Ecclesiology

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教会と付属物


  

 神の御心の中にある教会、普遍的な見えない教会が、この世において地域教会あるいは見える形の有機的教会として姿を現すとき、さまざまな方法で自己を表現し、色々な形態や様式を取ります。教会が歴史の中でずっと陥ってきた重大な過ちのひとつは、教会が取ったこれらのさまざまな自己表現、あるいは形態や様式というものを、教会そのものと誤解したことです。

 カトリック教会は、自分たちの歴史の中で構築された政治形態や官僚機構というものを、教会そのものと看做してきました。あるいは礼拝の形式や秘蹟などを、教会そのものと混同してきました。これは殆どのプロテスタント教会でも同じでした。カトリック教会に反旗を翻し、教会に改革を持ち込んだ人たちも、自分たちの教会組織が出来上がるとそれを定着させ、固定化し、その形が教会そのものであると看做ようになって行きました。それが教会の形骸化を招き、新しい土地の文化や生活様式になじまず、宣教に困難をもたらす結果となったり、時代に取り残され、人々から省みられなくなったりする問題となって表面化しています。

A.教会と教会の自己表現

  現在私たちが、自分たちの置かれている場所と環境で教会を建てようとするとき、慎重に注意深く実行しなければならないのは、教会そのものと、教会に密着して付随しているこれらの自己表現、あるいは形式や様態というものを、しっかりと見分けて決して混同しないことです。

  図@を参照しながら話を進めましょう。太い線で描かれた円は教会そのものです。つまり、神の御心にある理想的教会、普遍的教会、見えない教会です。その中の細い線の同心円は、今まで論じてきた教会の姿を示しています。中心のより基本的なものから進めますと、まず、教会とはこの世から召し出され神の国に召し入れられた、神の国の民の共同体です。教会とは人間であり、そのほかの何ものでもありません。しかもこの人間の共同体に聖霊がお宿りになっているという、神秘的な共同体であり、やがて現される完全な神の国をこの世において予め示現する、神の国の共同体です。次にそれは、キリストの権威を与えられ、福音宣教のために、キリストの代理としてこの世に遣わされています。教会の使命、存在理由は福音の宣教です。さらにそれはキリストのみ体として、キリストの働きをするものです。その働きは色々な区分が可能ですが、神に対する働きと、教会自身に対する働き、そしてこの世に対する働きに分けられます。その上、これらの働き遂行するために、教会には聖霊の賜物という装備が与えられていています。聖霊の賜物が与えられていない地域教会はありませんし、賜物を任せられていない個人もありません。そして、それらの賜物をより効果的にまた力強く用いていくために、教会には聖霊の力が与えられています。その聖霊の力は、聖霊のバプテスマという圧倒的な神との交わりの結果として、最も顕著に現されます。

 円の外側を覆う半円は、教会の自己表現の姿、組織や形態や様式、システムといったものです。これらは教会ではありません。しかし教会は、このようなものを通さないでは自己表現ができませんし、使命を遂行することも、働きを完遂することもできません。ですから教会は、常に、このような外面的形態である組織やシステム、あるいは制度というものを付随させているのです。これらのふたつのもの、すなわち円と半円の部分のうち、人々の目に見えるのは外側の半円であって、内側の円に気付く人は滅多にいるものではありません。したがって、ほとんどの人々、多分大多数のクリスチャンたち、あるいは教職者の多くも、この外側を覆っている半円の部分を見て、それが教会であると考えているに違いありません。しかし、それはあくまでも教会に付随するもの、いわばある種のパラチャーチであって、教会そのものではないのです。しかし、一般には外側の形態が教会だと思われている以上、これらを通しての「正式な」活動のみが教会の活動であると思い込まれ、もっと基本的で本来的な、一人ひとりのクリスチャンの組織に捕らわれない自由な活動が、まったくないがしろにされてきた嫌いがあります。
 これらのふたつを比較してみると、より明確に違いが判ります。
(円・本当の教会)                 (半円・教会に付属する形態)

