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聖霊のバプテスマ


 新生の体験に関わって与えられる聖霊、あるいは聖霊の注ぎ、内住というものは、個々人がそれを求めて与えられるものではありません。すべて、個人の意思とは異なるところで、「肉の欲求や人の意思によってでもなく、ただ神によって」起こる救いに伴って(ヨハ1:13)、個人の自覚のあるなしにも関係なく、そのようなことを知るよしもないときに、自動的に起こることです。ところが聖書の中には非常に不思議な一節があります。それは、「聖霊というものは求めてあたえられるのだ」というキリストのお言葉です。

1・ルカが記録したキリストのお言葉

 このキリストのお言葉はルカによって書き止められたものですが、ルカは、キリストの「求めることについての教え」を、ほとんどマタイと同じように記録しながら、その教えの核心部分を「求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう」と、マタイとは異なる言葉で残したのです(ルカ11:9−13、参照・マタ7:7−11)。マタイが「求める者たちに『良いもの』を下さらないことがありましょう」と、一般的な表現を用いているところを、ルカは「聖霊」とはっきり特定しているのです。たぶんマタイの記録は、マタイの意図にしたがって、より一般的な表現をなさったときのキリストのお言葉を残し、ルカは彼の第二巻、使徒の働きにも通じる宣教論的な意図から、「聖霊」と特定して話されたときのキリストのお言葉を記録したのでしょう。キリストが、同様な教えをいく度か繰り返しておられたことは、充分に考えられることだからです。

 ただ、良く知られていることですが、マタイはユダヤ人の歴史記述の方法に従い、時には出来事の重要性や類似性を前面に押し出し、時間的配列や場所の違いを越えて編集し、記録していることを考えると、現在の私たちと同じ「ギリシャ的思考方法」で、時間経過に合わせて記録し、内容も、史実に忠実に収録しているルカの記述の方が、個々の事例をありのまま記録している可能性が強いということも、知っておくべきだと考えます。ともあれ、ルカが記録したキリストの教えでは、はっきりと求めるべきものは聖霊であり、父がお与えになるものも聖霊であることが示されています。内住の聖霊は求めて与えられるものではないのですから、ここで言われている「聖霊」とは聖霊の内住ではないことがわかります。また、キリストのみ言葉では父に求めているのが子であるところから、これはすでに「子」という身分を授けられた人、すなわち、クリスチャンの祈りであり、聖霊の内住をいただいている者の祈りであると推論を進めて行くのは、強引すぎるでしょうか。もしそういう解釈がゆるされるなら、すでに聖霊の内住を与えられている人が、「聖霊をお与えください」と祈るということが、はっきりと示唆されていることになります。

 ともかくここで大切なのは、聖霊を求めて祈るということが教えられ、進められ、強く励まされていることです。すでに私たちは、聖霊が与えられるのは私たちの感知しないところで、私たちの理解や要求や願いとは関係なく、一方的な神の行為として行われるということを学びました。共同体である教会として、聖霊を与えられるという経験は歴史上一回限りのことでした。その経験によって教会は単なる弟子の一団から、生けるキリストのお住まいになる有機的共同体、聖霊の宮になったのです。そして、その教会にバプタイズされることによって、個々の信徒も聖霊の宮として聖霊に住んでいただくのです。そこには、求めて祈るとか、神が与えてくださるのを期待するというような余地はまったくないのです。ですから考えられるのは、ここでルカが意図して記録したキリストのお言葉は、パウロの教会論的あるいは救済論的聖霊の取り扱いの中で、理解されるべきものではなく、ルカの福音書の続卷である使徒の働きにも通ずる、宣教論的主題の中で理解されるべきではないかということです。

 すでに述べたように、ルカはパウロとは異なり、救済論や教会論的な視点で聖霊について語ってはいません。ルカは、聖霊が福音宣教にどのように関わっていたかということに、強い関心を抱いているのです。実際のところルカは、使徒の働きの1章から28章までを宣教という主題で貫き、教会も、内住の聖霊によっても築き挙げられる、互いに愛し合う共同体としてよりも、聖霊の力によって使命を遂行する、宣教の共同体として描いているのです。もちろん、愛の共同体という姿はそこここに現れていますが、それが主題ではないのです。言うならば使徒の働きは、宣教の共同体というしっかりとした縦糸に、愛し合う共同体という美しいで横糸が織り込まれている一反の錦です。すから、使徒の働きの前巻であるルカの福音書の中に、その伏線を敷いて置くということは充分にあり得るのです。このように考えると、普通、ただ一つの言及から神学を構成してはならないという原則が、ここでは当てはまらなくなることがわかります。聖霊を求めて祈るというこのルカの言及は、孤立した一つの言及ではなく、主題にそった、関連したいくつもの言及の一つとなるからです。つまり、聖霊のお働きには、クリスチャン生活に関係する内住やそれに伴うさまざまな働きだけではなく、もう一つ、聖書記者が主題として取り扱うに足りる、宣教の働きを進めるという大きな役割があるということです。そして、クリスチャンに内住するという聖霊のお働きは求めて与えられるものではないとしても、宣教にかかわる聖霊のお働きは、求めて与えられるものであるということです。

 ですから、ルカが記録したキリストのお言葉は、内住の聖霊を求めて祈ることを勧めているのではなく、聖霊による特殊な体験、あるいは聖霊の賜物を求めるように勧めているということです。これは、聖霊のお働きを、回心に伴う内住の働きだけに限定する傾向の人々が、しばしば使う、「神はけち臭い神ではないから、聖霊をちびりちびりと与えるようなことはせず、一度にすべてを与えてくださる」という面白い言い方には反するものです。確かにもっともらしい言い方ですが、残念なことに、そのような教えは聖書のどこにもありません。むしろ、すでに見たように、聖霊との新しい体験、新しい関係、新しい賜物の賦与を求めることは、パウロも積極的に進めていることです。

 そういうわけで大切なのは、ルカが記録したキリストのお勧めに従って「求めるべき聖霊」とは、一体どのような聖霊なのかということです。もちろん聖霊がお二人いらっしゃるわけではありませんので、キリストがおっしゃったのは、聖霊の特殊なお働きのことであるはずです。またそれは、聖霊のお働きのごくごく一部である些細な事柄に関わるものではなく、「聖霊を求める」と、あたかも聖霊そのものを求めるかのような言い方が用いられてもおかしくないような、聖霊の全体的なお働きにかかわるものだということがわかります。その答えを聖書の中に捜すと、すぐに気付くのは、使徒の働きの中に記録されている、聖霊のバプテスマという特異な現象です。新約聖書の中で、救済論と教会論の観点では説明の出来ない聖霊の働きと言えば、これ以外にはないのです。またそれは、ルカが記録した使徒の働きの中に見つけられる現象であることも大切です。なぜなら、キリストのお勧めが記されているのが、同じルカの記録の中だからです。そしてルカは、宣教論的視野から彼の著書をまとめたのですから、それが宣教に関わるものであるということが推測されます。すると、聖霊のバプテスマこそ、キリストが求めるようにと強く励ましてくださったものであると、わかるのです。この聖霊のバプテスマにつきましては、わずかながらですがすでに触れましたが(10ページ)、改めて考察してみましょう。

