Ecclesiology

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教会と政治形態


  

 普遍不変の教会が真実の教会であって、その付随物はたとえ何であっても真実の教会ではありません。しかしその付随物がしばしば非常に大きな役割を果たすのです。教会の政治形態も、あくまでも教会の付随物であって、なくてはならないものであり、非常に重要なものでありながら、教会そのものではありません。

 教会がどのような政治形態を取るかと言うことは、あまり多くの人の関心事とはなり得ません。ほとんどのクリスチャンはそのようなことに関心がありませんし、多くの牧師伝道者は、自分の所属する教団や教会の政治形態を変えようなどと思う立場になく、与えられた形態を守るだけだからです。とは言え、単立教会として開拓伝道から始めた人などは、あるいはこの問題を真剣に考えることがあるかもしれません。実際のところ、どのような政治形態を取るかと言うことは、その教会や教団の成長に大きく関わることがあるからです。

 教会の政治形態には実に色々なものがありますが、大きくみっつ、あるいはよっつに分けられます。ここでは、私たちにとってあまり馴染みのない「国教会」という政治形態には触れず、監督制、会衆制、長老制のみっつに分けて考えて見ましょう。ただし、現実の教会は生き物ですから、このような分け方に完全に合致するものはほとんどなく、それらの形態がいろいろと混ざり合い、重なり合って、それぞれ独特の形を作り上げています。

 実際のところ、教会としては長老制を採っていながら、牧師は、自分の言葉には絶対の権威があると、専制監督主義を採り、さらには、他のどのような者の指導や管理監督を拒絶するという、完全な会衆制を採っているというような、奇天烈な教会が結構多いのです。

A.監督制政治

 監督制の基本的考えは、権威は上から下へ与えられるということです。教会の権威はキリストからペテロに与えられ、そのペテロの権威は教会の長に継承されてきたと考えます。この考えが最も徹底された形で具体化されたのがカトリック教会です。カトリック教会では、法王はキリストの代理者であり、法王がその座から語る言葉は、少なくても教義上は、キリストの言葉であると考えられています。とは言え、現代カトリック教会においての法王の権威は昔ほどではなく、法王が公式に発言する多くの事柄は、予め枢機卿会議において話し合われて合意を見た事柄であり、それすらも、たとえば、アメリカの大多数のカトリック信徒が、家族計画や妊娠中絶に対する法王の言葉を拒絶しているように、神の言葉とは受け入れられなくなっています。とは言え、教会政治としてのカトリックは強烈な上意下達であり、中央集権を維持し続けています。個々の地域教会においても、カトリック教会は上意下達が徹底していて、司祭の発言力は非常に強く、信徒たちの発言は最小限に抑えられています。

 次に厳しい監督政治形態を取っているのが、イギリス国教会です。英語では監督政治形態のことを「Episcopalian」と言いますが、これはイギリス国教会(Church of England)の別名で、アメリカに出て行ってまで「Church of England」とは呼べませんから、政治形態を取って呼び名にしたものです。(アングロサクソン人の教会と言うことでアングリカンとも呼ばれます、日本では聖公会と呼ばれています。)イギリス国教会は、もともとイギリスの王ヘンリー八世が自分の妻に飽きて、離婚して他の女を娶るためにカトリックから離脱しただけのことであり、教義的にも実際的にも、カトリックと変わるところがありませんでした。しかし、カトリックと袂を分かったことにより、大陸の宗教改革者たちの影響を受け易くなり、中にはカトリック的な国教会ではなく、福音的流れに乗る国教会も出現し、さらには完全に国教会とのつながりを絶ち、長老教会となって行く者もたくさん出現しました。

 福音系の教会では、メソジスト教会がイギリス国教会の福音的流れから派生した教会として、監督制を継承しました。また、そのメソジストから派生した様々な教会、たとえばホーリネス系の多くの教会が、この形を取っています。またペンテコステ教会の多くも、ホーリネス運動の落胤として監督政治を取り入れています。30


30   ただし、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団はその形成途上でバプテストの影響を強く受け、教会政治形態としては会衆制度を取り入れ、洗礼の理解や清めの理解でも、バプテストの神学を取り入れています。とはいえ、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、異なった設立経過を辿り、かなり監督制に近いものになっています。


