Ecclesiology

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教会の使命



 すでに、教会の究極の使命は、神の栄光を現す事であると学びました(エペ1:6,12,14)。しかし、教会が今のこの世に存在している目的、すなわちこの世に遣わされている使命は、宣教であるとも学びました。教会は遣わされるために召されたものであり、宣教こそが、教会という共同体の「この世この代」における共通目的なのです。教会はその本質において人為的組織ではなく、キリストによって、目的に沿って建てられたものであり、この教会にバプタイズされたものは、キリストがお定めになったこの共通目的のためにバプタイズされているのです。

 甦られたキリストは、間もなく誕生する教会の土台とも中核ともなる、弟子たちの一団に対して、幾度か派遣の言葉を与えておられます。マタイは、「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい」という命令を記録し(マタイ28:20)、マルコは、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい」というお言葉を書き残しました(マル16:15)。ルカは「罪の許しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。あなたがたは、これらのことの証人です」という教えを書き伝え(ルカ24:47−48)、ヨハネは、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」という宣言を、読者に伝えようとしています(ヨハ20:21)。ヨハネはとくに、キリストが大祭司の祈りの中で、父なる神に向かって語りかけられた同じ内容の祈りを書き止めていますので、このキリストの宣言によほど重要な意義を感じていたのでしょう(ヨハ17:18)。

 これらのキリストの派遣のお言葉は、直接的には、当然、エルサレムから全世界への派遣であったと考えるべきですが、キリストがただそれだけの意味でおっしゃったようには思えません。キリストの派遣は、単に場所的な意味での派遣を超えて、もっと本質的な、霊的な意味での派遣であったように思われます。すなわちキリストは、神の国に召し入れられて神の国に属するものとなった教会を、改めてこの世に送り返しておられるのです。それはまさに、羊たちを狼の群れの中に遣わすような危険なことではありましたが、そのようにしなければならない理由がありました。それが福音の宣教でした。

 マタイとマルコとルカは、表現こそ異なりますが、福音宣教ということを明確にしたキリストのみ言葉を書き残しています。ヨハネは少しばかり視点を変えて、キリストご自身が、この世に派遣された時の姿に焦点を当ててお語りになった、含みのあるお言葉を記録しています。ヨハネの記録したキリストのみ言葉を読むと、まず解ることは、教会は誕生前から遣わされていること、あるいは遣わされるために誕生させられていることです。そしてその遣わされ方は、キリストが父なる神に遣わされたようにという事です。ある人たちは、この「ように」という言葉を、単に遣わされるという事が同じであるという意味に取ります。類似しているのは遣わされるという事だけだと理解するわけです。あるいはせいぜい「だから」という程度の意味合いに考えます。「父がわたしをお遣わしになったのだから、わたしもあなたがたを遣わす」というほどの事で、あまり深い意味がないというのです。しかし、それではヨハネがこのキリストのお言葉を、表現こそ違いますが、二回に渡って記録した目的が軽視されているように思えます。ヨハネはこのお言葉に深い意味を見たために、わざわざ二度も記録したと見るべきでしょう。ヨハネは、教会がキリストの派遣と同じ理念と原則によって、同じ目的、同じ条件、同じ姿で遣わされていると語っているのです。

A.キリストの派遣目的と同じ目的

 キリストが父なる神に遣わされた目的は、人間を救うことです。神はキリストを通し、贖罪の業をもって人間を救おうとなさったのです。キリストはこの地上で様々なお働きをなさいましたが、この地上に降り立ってくださったのは、あくまでも贖いのみ業をもって人々を救うためでした。言い方を変えるならば、キリストがこの世においでになった目的は、神の贖罪愛の遂行のためであり、それ以外の何物でもありませんでした。これが伝統的な福音派の教会の考え方です。先に触れた、キリストがこの地上で成し遂げようとされたもうひとつのお働き、すなわち教会を建て上げることも、実は、教会を通して贖いの福音を全世界に行き渡らせるためであり、贖いの愛の遂行の範囲でのことなのです。

1.慈善的社会活動

 とは言え、確かにキリストは、贖いの愛には直接の関わりを持たない事もなさいました。これもすでに述べたように、キリストが病の者を癒し、悪霊に捕らわれていた者を開放した働きは、贖いの働きとは関係のないものでした。またキリストは、常々、貧しい人々を助けるために金品を与えていたようです。問題は、キリストがこのような贖いのみ業とは関わりのない慈善的社会活動を、ご自分の目的としてこの世においでになったのかどうかということです。キリストが、贖いのみ業の遂行のためにおいでになったということは、新約聖書でくり返し教えられています。しかし、キリストが慈善的社会活動のためにこの世においでになったという言い方は、ただの一度もされていません。キリストは福音を宣べ伝えるために、村々を行き巡らなければならないとおっしゃいましたが、病んでいるものを癒すために、貧しいものを助けるために、町々を訪れ、村々を訪ねなければならないとはおっしゃっていません(マル1:38)。

 このようなキリストの態度を象徴的に示すのが、5つのパンと2匹の魚をもって5千人を養ったあと、いまだ興奮冷めやらぬ弟子たちに対して、まるで頭から冷水を浴びせるようにおっしゃったお言葉です。「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠の命にいたる食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです」(ヨハ6:27)。キリストは、4つの福音書すべてが記しているこの記念すべき奇跡を行われた後、それが「なくなる食物のため」の働きであり、本来、ご自分の目的とする働きではないことを示し、弟子たちがそのような働きを目的化し、主体を賭けて働くべきものではないことをお教えになったのです。

 この一連の物語全体をよりよく理解するためには、弟子たちを始め当時の人々が、5つのパンと2匹の魚の奇跡をどのように受け取っていただろうと、考えてみることが役立ちます。キリストは純粋に哀れみの心から、疲れ切った空腹の人々に食べ物をお与えになっただけのようですが、そこに居合わせた人々にとっては、この奇跡はまったく異なった意味を持っていたと考えられるのです。

 その日その日の食べ物が与えられるようにと言う、主の祈りの一節が、たいした意味を持たない富める国に生きている私たちには、この奇跡の影響の大きさはなかなか解らない事です。もしこれと同じ奇跡が、今、東京の公園か競技場で行われたとしたら、どうでしょう。どう表現してもおいしくない粗末なパンと、味付けもなっていない雑魚の干物をもらって、喜ぶ日本人がひとりでもいるでしょうか。どうやら水もぶどう酒もなかったようですから、飲み込むのに、さぞかし苦労をしたことでしょう。しかし、乏しい国の貧しい人々の間の出来事です。お腹をすかせていた人々は歓声を上げて喜びました。弟子たちはパンと魚を配りながら、このような奇跡に関与できたことを非常に誇りに思ったことでしょう。人々の驚きと感動、喜びと感謝の言葉に、有頂天になったことでしょう。できれば、このような働きをいつまでも続けたいと思ったことでしょう。自分たちの受ける尊敬もいよいよ大きくなっただろうと、秘かな嬉しさも込み上げてきたでしょう。

 現在の日本の教会は、わずかの例外を除いて、日本という国の中にあっては、貧しさの底辺に生きるものです。しかしそのような教会でも、国家全体が極度に貧しい開発途上国へ赴き、その中でも底辺に生きている人々に食料を分け与え、衣料品を配り、井戸を掘り、学校を建て、人々の喜ぶ顔を見ることができます。そして、そのような事が出来ることに自分たちの存在意義を感じ、感動し、達成感に浸り、満足することができます。確かに、人々の喜ぶ顔を見る事は、この上ない幸せです。キリストの弟子たちが2千年前に味わった喜びを、私たちも味わうことができます。しかしキリストは、弟子たちがこのような働きに命を賭けることを、厳しく禁止されたのです。

 さらにキリストのこの奇跡を、当時の人々がどのように受け取ったかを理解するためには、当時の政治情勢、社会情勢というものを知らなければなりません。何世紀にも渡って、いくつもの強力な国家によって蹂躙され、植民地の屈辱を忍んできた誇り高いイスラエルの民衆にとって、王とも救い主とも将軍とも期待する人物が、無限に食料を供給することが出来る奇跡を行ったのです。現代でも、通常兵器の戦闘では、食料の供給が作戦上最も大切な要素です。ましてや当時の戦闘では、食料の供給が勝敗を決定することがしばしばだったのです。つまり、キリストは食料を無限に提供するというこの奇跡で、人々の期待、ローマに敵対して軍を起こす救い主への期待を、嫌がおうにも高めてしまったのです。だからこそこの奇跡の直後、人々は無理にでもキリストを王として立てようと、捜し回ったのです。しかしキリストは、そのような人々から身を隠してしまわれました。また、そのような期待は当然、イスラエルの復興を誰よりも望んでいた弟子たちの中にも、大きく膨らんでいました。その弟子たちに向かってキリストはおっしゃったのです。「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。」

 このようにキリストは、ご自分がなさった、社会活動に繋がる大きな奇跡の重要性を、自ら否定するようなことをおっしゃったのです。そこで、私たちはキリストの慈善的社会活動をいかに理解すべきか、ということが問題になります。ある人々は、キリストがこのような慈善的社会活動をなさったのだから、わたしたちの教会もまた、同じようにしなければならないと主張し、教会を挙げてそのような活動に取り組もうとします。他の人々は、福音宣教のみに集中すべきだと主張しながら、慈善的社会活動を無視することに何となく後ろめたさを感じています。特に、ロ−ザンヌ会議以降のここ30年ほどは、この会議が採択した宣言に影響されて、福音派の内部でも社会活動を教会の存在目的として捉える人々が多くなり、福音派全体に少なからず影響を及ぼす一方、社会派と言われる教会との交わりの窓口を広げています。このような中にあって、私たちは福音派としてのきちっとした考え方、すなわち聖書に立脚した正しい理解を持っていなければならないのです。それを怠ると、単に、世界的な超教派会議で、著名な人々が、社会活動を教会の宣教の重要な一面であると位置付けたという理由だけで、それになびいてしまう危険に陥るのです。大切なのは、著名な人々がどのように言うかではなく、聖書はどう語っているかなのです。

 私たちは社会派の主張や、社会派の人々の考え方を取り入れた人々の主張にも、耳を傾けます。しかし、それが聖書の教えと合致していない限り、同調する必要はまったくありません。問題は、彼らがどれほど論にたけ、多くの知識を披露するかではありません。私たちが彼らより論にたけ、多くの知識を持っている必要もないのです。重要なのは、その言わんとするところが聖書に合致しているかどうかなのです。注意しなければならないことは、社会派の人々や彼らに影響を受けた人々は、しばしば私たちと同じ語彙を用い、同じことを言っているようでありながら、その語彙の意味がまったく異なり、別のことを言っていることがあるという事実です。彼らの言う神は私たちの信じる神と異なる場合があります。彼らの言うキリストも私たちの知っているキリストと同じとは限りません。神の愛、キリストの愛と言っても、私たちが言う神の愛やキリストの愛ではないことが多いのです。私たちは社会派の人々の多くが、啓蒙主義、合理主義の流れに乗り、聖書の奇跡、神の絶対性、キリストの神性、身代わりの死、福音の唯一性などを信じることが出来なくなってしまい、他に信じるべきもの、自分たちが命を賭けることの出来るものを、探しているのだということを理解しなければなりません。福音の価値、唯一性が信じられなければ、それに命を賭けることは出来ません。そして、彼らが代わりに探し出したのが、近代ヒューマニズムの後ろ盾を得た社会活動なのです。

