の訓練を受けさせるようでは、とてもとても、間に合いません。幼いうちに宣教師になる決意を持った子供は、適性さえあるならば、遅くても高校で充分に英語を学ばせ、大学は海外の、できれば開発途上国の聖書大学に行かせて、聖書と神学の基本を学ばせると共に劣悪な環境で生きる術を会得させ、その後、神学校に入るようにさせるのが良いでしょう。一般大学を出て神学校に入るのは、回り道になります。宣教師にそのような回り道はもったいないことです。神学校での学びを有意義なものにするためにも、大学は聖書大学にすべきです。祈りを始めとするクリスチャン生活の基本と、聖書知識の基本と、神学の基本をしっかり作り上げて神学校に入り、さらに叩き上げてこそ、使徒的な働きが出来る宣教師が生まれるのです。このようなことを指導し実行できるのは、宣教団体以外にあるでしょうか。

5.宣教師の福利厚生を整える

 宣教師はいろいろな点で、国内の伝道者とは違う問題を抱えています。たとえば子供の教育ひとつを取り上げても、大変な問題です。アメリカのように多くの宣教団体があって、数多くの宣教師を送り出している国では、宣教師の子供たちのための学校を共同で建てることも可能ですが、それさえすべての国とは行かず、本当のところ、ごくわずかあるのみです。それでもアメリカはアメリカン・スクールを世界中に持っていて、少々訛りはあっても同じ英語で、比較的安価で学ぶことが出来ます。あるいはホームスクーリングのシステムも出来ています。反対に低開発国の宣教師は、赴任地のほうが整った教育制度を持っていたりして、現地の学校に通わせることも可能です。

 ところが日本の宣教師は、この点で大変不利になります。宣教師の子供のための学校などは、よほどのことがない限り、不可能です。ウイクリフのように、二人子供のために一人の教育宣教師を派遣するなどという芸当は、並の団体に出来るはずがありません。ホームスクーリングはまだ不可能です。現地の学校は、日本の教育の高さから、ほとんど無理です。ここ数十年は日本人学校も出来ていますが、ほとんどは首都圏にあって、寮生活を余儀なくされる上に、商社マンの子供などを対象にしているために、目の玉が飛び出るくらい高いのが通常です。宣教師の子供たちが学べる学校は現地には無いのです。宣教団体は、夫婦者の宣教師が心置きなく充分な活動をすることが出来るように、子供の教育問題を解決しなければなりません。

 筆者は3人の子供を抱えていましたが、当時の海外伝道部はまだまだ整っておらず、子供の教育のために積極的に動いてはくださいませんでした。幸い現地に比較的安いアメリカン・スクールがありましたし、首都マニラには宣教師指定のための学校がありましたので、その二つを使い分け、何とか通常の教育を受けさせることができました。しかし、問題は日本語と日本の文化です。特にマニラの学校まではクルマで7、8時間の距離があり、寮生活でしたので、そこに入っている間に日本語がまったく話せなくなりました。そこで独自に日本の牧師たちに訴えて、子供たちが日本で学校に行けるように、数年間里親になってくださいとお願いをしました。たくさんの牧師家庭がこれに応答してくださり、こちらからお断りしなければならないほどでした。そして3人の子供たちは、それぞれ3年から6年ほど日本で生活し、学校に通うことも出来たのです。[9]

  筆者のようにずうずうしく、お願いの出来る人は良いでしょう。しかし、すべての宣教師に出来る芸当ではありません。筆者にしても、宣教とは教会の業であり、協力して進めるものだという強い信念があったからこそ、このようなことが出来たのです。私が宣教師として働くのは自分の野望を果たすためではなく、あくまでも日本の教団の宣教の業の一部として働くのであり、共同の働きである。したがって、子弟を日本の学校に行かせるのが宣教師に欠かせない大切なことならば、それを支援するのも宣教の業への具体的参画であると、誰に対しても堂々と言えたから出来たことです。そしてそのような訴えに応答してくださった牧師たちもみな、この宣教の理念に賛同して応答してくださったのです。可愛そうな宣教師を助けるのでも、惨めな宣教師の子供たちを引き取るのでもなく、宣教の働きの一端と理解して、引き受けてくださったのです。ですから、親として当然、ありがとうございますとは言いましたが、宣教師として、卑屈になったり惨めな気持ちになったりせず、おおらかに、お願いできたのです。個人的に筆者は、この出来事を通して私たちの教団の素晴らしさ学びました。しかし宣教団体としては、宣教師にこのようなことをさせてはなりません。宣教団体が、宣教師の子供たちの教育のためにはあらゆる手を尽くすべきだからです。

 さらに宣教団体は、宣教師の健康管理やそのための費用についても、準備をしておかなければなりません。宣教師が健康を害する比率は、一般牧師に比べて非常に高いのです。現地では手当ても治療も出来ない場合も少なくありません。また、クーデターなどの緊急事態も予期しておかなければなりません。保険にも、具体的には条件が複雑でなかなか困難なことですが、加入しておかなければなりません。幸い現在は、海外にいても国民健康保険に入ることが出来るようになりましたが、[10] 宣教師が海外にいるということのために、日本国民としての福利厚生や教団の福利厚生の面でも、で不利にならないように目を配っていなければなりません。帰国の場合の住居、宣教師を止めてからの生活の目当ても、予め立てておかなければなりません。外国人との結婚や国籍の問題も非常に現実的な事柄です。