2.聖霊のバプテスマ・内住と異なる聖霊のお働き

 聖霊のバプテスマといわれる現象が最初に起こったのは、キリスト昇天後10日目のペンテコステの日のことであり、使徒の働き2章に記されています。すでに随分述べてきたように、この出来事は聖霊が弟子たちの一団に下り、彼らのうちに住み、弟子たちの一団を単なる弟子たちの一団からキリストのみ体に変えてくださり、教会としてくださったということですが、それと同時に、聖霊のバプテスマという出来事も起こったということです。或いはむしろ、聖霊のバプテスマという出来事を基点として、聖霊の内住が始まったというべきかも知れません。そういう意味で、このペンテコステの日の出来事は、非常にユニークで、二度と同じことが繰り返されない性質のものです。ペテロを始めとする使徒たちは、当初、聖霊の内住という出来事には、ほとんど気付いていなかったと考えられます。少なくても、後になってパウロが理解したようには、理解していませんでしたし、彼らはもっぱら、聖霊のバプテスマの外的な現われや、聖霊のバプテスマの体験がもたらす結果としての大胆さによる、キリストの証と福音の宣言に没頭して行きました。実際のところ、聖霊の内住などという問題は、当時のペテロたちの関心事ではありませんでした。それは、後になって、パウロによって啓示を通して理解され、深められて行くべき教えだったのです。

 使徒の働きの中には、聖霊のバプテスマと聖霊の内住が同時に起こったと思われている例が、もう一つ記録されています。それはローマの百卒長コルネリオの家族の場合です。コルネリオとその家族は、まだペテロが説教を続けている間に、聖霊を受けてしまいました。そしてその聖霊の受け方は、ペテロによると、「あの最初の時と同じように、彼らの上にもおくだりになったのです」ということです。つまり、聖霊を受けた人々が異言を語り出すという現象を伴っていたのです。この場合、ルカは記録していませんが、当然、コルネリオの家族はペテロが福音を語っている間に、キリストを救い主として信じたのでしょう。彼らがキリストを信じたとき、もちろん、彼らがキリストを信じた瞬間は、個々人によって数分、数十分の差はあったはずですが、とにかく彼らはみな聖霊によってキリストのみ体である教会にバプタイズされていたのです。そして彼らは、そのあとに聖霊のバプテスマを受けたのです。私たちは、人がキリストを信じる瞬間というものを、厳密にいつと特定することはできません。それは神様が知っておられることであり、私たちの観察の限界を超える事柄です。しかし、彼らにはみな、別々に、キリストを信じる瞬間があったはずです。たとえ集団回心と言われる現象でも、個人が決心をする瞬間というものがなければなりません。場合によっては、集団決心をしたずっと後になって、個人の決心が起こることさえあり得ます。ただ、コルネリオの場合は、ペテロが福音を語る前から、充分に心の準備がされていました。コルネリオの長期にわたるヤーウエ信仰があり、それが神に受け入れられていました。み使いが遣わされてコルネリオに準備を整えさせました。当然、聖霊が働きかけておられたはずです。ですから、全員の心はペテロを迎えたときから、ペテロの言葉を喜んで受け入れる準備ができていたのです。ですから、厳密な意味で、彼らがキリストを信じた瞬間あるいは同時に、聖霊のバプテスマを受けたというのは正しくはありません。しかし、ほとんど同時に、同じ一つの場で、聖霊のバプテスマを受けたのです。

 この聖霊のバプテスマという、それを受けた当事者も周囲にいる人々にも、それとわかる出来事を見たペテロの一行は、彼らが異邦人であるにもかかわらず神様に受け入れられたと判断して、洗礼を施しました。もちろん、このときのペテロはパウロが理解したような、聖霊のバプテスマの象徴としての洗礼などということを、まったく考えもしなかったはずです。彼は、キリストを信じて生きていく人生のイニシエーションとして、洗礼を授けたのでしょう。しかし、授けたものの理解がどうであれ、彼らはキリストのみ体に繋がる象徴としての洗礼を受け、また新しい人生の始まりを象徴する洗礼を受けたのです。

 サマリヤでの出来事では、サマリヤ人たちは先ずイエスを救い主と信じて洗礼を受け、その後しばらくして、聖霊のバプテスマを受けています(使8:4−24)。つまり、サマリヤ人たちはすでに聖霊によってキリストのみ体にバプタイズされ、その結果、聖霊の内住を得ていました。それにもかかわらずペテロとヨハネは、彼らに手を置いて「聖霊を受けるように」と祈ったのです。ペテロもヨハネも、たとえそのときはまだ神学的理解が不足し、説明もできなかったかもしれませんが、彼らがキリストのみ体にバプタイズされただけではまだ足りないと感じ、聖霊の内住をいただいただけでは、まだ何かが欠けていると判断したのです。そこで彼らはサマリヤ人が聖霊を受けるように祈ったのです。たぶん、「キリストを信じただけでは足りない。聖霊のバプテスマを受ける必要がある」と思ったのは、ペテロとヨハネだけではなく、彼らを遣わしたエルサレムの使徒たち全員も同様だったのでしょう。

 エペソでの出来事も同様です(使18:24−19:7)。エペソの人々はまずアポロを通してすでに弟子になっていました(使19:1)。「弟子」という言葉は、このように単独で用いられた場合、必ずキリストの弟子のことであり、クリスチャンのことでした。パウロは、「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねていますが(使19:2)、この信じたときとは、明らかにキリストを信じたときという意味であって、アポロを信じたときと理解することも、バプテスマのヨハネを信じたときと考えることも不可能です。ですから、キリストの弟子であった彼らは、すでに聖霊によってキリストの体にバプタイズされ、その内には、すでに聖霊が住んでおられたのです。アポロは、ヨハネのバプテスマしか知らなかったという欠点を持っていましたが、一方では、聖書に通じ、主の道の教えを受け入れ、霊に燃えて、イエスのことを正確に語り、教えていました(使8:24−25)。そればかりか、「彼は聖書によって、イエスがキリストであることを証明して、力強く、公然とユダヤ人たちを論破し」ていたのです使18:28。このようなアポロは、現代の並の牧師などよりは、よほど救いの道に通じていたと言わねばなりません。ですから、エペソにいた弟子たちは、立派にキリストの弟子だったので、それにもかかわらず、パウロはこの弟子たちに、「聖霊を受けましたか」とたずねたのです。

 すでにくり返して学んだように、パウロはすべてのクリスチャンは聖霊の内住を得ていると信じていました。ですから、パウロはここで、彼らが聖霊の内住の体験をしているかと尋ねたのではなく、それ以外の「聖霊を受ける」という体験について聞いたのです。ところが、エペソにいたクリスチャンたちは「聖霊が与えられることは、聞きもしませんでした」と、無知をさらけ出しました。多分、彼らは内住の聖霊についてさえ知らなかったのでしょう。パウロの弟子たちでさえ、内住の聖霊についてよく知らなかったために、パウロは苦心して教えていたのですから、当然といえば当然です。そこでパウロはまずイエスの名による洗礼を施し、彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりしたのです(使19:6)。エペソのクリスチャンたちも、ここで、聖霊の内住とは別の、聖霊体験をしたのです。そしてこれはパウロにとって、新生したすべての人々が体験すべき事柄であったと理解して間違いないのです。だからこそ、彼はエペソの弟子たちに「信じたときに聖霊を受けたのか」と尋ねたのです。

 そういうわけで、ペンテコステの日には、聖霊のバプテスマの経験がそのまま聖霊の内住となったけれども、これは教会の誕生という特殊な歴史的出来事として例外的に考えるべきであると、判断されます。コルネリオと彼の家族の場合は、まず、彼らがキリストを信じ、聖霊によってキリストのみ体にバプタイズされ、その後ほとんど時間をおかずに聖霊のバプテスマを体験し、洗礼を受けるということになりました。また、サマリヤ人の場合は、先ずキリストを信じ、キリストのみ体にバプタイズされ、その象徴としての洗礼を受け、最後に聖霊のバプテスマを受けています。エペソの場合も先ずキリストを信じてキリストの弟子となり、すなわちキリストのみ体にバプタイズされ、その後洗礼を受け、続いて聖霊のバプテスマを受けています。