 1.神によって造られた(神為的)・・・・・・・・・・・人間によって作られた(人為的)
 2.聖書的(聖書に立脚)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・社会的(社会に適応)
 3.普遍的(文化を超越)・・・・・・・・・・・・地域的(地域の文化に拘束される)
 4.不変的(時代を超越)・・・・・・・・・・・・常変的(時代の文化に拘束される)
 5.宣教のための神のエイジェント・・・・・・・・・宣教のための人間の組織と方策
 6.聖書に合致しているかどうか・・・・・・・教会の働きを機能させているかどうか
 7.本質的(なくてはならない)・・・・・・・・・・・付随的(無益ならばなくても良い)
 8.神の啓示による・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間の判断による
 9.神の栄光のため・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・教会に仕えるため 

 内側の円は、聖書によって定められた神のみ心としての教会の、あるべき姿であり、社会状況、文化背景、時代の流れ、経済的事情などによって、人為的に変えられてはならないものです。一方、外側を覆っている半円は、あくまでも教会の働きをよりよくするための人為的手段であり、社会状況、文化背景、時代の流れ、あるいは経済的事情によって、変えられていくべきものです。内側の円は、効果的であるかどうか、人が集まるか集まらないか、献金額が多いか少ないかによって、変えられてはならないものですが、外側の半円は、その目的に対する効率性によって、常に変えられて行かなければならないものです。

 ところが、一度作り上げられた組織や形態というものは、すなわち外側を覆っている半円は、一度作り上げられるとたちまち固定化し、その設立目的や必要性とは関わりなく独り歩きを始め、ただそれ自体の存続、自己の存続のために存続し続けるという、「化け物」になってしまう危険性があります。伝統とか習慣などというものが、本来の領域を超えて重要視され、ちいさな改善でさえ大改革と受け取られ、本当の改革は破壊的行為として敵視されるようになってしまいます。その一方、設立当時の本来の目的はないがしろにされ、窒息死させられるようになるのです。キリストの時代にも、神のみ言葉が人の伝統のゆえに疎んじられ、ないがしろにされていましたが、(マタイ15:1−11)現代もまったく同様です。 

B.教会の外的形態と文化

 教会の外面的形態というものが、教会それ自体より重要視されてきたことによって、教会は大きな痛手をこうむり、宣教は暗礁に乗り上げてきました。

 図Aを参照しながら話を進めましょう。左の四角はアメリカの文化を表し、右の三角は日本の文化を表現しています。中央の小さな円は普遍的教会を示しています。この普遍的教会がアメリカという文化に入り込んでも、教会自体の形は変わりません。日本の文化に入り込んでもまったく同じ円です。教会そのものは文化を超えた存在、超文化的存在なのです。しかし教会がアメリカに入った場合、アメリカの文化に合わせた自己表現をし、アメリカに合った組織、形態、政治、システム、活動、手段、音楽、あるいは建物などを持つようになるのです。それが四角いアメリカ文化の中で、角が丸くなった点線の四角によって表現されています。一方、三角で表現された日本文化に入った丸い教会は、三角の文化に適応して、角の取れた円に近い三角の自己表現をします。これは教会の本来のあるべき姿です。教会が入って行ったそれぞれの土地で、何にも妨げられず自己表現をするとこのようになるのです。しかし、実際に起こっていることはこれに程遠いものと言わねばなりません。図Bを見ながら話を進めましょう。

