A Criticism of a Reformed Theology

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ペンテコステ神学と改革派神学


牧田吉和様(神戸改革派神学校校長)

 残暑厳しいという予報を裏切って、秋が足早に訪れてきそうな気配ですが、主のみ恵みに支えられて御活躍のことと、お喜び申し上げます。突然手紙を差し上げますが、私は佐々木正明と申します。日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団という団体に所属しながら、日本の片田舎で開拓伝道に励んでいるものです。実は、先日上京した折に、貴師の著作「改革派信仰とは何か」を購入して早速拝読いたしました。本書のねらいの一つは「日本基督改革派教会以外の方々にも『改革派信仰とは何か』を知っていただきたい」ということであり、しかも、「シンプルなスタイルをもった改革派信仰についての書物」だとのことで、浅学な私が少しでも広い視野を身につけるには手ごろと受け止めたためです。読み終えて大いに学ばせていただきましたが、すこしばかり考えさせられるところもあり、失礼とは存じつつも、「読者の皆様からの忌憚のない御批判をいただければ幸いです」とのお言葉に励まされ、拙文をしたためることにいたしました。忍耐をもって御笑読下されば、小生の喜びとするところです。

 小生の所属している教団はペンテコステ派と呼ばれ、元来イギリス国教会、メソジスト、ホーリネス運動、バプテスト諸団体の伝統を色濃く引き継いでいるものです。したがって、貴師の所属している改革派とは、流れから申しますと、ほとんど接触がなかったということができますが、その一方では、私たちの「微弱」な神学の学びの多くの部分は、伝統的に、改革派の諸学者の労作に負うところが大きいため、意外と親近感をも抱いているものです。

 まず、改革派の諸師の著作を読むごとに、「神のみ前における真摯な態度」に心を打たれるものですが、御著書にも貴師の真摯な姿を随所に見ることができ、改めて、この分野における改革派の功績を認めるものです。神のみ前に徹底的に生きる信仰、またあらゆる点において徹底して生きる信仰の姿に、強い感銘を受けるものです。

以上のことを前提としながら、小生の所感を述べさせていただきます。

1.なぜルター派の神学との比較の上だけで、改革派の信仰を説明しようとなさるのでしょうか。

 まず、小生が疑問に感じるのは、貴師がこの改革派の真摯な姿を説明するのに、なぜ、ルター派の神学との対比の上で、しかも、教会政治に関する事柄以外は、ルター派神学だけとの対比の上で行われたかと言うことです。改革派の信仰は、ルター派との対比においてのみ、説明が可能であると言うわけではないと思います。現在の改革派信仰において、ルター派の神学との比較がそれほどの意義を持つことなのでしょうか。ルター派との関わりにおいてのみ説明したことにより、幾つかの問題が浮上してきます。

@ あたかもルター派の神学に対し、自分の属する改革派の神学がいかに優れているかを語っているかのようであり、改革派の信仰の素晴らしさを「一般的に」語ることに失敗しているのではないでしょうか。

A ルター派の神学にしても改革派の神学にしても、数百年も以前のものであり、現在に生きるクリスチャンの信仰を説明するのには、あまりにも時代の隔たりがありすぎるのではないでしょうか。それぞれの信仰告白や教理問答ができあがった時代の要請と、現在世界に生きる私たちに求められているものとは、ずいぶん異なっています。また現代の聖書の学問は、当時に比べ、格段の進歩を遂げています。神学も非常な進展を遂げています。当時の神学が非常に優れたものであり、永遠の真理を取り扱っているものであるとはいえ、現代は、それらが取り扱っていない部分も必要であり、またそれこそが問題なのではないでしょうか。

 ただし小生は、ルター派の、人間を起点とした救済論的、贖罪論的神学に対し、改革派の、神中心、神の栄光の神学の優位性を、大いに認めるものですし、まさにそこに、改革派神学の魅力を感じているものです。

2.なぜ改革派信仰の真骨頂でもある予定論において、御自分が否定してやまないルター派の神学的方法論に逆行なさるのでしょうか。

 小生が不思議に思うのは、貴師がそこまで徹底して神中心の神学を強調していながら、予定論に至って突然「救済論的視点」なるものを持ち出し、「『信じてキリストを受け入れているという事実』から出発して学ぶ必要」を主張しておられる点です。なぜ、ここに及んで御自分で厳しく退けておられるルター派の神学の手法に、逆戻りなさるのでしょうか。人間の体験や経験、つまり人間を起点として考える神学ではなく、絶対に超絶しておられる神を起点に考える神学を、改革派神学の一つの頂点である予定論で放棄なさるのでしょうか。貴師は、論理的にはかなり無理を押して、一般的絶対的主権性から導き出された不可避的な論理的帰結としての予定論を、「運命論の奈落の底に突き落とす予定論、決定論」であると言い、誤解と決めつけておいでですが、なぜ、そのような無理な理論を展開なさるのでしょうか。この予定論において貴師は、ルター派神学に妥協してまで、神が人を滅びに聖定されることを認めるのには、躊躇しておられるのでしょうか。なぜ、神の絶対性をあれほど強調しておきながら、「神は御自分の創造物である人間を、滅びに定めることができるのである」と、断言することができないのでしょうか。貴師は、徹底したカルビニストとはなり得ないのでしょうか。また、もっと問題を深くすると、ご存知のように、罪の存在と言うことに行きつきます。罪は神の創造によるものか。神の御心に反し、御計画に反しこの世界に闖入してきたのかという事です。貴師は、どのあたりまでカルビニストでいらっしゃるのでしょうか。

 小生は、一方ではウエスレーの流れを汲み、つまりかなり強烈なアルメミニアンの信仰を継承する諸先輩を持ち、他方ではバプテストの伝統に強く影響を受けながら、改革派の神学に教えられているという、「神学的ちゃんぽん教団」に所属している者ですが、個人的には「TULIP」の予定論に感心し、改革派の「神の絶対主権の神学」に大いに賛同するものです。それで、「神は救おうとする者を救い、滅ぼそうとする者を滅ぼされる。それは神の絶対主権に属することである」と、固く信じています。しかし自分の中に有るアルメニアンの神学を少しも犠牲にしていません。人間は、人間として全く自由に、なんの妨げもなく、随意に選択決定をすることができると考えるからです。救いを選択するのも滅びを選択するのも、人間の自由です。また、人間の選択過程に、神が介入なさるのも、神の自由です。では、神の自由と人間の自由は互いに衝突をし、相反するものでしょうか。