 したがって聖霊のバプテスマは、内住とは別の聖霊のお働きであり、聖書が、「聖霊を受けた」と表現するほどの、特異なものであることが明白です。また、聖霊のバプテスマは明らかに受けた人々が自覚しうる出来事であり、周囲の人々もまたそれを認めることができる出来事であるということも明白です。それは、聖霊の内住と大きく異なります。さらにまたこの聖霊のバプテスマは、聖書を読む限り、それぞれの信徒たちにとっては一回きりの体験で、聖霊のバプテスマの後にも、それに類似した聖霊の満たしはありましたが(4:31)、まったく同じ体験を繰り返した形跡はありません。だからといって、聖霊のバプテスマが内住の聖霊とまったく関わりがないと、考えるべきではありません。むしろ、内住の聖霊の数多くのお働きの一つと理解すべきです。それらの数多くのお働きの中で、聖霊のバプテスマと呼ばれるお働きは、特異な重要性を持つものなのです。

3.聖霊のバプテスマの目的 

 では、この聖霊のバプテスマという出来事、「聖霊のバプテスマを受ける」、「聖霊を受ける」、「聖霊にみたされる」、「聖霊が下る」、「聖霊が与えられる」、「聖霊の賜物が注がれる」、「聖霊が臨まれる」などと表現されるこの出来事は(使1:5、8、2:4、8:15、16、18、10:44、45、19:2、6)いったいどのような出来事であり、何を目的としていたのでしょう。

a.宣教の力・ルカの記述からの理解

 ペンテコステ信仰に異議を唱える人たちの中には、聖霊のバプテスマは、教会の誕生と異邦人の加入という、教会の歴史の特別な時期や状況に対して与えられたのだ、と主張する人たちがいます。聖霊のバプテスマは、神の救いの歴史の中のエポックで起こったことであると主張して、現在はそのような特別な時点ではないのだから、聖霊のバプテスマはありえないと言います。彼らは「異邦人のペンテコステ」とでもいう概念を持ち込み、サマリヤ人の場合は混血という人種的ハンディキャップがあり、コルネリオの場合は完全な異邦人であったことを指摘し、彼らが教会に加わるという想像を超えた大事件のためには、ペンテコステと同じ出来事が必要とされたのだと言います。もちろん、教会が誕生するためには、また、異邦人が教会に加入するためには、聖霊の特別な計らいがなければならなかったことは認めますが、この主張にはかなりの無理があります。なぜなら、まずコルネリオより先にイエスを救い主と信じ、洗礼まで受けたエチオピヤの宦官が、聖霊のバプテスマを受けていないからです。彼は完全な異邦人だったか、サマリヤ人のような混血ユダヤ人と認められていたのか、あるいは神を敬う異邦人としてすでにユダヤ人に受け入れられていたのか、さだかではありません。ただ律法に照らし合わせると、去勢されていた彼が、改宗者としてユダヤ人に受け入れられていたとは考えにくいことです。しかし、彼がイエスを信じ洗礼を受けたのは紛れもない事実です。去勢されていた者が、差別されずに洗礼を受けられたということが、驚きです。また、異邦人であったエペソの弟子たちは、なぜ「異邦人のペンテコステ」を体験しなければならなかったのでしょう。すでに、コルネリオの一家が異邦人としてこれを体験していたのです。これらの問に対しては、説得力のある説明を見つけることができません。ですから聖霊のバプテスマの目的は、そのようなところにはなかったと言う他ありません。 

 一方ペンテコステ系の人々は、もともと、聖霊のバプテスマの目的を「宣教のための力の賦与」と理解してきました。そしてそのような理解は、かなりの説得力を持つものです。まずキリストは、「さあ、わたしは、私の父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい」とおっしゃり(ルカ24:49)、父の約束、すなわち聖霊のバプテスマが、いと高き所からの力と直接関係していることをお示しになっています。そしてその力を着せられるまでは、都であるエルサレムにとどまっているようにお命じになったのです。その力を着せられないままでは、都を出て行ってはならないとおっしゃったのです。この力は弟子たちが都を出て行く目的、つまり、福音を述べ伝える目的には絶対必要条件だったのです。

 次にキリストは、「エルサレムを離れないで、私から聞いた父の約束を待ちなさい」と再び諭して(使1:4)お話になりました。「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなた方は力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、私の証人となります」(使1:8)。ここでもキリストは聖霊のバプテスマと宣教の力とを結びつけて語っておられます。そういうわけで、聖霊のバプテスマは、明らかに宣教のための力を賦与される出来事であると言えます。ただし、弟子たちは当初キリストの教えを理解できず、聖霊のバプテスマが世界宣教の力を賦与されるものであるとは、考えていなかったようです。なぜなら、聖霊のバプテスマを受けた後も、弟子たちはエルサレムに滞在し続け、ステパノのことで起こった迫害によってエルサレムにとどまることができなくなるまで、彼らは「ぐずぐずと」エルサレムに残り続けたからです。

 とはいえ、彼らがキリストの証人として、すなわち宣教者としての力を受けたということは事実であり、それはペンテコステを境とした、弟子たちの突然の大胆さに現れています。このペンテコステの聖霊の注ぎを受けるまでの弟子たちは、ユダヤ人たちを恐れて逃げ隠れする惨めな者たちでした(ヨハ20:19)。甦られたキリストに出会った後ですら、彼らの恐れは、まだ完全には取り除かれていませんでした(ルカ24:36−43)。キリストの昇天を目の当たりにした弟子たちは、かなり励まされて大胆になったとはいえ、恐れをまったく知らない人々に変えられたのは、ペンテコステの経験の後と言えるでしょう。ペンテコステの経験は「徐々に」という経験ではなく、突如のことでした。聖霊に満たされたとき、弟子たちは、周囲の状況を考えるゆとりもなく、たちまち大騒ぎをしてしまいました。彼ら自身の自己抑制をかなり超えた体験だったのでしょう。人々を恐れる臆病な弟子たちの姿は、その大騒ぎの時点ですでに無くなっていたのです。

 やがて、ペテロが立ち上がり、声を張り上げて語り出しました(使2:14)。その語り口はまさに大胆不敵、微塵の恐れも感じられません。彼は、堂々と自分たちの体験を聖書の予言の成就であると語って、それを正当化しただけではなく、集まったユダヤ人に対して、「神が定めたご計画と予知とによって引き渡されたこの方を、あなた方は不法な者の手によって十字架につけて殺しました」と宣言したのです(使2:23)。その言葉があまりにも大胆明瞭で鋭かったために、聞いている人々は心を刺され、「私たちはどうしたらよいのでしょうか」と泣きついたのです。するとペテロはさらに大胆に、彼らに悔い改めを迫ったのです(使2:37−38)。しかし、この記述をよく読むと、大胆になったのはペテロだけではないことが判ります。ペテロと一緒に11人の使徒たちも共に立ち上がったのです。

 これは、少し情景の説明が必要かと思います。当時は現代のようにPAシステムや拡声器などはありませんでしたから、大群衆に語るときは必ず、聞いたことをそのまま繰り返して語る役割の人々を周辺に立てたのです。キリストも数万という数の人々に語るとき、ご自分の声だけで聴衆すべてにお語りになったのではなく、弟子たちを15mか20mほどの距離を置いて立たせ、ご自分の語ることを次々と繰り返して行くようにされたのです。それが、弟子たちへの効果的な訓練法でもあったことでしょう。それと同じことが、この場所でも行われたに違いないのです。そうでなければ、悔い改めて仲間に加わった者だけで3,000人という数の人々に、一度に語ることはできません。つまり、大胆に語ったのはペテロだけではなく、一緒に立ち上がった他の11人の弟子たちも、ペテロの言葉を繰り返して大胆に語ったのです。そのために人々は、ペテロと他の弟子たちに「どうしたらよいのでしょう」と泣きついたのです(使:37)。

