Ecclesiology

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共同体としての教会



 教会は共同体です。共同体であるということは、教会にとって枝葉の事柄ではなく、まさに本質的な性格です。では共同体であるということはどういう意味なのか、また、どういう意味で共同体なのか、見て行きましょう。

A.神に召された者たちによって構成される共同体 

 すでに述べたことではありますが、教会とは神の召しを受けた人々によって構成される共同体です。教会が他のいかなる人間の集まり、あるいは共同体とも異なるところは、その構成人員がすべて神に召された人々であるということです。どのように優れた人物であっても、いかに高貴な人間であっても、神に召されていなければ、この共同体に加わることはできません。この共同体にあこがれ、この共同体に加わろうとして、どれほど努力を重ね、大きな犠牲を払い、金額を積んだとしても、神の召しを受けない限り加わることができません。さらに、この共同体から熱烈な招待を受け、三顧の礼をもって迎えられようとも、神の召しがない限り連なることはできません。反対に、どんなに貧しくても、小さくても、無学無名であっても、あるいは悪名高くても、あるいは共同体自体からは拒絶されようとも、神の召しを受けたならば、この共同体の構成員となるのです。

 従って、この共同体は人為的な選択による構成員を持ちません。神が召し、聖霊がバプタイズしてくださることによってのみ、まったく神意による構成員によってのみ成り立つ共同体です。しばしば神は、人間的な標準では「いったいどうしてこんな人間を」と思わざるを得ないような人物を召し、教会にお加えになります。あらゆる意味で、「このような人物に仲間に加わってもらっては迷惑だ」と、判断せざるを得ないような人を加えてくださいます。しかし、教会が構成員を選ぶのではありません。役員会や牧師が教会加入申請者を厳正に審理して選ぶのではありません。聖霊が教会会議にも、役員会にも牧師にも相談せずに、一方的にお決めになるのです。本来、教会に出来ることはただ、神が召し、聖霊がバプタイズしてくださった人物を、そのまま受け容れるだけなのです。

 そしてまた、人間は厳密な意味で、誰がこの共同体の真実な構成員であり、誰がそうでないかを知ることができません。厳密な意味では不可能なことで、ただ神のみがご存知なのです。もちろん、まったく不可能というのではありません。むしろ、さまざまな方法で、さまざまな角度から、かなりのところまではわかるのです。ただ、最終判断は、常に、神に任せなければなりません。ある特定人物が、本当の意味でキリストのみ体である教会の構成員であるかどうか、共同体の一員であるかどうかを第三者が知るためには、まず、み言葉によって客観的判断をしなければなりません。その人物が、聖書で教えられている通り、キリストを救い主として受け入れ、信頼し、そのみ言葉に立って生活を始めているかどうか。また、その人物の生活の中に、聖霊が働いてくださっていることを明確に認めることができるかできるかどうかです。さらにその人物自身が、み言葉に立って生活を始めていることを自覚しているかどうか。また、自分の内にお働きになる聖霊の力を感じているかどうかです。聖霊の力を感じて生きることは、聖霊の証印を得ていることです。多くの場合、信徒たちは無知のために、救いの自覚を持てないままでいます。すなわち自分が本当に救われているかどうか良くわからないままでいるのです。ヨハネは、そのような信徒たちが自分の救いを確信できるために、第一の手紙を書きました(Iヨハネ5:13)。

 くり返しますが、誰が教会の真実の構成員なのか知ることは、厳密な意味では不可能です。真実の教会は見えないものです。とは言え、実際上はかなり正確に知ることができるのです。本当に新生の体験をした者には、必ず聖霊のみ業が伴うからです。その聖霊のみ業を個人の人生に確認した教会は、たとえその人物がどのような人物であろうと、人間的な善し悪しの判断に関わらず、神がその人物を召し、聖霊がその人物を教会にバプタイズしてくださったものと認めて、実際上でも、管理上でも、その人物を教会の一員として、喜んで迎え入れるべきなのです。その人物のために、天において大きな喜びがあったのですから、教会でも大きな喜びを持って迎えるべきなのです(ルカ15:7)。このようにして、教会は、人為的な判断や選択によらない、神の召しによって可能となる共同体であることを、内外に示すべきです。

 アメリカの福音派の教会では、しばしば、洗礼は授けるが教会員としては受け容れないということをします。「その人物は確かに救われたと認めるが、自分たちの教会の基準に達していないから受け入れられない」と言うのです。「洗礼は信仰の問題であるから、キリストを救い主と告白する限り授けるが、教会への加入は本人と教会の自由な選択の問題であるから、洗礼を受けることがそのまま教会員になることではない」と主張します。ある教会の基準は天国より高く、「有色人種はだめ。ある程度の生活水準と社会的地位がなければだめ」というわけです。他の教会は、「酒を飲んでいる者はだめ。ダンスをしている者はだめ。映画を観る者はだめ」と言います。「そのような悪癖から開放されてから、改めて、教会加入の申請をしなさい」と言うわけです。

 個人主義的教会観のため、自由意志の尊重が聖書の教えの前に出てきて、教会の加入も個人の自由意志によるものと考えられ、神の召しや、聖霊によるキリストのみ体へのバプテスマということを、理解する余地がなくなってしまっているのです。神の国に生まれたばかりの幼子が、それまで悪魔の支配の中で馴染んできた罪深い生活を、すぐさま捨てて、大人のクリスチャンになれるでしょうか。生まれたばかりの赤子を前にして、「お前は泣いてばかりいる。おしめは濡らすし、食べ物さえひとりでは食べられない。世話がかかってしょうがない。我々の家は、きちっとした、由緒ある家系だ。お前のような者がいると、家中が散らかり、汚くてしょうがない。お客さんが来ても恥ずかしくてならない。だから我々は、おまえを家族の一員とは認めない。どこにでも行って、勝手に生きるがいい。そして自分のことは自分で出来るようになり、きちっとした生活が身についたら、もう一度訪ねて来るがいい。そうしたら、改めて、お前が我が家にふさわしいかどうか、審査して決めようではないか。」などという家族があるでしょうか。しかし、少なくてもアメリカの神の家族の中には、平気でそのようなことをしている者たちがいるのです。神様が受け入れてくださった人間を、教会が拒絶しているのです。

 一方、日本の福音派の教会の多くは、洗礼を授ける前に、非常に長い、厳粛な洗礼準備の期間をおきます。文化的な背景を考慮して、その人物が本当に救われ、聖霊のお働きを体験しているかということを見極めるために、時間を置くこと自体はある程度正当化できると思います。しかし、明確な救いを体験した人、神の国に入れられた人、すなわち、聖霊がキリストのみ体にバプタイズしてくださった人を、そのバプテスマの象徴に過ぎない洗礼を引き伸ばし、キリストのみ体の具体的表現である地域教会に、迎え入れないと言うのは大いに問題があります。多くの教会は、救われたと言ってもまだ酒タバコを止められない人、ギャンブルを続けている人、飲み屋や遊技場を経営している人、そのような所で働いている人、さらには、日曜日の礼拝会に出席できないような「罪深い職業」を止められない人には、洗礼を授けないのです。証にならないからです。自分たちの教会の恥になるからです。教会の恥と言いながら、実際は自分たちの恥だと感じているのです。そのような人々をお救い下さる神は信じられるけれど、そのような人の中にも働いて、その人生を作り変えてくださる聖霊を、「見ずして」信じることができないのです。

 アメリカの例も日本の例も、教会が神に召された人々の共同体であるという事実を軽んじ、キリストのみ体という共同体の構成人員の選択を、神の手から奪い、人間的作為で決定しようとする誤りです。多くの場合、いたずらに特権意識、エリート意識を助長し、胡散臭い教会を作り上げます。昔、内村鑑三が失望して、無教会主義に走る原因となったアメリカの教会は、そのような教会だったと聞いたことがあります。キリストのみ体の構成人員、教会という共同体の構成人員を選択決定するのは、あくまでも神の主権に関わることです。