 そもそも、カルビニストとアルメニアンの議論自体が、神の無限の自由、絶対の自由と、人間の、有限の自由、必然的に有限でしかありえない人間の自由を、同列において、同等、同類、同次元のものとして扱う間違いを犯しているのではないでしょうか。人間は、人間に許された能力、範囲の中で、あたかも金魚鉢の中の金魚のように、自由なのです。人間は金魚鉢という限定の中においてだけ自由なのです。それでいながら、人間は主観的に、あくまでも完全な自由を行使できるのです。小生は、神がご自身の主権において、人を救いにも滅びにも定めることができると信じています。そしてまた、人間は人間として、人間の能力の限り全く自由に選択することができると信じています。繰り返しますが、小生は、神は滅ぼそうと定められたものを滅ぼされると、信じています。そして、人間は全く自分の自由意思で、救いを選択できると信じています。ただし、もちろん聖霊の恩寵があってこそ信じることができるのですが。

3.なぜ、徹底的に神の言葉である聖書を重んじる信仰を説明するのに、神の言葉である聖書ではなく、神の言葉ではないウエストミンスター信仰基準をお用いになるのでしょうか。

 貴師は、改革派の信仰を説明するのに、まさに徹頭徹尾、ウエストミンスター信仰基準を用い、すべてこれにのっとって説明しています。付録の「喜びに満ちたカルビニズム」に至るまで、本文においてはきわめて僅かの聖書の引用があるだけです。改革派神学においてはまだあまり確立されていない分野である「喜び」について語るときには、ウエストミンスター信仰基準がそれについてほとんど語っていないために、多数の聖書引用が必要だったのでしょうか。つまり、ウエストミンスター信仰基準で確立されていると思われる事柄には、聖書は必要がないのでしょうか。これでは、どのように考えても、改革派信仰は徹底的に聖書を重んじる信仰であると、人を納得させることは難しいのではないでしょうか。改革派信仰は徹底的にウエストミンスター信仰基準を重んじる信仰であると言ったほうが、誰でも納得できそうです。あるいは、改革派信仰は徹底的に聖書を重んじるが、ウエストミンスター信仰基準に立つ信仰であるとでも言いかえるべきでしょうか。もちろん、改革派の方々が、聖書のみを絶対基準として認め、ウエストミンスター信仰基準などの信条については、相対的基準としての位置しか認めておられないことは、重々心得ております。しかし多くの場合、改革派の方々は、ちょうど貴師がなさったように、聖書よりもむしろ信条に重きを置いて論を進める傾向があります。あたかも、聖書の重要さは「観念的重要性」であり、「実際的重要性」はあくまでも信条にあると、語りかけられているように感じるのです。

 小生も個人的には、ウエストミンスター信仰基準を、大変優れたものとして理解していますが、それはあくまでも「ある人達の信仰理解」に過ぎません。あくまでも、ある特定の場所と時間の中に生きた、特定の人間の聖書理解、世界観、人生観であり、永遠の神の言葉では有りません。貴師はこの信条を「教会形成の土台」と表現しておられますが、教会形成の土台はあくまでも、使徒たちによって伝えられた、生けるキリストであると小生は確信するものです。決して、揚げ足取りでこう申し上げるのではありません。

 小生の所属する教団は、その創立の経緯からして、神学よりも、実践的信仰行動を重んじる傾向を持ち、現在においてさえも、信条なるものもあるにはありますが、おっしゃるところの「簡単信条主義」にさえ及ぶかどうか、心もとないほどでのものです。小生にしても、もっぱら宣教活動に励んできたものであり、神学的なことはあまり良くわかりません。ただ、小生の仲間うちでは、信条を持ち出して論じ合うことはありません。また、どこの誰がこう言っただの、ああ言っただのという議論のし方もありません。徹底的に、「馬鹿みたいに」、聖書を引用して議論します。その聖書の引用や解釈が子供じみていることも少なくないのは事実ですが、それでも、「聖書によってのみ」と言う態度はできているように思います。もちろん、論文などの引用は別ですが。

 そういうわけで、小生には、改革派の方々が現代の問題を論じるとき、時折、「この件に関しては、ウエストミンスター信仰基準が何も語っていないので、何も申し上げられません」とおっしゃるのを聞くと、大変、奇異に感じるのです。その問題については、神の言葉である聖書が語っているからです。改革派の方々は聖書に仕え、聖書を語るのではなく、ウエストミンスター信仰基準に仕え、ウエストミンスター信仰基準を語るのでしょうか。あるいは、聖書のみが信仰の絶対基準であると信じるがが、その聖書を解釈するための絶対基準が、ウエストミンスター信仰基準であるということでしょうか。聖書は、ウエストミンスター信仰基準という眼鏡を通さずには、理解することができないものでしょうか。

4.なぜ簡単な信条ではいけないのでしょうか。

 聖書の教えを詳しく学び、綿密に神学を打ち立てることには、大いに意義のあることだと思います。また、自分達の信仰を厳密な信条として告白することにも、重要な意義があると思います。貴師が、ご自分の所属する教団がより優れた信条の作成を計画しておられることを説明して、「単なる教派根性」からではなく、「『一つの見えない教会』を『一つの見える教会』として具現し、唯一の聖なる公同の教会に連なる誠の教会の形成を目指している」とおっしゃる意味も理解できます。しかしそのような綿密な信仰告白は、強固な一つの信仰の群れを作り上げるには成功しても、目に見えない普遍的教会を、目に見える教会として具現化しようとするときには、かえって、大きな妨げになって来たのが、歴史によっても知られるところではないでしょうか。ウエストミンスター信仰基準は、改革派諸教会、長老派諸教会をしっかりと建て上げ、結び付けて来たのは誰もが知るところです。しかしその同じ信仰基準が、その厳密さ、そしてその厳格さのゆえに、普遍的教会の多くの部分、キリストのみ体の多くの肢体が、交わりを共にすることができず、力を合わせることもできず、かえって争いの火種になってきたという実態もあったのではないでしょうか。