 これは実際に起こっている現象を説明しています。アメリカから来た宣教師たちも、アメリカで教育を受けた日本人教職者たちも、四角いアメリカ文化の中で自己表現をし、アメリカの状況に適応した角の取れた四角い教会のあり方、組織、システム、活動などの外的形態を、教会そのものと信じて疑うことなく、そのまま三角の文化を持つ日本に輸入してしまったのです。これはある意味では、今日、さらに大掛かりに進められています。数少ない日本人クリスチャンが、ひごろ小さな教会で経済的にも厳しく、まともな活動さえままならないでいる中、アメリカなどの教会を訪れては、その立派さ、その華やかさ、その活発さに感動して帰って来ます。そして、その素晴らしいアメリカの教会のようになりたいと願って、真似を始めるのです。その結果、日本の教会はますますアメリカなどの教会に似るようになり、そしてそのアメリカの教会に似た外的形態のために、日本に適応できないものとなり、まともな成長をすることができないまま、いたずらに年月を重ねていくことになります。それで、何とか教会を成長させようと画策するあまり、絶対に変えてはならない本来の教会の姿を変えて、現代日本の文化に迎合してもらおうという動きさえあります。27  その場合でさえ、外面的形態に対してはあくまでも保守的で、かたくなに形骸化した西欧的形態を守り通そうとしているのです。あるいはアメリカ型の表現形式をとった「教会」が、日本になじみ易くなるようにと、三角の日本文化を四角のアメリカ文化に変えようとする人々さえ、現れてきました。28


27   たとえば、地域共同体感覚の強い日本文化に対応しようとして、教会の公同の礼拝会を中止してまで、地域活動のために教会堂を開放するなど。
28   たとえば、共同体感覚のしがらみが日本の宣教を妨げていると考えて、日本に個人の確立を基礎とした個人主義を根付かせようとする試みなど。


 しかし教会を日本文化に適応させようという試みは、教会を教会ではないものに変えてしまう危険性を孕み、日本文化を、他の文化の中で形成された教会の表現に合うように変えようとする試みは、文化の衝突を起こし、多くの場合、教会の使命である福音宣教の妨げになってしまいます。個人主義を基本とするアメリカ型キリスト教の信徒になるためには、日本人も、ある程度共同体社会の日本文化を捨て、アメリカ的個人主義を受け入れ、それにあった生活習慣を身に着けなければならないのです。

 たとえば、日曜日に学校行事を行うことは、日曜学校を妨げるもので、信教の自由に反するなどと主張して、訴訟を起こした牧師がおりましたが、そのような行為自体が、教会が日本社会に敵対している証拠として、受け取られてしまうということです。日曜学校が教会にとって絶対になくてはならないものであり、どのような文化においても、必ず日曜日の朝に行わなければならないものであると、聖書によって明確ならならば、その死守のために命を賭けましょう。しかし日曜学校は、たとえどれほど教会に貢献したことがあったとしても、たかだか200年ほど前にイギリスで始まった教会の表現の一つ、教会の付随物のひとつに過ぎず、図@でいうと円の部分に関わるものではなく、半円の部分の事柄です。教会が進出して行く社会の中で、柔軟に変えられていくべきものなのです。今も私たちに必要なのはニーバーが祈ったときと同様に、何が変えられるべきものであり、何が変えられてはならないものであるかを、見分ける能力であり、変えられなければならないものは大胆に変え、変えられてはならないものは絶対に変えない勇気です。

 私たちは図@の概念をしっかりと理解し、教会そのものと教会に付随している物を、峻別するところから始めなければなりません。このことが明確にされていないと、変えてはならないものを変え、変えなければならないものにいつまでも固執することになってしまいます。実際問題として、図Bで示されたようなことが実に多くの分野で起こっているのです。私たちの分析能力を増すために、もう少し、具体的な例を挙げて考えて見ましょう。

 いわゆるキリスト教国、あるいはキリスト教的感覚の濃厚な土地で発展してきたキリスト教が、異教の背景を持つ文化に対面するときは、普通、非常に強い批判的態度あるいは断罪的態度を取ります。特に、厳格な保守的キリスト教精神を建国の理念として来た、アメリカの保守系のキリスト教は、自分たちの理念、価値観、信念などを非常に大切にし、それを普遍的なものと考えてしまいがちです。ですから彼らは自分たちの信念や価値観を、自信を持ってすべての国に輸出しそこで定着させようとします。彼らの信念や価値観を受け入れない文化を、彼らは罪深い文化と断罪し、これを何とか破壊し、自分たちの価値観を植えつけようと努力します。これがいわゆる「嫌われるアメリカ人」の主な理由です。