 教会は、個々の人間が、自由に参加する組織ではありません。それぞれが固有の命を持ち、固有に権利を所有して生きながら、同じ理念と目的のために集まっている社会的組織ではないのです。むしろ、たとえば地域共同体のように、そこに生まれ育った者がそこに生まれ育ったというだけで、はじめから共同体の一部と考えられているようなもの、あるいは家族のように、その家族に生まれたならば、本人の意思と選択に関わりなく、ただ家族としての血の繋がりを持ってそこに生まれたというだけで、始めから家族の一員として受け入れられ、一員として生活するようなものです。教会とは、神の国に生まれたものが、自分の選択や決断に関わりなく、神によって入れられ、育てあげられる環境なのです。

 もう30年以上も前のことですが、当時、私は沖縄の田舎で開拓伝道をしていました。ベトナム戦争の真っ最中で、赴任先の小さな村には巨大な海兵隊基地があり、その入り口付近には歓楽街が広がり、1000人ともいわれる売春婦たちが生活していました。開拓間もない集会には土地の人は滅多に顔を出しては下さらず、代わりに、彼女たちが出入りしていました。若かった私は、熱心にみ言葉を語り、カウンセリングを繰り返しました。彼女たちは涙を流して、自分たちの人生を悲しみ、ときには涙で濡れたコンクリートの床に転がり、「悔い改めの祈り」さえしましたが、何の変化も起こりませんでした。そのようなことを繰り返しているうちに、私は彼女たちに対する伝道者としての情熱をすっかり失っていました。

 ちょうどその頃の出来事です。「臭うような」格好をした売春婦が、伝道会に現われたのです。説教のあと、私は伝道者の義務として彼女に話しかけ、説教者の義務として、「神様に信頼しさえすれば必ず神様は助けて下さしますよ」といった程度のことを伝え、牧師の義務として彼女のために祈り、祈り方を教えた後、早々にお引取りを願ったのです。

 次の日の朝、いつものように祈りのために階下の集会場に行くと、あの女性が仔犬のような泣き声で祈っているのが目に入りました。私は彼女に会うのが嫌で、朝露の中でお祈りをすることにしました。次の日も、その次の日も、結局一週間、私は朝露の中で祈りました。そして次の日曜日の夜の伝道集会に、彼女は再びやってきました。彼女を見た瞬間、私ははっとしました。同じ服装なのに、まったく変わって見えたのです。あの「臭うような」姿がありませんでした。

 説教の後、彼女の話を聞きました。「神様が私をすっかり変えてくださったのです。だから、これから、私の周囲の状況も必ず変えてくださいます。」私はただ、「そうです。そうですよ。」と相槌を打つだけでした。彼女によると、離島の高校を出てすぐに、両親の200ドルの借金のために身を売り、働けば働くほど借金が増えるヤクザの下で、13年間この仕事をし続けてきたそうです。そしてとうとう、5,000ドルもの借金になったそうです。その頃だと、立派な家が一軒建つお金です。何とかしてこのような生活から逃れようと、一度は秘かに小船を雇い、島づたいに本土に密入国したそうです。しかし、彼女はそこで自分に失望してしまいました。長い売春の生活が身についてしまっていたために、やっと手に入れた新しい自由な生活をするはずだった本土で、自分から求めて、同じ仕事に戻ってしまったというのです。それでヤクザに見つけられ、また沖縄に密出国で連れ戻されていたのです。

 ところが、「先週の日曜日の伝道会に出席して、教わった通りに神様に祈ったら、自分はすっかり変わった」と彼女は言うのです。集会から帰っても、同じように客を取らなければなりませんでしたが、彼女にはもうすっかり「その気がなくなってしまった」と言うのです。長い間のただれた生活によって染み付いた「性欲」が、彼女から取り除かれていたのです。彼女は言いました。「これが私の本当の問題だったのです。これさえなければ、本土に逃げたとき、新しい生活が出来たはずです。しかし、それが出来なかったのは結局、自分の罪深さです。でも、先週の日曜日の夜から私は変わったのです。神様が私を変えてくださり、一番の問題を取り払ってくださいました。ですから、もう他の問題など、借金もヤクザも恐ろしくありません。神様が必ず解決して下します。」

 私は、ただ、「そうです。そうです。」と相槌を打ち続け、神様に感謝しました。伝道者としての自分に失望していたときに、失望していたからこそ神様が働いてくださったのだと思います。それからの彼女は最も忠実な信徒になりました。ほとんどの集会に出席し、建築途上の教会堂のため、「女だてらに」労働奉仕にも独りで出てきました。一番多くの献金を持ってくるのも彼女でした。律法の書に、売春で得た金を主のために捧げることが禁じられているのを思い出して、一生懸命考えましたが、彼女の場合は律法の戒めている事情とは異なることに気付き、献金を許しました。彼女の顔にも態度にも救われた喜びが満ちていました。

 そのような中で、彼女は自分も洗礼を受けたいと言い出したのです。当時私はまだ新米の伝道者で、洗礼を授ける資格が与えられていませんでしたから、管理者であった協力宣教師に電話で相談しました。始めは、現役の売春婦に洗礼を授けるなどとんでもないと、厳しかった宣教師を40分かけて説き伏せました。この宣教師も、彼女が間違いなく救われていることは、喜んで認めていたのです。それから、先輩のN先生に洗礼を授けてくださるでしょうかとお話を持っていくと、先生は大賛成をしてくださいました。先生も彼女のことは良く知っておいでで、聖霊のお働きに信頼しておられたからです。それからも、いろいろありましたが、とにかく、私たちは彼女に洗礼を授けたのです。

 人間の組織ならば、売春婦が加わるなどということはとんでもないことかもしれません。あるいは、神の教会にしても、恥ずべきことかも知れません。しかし私たちは、教会に人を加えてくださるのは主であると信じています。教会とは神に召された人々が構成するものだと信じています。人間が選択するのでも選別するのでもありません。それらは神の主権に属することです。私たちはその人物が救われたということが確信出来たならば、そして本人が望むならば、一切の事情を横において洗礼を授けてあげるべきなのです。洗礼は人間的基準ではないのです。私たちは、彼女の生活の中に聖霊がお働きになっていることを確信していました。私たちはその聖霊に信頼して、彼女に洗礼を授けたのです。

 それから数ヶ月して、彼女は顔を輝かせてやって来て、こう言いました。「神様がみんな解決してくださいました。」 私は彼女がどのようにして5,000ドルの借金を片付けたのか知りません。聞きもしませんでした。ヤクザとも手を切ったということですが、果たしてどのようなことがあったのか、聞きもしませんでした。「良かったね。良かったね」。言って、妻も含めて3人で感謝の祈りを奉げました。それからの彼女が、実際の生活を立て直すのは容易なことではなかったようです。後任の牧師たちの悩みの種にもなったようです。しかし、彼女は神様の恵みの中を歩き続け、正式に結婚し、娘さんを育てて立派に大学も出させ、今、夫と共に仲良く教会に通っています。

 誰を教会に加えるかは神様の主権に属することだということを、私たちは明確にする必要があります。教会は召された者によって構成される共同体です。私たちは、洗礼志願者の信仰の確かさを見て、洗礼を授けるのではありません。その人のなかにお働きになっている聖霊を信頼して、その人をキリストのみ体にバプタイズしてくださった聖霊のお働きを認めて、洗礼を施すのです。 

B.和解の共同体

 教会は和解の共同体です。教会はまず、なだめの供え物となってくださったキリストの贖いのゆえに、神と和解させられた人々の集まりです(ロマ5:1、コロ1:20−22)。神との和解を体験していない人は、この共同体の構成員とはなれないのです。神と和解し、神の絶対の愛による赦しを体験した人々は、その体験を基として、また動機とし、力として、人間同士の和解を進めて行くことが出来るのです。

