Ethical Experiment

まさかの悪霊論

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沈黙で白状させる

 

 キルケゴールは、『不安の概念』において、悪魔的なものを「善に対する不安」と定義している。一節引用してみよう。「悪魔的なるものとは、自己を閉じ込めようと意欲するところの不自由性である(岩波文庫)」。つまり、悪魔的なものは、自己の中に閉じこもることであり、したがって沈黙が特徴である。悪魔的なものは、交わりを欲しない。交わりに対する極度の不自由といってもいいだろう。オウム真理教の麻原彰晃が、裁判の後期に、自分の弁護士にさえ口を開こうとせず、異常な沈黙の中に引きこもったことを思い出すと、この点はなんとなく腑に落ちてしまう。

 キルケゴールは、このような閉じこもりに対抗する有効な方法を紹介している。それはなんと、沈黙と凝視だそうだ。なるほど、相手の沈黙に対しては、こちらも沈黙で対抗するわけだ。黙秘を続ける犯罪者がいるとしよう。取調官は、一言も発しず、ジッと相手の目を凝視して動かない。お互いの沈黙が続く。何時間経過しても、眉一つ動かさず、取調官は沈黙して相手を凝視し続ける。キルケゴールによれば、この方法でやられたら、どんな犯罪者も最後には白状せずにはいられないそうだ。疾しい心を秘めた人間にとって、これより辛辣な尋問はないのだと言う。

 小生は自分自身で試したことはないので保証はできないが、夫の浮気を疑っている方などは、試してみる価値があるかもしれない。矢継ぎ早に問い詰めたりせず、一言だけ質問して沈黙し、相手をじっと見つめて黙り続ける・・。黙り続ける・・・。黙り続ける・・・・。誰か、麻原彰晃に試してくれないだろうか。

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