 ましてや、キリスト教会の中での事柄になると、アメリカを始めとする西欧諸国の教会は、ほとんど何の疑いもなく「自分たちの教会を」を本来の教会のあるべき姿であるという前提で、自国にある自分たちの教会のクローンを宣教国に建て上げようと努力します。たとえば、私たち日本の教会も、以前から、婦人会、壮年会、青年会などという「区分」を教会の中に作り、それなりの活動をしてきました。しかしこれらは、西欧化の進んだ現在の日本ならば、ある程度の存在価値もあるとは思いますが、40年、50年前の日本の文化の中で、どれほどの効果があったでしょうか。家族と言う絆を非常に大切にしていた日本の社会構造の中で、その家族の絆を強めるのでも利用するのでもなく、むしろその絆を断ち切り、家族と言うものを崩壊させる方向にある、年代と性別による区別は、教会にあまり良い影響を与えなかったのではないでしょうか。むしろ、家族を結束させ、親族の絆を強めるような指導と組織作りが必要だったのではないでしょうか。

 日曜日が休日となり切っていなかった頃から、私たちは日曜日の礼拝会を「神聖なもの」として大切にするように指導されてきました。日曜日は新約時代の安息日であるというむちゃくちゃな神学を、「聖書的」な教えであると教えられて、忠実なクリスチャンになるためには、何が何でも日曜日の礼拝会に出席しなければならないと、同僚と争い、上司に逆らい、職場を換えてまで日曜日を確保してきたものです。キリスト教文化が長いあいだ定着していた国々では、日曜部休日が常識となっており、日曜日の礼拝会に出席することは比較的に容易でした。日曜日に礼拝会に出席することは反社会的行為とはならず、存在する秩序の破壊にも繋がらないのですが、日本では、多くの人々が日曜日でも働いており、社会全体が日曜日にも活動する前提で仕組まれていて、それに反する行動をとるということは、反社会的行為、存在する秩序を乱す行為と理解されたのでうす。何事においても「和」を最も大切にする日本人にとって、そのようなことを教えるキリスト教は、反社会的宗教となってしまったのです。一般的日本人のキリスト教に対するイメージは、現在でも、「個人の信念としては、尊敬に値するほど立派だけれど、そのような人が自分の回りにいてくれると、「和」が保てなくなって迷惑する」と言うものであり、反社会的宗教と受け取られているのです。聖書が本当に、日曜日を旧約時代の安息日に代わる神聖なものとして教えており、日曜日にもたれる礼拝会を、すべての神を敬う人間が必ず出席しなければならないものと教えているならば、話は別です。それならば、何が何でも日曜日の礼拝会を守らなければなりません。私たちは聖書に忠実に従うクリスチャンです。

 この日曜日神聖論が子どもたちへの活動にまで延長されて、先にも述べた日曜学校の神聖化に及んでいます。子供が大切であり、子どものころから神さまを礼拝する態度を付けさせることに異論はありませんし、それについては、聖書からも正当に論じることが出来るでしょう。しかし、子どもの信仰教育を日曜日に行わなければならないという主張は、聖書を正しく学ぼうとする限り出てきません。また、日曜学校の発端を学ぶならば、もっと柔軟なあり方さえ考えられます。日曜日に学校行事が行われる日本では、日曜学校のあり方をもっと多角的に考えるべきでした。教会学校として、日曜日以外の活動を考えるのもひとつの方法であったはずです。教会学校の場所についても、教会堂が手狭で不便な日本では、もっと他の方法がとられるべきだったはずです。ところが、多くの場合、宣教師は自分が育った環境を理想としてそのコピーを作り出そうとしますし、日本のクリスチャンたちは、欧米の教会のパラチャーチ的な外枠を教会と考え違いをしてしまって、盛んにそれを模倣しようと努力してきたのです。幸か不幸か、最近の日本の社会情勢では、旧来の日曜学校では頭打ちになってきていますので、多くの教会が輸入された子どもの教育方法に捕らわれず、何とか改革を持ち込もうとしていますので、少なくても、子どもの教育と言う側面では、外側の形が教会なのではないということについて、理解が出来始めているともいえるでしょう。これが大人の日曜日についても考えを促すことになれば良いと願うものです。