 貴師が、改革派信仰の祖であるカルヴィンの優れた面を持ち出されることに、別に異議を唱えるものではありませんが、このような厳密さ厳格さは、まさに自分の告白する信仰に一致できない再浸礼派の人々を処刑し、溺死させたカルヴィンの性格に通じるものではないでしょうか。もちろん、それとて当時の時代背景ということを考慮し、現代感覚で論じてはならないものであることは心得ていますが、どうしても、「憐れみより犠牲を大切にした」としか考えられません。このような性格を持った綿密な信条を告白させることが、果たしてキリストの意図なさったことであるかどうか、あるいは、「信仰の一致と神の御子に関する知識の一致」と語った時の、パウロの意味するところであったか、小生は大いに疑問を感じるものです。 

 貴師は、簡単信条が解釈の幅を大きく許すことになり、教派内に右から左までの神学的立場を許容する結果になることを、悪いことと考えておられるようですが、果たしてそうでしょうか。教派内においても聖書を誤りのない神の言葉と信じ、あくまでも忠実にそれに立とうとする限り、いろいろな考え方が有って良いのではないでしょうか。キリストのみ体全体から見るならば、かえってそのような理解の多様性が、人間の理解の浅薄さを幾らかでも覆い、神のみ言葉の包含性をよりよく体現するのではないでしょうか。神のみ言葉の全体は、一人の人間の理解、一つの団体の解釈、一つの神学的伝統、一時代の信仰告白で表現されるようなものではなく、時代と文化、教派と伝統を超えた、キリストのみ体全体、普遍的教会の全体の協力による理解を必要としているもののはずです。自らの信仰告白に合わないからといって、死刑にはしないまでも、厳しく追及し、問い詰めるなどというのは、間違っていると思うのです。歴史的に、改革派の中においては、「デイシプリン」が、この方面において多用されてきたのではないでしょうか。それで、たとえ、貴師から、デイシプリンとはそのようなものではないと説明をされようとも、臆病な小生などは、改革派の方から「デイシプリン」と聞くと、身の毛がよだつ思いをすることさえあるのです。

 貴師はまた、「信条という土台がないとどうなるか」と問いかけ、「@教会の一致が保てなくなる。A福音の純粋性を確保できなくなる。B外部の人達に対しても無責任な結果になる」と答えておいでですが、信条こそが一致を妨げ、福音の純粋性の確保を妨げ、外部の人々に対して無責任な結果に終わらせてきた事実があることを、改めて申し上げたいと思うのです。もし、信条がなく、聖書のみが存在するだけだったならば、どんなに良かったかと思わせられることさえあるのです。誰もが聖書を手にすることが可能になった現在、(例外はありますが)信条の価値は小さくなっているのではないでしょうか。現在の信条は、決して教会の土台、信仰の土台になってはならないものです。土台は使徒達によって据えられたもので、キリストご自身ではないでしょうか。信条は聖書を理解するための助け、導きとはなり得ますが、聖書理解の基準となってはならないものと考えるものです。信条がひとたび信仰理解の基準となると、聖書理解が基準によって規定され、結果として、聖書よりも信条が力を持つことになるからです。

5.なぜ「聖書のみ」の原則が、自分達の聖書理解のみになるのでしょうか。

 聖書のみの原則は良くわかりますし、「聖書全体」というのも当然のこととして理解できます。しかし、改革派の方々がウエストミンスター信仰基準を強調すればするほど、ウエストミンスター信仰基準は人間の作であり、霊感を受けたものではないと思わされるのです。しかも、大切なことなのですが、改革派の方々の聖書理解はまさに、特別な意味で「人間の」と言えるところがあるように感じるのです。これは、あくまでも感じるのであり、証明できるものではありませんが、改革派の方々のおっしゃることを伺う限り、改革派の方々は、現在も人間に対して自己を様々な形で啓示しておいでになる神を、信じておいでではないように感じるからです。啓示は聖書の啓示をもって終わった。聖書が完結して後に新たな啓示はないと、改革派の方々はおっしゃいます。

 このような神学的立場は、聖書と伝承の権威を認めることによって、結局のところ伝承に重きを置かざるを得なくなったカトリック神学の誤りにたいする、「聖書のみ」のプロテスタントの立場として、聖書以外の権威を絶対に認めないという意味で意義がありました。しかし、聖書以外の権威を認容する危険性の感じられるものは、すべて排除しようとする努力は、現在も生きておられ、私たちと共に住み、私たちの内に住み、私たちの祈りに応え、私たちとの交わりを喜んでおいでになる、神の臨在に対する意識さえも薄めてしまったのではないでしょうか。

 啓示という言葉の定義の問題もありますが、聖書は、「ご自分のみ言葉を思い起こさせ、やがて起ころうとしていることを示し、すべての真理に導いてくださる聖霊の働き」に言及する、キリストの教えを記録しています。これは、聖霊が、聖書に書き加えるべき新たな啓示を与えてくださると言う意味では、受け取るべきではありませんが、聖書の完結をもって、聖霊のこのお働きは停止したのだと言う理解もまた、まじめな聖書の解釈からは出てこないと思います。私たちは聖書に向かうとき、霊感を持って聖書を記述させてくださった聖霊ご自身が、いま聖書を読もうとしている私たちに働きかけ、理解を助けてくださると信じて、祈りながら読みます。