 ですからこの教会論も、現在の世界の必要は何かとか、世界の動きはどのようになっているのかなどということから、教会について、またそのあり方や活動について論じるものではなく、あくまでも聖書の権威を信じ、聖書はどう語っているかということを考え、論じ、その上で、現在世界のあり方に教会はいかに対応すべきかを語るものなのです。

 聖書を読む限り、キリストがこの世界においでになった理由、目的は明白です。それは贖罪愛の遂行です。ただキリストは、その贖罪愛の遂行の途上、贖罪愛とは関わりのない、様々な慈善的活動も行われたということです。このような慈善活動を、私たちは神の一般愛の表現と理解すべきです。私たちはアウグスチヌスが説明したように、神は三位一体の神であるから、永遠の昔から、神以外の何物も存在しなかった天地創造以前から、愛の神として存在しえたと信じています(ヨハネ17:24)。その神がご自分の栄光と権威の表現としてだけではなく、愛の表現として天地万物を創造し、最後に最も高度な愛の表現、また対象として、ご自分に似せて人間をお造りになったと信じています。この愛が、神の一般愛です。しかし、人間の罪がこの神の愛を妨げ、本来の形では人間に届かなくしてしまったのです。そして神は、人間に対する愛の交わりと表現を回復するために、特別な手段をお取りになりました。それがキリストの贖罪による罪人の救いです。この罪人の救いのために取られた、贖罪という手段に現されたのが贖罪愛です。

 神の一般愛は、より広いものです。それはまた根源的なものであり、ヨハネが神は愛であると言ったときの愛です。しかし、神が満足し納得される形でその一般愛が人間に注がれるためには、まず、十字架に示された特殊な愛である贖罪愛によって、罪の問題が解決されなければならなかったのです。贖罪愛の適応なくしては、一般愛の本来の姿は示し得ないのです。今のこの罪の世界においては、贖罪愛が一般愛に先行するのです。キリストがこの世においでになったのは、神の一般愛を、人間と彼らが住む世界に充分に行き渡らせるために、贖罪愛をもって罪の問題を解決するためだったのです。すなわち、キリストの降臨の目的は、贖罪愛の遂行だったのです。

 しかし、キリストが神の本源的性質である愛としておいでになった以上、その愛、すなわち一般愛は、行く先々で表現されて行くことになりました。キリストが貧しいものを哀れみ施しをされたのも、病の者を癒されたのも、人々に取り憑いていた悪霊を、権威を持って追い出されたのも、この一般愛の表現でした。また空腹な者たちに同情して食べ物をお与えになったのも、一般愛の発露でした。キリストは行く先々でご自分の愛の性質を表現して行かれましたが、それは、キリストがこの世においでになった目的ではなかったのです。目的はあくまでも、十字架の身代わりの死によって罪の問題を処分する、贖罪愛の遂行だったのです。

 教会が、キリストが遣わされたように遣わされているという事は、キリストと同じように、贖罪愛の遂行を目的として、そのために遣わされているとことです。教会の目的、存在理由は、キリストの贖罪による救いの福音を宣べ伝える事によって、贖罪の愛を継続する事なのです。しかし教会は、その福音宣教の過程において、キリストと同じように、一般愛を表現して行きます。それだけでなく、キリストの贖罪愛を通し、神の一般愛を一段と深く広く体験した教会は、その愛と新たな命の力に満ちて、より大きく愛を表現できるようになっていきます。愛は、惨めな状態にある者に遭遇すると見過ごしにはできません。彼らに心底から同情して共に痛むという反応をし、さらに助けると言う行為を生み出します。そして、その行為のために命を失うような事があったとしても、後悔しません。愛の行為はそれが愛の行為であるだけで尊いのです。たとえ、その愛の行為のために目的である贖罪愛の遂行が妨げられたとしても、後悔は不要です。愛の行為はそれだけで尊いのです。また、すべてをご存知の神が、すべてを治めておられるのです。それが愛の行為であれば、たとえ未熟で愚かな行為であったとしても、神はそれを意義あるものとしてくださるのです(マタ26:6−13)。しかし、教会はこの一般愛を目的として存在するのではありません。それを目的として生きるのでもありません。一般愛は教会の生きる姿であり、贖罪愛は教会の生きる目的なのです。教会は生きる姿を損ねてはなりません。そして、生きる目的を失ってはならないのです。姿を目的にしてはならないし、目的を姿にしてもならないのです。

2.正義の戦いとしての社会活動

 では、教会が政治的社会的分野に活動範囲を広げることに関しては、どのように考えるべきでしょうか。慈善的活動に関しては、神の一般愛という視点から、一応の理解を得ることが出来ましたが、教会は、社会派の人々が主張するように、あるいはローザンヌ会議の宣言のように、社会悪に対して戦う使命を帯びているものでしょうか。教会は社会悪に対して積極的に戦いを挑まなければ、本来の教会の姿を失ってしまったことになるのでしょうか。あるいは、教会が社会悪に対して戦いを挑むことは、聖書的に正しいことなのでしょうか。

 社会派の中には、単なる慈善的社会活動に限度を感じ、慈善を必要とする人々を作り出している社会悪や政治悪と戦う、戦闘的社会活動にのめり込んでいった者もたくさんいました。中には単なる理論闘争にも満足出来ずに、様々な意思表示活動を起こし、ついには武力闘争さえ擁護し、自ら武器を取った者さえ現れたのです。この過程の中で見失われていたものは、しっかりと聖書に学び、聖書に聞くという態度でした。しかし、すでに聖書の絶対的権威を認められなくなっていた彼らは、聖書に聞く代わりに、聖書を、自分たちの都合の良いように用いてしまいました。啓蒙思想と合理主義に感化されて、聖書に対する怖れを失っていた彼らであったために、そのようなことを容易に行うことが出来たのです。もちろん、すべての社会派の人々がそうなのではありませんし、福音派との交わりがまったく不可能というわけでもありませんが、福音派の人々が、聖書の絶対性と福音の唯一性を信じられない人々と交わりをし、共に働くのは並大抵の事ではありません。

 繰り返しますが、私たちは現代社会の状況やその必要性から、教会のあり方やその活動について論じるのではありません。あくまでも、聖書がどう語っているかを学び、自分たちの教会のあるべき姿を描き出し、活動すべき活動が何であるかを知ろうとするものです。時代は変わります。状況も変わり、必要も変わります。教会のあり方自体や基本的活動が、そのように変わり行くものに対応して決定されなければならないとしたら、教会の本質が普遍・不変ではなくなってしまい、聖書が教える教会ではなくなってしまうのです。まず、聖書が教える普遍・不変の教会があり、その教会が社会の状況と必要に対してどのように呼応していくかが大切なのであり、決して、社会の状況や必要性が教会のあり方や活動を決定するのではないのです。

 では、聖書は教会が社会悪に戦いを挑むべきであると、明確に教えているでしょうか。「単に、抑圧されている人々に慈善的活動をするだけでは、いたちごっこに過ぎない。我々は、抑圧されている人々を生み出している社会の構造や政治のあり方に積極的に発言し、必要ならば、闘争もいとうべきではない」というような主張は、はたして聖書の教えに合致するものでしょうか。「教会は正義の神の代弁者として、あたかも旧約時代の預言者がそうであったように、社会の悪を糾弾する活動をすべきである」という尤もらしい主張は、聖書の教えから導き出されたものでしょうか。

 先に述べましたように、これらの主張は聖書の正しい学びから出てきたものでは決してありません。少なくても、現代の聖書神学的な、より厳密な聖書の解釈から生まれてきた聖書の理解ではなく、聖書を自分たちの主張に合わせて「使用する」やり方から生まれて来た、前近代的理解なのです。もう一度明確にしておきますが、私たちはそのような聖書の用い方に反対し、そのような用い方から生まれてきた結論には、たとえそれが結果として正しい結論であったとしても、納得しないのです。

 まず、教会が社会悪と戦わなければならないという教えは、聖書の中に見出せないことを明確にしておきましょう。社会派の人々は、キリストが全世界に出て行って福音を宣べ伝えることを明確にお教えになり、新約聖書全体が福音の宣教を教会の使命として教えているにも拘らず、福音宣教を意味のない事柄として退け、宣教師の引き上げを主張したことを覚えておかなければなりません。もちろん、社会派の人々すべてがそれに賛成したのではありませんが、そのような聖書の読み方をする傾向があるという事実は否定出来ません。聖書の明確な教えをいとも簡単に否定出来る彼らですから、聖書に書かれていない事柄を、聖書の中に読む込む事もまた自然であり、聖書が命じていない社会悪に対する戦いを教会の使命であると、聖書を持って主張することも可能なのです。

 教会は、社会悪と戦うようにという使命を与えられていないだけではなく、社会悪と戦うべきであるという教えも与えられていません。ですから、教会には何が社会悪であり何が社会悪でないかという判断能力も与えられていません。パウロは、教会の外部の人々を裁くのは私たちのすべき事ではないと、はっきりと述べています(Iコリ5:12−13)。 パウロが語った文脈を読むと、世の中の不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者を裁くのは、教会のすべき事ではないということです。それらの人々の裁きは神に任せておきなさいという事です。教会は、やがて、世界だけではなく、み使いをも裁くようになるのですが、今はそうではないのです。

 ところが教会は、歴史的に、世俗の権力も手にする事によって自らの能力を過信し、委ねられていない権威を掌握し、任せられていない働きを遂行しようとしました。しかし、任せなかった働きのための能力を、神は教会にお与えになっていないのです。教会はこの世の世俗的な支配者としての能力も、社会悪と戦う能力も与えておられないばかりか、社会的な問題に関する善悪の判断能力さえ、与えられておられないのです。ですから教会は、社会的問題に関しては非常に大きな誤りと過ちを繰り返してきました。十字軍や宗教裁判を持ち出すまでもなく、近代では、先進国の植民地政策への積極的参画、アメリカを主な舞台とした奴隷問題や黒人問題への対応、ドイツ国教会のヒトラーへの追従、アメリカ福音主義教会のベトナム戦争をはじめとする数々の戦争への積極的賛同があります。教会が自らに与えられていない能力を用い、権力を行使しようとした時、悲劇が繰り返されて来たのです。このような外部の事柄に関しては、教会は善悪の判断能力を与えられていないのです。ですから、このような事柄に関して、教会の中に基本的理解の一致さえ出来ていないのです。