 教会は、金曜日を休日としている文化に入っては、金曜日に礼拝会をしてはならないのでしょうか。太陽暦ではなく、太陰暦で生活している零細漁業の村落で伝道をする場合、太陰暦に沿った教会活動は出来ないものでしょうか。日、月、火、という曜日には関係なく、彼らは満月の時期には休み、新月の頃は働くのです。村全体がそのようになっているのです。

 伝道という面から論じて見ましょう。たとえば、アメリカ型キリスト教は個人に対する伝道を重く見ています。個人の信仰、個人の決断を促すのが伝道であるかのように考えます。そして人間の社会的な面を軽視し、あるいはまったく無視して伝道をしようと努力します。個人の信仰の決断や成長のさまたげとなる、家族親族など血縁共同体や、町内会や集落の地縁共同体を無視したり敵視したりすることになります。仏壇や神棚といった物も、あくまでも異教の礼拝に関わる準偶像扱いしかできず、それらのものが果たしている重要な社会的機能には気が付かず、それらを赦している社会そのものを、異教社会、偶像社会として、すなわちキリスト教に敵対するものとして、神が忌み嫌っておられるものとして観てしまいます。ですから、いくらかでも福音に興味を示した人間を、その生きている社会から隔離して伝道しようとする傾向が出てきます。その社会の中に留め、その社会の中で生き、その社会の中で証をさせるということが出来ないのです。クリスチャンたちが迫害される社会から逃れて、クリスチャンたちだけで村を作ろうなどという動きさえ、出て来たことがありました。

 伝道集会などで、よく聞く欧米型の説教で、「信仰は個人のものです。他の誰でもない。あなたの決心が大切なのです。あなたがイエス様を救い主と信じ受け入れることです」という言い方がありますが、まさに、欧米の教会の形です。個人主義と民主主義が発達しているあちらの国では、個人の考えや個人の決断が尊重されます。社会的にどのように弱く小さな人物でも、自分に関わる事柄を自分で決定するのは、一人の人間としての義務であり権利なのです。しかし、日本や多くのアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、あるいは東欧諸国でも、一人の人物は必ず社会の中の一人であり、一人だけで生きているのではなく、互いに影響し合いながら、よく言えば互いに助け合いながら生きているのです。ですから、一人の人の決定や決心は必ず多くの人々に影響を与え、また多くの人の影響の下に行われるのです。誰かがキリストを受け入れるということは、その当事者だけの問題ではなく、家族全員、親族全員、地域共同体全員の事柄なのです。このような事柄について、一人の個人が個人として決定を下すことは、普通出来ないことであり、やってはならないことです。それをすることが出来るのは、共同体の中で強い立場を持っている者か、反対に誰にも相手にされないほど存在価値の薄い者、もしくは自分を理解していない愚かな者です。ですから、このような信仰の決心を促す形の、伝道会と言うものの価値についても考えてみる必要があります。決心を促すことは良いでしょう。しかし、どのように促すかです。

 最近は日本においても、特に若者たちの間では、自分勝手で無責任な個人主義がまかり通るようになっています。へそを出して街中を闊歩している中学生高校生が、「自分の自由でしょう? 誰にも迷惑を抱えていないのに、何が悪いの?」と言います。いわゆる援助交際をしている娘たちが、「誰にも迷惑かけてないもん」と平気な顔をしています。アメリカ型キリスト教の伝道は、このような無責任な個人主義がはびこる社会では、うれしい事に、成果を上げることでしょう。しかし、父母を考え、家族を考え、社会を考え、良識的な行動をする日本人の間では、あまり受け入れられないことになるのです。社会からはつまはじきにされ、行き所のなくなった人間、家庭からも地域共同体からも、どうでも良い奴と烙印を押されたような人間は、比較的容易に信仰の決心をすることが出来るでしょう。しかし、家庭の中でも地域社会の中でもしっかりと責任を果たし、尊敬されているような人間が、アメリカ型のキリスト教を受け入れることはこの上なく困難なのです。