 私たちの神は、聖書を与えてくださってから、人間を全く離れて、ただ人間が聖書だけをもって、人間の理解力を駆使することによってのみ聖書を解釈し、ご自分を理解するように定められたのではないと言うことです。私たちが「神を知り、神の御前での生き方を知る」のは、「ただ聖書においてだけ」ではないはずです。今も生きておられ、私たちとの交わりを楽しんでおられる神は、現在もさまざまな形でご自分を啓示しておられますし、私たちの生きるべき生き方も示してくださっていると、少なくとも小生は信じているのです。どちらを選択したら良いのかわからないときには、導きを求めて、気休めではなく文字通り導きがあることを信じて祈ります。聖書は信仰の原則、信仰生活の原則はことごとく示していますが、私たちの毎日の必要すべてに答えているのではありません。私たちは知的に、聖書の理解として神を知ることだけでは満足しません。その聖書に啓示されている神を、信仰を通して体験し、「体験としても知る」のです。もちろん、私たちはこの体験を聖書の上に置いたり、聖書と同等に置くことを拒絶します。あるいはこの体験を信仰の指針とすることも拒絶します。しかし小生の神は今、私と語り合ってくださる神なのです。

 改革派の方々の聖書理解、信仰理解には、まさにこのあたりで私たちとの違いがあるように感じるのです。とはいえ、小生は神からの啓示を日常的に期待し、すべての集会において預言を期待するような人々の立場を、擁護しようとしているのではありません。聖書理解には、単なる自分達の理解ではなく、聖霊に導かれ、教えられた、「自分たちの理解」が必要なのではないかということを言おうとしているのです。私は「聖書のみ」の立場を理解します。しかしその「聖書のみ」は、あくまでも今も生きておられる聖霊の助けによる「聖書のみ」なのです。聖霊の助けを必要としない純粋な学問としての「聖書のみ」ではありません。しかし、ここで小生は、改革派の方々はすべて、聖霊の働きを無視した聖書理解をしていると言おうとしているのではありません。その傾向が感じられると言っているのです。

 多分、このあたりで貴師は、預言も含めた様々な啓示が現在も存在すると、小生が認めていることから、「それらの啓示によって、唯一の権威としての聖書の立場が脅かされるとは考えないのか」と、疑念を抱いておいでなのではと想像いたします。小生は聖書の権威はその啓示に有るのではなく、霊感に有るのだと考えています。先に申し上げましたように、小生は神学には疎い者で、改革派の方々の神学用語を正確に理解し、正しく用いることができるかどうか、はなはだ心もとないのですが、啓示にも様々な種類の啓示、あるいは様々な手段による啓示があります。「聖書啓示」と呼ばれる啓示も、「聖書を通して与えられた啓示」と言う意味では、手段に言及するものですが、その中のそれぞれの啓示が、どのような手段で与えられたかと言う問題を問うものではありません。したがって「聖書啓示」とは、聖書の中の、個々の啓示の手段、あるいは内容を定める言葉ではなく、聖書として記されたという事実、すなわち、霊感に関わる用語だと思います。私たちが聖書の権威を認めるのは、それが啓示であったからではなく、霊感という聖霊の働きによって、聖書として記述されたと言う事実に起因するのではないでしょうか。ここで、聖書の正典性また完結性の論議を持ち出すまでも無く、私たちは、聖書は完結しており、それに付け加えられるべきものは何もないと信じています。たとえ啓示は様々な形で継続していたとしても、現在、霊感は存在しないからです。啓示の権威は、たとえその啓示がどのような手段で与えられようと、また、どのような内容を含むものであっても、聖書の権威に並べられるものではなく、あくまでも、霊感を受けて記述された聖書の権威に従属するものです。

 小生は、改革派の方々が現代の啓示の可能性を認める者たちに抱いている心配と同じ心配を、改革派の方々に抱いているものです。自分たちの信条の権威を、聖書に並ぶ権威としないでほしいのです。自分達の信仰告白にも、単に不足な部分があるとか、欠けている部分があると言うだけに止まらず、誤りの可能性があることさえ認めていただきたいと願うものです。いかに「正当で必然的な結論として聖書から導き出された」と改革派の方々が判断なさっても、それはあくまでも人間の考える正当であり、必然であるということを認めて、聖書の権威と同等に置かないでいただきたいのです。たとえば、改革派の方々の中でも議論されていることと思いまが、長老制政治形態は、「正当で必然的な結論として聖書から導き出された」、聖書的な教会政治形態だと言い切る方々がいる一方で、そこまでは言い切れないとおっしゃる方々もおられるとおり、信条による完全な一致は不可能だと思います。かえって、互いに自分達の考えを普遍化も絶対化もしないことによって、普遍的教会の多くの部分が、自分たちの足りなさ、間違いの可能性を認めながら、謙虚に学び合えることが出きるのではないでしょうか。もちろん貴師が、ご自分の意見を絶対化しようとしておられるのではないと思いますが、確信に富んだ断定的言い方がそのように聞こえさせるのでしょうか。

6.なぜウエストミンスター信仰基準があまり取り扱っていない事柄には触れずじまいなのでしょうか。

 すでに述べたことに関係するのですが、貴師は、現代のクリスチャン信仰をすべて、350年ほども前に作成された、ウエストミンスター信仰基準で説明できるとお考えなのしょうか。いかにウエストミンスター信仰基準が包括的であったとしても、それはありえないことではないでしょうか。たとえば教会論を取り上げますと、確かにウエストミンスター信仰基準に垣間見られる教会論は、他の信仰告白に比べて優れていると思います。しかし、現在の進んだ聖書神学が示す教会論、現代という時代の要求する教会論ではありません。どうしても、当時のカトリック教会をはじめとする諸教会との関係の中で必要とされ、培われた教会論、その時代が要求した教会論なのではないでしょうか。「真の教会の標識は第一に神の言の真の説教、第二にキリスト・イエスの聖礼典の正しい執行、そして最後に正しく実施される教会戒規である」というような教会理解では、とうてい聖書が教える教会の全体像を正当に表明しているものとは言いがたい、とお思いにならないでしょうか。

 同じことが聖霊論、宣教論にも言えます。というより、カルヴィンの中にはこのような分野が欠けていたのではないでしょうか。鎖国時代の日本の為政者たちが、オランダとの通商を許した理由は、当時のオランダ改革派には宣教論が欠けていて、宣教と言うことには無関心だったからではなかったでしょうか。なにもこれは改革派に限ったことではなく、当時のプロテスタント諸教会の多くに共通したことではありましたが、欠けていた事実は事実だと思います。これは、ウイリアム・カーレーの時の予定論より深刻です。現代のクリスチャン信仰から、この宣教論を除いておいて良いのでしょうか。聖霊論に関しては、聖霊派といわれる小生の手前味噌になりかねませんので、ここでは省きますが、問題は同じです。カルヴインが僅かに触れただけの聖霊論では、聖書に示された聖霊のみ姿もお働きも、説明されていないのではないでしょうか。あるいは、信徒論もまた、非常に大切な分野とはならないでしょうか。