 イスラエルの預言者たちが、「主は言われる」と叫んで、社会悪・政治悪に腐敗したイスラエルに対して、神の代弁者としての役割を果たした事は良く知られています。しかし、教会は、果たして旧約の預言者のこの働きを直接引き継ぐものでしょうか。直接引き継ぐのだという教えは聖書のどこにもありません。また、預言者たちが語った対象は、あくまでも代理神聖政治を取っていたイスラエルであり、他民族について語られた部分でさえも、彼らがイスラエルに関わる範囲で語られているのです。つまり、旧約の預言者の働きは、神に救い出された歴史を持ち、神を前提とした世界観と人生観を持っていた、神の民イスラエルに対するものであり、一般諸国、一般社会に対するものではないのです。ですから、イスラエルの預言者の義の叫びの働きを、現代社会や国家に対する教会の働きとするのは、完全な間違いです。ヨナの物語でさえ、表面的には、アッシリヤの首都ニネベに住む人々の悪に対する、神の義と裁きのメッセージのように受け取られますが、本質はむしろ、イスラエルに敵対する異邦人に対してさえ、哀れみをお持ちになる神の愛の表示にあると思われ、イスラエルを通して啓示される神の救いの歴史の中で理解されるべきものです。

 さらに、教会がキリストの大使であり代理であり、キリストの使命を継承するものであることは確かですが、キリストの使命を先取りするものではありません。世界を糾弾し、お裁きになるキリストは、2千年前にベツレヘムの馬小屋でお生まれになった謙卑のキリストではなく、雲に乗っておいでになる栄光のキリストです。私たち教会は謙卑のキリストの代理であり、キリストが遣わされたように遣わされているのですが、栄光のキリストの働きを先取りして、栄光のキリストのように遣わされているのではありません。パウロは、教会が確かに裁く者となると語っていますが、それはあくまでも「やがて」であり、キリストが雲に乗っておいでになる時に続く出来事なのです。

 謙卑のキリストは、社会を糾弾する働きをなさいませんでした。キリストが住んでおられた当時のイスラエルには、あらゆる社会悪が満ちていました。植民地であった国家には腐敗が蔓延していました。巷には差別と抑圧が横行していました。行く先々で貧しい者を助け、小さな者を保護する慈善的働きでは、まさに焼け石に水の気休めに過ぎなかったはずです。しかしキリストは、ご自分の慈善的働きを組織化してもっと大きく、効率的にし、社会的にインパクトを与え、より多くの人々がこの働きに賛同し、社会を作り変えて行こうなどとはなさいませんでした。キリストの慈善的社会活動は、あくまでも、行く先々で遭遇する人々を対象としたものだったのです。ましてや、社会的弱者を生み出している社会構造を変えようとか、政治体制を変えようとか、社会や政治を牛耳っている者に対して、大衆運動を起こして戦いを挑んで行こうなどとは、まったく考えておられなかったと断言出来ます。キリストは、ローマの兵士たちがイスラエル人たちを思いのままに徴用し、労働させているのを幾度もご覧になったはずです。そして、そのような現実に抗議をし、反対運動を起こし、改めるように働きかけたりはなさいませんでした。かえって、「無理に一里行かせようとする者には、2里行きなさい」とおっしゃって、文句を言わず、ローマ軍の荷物を背負って、言われた以上の距離を運んでやるようにお教えになったのです。キリストは、あくまでも贖罪愛の遂行を目的としてお働きになったからです。

 また、パウロやペテロを始めとする、新約聖書の時代の人々や当時の教会の姿を調べてみても、社会悪に戦いを挑んで行くのからは程遠いものです。宗主国ローマは、当時としては非常に寛容であったとは言え、とても残忍で、あらゆる非人間的な政策と差別に満ちていました。社会の貧富の差は激しく、民族間の差別もありました。奴隷はごく一般的であり、非人道的取り扱いが日常の事でした。女性の社会的地位は低く、人権が無視されていました。肉体的・精神的ハンデイキャップを負った人々は、社会的にも経済的にも宗教的にも差別されていました。そのような中で、使徒たちはどのような抗議行動をとり、どのような戦いを進めて行ったのでしょうか。

 パウロはローマの為政者たちの権威を認め、彼らのために祈る事を教えました。ローマの国家が素晴らしいものだと誤解していたからではありません。ローマ国家が邪悪なものであることを百も承知でそのように教えたのです。奴隷制度に関しても、パウロは充分にその犯罪性を理解していたと考えられます。しかし彼は、その社会的風潮、習慣に、あえて立ち向かう事をしませんでした。かえって、奴隷制度に従った行動をとるように奴隷たちを教え、逃亡奴隷のオネシモを、主人のピレモンのもとに送り返しています(ピレモンへの手紙)。女性差別にしても、表面的には、パウロは反対運動や抗議運動を起こすような過激な真似をせず、当時の社会通念に従った指導をしています。パウロは当時の、たとえば奴隷制度や女性の身分に対して、直接あからさまに異議を唱え、反対運動を起こし、敢えてそのような社会通念に反した行動をとった場合、どのような社会的反応が起こるか、また、教会の使命である福音伝達にいかなる影響を与えるかを、注意深く考慮したのではないでしょうか。

 社会の機構と経済産業に深く関わっているこのような問題に対し、基本的人権と平等の御旗を翻して、直接、戦いを挑む事が決して益にならないと判断したのではないでしょうか。しかしその一方でパウロは、奴隷を主にある兄弟として取り扱うようにと諭して、奴隷制度廃止の礎を築き、主にあっては女性と男性との間に差別はない事を教えて、女性差別撤廃の土台を据えているのです。

 そういう訳で、私たちは、教会の使命は唯一、贖罪愛の遂行である福音伝道であると考えます。一般愛の表現である社会活動は、教会の生きる姿、教会のあり方ではありますが、教会がこの世に派遣された使命、目的ではありません。また正義のために戦う事は教会の使命や目的ではないばかりか、この世における教会の姿でもありません。教会は正しい生き方をする事、またそのためには種々の苦しみをも耐えるべき事が教えられていますが、社会悪と戦うことは教会がなすべき事ではありません。教会は、自らが正しい生き方をするようにと教えられてはいますが、世の罪人に「正しく生きよ」と叫ぶようには教えられていないのです。教会がこの世に派遣されるにあたって与えられた使命、目的はただひとつ、贖罪愛の遂行である福音伝道です。

 ところで、日本語では名詞の単数形と複数形の間に区別がありませんから、「使命」あるいは「目的」と簡単に言ってしまいますが、実は「使命」と訳されている英語には単数形と複数形があり、果たして教会の使命はいくつもあるのか、それともひとつだけなのかという議論があります。「mission」か「missions」かという事です。伝統的に、教会は普通「missions」と複数形で表現してきた歴史がありますが、それは、教会がこの世で果たすべき使命はいくつもあると考えていたからです。教会というものの理解が曖昧で、その使命あるいは目的と、様々な働きとの関係の理解に混乱があったためです。つまり、教会には礼拝会や伝道会、日曜学校や聖書の勉強会、それから幼稚園や学校の運営、さらには町内会に参加し、地域社会で世の光地の塩として生きる事、その上に宣教師を送り、教会を建て、病院を建て、貧しい者を助け、無教育な者に教育の機会を与えるなど、実にいろいろあり、それがみな大切な働きであること考えられ、「使命」であると受け取られていたためです。

 しかし、後でも触れますが、教会がこの世界で存在して行くためには様々な活動をしなければなりませんし、その多くは非常に大切ですが、教会がこの世界で生きるための活動と、教会がこの世に派遣された目的の活動、すなわち使命との間には、明確な違いがある事を理解しなければなりません。たとえば、日本の大使がアメリカに派遣されている目的と、その大使がアメリカで生活するために必要な活動、すなわち、住居を借りたり、洋服を買ったり、食料を買い込んだり、子供を学校に入れたりという働きとは、明確な相違があるというのと同じです。教会にはさまざまな活動があり、多くの仕事があります。しかし、教会がこの世に派遣されている理由、目的、使命はただひとつです。ですから、ここでの私たちの学びでは、教会の単数の使命「mission」についであって、複数の様々な使命「missions」についてではありません。

3.派遣の目的・宣教か伝道か

 さて、教会がこの世に派遣されている目的は、福音の宣教であって、すなわち贖罪愛の遂行あるいは継続であって、一般愛の表現である社会活動ではないと言う事は明らかになりましたが、それでは、福音宣教とは何でしょう。伝道とどこが違うのでしょう。

 元々私たちは、宣教という言葉と伝道という言葉を、時には同じ意味に、時には少しばかり違う意味に、明確な定義をしないままかなり曖昧に用いて来ました。すでに述べたように、宣教というのは、英語の「mission(s)」の訳として用いてきましたが、もともとは、任務を与えて派遣するという意味の新約聖書用語「アポステロー」のラテン語訳である、「ミッシオ」に語源を持つものです。「アポステロー」の名詞形が「アポストロス」で、日本語では使徒と訳されています。それらの事から、「宣教」の厳密な意味は曖昧でありながらも、常に「派遣」と深く関わるものとして理解されてきました。ですから、すでに幾度も繰り返した言い方ではありますが、宣教とは教会が派遣された使命、任務、あるいは目的と理解するのが適当でしょう。宣教するとは、教会の目的、使命、任務を遂行するということです。そしてその目的、使命、任務とは何かというと、贖罪愛の遂行である福音伝道です。この理解からすると、伝道とは教会の「missions」、すなわち多くの使命のひとつなのではなく、教会の「mission」唯一の使命そのものであるという事になります。

 では、伝道とは何でしょう。いろいろな定義がありますが、最もふさわしい定義は単に福音を宣言するだけではなく、人々を救いに導く事でもなく、洗礼を授けことでもなく、また、個々人をキリストの弟子とする事で終わるのでもなく、救われた人々で構成される、キリストのみ体を建て上げる事であり、そのみ体、すなわち地域に自己を表現した不変・普遍の教会を、キリストの身丈まで成長させる事です。キリストの身丈まで成長した教会は、必然的にさらに教会を生み出して行く教会になります。

 このように、原則的には、宣教とはすなわち伝道であると言う事になりますが、それだけでは充分ではない側面もあります。伝道をしている教会のすべてが、必ずしも宣教をしていると言えないところがあるからです。たとえば、誕生間もなくのエルサレム教会は、間違いなく伝道の教会でした。伝道の情熱に燃えていました。多くの人々が福音を聞き、救われ、洗礼を受け、教会に加えられ、交わりとみ言葉と祈りによって育てられていました。しかし、このエルサレム教会は、果たして宣教の教会だったでしょうか。