 しかし教会が和解の共同体であるということは、人類的な意味において和解を成立させて行くこと、すなわち人類世界に平和を作り上げて行くことではなく、神と和解させられた者同士が自分たちの共同体の中で、神の和解を力として互いに和解して行くことなのです。神との和解を体験した者同士が、その体験を基として、互いの間の和解を推進して行くのです。神に赦されたもの同士が、赦された喜びと感動をもって互いに赦し合って行くのです。神が赦してくださった人間を、自分もまた神に赦された者として、赦して行くのです。神に愛されている者として、神が愛してくださっている者を、愛して行くのです。本当に神の和解を受けた者、神の赦しを体験した者、神の愛に感動している者は、それが出来るようにされているだけではなく、それを望んで止まなくなるようにされているのです(コロ3:15)。

 神がもたらしてくださったご自分と罪人との和解は、絶対の隔てと障害を取り除く和解でした。そしてその和解がもたらす人間同士の和解もまた、人間的には不可能と思われるような和解です。パウロはそれをユダヤ人と異邦人という関係で語っています(エペ2:11−22)ユダヤ人と異邦人との民族的、国家的あるいは文化的、宗教的隔たりというものは、もっとも和解の困難な隔たりでした。神は、すべての人間がキリストを信じる信仰によって救われるという事実、同じひとつの恵みによる救いという大原則を打ち立てることによって、この両者の間に存在する敵意の元である律法を廃止し、隔ての壁を打ち壊してくださいました。ユダヤ人と異邦人とが、同じキリストの十字架による贖いを経験し、ひとつの体とされ、共に同じ聖霊によって生かされ、神のより優れた住まいとして成長し、ついには、和解の共同体として、最終的な神との和解に到達するのです。

 あらゆる民族間の相違、国家間の相違、文化の相違、言語の相違、その他すべての相違によってもたらされる敵意は、十字架によって葬り去られたのです。キリストの贖いに与った人間たちが作り出す共同体は、この、相違によって作り出された敵意というものが、十字架によって葬り去られたという霊的な事実を、共同体の日常生活の中で現実のものとして行く必要があるのです。従って、民族や、国家、言語や文化の違いを際立たせ、これをもって分離的傾向を強める教会は、本来の教会のあるべき姿を軽視し、無視し、破壊しているのです。また、教育の差、貧富の差、社会階級の差、職業の差、居住地域の差などをもって、人々を拒絶し、自分たちの教会を孤立させるのは教会の本質を捻じ曲げるものです(コロ3:11)。教会はあらゆる相違と格差を超えて存在するものであり、地域教会や管理上の個教会は、自らがこの教会の本質を具現化して行くものとして、ともすれば自分たちの中に芽生える、あらゆる差別と拒絶を敵として戦って行かねばなりません。聖霊がバプテスマをもって自分たちの中に加えてくださる、あらゆる異質な人々を、教会は喜んで迎え入れなければならないのです。人数的な増加を願うあまり、「均一質群の成長」 という社会学的な現象を重視して、自分たちの管理上の個教会を同じ種類の人々で形成して行こうとするのは、教会の本来のあり方を否定するものなのです。


   教会成長学を提唱したピーター・ワグナーの主張で、彼は、成長する教会は均一質の人々が集まる教会であるという社会学的な現象を重視し、均一質の教会を提唱しました。

 1980年代、私はフィリピン北部山岳地帯に住むイゴロット族と呼ばれる人たちを対象に、宣教師として活動していましたが、ちょっとしたきっかけで、金鉱山の町に伝道を始めました。人口2万人くらいの小さな町全体が、ひとつの鉱山会社の従業員で成り立っているという、特殊な社会でした。そして、その従業員たちは、フィリピン中から集まってきたありとあらゆる部族の人々によって構成されていました。フィリピン人は大小100を超える部族に分かれていて、みな、非常に強い部族意識を持っています。彼らは、自国にいる限りフィリピン人という意識をほとんど持たず、むしろ、自分の属する部族の名前で自分を意識しています。フィリピン人がフィリピン人になるのは、外国に行ったときだけだとさえ言われます。しかし、このような雑多な部族の集団であるこの鉱山町の従業員たちは、明らかに大きなふたつのグループに分けることができました。それは、もともとこの鉱山町がある山岳地に住んでいたイゴロットと言われる人々と、平地から働きにきていた部族の人々です。イゴロットと呼ばれる山岳地の人々にも15ほどの部族があり、それぞれ言葉も文化も違いましたが、一応、イゴロットとしての共通点がありました。平地から来た人々も20を超える部族がいましたが、山岳地の町では、平地の人間という共通意識を持っていました。彼らには言葉や文化だけではなく、教育レベルにも差があり、同じ鉱山で働くにしても職種や給料に大きな違いがありました。一般に教育程度が低い山岳地の人々は低い賃金で坑内にもぐる肉体労働をしていました。平地の人々は、大抵、外で、危険が少なく賃金の良い仕事をしていました。また、住む社宅にも歴然とした格差がありました。ですから、彼らの中には当然、非常に強い差別意識があり、抗争があり、ふたつの社会的グループが友好的に交わることは不可能に近いものでした。

 このような中に私たちは伝道を始めたのですが、いきさつ上、山岳地の人々に対する伝道と、平地の人々に対する伝道を、まったく違うふたつの働きとして始めました。山岳地の人々に対する働きは、私たちが自分で開始したのですが、平地の人々の伝道は、カリスマ運動の影響を受けて新生を体験したカトリックのテレビタレントが、同じころ特別集会で始めた働きを請われて引き継いだものです。はじめの2年間は、まったく別の働きとして進めました。特に最初のうちは、同じ宣教師が責任を持っている働きというだけで、互いに無関心でした。しかし、まもなく多くの者が神の和解を体験し、救いの喜びを証し出しました。そして、少しずつ、同じ和解を体験した者同士として、山岳地のクリスチャンと平地のクリスチャンが、互いの集会の間を行き来し、交わりを始めました。私たちは、救われた者はすべて、主にあってひとつの体にされたのだという霊的な真実を、折りあるごとに強調し続けました。

 やがて、両方のグループの主だったクリスチャンたちの間から、なぜ我々はふたつの別々の会衆として活動しているのか。我々はひとつではないかという声が上がってきました。しばらくの間はそのような声に抵抗する者も、耳を貸さない者もいましたが、やがて、神との和解を体験した者は、すべての差別を乗り越えて和解すべきだという声が、圧倒的な力を持つようになりました。このようにして、この金鉱山にはひとつの教会が誕生したのです。実際上は、いくつもの家庭集会と地域集会、あるいは地域礼拝会もありましたので、いくつもの地域教会が有機的教会としての交わりを強め、とうとう管理上のひとつ教会となったということですが、互いに受け容れ合うことが出来なかったふたつのグループ、あるいはもっと多くの敵対していた人々の集団が、和解の福音で和解の共同体となるのを目の当たりにしたのです。

 もうひとつの話をいたしましょう。先に述べた教会が活発になって、多くの信徒伝道者たちが出現し、いろいろな所で開拓伝道を始めたころ、私は彼らの一人に招かれて、開拓伝道の支援に出かけました。10人近い出席者の中に、80歳を相当超えるだろうと思われるお婆さんがいました。みんなが私と挨拶を交わしていた時、彼女は吐き捨てるように言いました。「わしゃ、日本人は嫌いだ!」 彼女のご主人と長男は、彼女の目の前で、日本兵に惨殺されていたのです。私は黙って微笑みかけて、奉仕を始める以外にありませんでした。それからも幾度か、彼女のいる集まりに奉仕に行きました。私は日本人の戦争犯罪を重く受け止めています。それは、日本軍が残虐な行為を繰り返してついに降伏した、フィリピン北部の山岳地に向かったひとつの理由でもありました。フィリピンで命を落としても良いと思っていました。しかし、日本人の戦争犯罪のために、口で詫びたことは一度もありません。私は口で詫びるためにそこに行ったのではないからです。そうこうしているうちに、彼女も神の和解を受けました。そして、しばらく後に、わたしは彼女に洗礼を授けることになったのです。彼女が作ってくださった、イゴロット特製のニワトリのスープも何回もご馳走になりました。少なくても、その頃には、最初のわだかまりはなくなっていたように、・・・・・私は感じました。 