 このペンテコステの出来事以降の弟子たちの姿には、恐れのかけらも見出せません。どのような迫害も、死でさえも、彼らをとどめることができませんでした。もちろん、すべての者がいつでも勇気に溢れて大胆であったというのではないでしょう。ですから彼らは「主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください」と祈ったのです。するとその祈りは応えられて、彼らが集まっていた場所は震い動き、一同は聖霊にみたされて、みことばを大胆に語り出したのです(使4:29、31)。ここで彼らは再びペンテコステの日のように、聖霊に満たされたのです。しかしこの出来事では、ペテロや他の使徒たちが聖霊のバプテスマであると認める印となった、異言が語らたけ遺跡がまったくないという点に、注意しなければなりません(使10:45−46、11:16、15:8)。ですからこれは再び満たされるということであって、聖霊のバプテスマの繰り返しではありません。

 一方、聖霊のバプテスマが、宣教の上で力になったという表現は、どこにもみつかりません。そこで、聖霊のバプテスマが与える力とは、人々を大胆にして福音のために活発に動きまた語ることができるようにする、力ではないかと考えられます。聖霊は御心のままに、すべての信徒に賜物を分け与えられます(Iコリ12:11)。しかし、これらの賜物は用いられなければ何の効力も発揮しません。聖霊のバプテスマを受けていない人々でも、大胆な人はいます。活発な人もいます。彼らは上手に賜物を活かして用い、偉大な宣教師になり、大伝道者と言われるようにもなりました。しかし多くの信徒たちは、基本的に弱く小さい者です。学問のある者も少なく地位や力を持っている者も多くはありません。彼らが活発に動き回り、賜物を用いて福音宣教に貢献するためには、なんとしても大胆さが必要です。そして、聖霊のバプテスマはクリスチャンたちを大胆にするのです。大胆にされたクリスチャンたちは、たとえ人物が小さく、任せられた賜物も小さくても、それを恐れも躊躇もなく最大限に用いて、主にお仕えするのです。ですから、ペンテコステ系の教会の成長の多くは、大きな有能な人々の働きによるのではなく、小さな大胆な人々によるのです。まさにヨエルが預言したように、どこにでもいる息子や娘、青年や老人、しもべやはしための預言の働きによるのです(使2:17−18)。

 ところで、ルカの著作を見ると、確かに聖霊のバプテスマは力であり、聖霊のバプテスマがもたらす結果は大胆さであるということはわかりますが、はたして、それだけが聖霊のバプテスマでしょうか。ルカの書き方をもう少し注意深く読むと、聖霊のバプテスマの力は、聖霊のバプテスマの結果であって、聖霊のバプテスマの目的とは言われていないことに気づきます。宣教論的視点から書いたルカは、確かに、聖霊のバプテスマの宣教に関わる面を持ち出して、力を強調しました。しかし、宣教のための力が聖霊のバプテスマの目的であって、他には何の目的も効力もないのでしょうか。この問の答えは、ルカの著作の中に見つける以外は無いように思えます。先に述べたように、聖書の中で聖霊のバプテスマを取り扱っているのは、ルカの著作だけだからです。

b.異言の役割・ルカとパウロの接点

 ところがルカ文書以外にも、聖霊のバプテスマに関わりがあると思われる記述があるのです。ルカが記録した聖霊のバプテスマには、異言という現象が伴い、それが何らかの重要な役割を果たしたと想像するに難くありません。ペテロを始めとする当時の弟子たち全員が、これをもって、異邦人たちが体験したものがまさしく聖霊のバプテスマであると認めた、いわば救いの証拠の役割を果たしたあの異言です。その異言について、実はパウロもかなりの熱心さで言及しているのです。ここで、聖霊のバプテスマに関わるルカとパウロの接点があると、考えることができます。ルカにとっての異言は、聖霊のバプテスマに伴ったことと、周囲の者たちを驚かせたこと、そしてそれが異邦人の救いの証拠となったこと以外、あまり興味を引かないもののようでした。もしも彼が、異言の重要性を意図的に示そうとしたのならば、当然、サマリヤにおける聖霊のバプテスマの記述にも、ただ魔術師が驚いて、聖霊のバプテスマを与える力を買い取りたいと言い出したことだけではなく、明確に、人々は異言を語ったという一言を加えていたはずです。 

 しかし、ルカがあまり興味を示さなかった異言について、パウロは教会論的な視野からかなりの言及をしているのです(Iコリ12:10、28−30、14:1−40)。もちろん、パウロの多くの記述がそうであるように、この異言の問題も彼が好き好んで取り上げた主題ではなく、当時の教会のいざこざが、彼にそれを取り上げさせたのです。当時のコリントの教会のもっとも深刻な問題は、信徒たちが御霊の一致ということに心をとめず、わがままに振舞って教会に亀裂と分裂を引き起こし、集会の中でも無秩序な状態が続いていたということです。そしてその集会の中のわがまま勝手や、無秩序な状態は、異言を語る者たちが教会の集会という公共の場を省みず、好きなように語り続けていたということによっても、さらに悪化させられていました。そこでパウロは、すでに触れたように、異言の目的とその効用、さらにはそれが間違って用いられたときの弊害を示し、コリントの信徒たちが互いに思いやり、異言の賜物をその効用に応じて用い、教会全体を建て上げて行くようにと指導したのです。

 伝統的なペンテコステ系の人々の理解によると、異言には目的別に三つの種類があるということになっています。それは、ルカの記述に見る「聖霊のバプテスマの証拠としての異言」と、パウロの記述に見る「解き明かしを伴う異言」つまりある種の預言としての異言、それから、「個人の祈りとしての異言」です。ただし、このような理解にはいくつかの難点があります。まず、ルカが記した記述では、たしかに異言は、ペテロを始めとする当時の弟子たちに、聖霊のバプテスマの証拠と理解されましたが(使10:46、11:15−17)それが異言の目的であるという理解は生まれてきません。さらに、ペテロや当時の弟子たちは、間接的にではありますが、異言を救いの証拠としても捕らえていたことは確実です(使10:47、11:18)。しかし異言を救いの証拠としないのは、伝統的ペンテコステの基本的な立場です。そうだとするならば、異言を聖霊のバプテスマの証拠と見るのには納得できません。使徒の働きの時代とその状況にあっては、異言は、救いの証拠とも聖霊のバプテスマの証拠ともなり得たのは事実です。しかしそれは、たまたま証拠として用いられただけであって、証拠として与えられたのではないはずです。現在では、異教の人々の間にも異言という現象があることが、よく知られています。厳密な意味で、異言は証拠にはなり得ないのです。異言を聖霊のバプテスマの証拠であると見る、伝統的なペンテコステ系の人々の間では、しばしば「異言を求めるのではなく、聖霊のバプテスマを求めなさい」という指導がされますが、それは、異言に単なる証拠以外の機能も目的も認めていないために、大切なのは聖霊のバプテスマであって、異言ではないと考えているためです。

 また、伝統的なペンテコステ系の人々は、パウロの記述の中に「解き明かしの伴った異言」という概念を見つけ(Iコリ12:10、14:5、13)、それを預言の一種と理解して、とても大切にします。聖霊のバプテスマの証拠としての異言は「求めるべきもの」ではありませんが、「預言としての異言」は大いに求められるべき賜物であると、考えられているわけです。しかしこのような理解にも、正当性がないと言わざるを得ません。なぜならパウロは、他でもなく、異言の解き明かしについて語っているその同じ文節の中で、「異言を話す者は、人に話すのではなく、神に話すのです」と、明確に語っているからです(Iコリ14:2)。もしそうだとするならば、異言は預言ではあり得ません。預言は神が人を通して人に語りかけられるものであり(Iコリ14:3)、人が神に話すのではありません。[11] 

c.異言の目的

 では、聖霊のバプテスマの証拠として与えられると誤解されてきた異言、あるいは預言の一種として与えられると誤解されてきた異言は、いったい何なのでしょう。パウロははっきりと「異言は神に話すのです」と教えています。ですから、異言の目的も性格も明々白々です。それは神に向かっての祈りの言葉です。それ以外にはあり得ません。聖霊のバプテスマに伴う異言も、神に向かっての祈りの言葉です。もちろんその中には、神様のなさった素晴らしいみ業をほめたたえる言葉も、願いの言葉も、うめきの言葉も、その他ありとあらゆる感情の言葉が含まれますが、祈りの言葉なのです。ペンテコステの日に集まっていた人々が、異言で「神の大きなみわざを語るのを聞こうとは」(使2:12)と驚いたのも、賛美の祈りの言葉を聴いた自然の結果です。ある人々はこれを取り上げて、異言は宣教の言葉だと理解しますが、異言は宣教の言葉、すなわち、人が人に語る言葉でもないのです。