 小生の所属する教団には、先にも申しましたように、改革派の方々ほど神学的な考え方をすることができない、あたかも素人集団のような所があります。しかし、今、自分達の信仰を説明しろといわれるならば、当然の事ながらウエストミンスター信仰基準を持ち出したり、他の団体や神学と比較することもせず、もっぱら聖書に根拠を置いて語ることでしょう。その中にはもちろん、現代聖書神学から導き出された聖霊論、教会論、信徒論、宣教論などが含まれるでしょう。また、貴師が非難しておられる「聖霊のカリスマの特別な強調」も、含まれることでしょう。なぜなら、私たちは、多分無意識的にではありましょうが、改革派の方々よりも「聖書全体」を強調する傾向があるからです。そして、少なくても、聖書では、あらゆる分野における聖霊の働きが、ウエストミンスター信仰基準で触れられているよりは、強調されているように思います。カリスマもまた、聖書の中では、改革派の方々が強調なさる長老政治形態よりも、もっと本質的な事柄として、また、「導き出される結論」としてではなく、明確な教えとして語られていると考えるものですが、いかがでしょうか。さらに、カリスマを強調するペンテコステ系の信徒が(カリスマ派、第三の波を含め)、全世界におよそ5億人いるであろうと言われている現在の教会の姿と、現代世界の必要という点からも、このカリスマの問題は、賛否は別として、避けて通れないものであると考えます。とはいえ、小生も、バランス感覚を欠いたカリスマの強調には、しばしば厳しい警告を発している者の一人であり、おっしゃることが分からないではありません。実のところ、最近、バランス覚を欠いてまでカリスマの強調をしておられる方々の多くは、もともと伝統的なペンテコステ派に属していた人たちよりも、むしろ改革派、バプテスト派、もしくは福音派などといわれる伝統の中に育った人たちが多く、自分達の神学的また実践的伝統の中には無かった、聖霊の働きに驚いて「聖霊派」となり、感動し過ぎて極端に走っておられるのです。小生は「神学の分野における時計の振り子現象」と呼んでいます。

 ついでながら申し添えますと、ペンテコステ派と言うのは20世紀の初頭の聖霊運動に端を発するもので、主にアメリカのホーリネス系、バプテスト系の諸団体諸教会が、普通「聖霊のバプテスマ」と呼ばれる聖霊体験をすることによって、生まれたものです。それなりの指導者もおりましたが、教会史に残るような偉大な、あるいは顕著な人物はおりません。これは社会の底辺の人々の運動であり、非神学的であり、体験的であり、熱狂的であり、狂信的ですらあった場合も少なくなく、正統的な団体からは異端視され、排斥されておりましたので、この信仰の人々は心ならずとも自分たちの交わり、あるいは教団というものを作り上げて行きました。このペンテコステ派の信仰が、ある意味で市民権を獲得し、一応多くの正統的な団体から、異端としてではなく兄弟として認められ始めたのは、第二時大戦の後のことでした。

 1960年代になり、ペンテコステ派の信仰の基本的部分は正統的であり、福音的だと伝統的諸教会に認められるにつけ、この信仰の生き生きとした姿に興味を抱くものたちも起こってきました。しかし、不思議なことに、この信仰を非常な勢いで吸収し始めたのは、主に、教理的にはあまり福音的ではない信仰の人々、すなわち、アングリカン、あるいはカトリックと言う人々でした。時代が変わっていた為に、彼らは、かつてのペンテコステの人々のように自分たちが元々属していた教会を追い出されることはなく、自分たちの教会の中で、ペンテコステ派の人々に似た信仰を持ち続けて行きました。これらの人達をカリスマ派と呼びます。

 1980年代になると、ペンテコステ派の信仰を異端とまでは呼ばなくなっていたとしても、大きな疑念を持って見て来た福音派の教会、たとえばバプテスト、メソジスト、ホーリネスの人々が、もっと神学的な模索をしながら、自分たちの伝統的信仰の枠内で、ペンテコステ信仰の基本部分を受け入れるようになってきました。また、これと前後して多くの改革派、長老派の方たちも、自らの伝統と神学的なすり合わせをしながら加わって来ました。これらの人々は伝統的ペンテコステ派ともカリスマ派とも一線を画して、自分たちを「第三の波」と呼んでいます。現在、一般にカリスマ派と呼ばれているのは、むしろこの第三の波の人々で、先にも述べましたように、日本においても、「興奮のあまり」かなり極端に、現代における超自然的な聖霊の働きを強調する傾向があります。

 すでに申し上げましたが、現在、これら三つのペンテコステ系の人々を合計すると、世界でおよそ5億人ほどもいると言われています。僅か一世紀の間に、ここまで巨大化した信仰運動は、世界史の中にも他に類を見ません。これらの人々についての、また、その信仰についての、まじめな、社会学的、聖書的神学的な学びが必要なことは言うまでもありません。

7.なぜ神の言葉(聖書)を正しく理解しなければならないのでしょうか。

 もちろん、聖書を正しく理解すべきことには異論は有りません。しかし、そうしなければ「岩の上に家を建てることはできません」と貴師に言い渡されると、小生などは、「はい。私にはできません」と答えたくなってしまうのです。皮肉でもなんでもありません。小生は、「主が私の為に死んでくださったのは、私のようにあまり理解力の無い人間も、信仰によって救われるためなのだ」と信じているのです。貴師の論では、「理解できなければ岩の上に家を建てることができない。なぜなら、正しい行動は正しい理解を前提としている」ということなのでしょうが、小生は、信仰とは理解ではなく、信頼と服従だと思っているのです。岩の上に家を建てるのに必要とされているのは、事細かな理解ではなく単純に、たとえ理解はできなくても、主のお言葉ですからと実行に移すことで、貴師のおっしゃる理解することとは、別のことのように感じているのです。貴師のおっしゃる理解とは、「教会の公的な教理基準として、信条として表明」するほどのものですから。そして、ひとたびその公的な教理基準が信条として表明されると、その信条が一人歩きして、聖書は不要になってしまう恐れはないでしょうか。

