Ecclesiology

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教会と礼典


 カトリック教会には、秘蹟と呼ばれる七つの礼典がありますが、プロテスタントに教会では、一般的にふたつの礼典を認めているだけであるということは、よく知られています。多くの教会論が取り扱う内容には、必ず礼典の項目が含まれていることからもわかるように、伝統的プロテスタント教会にはそれぞれ特徴的な礼典論があります。ただ、伝統的プロテスタント教会というのは、まだまだあらゆる点で、カトリック教会の「卵の殻を尻にくっつけている雛」のようなところがあり、特に礼典論においてはそれが顕著です。聖書主義を掲げたプロテスタント教会ではありますが、その聖書主義というものの発展生育が、まだまだ足りなかったころに形成された神学であったために、今、私たちが見ると、とても聖書主義の神学とは考えられないような面がたくさんあるのです。私たちは、そのような伝統的なプロテスタント教会の礼典論については、すでにさまざまな機会に学んで来たことですから、一応、基本的な理解を持っているということを前提にして、改めて、聖書に示されている礼典について学んで行きたいと思います。

A. 洗礼 

 カトリック教会では伝統的に幼児洗礼を行ってきました。宗教改革を行ったルターもカルビンもこの伝統を受け継ぎました。しかしアナバプテストと呼ばれる神学的素人の一団は、その素人らしい率直さで聖書を読み、幼児洗礼の無効を宣言し、自意識を持った者の信仰告白を前提とした洗礼を主張し、かつてカトリックの洗礼を受けた人々に、再び洗礼を施すようになりました。しかし残念なことに、アナバプテストの人々はカトリックからもルーテルからもカルビンからも迫害され、多くの殉教者を起こしてしまい、当時のプロテスタントの主流になることが出来ませんでした。しかし、その流れはピューリタンに引き継がれ、現在のバプテスト教会に注ぎ込まれています。私たちアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の神学は、極端な予定論は別として、基本的にバプテストの神学を継承するものであることから、洗礼論においても、原則的にバプテストの立場に立つものです。

1.キリストが受けた洗礼

 キリストが受けた洗礼はバプテスマのヨハネが授けていた洗礼で、一般には「悔い改めの洗礼」と呼ばれていたように、罪を悔い改める決意を表現していました。それはまた、あくまでも心の決意を儀式という行動によって表現するものであって、洗礼自体に何か特別な力があったわけではありません。ですからヨハネは、表面だけは悔い改めを装って、洗礼を受けようとしてやって来ていた当時の宗教家に向かって、悔い改めにふさわしい身を結ぶようにと告げているのです。

 ヨハネが授けていた洗礼は、当時の社会の一般的な慣わしを利用し、それに悔い改めの意味を加えたものと理解されます。当時のユダヤ教の中には、ヨハネの洗礼の模範になったものがありました。また、当時のグレコローマンの文化の中にも、類似した習慣がうかがわれます。ユダヤ教の中では、たとえば、普通、律法学者と呼ばれている聖書の複製を作る作業をしていた人々が、仕事を始めるとき、あるいは「神」という言葉を書き写すときに、自分の体を水で清めたという習慣が、罪を悔い改めるところから罪を清めるという理解に至る、バプテスマのヨハネの洗礼の意味の一面に関係したと考えられます。また、異邦人たちがユダヤ教に改宗するときに受けた儀式の中のひとつに、洗礼があったことは特筆に値します。異邦人としての過去の人生に別れを告げて、ユダヤ人としての新しい人生を迎えるという、いわゆる契機の儀式、イニシエーションとしての洗礼が、罪を悔い改めて、神のみ前に清く生きる人生を始めるという、ヨハネの洗礼の意義に通じるところがあったと考えられます。キリストがお受けになった洗礼は、このようなものだったのです。