 宣教師になると、福利厚生が大変だからとしり込みする若者がいることは非常に残念です。そのようなことで過剰に心配する宣教師も、献身態度を検証し直す必要があります。子供の教育にしても、いざとなったら、現地の学校でもなんでもやってやる、たとえ医療で差別が生じたとしても、主のご栄光のためなら喜んでそれを受け入れる覚悟がなければ、本物の宣教師になるのは困難でしょう。宣教師の仕事は献身の仕事、信仰の仕事です。「家族や子供たちを自分の献身の犠牲にしてはならない」と、しばしば言われます。そのような言い方がどこから出てきたのかは知りませんが、確かに正しい側面もあります。とは言え、どのような生き方でも親の生き方は、すべて子供を巻き込むのです。アブラハムが召されたとき、家族も親族も、親も子供も住みなれた土地を離れたのです。宣教師が献身するとき、必然的に家族も献身するのです。それを共に喜ぶ子供に育てなければならないのです。しかしながら、これは宣教師に求められる献身であり、宣教団体がそのような状態を放任しておいてはならないのです。宣教団体の努めは、宣教師の福利厚生をしっかりと整え、宣教師が無駄な心配をしないで、働きに集中できるようにすることです。

6.宣教師の管理指導をする

  多くの宣教師はまじめに、一所懸命に働いています。しかし中には「なまけている」宣教師もいないではありません。宣教師の報告だけを鵜呑みにしていると、何年間も騙され続けることにもなりかねません。筆者は非常に多くの宣教師を見てきています。母国から遠く離れて、宣教団体の目の届かないところにいる宣教師は、ある意味で「何をやっても自由の天国」にいるのです。あるいは、まじめに働いていても、さまざまな要因で成果が上がらず、指導と改善が必要な場合もあります。宣教師はその派遣任期の前に活動計画書を提出し、宣教団体と活動内容や目標などについて、基本的合意を得て働くのが望ましいことはすでに述べたとおりですが、実情はそのような合意は愚か、計画さえ持っておらず、ただ行き当たりばったりで働いている宣教師たちがたくさんいます。たとえ計画を持ち合意も得ていたとしても、それが守られていない例がたくさんあります。現地人を対象にした開拓伝道と、教会設立という目標を掲げて赴任しながら、実情は、もっぱら現地の大教会の補佐的活動に、時間と労力と資金を費やしただけの宣教師がいます。本来の高い宣教の意義が失われてしまったのです。始めから補佐的働きを目標としていては、宣教師として承認されなかった働きであるはずなのです。とにかく、人間は弱い存在です。宣教師がある程度の経済的安定を勝ち取り、どのようなことがあっても生活は保障されているとなると、楽な選択をし、身を入れて働かなくなることがあるのです。厳しい言葉ですが、宣教師は監視される必要もあるのです。

  宣教師は、定期的にその活動内容を報告しなければなりません。ひとつは支援教会に対する報告です。これは宣教の働きが、宣教師だけの働きではなく、祈り献金してくださる方たちと協力して働いている働きですから、宣教師の当然の義務です。この報告は当然、信徒たちを励まし勇気付け、さらに協力したいと望み、若者などには、自分も宣教師になってみようかという、気持ちを起させるようなものでなければなりません。もうひとつは宣教団体に対する報告で、自分の働きの現状、可能性、発展性、問題点、問題の処理と解決法などを含み、内容がよく分かるものでなければなりません。このふたつの報告を軽んじる宣教師は、重大な欠点を抱えていることになります。宣教団体はこれらの報告をよく吟味し、宣教師とのコミュニケーションを図って、活動をよりよいものにしていかなければなりません。

  宣教団体は、現地主義を取って宣教師の判断と選択を優先しますが、長年の経験と知恵で、宣教師に示唆を与えたり、場合によっては指導を与えたりすることも出来ます。特に宣教師が活動計画の段階で合意したことから外れたり、神学的な間違いや倫理的な誤りに陥ったりしたとき、宣教団体は速やかに行動しなければなりません。宣教師が働く気力を喪失したり、副業的なことに労力と時間を多大に費やしたりしていると判断されたりしたときも、宣教団体の出番です。宣教師が一所懸命に働いているにも拘わらず、得られると想定される結果を得られていない場合も、宣教団体は、宣教師と共に働くものとして、宣教師に示唆を与えたり、教育の機会を与えたりして補佐します。宣教団体はとしては、ついつい監視に心が向いてしまいがちですが、自分たちの働きは宣教師の活動を支えることであると、自らに言い聞かせ、再確認を繰り返さなければなりません。

  このような働きは、宣教師に対する宣教団体の管理責任としての職権というよりも、むしろ、共に働いている教会、信徒から負わされている義務と考えるべきです。宣教団体は、宣教師を発掘し、育て、教育し、審査し、信任して送り出します。ところが一般の教会や信徒たちは、多くの場合宣教師個人をあまりよく知りません。しかしその宣教師を認定し送り出そうとしている、宣教団体を信頼して協力しているのです。したがって宣教団体は、宣教師たちに間違いなく目的に沿った活動をさせ、想定される成果を上げさせることによって、教会と信徒たちの期待を裏切らず、信頼に応える活動をしなければなりません。宣教団体は、協力支援をしてくださる教会や信徒たちに対して、宣教師たちをしっかり管理指導する責任を負っているのです。そういうわけですから宣教師たちは、宣教団体が負っている管理義務を理解して、その管理指導を受け入れなければなりません。

  ただし誤解してはならないのは、成果というものは決して結果主義の成果ではないということです。どれだけたくさんの人々が救われまた癒されたか、いくつの教会が建てられたかということは非常に、非常に大切です。しかし、宣教師の働きはそのような数字で評価されてはならないものです。むしろ、合意書の内容に沿った働きを忠実に行っているか、宣教団体とコミュニケーションを取りながら、常に学び、改善し、最善を行おうと努力しているかどうかが問われるのです。

D.宣教団体を構成する者の資質 

 宣教師の資質や資格はいろいろな場で論じられていますが、宣教団体で管理的仕事をする人々の資格について論じたものには、まだお目にかかったことがありません。しかし、宣教団体を構成する者は、宣教師の働きと同じほど重要な仕事をするのです。しばしば、宣教師の働きを有意義なまた効果的な働きに出来るかどうかが、宣教団体の構成者に懸かっているのです。したがって、彼らの資質というものが、本来厳しく問われなければならないものです。