C.有機的共同体

 教会は、それぞれ別々の命を持つ者たちが寄り集まって作り上げる、コロニーのような集団ではありません。コロニーは、元々それぞれの命を持っている、多くの個体が集まって形成するものです。しかし教会は、元々それぞれの命を持っている個人が集まって構成するのではありません。教会を構成する人間たちは、教会にバプタイズされる前は、命を持っていなかったのです。彼らが持っていたのは動物としての命、生物学上の命であって、神に似せて造られた人間としての命ではありませんでした。人間固有の、神に造られた霊的な存在としては、死んでいたのです(エペ2:1〜6、参ルカ9:60)。神の召しを受け、キリストの贖いを受け、キリストの体にバプタイズされ、聖霊によって生かされて初めて、本来の命を得たのです。ですから、命を持った者が同じ趣旨で寄り集まって形成するのが教会ではなく、多くの命のない者が、ひとつの命に繋がれて命を与えられ、生きる者となったのが教会なのです。

 教会は、その構成員全員がひとつの命を共有する集団です。キリストは、「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です」とお語りになった時、明らかに、そのような有機的な交わりとして教会を予見しておられたと理解すべきです(ヨハネ15:1−8)。ぶどうの命が、一本の幹からすべての枝々に流れ行き、それらを生かすように、キリストに連なるすべての人々にキリストの命が流れ渡り、彼らを生かすのです。すべての枝々に同じ命が流れるように、キリストに連なるすべての人々に同じキリストの命が流れるのです。

 パウロは、このキリストに連なるすべてのものにあふれ流れる命に関して、「すべての者がひとつの御霊を飲むようにされた」と語っています。この出来事は、パウロが同じ節で語っている「ひとつに御霊によって、ひとつの体にバプテスマを受け」たという出来事と同じであり、同じ出来事を強調してふたつの方向から表現したものでしょう(Iコリ12:13)。そこで言われていることは、神の救いを受けたものはその瞬間、キリストのみ体である教会にバプタイズされ、その出来事はまた、聖霊を飲むという出来事そのものだということです。キリストを信じたものはすべて、キリストのみ体にバプタイズされ、同時に、聖霊を飲むという表現がふさわしい経験をするのです。すべてのクリスチャンはキリストのみ体を形成するものであり、キリストのみ体を形成するすべてのクリスチャンは、同じ聖霊によって生かされるという霊的事実が語られているのです。

 さらに、このキリストのみ体に連なるということは、単に新しい命に生かされるということだけではなく、古い律法から開放されて生きることを意味しています(ロマ7:4)。パウロは、キリストのみ体に有機的につながることが、結婚による結合と同じ意味を持っていることを教え、死者の中から甦られたキリストと有機的に結ばれたならば、古い夫であった律法はその人に対して死んだものとなり、その人もまた、律法に対して死んだものとなると語っています。私たちが古い行いの律法、あるいは律法を持たなかった私たち異邦人が、古い良心(ロマ2:14−15)に対して死に、古い文字によらず、新しい御霊によって生きるのは、ただ個人的な信仰によってキリストと繋がることによってではなく、キリストのみ体である教会に連なることによって起こることなのです。キリストのみ体に繋がってはじめて律法に死ぬのです。

 私たち一人ひとりは、まず信仰によってキリストに繋がり、命をいただき、その命をもってキリストのみ体である教会という共同体に加わり、そこで命を分かち合うのではありません。キリストを信じてキリストに繋がるということは、キリストのみ体である教会に繋がるということであり、ふたつの別々の出来事ではないのです。ですから、キリストのみ体に繋がらないまま、キリストの命を受けるということは本来あり得ないのです。もちろん、現実には「無教会主義」を主張する人々もあれば、どこの教会にも所属していないことを誇りにしているような、個人主義的クリスチャンもいます。しかし、神は大きな哀れみの中で、そのような間違った考えを持って教会の大切さを否定しているような人々をも、有機的教会の中に含み入れてくださり、命を与えていてくださるのです。

 さらにパウロは、教会はキリストのみ体であり、ひとりひとりはその肢体であると語っています。(ロマ12:4−8、Iコリ12:1−31、エペソ4:16)。すべての肢体は、同じひとつの体に属するものとして、同じ命によって生かされています。その同じ命によって生かされているという事実は、聖餐式に連なる全員がひとつのパンを食べるという行為で、象徴的に示されています。全員が同じキリストを食べ、すなわち同じキリストを命として取り込み、その命によって生きるのです。真実なクリスチャンはすべて、同じキリストの命に与り、その命によって新しく生かされているのです。キリストのみ体に連なるものはみな、かつて生ける屍として生きていた命を持ち寄って、コロニーとして互いに助け合って生きるのではなく、キリストのみ体である教会に連なることによって、教会の頭であるキリストに連なり、そのキリストがお与えになる新たな命によって、ひとつの命の有機体として生きるのです。教会はキリストの命によって生かされる運命共同体です。

 教会が、同じキリストの命によって生かされるひとつの有機体であるということは、必ずしもひとつの組織、ひとつの管理上の教会であることを要求しません。それは、たとえ管理上は別々の個教会であったとしても、見えない教会としての一致性、連帯性を持つということであり、その見えない連帯性は、時折、見える形で姿を現すということです。それは、例えばパウロが、マケドニヤやアカヤの教会からエルサレムの教会に、義捐金を送り届けた行為などに見ることが出来ます。

 パウロはまた、この有機体としての性質が、教会の中で具体的にどのように表現されるべきか、かなりの情熱を傾けて語っています(Iコリ12:1−14:40)。彼は先ず、教会というものが、徹頭徹尾、同一の聖霊の働きによって成り立つものであることを示しています。異なった賜物をそれぞれに分け与えられたのも同一の聖霊であり、異なった人々を教会にお与えになったのも同一の聖霊です。聖霊の存在こそが、有機体としての教会の決定的要因です。そして聖霊がそれぞれにお与えになった異なった賜物は、教会全体の益のために用いられるものであり、聖霊がひとつの体にバプタイズしてくださった千差万別の人々は、同じひとつの体に属する肢体として互いに助け合い、全体の成長を促すようにされているのであると教えています。

 パウロの教えは、聖霊が異なった人々を集め、異なった賜物を与え、一致協力してひとつの目的のために働く組織として、教会を存続させておられるというものではありません。教会は、単なる機械的な組織以上のものです。機械的組織では、ひとつひとつ部分が独立した存在で、部分と部分の間には命の繋がりがありません。そこには有機性がないのです。もちろん、人間的組織である以上、感情的な繋がりはで出来るでしょう。同情も感情移入も起こるでしょう。助け合いも痛みの共有も発生するでしょう。そのようなことはひとつの会社の中にも、軍隊の中にも起こります。そして、当然教会の中にも起こってきます。日本語には「同じ釜の飯を食った仲」という表現もあります。しかし、教会が有機体であるということは、そういうことではありません。それ以上のことなのです。

 日本人の「同じ釜の飯を食った」仲間意識は、ある時は「同じ米の飯を、同じ釜の中から食った。俺たちはひとつの命を共に分け合ったのだ」というほど、強くなります。教会が共同体だというのは、全員が、まさに同じひとつの命を分け合い、その命に生かされているというところにあるのです。その命とは、キリストの命であり、その共有は、召された者すべてがキリストのみ体である教会にバプタイズされ、その教会を宮としてお住みになる聖霊が、バプタイズされた個々のクリスチャンの中にも生き、住んでくださるという、霊的現実によって実現するのです。このキリストの命によって生かされていることを強烈に感じていたパウロは、「もはや生きているのは私ではなく、キリストが私の中にあって生きていてくださるのだ」と語りました。共同体としての教会が聖霊に住んでいただいて聖霊の宮となり、またひとりひとりのクリスチャンが、共同体の一員として聖霊に住んでいただくことによって聖霊の宮となり、教会全体が聖霊を通してキリストの命が満ち、溢れ、流れるところとなるのです。