 しかしキリストが洗礼を受けられた場合は、ヨハネが意図した悔い改めの象徴としての洗礼に止まらず、さらに深い意味含んでいたと理解すべきです。なぜなら、キリストは罪人ではなく、ヨハネ自身が告白しているように、ヨハネの洗礼を受ける必要のないお方だったからです。それにもかかわらず、キリストが敢えてその洗礼をお受けになったのは、そのようにして、罪人とアイデンティフィケーションをお持ちになるためであったと考えられています。しかし、ここで私たちは、キリストがこのようにして洗礼をお受けになったのは、単にご自分を罪人と同じ立場に置かれたというだけではなく、もう一歩進んで、将来建てられるであろう教会の、頭となるためであったという可能性にも、気づいておくべきだと考えます。もちろんヨハネの洗礼は、後の、キリストのみ名による洗礼とは意味が異なっており、ヨハネの洗礼を受けた者がキリストのみ体に繋がることはありえないのですが、キリストはそこに、ヨハネの意図しなかった象徴的な意味を持たせておられたことは、充分に考えられることです。キリストがお受けになったヨハネの洗礼が、単にヨハネの洗礼に終わらないことは、聖霊が鳩のようにお降りになって、天から声があったことによっても明らかです。このときから、キリストは単なる人となった神ではなく、聖霊によって力ある業を行われる神となったのです。ここにおいてもキリストは、自分の力ではなく聖霊の力によって働くという、クリスチャンの基本的生き方の模範となっているのです。

2.キリストがお授けになっていた洗礼

 キリストが実際に洗礼を授けておられたかどうかは不明ですが、キリストの代理として、弟子たちが授けたいたのは確かです。(ヨハネ4:1−2)ともあれ、キリストが何らかの意味で洗礼を用いておられたのは確かです。このときの洗礼を、後にパウロが理解した「キリストにつくバプテスマ」、あるいは「キリストの死にあずかるバプテスマ」と同じものとは考えられません。なぜならこのときは、まだキリストは死んでおらず、ましてや甦っておられないからです。そして聖霊もまだ来ておられなかったからです。では、このときキリストが授けておられた洗礼は何だったのでしょうか。多分、バプテスマのヨハネが授けていた洗礼と基本的には変わらない、悔い改めのしるし、新しい人生を始めるイニシエーションとしての洗礼であったと考えるのが無難です。しかしまたこの洗礼は、やがて甦られたキリストがお命じになった洗礼を、予表するものであったと言えるかもしれません。キリスト在世当時の洗礼と、甦りの後のキリストのみ名による洗礼が、まったく異なる二つの洗礼と理解するのは困難です。弟子たちもまた、まったく異なるものとは考えずに、継続していったと考えられます。

3.キリストがお命じになった洗礼

 甦られたキリストは、弟子たちにお洗礼を授けるようにお命じになっただけで、その意味についてはお語りにならなかったようです。したがって弟子たちは、外形においてもキリスト在世当時と変わらない洗礼を授け、その意味においても、罪の許しの象徴、あるいは新しい信仰と人生へのイニシエーションの印として、継続して行ったと思われます。それは、ペンテコステの日のペテロの説教にもうかがい知ることが出来ますし、(使2:38)エチオピアの宦官へのピリポの洗礼にも見て取れます。ペテロをはじめとするキリストの弟子たちは、多分、かなり長い間この洗礼の理解に留まっていたのではないかと思われますが、その本当の意味を理解したのはパウロでした。

4.パウロが理解した洗礼

 パウロは、キリストがお命じになった洗礼をアナニヤから受けたとき、当然、罪の許しと新しい信仰と生活へのイニシエーションとしての洗礼を受けたはずです。そのときの彼の理解は他の弟子たちと変わらず、ただ、初心者として不明確だっただけだと考えられます。ところがパウロは神の奥義、すなわち、それまでまだ与えられていなかった真理の、啓示を受けました。そしてその奥義の大部分は、教会に関するものでした。パウロの受けた奥義の啓示を、贖罪論的にまた救済論的に語るだけでは充分ではありません。むしろ教会論的に語ってこそ、その真の姿が明白になると信じるものですが、この洗礼にかかわる彼の理解も、奥義の啓示としての教会論の中で理解されるべきものです。

 パウロが本当に重要な事柄として語ったのは、個々人の救いに関する事柄もさることながら、むしろ、共同体としての教会でした。新約聖書を素直に読む限り、パウロは、個々人の救いの歴史の中における洗礼の大切さについて語ることよりも、教会という共同体に加えられる「バプテスマ」について、より関心を払って語っているように思えるのです。救いという、一人の人間にとってこの上ないほど大切な事柄について、パウロが語っていることには異論はありません。しかし、パウロの「バプテスマ論」を読むと、視点というか関心は、個人にではなく共同体にあるように読めるのです。