1.宣教に対する情熱

 宣教団体を構成する人々は、まず、宣教に強い関心と情熱を持っている者でなければなりません。教団の部署としての宣教団体の場合は、個人的にまったく宣教に関心を持っておらず、宣教の働きに関わったことがない者が、他のさまざまな理由で選任されてしまうこともあるでしょう。宣教の働きのためには悲劇です。どれほど能力を持っていても、どれほどの学者であろうとも、情熱を持っていない人物をこの働きに充てるべきではありません。単なる義務感で、やるべきことをやるというだけでは、この働きは進まないのです。この働きには、常に、道なき道を切り開く、たぎるような情熱が不可欠なのです。日本の宣教の働きは、まだ、何から何まで初めてのことです。レールはまだ敷かれていないのです。いつでもオフロードで、四輪駆動で進まなければならないのです。なにかやろうとすると、ことごとく、今までやったことがないこと、前例がないこと、慣例がないことです。起こってくる出来事、対応しなければならない事例が、すべて例外で、例外でないものは例外になる世界です。伝統的なやり方を好む日本人には、このような情況は好ましくありません。ですから、人々の理解と同意を得ることも非常に困難です。いつも、無知と無理解の障壁に行く手を阻まれます。ましてや、宣教団体の働きは、海外の文化や慣例考慮し、それに対応した働きになります。日本的な感覚、日本の文化、日本の方法に慣れ、それを当然と思い込み、それが最善と信じている日本の教会を納得させ、賛同させ、協力させるのは至難の業です。与えられた責任を果たすだけというような、俗に言うお役所仕事的な感覚では、まだまだ幼児期の日本の宣教の働きを推進しては行けません

2.宣教についての聖書的理解

 次に望まれる資質は、宣教に対する正しい聖書的な理解です。宣教の働きは人間の働きではありません。神の働きです。人間はその働きに用いられているだけです。もしこれが人間の働きならば、人間のあらゆる知恵と力で推し進めればよいことですが、神の働きである以上、聖書に記された神の宣教の理念と法則を学び、それに精通していなければなりません。宣教団体が、単なる人間の知恵や思惑で運営されてはならないのです。ですから、たんに成功した牧師だから、高い管理能力を備えているから、顔が広く資金集めに有利だからというような理由で、この仕事に就いてはならないのです。

 宣教団体の構成員は、ある意味で、宣教師たちよりも高度な宣教に関する聖書知識を持っていなければなりません。そうでなければ、宣教師たちを適切に教え、導き、管理することはできません。宣教師が聖書の教えに忠実に宣教の働きを進めようとしているのに、聖書の理解を持たない宣教団体の人々のために、働きが頓挫させられたという悲しい例も、たくさんあるのです。宣教の働きの根幹は、聖書の宣教についての教えを具体的に実行することですから、聖書の知識が絶対必要条件なのです。

3.英語を駆使できる能力

 今、世界の宣教に乗り出そうとすると、当然外国語が必要となります。外国語の中でも、圧倒的に英語力が大切です。宣教師たちには当然現地語の習得が求められますが、宣教団体の構成員に求められるのは、現地の人々を始めとして、世界の宣教団体や教会あるいは教団との交わりや交渉を行うことです。もちろん、英語以外の言葉が用いられることもありますが、こと宣教に限っては、英語が使用される場合が圧倒的に多いのです。

 宣教師を派遣するに当たっては、入念な現地調査が必要であり、現地の教会や教団、あるいはすでに活動している宣教団体、さらには協力していく人々との交渉と意思疎通が絶対条件です。昔はそのようなことを一切無視して、宣教師たちはただ信仰と献身を持って出て行きました。現在もそれと同じだけの信仰と献身は求められるべきですが、信仰と献身は、情報収集や協力団体との交渉や意思の疎通を、無視させるものではありません。また宣教団体の構成員は、すべからく聖書的宣教学を学んでおくべきですが、それは日本語ではほとんど不可能に近いのが現状です。宣教に関する文献は圧倒的に英語が多いのです。また、海外の人々と交渉するには、英語の読解力だけではなく、会話の力、会議などでの交渉や討論の仕方も必要になってきます。それが広い意味で、世界の宣教に貢献することになるのです。

 たとえば私たちアッセンブリーの交わりには、アガマという協力団体があります。[11] アジアと太平洋地域にある国々のアッセンブリー教団が協力して、宣教の働きを進めていこうという趣旨で設立されたものですが、私たちの海外伝道部は、このアガマの一員として積極的に活動してきました。特にこの20>年間ほど、私たちはこのアガマでの情報交換や学びを力として、宣教地の選択や宣教師の派遣を行ってきたものです。ここにおいての活発な討議が、他国のアセンブリー教団の宣教の働きに、いろいろな影響を与えてきたこともまた、非常に大切な貢献なのです。

 筆者は、まだ宣教師として働いていた1980年代の終わり頃、アジア人宣教師を輩出することの大切さを痛感し、宣教師訓練センターの開設に向けて歩みだしました。1万平方メートルほどの土地を手に入れ、アジア的な建物を建築し始めたのですが、ちょうど襲ってきた大地震のため壊滅的被害を受けてしまっただけではなく、次男の病気のため、急遽、宣教師を止めて帰国せざるを得なくなり、計画は中止になってしまいました。しかし、与えられたアジア人宣教師の輩出の情熱は、消えてなくなったわけではありません。

 帰国してから海外伝道部で働き、アガマの国際会議で働く機会を与えられた筆者は、アジア人宣教師の排出のビジョンをその場で語り続けました。そのような中から、アガマが主宰する宣教師訓練プログラムを開催することが決定されました。そして正式に私たちの神学校と提携して、このプログラムを神学校の単位と認定してもらうことも出来ました。このプログラムでは、すでに、200以上の真剣な学生たちが学んでいます。学んだ者たちの中には、実際に宣教師として異文化の中に出て行った者がたくさんいます。また、このプログラムは当初アジア人を念頭において始められたのですが、アジア以外の、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカ、そしてアメリカからの宣教師志願者たちが学びに来ています。また、アメリカ・アッセンブリー教団のインドシナ半島の責任者は、今後インドシナ半島に来るアメリカ人宣教師はすべて、このプログラムで学ぶことを義務付けるようになっています。