 しかしながら、監督がペテロの権威を継承しているという神学は、カトリック固有のものであり、法王ただひとりがその権威を主張しています。とは言え、多くの監督制の教会は何らかの形で、監督と言う強い管理者、指導者の必要性を認め、その権威を擁護しています。これらの教会で共通なのは、強い権威主義、個人崇拝、中央集権制です。

 ところが監督制の政治形態は、聖書の中にはごく僅か、例外的に見ることが出来るだけです。その例外は、パウロの働きに関わるものです。彼は、自分が使徒として建て上げた教会に対しては、かなりの権威を持って指導をしました。長老を任命して、教会管理を委ね、さらに書簡を送って指導し、テモテやテトスを派遣して牧会者の働きをさせています。さらに、パウロはテモテやテトスに長老を任命することを任せているのですから、長老の任命権を持つ牧師の上に立つ監督者となります。ただし、パウロが使徒としての権威を持って、このように、あたかも監督者であるかのように指導したのは、まだ若い教会に対してであって、いわば一時的な処置と考えられるものです。

 そういうわけで、監督制の政治形態はわずかながらであっても聖書の中に例を見ることができ、実際の機能上、必要となる場合がしばしばあります。しかし、この制度の弱点は、監督をはじめとする指導者たちが、権威主義に陥ると言うことです。その人物が謙遜でありまた優れた能力の持ち主であれば、この形態は非常に効果的です。ですから、教会や教団がまだ若く、一人の霊的にも能力的にも優れた人物の指導によって進められている間は、他のどの政治形態よりも物事が円滑に進められ、また、順調に成長することでしょう。しかしながら、そのような霊的指導者が失われると、多くの場合、自分の役職を名誉と感じ、権威を主張する「お山の大将」の寄せ集めになってしまいます。組織の中の機能職であるべき役職が、自分お面子だとか、名刺の肩書きとして対外的宣伝に用いられ、自分を飾る化粧となり、本物の自分を隠す仮面となってしまいます。そのような人々は、「肩書きのある」自分の言うことが受け入れられなければ怒り、「役職である」自分が褒められ持ち上げられなければ傷つき、なんとも取り扱いにくい厄介者となってしまいます。それで、他の人々すなわち信徒や若い教職者たちは、そのような役職者に対して不要な気の配りを強いられることになります。その人の機能のためにその人を重んじ、そのいうことを聞き、その働きを尊重するのではなく、権威主義のわがままを我慢して聞き、しょうがないから従うことになってしまいます。教会や教団の中での役職や立場は、名誉職ではなく機能職であることをしっかりとわきまえなければなりません。そういうわけで、教団の中に、あるいは教会の中に、「名誉職」を作ることはとんでもない誤りです。

 たとえば私たちの教団には、歴史的に監督制の組織形態が色濃く残っています。役職には必ず、「上からの」権威が伴っているように錯覚している方々がたくさんいます。それで、選挙は人気投票になり、選ばれることが格別に名誉なことなり、選ばれないことは名誉を傷つけられたことになります。そこにはやっかみや妬みが蔓延します。そのような霊的敗退のあるところでは、教会としての本当の姿が失われてしまいます。そして、ともすれば、教団や部などの決定が、一人の声の大きな人の意見に引きずられてしまっているのではないかという、疑心暗鬼が生まれます。とくに、自分たちがそのような誤った権威主義でことを運んできたことがある、年配の方々は、他の人たちの同じようにしているのではないかと勘ぐり、働きを混乱させます。役職や立場を機能と捉えて仕事をしている人たちの妨げになってしまいます。

B.会衆制度

 一方、会衆制度の基本的考えは、ひとりひとりの信徒は、すべて神のみ前に平等であり、平等の権利を持つと言うものです。これは神学としてはルターが万人祭司説として唱えたものですが、それを単なる説に留めずに、先鋭化し具体的に表現しようとしたものです。したがって、教会の権威は高位の教職や、選ばれた教職たちの会議にあるのでもなく、信徒たちひとりひとりにあると考え、その信徒たちの自主的な集合である会衆が教会であると理解するのです。