 さて、そのように考えると、「洗礼」という日本語が正しい翻訳であるかどうかという問題が発生してきます。洗礼という訳は、罪を洗い流すという意味を強調し、また、それが儀式であるということを示しています。これに対してバプテスト教会は異議を唱え、罪を洗うというのは洗礼の主たる意味ではなく、もっと大切なのは、バプテスマという原語が持つ「浸す」という意味に関わる、死と甦りであるから、「浸礼」と訳すべきであると主張して譲りませんでした。その結果、日本語聖書の多くは両方の意見を尊重して、「バプテスマ」という原語をそのまま残すことにしたのです。いま問題なのは、果たしてパウロが「バプテスマ」と言っているとき、それは水の中に浸す儀式、あるいは水を注ぎかける儀式のことを言っているのかどうかということです。この議論は、私のような素人の聖書解釈では歯が立つものではありませんから、しっかりとした学者にその議論は譲りたいと思いますが、単純な聖書の読み方から読み取ったことを表明して、専門家の議論を待ちたいと思います。

 Iコリ12:13を読むと、私たちは聖霊によってキリストのみ体に「バプタイズ」されたのだと、パウロが語っているのに気づきます。日本語の翻訳では意味が曖昧ですが、ギリシヤ語原典によると、「私たちはひとつの御霊によって、ひとつの体の中にバプタイズされ」となっています。ここでパウロが用いている「バプタイズされ」という言葉は、「洗礼を授けられ」とも、「浸礼を施され」とも、訳すことが出来ないものです。パウロが語っているのは水に関わることではなく、また儀式に関わることでもなく、聖霊がひとりひとりの信徒すべてを、キリストのみ体である教会に、バプタイズしてくださったという霊的事実、霊的次元に起こった現実についてなのです。同じようにガラ3:27でパウロが語っているのも、日本語では不明瞭ですが、原語で見ると「キリストの中にバプタイズされたあなた方はみな、キリストを着たのです」となっています。パウロに取っては、キリストのみ体である教会にバプタイズされることと、キリストご自身にバプタイズされることに大きな違いはなかったようです。実際パウロはIコリ12:12において、教会をキリストと言い切って、教会とキリストを同一視さえしているのです。パウロに取って、キリストにバプタイズされていながら、キリストのみ体にバプタイズされていないことなどあり得ず、キリストのみ体にバプタイズされていながら、キリストにバプタイズされていないなどということは、あり得なかったのです。これらの事はふたつの別個のことではなく、同一の事柄のふたつの面に過ぎないのです。

 このことをしっかりと理解して、パウロの「バプテスマ」に対する言及を見ると、今まで理解されて来たものとは異なる理解が生まれてきます。たとえばローマ6:2−6に記されているパウロの「バプテスマ論」は、もはや洗礼論でも浸礼論でもなくなってしまいます。彼がここで語っているのは、水に関わる儀式によって、キリストの死にあずかるのでも、またその甦りにあずかるのでもなく、聖霊によってキリストにバプタイズされ、同時にキリストのみ体である教会にバプタイズされることによって、キリストの死と命にあずかるということなのです。ここでパウロが語っていることは水の儀式ではなく、聖霊が霊的次元で成し遂げてくださる神秘的な事実なのです。 

 これはまた、コロ2:11−12でパウロが語っていることとも調和します。12節でパウロが語るバプテスマは、水に関わるバプテスマではなく、聖霊が働いてくださるバプテスマのはずです。原語では11節と12節はひとつのセンテンスですから、11節で言われている「人の手によらない、・・・キリストの割礼」は12節のバプテスマのことです。そしてこのバプテスマは人の手によらないバプテスマ、すなわち、聖霊によるキリストへの、あるいはキリストの体へのバプテスマであり、人の手によって水を用いて行われる洗礼でも浸礼でもないということです。私たちは、もとより、洗礼という儀式によってキリストの死と甦りにあずかる者となるのではありませんが、洗礼という儀式が、信仰によってキリストの死と甦りにあずかる者となったという事実を、象徴的に表現するのでもないということになります。私たちは、聖霊によるバプテスマによって、キリストとつながり、その死と甦りにあずかる者となるのです。

 では、パウロにとって、水によるバプテスマはどのような意味を持っていたのでしょう。パウロが水のバプテスマについて言及しているのは、Iコリ1:13−17、10:21−4、そして15:29の三回だけです。これらの言及の中からパウロの理解を探すと、まず、第一の言及では、パウロは水のバプテスマを福音宣教ほどには重要視していなかったことがわかります。それは、洗礼が救いのための絶対必要条ではないと考えていたということを教えてくれます。第二の言及では、モーセにつくバプテスマという表現で、雲と海という物質を水のバプテスマになぞらえています。これによってパウロは物質によるバプテスマが、真の霊的なバプテスマの象徴であることを示しています。第三の言及では、当時、水のバプテスマが間違った理解で実践されていたという事実を示しています。