 くりかえしますが、小生は、そのような信条が歴史の上で果たしてきた役割を、無視するものではありません。新約聖書がまだ完結する前には、たとえ断片的ではあったとしても、そのような信条の果たした役割は大きいと思います。あるいは完結した後でも、印刷技術がなくて、聖書が文字通り鎖に繋がれていた時代には、そのような信条は、現代に比較して非常に大切であったと考えます。しかし今強調するべきことは、信仰基準、信条ではなく、聖書そのものではないでしょうか。

 私事になりますが、小生の次男は25歳になります。しかし知能指数が小学生の1、2年生ほどしかありません。改革派の信仰基準を理解することはとうてい不可能です。聖書の教えの単純な部分を、やっと理解しているかどうかといった程度です。しかし、聖書に自己を啓示しておられる神は、そのような人間が、「理解するという業」によらないで、信仰によって救われるように、すべての必要な事柄を整え、道を備えてくださった神だと理解しているのです。聖書の教えを完全に理解することは、誰にも不可能なのですから、人はすべて、信仰によって救われるように、また、信仰によって生きるように定められているのではないでしょうか。もちろん小生は、信仰に理解が不要であると言おうとしているのではありません。一般的には、信仰と理解は不可分なものと考えます。ただ、貴師が少しばかり「理解」を強調しすぎているように感じるため、このように言うのですのです。  

8.なぜ、善き生活に聖霊が関わってこないのでしょうか。

 貴師は、ウエストミンスター信仰基準で強調されている「善き生活」が、律法主義と受け取られるのは誤解であると弁明しておいでですが、果たして誤解で片付く問題でしょうか。先に触れましたように、カルヴィンの厳格な性格が反映されているのではないでしょうか。

 改革派信仰が「救われた者の感謝の生活の基準としての律法の用法」を「より積極的意味で重んじ」、そこから善き生活の強調が生まれることは理解できます。それが、契約信仰によってさらに強化されるという考え方も、契約神学の理論として理解できます。しかし小生が非常に不思議に思うのは、貴師がこの善き生活を、ほとんど、契約関係に入った者の義務として、自分の意思と努力による善き生活として、強調しておられる点です。聖霊はどこに行ってしまったのでしょう。神の助けはどこに行ってしまったのでしょう。たとえ救われたとは言え、あるいは罪に捕らわれた古い生活からは解放されたとは言え、私たちは自分たちの能力や力、あるいは努力だけで善き生活を送ることができるのでしょうか。わたしたちは決定的に無力で、聖霊の助けなしにはそれを行うことができないのではないでしょうか。パウロは聖霊によって歩き、導かれ、進むようにと進めてはいないでしょうか。聖霊によって生きているという新しい霊的事実、すなわちキリストにあるという霊的事実は、聖霊によって歩き、導かれ、進むことによってのみ、現実の日常生活の事実となるのではないでしょうか。

 私たちは自分たちの能力や力に頼み、「釈迦力」になって、努力することによって善き生活を達成しようとすると、たとえその動機が何であれ、背後の神学がどうであれ、律法主義に陥るのではないでしょうか。私たちは単に恵みによって救われただけではなく、救われた今も、恵みによって、聖霊の助けによって生きるのではないでしょうか。貴師がおっしゃるように、確かに日本の文化の中で、クリスチャンの高い道徳的規範はある程度の評価を受けました。しかし、全体的に見ると、クリスチャンの「釈迦力」の努力による、聖霊に信頼することを忘れかけた自己義の生活は、また同時にかなりの悪評を得て、日本宣教の妨げにもなっているのではないでしょうか。さらに、カルヴィンの性格の反映とも思われる厳格さが、クリスチャン自身の自己評価、反省に用いられるだけならばまだしも、クリスチャン以外の者、あるいは日本文化に向けられたために、一般的日本人から嫌悪されてきたのではないでしょうか。

9.なぜ、自分たちの論理的帰結を大切にするあまり、聖書の単純明快な記述を無視するのでしょうか。

 改革派的なものの考え方には、自らの理論を突き詰めて行く過程で、それに関わりのあるより包括的な、あるいは一見相反するような聖書の記述を、無視する傾向が有るように思われてなりません。たとえば、偶像の問題にもその傾向が感じられます。改革派信仰は「神を神とし、被造物を徹底的に被造物と見なし、被造物の偶像化を厳しく拒否する立場を取ることになり」、「神道的、儒教的、仏教的たるを問わず、すべての異教的原理や習慣がキリスト教会に混入することを拒否する」という、断固としたものであるとのことですが、なるほど、創造の神と被創造物との間を峻別するところから、理論的帰結として偶像礼拝を拒絶するのも理解できますが、そのような人間の理論はあくまでも人間の理論であり、むしろ、素直にまた単純に、聖書が偶像についてどのように教えているか、また、どのような状況の中でそのように教えられたのかを学び、結論を出した方がよろしいのではないでしょうか。「すべての異教的原理や習慣がキリスト教会に混入することを拒否する」などとおっしゃるのは、理論走って、実情を、社会現象というものを無視している言葉ではないでしょうか。改革派信仰では12月24日のクリスマスはお祝いしないのでしょうか。クリスマスツリーの飾りつけはしないのでしょうか。(小生個人はクリスマスの祝いはせず、ツリーも飾りませんが)日曜日はお休みにしないのでしょうか。日本語を使うとき、仏教的な言葉は金輪際用いないのでしょうか。自分は改革派のクリスチャンであるということで、たとえ日本人であっても、儒教的な倫理感覚をすべて拒否しなければならないのでしょうか。あるいは、大相撲は観てはならないものでしょうか。オリンピックは偶像を崇めることでしょうか。聖書の中には、神が異教的習慣をも許容しておられる事実が幾つも記されているではありませんか。異教的原理や習慣の中にも聖書の原理と源を同じくするものさえたくさんあります。この偶像問題に関しては、そろそろ、いわゆるキリスト教文化の中で形成された「反偶像」の神学を横において、偶像文化の中に生きるものとしての、もっと聖書的な「反偶像」の神学をたてあげる必要があるのではないでしょうか。