 現在、制度としてこの会衆制政治形態を取り入れている教会には、大きなものではバプテスト教会がありますが、より徹底した会衆派としては、フレンド派、クエーカーなどが有名です。アナバプテストに端を発し、清教徒たちによって新大陸にもたらされて発展したこの制度は、神学的思索としては優れたものであり、現代民主主義の形成にも大きな力となったところから、民主主義の恩恵に与る私たちにも理解し易い考え方です。

 この教会の政治形態の特徴は、信徒全員による教会会議と選挙です。個々の地域教会の信徒全員に平等の権利があるのですから、この人たち全員の意見を聞き、それをまとめることが教会運営の絶対条件であるわけです。また、この地域教会の選挙がそれぞれの教会の政治を定めます。牧師を選び招聘するのも信徒の意思に任せられます。個々の地域教会はすべて、信徒と言う独自の存在基盤を持つため、他のどの教会からも干渉される必要はありません。それぞれの教会が属する教団にも、個々の教会の内政や方向に口出しをすることは許されません。教団は基本的に自主的な交わりと協力のために存在するのであって、管理指導のためではありません。

 ところが面白いことに、この会衆制政治形態の実例を聖書の中に見つけることはできません。会衆制度を支持する人たちは、使徒の働きの6章1−6節の選挙の記述の中に、会衆政治形態を読み込もうとしますが、それは困難な仕事です。選挙と言うのは民主主義的であり会衆制度的だと言うのですが、実際はそのような選挙ではなかったと考えられるからです。まず、選ばれる者たちの資格と言うか資質と言うものを、使徒たちがまず定めて、予め指導をしているのは、会衆政治形態に馴染みません。また、このとき実際に選挙に加わったのは、エルサレム教会の全信徒ではなく、ごく一部の、多分代表者たちだったと考えられるからです。当時のエルサレム教会には、すでに成人男子だけで5千人を超える信徒たちがいて、使徒の働きの著者ルカは数えるのを諦めかけていたほどです。それらの人々がすべて、選挙のために一堂に集まり、あるいは総動員された、陶器の破片を用いて選挙をするなどと言うことは、物理的にも治安維持上でも到底考えられません。エルサレムは最も治安に問題がある都市として、ローマの厳しい監視下にあったのですから、民意を代表する比較的少数の者たちだけが、7人の仕える者たちの選出に関わったと見るのが妥当です。ですからこの記述に見るのは、むしろ長老制に近い形です。

 会衆制政治形態は、構成人員全員があらゆる面において大人になっているならば、最も理想的な形態であるかも知れませんが、現実は、構成人員のほとんどのものが欠点だらけであり、民主主義の何たるかを心得ておらず、教会の真の姿に気づいてさえいないのが本当のところです。このような中では、会衆制形態がうまく機能することを期待するほうが誤りです。またこのような形態が、監督制度への反発として持ち込まれると、誰も彼もが言いたいことを言いたいために、会議に参加し、発言の機会を要求し、権利の主張を始めます。すべての構成員が発言をすることは物理的にも不可能ですから、勢い、言いたい者が言いたいことを言うという無政府状態に陥ります。本当に指導者としての能力を持ち、その能力が期待されている人が、何もできないことになってしまいます。そして、会議だの委員会だのということに多大の時間と費用が費やされ、本当に必要なことが行われないことになってしまいます。

 ただし、このような心配はどちらかというと、すべてのことに根回しと合議制を重んじる、日本独特の問題ということもできます。たとえば民主主義をもっとも声高に叫ぶアメリカでも、大統領制で、大統領の力は日本の首相の比ではありません。フイリピンヤインドネシア、韓国、台湾、中国、その他、多くの国々でも、国家の指導者の権威は非常に強いものです。それぞれの国にあるアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団もまた、基本的には会衆制度を採っていながら、総理といわれる立場の人の行政権は、日本の理事長とは比べ物にならないほど強いものです。それぞれの国によって異なっているとは言え、どうも民主主義とは程遠い要素が、たくさん入り込んでいると判断せざるを得ません。