 さらにまた、ルカが記録したパウロの言行録によると、パウロは自ら信じた者たちに水のバプテスマを授けていたことがわかります。(使16:15、33、18:8、19:5)重要なのは、パウロがエペその信徒たちと交わした会話です。(19:1−7)ここにおいてパウロは、ヨハネのバプテスマとイエスのみ名によるバプテスマが、まったく異なったものであることを示し、クリスチャンにはイエスのみ名によるバプテスマが必要であること、また、そのバプテスマを受けることは、さらに聖霊によるバプテスマ(異言を伴う)を受けることへの、通常の段階であることを教えています。

 キリストへのバプテスマ、あるいはキリストのみ体へのバプテスマと、水のバプテスマの関係を、パウロがどのように理解していたかは、彼の語った、モーセにつくバプテスマへの言及の中に、少なくても基本的部分をうかがい知ることができると考えます。それはすでに述べたように、雲と海という物質によるバプテスマが、モーセにつくという霊的なバプテスマを象徴するということです。物質が霊的な事実を指し示す象徴となっているのです。そしてパウロは、このモーセにつくバプテスマを、キリストにつくバプテスマの予表と理解していたことにも、注意をしなければなりません。水のバプテスマは、聖霊による、人の手によらない本当のバプテスマ、キリストにつくバプテスマ、キリストのみ体につくバプテスマを象徴するものなのです。

 キリストは、単純に、それまで繰り返されていた水のバプテスマを、継続するようにお命じになりました。しかしそれは、やがてパウロが啓示によってその意味を明らかにすることをご存知の上で、それを前提としてお命じになったのです。そのように考えると、キリストがヨハネのバプテスマをお受けになったこともまた、将来のバプテスマの理解を前提としてのことだったのではないかと思わされます。キリストはバプテスマを受ける人々とご自分を同一視され、彼らの長子となり、また頭となってくださったのではないでしょうか。

5.洗礼の意味

 すでに、パウロが理解した洗礼の項で幾分触れましたが、改めて、洗礼の意味について考察してみましょう。

a.洗い

 洗礼と訳されているバプテスマは、確かに洗うという意味を持っています。パウロも自分の洗礼を省みて、彼に洗礼を授けたアナニヤの言葉を引用しています。「そのみ名を呼んでバプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい。」初期の弟子たちの間では、洗礼の第一の意味は、やはり罪の悔い改めの象徴であり、そこから、罪を洗い流し清めるとい理解に繋がって行ったのは明らかです。水が洗い清めるという感覚と繋がっているのは、イスラエルの歴史感覚だけではなく、多くの民族の中に共通に見られるものです。

 パウロはまた、エペソ5:26やテト3:5においても、洗礼が洗い清めることに関係しているような言い方をしていますが、これらの言及の厳密な解釈は困難です。たとえば、Iコリ6:11においてパウロは、私たちを洗って下さるのは聖霊であるとも語っているのです。ともあれ、パウロは洗礼の水が実際に私たちの罪を洗い流したり、体を清めたりすると主張しているのではなく、それを象徴していると語っているのでしょう。一方、ヘブル人への手紙の著者は、イスラエルの幕屋での祭儀を通して、クリスチャンの救いについて教えていますが、その中で、「からだをきよい水で洗われた」と語り、クリスチャンの体が心と共に清められたことを教えていますが、これは明らかに幕屋の中にある洗盤での儀式を想定して語り、実際上は洗礼のことを語っているのかも知れません。ここでも、清い水が文字通り体を清めるということを言っているのではなく、象徴として語っているのだと理解されます。

b.信仰の告白

 聖書には、洗礼を信仰告白と結びつけて語っているところはありませんが、洗礼の実例の状況は明らかに信仰告白の様相を帯びていました。31  それは自分自身に対する確認としての、行為を通しての告白であり、さらに、他の人々に対する明確な意思表示としての告白でした。ヨハネのバプテスマの場合も、キリスト在世当時の弟子たちのバプテスマの場合も、さらにクリスチャンたちのバプテスマの場合も、罪の悔い改めが伴っていたと見るべきですが、これは明らかに告白です。また、イニシエーションとしても、明白な告白をもって行われるものでした。