 教会の政治形態についても考えて見ましょう。多くの伝統的なプロテスタント教会は、自分たちの教会の政治形態を、単なる存在形態ではなく、本質的な事柄、あるいは教会そのものの一部と捕らえて、変更不可能な重大事項と理解しています。イギリス国教会(聖公会)がその監督政治を変えることは「エチオピア人が肌の色を変えることが出来ないくらい」不可能でしょう。改革派の流れを汲む教会がその長老政治形態を変えることは、日の丸を他のデザインに変えるほど困難でしょう。バプテストを始めとする「民主的教会」がその会衆政治形態を変えることは、ライオンが草食動物になるのを期待するようなものでしょう。これらの教会は、たとえどのような文化背景、歴史背景、あるいは政治背景の中に入って行っても、自分たちの政治形態を維持しようとします。カトリックの絶対権威主義的政治に慣れていた人々に、民主主義の教会版である会衆政治はなかなかなじみません。たちまち権力を手にしたい人間と無気力な人々と、過激な抗議行動を起こす人々が現われてきます。

 アメリカの福音派の教会は、いわゆる酒やギャンブルあるいは性的な不道徳などの、目に付き易い表層的罪には非常に厳しく、これらを断罪し、自分たちの国がこれらの罪に陥っていることを嘆き、その傾向と戦いますが、自分たちの社会機構や文化、あるいは習慣というものと戦う必要を感じないまま、むしろ、そのような環境に教会を適応させようとしています。一昔前ならばかなり激しく責められていたロック音楽も、見事に教会に取り込まれています。肌が露わな服装で教会に来る女性も一般的になりつつあります。個人主義の社会ですから、親がどんなに経済的に困窮し、兄弟たちが逼迫した生活をしていたとしても、「我関せず」の信徒たちがたくさんいます。クリスチャン同士の離婚や再婚も、いまや珍しくも何もありません。自由な資本主義経済で、どれほど贅沢に生活し、資源を無駄にし、開発途上国の人々を搾取していたとしても、個人の権利です。教会はその個人の権利を認めて何も言いません。かえって、金持ちが自分たちの教会にいる事を誇らしく思っているように見えます。繁栄の福音などという形の異なる偶像礼拝が、堂々と教会の中に入ってきます。自分たちの国の経済、自分たちの贅沢が多くの貧しい国々の犠牲の上に成り立っているなどと言うことに、福音派の教会が関心を持っているようには思えません。

 このような教会がそのまま日本に侵入してきているのです。大方の人間が抱えるのと同じ弱さを抱えて、アメリカの教会も、文化や習慣に根ざした自分たちの欠点や弱さや間違いなどには、なかなか気付きません。そこで、何の反省も恐れもなく自分たちの習慣を福音と一緒に持ち込んで来るのです。そしてその一方では、自分たちと異なる文化や習慣に対しては非常に厳しく、その中に、敏感に「異教」の匂いを嗅ぎ付け、これを攻撃します。つい百数十年前まで、福音と関わりなく生きてきた日本人は、神道や仏教などの宗教背景の中で、文化や習慣を培ってきました。ですから生活のあらゆるところに「異教的」匂いがまとわりつき、ほとんどの儀式儀礼に「偶像礼拝」の片鱗がこびりついているのは、当然のことなのです。輸入されたアメリカ型キリスト教はこのような匂いや片鱗を嫌悪して、激しく攻撃してきました。しかしその一方では、日本人の勤勉さや道徳心の高さは賞賛します。ところがこの日本人の勤勉さや道徳心が、非常に強く宗教的感覚に繋がっていることには気が付きません。要するに、判断基準に一定性がないのです。

 このように自分の文化習慣には甘く、異教世界の文化習慣には厳しいキリスト教が、日本人に受け入れられる筈はありません。多くのアメリカからのキリスト教会は、あるいは西欧諸国から来たキリスト教会のほとんども、同じように自分たちの教会がまとった文化的適応を、文化背景がまったく異なる日本に持ち込んできたのです。このような傾向は、「自分たちの神学絶対」の信仰を持つ福音派の教会により強く現われます。神学と教会の形態の区別が付かない人々が大多数を占めているため、神学を擁護する熱心さを持って、自分たちの教会の形態を擁護するのです。自分たちの神学にかなり懐疑的感覚を持っている自由神学の立場を取る教会の人々も、無意識のうちに自分の文化に対してはかなり保守的であり、文化的優越感を持っているものです。