C.長老制度

 長老政治形態の特徴は、複数の成長したクリスチャンたちが、協力して管理指導し、教会を治めて行くというものです。個々の地域教会の中でも、長老と言われる役員を選出しますが、この場合も、会衆派のような全会員平等無差別の選挙ではなく、長老として選ばれるべき資質を持った人物を予め選出しておいて、その中から選ぶような注意深さを持っています。また、個々の地域教会がまったくの自治権を持つのではなく、その地方にある複数の地域教会の代表者たちが構成する議会が、個々の地域教会を指導しまた、牧師も地域教会の信徒の招聘だけによって選ばれるのではなく、議会が指導性を発揮します。また多くの場合、その地方全体の指導を任せられる長老も選出されます。そのような地方の指導を任せられている長老たちが、さらに全体を指導する議会を構成して行くのが普通です。

 長老制政治においても、教会の権威はある特定の高位の教職や、特定の高位の会議に存在するのではなく、聖霊を内に宿している信徒一人ひとりの共同体にあると考えます。会衆制と違うところは、会衆制が聖霊を宿す個々の信徒に権威があると考えるところを、長老制は個々の信徒ではなく、信徒の共同体に権威があると理解するところです。とは言え、このような神学的理解を持って、教会政治について考えている神学者のほうがむしろ稀であり、普通は、単なる政治手法の違い程度に取り扱われてしまいます。

 したがって長老教会では、個々の地域教会の自主性と言うことはかなり尊重されてはいるものの、それらは地域教会の長老たちによって構成される会議の指導、もしくは管理下にあると考えられます。個々の地域教会は完全な自主独立の孤立した教会ではなく、より大きなキリストのみ体の一部と判断されるのです。具体的に、このような指導力を持った会議が、どの程度の地方を管理するのか、さらにその上にまた、管理指導を行う会議が存在するかなどは、それぞれの教団や団体によって異なるでしょう。

 このような教会の政治形態は、かなり未発達な状態ではありますが、新約聖書の中にもっとも顕著に見られるものです。まず、原始エルサレム教会は複数の指導者たち、すなわち12弟子の共同指導によって保たれていたと考えられます。その中でもペテロが色々な意味で中心的な役割を果たしていたことは確かですが、決して後の「監督」のような権威を主張したことはありません。少し後年になるとキリストの兄弟ヤコブが、エルサレム教会の中心的長老の役割、少し後に新約聖書が「監督」と呼んでいる、管理能力を発揮する長老の役割を演じているように読み取れます。しかし、彼も決して監督政治教会の監督のような役割を演じてはいませんでした。あくまでも協議・合議が教会の意思決定の方法でした。それは、エルサレム会議の様子でも明らかです。

 パウロは、自分が開拓の責任を持った教会に対しては、使徒の権威と開拓者としての権威とを持って、あたかも監督のように、あるいはそれ以上の権威をもって指導していますが、教会全体の中では、あくまでもひとりの指導者として、協議・合議を重んじてエルサレム会議に望んでいます。また、パウロが開拓した教会でも、彼に任命された長老はそれぞれ複数であった可能性が強く、これは当時のユダヤ教の会堂の伝統に従ったものであることが明白です。当時のユダヤ教の会堂のシステムは長老制度だったのです。

 当時の教会は、会衆制の人々が主張したような完全な独立独歩の地域教会として存在していたのでも、ひとりの監督あるいは最高会議によって、個々の地域教会が管理指導されるような存在もありませんでした。むしろ互いの有機的つながりを強く意識していながら、各地域教会の自主性を最大限に尊重しあう、大きなひとつの教会として存在していたのです。その感覚は未発達であっても、今日の長老制度に最も近いものであったと考えて、間違いはありません。

 機能的な面から言うならば、長老制形態は、監督制の欠点と会衆制の欠点とを埋め合わせた、折衷的な良さがあると言えるでしょう。監督制にありがちな個人の権威主義と暴走に歯止めをかけ、会衆制度に起こりがちな無政府状態と無関心に終焉を告げさせるものです。

D.選択すべき形態 

 すでに幾度も強調したように、教会の政治形態は教会そのものではなく、あくまでも教会の形態にすぎません。それは時と場所、文化と状況によって常に変化して行かなければならないものです。しかし、教会の政治形態と言うものは、一度確立されてしまうとそれを変えると言うことは非常に困難です。多分、教会の様々な付随物の中で、最も変えるのが難しいものだと思います。しかし、これほど文化と状況によって変えられなければならない付随物も少ないと言えます。教会が効果的に政治を行い、その命をみなぎらせ成長していくようにするためには、その土地の文化と状況に合った政治形態が必要なのです。