 現在、キリスト教の影響の非常に強い国、あるいは地域、民族の中にある教会はどうでしょう。熱心に福音を語り、多くの人々を救いに導き、洗礼を施し、教会に加え、教育訓練をしているならば、立派に伝道をしていると言えます。しかし、果たして、宣教はしているでしょうか。自分たちの場所に止まっているだけでは、教会は、宣教をしていると言い難いのです。まだ、福音が伝えられていない地域、福音を聞いたことのない人々のグループに出て行って、福音を語る努力をしていなければ、宣教に携わっている、すなわち、キリストの遺言を遂行していると言い切れないのです。エルサレム教会は、伝道はしていました。しかし、エルサレムに止まり続けていたのです。その間、宣教は出来ていなかったのです。しかし神は、そのようなエルサレム教会を、本来の使命である宣教に駆り立てるために敢えて迫害を起こし、クリスチャンたちを四方八方に散らしてくださいました。散らされたクリスチャンたちは、そうとは知らずに「派遣」されていたのです。そしてそうとは知らずに、行く先々の人々に甦られたイエスのことを話し聞かせる事によって、宣教の使命を果たしていたのです。

 ですからこの宣教の使命は、直ちに弟子たちに理解され、遂行されたのではありません。ユダヤ人として、ユダヤ人の先入観に固まっていた弟子たちは、キリストの命令の意味、派遣の意味を把握出来ないでいたのです。それを弟子たちに理解させ、その使命に取り組ませるためには、聖霊の強い働きかけが必要でした。聖霊はまず、ユダヤ人たちの間でも比較的柔軟なユダヤ主義を採っていたと思われる、デイアスポラのユダヤ人を奮い立たせ、福音の普遍性に対して少しずつ目覚めさせて行きました。ステパノを通して神殿の不要性を説かせ、ピリポを通してサマリヤ人に福音をもたらし、さらにエチオピア人にも救いを適用しました。その後、使徒たちの中でも中心人物であったペテロを、聖霊はかなり無理をして説得し、ローマの軍人にも福音を宣べ伝えさせ、聖霊がペテロに先行してお働きになる事によって、異邦人も救いに与る事が出来るという事実を明確に見せ、教会全体に福音の普遍性を徐々に理解させ、世界宣教の土台を築いて行かれたのです。そして、その上にバルナバとサウロの異邦人社会への伝道、すなわち宣教が重なるのです。

 しかし、バルナバとサウロでさえも、また、彼らを派遣したアンテオケ教会でさえも、この異邦人世界へ出て行って伝道をする働きの重要性、すなわち宣教の使命をはっきりと自覚していたのではありません。彼らの派遣は、聖霊の明確な先導と強烈な後押しがあって、初めて可能だったのです。アンテオケ教会は、多くの人たちが考えるほど、異邦人宣教に積極的だったわけではありません。バルナバとサウロを積極的に派遣したのは聖霊ご自身で、アンテオケ教会ではありません。アンテオケ教会は聖霊の働きを妨げず、ただ出て行く二人を許して見送ったに過ぎません。12  教会が世界を畑として種を蒔くようになるには、福音の普遍性と自分に与えられた使命を鮮明に理解する必要がありました。


12   アンテオケ教会が「送り出した」という表現を原語でみると、ただ出て行くに任せたというほどの意味で、積極的に送り出したという意味はありません。

 今日の多くの教会も、エルサレムの教会と同様に、自分たちの周辺にいる人々、自分と同じ国の人々、あるいは同じ文化圏の人々には伝道をしていることでしょう。それなりに教会も大きくなり、地域教会、あるいは管理上の個教会も増加していることでしょう。しかし、すでに教会が存在し、多くのクリスチャンが存在しているところで伝道をして、成功を収めているだけで満足していてはならないのです。キリストのみ体である教会として、与えられた世界宣教の使命を果たしていく責任があるのです。世界には、まだまだ福音が充分に伝えられていない人々が、たくさん存在するからです。すべての地域教会が、あるいは管理上の個教会が、直接世界宣教に携わるのは効果的ではありませんし、現実的ではありません。ほとんどの場合不可能でしょう。しかし有機的教会として、そして普遍的教会として、互いに有機的に関わり協力する事によって、世界宣教に積極的にまた具体的に関わって行く事が出来ますし、そのようにすべきなのです。

 宣教とは派遣に関わり、常に出て行く事に関わります。出て行ってやることは伝道です。しかし、出て行く事を止めた伝道は宣教ではありません。キリストは天のみ位を捨て、失われた羊を尋ね求めて無限の隔たりを旅し、人となってこの世に来てくださった宣教師です。しかし、キリストはこの世に来てくださっただけで満足なさらず、さらに町々村々を行き巡ってくださった方です。今日の多くの教会に必要なのは、この、町々村々を行き巡るキリストの姿です。

B.キリストの派遣条件と同じ条件

 完全無欠、絶対無限の存在。至高の聖さと本源的主権を備えたもう第二格の神が、罪ある人間に近付き、その人間と共に住んでくださるためには、自らへりくだ謙り、ご自分の神としての資質を横に置き、有限をまとい、服従を道としなければなりませんでした。第二神格者が、本来、ご自分の本質である至高の聖さと絶対の主権を所持したまま、罪ある人間に近付いたならば、罪ある人間は、燃え盛る火の中に飛び込む昆虫のように、瞬時に消滅する以外にあり得ないからです。罪人を救おうとされる神が、罪人を滅ぼさずに罪人に近付くためには、神としての性質を、自ら進んで放棄しなければならなかったのです。この自発的自己放棄こそ、キリストが派遣されるための絶対必要条件だったのです。そしてこの絶対条件こそ、キリストの代理である教会にも、またその教会を構成しているクリスチャンひとりひとりにも、求められているものです。

 この自己放棄の教会、謙って仕える者の姿を取り、服従の道を歩む教会というのは、現在の富める国の教会には、なかなかなか見る事ことが出来ないものです。特に、大きな教会、成長している教会、しるしと不思議が顕著に現れている教会に、この自己放棄と謙遜の姿を認めるのは非常に困難な事です。勢いがあり、力があり、美しく、魅力的な教会を作ろうと、全教会を上げて努力し、取り組みます。そのような努力には、当然ながら正当性がありますし、賞賛されるべきものでさえあります。しかし、その努力の途上で、自己放棄と謙遜が忘れられてしまっては、キリストの大使としての資質を失ってしまうのです。様々なキリスト教書物を読んでみると、個々のクリスチャンの霊的成長として、謙遜や自己放棄が重要な課題として取り上げられることは良くありますが、ひとつの地域教会として、あるいは管理上の個教会として、それが取り上げられているのを見た事がありません。むしろ、個々のクリスチャンの自己放棄は、教会を大きく華美にする手段として用いられ、牧師の栄光のために利用されているようにさえ思えます。ましてやキリストのみ体として、教会全体として、謙遜や自己放棄が語られているのには出会った事がありません。

 18世紀から始まった近代世界宣教の歴史を見ると、わずかの例外はあるとは言え、宣教は富める強国から貧しい弱国へ行われて来ました。富める強国から派遣された宣教師のほとんどは、それぞれ非常に優秀で、献身態度も自己放棄も、一般人はおろか、並みのクリスチャンたちに比べても、非常に立派であったと言えるでしょう。しかしその一方で、経済的に強いという事、高度な文明を背景にしているという事、高等教育を受けているという事、また、多くが白人であった事などに不可避的に影響されて、思わず知らず高慢な宣教師になっていたのではないかと考えさせられます。しょうもなく未開で、貧しく、何も知らない現地人を、教えてやる、助けてやる、指導してやる、訓練してやるという態度が、あまりにも鮮明だったのではないでしょうか。現地の人々に取っては教師であり、指導者であり、管理者であり、監督であり、雇い主であったのではないでしょうか。それがどのように愛と善意に溢れたものであっても、高いところにいる人が、低いところにいる者を哀れみ見下しながら、助けの手を差し伸べるという意識が強かったように思われます。有名な絵本の「ちび黒サンボ」が、その善意いっぱいの著者の思惑から外れて、差別文書として槍玉に上げられてしまったのも、そのような意識が読み取れたからです。

 しかしキリストは、救おうとされた人々とまったく同じ立場まで降りて来て、降りて来た方であることを誰にも知らさず、公生涯を始めるまでの30年間、天から降りて来た神としてではなく、周囲の人々の助けなしには生きて行けない、ひとりのか弱い人間として生活してくださいました。「自己犠牲の神」は、あくまでもキリストが天にお帰りになってから、弟子たちが悟ったキリストであって、キリスト在世当時は誰一人として理解しなかったのです。その姿は人と異ならなかったという事とは、自分ひとりでは生きて行けなかった弱々しさを持っていたという事です。この弱さを30年間経験してから、キリストは公生涯をお始めになったのです。罪人のための身代わりの死だけが必要だったのならば、キリストは生まれてすぐに死ぬ事も出来たでしょう。紫の衣を着て王宮に住む事も出来たでしょう。しかしキリストは大工の倅として生きたのです。人を頼り、人に助けられて生きたのです。そのような生き方に大きな意義があったからこそ、キリストは敢えてそのようになさったのです。

 教会は、このキリストが遣わされたように、遣わされているのです。そしてその遣わされている事実と、遣わされている意味を最も深刻に考え、キリストに倣う者となろうとするのが宣教師です。しばらく前になりますが、日本からフィリピンに遣わされていた宣教師家族が、現地の銀行の不手際のために、日本から届くはずの支援金を数ヶ月にわたって受け取ることが出来ず、文字通り食べるにも窮したことがありました。そのとき、彼らの痛々しい姿を見て、粗末な食べ物を運び、あれこれと助けてくれたのが、何の関わりもない、ただ同じところに住んでいるというだけの、貧しいフィリピン人たちでした。彼らの宣教師としての生き方が、貧しいフィピン人にさえ、哀れみを起こさせるに充分だったのでしょう。そしてそのような彼らだからこそ、フィリピン人たちの心に届く働きを、いまも継続しているのでしょう。彼はフィリピン人に対する貢献を認められて、無料でフィリピン政府から永久ビサを与えられた、数少ない日本人のひとりです。

 このように、現地の人々に助けられなければ、生きて行けないような弱さを持った宣教師が必要なのです。本来は富み、能力を持ち、力があり、高度な訓練を積んできた宣教師が、あたかも貧しく、何も出来ない能無しのように見られる事もまた、必要なのです。宣教師たちが、自分たちは本国ではどのようにいい暮らしをしていたか、どんなに豊かだったか、どんなに立派な家を持っていたか、どんなに高度な教育を受け将来を嘱望されていたかなどという事を、現地の人々に理解してもらおうとしている姿を見るのは、情けないことです。謙卑の極限であるクリスマスでさえよく理解できず、「イエス様。お誕生日おめでとうございます!」とやっている普通の牧師や信徒に、ましてや一般の人々に、宣教師が本国の栄光と富と力と将来を捨ててやって来ているなどということが、理解してもらえるはずがないからです。宣教師は本国のことを語らず、遣わされた先の人々と共に住み、共に生きるのです。イエス様も、天上のことをお話しすることはありませんでした(参照:ヨハ3:12)。