 実はこのような弱さは、どうやらすべての人間に共通といえるようで、日本人宣教師が外国で福音伝道をし教会を建てると、同じようなことを行う危険性は充分にあります。

 ただ日本人の宣教師は極端に少数ですし、自分の意思で外国に行って長期にわたって活動しようとする宣教師の多くは、たとえ外国であっても、「郷に入らば郷に従え」という諺を地で行くことが出来る、10パーセントの少数派の日本人に入りますので、29  どちらかと言うと、日本人の宣教師はこの危険性をあまり持っていないと言えそうです。


29   30年ほど前のNHKの海外ラジオ放送によりますと、日本人の90パーセントは、海外に行っても日本人だけでまとまり、日本人社会を作り、日本語を話し、日本食を持ち込み、土地の人と交わりを持たず、5年いても10年いてもほとんど現地語を習得しないまま帰国するそうです。しかし10パーセントの人は、現地の人々と積極的に交わり、現地の人々と同じように生活し、現地に溶け込んでしまうそうです。これは日本人として同じ居住区共同体感覚を持っていながら、その適応がまったく異なるという面白い例です。個人主義の発達している、たとえばアメリカ人などは、現地の人々とさまざまな形で交わりながら決して現地の人と同じようにはならず、自分たちの文化を貫き通すのが普通だということです。


 このような見地から言うと、韓国人宣教師たちのやり方は特筆に価します。僅かの例外はあるにせよ、彼らは自分たちの教会の形態とその形態が取った韓国的文化適応を、まさに教会そのものとして宣教地に押し付けていきます。極端な例と思われるかも知れませんが、自分たちが建てた教会だけではなく、経済的支援をしたに過ぎない教会にまでも、韓国語の名前を付けさせ、ハングル文字の看板を上げさせるなどと言うことも、いたるところで色々な団体の宣教師によって行われている始末です。

 このような韓国人宣教師たちの感覚は、日本に来た場合には特別に複雑なものとなります。彼らには、自分たちの祖国と同胞を不当に蹂躙した、日本人に対する長年の国民的憤りと恨みがあります。また彼らから見れば、いまだに正当な方法で謝罪していない現在の日本に対する苛立ちがあります。これはただ年老いた人々の体験を通した感覚だけではなく、若者たちもまた、教科書と授業で教えられ叩き込まれてきた、国民的感覚です。さらに、経済面においても日本に対する強い劣等感があります。ですから韓国人にとって、日本に勝てるということは、それはもう大変な喜びであり、溜飲が下がる思いをすることなのです。そういうわけで、サッカーでも、バレーボールでも、柔道でも、日本に勝つということは特別な出来事であり、日本人がスポーツで韓国に勝ったときに持つ感覚とは比較にならないのです。

 キリストの福音によって浄化されまた昇華された韓国の教会は、宿敵日本に福音を伝えるという素晴らしい働きを始めました。日本人を赦し、愛し、共にみ国に入れるように、自分を犠牲にして働こうと、まさに尊い理念で日本にやって来てくださいました。しかしその一方で、奇跡的成長を達成した韓国の教会と宣教師たち、素晴らしく祝福された韓国教会と宣教師たちは、いつまでたっても小さく弱い日本の教会、神さからの祝福をいまだに受け損なっている日本の教会に対して、憐憫の情を持って働き、教え、導くことが出来るという、大きな満足を味わうことができたのです。韓国教会と宣教師は、まさに福音宣教という面で、日本に対する長年の鬱積した感情を克服することが出来たのです。韓国を訪れた日本人クリスチャンが、思いもかけないほどの歓待を受け、かつて自分たちの国が犯した罪を思い起こされ、韓国人の寛大さに感激するというような話がたくさんあります。そのような歓待をしてくださる韓国のクリスチャンたちに対しては、ただ感謝するのみですが、そのような歓待の中に「勝利者」の寛容を読み取るのです。勝利者は自分たちのやり方を押し付けます。かつての日本が韓国において天皇崇拝を押し付け、氏名を変えるように強制したのと同じです。私たちの仲間の教会の中にも、十字架を赤い色に塗り変えさせられたなどの被害があったと聞きます。 