 つまり聖書が語る異言には、ただ一つの種類の異言、神に対する語りかけの言葉としての異言があるだけです。パウロはその異言について語っているのです。ここでのパウロの論調は明快です。パウロは次のように語っているのです。「異言は他の多くの賜物と同様に、聖霊によって与えられた賜物であって、誰にでも求められるべき良いものである(Iコリ12:4、14:1)。自分は誰よりも多く異言を語ることを感謝しているし(Iコリ14:18)、すべての者に異言を語って欲しいと願っている(14:5)。しかし、この異言を公の場で無秩序に語ることは控えなければならない(Iコリ12:19)。なぜならば、異言を語る者は自分の徳を高めはするが、教会全体の徳を高めるという意味では劣るからである(Iコリ14:1、4、)。どのようにたくさんの異言が語られようが、聞いている他の信徒たちにその言葉が理解されなければ、彼らには何の益にもならないではないか(Iコリ14:5−12)。その点では、明快な言葉で語られる預言の方が、教会全体の徳を高めるので優れているのである(Iコリ14:5)。だから公共の場で異言を語る場合は、それを解き明かすことができるように求めなさい(Iコリ14:13)。というのは、異言を語る者は、自分自身でも何を語っているのかわからないからである(Iコリ14:14)。祈りの言葉でも、理解さえされるならば、他の者の徳となり得るのである(Iコリ14:6−13)。コリントの教会は少なからず無秩序になり、それが教会の分裂の元とも、現われともなっている(Iコリ11:17−37)。だから、教会の秩序に気を配り、身勝手に異言を語ることなく、せいぜい2人か3人の者が語るだけにとどめておきなさい。もし解き明かす者がいなければ黙っていなさい。秩序という点では、預言を語る者さえ同じである。2人か3人が話すだけにとどめておきなさい(Iコリ14:27−29)。私たちの神は混乱の神ではなく、秩序の神である。しかし、だからと言って、異言を話すことを禁じてはならない。預言をすることも熱心に求めつづけなさい。ただすべてのことを適切に、秩序をもって行い(Iコリ14:39−40)、教会の徳を高めなさい(Iコリ14:26)。すべては、愛によって行われるべきなのである」(Iコリ13:8、13)。

 このように、Iコリ14章を祈りとしての異言という理解で読むと、12章からの繋がりも含めて、すべて明快に理解できるのです。そこに、預言としての異言という理解を持ち込む必要はありません。また、ルカの記述した聖霊のバプテスマに伴う異言とも、なんら矛盾するところがないばかりか、かえって、しっくりするのです。聖霊のバプテスマが与えられるときは、異言の祈りが伴ったのです。ルカの記述した聖霊のバプテスマの四つの記述には、みな異言が伴っていたと考えられます。サマリヤの場合は、「異言」という言葉そのものは用いられていませんが、魔術師シモンの言動から、異言が語られていたと推測されます。

 そういうわけで「異言」は、聖霊の賜物として与えられる特別な祈りの言葉であり、聖霊のバプテスマに伴って与えられると理解されます。それは単なる「証拠」ではなく、証拠としても見ることができるほど、聖霊のバプテスマには必ず伴った祈りの形です。したがって、伝統的なペンテコステ系の人々の教えとは異なり、異言を求めて祈ることは決して間違いではなく、個人の霊的成長のためにも、また、個人の成長がやがて全体の徳にも繋がるという観点からは、教会全体のためにも求められるべきものです。

d.異言の必要性

 では、どうして私たちの祈りに、異言が必要なのでしょうか。パウロは私たちが自分の言葉で祈る祈りを「知性においての祈り」と呼んでいます(Iコリ14:15)。それは、私たち自身が何を祈っているのか、どう祈っているのかよく理解している祈りです。言葉を選び表現を選び、祈る祈りです。この知性による祈りが大切であることは言うまでもありませんが、パウロは異言の祈りを「霊においての祈り」と呼び、知性には益をもたらさないが(Iコリ14:14)、それを語る者の徳を高めると語っています(Iコリ14:4)。プライベートな祈りの中では誰よりも多くそれを話すことを、パウロは神に感謝しているのですから(Iコリ14:12)、それがパウロにとって素晴らしいものであったに違いありませんし、また益のないものならば、聖霊は始めからお与えになるはずがありません。

 Iコリ12章−14章に展開されたパウロの教えの中には、この異言の役割についての説明はほとんどありませんが、ローマ人への手紙の中にそれらしきものがあると考えられます。ローマ人への手紙第8章には、すでに述べたようにパウロの内住の聖霊論が展開されていますが、その中に、内住の聖霊の働きの一つとして、私たちの祈りを補佐して下さることについて語られています(ロマ8:26−27)。パウロは自分をも含めて、私たちを「弱い私たち」と呼び、その状態を「どのように祈ったらよいかわからない」と描写しています。そして、それに対して御霊は、「同じようにして」すなわち忍耐をもって熱心に(ロマ8:25)、「私たちを助け」てくださると言い、「御霊ご自身が」、「とりなしをしてくださいます」と語っています。私たちを助けてくださるという表現を原語で見ると、「私たちの弱さを分け合ってくださる」となっていて、単に、力ある者が上から助けるのではなく、弱い者のところまで降りてきて弱い者に混じり、弱い者と共に荷を担ってくださるというような、意味合いが込められているのに気がつきます。御霊は、人となってくださったキリストの霊でもあるのです。そしてこの御霊のとりなしは、御霊が誰かを動かしてとりなしをさせたり、何かをもちいて橋渡しをしたりなさるのではなく、御霊ご自身が直接とりなしてくださる非常に強いとりなしです。まさに、キリストがおっしゃった仲保者、弁護者、慰め主の役割を果たしておられるのです(ヨハ14:16)。

 さらに御霊のとりなしは、御霊ご自身の「言いようもない深いうめきによる」とりなしです。この言いようもない深いうめきは、私たち人間のうめきではなく、御霊のうめきであることに感動すべきです。確かに私たちは、しばしば、祈りの中でどのように祈ったらよいのかわからなくなります。言葉が出てこなくなります。表現がうまくできません。思ったことがうまく口に出てきません。心の中にあることをどうしてもうまく伝えられません。説明不足であることだけがはっきりして、あとはぼやけたままです。心の奥深くを伝えようとすると、コミュニケーションの道具である言葉が、かえってコミュニケーションの妨げになるのです。もどかしくて、じれったくて、うめき声を上げてしまいます。そしてそのうめき声を、聖霊ご自身が、私たちの弱さを共に担う者として、共にあげてくださるのです。しかし、聖霊はただうめくだけではなく、私たちのうめきをご自分のうめきで充分に表現して、うめいてくださるのです。