 改革派を主体とするオランダが、他の列強諸国と先を競って植民地政策を実行したのは、富を偶像とした、むさぼりという偶像礼拝をしたからではないでしょうか。現在の富める国のキリスト教会は、同じ偶像礼拝をしてはいないでしょうか。私たち日本の教会はどうでしょうか。カルヴィンの神学が、現代資本主義の基礎を据えたという考え方がありますが、それがある程度正しければ、カルヴィンが「拝金主義」の偶像の創始に関わったことになります。これは、「正当な論理的結論」にはならないでしょうか。(ならないでしょうね。)

 また、神の国の問題は神学的立場によって、特に終末論の立場によって考え方が異なりますが、クリスチャンたちが努力して建設しなければならないという理解には、聖書のもっと単純なまた明快な記述を犠牲にして、自己の論理的帰結を重んじる方向があります。創造の神の文化命令が、クリスチャンの社会活動、たとえば、「教会と国家のあり方、あるいは環境破壊や差別問題などの社会倫理的諸課題をも自己の課題として真正面から受け止める信仰」に結びつくとは、理論の飛躍では無いでしょうか。多分貴師は、クリスチャンは社会活動にも参加すべきとである考えたとしても、社会悪と戦う、あるいは武力闘争さえ辞さぬという「社会派左派」の立場には賛成なさらないと思うのですが、聖書の単純明快な教えを軽視し、自己の「正当な理論の結論」を重んじるという傾向は、共有されているように見えます。これは哲学的、思弁的な神学ではありえても、聖書的な神学ではあり得ないのではないでしょうか。聖書には、一途な人間の論理とはいささか異なった、「超論理的」なところが多々あるように思います。

 貴師は、日本のキリスト教が「信仰を絶えず精神化して理解する傾向をもっている」ことを、グノーシス的として退けておいでですが、社会活動、政治活動をすることが直ちに、この「精神化」から脱却すること、あるいは反精神化になるとは思えません。「伝道と言えばただちに“救霊”運動としてのみ理解する」ことは、精神化よりも伝道の定義として問題があるでしょう。しかし、たとえば「天皇制の問題を取り扱う」ことが、はたして聖書の求めている事柄でしょうか。パウロは、確かに為政者の為に祈ることを勧めていますが、ローマ皇帝について、その神格化について、あるいはその非人間性について、その侵略性について、その残虐性について、声明を出したり反対運動を推し進めたりするようには教えていません。そのようにしないことは、パウロにとっては信仰の精神化には繋がりませんでした。

 また、日本の精神主義的傾向を持つキリスト教を、グノーシス的とおっしゃるのも飛躍がありすぎて、納得するのが難しいと言わざるを得ません。「さよなら三角また来て四角、四角は豆腐、豆腐は白い、白いは兎・・・・・・」になってしまいます。あるいは、赤い花は共産主義者だと言うような感じです。

10.なぜ主の日の礼拝がそれほど大切なのでしょうか

 貴師の理論では、「神の御前に生きる」ことは、主の日の礼拝を重んじることであるとなりますが、「主の日の礼拝」にそれほどの意義があるのでしょうか。「『神の御前に生きる』という命題には、主の日の礼拝が〈心臓〉としての位置をしめている」とおっしゃるほどの意義です。パウロはある人はこの日を、他の人はかの日を重んじるが、そのようなことは、信仰にとって重要なことではないと教えていないでしょうか。

 また貴師は、主の日と安息日というふたつの異なった日を、同一のものとして取り扱っておいでですが、たとえ教会が伝統的にそのような取り扱いをして来たと言う事実はあったとしても、本来、全く異なるものだったはずです。そのようなすり替えは行うべきではないと思いますが、いかがでしょうか。

 また、使徒時代においての「主の日の礼拝会」は、当時の実情から考えて、まず今日の主の日、すなわち「日曜日」の朝ではなく、今日で言う土曜日の夜であったはずです。今日のように日曜日の朝になったのは、多分、4世紀あるいはむしろ5世紀に入ってからのことでしょう。日曜日の朝の礼拝会を「主の日の礼拝会」とするのには、歴史的事実を無視する誤りがあります。

 さらに、大切なのは、主の日という「日」なのか、それとも、「礼拝」なのかと言うことです。主イエスの安息日に対する態度、神殿礼拝に対する教えなどから分かることは、大切なのは霊とまことの礼拝だということではないでしょうか。貴師は「イエス・キリストとそのあがないの業が私たちに具体的に示され、その恵みが現実的に確保される場所は・・・・いうまでもなく、それは主の日の公的礼拝においてです」とおっしゃっていますが、その言い方は、キリストの贖いの業、恵みを、あまりにも制限しすぎているのではないでしょうか。キリストの贖いの業は、いついかなる所においても、神の民が相集い、み言を読みまた語り、主の聖餐にあずかるその場において具体的に示され、その場で、主の恵みも確保されるのではないでしょうか。神の贖いの業、その恵みは、時と場所に制限されてはならないものだと信じるものです。また、「公的礼拝」が個人としての礼拝に対する「共同の礼拝」と言う意味ならば良いのですが、「教会が公式に認めた特定の礼拝」という意味ならば、それは聖書の教えるところではないと思います。

 このように、主の日に固執することが、小生にはカトリック的な教会観の残滓のように思えてなりません。主イエスは神殿に制限されていた礼拝を解放し、礼拝を真に霊的なものにするように定めてくださいました。ステパノはそれを実現する過程の中で殉教しました。それをまた、主の日という特定の日に制限することによって、礼拝の霊性に異質なものを持ち込んではならないと思うのです。