 すでに触れたように、フイリピンは大変選挙の好きな国民です。自分に管理指導の能力があるかどうかではなく、人気と面子のために選挙をしているのではないか感じてしまいます。日本の選挙も褒められたものではありませんが、フイリピンの場合は異常です。カトリックという絶対主義・全体主義・権威主義の中で長い間生きてきたこの国の人々には、アメリカやヨーロッパ北部のような民主主義はまだ育っていません。多分、多くのカトリック国は、フイリピンに似た状況の中にあるのではないかと思います。カトリックの全体主義・権威主義は人々から民主的な思考能力を奪い、歴史的には、共産主義と言う異なった権威主義・全体主義に陥っていきました。(オーソドックスも含め)世界中の共産主義化した多くの国々が、カトリックかオーソドックスです。幸か不幸か、フイリピンは共産化こそしませんでしたが。多くの共産ゲリラの活動が問題になりました。

 民主主義と言う基本を知らない人たちが選挙を行うと、とんでもないことになるのです。それでも、一般世界では、選挙を行いながら民主主義の何たるかを教えて行かなければならないのですが、それを大多数の国民が理解するためには、非常に長い年月が必要です。このような文化、状況の中の教会が、会衆政治形態を採り選挙を行うと、その誤った選挙情熱のために、その見栄と面子のために大混乱に陥るのです。従って、すべての信徒を含めた選挙を原則とする会衆政治は、フイリピンのような社会状況の中では賢いやり方ではありません。そう言う私たちの日本の民主主義も怪しいものです。思いやりで癌の告知をしない国に、つまり自分が事実に直面し、その事実にどう対応するかという、基本的人間の責任を果たせずに、他人の思いやりを期待しなければならないような文化の国、基本的人間の責任を負わせないような心遣いを美徳とするような文化に、本物の民主主義は育ちません。民主主義とはしっかりとした自己の確立を前提とするものです。間違ってもらっては困るのですが、私はこのような自己の確立を提唱しているのではありません。ただ、民主主義について語っているのです。

 また、たとえ民主主義の原則をかなり理解している人々であったとしても、聖書の教えを余りしっかりと理解していない人々が選挙を行うのも、勧められません。聖書の世界観、価値観、神観、人間観などが理解され、教会観もしっかりしていなければなりません。もちろん、あまりハードルを高くすることは考え物ですが、少なくても、基本的なことは理解しているのが原則です。ましてや、選ばれるほうは候補者として、しっかりとした資質を備えていなければなりません。そこで、使徒の働きの中に記された教会歴史上最初の選挙のように、選挙の前に有資格者を推薦する必要性があるのです。ですから、特に開拓途上の教会、信徒たちがまだ信仰的に幼い教会は、会衆政治形態を避けたほうが良いと判断されるのです。

 パウロは開拓教会を残して去るとき、選挙で長老たちを選ばせず、彼が任命してゆきました。先に述べたように、例外的な監督制の形態です。しかしこれはあくまでも、教会がまだ幼く未熟であったという理由のためだと判断されます。教会が全体として成熟していくにつれて、選ばれる資質を備えたクリスチャンたちが出現し、選ぶほうもまた、ある程度の成熟度を持って選ぶことが出来るようになります。とは言え、パウロが第一伝道旅行において長老を選任したのは、時期尚早であったことがすぐ後になって明らかになりました。パウロでさえも、教会の指導者の選任の時期については、誤りを犯したのです。

 パウロは異邦人伝道をして、異邦の土地に教会を建てたとは言え、初期のクリスチャンたちの多くは、熱心に会堂に集っていたユダヤ人であり、また、ユダヤ教に改宗していた者や、少なくてもユダヤ教に惹かれてユダヤ教の学びをしていた者たちでした。つまり彼らは、文化的に福音を聞き受け入れる素地が出来ていた人々でした。神についても、旧約の律法についてもすでに深い理解を持っていました。やがて出現するメシヤを待ち望んでいました。ですから、彼らは短い期間の伝道で救われることが出来たのです。このような人々の中にはすでに、会堂の中で長老だった者もいたことでしょう。長老になる資質を備えていた人もいたでしょう。パウロはそのような人々を見つけ出しては、新しい会堂とも誤解されていたに違いない、新たな共同体の長老、指導者として任命したのです。パウロは長老制度に慣れた人々の間で、長老制度を敷いて行ったのです。