 そして幸いなことは、この御霊のとりなしは神のみ心にしたがっての働きであり、御霊のとりなしは、御霊の大切な役割の一つなのです(ロマ8:27)。さらに、神のみ心に従って、言いようのないうめきをもってとりなしてくださる御霊の思いを、神はよくご存知であり、誤解したり、曲解したり、聞き落としたりなさることはありえないのです。私たちの心の思いは、御霊の言いようのないうめきによって、神に届けられるのです。この御霊の言いようのないうめきこそが、「神に向かって話される」異言ではないかと考えられるのです。御霊の言いようのないうめきは、通常の人間の知性では理解できません。ですから、異言を語る者も聞く者も、それを理解することはできません(Iコリ14:13−14)。しかし、それを語る者は、自分の心の奥底が、知性を超えて神に届けられていることを感じるのです。言葉では到達し得ない深みで、神との交わりが達成されていることを感じるのです。それはまさに御霊による神との交わりであり、罪による断絶の前に、アダムとエバが持っていた神との交わりを彷彿とさせるものです。そして異言こそがその交わりを可能にする手段であると、体験的に感じるのです。

 このような考えを断定的に主張するには、聖書の御言葉の明白な支持が、少しばかり少ないように感じないわけではありません。聖書はこのようなことを説明しようとしていないからです。しかし、かなり可能性のある推論です。ともあれ私たちは、異言は祈りであると認めます。そして、祈りは公同の祈りを除いては、きわめて私的な事柄ですので、私的なことで、共同体である教会の健全な活動を妨げることが無いように、心がけるべきです。私たちは異言で祈るとき、御霊が言葉を与えて、祈らせてくださっていることを実感しています。私たちは「自分の霊」で異言を話しているのではありません。新改訳聖書が、Iコリ14:2を「異言を話す者は・・・・自分の霊で奥義を話すからです」と訳したのは、明らかな間違いだと言わねばなりません。原語の文法では単に「霊」となっているだけですので、聖霊と理解することも人間の霊と理解することも可能ですが、「自分の」という言葉を補足することによって、誤った解釈を押し付けることになってしまいました。ちなみに手元のいくつかの英語訳を見ますと、[the Spirit]と訳して聖霊を意味するようにしているものもありますし、 [the spirit]と訳してしているものもあります。新改訳も、ここはやはり良心的に、少なくても単に「霊」と訳すべきでした。手元の他の日本語訳ではみな「霊」となっています。ともあれ私たちは、聖書の解釈として、この「霊」は人間の霊ではなく、聖霊であると理解すべきです。私たちは異言で祈るとき、自分の霊で、ただ意味不明のわからない音を発しているのではなく、神にはよく理解していただける、御霊によって与えられた異言で語っているのです。

e.異言による神との交わり・聖霊のバプテスマ

 そういうわけで、私たちが異言で祈っているときは、本来、もっとも高度で親密な神との交わりを経験しているときなのです。罪によって破壊された神との交わりを、神はご自分の側から回復してくださるために、道を備えてくださいました。その交わりは、旧約時代にはキリストの十字架を前提とした、犠牲と祭司と神殿を通して細々と行われ、キリストの時代には、「神のみ姿を捨てた神」であるキリストを通して、やっと人間同士の交わりと同じ程度の交わりが可能になり、キリストの死後は、その完成された贖いのみ業のゆえに、神のみ姿そのままの聖霊が内に宿ると表現されるまで、可能にされました。しかしそれでも、私たちはまだまだ鏡を通して見るようにぼんやりと見ているのであり、贖われる日、子とされる日を待ち望みながら、戦いながら生きているのです。証印をいただき保証をいただきました。ところがまだ、実物のすべてを手に持ってはいないのです。とはいえ、この聖霊による祈り、異言の賜物による祈りは、このまだ限られている神との交わりを、最も高いレベルまで引き上げるものです。

 聖霊のバプテスマという出来事は、まさにこの異言の賜物が与えられた瞬間と考えられます。人間の知性や言葉の限界を超えた異言、御霊の言いようもないうめきである異言で祈り、高度に霊的なレベルで神と交わることこそ、聖霊のバプテスマなのです。この経験をさせられた人間は、あまりの驚きと感動のあまり、叫んだり笑ったり、泣いたり大声で怒鳴ったり、立ったり倒れたり、走ったり転がったりすることでしょう。聖霊のバプテスマを受けた瞬間の人々は、しばしば感情の激動のあまり、周囲のことなどお構いなしに、それはもう、大騒ぎをするのです。ペンテコステの日に、集まって来た人々がこの騒ぎを見聞きして、酒に酔っていると考えたのも無理はなかったのです。ある意味で、その素晴らしさは酒を飲んでよい気持ちになるのとさえ、似ているかもしれません。(著者は酒に酔ったことがないのでこれ以上はいえません。)だから、パウロは「酒に酔ってはいけません。・・・御霊に満たされなさい」と、酒に酔うことと御霊に満たされることを並べたのかもしれません(エペ5:18)。

 ですから、異言は単なる聖霊のバプテスマの証拠ではないのです。それはまさに聖霊のバプテスマの重要な要因です。異言がなければ聖霊のバプテスマはありえないのです。聖霊のバプテスマは異言というものがあって始めて存在しうる出来事です。聖霊のバプテスマとは、御霊に与えられた異言という賜物をもって、神との交わりをすることなのです。神との交わりにはいろいろな交わりがあるでしょう。いろいろなレベルもあるでしょう。パウロが体験した第三の天は聖霊のバプテスマを超える体験だったかも知れません。しかし、この聖霊のバプテスマは神の子すべてに約束されている賜物であり、聖霊の内住を得たすべての信徒が求めることができるものなのです。もし誰かが素晴らしい霊的体験をし、それを聖霊のバプテスマと呼ぶならば、私たちはその体験に異言が伴ったかと尋ねなければなりません。たぶん、その体験は実に素晴らしい体験だったことでしょう。喜びと感動に溢れ、嬉しくて飛び上がり、走り出し、叫び声をあげ、気が狂ってしまったかと思うほどの感激だったかもしれません。あるいは癒しが伴い、奇跡が行われた可能性もあります。しかし大切なのは、そこに異言が伴ったかです。もし、そこに異言が伴っていなかったとするならば、私たちはその人に尋ねなければなりません。「なるほど、あなたの体験は素晴らしいものでしたね。その体験のために神に感謝し、ほめたたえましょう。そしてその体験を大切にしましょう。しかし、異言の伴わないそのあなたの体験を、あなたが聖霊のバプテスマと呼ぶ、聖書的根拠を示してください」。

 異言を通して神と交わるという、素晴らしい体験をした者は、当然、神を非常に近くに感じるようになります。神がリアルになるのです。聖霊が内住していてくださるということが、言い表せないほど明白な事実となり、それがまた何も消し去るさることができない証印となり、誰も奪い取ることができない保証となります。そのような体験をした者は、まさに、神以外は何者をも恐れない、大胆な者になり、賜物を最大限に活用して、熱心に神に仕えようと願う者になり、全世界に福音を伝えて行こうと努力をする者になるのです。聖霊のバプテスマは、結果的にキリストの証人としての力を与えるものとなるのです。ルカはこの力に光を当て強調しました。パウロは交わり自体を強調しました。両者の記述を読み比べることによって、全体像が見えてくるのです。

 とはいえ、先に触れたように、パウロは聖霊による宣教について、まったく語っていないのではありません。彼は宣教を主題に語ったことはあまりないのですが、それでも宣教者であった彼は、いく度か自分の宣教活動に触れ、それが聖霊のお働きによるものであることを述べています〈ロマ15:19、Iコリ2:4−5、Iテサ1:5〉。それを読むと、彼は常に聖霊の力を意識しながら働いていたと考えられます。というよりも、パウロも、自分の宣教の働きは自分の働きではなく、むしろ聖霊のお働きであることをよく知っていたのです。パウロは彼の宣教が聖霊のバプテスマに直接かかわるような言い方はしていません。聖霊のバプテスマについて、直接的には一言も語っていないのです。ただ彼は、聖霊のバプテスマのしるしともされた異言が、彼の信仰生活の大きな祝福になっていることを認めています。彼は、異言による祈りを通しての神との交わりの素晴らしさを、誰よりも多く経験し、誰よりも楽しんでいたのです。その神との交わりが、彼の弛みない信仰生活の秘訣であり、彼の熱烈な伝道意欲と、恐れを知らない宣教の力となっていたと考えられます。