 また、このプログラムはフイリピンにある私たちの神学校の施設を借りて、休校時に行われたのですが、同時に、宣教師訓練センターの設立の必要性についても話し合われ、大いに盛り上がりました。そして、そこに同席していた神学校の校長は、この話を自分たちに与えられたビジョンと受け取り、自分たちの仲間のアメリカ人宣教師たちの間で披露したのです。すると話はどんどん進み、この神学校の敷地内に、神学校とは別の運営の、宣教師訓練施設を建設することになったのです。現在この建物は7階建てで、250人が同時に宿泊と食事をすることが出来る、立派なものになっています。むしろ、立派過ぎるほどになっているというべきかも知れません。充分の数の教室とチャペルのほか、さまざまな設備が整えられたこの施設は、宣教の働きのためのあらゆる学びと訓練、あるいは会合のために開放されています。基本的に、アガマに加入している団体は無料で使用できるはずですし、近隣の教会や教区も格安で使用できます。さらには超教派的にも開放されています。筆者の小さな宣教師訓練センターの幻を、神様は実現に至らせてくださいませんでしたが、筆者の英語のおしゃべりが、結果としてこのような大きな働きのきっかけとなったのです。

  宣教団体の構成員の中には、ぜひとも、宣教師として働いた経験を持っている者が含まれているべきですが、それがいつも可能なわけではありません。しかし、構成員が海外経験もなく、海外の事情に疎いのでは、良い仕事は期待できません。もし宣教師経験者がいない場合でも、構成員の中には、なんとしても、太い海外の人脈を持っている人がいて欲しいものです。宣教地の調査、協力者の発見、具体的な働きの設定など、海外に人脈を持っているといないでは、まさに雲泥の差が出てきます。

 そのような人物が宣教団体の構成員の中にいない場合は、非常な努力と犠牲を払ってでも、構成員の中から英語を話せる者を選び、海外を旅行させ、海外の教会や教団を訪ね、指導者たちと積極的に交流させ、人脈を築くべきです。派遣された宣教師の働く場所を訪ね、宣教師と協力して働く現地の人々とも交流を重ね、宣教師の働きを具体的に把握しておくべきです。また、宣教に関する文献を積極的に読み、特に、文化に関わる事柄には貪欲な関心を持って学び続けるべきです。宣教団体の構成員は、まさに非常に重い責任を負わされているのです。

 私たちの教団で言えば、幸い私たちはフィリピンに高度な神学校を持っています。この神学校はアメリカの海外宣教部の働きの一環として、40年ほど前に設立されましたが、今は、アジアにあるアッセンブリー教団も共同の所有者となって運営しています。そういうわけで、アジア中はもとより、アメリカ、カナダ、ロシア、オーストラリアなどからの、白人の学生もいれば、アフリカからの留学生もいるといった、国際的な環境となっています。そしてこれらの学生の多くは、それぞれの国で前途を期待される優秀な人材であり、将来は自分たちの国の教会で指導者となる人々です。この神学校で3年もしくは4年学ぶことは、将来の人脈造りと言う事では最高の機会です。

5.広い見識と公平な判断

 ひとりかふたりの宣教師を派遣しているだけならともかく、複数の宣教師を複数の国々に派遣していると、宣教団体の業務は大変な量になります。宣教師が問題なく活動している場合はそれでもまだ良いのですが、何か問題が起こった場合は、それこそ大変です。国内の一業務を担当する部署と、宣教をつかさどる部署はまったく別ものです。

 国内の働きはそれが何であれ、国内の法律と常識がかなり浸透しているため、ある程度の共通感覚で仕事を進めることが出来ます。しかし、外国では法律も常識も違います。物事の考え方もやり方も異なります。しかも、インドネシアの方式はタイの常識ではなく、モンゴルの常識はフィリピンの常識ではありません。それぞれが違うのです。そのそれぞれの違いを理解し、一度に対応し、しかも日本の諸教会、一般信徒にも理解できるような取り扱いを要求されるのです。

 早い話が、フィリピンでは昨日話題に上がったことが、今日実行に移され、明日はそれが水泡に帰すのです。日本では昨日の話題は時期が熟すまで、1、2年は寝かされて、初めて審議され、共通認識が形成されるまでまた待って、5年ほどたって試験的に踏み出され、という具合です。このふたつの国で宣教の協力を推し進めていくには、たくさんの不可思議な過程を通らなければなりません。日本の常識や日本の良識を実行するつもりなら、始めからフィリピンとは協力できないのです。それをあえて行っていけるだけの、広い見識が必要なのです。実行力だけではだめです。見識が必要なのです。教会の働きは共同体の働きですから、少数の者たちが強行に進めてもだめなのです。一般の教会、信徒たちを納得させられるだけの、見識が必要なのです。そしてそのようなまったく異なった取り扱いを、モンゴルにはモンゴルに合った方法で行い、オーストラリア人と働くときはオーストラリア人に合った方法で行うのです。

 ですから宣教団体の構成員は、非常に広い見識を備えていなければなりません。また、そのような中で、文化や人種による差別意識を持たず、またそれぞれの宣教師にえこひいきをせず、公平な取り扱いが出来る人物でなければなりません。問題が起こったとき、一方の当事者からだけ話を聞いて性急な判断をせず、必ず両方の話をじっくりと聞き、公正な判断が出来る人物でなければなりません。宣教師と現地の協力者や教会との問題、宣教師同士の誤解や仲たがい、他の宣教団体とのよじれ、どれも非常に慎重で公平な判断が必要です。その判断ひとつで、宣教師の運命を決定し、長年にわたる宣教の働きを灰燼に帰することにさえなりかねないのです。宣教団体の構成員は、独断と偏見、狭い見識と早急な判断を、避けることが出来る人物でなければなりません。