 ところが、このように福音を直ちに理解し信じることが出来たこれらの人々は、内側に大きな危険性を抱えていたのです。それは、間もなく表面に現われてきました。それが割礼の問題です。ユダヤ人であった、また、改宗してユダヤ教徒となっていた、あるいはなりかけていた彼らは、ユダヤ人の優越性を当然のように信じていたことでしょう。神はユダヤ人のみに救いをもたらすと主張する割礼主義者は、彼らの優越感をくすぐったのです。彼らは教会に加わろうとする人々に対して、まずユダヤ人にならなければならないと主張し、割礼を強制し始めたのです。これがパウロの頭痛の種となり、ガラテヤ書を書く理由となり、さらにはエルサレム会議の開催理由となって行ったのです。

 この例は、文化的にはかなりしっかりしていても、また福音の真髄をかなり理解していたとしても、クリスチャンとしての経験の浅い信徒は、教会の指導者としては向いていないと言うことを示すものです。パウロは自分の失敗を直ちに理解したようで、第二伝道旅行からは、長老の任命にはもう少し時間をかけ、注意深くなって行ったように読み取れます。そして、自分の若い弟子テモテには、信徒になってまだ間もない人物を長老に任命しないようにと、指導しています。

 こうしてみると、聖書は特定の教会政治形態を定めていないことが明白です。文化的背景、社会状況、信徒の成長具合など、多くの要因を良く判断して、どのような形態が相応しいかを選ぶべきであると判断します。たとえば私たちの母教団に近い存在であるアメリカ・アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団では、長老形態と監督形態も部分的には残していながら、基本的に会衆形態を採っています。フイリピンではそれをそのまま取り入れて、失敗をしました。しかし日本においては、非常に監督制に近い長老制、あるいは長老形態をそこここに用いた監督制として発展してきました。それは、日本と言う民主主義がまだ芽生えもしないでいた土地で、会衆制を採ることの危険性を、当時の指導者たちが心得ていたからでしょうか。あるいは教会がまだ幼いと判断したからでしょうか。ともかく、アメリカやイギリス、オーストラリアの会衆主義の政治形態を、私たちの先輩は拒絶したのです。もちろん、監督制に近い教団運営は様々な葛藤を生み出しましたが、全体としてはよく機能してきたと言えるでしょう。しかしかなり多くの教職がいま、大人の信仰に到達し、僅かずつながら、もっと緩やかな長老制へと移行したいという気持ちを、表現しているところです。

 ある教団は、個教会の集合に過ぎません。商店街の協同組合のようなものです。自分の利益が第一で、協力するのはあくまでも自分に益があるからであり、自分に益するところがなければ離脱してしまうのです。ある教団は、専制君主のような監督や総裁と言われるような人が、権威を振るい、小さな者や弱い者が無視され、取り残され、泣かされる、日本的共同体と成り下がってしまいます。そこでは「長いものには巻かれろ」、「臭いものには蓋をしろ」の文化がまかり通ります。

 キリストにあってひとつであると言う、霊的意識が高ければ、どのような組織形態、政治形態を採ろうとも、教団はキリストのみ体としての性質を、遺憾なく現すことでしょう。しかし、霊的意識が少しでも低くなると、教団の組織・政治形態の不備が、キリストの霊によって生かされる共同体を、少しずつ窒息させていくことになるのです。

 ですから、長老制形態を採ったからといっても、教会を構成する人々の霊的資質が低ければ、決してうまく機能することはないでしょう。しかし、それでも長老制は監督制の危険と会衆制の弱さを、ある程度覆うことが出来る制度であると考えられます。また、教団や個教会が単なる人為的な集団ではなく、キリストのみ体であると言う事実を、最も表現し易い形態であると思われます。しかし、そのようなことよりも、教会はその存在する文化と状況に合わせた形態を取ると言うことが大切です。ともあれ、もっとも大切なことは、エルサレム会議において参加者が感じた聖霊の臨在の確認です。人の意見だけによるのではなく、聖霊が共に参与して話し合われ、決定されていくということの大切さを認めることです。
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