31   使徒8:37にはそのような意味が読み取れますが、これは後の時代の挿入と考えられています。


 バプテスマが、単に罪の悔い改めと清めの象徴として行われていた初期の段階を過ぎ、パウロに与えられた啓示などを通してより高い理解に至ったころ、人々はどのような意味でバプテスマを受けるようになったのでしょう。私たちは普通、キリストが私たちの身代わりになって死んでくださったことと、私たちの初穂として甦ってくださったことを信じ、その信仰を告白する儀式として洗礼を理解してきました。そのような意味で、バプテスマによって、キリストの死と甦りが自分の死と甦りであることを告白していたのです。しかしすでに見たように、ここにはパウロの理解と少しばかりの隔たりがあるように思います。パウロの理解に従うならば、水のバプテスマは、私たちがすでにひとつの御霊によって、キリストに、また、キリストのみ体にバプタイズされているのだという事実を、象徴し、その事実を告白する行為であるということになります。そして、キリストバプタイズされているからこそ、キリストの死と命に連なるものとされているのです。

c.教会の承認 

 キリストとキリストのみ体にバプタイズされたという霊的事実は、霊の次元で起こったリアルな出来事ではありますが、多くの場合、その霊的出来事が起こった「場」であるクリスチャン本人でさえ、気づかずにいることが多いような、密かな出来事でもあるのです。しかしながらその出来事は、遅かれ早かれ、当人が気づき、周囲の者も気づくべきものです。なぜなら、キリストにバプタイズされた者は、必ずキリストの命の漲りを感じるからです。聖霊に生かされているという実感を持つようになるからです。事実、キリストの命のゆえに、新しい生き方を始めるようになるからです。それは自動的ではありませんが、自覚を持って生きるならば必然的なことなのです。

 そこで教会は、その人物の中に、キリストの命が漲っていること、その人物の生活が新しくされたこと、あるいはその人物の信仰告白が真実であることを認めたならば、その人物がキリストのみ体である教会に、聖霊によってバプタイズされた者であるということを、水のバプテスマによって公に認め、その人物を正式に仲間として迎え入れるのです。こうして水のバプテスマは、このときから正式に教会の交わりに入るイニシエーションともなるのです。ですから、水のバプテスマは、神がなさったことを教会が確認する作業なのです。神がなさることの先取りではありません。すなわち水のバプテスマが人に新たな命を与えるのでも、キリストの死と復活にあずからせるのでもありません。あくまでも神が行ってくださったことを、確認する作業なのです。

6.洗礼の時期

 バプテスト教会以外の大多数の教会は、幼児洗礼を行っています。それはどのように説明されても、カトリック教会の残滓に過ぎないことは明らかです。彼らは、パウロのピリピでの働きの例などを取り上げて、幼児洗礼を正当化しようとします。つまり、パウロは看守の家族が「全員」にバプテスマを授けたのであり、その中には当然子供も幼児も含まれていたはずだというのです。しかし、聖書が用いる「全員」という言葉は、しばしば文字通りの「全員」、一人残さずという意味ではなくい、「おしなべて」という意味であることを知らなければなりません。私たちはむしろ、洗礼を受けた者たちが必ず信仰告白をしているか、信仰告白をすることが出来る人たちであったことに注意を向けるべきです。聖書は、幼児が洗礼を受けた例をひとつも示していません。それをもって、「なかった」と判断することは出来ませんが、「あった」と主張することはさらに無理なことです。

 ある人たちは、洗礼は新約聖書の割礼であると主張して、割礼が幼児に対して行われていた事実を挙げます。しかしパウロが洗礼を割礼と呼んだのは、まったく別の意図、すなわち人の手によるかよらないかという対比のためであり、文字通り、洗礼を新約時代の割礼であると考えるのは正しくありません。ましてや、割礼は男子だけの儀式であり、洗礼は男女両方に対する儀式です。到底同じものではあり得ないのです。

 聖書の例を見る限り、洗礼は自主的な信仰を必要としています。すなわち、信仰の表現が出来る年齢であるということが条件となります。ただし、聖書の例からは、子供が洗礼を受けたという事実を見出すことはできません。使徒の働きの記述では、多くの場合は成人男子の数だけが数えられていますが、女性も洗礼を受けた事実は明白です。(16:15)そうしてみると、子供が受けた可能性は否定できません。またユダヤ人の習慣として、子供たちが、早い時期から信仰告白を明確に行うことが推奨されていたことから想像すると、子供たちの洗礼は大いにありそうなことといえます。