6.安定した精神状態

 宣教の情熱を、激しく燃え立たせるのは良いことです。しかし、感情に流されて物事を判断する人は、宣教団体には相応しくありません。宣教師になりたいと火のように熱くなっている人に接して、自分までも燃え上がり、舞い上がり、いきり立ってしまう人は相応しくありません。判断と選択を誤る危険性が高いからです。宣教師の悩みや失敗について聞き、涙を見て意気消沈してしまう人も、宣教団体の構成員としては、受け入れないほうが良いでしょう。宣教には落胆と失望がつき物であり、それを乗り越えてこそ宣教なのです。今日は恵みの高嶺を歩き、明日は死の陰の谷を這い回る精神状態の人は、宣教団体の過酷な働きに加えるべきではありません。そのような人によって立てられる計画は、非常に安定性を欠いたものとなり、現地で困難に遭遇している宣教師の助けにも励ましにも慰めにもならないからです。宣教団体の構成員は、白熱した情熱を内に秘めながら、表面はあくまでも冷静で穏やかでなければなりません。どんなに過酷な状況と遭遇しても、落胆せず、たじろがず、こつこつとやるべき働きを継続する一方、どんなに素晴らしい祝福の中に入れられても、興奮して自分を見失い、果たすべき任務を忘れてしまってはならないのです。

 宣教団体の働き、特に、教会が小さく、宣教というものに対する理解が不足している日本における宣教団体の働きは、多くの場合、名誉ある働きにはなりません。むしろ、誤解に次ぐ誤解、反感に次ぐ反感を覚悟し、批判の上に批判を受けることを予期しなければなりません。何しろ、この働きはあまりにも専門的過ぎて、一般信徒はもちろんのこと、牧師たちにも、なかなか理解できない働きでありながら、宣教という非常に美しく飾られた高潔で高尚なメージだけが、先走っているところがあるからです。確かに、宣教ほど高潔で美しい働きはありませんが、それを推進するには、泥の中を泳がなければならないのも現実です。そして泥の中を泳いでいる宣教団体の構成員を見ると、多くの人々は失望してしまい、失望のあまり、むやみに批判したり、非難したりするのです。

 ですから構成員は、人々の批判にも反対にも、無理解にも誤解にも悪意の中傷にも、怒ったり悲しんだりしてはならないのです。「絶対に人からの栄誉を求めない。ただ、神からの認証をいただけばそれでよいのだ」という覚悟が必要であり、もし間違って褒められたり称えられたりしても、決して胸を膨らませたりはしない、冷静さと謙遜さが必要なのです。それが出来ないと、喜びや悲しみ、怒りや個人的な好き嫌いの感情に駆られて判断を誤り、とんでもない決定を下し、働き全体を壊してしまうことにもなりかねないのです。感情の豊かさは結構です。しかし起伏の激しい感情の人は、自分の感情を上手に抑えられるようになってから、宣教団体の構成員になるべきです。

7.決断力と慎重さ

 宣教の働きには、注意深さと大胆さが必要です。すでに述べ続けてきたように、宣教という働きはとても複雑で、多様な対応を求められます。非常に広い知識と経験がものを言う働きです。良好な人間関係を図り、多文化、多民族、多言語社会で生きる異なった法律を持つ人々と交渉し、協力して行かねばなりません。そこで肝心なのは、慎重さです。

 早急な判断はしない。ひとつの情報だけに頼らない。一人では決定しない。日本の文化や慣習の色眼鏡を持って外国に関することを判断しない。これらのことは絶対必要条件ですが、実に多くの宣教師たちが、宣教団体の慎重さを欠く決定のために、せっかくの働きを台無しにしています。たとえばある宣教団体が、ひとりの宣教師を家族と共に帰国させました。理由は、現地の教団の指導者が送りつけた手紙を、宣教団体の構成員がそのまま信じてしまったからです。送られた手紙の中には多くの真実がありましたが、いくつかの重大な偽りがありました。効果的な嘘は、たくさんの事実の中にひとつだけ隠されている嘘ですが、現地の教団の指導者は、この宣教師の働きがどんどん大きくなり、協力伝道者の数も増えたために、次の選挙ではこの宣教師と協力している人物が選ばれ、自分は落選するのではないかと恐れたのです。

 悪いことにこの現地教団の指導者は、当初から宣教団体の唯一の交渉相手だったために、有能で信頼できる人物として宣教団体での人望が厚く、一目置かれていたところがあったのです。一方、宣教師はというと、どういうわけか以前から、宣教団体の有力者たちと折り合いが悪かったのです。ですから宣教団体は、一も二もなく、その手紙の内容を信じてしまい、宣教師の言うことを聞く心のゆとりと公平ささえ失っていたのです。そしてこの宣教師一家が帰国して数ヶ月後、現地の教団では選挙が行われ、あの指導者は落選してしまったのです。彼の欺瞞に満ちた管理体制を長年我慢して来た多くの牧師や伝道者たちが、とうとう腹に据えかねるまでになったためです。そしてあの宣教師一家はというと、そのような宣教団体に嫌気がさして、他の団体に移ってしまいました。非常に残念な出来事です。

 日本人の感覚を、宣教地にそのまま投影しては大やけどをします。日本には日本人の感覚のクリスチャン倫理があります。多くの場合、それは外国では通用しないのです。教団の指導者だから、常に真実を語るなどという前提は・・・・日本でも通用しないではないですか。

 このようなことを考えると、宣教団体は何につけても慎重になりすぎて、前に進めなくなってしまいます。どれほど慎重になっても、完全に調べつくし、完全に知り尽くすことは出来ません。必ず間違いのない判断を下し、最善の決定を行うことが出来るという保証はどこにもないのです。そして、今は非常に早く時間が過ぎていく時代です。すばやい判断と決断が求められるのです。ましてや、世界の中で日本は、決断の遅い国として知られているのです。日本のように「会議、会議」で時間を費やしているようでは、多くの国人々と協力して働くのは無理というものです。ですから宣教団体には、日本の常識である根回しも会議もプロセスも無視して、重大な決定をしなければならないことが起こってきます。その決断を遅らせることが、あらゆる選択肢で最悪ということさえあるのです。そのような場合、宣教団体は大胆さを発揮しなければなりません。結果が良ければあまり波風は立たないでしょう。しかし、そのような大胆さの結果が凶と出た場合、宣教団体の構成員は堂々と責任を取って、謝罪でも辞任でもする勇気を持たなければなりません。