 貧しいフィリピンの中でも一段と貧しかった、山岳部族の中で働きながら、教会成長運動や、繁栄の福音に影響された欧米の宣教師たち、あるいは都市部の豊かな教会の牧師たちの、心無い教えをしばしば聞かなければならなかったのは、私にとってはこの上ない苦痛でした。教会が苦しむ人々と共に苦しむことや、宣教師が遣わされた先の人々と共に痛むことが、あたかも敗北であり、不信仰の罪の結果であるかのような言われ方をしたのも、一度や二度ではありません。いったい、教会成長運動や繁栄の福音には、自己放棄や謙遜という教えは含まれていないのでしょうか。現在の、欲望むき出しの資本主義経済の中で繁栄するという事は、まず例外なく、弱者を痛め傷つける事に直結しているという事に気付かず、「正当な労働で得た富は神の祝福である」と主張し続けるほど、私たちのキリスト教は天真爛漫に無知なのでしょうか。豊かで強い先進国が、自分たちに都合の良い経済協定を結び、都合よく解釈し都合よく適用して、貧しく弱い国々から「正当に」搾取をくり返しているという現実が見えないほど、私たちのキリスト教は盲目なのでしょうか。持っているもので満足出来ず、もっと持ちたいと願うことが貪りであり、新約聖書のいう偶像礼拝の罪であることがわからないのでしょうか(コロ3:5)。

 このような社会的、文化的、経済的、人種的おごりを持ちながら、教会は宣教を続けて来ました。宣教師の多くは、多くの人々の批判の通り、ゴールドとグローリーとゴスペルという[三つのG]のために働いて来ました。その中でも、困難な状況の中で自分の働きを立派にやり遂げたという賞賛を得るために、一生懸命に働いた宣教師が最も多かったのではないでしょうか。宣教地の宣教師たちが、自分を捨てる事が出来ないために、名誉を賭けて互いに競い争う醜い姿を嫌というほど見てきました。しかし、それでも、キリストの大使としての役割を、少しでも果たせたことを喜ぶべきでしょう。私たちは、完全にならなければ主に用いられないのではないからです。まさに、不完全に泣きながら、不完全な者をもお用いになる主の哀れみと忍耐に、ただただ感謝しながら働きを続けるのみです。ただ、そのような不完全さにいつまでも甘んじているべきではないと思うのです。教会は、キリストが遣わされた時に実践された、謙遜と自己放棄を自らの模範として、それを模倣して生きることを条件として、キリストの大使なのです。

C.キリストの派遣の姿と同じ姿

 キリストは弱小植民地の寒村で、非常に貧しい誕生をなさいました。汚れた家畜小屋の不潔な飼い葉おけが、最初のベッドでした。彼の育った家庭もごくごく貧しく、まともな税金も納める事が出来ないほどでした(ルカ2:23、レビ12:8)。しかも、父親の役割を与えられたヨセフは、どうやら早死にしたらしく、キリストは少なくても4人の弟と2人の妹の、父親代わりになって働かなければなりませんでした。ヨセフは年季の入った大工で、良い手間賃を取る事が出来たとしても、キリストはまだ若くあまりよい仕事は出来ませんでしたから、手間賃も安かったに違いありません。

 天地の創造者、絶対の力と栄光の主が、人のためにご自分の位を捨てて、人となり、人として生きてくださったのです。その姿はまったく普通の人でした。キリストはどんなに貧しくても、自分たちの生活のために奇跡を行うことはありませんでした。石をパンに変えることはなかったのです。そっと隠れて「み言葉」をもって家具や農機具をお造りになることもありませんでした。み言葉によって天地をお造りになった主が、手に切り傷や打ち傷を作り、額に汗を流し、ちり芥にまみれて働き、貧しい家計のためにお働きになったのです。食べ物に事欠いた事は、一度や二度ではなかったでしょう。暑さ寒さのために体を壊し、無理をして働いた事もあったでしょう。弟や妹のために自分は食べる事も着る事も控えて、我慢した事もたびたびだったはずです。近所の人たちが見るに見かねて、そっと食べ物を運んでくれた事があったかもしれません。古着を分けてくれた事もあったでしょう。だからこそ、公生涯に入ったキリストが故郷を訪れたとき、誰も、彼が救い主であることを信じる事ができなかったのです。「あの、ヨセフの子が!?」と言うわけです。

 キリストは完全な人間になってくださいました。天の栄光と力を放棄して、まったくお用いにならなかったのです。公生涯においてさえ、キリストは聖霊の力によってみ業を行われたのであり、第二神格者としての力と権威を行使されたのではありません。キリストは、人間以外の何物でもないお方になってくださったのです。ですから、自らの無限を有限の中に閉じ込められたキリスト、人の姿をお取りになって、この地上で生きておられた時のキリストには、出来ない事や知らない事がたくさんありました。当然のことです。ある人々はこの事実を取り上げて、「キリストには出来ない事も知らない事もあった。だからキリストは神ではない。神の子でもない。単なる偉大な人間に過ぎなかった。神に最初に造られた者であった」などと誤って主張して、キリストの恵みから落ちてしまいました。そのように誤解されるほど、キリストは完全に自己を否定なさったのです。キリストは神であり、神でなかった事はありません。しかし、人の救いのために、一時期とは言え、神の位を放棄なさった神であられたのです。このようにして、キリストはまさにインマヌエルとなってくださったのです。

 キリストは、このようにご自分をむなしくして、罪人の救いのために罪人と生活を共にしてくださいました。そしてこの姿こそ、キリストが「ように」とおっしゃった内容なのです。教会はこのキリストのみ姿のように、それと同じように、同じ形で、同じ原則と様態で、この世に派遣されているのです。すなわち、自分を空しくして、自分の地位や名誉や栄光、権威権力というものを放棄し、あくまでも仕える者の姿をとって、遣わされた対象の人々と同じようになって、共に住み、共に生きるという事です。言い換えると、現在の教会は勝利の教会であってはならないのです。繁栄の教会であってはならないのです。悩みも痛みも、病も苦痛も持たない、喜びの教会であってはならないのです。そのような完成は、やがて与えられるものとして、間違いなく約束されています。そして、その約束の証印として、いま、部分的とは言え、癒しを体験し、新しい命を体験しています。その事のために喜びましょう。おおいに喜びましょう。しかし、基本的に、そして原則的に、今の私たちの教会は、キリストが遣わされたように遣わされた教会であり、キリストが人々と共に生き共に苦しまれたように、人々と苦しみを共にするものなのです。

 私たちの国籍は天にあり、私たちの富は天に蓄えられています。金は我がもの銀も我がものとおっしゃる神が、私たちの父です。私たちが豊かになるために、キリストが貧しくなってくださいました。私たちは豊かなのです。しかし、今は、貧しいものと共に生きるために、キリストと同じように貧しい者として遣わされているのです。痛んでいる人々と共に生きるために、キリストと同じように痛む者として遣わされているのです。キリストが痛みをもって完成された福音は、キリストのみ体である教会の痛みを通して、宣べ伝えられるのです。言い換えると、キリストは今も教会というみ体をもって、痛みながら贖罪愛を遂行なさっているのです。すなわち、教会の痛みはキリストの痛みなのです(コロ1:24)。

 そういう訳で、教会の苦しみ、クリスチャンひとりひとりの苦しみには、大切な意味と意義があるのです。私たちは理由なく苦しんでいるのではないのです。私たちの罪と弱さの結果としてだけ、苦しんでいるのでもないのです。私たちはキリストの大使として、キリストの代理として、私たちに与えられているキリストの苦しみを苦しんでいるのです(ピリ1:29、3:10)。私たちが苦しみを嫌い、避けようとするのはごく自然です。しかし、キリストの代理としての苦しみ、苦しんでいる世の人々と共に生きるための苦しみを、避けようとしてはならない者です。また教会は、苦しむことを恥じてはならないのです。痛んでいることを隠す必要もないのです。痛み苦しんでいることこそ、キリストの大使として派遣されていることの印だからです。

 キリストは、私たちがこの世に生きる限り苦しみに遭うことを、はっきりとお話しになりました。また、私たちから苦しみを取り去ってくださるようにとではなく、私たちが苦しみに打ち勝つことが出来るようにと、父に祈ってくださいました。苦難は、クリスチャン人生の大切な一要素なのです。それは、キリストの生涯にとって苦難が重要な要素であったのと同じです。では、キリストにとって、この世に生き、人々と共に苦しむという事は、どのような意味を持っていたのでしょう。キリストが罪人と共に住み、共に生きたという事実の背後には、どのような意義があったのでしょう。

 ヘブル書の著者は、「あわれみ深い大祭司となるために、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがされるためなのです。主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがお出来になるのです」と説明し(2:17−18)、「私たちの大祭司は、私たちに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」と教えています(4:15)。すなわち、キリストが苦しみに会われたのは、もっぱら私たち、弱い人間のためだったのです。キリストご自身が、ご自分の必要や条件のためにお苦しみになったのではありません。弱い人間の弱さを自ら身をもって体験することによって、弱い人間に真実の意味で同情をすることが出来るようになってくださったのです。もちろん、キリストが弱い人間の弱さ、苦しみ、痛みを理解するために、自らそれらを体験する必要はありませんでした。そのようなものは、全知全能の主であられる方は、体験せずともご存知であり、主ご自身、滅び行く罪人たち本人が自分たちの滅びを痛み悲しむよりも、はるかに深く痛ましいほどに、罪人の滅びのために悲しみ呻いてくださったのです。そこに救いを提供して下さろうという御心の原点があるのです。しかし、もしキリストが人間の弱さを身に帯びず、勇ましく猛々しいみ姿のまま、ユダのライオンとして、英雄の死を遂げられたとしたならば、はたして、弱々しい私たちは、このキリストに恐れなく近寄ることが出来たでしょうか。

 キリストは、弱い私たちが恐れることなく近づくことが出来るように、敢えて弱い者となってくださったのです。弱い者が、先ず、第一に求めるのは、自分たちの弱さ、痛み、苦しみ、悲しみというものを理解してくれる人です。じっと話を聞き、共に痛み、共に苦しみ、共に悲しみ、共に憤慨し、共に怒ってくれる人です。それは同じような体験をし、痛んだ事がある人、苦しんだ事がある人、悲しんだ事がある人、憤慨し、怒った事がある人に限られるのです。聖書に記されているキリストの生涯を知らないカトリックの信徒たちは、キリストは雄々しい方で、弱々しい人間の痛みを理解してくださらないからと考え、人間としての弱さを充分に体験し、良く知っていると思われる「マリヤ様」という女性におすがりします。これはキリストに対する冒涜であり、キリストの努力を水泡に帰し、み心を痛めるものです。