 韓国の教会は、日本の宣教のために多くの犠牲を払って尽くしてくださいました。しかし彼らは、日本において韓国と同じような教会の成長を見ることが出来ないこと、宣教の実が想定したほど多くないことに焦燥感を抱いています。日本側からするならば、同じアジアの国からの宣教師は大いに歓迎するところですが、やはり、日本の文化を理解せず、「勝利の教会」の感覚で侵入してくる韓国キリスト教には、強い違和感を抱いてしまうのです。同じことは、最近日本に対して強い働きかけをしているオーストラリアにもいえることです。日本人は、諸外国の人々には例を見ないほど、さまざまな理由で非常に強い同族意識、同一文化意識を持っています。日本人として日本に留まっている限りあまり意識しないことではありますが、ひとたび諸外国で暮らして見ると、その特徴が非常に良くわかります。多くの国家では、あらゆる手を尽くして国民の間に国家としてのアイデンティティを植え付けようと、苦心惨憺しています。ところが日本では散々自分たちの国家の悪口を言い、国旗を飾ることに反対し、君が代は国歌ではないと叫び、皇室は廃止せよと主張していたとしても、国家が努力して、日本人としてのアイデンティティを持たせようなどとしなくても、日本人そのものなのです。このような日本に、日本的でないものが外国から入ってくると、それが日本人の生活によほど有益でない限り、かなり強烈な反発をもって拒絶することになるのです。

 とは言え、どこの社会にも一風変わった人たち、ある種の極端な趣向を持った人々がいるものです。非常に非日本人的な考え方や生活様式などに、興味と憧れを感ずる少数の人々がいます。アメリカ的な教会に非常に魅力を感じる人々もあれば、韓国的なキリスト教表現に信仰の醍醐味を感じる日本人もいるということです。そのような人々を集めるだけの強烈さを持っていれば、アメリカ的な教会も韓国的な教会も、ある程度の成長は可能です。しかし日本人全体としては、むしろそのような形のキリスト教とその教えに、心を閉ざしてしまうことになってしまいます。

 教会は普遍的なものです。土地や時代によって変わるものではありません。しかし教会が取る形態は常に変わるべきものです。教会はその周囲の環境により、またそれを構成する人々により、常にその存在の仕方、その生きている表現の仕方を変えていくべきものです。アメリカ人的感覚をもって、アメリカ人の文化と感覚に適応した形態をとる教会があってしかるべきであり、韓国人の感覚と韓国の実情に応じた形態を取る教会があって当然です。同じように、日本において日本人を対象とした形態を取る教会がなければならないのです。日本の宣教の障害となってきた様々な要因のひとつに、日本に入ってきたアメリカを中心とする西欧的キリスト教が、日本の文化や習慣と言うものに理解を示し、日本的な教会の形態を取ることが出来なかったことがあります。今となっては、そのような日本的な形態を取ることに失敗した教会に慣らされてしまった私たちが、改めて日本的な形態と考えるのが非常に困難になってしまいました。西欧的な形態を取った日本の教会は、単に外形だけに留まらず、その精神や考え方まで、西欧化してしまい、日本の文化を異教的なもの、偶像崇拝に関係するものとして拒絶し、排斥し、敵視し、攻撃してきたのです。その結果、クリスチャンになることは外国の文化習慣を受け入れること、「ある程度」日本人であることを止める事にさえなってきたのです。

 普遍的教会はまた不変の教会です。しかしその存在形態は千差万別でなければなりません。教会が普遍的存在形態を取ろうと考え、不変の外形を持とうと試みると、それはもう真実の教会のあり方から外れているのです。普遍不変の教会は真実の教会、教会そのものであり、教会の形態ではないのです。
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