 兵士たちが軍隊を離れても、死ぬことはありません。会社員が会社を辞めたとしても、死ぬわけではありません。彼らの命は、もともと彼らの固有のものだからです。しかしクリスチャンが霊的共同体、有機的教会を離れてしまったならば、それは霊的な死を意味します。キリストのみ体に繋がらない、固有の命を持つ肢体は存在しないのです。従って、教会とはまさに運命共同体なのです。パウロが語る体の喩え、すなわち、体の各器官は互いにそれぞれを必要とし、互いに助け合い、痛みを負い合って生きる生き方は(Iコリ12:14−27)、そのような運命共同体として必然の姿であり、外部からの、例えば組織の一員としての意識とか、人間的同情心の発露とか言うものではなく、内部にあふれ流れるキリストの命の、自然かつ当然の発露としての生き方なのです。

 パウロが教会の成長について語る時、彼はこの有機体としての教会の成長について語っているのであり(エペ4:11−16)、人数的な成長、経済的な成長、地理的拡大としての成長などには触れていません。彼がそのような事柄にまったく無関心であったと言う訳ではありませんが、彼がもっとも心に掛けていたのは有機的成長だったのです(ガラ4:19)。また、パウロにとっては、クリスチャンひとりひとりの個別の成長よりも、むしろこの有機体としての教会全体の成長の方が、大切な主題であったことが明らかです(Iコリ14:2−19、エペ2:20−22,4:11−16)。パウロが信じていた教会とは共に成長する共同体であり、共に痛む共同体でした。それは有機体そのものです。ですからまた、パウロにとってもっとも悲しむべきことは、教会が仲間割れをして一致を失い、有機体としての教会の成長を妨げてしまうことでした(Iコリ1:10−13,3:1−17,6:1−8,11:17−34、ピリ2:1−8,4:2)。キリストもまた、やがて誕生する教会が一致を保つことを、もっとも気に掛けておられました。(ヨハ17:21−23)。

 ただし、パウロがそのために奮闘した教会の一致、キリストが祈られた教会の一致は、必ずしも組織上の一致でも管理上の一致でもありませんでした。それは教会が世界的な広がりを見せ、文化、国家、人種、民族などのあらゆる複雑な状況の格差の中に、同時に存在しなければならなくなるということを、キリストは言うまでもなく、パウロも当然心得ていたはずだからです。

 複雑な世界の異なった実情の中に、複数の教会が同時に存在するためには、また、様々な種類の異なった人間に対して、多数の教会が同時に存在し有効に活動をするためには、当然、異なった管理と異なった組織が必要であり、異なった形態も活動も必要だからです。多くの人々が、教団や教派というものを分裂という方面からのみ捕らえ、聖書には記されていない教会のあり方として、疑いの目を向けるのは正しいことではありません。確かに教派や教団には人間的な弱さや罪深さのために、分裂分派として興ったものもたくさんあります。しかし、異なった教派や教団が存在すること自体は、必ずしも悪いことではなく、むしろ必然なのです。

 たとえば、教会の政治形態ひとつを取り上げてみても、個人主義哲学が徹底し民主主義の土台がしっかりと据えられている、アメリカなどで会衆制度を持つのは良いことかも知れません。それぞれの国において宗教的迫害を経験して新天地に逃れてきた人々が、政教分離の原則を打ち出すことにも歴史的必然性があるでしょう。しかし、歴史が異なっている国々に対して、同じ原則を押し付けるのには無理がありますし、族長政治や部族政治、あるいは植民地政策政治、さらには独裁恐慌政治しか知らなかった者たちに、突然、会衆制度を適用したりするのは愚かなことですし、キリスト教の背景の非常に薄い文化で、若い、出来たての教会に会衆政治を持ち込むのも賢くありません。教会があらゆる人々に有効に存在するためには、むしろ異なった団体の異なった形態と異なった活動の方法が必要であり、聖書の深い教えを様々な方向から理解するためにも、複数の教派があり教団があったほうが良いのです。従って、現在の私たちに必要なのは、すべての教会の組織上、管理上の一致合同ではなく、むしろ有機体としての一致なのです。

 そこで非常に残念に思うことは、私たちの地域教会に縄張り争いとも言える問題があることです。自分たちの教会がある近くには、他の教会には来て貰いたくないという、あの感覚です。このことのためにいさか諍いを起こした教会が方々にあり、争いを体験した牧師もたくさんいます。自分が牧会している教会の近くにバプテスト教会が来たら、ホーリネス教会が来たら、単立の教会が来たら、早速抗議に向かうという勇ましい牧師も、随分います。同じ団体でも、自分の伝道している地域の近くに、他の教会が来ることを非常に嫌がります。

 100年と少し前、フィリピンがスペインの統治から離れてアメリカの支配下に入ったとき、アメリカのキリスト教会は直ちに宣教師を送り出しました。しかし、彼らは宣教師たちが互いに争うのを懸念して、当時宣教師を送り出していたアメリカの7つの主だった教団の数に合わせて、フィリピン全土を7つの地域に分け、「平和裏」に宣教を進めようとしたという、嘘のような本当の話しがあります。フィリピンの私たちの姉妹教団には、存在している自分たちの教会の半径7キロメートル以内では、新たに伝道を始めないという規則があります。私は総理と教区長と相談の上、すでに存在している教会の牧師と掛け合って、この取り決めを破って伝道を開始したことがありますが、大変な説得の努力と時間が必要でした。

 もし、教会と言うものの本当のあり方や、性質というものを心得ていたならば、自分たちと違う教団、自分たちと異なったやり方をする教会、自分の方向性に納得しない牧師がいることを、感謝できるようになります。そのような教団があるからこそ、自分たちの教団では手に負えないような働きが、充分可能になるのです。そのような教会があるからこそ、自分の教会では手が出せないような人々にも、伝道が可能になるのです。そのような牧師がいるからこそ、自分にはとうてい届かないような働きが可能になるのです。自分以外の働き手、自分たち以外の教会が、自分の近くにいてくださると言うことは、実に心強いことであるはずです。そのようにして、ひとつの教団、ひとつの地域教会、ひとりの牧師では到底達成できない働きを、教会全体として達成して行くのです。それが現実です。ですから、私たちはもっと現実を受け入れて、自分と違う働き手がいることを、大いに喜ぶべきなのです。

 私たちはひとつの教団という組織に属して働いています。しかしこの組織は、組織だけであってはならないものです。教団は、有機的共同体としてまさに教会そのものなのであり、教会としての資質を十二分に発揮すべきなのです。まず、意識の改革が必要です。幸い私たちの教団には、「何々先生の弟子」だとか、「何とか先生の系列」という感覚はまったくありませんが、「中央聖書神学校」卒業生として、同じ釜の飯を食った仲という強い意識があります。この意識自体は悪いものではありません。しかし、私たちの教団をひとつにする絆が、そのような意識であってはならないのです。すでに、この学校を卒業していない教職たちが、何人も出てきています。同じ学校を出たという事実のゆえに、協力しようとか助け合おうという、一般社会の共同体ではなく、同じひとつのみ体にバプタイズされた者という意識、同じ宣教の目的のために献身している者という意識が、常に先行しなければならないのです。

 私が沖縄の片田舎で開拓伝道をしていた時は、過疎化のために地元の高校を卒業した者は100%土地を離れ、多くは京阪神地域に職を求めて出て行きました。この若者たちを追跡するのは至難の業でした。京阪神地域にある教会に紹介するのですが、ろくに挨拶も会話もできない田舎者の世話をしてくださる教会はほとんどありませんでした。手紙を出すことも知らない若者たちの多くは、都会の雑踏の中に埋没し、消滅して行きました。また、紹介した教会から紹介を受け入れたという返事も、いただいたのはただ一度だけです。紹介した牧師も若造に過ぎませんでしたし、要するに軽視されていたのだと思います。東京に出た折、住所を頼りに、紹介先の先生にお願いして一緒に数人を尋ねたことがあります。一度か二度はその教会に行ったというのですが、誰も関心を持ってくださらなかったし、馴染めなかったから、すぐ止めたそうです。その後、教会からは一度も、何の連絡もなかったからと、うつむいていました。また、ある時などは、紹介した若者が数年して戻ってきたのですが、東京の教会からは紹介した私たちの教会に送り戻されたのではなく、他の教団の教会に紹介されていたのです。