 また、異言は聖霊のバプテスマに必ず伴うものですが、異言で話しているからといって、それは必ずしも、聖霊のバプテスマを受けているときだというのでもありません。聖霊のバプテスマは、異言で神との交わりを持つ最初の体験であり、聖霊のバプテスマの後にも、時折、異言で祈ることが起こり、さらにしばしば起こるようになり、ついにはいつでも異言で祈ることが出来るようになるのです。そのような中では、最初に異言で祈り出したときの激しい感情の高まりは薄れ、むしろ、ゆったりと落ち着いていながら、満ち満ちた喜びと平安、充足感を味わいながら祈ることが出来るのです。パウロは、そのような理解で、みんなが異言を語る者になることを望み、自分は誰よりも多く異言を語ることが出来ると言っているのです。そしてそのような異言の祈りが、公共の場で出てきたならば、それを自分で通訳できるように祈りなさいと勧めています。そのような異言は、通訳された場合、教会全体の徳を高めることが出来るためです。自分が通訳できず、他にも通訳をする者がいないならば、それ以上話すことは止めなさいとも教えられています。教会の秩序を乱すことになるからです。このようにして、神との濃厚で深い交わりを継続することによって、クリスチャンはますます力強いキリストの証人となるのです。宣教の力とは、聖霊が人間に物理的な力を与えてより大きな仕事をさせるとか、アドレナリンの分泌を抑えて恐れの感情を薄くしてしまい、どんな状況にあっても、大胆に福音を語ることができるようにされることではありません。非常に深くまた高い神との交わりの中に神の御心に触れ、その愛を感じ、そしてその愛に動かされて自分を捧げ、み言葉を述べ伝える働きに邁進するようになるのです。

f.キリストの受霊と聖霊のバプテスマ

 さて、宣教のための力となる聖霊のバプテスマについて考察すると、これが、キリストの受霊の体験の結果と、非常によく似ていることに気付きます。神の力と権威とを捨てておいでになったキリストは、ご自分では病を癒すことも悪霊を追い出すことも、奇跡を行うこともできませんでした。キリストは、まったく通常の人と同じように生き、ヨハネから洗礼を受け、同時に天からの聖霊を受けられるまでは、どのような奇跡も行われなかったのです。キリストは完全な人として生活なさいましたが、ご自分の生活のためには力ある業を行ったことはありません。キリストが行われた力ある業は、すべて他人のためであり、しかもすべて、聖霊によって行われたのです。

 ただ、完全な人間であられたキリストは、私たちのような内住の聖霊のお働きは必要としませんでした。すでに見てきてわかるように、聖霊の内住の働きは、みな、罪と死の原理に捕らえられていた弱い私たちのためであって、完全な人であられたキリストには必要のないものです。また、人間の不完全さを補う異言をとおしての神との交わりも、不要なものでした。しかしこと宣教となると、キリストも聖霊の力を必要とされたのです。宣教の働きをするためには、完全な人間であるというだけでは不充分なのです。いま、弱い私たちは内住の聖霊によって罪に打ち勝ち、望みをもって生きるようにしていただきました。しかし、私たちが世界に向かって宣教のみ業を推し進めて行くためには、聖霊のもう一つの分野のお働きが絶対に必要になるのです。

 聖霊のバプテスマをとは、聖霊を通しての神との濃密で高く深い交わりですが、これは単に個人の内面的な霊的体験で終わるものではなく、必ず世界宣教の働きに現れて来るべきものです。聖霊が自分に伴ってくださる、というより、自分は神に用いられているということを、常に、痛烈に感じて、キリストの代理としてキリストの権威をもって語り、キリストのみ業を遂行していくようになるのです。宣教は本来神のみ業です。それは神によって計画され、神によって執行され、神によって完遂されるものです。教会はこの神に用いられているに過ぎません。聖霊は、いま私たちに直接働きかけてくださる神として、また宣教という役割を担う神として、私たちを強めて用い、私たちを通して大きなみ業を行ってくださるのです。いま私たちは、キリストが去って行かれたことが本当に良かったと言えるような、確実な聖霊体験をして行きたいものです。

g.聖霊のバプテスマ・個人的体験と共同体の成長

 ところで、聖霊のバプテスマに関しては、ひとつ困難な問題が存在します。それはこの体験が個人的体験なのか、共同体としての体験なのかということです。ペンテコステの日に弟子たちが体験したバプテスマは、明らかに共同体的な体験でした。またルカが記録したほかの三つの聖霊のバプテスマの例も、そこにいたすべての者が一緒に体験しているように読み取れ、共同体的な色彩が強く出ています。ところが、伝統的ペンテコステ系の人々の間では、聖霊のバプテスマは極めて個人的な体験であって、個々の信徒の個人的信仰や願い、あるいは清めの程度や、主の証人として仕えしたいという願望に、主が応えて与えてくださるものであるかのように、教えられてきました。

 特に、ホーリネス信仰の背景を持つ方たちの間では、聖霊のバプテスマと清めが強く結び付けられ、清めの結果として、あるいは清めを行うものとして、これが与えられるとさえ教えられることがありました。それはバプテスマのヨハネが、キリストについて、「聖霊と火のバプテスマ」を与えると預言したことに、かなり影響されているものと思われます。「聖霊と火」という表現から、「聖霊の火」の連想が生まれ、火のように熱く燃える強烈な聖霊のイメージが連想され、さらに「火」からは「焼き清める」という連想が発生し、「清めの体験としての聖霊のバプテスマ」という理解が定着したのでしょう。しかし、ヨハネの語った言葉の前後関係を見れば明らかなように、「火によるバプテスマ」とは裁きのことであって、清めではありません。また、清めを聖霊のバプテスマの条件とするのも正しくありません。ともあれこのような解釈にも、聖霊のバプテスマが、まったく個人の問題として理解されているという背景があります。

 ペンテコステの日のペテロの説教によると、聖霊の賜物、すなわち聖霊のバプテスマは信仰をもって洗礼を受けた者、すべてに与えられるべきものでした。もちろん、ここで言われている洗礼は必ずしも絶対必要条件ではありません。洗礼は罪を許していただくためのものではなく、罪を許していただいたことを象徴するものであり、信仰の告白だったわけです。ですから、信仰を持つということが絶対条件、あるいは先行条件だったと言えます。それはコルネリオの家族の場合によく現れています。彼らは洗礼を受ける前に聖霊のバプテスマを受けているからです。とにかくペテロによると、聖霊のバプテスマの約束は「あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられている」のです。

 ところが一方、パウロが語るところによると、聖霊の賜物はそれぞれの信徒たちに分け与えられているものであって、すべての信徒が全部の賜物を持つものではありません。パウロによると、すべての信徒が、それぞれ異なった御霊の賜物を与えられています(ロマ12:6、Iコリ7:7、12:11)。そしてそれらの賜物はすべて、本来、教会全体の益となるように与えられたものです(Iコリ12:7)。ただしそれらの賜物の中には、たとえば異言のように、直接的にはその賜物を用いる個人の益となる賜物もたくさんあります。その個人の信仰の成長を促し助け、強め、鍛え上げる賜物です。しかしそれらの個人たちが、キリストのみ体の中で共に生き活動することによって、それらの賜物は結局、教会全体が成長して頭であるキリストにまで到達するために、大いに益となるのです。