 1980年代の初期だったと思います。筆者は宣教師としてフィリピンのバギオ市に、開拓伝道を始めていました。教区全体の中心としても、また、筆者が力を注いでいた山岳地伝道の拠点としても、どうしてもバギオ市にはしっかりした教会が必要だったのです。信徒たちの数が50人ほどに達したとき、教区長が、非常に安く売りに出ている古い木造四階建ての建物を見つけ、「信仰をもって」直ちに所有者に会って話をつけてきたのです。実は、教区長の後に入ってきた人物もその建物を買いたいと申し込み、しかも言い値で、直ちに全額を現金で支払うと言うのです。幸い建物の所有者は町の有力者で、教区長のことをも知っている人物でしたので、最初に話を聞きに来た教区長に優先権を与えてくれました。ただし、5日以内に手付金250万円相当を払わなければ、次の人物に交渉権が渡るという条件です。  

 当時の教区は、逆立ちしても鼻血も出ないほど貧乏でしたし、私の財布も空でした。「僕は馬鹿な信仰をもったのかなぁ」と言う教区長に、「いや、素晴らしい信仰ですよ」と応えながらも、私は「いやはや、大変なことになったなぁ」とあきれていました。なにしろ、教区長の1ヶ月の収入が1万円そこそこの時代です。そこで私は悪知恵を働かせ、同じ教区で働いていた同僚宣教師のT先生を訪ねて事情を説明し、「先生の口座から出してよ」とお願いしたのです。T>先生は独身の女性で聖書学校の教師をしておられたために、家族5人で生活しながら、開拓伝道を主にして働いていた私よりも、ずっと少ない活動費でやって行けたのです。ところがそのような事情に疎い日本の教会は、T先生の働きのためにも結構多額の献金をしてくださっていたために、彼女の口座には、少しばかりお金が貯まっていたのです。それまでも先生は、私たちの働きがお金のかかる働きであることから、折に触れては献金をしてくださっていましたので、味をしめた私は、ずうずうしくも、「脅迫まがいに」彼女にお願いしたのです。

 T先生は、二つ返事でお金を出すことを承諾してくださいました。しかし問題は、海外伝道部です。各宣教師は、自分の口座にある余剰金を、特別な目的のために使用することが出来るようになっていたのですが、まず、海外伝道部に事情を説明し、部の承認を受けなければならないと、定められていたからです。ところが海外伝道部の委員会は年に5、6回しかもたれず、5日後の期限にはとても間に合いません。しかも、やっと通ったばかりの電話は、まさに「出んわ」で、隣の町までなら歩いて行ったほうが早い有様、国際電話など通じたためしがありません。しかし、やってみなければわかりません。万が一ということもあり得ます。

 私は当時の海外伝道部長に電話をしてみることにしました。そして、驚いたことに電話はすぐに通じ、しかも忙しくて滅多に自宅にいることなどない部長が、直接電話にお出ましになったのです。そして私の説明を聞き終わった部長は、即座に、「私の一存で承認します。すぐに手配して、5日後に間に合うように電信で送金します」と仰ってくださったのです。そういうわけで建物は手に入り、今もバギオ教会は存在し、何人もの宣教師を外国に送り出すまでになっているのです。本来なら持ち回りでも委員会を開き、そこで協議して決定し、それから・・・・・というのが手続きです。しかしそのようなことをしていたのでは間に合いません。私たちへの連絡さえ、すぐに電話が通じることは期待できないのです。電報は、家内の父が亡くなったとき、14日かかって届きました。

 このとき部長は、全責任を負う決意で決断されたはずです。フィリピンだけにとどまらず、開発途上国での不動産売買には、大変なリスクが伴います。約束どおり事が運ばず、むだ金になることだってあり得ます。部長は、その程度のことは良く心得ておられたはずです。海外伝道部の中で追求されないともかぎりません。さらに、そのことが外に漏れたならば、総会の場で糾弾され、部長を辞さなければならなくなる可能性さえ、ないとは言えませでした。しかし、部長はこのとき徹底した現地主義を採り、大胆な決断をしてくださったのです。宣教団体が本当に宣教のために働くためには、細心の注意深さと共に、目的のためには大胆に物事を進めていく決断力が必要です。

8.柔軟性と一徹さ

 宣教団体を構成する人々は、非常に柔らかい頭を持ち、物事を多角的に見、多様に考え、総合的に判断できなければなりません。ものごとの一面だけしか見ることの出来ない人は相応しくありません。さまざまな考え方があることを理解できない人は、加わるべきではありません。多くの見方、多様な考え方を、すべて考察した上で判断する訓練が出来ていない人は、まず訓練を積むべきです。直感をもとに、強い指導力で物事を進める人もいますし、一面だけ見て直ちに判断し、行動に移す人もいます。そしてそのような人々のほうが、牧師として成功している例もたくさんあります。しかし世界を相手にする宣教団体は、ひとつの考え方やひとつのやり方に捕らわれず、多くの可能性を考慮して、柔軟性をもって選択をして行かなければなりません。

 日本文化の特徴として、いったん合議され決議されたたことを覆すのは、それこそ大変なことです。しかし、こと世界の宣教では、事前に分からなかったこと、不確定だったこと、仮定に過ぎなかったことがたくさんあります。物事を進める過程で、想像もつかなかったことが起こり、夢想だにしなかった事態が出現するのです。まったく想定外の実情に驚かされるのです。聞いていたことがすべて嘘で、調べてきたことすべてが誤りだったということさえあり得ます。ここで、すでに決定されていることにこだわり、それに固執しようとすると、当然、働きは実情にあわないものとなり、宣教師の働きは愚か宣教師の伝道者生命までも、失ってしまうことになりかねないのです。