 現在、信仰告白を条件とする多くの教会では、また、幼児洗礼を認めている多くの教会でも、大人になってから初めて福音に接しキリストを信じると告白した人々に対しては、洗礼を受けたいと願う人々をかなり長期間にわたって待たせるのが普通です。信仰告白をより確実なものとさせるため、あるいは「悪い行い」を止めて、クリスチャンとしての証が立つようにさせるため、そのような処置が取られているのですが、

 このようなやり方は、聖書の中に例を見出すことができません。敢えて考えるならば、パウロが、コリントのクリスチャンたちにはあまり洗礼を授けなかったという事実は、これと関係があるのかも知れません。異教社会の中で育った者が福音を信じるという場合、非常に長い期間が必要ですし、聖霊がその人物の中に働いていることを証明する「クリスチャンとしての成長」も、長時間の観察が必要です。パウロがコリントに滞在した数ヶ月の間には、パウロが聖霊の内住を確信できる信徒が現れなかったと言えるのかも知れません。

 しかし、現在多くの教会が、ある特定の道徳的標準を設けて、洗礼を受けるための条件としたり、洗礼講座の学びをして試験を行い、60点以上取らなければ洗礼を受けられないと決めてかかったりするのは、聖書の基本的教えに反するものです。自分たちの教会に、不道徳で証にならないクリスチャンを作らない努力は認めますが、クリスチャンの信仰の成長は、教会や地域社会が枠付けして期待するような形では、起こらないことが多いのです。たとえば、酒は絶対の不道徳とする教会では、酒を飲んでいる人はたとえどのように人生観が変わり、憎しみを取り去られ、愛に満たされるようになり、偽りを言わなくなり、誠意をもって人と接するようになったとしても、洗礼を受けることができません。また、クリスチャン信仰を聖書理解や神学の理解に強度に結びつけるのも、正しい信仰理解ではありません。個人的になりますが、私の次男は30歳近くになりますが、知能は5歳前後です。聖書の教えも神学も、ほとんど理解はできません。しかし、神様を崇め、イエス様を愛し、聖霊に信頼して、毎日祈りながら生きています。この次男が試験を受けても10点も取れないでしょう。カトリックのサクラメンタルな神学に反発したプロテスタント教会の多くが、聖書主義を主張することによって主知主義神学に陥ってしまい、恵みを忘れてしまっているのです。

 聖書を見る限り、洗礼の時期がだらだらと遅らせられている例はありません。明確な信仰が認められるならば、洗礼が授けられていたと判断されます。しかし実際問題として、目に見えない信仰が、目に見える日々の生活の中で表現されなければ、教会としてその人物に洗礼を授けることはできません。聖霊がその人物の中で働いておられること、その人物が確かにキリストにバプタイズされ、キリストの命がその中に漲っているという事実が、形をとって表現されてこなければ、教会は、洗礼を授けるべきではありません。しかし、もしその人物の中に、明白な信仰告白があり、キリストにバプタイズされているという確実な証が見られるならば、その時点で、できるだけ早く、その教会や地域の倫理観とは関わりなく、また、その人物の聖書理解や神学的知識にかかわりなく、洗礼を授けられるべきなのです。教会は、洗礼を授けることによって、個人に起こった霊的出来事を公に確認することなのです。

 正しいクリスチャン信仰の成長は、実質的にも象徴的にも、霊的現実としてもこの世の組織の決め事の上でも、しっかりとキリストにつながり、キリストのみ体である教会に繋がっていてこそ、可能になるものです。霊的誕生をしたものが、正しい神の家族という環境に入れられなければ、本来望まれる成長を遂げることは不可能なのです。神の国に生まれた赤子は、生まれた瞬間から、神の国の正しいケアが受けられなければならないのです。神の国の正しいケアは、教会という共同体、神の家族以外に与えることができないものです。ですから、教会は人が救われたならば、その救いを神のなさったこととして恐れを持って認め、時間のずれが起きないようにできるだけ早い時期に洗礼を授け、正式に教会員として迎え入れるべきなのです。