 教会は、このキリストのみ姿に似る者です。キリストが遣わされたように、それに倣って遣わされているのです。本来、教会は苦しむ必要はありません。すでにこの世の者ではなくなっているのです。私たちは天に属する者です。しかしながら、キリストが派遣されたように、私たちも派遣されているのです。教会は、キリストが罪人と共に生き共に苦しまれ、あたかも罪人の一人であるかのようになってくださったのと同じく、この世の人々と同じように生き、同じように苦しむのです。それは、苦しみながらも力強く生きる教会、痛みながらも負けないで生きる教会の姿を見て、人々が教会に近づいてくるためです。強い教会、負けない教会だけではだめなのです。それでは近づいて来られない人々が多いのです。教会は、キリストが持っておられなかった不完全さを持っています。それは、自ら苦しまないでは苦しんでいる者の苦しみを理解出来ないということです。教会は、キリストの大使、代理、み体として、キリストの贖いの働きを継承していくために、苦しみを通して、あるいは痛みを通して、人々の苦しみと痛みを理解するようにならなければならないのです。痛みを知らない教会、苦しみを知らない教会は、真の意味では、悲しみの人で病を知っていたキリストの代理にはなれないのです。

 キリストが遣わされたように、教会もまた遣わされているという真理を、最も重く受け止めなければならないのが宣教師である事についてはすでに述べましたが、開発途上国で働く先進国からの宣教師の多くが、現地の人々の尊敬や憧れは勝ち取ることができても、効果的な福音の伝達が出来ないでいるひとつの理由がここにあります。同じ現地人牧師が何かするより、先進国から来た宣教師が、金と物資と機動力と能力を発揮してやったほうが、断然多くの人集めができます。しかし、それで福音伝達がうまく出来て、教会が建て上げられ、その教会がキリストのみ丈まで成長して行くというのは、まれな出来事です。ほとんどの場合、貧しく能力も劣る現地の牧師の方が、効果的な福音伝達をし、より強力な教会を建て上げることができるのです。先進国からやってくる宣教師たちの多くは、後進国の生活に溶け込むことが出来ないためです。彼らの非文明的生活様式、理屈に合わない文化習慣、非生産的な社会形態、非効率的な労働慣習。どれをとっても先進国からの宣教師にとっては珍糞で、批判し、嘲笑し、帰国して友人たちとコーヒーを飲むときの会話の面白い「つまみ」にはしますが、自分がその中に入り込み、その中で生活するなど、考えても見たくありません。しかし、現地の人々の苦しみや悲しみは、現地の人々の生活様式に入って、現地の人々と同じように生きてみなければ理解出来ないものです。また、そのように生活してみて始めて、表面的にはまさにばかばかしいような習慣や文化、あるいは社会の仕組みというものが、それなりの歴史と存在理由を持ち、時には、それらが非常に美しいものであることさえ解るのです。そしてそれらが解ってはじめて、現地の人々の心が解り、福音を有意義に語ることが出来るのです。

 現地の人々の生活様式に入り込むということは、具体的に言うと、現地の人々と同じ種類の家に住み、同じ種類の食べ物を食べ、同じ経済感覚を持つことです。それが単に、現地の国民服を着るとか現地語で挨拶が出来るとかいう表面の事柄に止まらず、日常の生活感覚が現地の人々と同じになるということです。もっとわかり易く言うならば、現地の人々と1ヶ月間、あるいは2ヵ月間、一緒に暮らしてみることです。現地の伝道者の家にお世話になってみることです。そして現地の人々と同じ家に住み、同じ食卓で同じ食器から同じ食べ物を食べてみることです。同じ寝具で眠り、同じ便所を使い、一緒に買い物に出かけ、一緒に安いものを探し、一緒に信徒を訪問してみることです。現地の伝道者たちと伝道旅行に出かけるのも良いでしょう。同じ宿の同じ部屋に泊まり、同じ食事をし、同じ乗り物に乗り、何もかも同じに10日間くらい生活してみることです。そうすると、単に現地の人々の生活感覚や考え方、習慣や文化が理解出来るだけではなく、その中で生きる人々の苦労や喜びも解ってきます。そして何よりも、現地の人々と心の繋がりが出来てきます。

 このような実験をするには、当然独身の宣教師の方が有利でしょう。しかし、たとえ家族持ちでも、敢えてそのくらいの冒険は出来るでしょうし、やってみる価値はおおいにあります。ようするに現地の人々に溶け込み、現地の人々の感覚を得ることです。一度でわからなければ、二度三度と繰り返してみると良いでしょう。誰と余暇を過ごしたいと望むかが、宣教師にとって重要な個人評価になります。同じ宣教師仲間や同じ国から来ている人々を求めているうちは、まだまだなっていないと知るべきです。現地の協力者、現地の人々と過ごすのが最も楽しくなって、初めて、宣教師の心に近づいたのです。宣教師たちが自分の家族の生活を第一にして、現地の人々とはほとんど交わりを持てないような環境で、交わりを拒絶するような生活様式を保っているのは、つまり、出来るだけ母国に近い生活を保とうとしているのを見ると、非常に悲しくなります。家族を大切にするのも理解出来ますが、宣教師はやはり何と言っても、人の姿を取り、人と共に生き、人と共に住んでくださった、キリストの姿に倣う者だからです。

 宣教師が現地の人々と共に生活し、彼らの痛みと苦しみを理解し出すと、現地人や現地の生活習慣や文化に対する、一方的な批判が少なくなります。寛容性が増し、現地のやり方に対する忍耐力も加わります。現地で起こるさまざまな問題に対して、宣教師的な解決方法、つまり、現地の習慣を無視した宣教師の母国のやり方を用いないで、現地のやり方を学び、現地の人々の示唆と助けを求めるようになります。すると、現地の人々は喜んで助けてくれます。現地の人々は、助ける事が出来ることに、助けられるより喜びを感じるからです。このようにして、コミュニュニケーシヨンが築かれるのです。徐々に、現地の人々は隔てなく宣教師と付き合うことが出来るようになり、宣教師も隔てを感じないで共に仕事が出来るようになるのです。そうなってはじめて、宣教師たちは現地の人々が恐れなく近づくことが出来る者、痛みを分かち合うことが出来る者として理解されるのです。

 教会は、キリストが遣わされたように、遣わされているのです。教会全体が、あたかも宣教師のような意識になって、自らがキリストと同じようにこの世に遣わされている存在であるということをしっかり認識するならば、教会の中に大きな変化、改革が起こるに違いありません。教会は、遭遇する痛みや苦しみに不平不満を募らせるのではなく、キリストの苦しみに与ることができる喜び、キリストのゆえに苦しむのに足る者とされた喜びを知るべきなのです。

D.キリストの派遣に伴ったと同じ権威

 キリストはこの世に遣わされた時、第二神格者としての栄光と権威を横に置いて来られたという事については、すでに学んだ通りです。しかし、キリストはその公生涯を開始なさった時、明らかに、公生涯の働きを遂行するために聖霊をお受けになったと同時に、権威をも付与されたと考えられます。その権威は甦られてから取り戻された権威とは別の権威、あるいは甦られた後に取り戻された権威ほどの完全なものではありませんでしたが(マタ20:19)、悪魔を叱り(マタ4:10)悪霊を追い出し(マタ8:28−32)、病を癒し、断定的に教え(マタ7:28)、自然を治め(マタ7:27)、罪を許し(マタ9:1−8)死人を甦らせる権威でした。実際、キリストはすべてのみ業を権威によって行い、信仰とはキリストの権威を認める事であると教えておられるように思えます(マタ8:5−11)。キリストは、祭司長や長老たちが敵愾心をもって、「何の権威によって、これらのことを教えているのか。だれがその権威を授けたのか」と質問をした時に、敢えて彼らの挑発に乗るようなことはなさいませんでしたが、答えは明らかです(マタ21:23−27)。父なる神に与えられた権威です。キリストは、ご自分の権威は父から来たものであることを、かなり明確に主張なさいました(ヨハ5:19−47、7:14−18,8:23−30、10:18、)。

 キリストの弟子たちは、このキリストから汚れた悪霊どもを制する権威を与えられて、み国の福音を宣べ伝えるようにと派遣されました(マタ10:1−15)。弟子たちの派遣には権威の委託が伴ったのです。弟子たちはこの権威を持って、与えられた使命をまっとうしました。この権威はまた、権威を委託した方の権威に関わるものであり、さらにその権威を委託した方をお遣わしになった、父なる神の権威に直結するものでした(マタ10:40−42、ヨハネ13:20)。こうして見ると、弟子たちに与えられた権威は悪霊どもを制するだけに止まらず、福音宣教全体に関わるものであることが分かります。キリストは、未熟な弟子たちが悪霊に対する権威の力を目の当たりに体験して、有頂天になってしまったのを戒めて、永遠の命の大切さをもう一度強調し、確認しなおさなければなりませんでした。教会は、誕生前の胎児の時代から、権威を委託され、権威によって働くようにされていたのです。

1・教会に与えられた権威・与えられていない権威

 まだ人間の肉体を取っておられた時のキリストが、未だ生まれてもいない教会の権威について、予め、お語りになっているのはとても興味深い事です(マタイ18:15−20)。教会が解くことは解かれ、教会がつなぐことはつながれるということですが、これが実際何を意味しているのかは、解釈者によって異なります。とは言え、これは懲罰ということでは教会の内部の問題に関わることであり、福音の宣教とその結果ということでは、外部の者に関わることであるということだけは明らかです。

 教会が、自分たちの内部の問題に対しては、権威をもって、しかも正しい手段で正しい判断をすべきことは当然のことです。しかしいま取り上げようとそしているのは、教会が外部の者に対しても権威を持っているという側面です。福音宣教の使命を与えられた教会は、使命と共に、福音に関わる権威をも与えられています。教会がそのことを自覚していようがいまいが、与えられているという事実にはかわりがないのです。教会が福音宣教に携わるということは、人間の永遠の運命を定めるという結果をもたらす、重大な権威を行使する事であり、軽々しく、いたずらに取り扱うべきではないのです。福音は信じるものには命を与える力ですが、拒絶するものには永遠の滅びを定めるものだからです。そしてまた、この福音宣教の使命がただ教会にだけ与えられているという事実、教会以外の何者にも与えられていないという事実が、非常に重要です。教会が独占している使命であり、独占している働きであり、独占している権威なのです。教会は、キリストが「あなたの罪は赦された」と宣言なさったように、福音を聞いて悔い改める者に「あなたの罪は赦された」と宣言する権威を持つのです。