 もう40年ほども昔になりますが、私たちの教団が、ブラジル在住の日本人の言うことを丸ごと信じて、宣教師一家をペルーに派遣したことがありました。ブラジルにいた日本人は、以前に私たちの聖書学校に1年の半分くらい在籍し、その後自分でブラジルに渡って何かの仕事をしていたらしいのですが、「伝道者として、ブラジルを始め南米各国の日本人の間を巡回し、多くの教会を建てている」と自称し、「ペルーにもそのような教会があって、是非、日本人の牧師が欲しいと願っている。もし、日本人が来てさえ下されば、その教会がすべての面倒を見ることが出来ると言っているので、日本人宣教師を送ってもらえないだろうか」と、要請してきたのです。

 私たちの教団はそれを鵜呑みにして、まず彼を私たちの教団の宣教師として承認した上で、新たに別の家族を宣教師として認定し、わずかの支援金を約束してペルーに派遣したのです。ところがその宣教師が着任してすぐ分かったことは、あのブラジルに住む日本人の話は、真っ赤な嘘だと言うことでした。日本人の教会などはどこにも存在せず、あったのは「在ペルー日本人会」だけでした。行きさえすれば一切の面倒を見てくれるということで、まさに片道切符で出かけた宣教師一家のそれからの苦難は、筆舌に尽くしがたいものだったでしょう。しかし、その宣教師はその事実をすぐに報告をするようなことはせず、そのような経緯の中にも神様の導きがあると信じて、献身一筋の年月を送ったのです。

 一方、ブラジルの日本人は私たちの教団に宣教師として認められ、日本の教会を巡回して支援金を求めるために、単身帰国してきました。ところが彼が日本の教会を巡回している間に、日本への帰国途上の船の中で、(当時は船でした)彼と知り合って結婚の約束をしたという女性が出現したのです。当時彼には、奥さんと二人の子供さんがいたことを知っていた教団は、婚約の事実を確認した後、直ちに、彼の教団籍を剥奪し、宣教師としての巡回も中止にしてしまいました。この出来事が起こる少し前に彼と直接会う機会があった私たちは、彼がなんとなく胡散臭く、信用が置けない雰囲気を持った人物であることを感じ取り、疑念を抱いていたものですから、「さもありなん」と思ったものです。

 しかし災難だったのは、彼の言葉に騙されてペルーに渡った宣教師です。教団はたいした苦労もせず、短期間のうちにブラジルとペルーに宣教師を持てるようになり、ひと時は大いに沸き立ったものです。しかしこの夢のような話がすべて虚構だったと判明し、ペルーに渡った宣教師が辛酸をなめているという事実を認めながら、その後、長い間このプログラムを放置しておいたのです。間違いを認めて宣教師を呼び戻すことも、宣教師に対する支援のあり方を、実情に応じて変えることもなかったのです。この宣教師一家がやっとの思いで帰国できたのは、5年間の惨憺たる生活の後のことです。考えても見てください。たぶん40歳を越えておられた宣教師ご夫妻は、スペイン語をまったく知らず、気候も食物も文化も習慣もわからない土地に行って、知る人もないまま極貧の中で生活し、海抜数千メートルの山岳地を巡回しながら、伝道の働きをするのです。買い物ひとつをとってもどれほど困難だったことでしょう。連れて行った10歳ほどの男の子も、どれだけ苦労して学校に通ったことでしょう。しかし、当時の私たちの教団の指導者たちや海外伝道部の責任者たちが、ことさら無慈悲であったのでも、無能だったのでもないと思います。日本人特有の柔軟性のなさがさせた業だと思います。ペルー宣教の試みは、少なくても私たちの教団の試みとしては、これで幕を閉じたのです。

 このペルー宣教に関して今言えることは、そもそも出だしから間違っていたということです。基礎となる情報がまったくの嘘だったのですから、柔軟性をもって直ちに振り出しに戻り、考え直すべきものでした。いったん決定して乗り出したことだからといって、それを覆したり見直したりしないのでは、海外での働きは出来ません。それにしても、当時としては確認のしようがなかったのかもしれませんが、もう少しきちっとした実情把握に努めていれば、悲劇はある程度防げたはずです。私たちの教団は、天から降って沸いたようなうまい話に飛びついただけで、当時はまだ、きちっとした宣教の理念やプログラムを持っていたのではありません。また宣教師も、宣教の働きを個人の情熱でやり遂げるものと、勘違いしていたきらいがあります。宣教とは宣教師の個人的献身に負う働きではなく、キリストのみ体の共同の働きであることを理解していれば、このような場合、ただ一徹な献身を続けるだけが献身ではないことが分かったはずです。

 一方、宣教団体の構成員は、理念や理想、目的や目標に対しては頑固一徹であってほしいものです。少々経済状況が悪化したから宣教から手を引くとか、教会が燃え上がっていないから宣教を中断するとかいう、生半可な思いでは宣教に乗り出してほしくありません。原理原則に対しては一徹な思いを抱きつつ、それを実現に至らせる手段や方策に関しては、大いに柔軟性を持っていなければなりません。

 ペルー宣教の例を取るならば、海外伝道部の主導でペルーの現地調査を行い、自分たちが宣教に乗り出す意義があり、可能性も発展性もあると判断した上で乗り出したものならば、あるいは情報収集がまだ非常に困難な時代のことですから、情報は少なかったとしても徹底して祈りこみ、教団の力を賭けてやるべき仕事であると判断して始めたものならば、一度や二度の失敗で撤退するのではなく、手段を変え、システムを変え、宣教師を変え、何が何でも遣り通す一徹さを持つべきことだったのです。ところがこの話は、棚から牡丹餅のような旨い話に飛びついただけのことなのですから、むしろ最大限の柔軟性をもって対応すべきことだったのです。