 現在でも、過疎化の田舎の教会は、信徒や求道者たちをどんどん都会に送り出しています。せっかく苦労して育てて、やっと信仰の決意をした頃、やっと献金が出来そうな状態になった頃、都会に出て行くのです。そしてその多くは雑踏に紛れて失われてしまいます。上手く行っても、都会の教会で教会員となり、田舎の教会の力にはなりません。統計を出したわけではありませんから、正確なことは言えませんが、人口が集中し続けている地域の教会は、かなりの数の信徒を、過疎化の中の教会から受けていると思われます。人口集中地域の教会は過疎化の教会があるからこそ、人数が増えているとさえ言えそうなところがあるのです。力のある牧師は都会でどんどん教会を大きくしているけれど、能力のない牧師は、自立もままならないまま田舎で苦労しているというイメージは、正しくありません。むしろ、能力のない田舎の牧師たちの犠牲の上に、力ある都会の牧師たちが大きな教会を建てていると言ったほうが適切なのです。これはキリストがお建てになった有機体の原則と逆行するものです。痛みを感じる過疎化の地域の教会や牧師が、このようなことを理解するのはごく当たり前です。しかし、都会の牧師にはなかなかそれが出来ないようです。とは言え、私たちの仲間の都会の牧師たちの中には、そのようなことをよく理解して、秘かに過疎化の教会を支援し続けている方が何人もいるという事実に、おおいに慰められます。しかし、教団が本当に有機的共同体としての性質を具現するためには、過疎化地域の教会に対する配慮を、組織として作り上げて行かねばならないはずです。

 人口が流入してくる地域の教会や都会の教会にも、様々な困難はあります。しかし過疎化の田舎の教会が抱える問題の大きさには及びません。まず、先にも触れたように、最も福音を受け入れ易い年代の若者たちの多くが、学校を卒業すると土地を離れて戻って来なくなります。誰もいなくなってしまうのです。もちろん都会の若者も移動しますが、出て行く者があれば入ってくる者がいます。次に福音を受け入れ易いのが、転勤族と言われる、土地に根ざしていない人たちです。彼らも数年でいなくなります。残される土地の人々は、家族親族などの強い絆としがらみに捉えられて、社会的にも文化的にも身動きの取れない、最も福音を受け入れにくい人々です。たとえ、その人たちの中では比較的に福音を受け入れ易い、家庭の主婦などが個人的に福音へ関心を示しても、たちまち家族親戚の厳しい監視の目にさらされ、クリスチャンになることはおろか、教会に来ることさえはばかることにならざるを得ないのです。結局、過疎化の田舎の教会は、社会からは相手にされない種類の人々がたむろする、怪しい場所になってしまいます。このようなイメージから教会が抜け出すには、都会では想像もつかないような。期間と努力が必要になります。

 教団が、有機体としての教会であるということを理解せず、組織としての教団という感覚だけで教団の運営を進め、教団に所属する教会、教団に所属する教職という意識で物事を決定して行くと、教団はもはや教会としての姿を失い、一般の中小企業団体や商店主の集まりと変わらなくなってしまいます。うまく行っている時は仲良くやりますが、いったん躓いたり問題に遭遇したりすると、たちまち、自我と欲の絡み合いになってしまいます。互いに痛みを負い合い、助け合う姿は遠のき、張り合いといがみ合いが当たり前になり、互いに傷つけ合い、怒りと悲しみをぶつけ合うことになります。私は宣教師としてフィリピンで活動していましたが、残念ながら、当時そこで見た教団運営には、有機体としての意識が薄く、教職たちの間にもそのような感覚はありませんでした。ほとんどの者たちが自分の教会、自分が建てた教会、自分の教会の益のために、自分の益のためにという感覚で動いていました。牧師や伝道者たちが互いに利害を争って対立していました。教団選挙には現金が飛び交い、総会には武器を持ち込む教職さえいました。牧師たちは教会を私物化し、信徒たちは牧師を従属させようと画策していました。個人主義と民主主義が徹底していたアメリカの教団の、会衆主義に近い教団規則をそのまま持ち込んだ結果でもありますが、教団自体に有機体としての教会という理解も感覚もなかったためです。

 ひるがえって日本の教団を見ても、日本人としての倫理観の高さから、フィリピンほどの犯罪に近いような歴然とした悪は指摘出来ないまでも、中小企業の経営者や商店主のような感覚で教団を見ているのではないかと、疑わざるを得ないような同労者諸師がいらっしゃるのです。総会で利害を争ったり、自己の名誉や益のために理事会の決定に従えなかったりする方たちが、かなりいらっしゃるのです。これは単に、献身態度が出来ていないというだけではなく、有機体としての教会そのものを理解していないのです。いずれ教会の私物化もたくさん表面化して来るのではないかと恐れます。たとえば、大きな教会に世襲化の様相が見えています。親が大変苦労して建てた会社や商店を、子供が引き継ぐということはよく見られる現象です。しかし、教会とはそのようなものではありません。もちろん世襲には具体的に多くの益がありますし、世襲をしようとしてなったのではなく、あらゆる配慮から、結果としてそのようになる場合もあり、それなりに正当と認められることでしょう。しかし世襲はやはり、教団の有機性を大きく傷つけるものであり、長い目で、また広い目で見ると、目先の益と比べられない害悪を生み出すと考えられます。これは一般原則として許されてはならないもののはずです。資財を投げ打って開拓し、誰の助けも借りず血と涙で建て上げた教会も、主のみ前では、牧師のものではないのです。絶対に違うのです。それは主のものなのです。現在の世襲制の流れを許していると、教団の中に、使命に立ち、犠牲を負って開拓に出る人たちはいなくなりますし、田舎の伝道に情熱を持つ者もいなくなることでしょう。先に述べたように、田舎の教会はなかなか成長出来ません。しかしその田舎の教会があってこそ、都会の教会の成長があるのです。他の部分のために犠牲になることを喜べる部分がなくなってしまっては、体は有機体ではなく、機械になってしまうのです。パウロは、異邦人の間に建てたたくさんの教会を自分のものだとまでは言わなくても、自分の管理上の権威と権利を主張して、他の兄弟たちが介入したり、口を挟んだりすることを、断固として拒絶も出来たでしょう。しかし彼は、エルサレム会議に赴き、自分が受けた啓示を誇ることもなく、啓示を受けていない兄弟たちと意見の調整をしようとしているのです。パウロは徹底した有機的共同体の人でした。

D.愛の共同体

 教会は、神を愛する人々が作り上げる共同体です。神を愛する人々は、自分から先に神を愛したのではなく、神が愛してくださっていることをまず先に体験した人々です。神の愛を知って神を信頼し、神を信頼することによってますます神の愛を知り、神を愛するようになった人々です。神に愛されているという自覚は、何にもまして落ち着いた揺るがない安心をもたらします。愛されているという自信が、正しい自己愛を生み出しそれが安心と落ち着きを与えるのです。その自信は、自分の資質や能力や美しさなどによるものではなく、何の取り得もないにも拘わらず、ただ神の愛の対象にされているという驚きと感動の伴う自信です。神に愛されている者は、このように落ち着いた愛を持って神を愛するようになるのです。