 新改訳聖書は、ペテロの説教の一節を「賜物として聖霊を受けるでしょう」と訳しているために(使2:38)、読む者にはあたかも、聖霊ご自身が賜物であるかのような印象をあたえ、結果として、聖霊ご自身が賜物であるとされている賜物と、聖霊がお与えになる賜物との間には、違いがあるかのような誤解を与えてしまいますが、原語では、他の箇所と同じように「聖霊の賜物」となっていますので、新改訳聖書の翻訳には問題があります。また、ルカが語ることとパウロが語ることの間に違いを見つけようとして、ルカが記述した聖霊のバプテスマの賜物は「ドーラ」であり、パウロが教えた種々の賜物は「カリスマ」であるから、これらは基本的に異なったものであると主張する人々もいます。確かに、聖霊のバプテスマが賜物であると言われているのはルカの著作の中だけであり、賜物という言葉も原語では「ドーラ」です。一方、パウロは「カリスマ」という言葉を多用しています。しかしこのような議論は、一人の人物が、言葉を明確に区別して使用している場合には有効ですが、異なった著者が異なった状況の中で用いている場合には、あまり役に立ちません。パウロも、「カリスマ」をことさら「ドーラ」と異なったものとして用いているのではなく、基本的には互換性のある言葉として用いているのですからなおさらです〈ロマ5:15−17〉。ただパウロは「カリスマ」という言葉を用いて、カリスマのもとの言葉である「カリス」がもっている、「恵み」という意味を込めたかったのでしょう。ですから、ルカによって「ドーラ」と表現されている聖霊のバプテスマが、「カリスマ」と別の種類の賜物であるというわけではありません。

 こうしてみると、聖霊のバプテスマも一つの賜物であるということがわかります。そして基本的には信徒たち個々人に分け与えられるものでありながら、極めて公共性の高い賜物であり、すべての信徒たちがそれを求め、体験すべきものであるということがわかります。ペンテコステの日には、弟子たち全員に与えられ、それを契機に、単なる弟子の仲間たちが、一つの有機的共同体となりました。ただし、これは歴史的に一回だけの出来事であり、現在の私たちの模範にすることは出来ません。とはいえ、他の三回の例でも、すでに体験していた使徒たちを除いて、居合わせた人々全員が体験しているのです。パウロは間違いなく、エペソの弟子たちすべてが聖霊のバプテスマを受けるべきであると考え、また、それを期待しました。パウロにとって、聖霊のバプテスマは少数の特殊な者だけが体験すべき賜物ではなく、すべての者に与えられるべき賜物であったのです。

 これは預言の賜物においても同じです。ペンテコステの日のペテロの説教によると、新約の信徒は、民族や国籍、言語や文化、身分の尊卑、さらに老若男女の差を越えて、すべて、聖霊を注がれて預言をする人々とされています。(使2;17−17)。預言は、基本的に、すべての信徒が持つべき賜物であり、すべての信徒に与えられた約束です。しかし、現実にはパウロが言うように、すべての者が預言をするのはありません。すべての者に与えられていながら、すべての人がそれを手にしているのではないのです。それは、救いがすべての人を対象に完成されていながら、すべての者が救われているのではないのと似ています。ですから、パウロはコリントの信徒たちに、預言をすることを熱心に求めなさいと繰り返して勧めているのです(Iコリ14:1)。異言の賜物も同じです。異言によって、神との高く深い、濃厚な交わりをすることができるという賜物は、基本的にすべての信徒に与えられている恵みであり特権です。ですからパウロは、異言を無秩序に語る者たちがいて、混乱を引き起こしているという負の現実の中にいてさえ、異言を語っていない者がいた現状に満足せず、すべての人が異言を語ることを望むと言い、異言を語るのを禁じてはならないと指導しているのです(Iコリ14:5、39)。聖霊のバプテスマは、すべての信徒に積極的に求められるべき賜物なのです(ルカ11:13)。それは、その必須要因である異言と共に、きわめて個人的な賜物でありながら、非常に教会的な賜物なのです。そこでパウロは、「個人の益を求めるあまり公共性を犠牲にしてはならない」と、Iコリ14章全体にわたって教えているのです。個人的体験としての聖霊のバプテスマ、あるいは異言を通しての祈りは、それ自体では非常に個人的な色合いの強い賜物で、気を付けなければ、教会に無秩序状態を作り出す危険性があります。しかしその結果が、キリストのみ体という公共性の中で生かされると、愛の共同体としての教会の中でも、宣教の共同体としての教会のためにも、非常に大きな力となるのです。

 そういうわけで、聖霊の賜物の多くは、個々人の特色としてそれぞれに分け与えられているものでありながら、ある種の賜物は、基本的に、すべての信徒たちが持つべきものとして、教会に与えられていると考えるべきです。その中で、聖霊のバプテスマという賜物は、すべての信徒が体験すべきものとして、与えられていると考えるべきでしょう。それは聖霊のバプテスマが、初代教会にあっては通常の体験であったというよりも強く、むしろ、期待して求めるように指導されていたと考えるべきものです。私たちはいま、聖霊のバプテスマの経験を、単に個人の体験として求めるように勧めるのではなく、共同体としても、大いに求めるべきものとして教えるべきではないでしょうか。私たちの間の聖霊のバプテスマの体験が、そこにいたすべての人とまでは言わないまでも、大多数の者が、そろって聖霊のバプテスマを受けるような光景を、目の当たりにしたいものです。

 私たちは、新約の時代である現在、聖霊がどのように働いておられるかということについて、かなりの考察を重ねてきました。その結果わかったことは、まず、聖霊の内住と言われている霊的出来事は、個人の体験としてではなく、教会論的に考え直す必要があるということです。個人主義の哲学をもって聖書を読むのではなく、素直な目で聖書を読むと、パウロがキリストのみ体を強調し、このみ体の中にバプタズされるという霊的出来事を基点として、或いは土台として聖霊の内住について語っていることがわかるのです。一般に考えられてきたように、回心によって聖霊の内住が起こり、その内住の聖霊をいただいた者たちが教会を作り上げるのではありません。むしろ、ペンテコステの日の聖霊のバプテスマを基点として、満ち満ちた神の本質を宿らせておられる方(コロ1:19)、命である方(ヨハ1:4)の宿ってくださっている教会にバプタイズされることによって、その神の本質が満ち満ちている方が、一人一人の中にもいのちとして満ちてくださり、生きる者としてくださるのです。いま私たちは、西欧の神学で置き去りにされた教会論をしっかりと構築し、キリストのみ体の大切さを高揚し、信徒たちの教会生活を指導しなければなりません。また、私たちはルカの著作だけからでも、パウロの記述だけでからでもなく、聖書全体からの神学を構築しなければなりません。聖霊論においても、ルカとパウロのなかにある調和を見、宣教の力としての聖霊のバプテスマと内住の聖霊との調和を見るべきです。すると、聖霊のバプテスマが内住と離れ、単に宣教の力だけを目的として与えられるものではなく、内住との関係の中で、失われた交わりの回復という、もっと広い目的を持つものであることがわかります。そのような理解の中でこそ、異言の役割もその重要性も明確になり、無用な混乱も避けながら、積極的に、聖霊のバプテスマを求めるように勧めて行くことが出来るのです。私たちは、主の来臨がますます近くなっているこのとき、福音宣教の急務を再確認し、教会には積極的に聖霊を求めさせ、彼らが神との奥深い交わりを体験し、聖霊のみ力によって教会に与えられた任務を遂行するように励まして行きたいものです。

[11]  私たちの教会の中でよく見られる「解き明かしの伴った異言」はどのように解釈し、どのように取り扱ったらよいのでしょう。まず言えることは、そのような現象は聖書に記されていないものとして、教会の中では重要視しないことです。

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