9.謙虚さと透明性

 宣教団体の働きは、いつもお願いをして回る働きです。お礼をして頭を下げる働きです。しかもそれは自分のためにではなく、宣教師のためであり、主のためにです。また、この働きはすでに繰り返し述べたように、なかなか理解してもらえない働きであり、誤解に根ざした批判や、中傷をたくさん受ける働きです。このような時、怒り狂うのが人情です。誰かに訴え、同情してもらいたくなるのが普通です。しかしそのようなことをしていたのでは、宣教団体そのものの信頼性に傷がつき、働きが滞ります。

  またこの働きは人々の賞賛を受け、脚光を浴びる働きでもあります。一番ニュース性もあり、人々が羨むようなところもあるのです。それで、良い働きをやり遂げ成功を収めると、支援教会すべてに華々しく報告されます。一人の牧師、一人の伝道者の働きならば、謙遜に隠しておくべきものも、教会全体の働きである宣教の業ですから、みんなで感謝し喜びを分かち合うために、「大々的に」宣伝されるのです。そこにはプロパガンダの要素があり、アジテイターの様相さえ伺わせられます。当然、宣教師だけではなく、宣教団体の功績も称えられます。すると人間の弱みが顔を出し、つい誇ってしまうのです。ですから、褒められてもくさされても平常心を失わず、謙虚に冷静に仕事を遂行できるのが、宣教団体の構成員に求められる資質です。

 また、透明性も非常に大切です。何事も隠さず、すべての人に見えるようにしておくということです。宣教団体の働きには宣教師の認定や派遣、さらには更迭とか解任というような人事に関わるものもあり、そこには当然プライバシーに触れる事柄も含まれるため、すべてを透明にというわけには行きません。しかし、できるだけの透明性を備えていることが肝心です。隠されるのは普通、自分の失敗や自分の仲間の失態に繋がることです。謝ることが出来ない高慢な心、失敗を認めることが出来ない高慢な心、弱さを見られたくない高慢な心が、物事を不透明にしています。そしてそのような心を持った仲間たちに同情して、仲間を守るため、そして自分たちの組織と名誉を守るため、いよいよ不透明なことが行われるようになるのです。宣教団体には、厚生省や通産省、あるいは警察庁などの官庁や、さまざまな一般企業のように、内部隠蔽工作が行われるような体質を持っていてはならないのです。

 教会は愛の共同体です。その教会の業は、愛によって進められなければなりません。それは互いに痛みを負いあい、不足を補い合い、助け合って推進することであり、弱い者は自分の弱さを認め、助けられることを喜び、痛んでいる者は痛んでいることを素直に認め、共に痛みを負ってもらえることを感謝し、協力して進めていくのです。一般社会のように、弱さを責め、失敗を糾弾し、互いに争い合い競い合いながら進めるのではないのです。ですから、いよいよ透明性が求められるのです。隠すことによって守るのは一般の世界です。宣教団体の構成員は、自分の失敗も、自分たちの間違いも、隠すことなく見てもらう透明性を持つべきですし、また持てるのです。それが長期にわたる信頼を勝ち取る方法です。

 



[1]教団や教派の存在は、教会の分裂とか不一致というネガティブな側面だけから捉えるべきではありません。むしろ世界の中の多様な人々に対して、教会が多様な形態と方法をもって宣教を推し進めていくためには、多様な教会のあり方が必要とされているという事実から、ポジティブにも考えるべきです。

[2]   少々古いデータで記憶が不十分ですが、1970年代初頭の「missionary quarterly」という宣教関係の専門雑誌に、さまざまな宣教団体とその支援システム別の盛衰の実情が統計によって示され、それに分析と論評が加えられたものが掲載されたことがあります。

[3] 前掲書

[4] 幸い私たちの教団では、決して多くの教会があるわけではありませんが、宣教師への献金はかなりの高レベルで継続され、新たな宣教師候補生も起こり続けています。

[5]   危険が伴う、信仰の度合いの高い方法というならば、OMFは自分たちの方法こそそれであるとおっしゃることでしょう。OMF では、献金の訴えは一切しません。OMFの創始者であるハドソン・テイラーが、すべての必要は神が必ず与えてくださるのであるから、献金を訴える必要はないと言ったためです。ただしOMFは確かに献金の訴えはしませんが、宣教団体の中ではもっとも頻繁にニュースレターを送り、情報を届け、必要を知らせ、祈りを訴えています。そうまでされて、献金をしないままでいるには勇気とかたくなさが必要です。

[6]   その結果、宣教師の教会巡回は年間予算を立てる前にして欲しいという要望が多くなり、宣教師の巡回に支障をきたすほどになっています。

[7]   本来の約束献金のあり方を理解して、信徒の約束を取りまとめて送金するだけという方法を続けている教会は、個人的に、ひとつしか知りません。

[8]   1980年に調べたところでは、大学教育でも支障なく用いられている言葉はわずか14に過ぎませんでした。

[9]   アメリカン。スクールと現地の学校の休暇時期が異なっていましたので、長女は近くの現地の子供たちの学校へ、特別入学をさせてもらったことがありました。現地の子供たちと仲良くなるには最善の策でしたが、あまりの学力の差に、勉強という意味では役に立ちませんでした。

[10]   筆者が宣教師となった当時は、海外在住者は国民年金に加入することが出来なかったために、幾度も役所に出向き、年金制度の不備を訴え、年金に入ることが出来るように要請したものです。結局、担当の課長と策を練り、合法的に可能にしました。当時私たち家族はいろいろな手続きや費用などを考慮し、一年に一度一週間ほどの帰国をするのが最善の策だと考えてそのようにしていましたので、住民票を日本においたまま長期出張という形で年金に加入できるようにしたものです。

[11]   AGAMA, Assemblies of God Asian Missionary Association の略。 当初はアジアという地域が強調されていましたが、さまざまな事情の変化から、現在はアジア太平洋という意味合いが強くなり、オーストラリア、パプアニューギニア、マイクロンシアその他の太平洋諸国と、ミャンマーから東の東南アジア、中国、台湾、韓国、日本、などの北アジア諸国、それにアメリカが加わり、カナダ、ニュージーランドなどは準会員とそて加わっています。

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