 そして、神に愛されているという自覚と自信から来る、このような、神に対する落ち着いた愛は、自然に、同じように神に愛されている人々にも向かいます。神を愛する者は、神から生まれた者を愛するのです。ですから、神を愛しているといいながら、兄弟を憎む者は偽り者です。神を愛するという者は、兄弟をも愛すべきなのです(Iヨハネ4:19−5:2)。もちろん、このような事が、まったく自動的に起こるのではありません。それは、クリスチャンひとりひとりの成長と、共同体としての成長に従って実現して行くことです。しかし教会は、神の愛によって愛の共同体となるという事実は、単なる神学や教えの範囲に留まらす、生身の教会の中に実現していく真実なのです。

 キリストはまだ生まれる前の教会に、「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と、教会の憲法とも言える戒めをお与えになり、さらに、「もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたが私の弟子であることを、すべての人が認めるのです」と、あたかもだめ押しのようにおっしゃいました(ヨハ13:34−35)。教会は、互いに愛し合う共同体です。

 キリストが、まだ胎児であった教会にお与えになった命令は、愛という同じ主題でありながら、旧約聖書で与えられた、自分を愛するように隣人を愛すべしという教えとは、同じ愛という主題について語りながら本質的に異なる、まさに新しい戒めでした。まず、旧約の戒めは、イスラエル民族に与えられたものであり、人類全般に通用する普遍的な戒めでしたが、キリストがお与えになったのは、キリストに従う弟子たちという、狭く、厳しい限定付の戒めでした。キリストに従わない人々には適用しないし、適用できない戒めです。次に、愛の種類がまったく異なります。旧約の言う愛は不完全な人間が、不完全に自分を愛する愛が基準です。しかしキリストの新しい戒めでは、キリストがキリストの弟子たちを愛してくださった、完全な愛が基準です。このキリストの愛を理解出来るのは、キリストの愛を体験し、知っている者だけです。キリストの愛を自分で体験したことのない者は、この愛を理解することさえ出来ないのです。また、旧約の戒めが一方通行の愛であるのに比べ、キリストの新しい戒めは相互愛、両方通行の愛です。これは、キリストの愛を体験し、キリストの愛によって改めて生かされ、愛することが出来るようにされている者同士に、初めて可能なことなのです。

 つまり、キリストがお与えになった戒めは、本物のキリストの弟子の集団、キリストの愛を自らの体験とした者たちの集団にだけ、守ることが可能な戒めなのです。たとえ、実際上は完全に守ることが不可能であるとしても、限りなく完全に近付くことができる可能性を秘めているのです。それはあたかも、今は何にも出来ない幼子が、やがて大人になって、多くのことが出来るようになる可能性を秘めているのと同じです。ですから、この相互愛が実践されていることが、キリストの弟子であることのもっとも明確な印となり得るわけです。互いに愛し合うことこそ、キリストの弟子の共同体のあるべき姿、他のすべての集団との明確な相違なのです。愛し合う団体、愛を強調する組織はたくさんあります。しかし、神の愛を体験することによって愛の動機を強められ、実際に愛する力を与えられた者たちの共同体は、どのような人間的組織よりも、強く、高く、深い愛を実践して行けるのです。

 愛の共同体であるということは、愛の一面を表現したすべてのものに通じます。それは赦しの共同体を作り、和解の共同体を作り、互いに相手の存在を尊重し合う共同体を作り、互いに受け入れ合う共同体を作り、互いに助け合う共同体を作り、喜びと悲しみを共にする共同体を作り、痛みを負い合い、重荷を負い合う共同体を作ります。教会とは本質的にそのような共同体であり、そのような愛を、具体的に実行し、本質を具現していくものです。愛は表現され、実行されて行くべきものだからです。

 キリストが弟子たちにお与えになった「互いに愛し合いなさい」という新しい戒めは、必然的に、共同体を前提とするものです。互いに愛し合うという行為は、ひとりで個別に生活する、隔離された弟子には不可能なことだからです。互いに会ったことも話したこともない、知らない者同士が、どのようにして具体的に愛し合えるのでしょうか。ですから、教会に加わらないクリスチャンは、このキリストの新しい戒めを無視しているクリスチャンです。この戒めは、教会に加わろうとしないクリスチャンの存在を、正当化させないものです。それと同時に、教会が愛の共同体であるということは、神がご自分の主権をもって教会にお加えになった人々を、たとえ彼らがどのような人間であっても、同じ体に属する肢体として、同じ神の家族に加えられた兄弟姉妹として、受け入れ、留まることを喜び、公平な取り扱いを受ける権利を持っていることを、積極的に認めることでもあります。教会は神が召し、加えてくださったどのような人をも疎外してはなりません。差別をしてはなりません。居場所をなくしてはなりません。どのように弱く、小さく、迷惑ばかりかける、世話の焼ける、何の益もないと思われるような人間、この教会にとっては居てもらわないほうが良いと判断される人間であっても、神の愛の対象として受け入れ、愛して行くのです。

 また教会が愛の共同体であるということは、単に地域教会や管理上の個教会内部のことに限られず、有機体としてのより広い地域に散在する諸教会にも及ぶものです。エルサレム教会が互いの所有物を分け合っただけではなく、マケドニヤやアカヤの教会が、飢饉で苦しむエルサレム教会のために義捐金を募り、パウロに託しました。パウロはその義捐金を届けたならば必ず逮捕され、迫害を受けることを預言によってはっきりと知っていながら、エルサレムに向かいました。その愛の共同体としてのあり方、姿に、自分の命を賭けているのです。

 さらに、愛の共同体としての教会は、キリストがなさったと同じように、弱い者や貧しい者、あるいは小さな者に対して特に心を配るのです。社会的に弱い立場にある人たちの味方になり、彼らのために尽くします。キリストが、まさに自分こそ人々の待ち望んでいたキリストであると宣言なさった時、読み上げられたイザヤ書のみ言葉は、特に、貧しい人々、捕らわれ人、盲人、虐げられている人々に対する、救いと開放のおとずれの宣言でした(ルカ4:18)。ヤコブは、具体的に、教会に貧しい人が訪れてきた時、その人たちを差別してはならないことを、厳しい口調で語っています(ヤコ2:1−9)。

 教会を大きくすることに主眼を置いたり、教会のイメージのことを考えたりすると、社会的な強者、すなわち金持ちや地位の高い人、尊敬されている人、力を持っている人を大切にしたくなります。本当のところ、教会に社会の隅で生きているような人々が数人留まると、それだけで、教会のイメージは悪くなり、人々は彼らを避けて、来なくなります。教会の人数的成長、経済的成長は台無しにされます。その上、彼らはあれやこれやと、よく問題を起こし世話ばかり掛ります。彼らのことを構っていると、他に何も出来なくなってしまいます。そこでつい、邪険に扱ってしまうことさえ出てきます。すると、ナイーブな彼らはすぐに傷つき躓きます。とても扱いにくい人たちです。このような人たちなどいないほうがいいと、心の片隅に思わないこともないのです。本当に、自分の教会を大きくしようと考えたら、このような種類の人間は、少なくても、開拓の初期には来て欲しくありません。しかし教会は、そのような人々を差別してはならないのです。特に、もしその人たちが、たとえ何もわからないままでも、キリストを救い主と受け入れ信じているならば、絶対に、教会は彼らを軽蔑したり差別したりしてはならないのです。彼らのみ使いたちは、常に父なる神のみ顔を仰いでいるのです(マタ18:10)。

 教会は世界の宣教を命じられています。しかし、地域教会やひとつの管理上の教会を、大きくするようにとは命じられていません。というより、教会を大きくするようにという教えや命令は、聖書のどこにもないのです。確かに使徒の働きの中では、教会の人数が幾度か数え上げられていますが、それは初期の教会の成長と発展をしるした歴史書としては当然のことであり、人数的拡大を強調しているのではありません。地域教会や管理上の個教会の人数の増加は忠実な宣教の結果であっても、宣教の目的ではないのです。ところが、社会的に弱い人たちに対する公平な取り扱い、あるいは特別な配慮は、旧新約聖書を通して最も大切なことのひとつとして教えられ、命じられているのです。教会の「成長のために」、小さな人々が切り捨てられて行くのを見るのは、なんと悲しいことでしょう。より多くの人が救われるためという、金科玉条のゆえに、弱い立場の人々が無視されて行くのです。石臼を首にくくりつけられて、海に投げ入れられた方がましということにならないようにしたいものです。