 また、教会の誕生がいよいよ近くなった時、キリストは改めて権威について触れておっしゃいました。「わたしには天においても、地においても、一切の権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々(部族)を弟子としなさい」。甦られたキリストは、はじめから天でお持ちになっていた権威を取り戻し、その権威をもって教会の土台となる弟子たちに、「すべての民族を弟子とする」ようにお命じになったのです。13  甦られた後のキリストが、一切の権威を与えられ、その権威のゆえにお命じになった世界宣教に関わる教会の権威と、人間の肉体をお持ちだったときに、弟子たちにお与えになった権威にどのような違いがあるのか、具体的には定かではありませんが、肉体を持っておられた時のキリストの権威は、いろいろな意味で限られていたと考えられます。ところが甦られたキリストは、受肉前の完全な権威を取り戻されたのです。従って教会は、美しの門に座っていた足の萎えた乞食を、甦られたナザレのイエスの名、すなわち甦りのキリストの権威によって立ち上がらせたペテロのように、よみがえりのキリストの権威によって福音宣教の働きを進めて行くのです(使徒3:1−4:12)。


13  「あらゆる国の人々」と訳されている言葉は、もともと「あらゆる民族」という意味に最も近く、現在の国家という枠の中の人々、国民という意味はありません。

 パウロが、教会は和解の福音を任せられている「使節」であると語った時、教会に委譲されている権威について、思いを及ばせていたと考えられます。この使節という言葉は、大使または全権大使、さらには代理とも訳すことが出来るということですから、当然、遣わす者の権威が伴うと考えられるのです。言語の意味合いから察するならば、キリストが父から遣わされたとおっしゃった時も、権威が伴っているという意味あいがあったと考えられます。キリストが教会を遣わすとおっしゃった言葉にも、同様に、権威の意味合いが込められていることが明らかです。遣わすと訳されているふたつの原語には、権威を与えて使わすという意味があるからです。

 教会はたとえどんなに小さく弱く見えても、どれほど貧しく困窮しているようであっても、権威を帯びているのです。この世界の、他のどのような者にも絶対に与えられていない、強大な権威を与えられているのです。教会が福音を語る時は、神の権威をもって語るのです。教会が病を癒し悪霊を追い出す時には、甦られたキリストのみ名の権威によって行うのです。この、権威によって癒しや悪霊の追放を行う働きは、癒しや悪霊を追い出す賜物よりも、より基本的な教会の働きであり、賜物を与えられている者だけが行う働きではなく、教会の基本的働きとして、教会全体が関わっていく働きです。それはちょうど、パウロの福音宣教がこの世の知恵や賢さによらず、福音の力によって行われたと言われているように、教会も自らの知恵や知識といった資質に頼らず、福音宣教に伴う権威によってしるしと奇跡を行い、悪魔の支配を打ち破って神の国の到来を明示するのです。

 一方教会には、福音宣教という使命に伴う権威以外の権威は、与えられていません。教会は、福音宣教とは関係のないいろいろな分野で、権威を行使してきました。そのすべてが間違った結果をもたらしたとは言えないまでも、多くの場合、誤った判断に基づいた誤った結論となり、正義の神の名によって悪を行う結果となってしまいました。特に教会が世俗の権力と手を組んでいた時、あるいは、世俗の権力を手中にしていた時に行使した権威は、多くの悲惨な結末に終わってしまいました。この事についてはすでに簡単に述べたとおりです。教会は与えられていない権威を行使してはならないのです。その権威を行使する能力も与えられていないからです。与えられていない能力と権威を行使すると、必ず悲惨な結果に終わるからです。

 教会の歴史は、キリストによって委任された権威と、教会が世俗の力を掌握したときに獲得した権威の間の、葛藤、衝突、融合、混乱の歴史でもありました。それは、ヨハネとヤコブとの母が、二人の息子たちを、それぞれキリストの右と左に座れるようにと画策した時から始まって、自己を捨てきれない不肖の弟子たちの、権力闘争の場でもあったのです。このような精神から権力を行使するならば、教会は内部の問題に対してさえ、正しい手段を採って正当な判断をする事が出来なくなってしまいます。原始教会から、原始カトリック教会に移行していく途上での、各地の監督たちの意見の相違と権力闘争は、やがて東西教会の分裂をもたらしました。そして東西の教会共に、権力の官僚機構を作り上げ、それを動かしがたいものとしてしまいました。そしてこれが世俗の政治権力・経済力を手中に収め、国家権力さえ掌握するに至って、教会の名によって、神の名によって、そしてキリストの名によって、あらゆる犯罪行為が行われてきました。もちろん、教会が行ったすべてのことが犯罪であったわけではなく、多くの素晴らしいことも行われたのですが、全体として見るならば、神の権威によって行われたと言うにはとても恥ずかしいものです。

 すでに触れたように、教会は、世俗の事柄を裁く権威を与えられていません。権限も能力も与えられていないのです。世俗の事柄の善悪を見極め判断する知識も知恵も力も賦与されていないのです。それを与えられていると思い込み、神の名をもって発言するのは愚かな事です。日本のように、教会が社会の中で小さい場合は少数意見として無視され、せいぜい福音伝道の妨げになるだけであり、アメリカのように、教会が社会の中で力を持つほど大きい場合は、世論を誤った方向に導くものになってしまいます。人間が神の御前に正しい信仰を持って、良心に恥じない生き方をするという事と、社会的にあるいは政治的に正しい判断をし、正しい選択をして行くという事は、まったく別の事柄なのです。その事がわかっていないと、「クリスチャンの大統領ならば正しい事をするに違いない」とか、「キリスト教政党ができれば、それが最善だ」などという、幻想を抱く事になるのです。ましてや、教会が神の名をもって発言し、行動していくべきだなどと考えるのは、鯨が空を飛ぶ事を考えるようなものなのです。

 このような幻想は、カトリック教会が教皇をキリストの代理とし、この地上におけるキリストの権威を主張したことに、深く関わっています。教会内の官僚機構の頂点に立ち、さらに地上の権力を掌握することによって、文字通り、教皇は絶対の権力を手にしたことがあります。カトリック教会には、現在でもその時代を懐かしんでいるところがありますし、あわよくば、その権威をいくらかでも取り戻したいと考えている事も、様々な国々でのカトリック教会の動きを見ていると明白です。カトリック教会は、いつも国家権力と手を結ぼうとしています。

 プロテスタント教会もまた、そのようなカトリック教会と基本的に同様である場合が多いのです。特に伝統的キリスト教国家と言われる国々ではそうなのです。各国の宗教迫害を逃れて、新天地を求めて移住者が集まって来ていた開拓時代のアメリカでは、ロジャー・ワグナーによって提唱された政教分離の原則が受け容れられました。戦後、アメリカの影響を強く受けて民主主義を模索してきた日本では、このアメリカから輸入した政教分離が当然の原則のように語られていますが、決して世界の常識ではないのです。教会がこの世におけるキリストの代理であることは、聖書によって明白です。しかし、教会の官僚機構がキリストの代理ではありませんし、ましてや、キリストはこの世の事柄には敢えて干渉なさらなかった、苦しみと痛みの救い主だったのです。第一降臨のキリストは、「カイザルのものはカイザルに」とおっしゃって、自分を政治の世界、世俗の世界に引きずり込もうとした人々に、はっきり「否」とお答えになったキリストであり、そのキリストの代理を教会が勤めているのです。私たち教会は、雲に乗っておいでになる、第二降臨のキリスト、裁き主としておいでになるキリストの代理ではないのです。このことを明確に理解しなければ、私たちは、自分がキリストと共に裁く者であるという幻覚を抱き、とんでもない事をしでかしてしまうのです。この世の事に関しては、今の教会、第一降臨のインマヌエルとしてのキリストの代理である教会は、何の力も持っていないのです。ただ、良心と信仰をもって、神のみ前に生きるだけなのです。教会に必要なのは、「知りません」「わかりません」と言える勇気です。教会が裁くようになるのは、すべてが明らかにされて、キリストから改めて裁きの権威を与えられてからなのです。

2.権威の源と内容 

 では教会は、キリストから権威を与えられたからと言って、自動的に福音宣教に関する事柄すべてに、権威を振るう事が出来るのでしょうか。確かに、悪霊を追い出し病を癒す権威、キリストのみ名によって命ずる権威、キリストのみ名をもって福音宣教に携わる権威は与えられており、その件に関しては、あまり深く考える必要はないように思います。しかし、私たちが宣べ伝える福音の権威は、私たちがキリストの名をもって語るだけで、自動的に権威を持つものでしょうか。

 私たちは、福音宣教のために特別な召しを受けた牧師や伝道者、あるいは宣教師たちが、「神のみ声を聞いて」説教をするのにしばしば出くわします。「今朝早く、何を語ろうかと祈りながら瞑想しておりますと、神さまが語りかけて下さいました」という枕詞で始まる説教を、実にしばしば聞かされたものです。彼らは自分が召されているという事と、神の声を聞いたという二重の主張によって、自分たちの語ることを権威付けます。確かに全能の神が、何にも妨げられない自由意志によってなさることですから、今も、み声をもってお語りになることもあり得るでしょう。しかし、神はよちよち歩きの幼子ではありません。自分に出来ることを、何でもして見たいというような幼児性は持ち合わせておられません。神がなさることには必要性あるいは必然性というものがあるのです。現在、神が世界中の伝道者や牧師、宣教師たちにいちいちみ声をおかけになる、必要性も必然性も認められないのです。神がみ声をおかけになることがある事は否定いたしませんが、66巻の聖書が完結している現在、人間に必要な事柄として神がお認めになった事については、すでに啓示され、霊感を受けて聖書の中に記録されているのですから、猫も杓子も神のみ声を聞くのは腑に落ちません。「神のみ名をみだりに唱えてはならない」と旧約聖書は教えています。もう少し、聖い神に対する畏れと誠実さをもって、すなわち真の礼拝者の心をもって、自分の言葉に責任を持って欲しいと望むものです。また、牧師や伝道者あるいは宣教師として「召される」という体験もあり得ますが、これも聖書の教えるところではない事はすでに述べた通りです。このような聖書の権威を離れたところで、誠実さを欠いた権威付けをするのは、神の仕事を与る者にはふさわしくありません。

 では、福音の伝達者、宣教者としての教会を権威づけるのは、いったい何でしょう。ある人たちは、立派な学校を卒業し、修士号や博士号を持っていることで、権威を持っているかのように振舞います。他の人は癒しや奇跡を行うことによって、自分には権威があるかのような言い方をします。あるいは自分が祈れば人が倒れるとか、自分はたくさん預言をするとか言うことで、あたかも権威ある者であるかのように見せかけます。大多数のものは所属する団体から認証を受けている事を、自分の権威とします。それらの事柄にはそれなりの価値があるかも知れません。しかし、それは聖書の教えるところではありません。パウロが、自分に授けられている権威について語ったとき、彼が意味していたのは使徒としての権威、あるいはその教会を建て上げた使徒のとしての権威であったと考えられます(IIコリ10:8、13:10、Iテサ2:6)。ただそれは教会内の特定の権威であって、教会そのものの権威ではありません。