 ところで、話しは変わりますが、世界史の中で、たしか、二度ほどカレンダーの調整が行われておりますね。つまり、安息日といい、主の日といい、正確な意味において、はたして今の金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日なのかどうか、あるいは、安息日明けの、土曜日の日没から日曜日の日没までが主の日であるかどうか、疑わしいのですが、貴師はどのように考えておいでなのでしょうか。素直に疑わず、現代のカレンダーに主の権威を認めておいでなのでしょうか。厳密、厳格と言い出すと、このような些細な事柄まで、神学的に問題としなければならなくなるのです。

11.なぜ長老制なのでしょうか

 小生も、長老制政治形態が最も「聖書的」であると考えています。しかし、それを普遍的な教会の政治形態とすべきだとは考えません。ここで「聖書的」であると言うのは、聖書がそのように定めているとか、正当な論理的帰結として、そのようにしなければならないという類のものでは無く、せいぜい、聖書の教えの基本に反せず、また、初代教会の例の中にも、その形態に属すると思われる政治の形が、最も多発するという程度のことです。

 聖書を読み調べる限り、確かに長老制政治形態が、あらゆる角度からもっともそれらしくは感じます。しかし、改革派の方々の得意とする神学的論理を推し進めるならば、万人祭司という原則に立って、会衆制政治形態が最も相応しいものになるはずではないでしょうか。改革派が長老政治形態を取ったのは、純粋な神学的理論としてではなく、当時のカトリック教会、自らの教会の実情、諸国の政治形態、そして、聖書の中に垣間見られる使徒時代の教会政治の形態などを、考え合わせてのことではないかと想像しますが、いかがでしょうか。小生などは、このあたりが改革派らしからぬところと考えているのですが。つまり、改革が徹底していなかったと考えるのです。その意味では、当時のカトリック教会、教職制度などを無視して、純粋に神学的に(素人ではありましたが)論を進めたアナバプテストは、本当の改革派となり、会衆主義になりました。とはいえ、聖書に記された使徒時代の教会の姿を見る限り、会衆制度というのは最もあり得ない制度であったと思われます。聖書に記述された初代教会の姿から類推する限りでは、長老制度に近い要素が最も多いといわざるを得ませんが、監督制度の要素もそこここに見られます。会衆制度は、会衆主義の人たちの主張にも拘わらず、初代教会の中にはほとんど、あるいは、まったく見ることができないと考えます。

 しかし聖書に記録された初代教会の形態から、現在の私たちの教会のあり方を決定することは、正しい方法論ではありません。なぜなら、初代教会の姿は一つの例ではあり得ても、絶対の規範ではないからです。とはいえ、聖書に記載された初代教会の様々な姿から分かることは、教会の政治形態というものは、教会のあるべき姿、機能というものを犠牲にせず、周囲のあらゆる条件に対応して、最善の形態をとるべきであるということではないでしょうか。あらゆる状況に対応できる一つの政治形態などというものは、ありえないわけです。改革派の長老政治形態の中にも、状況によって、たとえば国や文化によってある程度、柔軟な対応があると言うことですが、その柔軟性を、長老政治形態外の教会政治形態にも、適用してはいただけないものでしょうか。(ちょっと興味があるのですが)貴兄の長老政治に対する確信は、たとえば、教会に対する国家の介入などで、長老政治形態が脅かされる場合は、長老政治形態を守り通すために命をかけるほどのものでしょうか。

 小生は、神学的には会衆政治が理想だと考えますが、それにはすべての信徒がかなりの聖書的、霊的、人間的成長をしているという前提が必要です。現実にはその前提を満たすのは不可能ですので、会衆派の教会には、色々な利点はあったとしても、会衆派特有の様々な問題が起こってきます。監督政治は、初代教会の例にも見られる通り、教会の形成期、初期の開拓時代、すなわち、信徒たちがまだまだ成長していない時期には、最も相応しいものでしょう。教会がある程度の成長を見せ、信徒たちの多くが霊的にも人間的にも大人になった時点で、長老政治が可能になってくるはずです。

 ところが改革派のほとんどの方々が、長老政治形態こそが教会の政治形態でなければならない、他の形態は認められないとおっしゃるため、私たちは納得できないのです。それが、普遍的教会の中に一致協力を具現できなくしている、少なくても、一つの要因となっているのではないでしょうか。せめて、「私たちは、長老政治形態が最も相応しい教会政治形態であると考えて、そのように実践しているが、聖書の理解のし方、あるいは周囲の状況によっては、他の形態もあり得る」と言うくらいの、柔らかさがほしいと思うのです。実際、改革派の中にも、そのようにおっしゃる方々が、いないではないことに、小生は望みをかけているのです。教会の政治形態という、教会論の本質的ではない部分で、教会の本質である一致を妨げる必要はないと信じるものです。

終わりに

 さて、ここまでかなり勝手気ままに、所によっては諧謔的に書いて参りました。それは、まじめな学的文章を書きなれていない小生が、貴師の主にある寛容さを期待してのことであり、異なる伝統に属する信仰の者が、互いに意見を交わすことによって、教会全体の徳を高めることになるという、小生の確信によるものです。もっとも、小生の言うことなど、あまりにも子供じみていて一考の価もないと言われれば、至極ごもっともと言う他ないのですが。ともあれ、ここまで忍耐を持ってお読み下さった事を感謝いたします。

 ところで、いま小生の手元に、世界中の改革派の方々と、世界中のペンテコステ派の人々が(とは言っても大した人数ではないようですが)、互いに交わりと理解を深めようという趣旨で、つい数年前に始めた合同会議の報告書のようなものがあります。小生の友人も、ペンテコステ側の参加者としてこの会議に関わって来たらしく、とても興味深い試みであると同時に、画期的試みであると、少々興奮気味に話してくれました。互いが相手を尊重し、学び合う姿勢があれば、私たちは多くの共通点を見出し、主イエスが祈られた祈りの中で、実現していない部分、あるいは破壊されてしまったままになっている部分、すなわちすべての教会の一致を達成するために、微小ながら、貢献することができるのではないでしょうか。参考まで、その報告書のコピーを同封いたしますので、何かのついでにお読みくだされば、この会議の賛同者達に、僅かなりとも、小生も協力したことになると思います。

 貴師のますますの御壮健を祈り、御活躍に期待いたします。


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