 さらに、教会が愛の共同体であるということは、教会内部の相互愛だけではなく、外部のものに向かっても具体的に示されていきます。それは、旧約聖書の戒めである、自分を愛するように隣人を愛するという、より普遍的な愛のあり方ではありますが、旧約時代の戒めの一般愛とは、やはり異なるところがあります、それはクリスチャンたちの自己愛は、キリストの愛を知ったことによって原則的な変化をしているからです。キリストの愛を知る前の自己愛は、ごく普通の自己愛、自分が可愛い自己愛でした。しかしキリストの愛を知ってからの自己愛は、自分の存在自体を価値あるものとする自己愛、自分そのものに本源的価値を認める自己愛、自分可愛さの自己愛ではなく、自分にはまったく価値がないにも拘らず、神の愛の対象とされている自分であるがゆえに自分を愛する愛、神が自分を愛してくださっているから、自分も自分を愛するという自己愛に変わっているのです。自分自身には何の価値もないにも拘らず、その自分をなおも愛している愛で、何の価値もないと思われ人間を愛して行くのです。

 ごく自然な意味で、自分を愛するように隣人を愛するというならば、自分を愛せなくなった人間は、隣の人間をも愛する必要はなくなります。自分を曲がった形でしか愛せなくなった人間は、同じように曲がった愛で他人を愛することを正当化出来ます。しかし教会が、またその構成員ひとりひとりが外部の人間を愛して行く場合、あくまでも、キリストが自分を愛してくださっているという事実を体験した、その体験を基として愛して行くのです。ヒューマニステイックな愛で、「何の価値もない人間なんていない」と綺麗ごとは言えますが、人間の醜さ、残忍さを本当に体験した者は、そのような安易な綺麗ごとは言えなくなります。聖書は、私たち自身が、神の前に価値を失ったのではなく、神の敵として、反価値的な存在となったと教えています。その反価値的な敵をも、神は犠牲を払ってまで愛してくださったのですから、教会もまた、自分たちにとって何の価値もない人々、敵さえも、たとえ犠牲を払ってでも愛するのです。突き詰めて言うと、教会は、世の中の人々に本源的価値を見出すことが出来るから、彼らを愛し、命をも捨てて尽くそうとするのではありません。彼らが神の愛の対象であるから、神を愛し、神に愛されている教会もまた、彼らを愛していこうと努めるのです。

 教会は、キリストが罪人を愛し、彼らの救いとは直接の関係なしに、彼らにも金品を与え、食べさせ、癒し、助けの手を差し伸べられたように、伝道の業とは関わりなく、外部の人々に愛の手を差し伸べます。それは本質的に愛であられるキリストの、一般愛の現われです。キリストがこの世においでになった動機である贖罪愛は、キリストが罪人の救いのために命を賭けさせました。しかし、より広い一般愛は、キリストが贖罪愛のために巡回された先々で、貧しい者に食べさせ、病のものを癒して行かせたのです。教会は、そのようなキリストの愛を、自分の愛としているのです。ですから、教会の慈善的社会活動には、一定の意義と価値があると言えるでしょう。

 しかし、キリストがこの世においでになった理由は、一般愛をお示しになることではなく、贖罪愛の遂行であったように、教会がこの世に存在する理由もまた、神の贖罪愛の遂行の計画に含まれているためであり、一般愛の実行のためではないことを確認しておかなければなりません。教会が愛の共同体であるということは、その宣教の働きによって、もっとも明確に示されるものです。教会は神からの愛と神を愛する愛、そして自分という個人を愛する愛と、自分と同じように神の愛を体験した者に対する愛、さらに神の愛によって増幅された外部の者に対する一般愛と、宣教に現される贖罪愛のゆえに、愛の共同体なのです。

 わたしがまだ宣教師として活動していたとき、多くの日本の教会がたくさんの古着を送り届けてくださいました。日本人にとって、古着自体は、片付けるところがなくて困っている場合が多いくらいで、たいした事ではありませんが、ダンボール箱ひとつ送るのに3,000円から4,000円もかかり、大変な負担でした。それにもかかわらず、毎月数十個も届いていました。一度に100個近くも、しかも一度ならず送ってくださる教会もありました。現代文明に取り残されて、極貧の中にいるイゴロット族の人々にとって、この古着はとても大きな助けでした。また、教区の中の平地の貧しい信徒たちにも非常に大きな贈り物でした。

 私たちはまず、信頼できる婦人会のメンバーに仕分けの働きを任せ、各教会に定期的に分配することにしました。それから、それぞれの教会から信徒のリストを集めました。家族ごとにまとめ、年齢、男女、背格好を出してもらい、婦人会は、そのリストに沿って、ひとりひとりに合うと思われるものを紐で結び、名前を書き、家族ごとにまとめ、各教会に送り届けるのです。牧師も信徒も、その古着が名前の本人に手渡されるまで、紐を解いてはならないことになっていました。そして、確かに受け取ったことを確認できるようにチエックリストも作っておきました。本人の手に渡ってから本人たちが交換し合うのは自由にしましたが、売買は禁止していました。このようにして、古着はクリスチャンたちにだけ、できるだけ公平に配布されるように配慮していました。

 このような働きは、注意の上にも注意しながら行わなければ、かえって大きな弊害を生み出します。不公平感を募らせたり、妬みを起こしたりするようなやり方をしては、祝福ではなく呪いになってしまいます。幸い私たちのこの働きは、ずっと多くの教会の祝福となり、継続されていきました。学校も、店も医者も、薬も、電気も、水道もない奥地の人々には、上等な品物を送っても石鹸もありません。水に濡らして石の上に乗せ、棒切れでたたくだけの洗濯ですので、たちまち惨めな状態になってしまいます。それで、上等な品物は比較的開けたところの教会に送り、クリスチャンだけを対象にバザーをしました。なにしろ古着とは言え、市場で売られている品物よりはずっと上等なうえ、安いのですから、飛ぶように売れて行きました。そのことも初めから想定し、独りのクリスチャンが買える量も制限していました。そして、売上金は運送費や薬の購入費に回し、さらに、火事で焼け出されたり、洪水の被害に遭ったりしたクリスチャンたちのために用いられました。

 私たちはこれらの古着を、クリスチャンではない人々には配布しませんでした。あくまでも、教会の中での助け合い、愛の共同体の実践としてやったのです。貧しい人々に配って伝道の助けにするという案も、あえて退けました。釣り針の隠された餌にはしたくなかったからです。クリスチャンというのは、このように助け合うものであるということを、実践で教えたかったのです。そして、ここが大切な点なのですが、これが、比較的余裕のあるクリスチャンたちを奮い立たせ、彼らが自分たちの持ち物をさらに貧しい人々に送ったり、ボランテイアとして働きに参加したりするようになって行ったのです。そのようなボランテイアの中から宣教師たちが生まれ、現在、他の国々で活躍しているのです。

 フィリピン人は一般的に、非常に友好的な人々です。また、地域社会での助け合いや家族親族間の助け合いの習慣はとても強く、現代の日本ではとてもとても考えられないほどのものです。そのような共同体の素晴らしさをまだまだ色濃く残しているフィリピンに入って来ていながら、教会はその良さを取り入れることに失敗しています。本来、個人主義の国から入ってきたキリスト教信仰は、教会が共同体であることを忘れたキリスト教であり、宣教地の共同体感覚の素晴らしいところを、共同体としての教会の中に上手に取り入れることに失敗しています。アメリカから入ってきた福音は、神のみ前に独りの自立した人間になることを教えますが、共同体の一員として、互いに愛し合う信仰を教え損ねています。ですから教会の中には、一般社会に見られるほどの助け合いさえ見られないのです。
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