7.洗礼の方法

 幼児洗礼を認めている殆どの教会は、同時にいわゆる滴礼あるいは潅礼を認めています。それは、単純に、生まれたばかりの幼児を、水に沈めてしまうことができなかったためと考えられます。カトリックの一般的信仰の中では、洗礼を受けるということが救いの必須条件だったために、どうしても生まれたばかりの子供に洗礼を授ける必要が出てきました。幼児死亡率が非常に高かった時代には、生まれたその場で洗礼を授ける場合も少なくなかったのです。そのために、出産の場にはしばしば神父が呼ばれていましたし、特例として、助産婦が神父に代わって洗礼を授けることさえ認められているのです。ですから、滴礼や灌礼が認められてきたのは当然の帰結であったと言えます。

 もちろん、現在、滴礼や潅礼を認めている教会はそのような点を強調するはずもなく、それぞれ、滴礼や潅礼の正当性を聖書から証明しようとしています。ところが聖書の中には、洗礼の方法が果たしてどのようなものであったかについて、述べているところはありません。洗礼と訳されているバプテスマという言葉の意味と、洗礼の実例の記述から推し測る以外にはないのです。バプテスマという言葉が、染料の溶かれた水の中に着物を浸すときに用いられる言葉で、文字通り「どっぷりと浸す」という意味であることは、バプテスト教会を始め浸礼を主張する教会の強い拠り所となっています。原語の意味からの議論では、決定的に浸礼に有利です。また、そのような意味を込めて、パウロがこの言葉を用いて、信徒が教会に、またキリストご自身に結び合わされる、神秘的有機的つながりのことを語っていることは明白です。バプテスマという言葉が、単に潅ぐとか撒き散らすというような意味では、パウロの教会論は成り立たないのです。

 また、聖書に記述されている洗礼の具体的様子から見ても、完全に水に浸す洗礼の方法を否定するものはありません。滴礼や潅礼を主張する人たちは、たとえば、当時のエルサレムで、成人男子だけで3千人もの人々が一度に洗礼を受けることは、物理的に不可能であったと言います。(使徒2:41)エルサレムとその近郊には、それほど大勢の人々に、一度に浸礼を施すことができるような場所はなかったからです。したがって彼らの受けた洗礼は滴礼であったと、彼らは推測します。しかし、それは3千人以上の人々が、一日のうちに洗礼を受けたと解釈するところから生まれた推論に過ぎません。使徒の働きの記述から見ると、3千人以上の人々がその日1日のうちに受洗したと考える必要はありまあせん。また、浸礼を主張する人たちが論証に使う、ヨハネ3:23の「水が多かった」という記述は、水の量が多くて浸礼に適していたということではなく、水源がたくさんあったという意味であると説明して、浸礼には適していなかったと言おうとしていますが、水源がたくさんあったという理解は正しいとしても、それが浸礼の否定に繋がるとは思えません。

 もちろん洗礼は、それ自体に何かの力があるものではなく、象徴として大切な役割を果たしていたと考えるならば、たとえ滴礼であろうと潅礼であろうと、それで洗礼の意義が失われてしまうと考えるべきではないと言えます。浸礼にこだわるのは、水に沈めることが葬りを意味し、水から引き上げられることは甦りを意味すると考えるためですが、どうやらこれは、パウロの言おうとしていたことではないことは、すでに説明した通りです。実際、ある特殊な場合には、滴礼や潅礼のような方法がとられていた可能性を、否定する必要はありません。しかし、使徒時代のすぐ後のクリスチャンたちが、岩を十字の形に深く切り掘って、それを洗礼槽として使用していたという歴史的事実が、残された多くの遺跡によって証明されていることから考えても、初代の教会においては、洗礼がどうやら浸礼によって行われていたというのは、もっともありうる可能性であると言えるでしょう。

 もし今ここで述べたような洗礼の理解が、誤っていないとするならば、キリストはその大宣教命令の時点から、教会設立を前提としたご命令をお与えになっていたことが明白です。洗礼というものが、単に贖罪論的にまた救済論的に論じられるならば、それは個人の人間の救いの歴史に関わる重要な出来事で終わってしまいますが、教会論的に論じられて、キリストにバプタイズされたことを象徴し、キリストのみ体である教会にバプタイズされたことを表明し、またその事実を教会が認め、交わりの中に具体的に受け入れて行くことであると理解すると、キリストは、パウロがやがて聖霊の啓示によってそのような理解に到達するであろう事をご存知の上で、「バプテスマを施し」とおっしゃったと考えられるからです。
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