 福音伝達者としての教会、贖いの愛のみ業を継続する者としての教会を権威付けるのは、神のみ言葉です。たとえ天地が滅びたとしても滅びることがない、神の言葉が教会の権威の拠り所、また源です。カトリック教会では、教会が聖書を成立させたと考えて、教会の権威を聖書の上に置いてきました。実質的には信徒たちの共同体としての教会ではなく、教皇を頂点とする聖職者の官僚機構としての教会が、聖書の上にありました。しかし私たちは、教会が聖書を成立させたというのは皮相的だと考えます。聖書は聖霊によって成立させられたものであり、教会は聖霊に動かされ用いられたに過ぎないと理解しているからです。私たちは聖書自体が主張するように、聖書は誤りのない神の言葉であると信じていますし、その誤りのない神の言葉に、神の権威を認めています。教会は福音を宣べ伝える権威と義務をキリストから与えられていますが、その福音とは現在の教会にとっては、聖書に記された記録以外の何物でもありません。

 初代の教会が神の言葉として受け容れていた旧約聖書と、神の子として信じていたイエスの生涯と教え、そしてその弟子たちが聖霊の助けによって理解した福音を記した新約聖書が、現代の教会の権威の拠り所です。キリストが教会に権威をお与えになったということ自体が、聖書によって、そして聖書によってのみ伝えられた事なのです。教会の権威は、霊感された神の言葉である聖書の権威に拠るものです。教会の権威は、神の言葉を預かるものの権威、つまり預言者の権威です。神の言葉を預かっていなければ、権威を持たないのです。教会は、様々な方法で啓示された福音、神の言葉が、霊感という神の手段によって記録された聖書によって、権威を持つのです。福音を委ねられた教会は、霊感によって福音を記録した聖書を委ねられているのです。

 しかし、教会が聖書を所持しているというだけで、神の権威を所持しているという事にはなりません。神の言葉は正しく理解され、正しく語られてこそ、神の言葉だからです。正しく理解されておらず、正しく語られていない神の言葉は、神の言葉ではないのです。14  勝手気ままに、自分に都合の良いように聖書を用いるのではなく、厳密な聖書解釈による、正しい聖書の理解を心がけなければなりません。この点においては、私たちの仲間もかなり厳しい自己批判をする必要があると言わざるを得ません。聖書、聖書といいながら、自分の勝手な思い込みを聖書の中に読み込んで、聖書の教えであると主張している場合がかなりあるからです。聖書を用いて、聖書に法って語ると主張している私たちは、神の名によって語っているのですから、純粋な怖れをもって、聖書を学び、語らなければなりません。


14  新正統主義の主張とは別の意味です。教会が聖書によって権威を主張する場合、教会は聖書を正しく解釈し、正しく理解していなければならないということです。


 そういう意味では、熱心さを最優先に掲げてきた私たちペンテコステ派の人々は、聖書に対する真摯な学びを欠く傾向があります。とは言え、改革派神学を基盤にした、現在の厳密な聖書解釈の手法の主流には、おおいに問題を感じるところがあります。この手法では、パウロの聖書解釈の方法が誤りになってしまい、復活のキリストがエマオの途上で、また昇天の直前に弟子たちにお教えになった時にお用いになった、旧約聖書の解釈の方法が受け容れられなくなってしまうからです。西欧的な思考方法で聖書の解釈法を決定してしまうのでは、聖書の言うところが不明になってしまうことがあるのは明らかです。このあたりに、まだまだ、研究の余地が残っていると言えるでしょう。今ここで、改革派神学を基盤とした聖書解釈に欠けているものをひとつ挙げるとするならば、それは、聖書をお書きになった聖霊が、お書きになった事柄の意味を明らかにしようと、今も、私たちに働きかけてくださっているという事実を、大切にしない事です。

 ペンテコステ派の伝統的聖書の読み方は、「素人的読み方」です。この素人的読み方は聖書の厳密な解釈、一字一句の厳密な学びなどには、無知と誤りを露呈しながら、大きな全体的な意味の捕らえ方においては、ひどい誤りに陥っていないばかりか、大要において正しい捕らえ方をしているという事です。細部にわたる厳密な研究の大切さと必要性は言を待ちませんが、木を見て森を見ていないという誤りに陥りやすいという欠点があります。幸いペンテコステ派の主流の人々の聖書の読み方は、素人的で非学問的でありながら、改革派やバプテスト派、あるいはメソジスト派の基本的神学を受け容れつつ、それ以上追求しようとはせずに、その枠付けの中で聖書を読んで来たために、自分に都合が良いように勝手に読んで、細かいところでは支離滅裂な解釈を持ち込みながらも、わずかの例外を除いては、大きな間違いに陥らずに済んだと言えるでしょう。手前味噌な言い方ですが、あるいはそのようなところにも、聖霊の導きと照明に期待して祈りながら聖書を読むペンテコステ派の人々に対して、聖霊が働きかけてくださっていたのかも知れません。

 しかし、実際でたらめな聖書解釈による説教などを聴くと、神の言葉を委ねられ、その権威によって立つ教会としては恥ずかしい限りで、その誤った聖書解釈によって権威が乱用されるのを見るのは、実に残念なことです。ただ教会は、福音の本質の理解を「神の許容範囲の中で」最小限の誤りの範疇に止めながら、神の権威を行使していると見るべきでしょう。私たちは、神の言葉に立つことによって初めて権威を持つのですから、聖書の正しい解釈、正しい理解を求めて、最大の努力をしなければなりません。

 ペンテコステ派の、聖書理解の間違いから来る問題のひとつに、「預言」があります。多くの人々が預言の賜物を与えられたと主張し、彼らは自分たちの預言に、何らかの権威を認めることを要求しているからです。彼らは聖書を単純に読むペンテコステの伝統から、先ず、「預言者」という働きについて、勝手な思い込みをしてしまいました。また、「預言」というものについても、「預言の賜物」の賜物についても、聖書を正しく理解することに失敗してしまいました。その結果、現在でも、あたかも旧約聖書の時代の預言者のように、「主はこのように言われる」と、主の権威を持って語りだすことができる預言者の出現を信じる事によって、預言者と自称する人たちの語る言葉を「聖書以外の権威」として受け入れ、本当の神の言葉が教えていない教えに、迷い出る可能性があるのです。実際、多くの信徒たちが、誤った教職たちによってこの預言を信じるように指導され、聖書によらない信仰へと誘われてしまったのです。15


15  著者は現代の預言問題について、幾度か、警鐘を鳴らす意味で発言してきました。興味のある方はご連絡ください。小論文をお送りします。

 伝統的福音派の教会、すなわち、正統的プロテスタント教会にとって、聖書以外の「神的権威」を認めることは、絶対にあり得ない事です。もしペンテコステ派の教会が、現代における神的起源の預言の存在を認めると、聖書以外の権威を認める事になり、正統的プロテスタント教会の仲間として、認めてもらえなくなる危険性があるのです。では、伝統的、正統的プロテスタント教会の仲間と認めてもらうために、私たちは、現代における預言の可能性を否定してしまうのでしょうか。ペンテコステ派の神学者の間にも、そのような傾向の方々がいます。しかし、現代における神的起源の預言を認め、しかも聖書の権威を損ねない信仰と理解のあり方を求めることも可能です。

 聖書の教えを素直に読む限り、現代においても、神からの直接の語りかけとしての預言を否定する理由がありません。しかし、その一方で、聖書に書き加えることは禁じられています。すなわち、聖書と同等の権威を持つものの存在が否定されています。言い方を変えると、聖書に従属する権威は否定されていないのです。歴史を見ても、教会は様々な信条や信仰告白を作成して来ました。これらは聖書のまじめな学びから導き出されたものとは言え、聖書と同等の権威を持つものではなく、あくまでも聖書の権威に従属するものです。16  現代の預言もまた、たとえそれが、正真正銘、神からのものであったとしても、聖書と同等の権威を持つものではありません。あくまでも聖書の教えの範囲内で、聖書の教えを補佐する形で、聖書の教えに光を当てるという意味で権威を持つものです。従って、聖書の中には含まれていない、新たな啓示としての預言というものについては、厳しい疑いの目を持たなければなりません。聖書に書き加えるべき事はないからです。


16  ただし、ウエストミンスター信仰告白は、多くの改革派や長老派の人々にとって、実際上、聖書より権威のあるものになっています。この信仰告白が聖書を解釈する鍵となっているからです。この件について、先に述べたように、著者は神戸改革派神学校の校長をしておられる神学者に、彼の著書に応答する形で手紙を差し上げました。お返事を下さるというメールをいただいてからすでに数年過ぎていますが、残念ながら、まだ実行はされていません。興味のある方はご連絡下さい。原稿をお送りいたします。


 現代の預言や啓示がどれほど明瞭なものであり、素晴らしい内容であったとしても、それらは聖書の霊感と同じ霊感を受けたものではありません。聖書が権威を持つのはそれが啓示の書だからでも、預言の書だからでも、キリストの言葉が含まれているからでもありません。それが霊感を受けて書かれたものだからです。聖書の権威は霊感に拠るのです。現在の預言は、たとえそれが、現代の電子機器によって誤りなく記録されたとしても、その言葉一つ一つは人間の表現であり、人間の言葉です。預言の言葉、啓示の言葉が神の言葉となるのは、霊感という聖霊のお働きによってです。聖書の言葉は、人間の選択による言葉ではありますが、霊感によって、すべての言葉、一字一句が、神の承認を受けた言葉、神の言葉となったのです。例えばヨハネは新しい天と新しい地を見て、「透き通ったガラスのような純金」という表現を用いましたが、その表現を、聖霊は霊感によってよしとしてくださったのであす。今かりに、預言者と言われる人が同じ幻を見せられたとするならば、たぶん、異なった表現をする事でしょう。間違いなく同じ幻ですが、それを見た人たちによって表現は異なるのです。その表現は、幻を見た人のものであり、それだけでは神の絶対の権威にはなり得ないのです。それが神の権威を持った表現とされるには、霊感が必要なのです。霊感は単に、聖霊が著者を導いたという事ではなく、神がその言葉の選択をよしと認められたという事なのです。現代の預言には霊感がない、すなわち、聖霊のお墨付きがないのです。

 私たちは、教会の権威が、神の言葉である聖書の正しい理解と、その理解したことを明確に宣言して行く事にあると、しっかり確認しておかなければなりません。誤った権威を主張したり、権威を失ったりする事がないためです。私たちは、キリストから権威を託されて、派遣されているのです。私たちが語る言葉によって、人々は永遠の命を獲得するか、永遠の死に定められるのです。これは実に大変な権威です。
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