Ethical Experiment

Centered Person

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                         単一の衝動に支配されろ!

 

 道徳性を、人格の統合の観点から理解したのは、ニーチェ。ティリッヒは、それをさらに発展させた。ティリッヒの、「道徳性とは、Centered Personを形成することである」という一文を読んで以来、ずっと気になっていた。道徳的には生真面目な人でも、嫌な人はいるし、多少不真面目でも、尊敬できると感じる人がいた。そうすると、「道徳性って何?」という疑問が湧くわけだ。

 いろいろ考えた末に、近代の道徳哲学は、主に道徳性を法的観点から捉え、ニーチェやティリッヒは、主に治療的観点から捉えたのではないかという結論に達した(あるいは、達している途中)。従来の道徳哲学は、ある行為を六法全書を参照するように判断し、ニーチェやティリッヒは、行為の主体をDSM(精神疾患の診断マニュアル)を参照するように判断する。前者は行為の善悪に、後者は主体の症状に、関心をよせているように思える。ニーチェやティリッヒは、倫理的行為を徴候に見立てて、その人の健康と病気の程度を計ろうとしているように思えて仕方がない。

 ニーチェの場合は、単一の衝動が、そのほかの諸衝動を体系的に統合している状態が、倫理的健康である。ティリッヒの場合は、中心化された人格(Centered Person)が、道徳性の本質である。ようするに、両者は同じことを云っている。ニーチェは、「退化の原因とみなされてきたものは、その結果である」という。「デカダンス(背徳的状態)は、意志薄弱の結果である」とも云っている。意志薄弱とは、ティリッヒ的に云えば、中心化の力よりも、分散化の力の方が優勢な人格のことだ。

 2千年前のローマ社会の共通語の1つコイネーグリークでは、「思い煩い」という言葉は、「心が割れる」という意味を含むそうだ。悩む人の心は、割れている。あれや、これやの煩いごとが心に浮かんでは消え、何1つ集中した行動に踏み切れないでいる。無気力な時、空虚な時、スランプの時、イライラする時、心は割れている。

 ずっと前に、戸塚ヨットスクール事件が新聞を賑わした。事件の当事者である戸塚校長は服役したが、それでもかなりの数の支持者は、一貫して戸塚校長を弁護していたのが印象に残る。実際、戸塚ヨットスクールは、非行少年、問題児、登校拒否児、引きこもり、情緒不安定児、家庭内暴力児を親から委託され、かなりの確率でその治療に成功していたのである。ニーチェとティリッヒの道徳理論によれば、戸塚ヨットスクールを通して、多くの少年たちが道徳性を回復して卒業した事実は、ある程度納得できるのである。

 戸塚校長の方法論は、いたって単純である。極端なことを云えば、問題児を荒れる海に放り投げるのである。なぜ、こんな「人権無視」が道徳性回復に効果的なのか? それは、荒海に落とされた少年は、一時的にCentered Personが、あるいは「単一の衝動が、そのほかの諸衝動を体系的に統合している状態」が回復するからである。荒海で溺れる少年は、1つのことしか考えない。いや、全身のすべての細胞の1つ1つが、たった1つの衝動によって統合されるのだ。

「死にたくない!」という衝動に・・・。

 戸塚ヨットスクールに入学する前の少年たちは、幻想や妄想によって、心が分割している。私たちが、悩んでいるとき、私たちの心を駆け巡っているのは、想像の数々である。あれや、これやを想像しては、想像の中で思い悩むのではないだろうか? 心を無にして、思い悩む人など1人もいない。思い煩っている時の想像の数々は、分割した心の破片ではないだろうか?

 精神科医の中井氏は、非医学的療法の1つとして一人旅を挙げている。悩んで心がバラバラになりそうな人が、第3世界をバッグパッキングすると回復する例があるという。多くの極端な非道徳的行為は、現実世界から遮断された心理的孤立の中で、否定的想像が自己増長して発生する場合が多い。それを食い止める効果的方法の1つは、ビンビンに肌で感じる現実世界に自分を投げ込み、ただ1つの支配的衝動を形成することである。誘拐が多発する環境、戦争している環境、極貧の環境に投げ込むのである。心のバラバラ感は、瞬時に解消する。身体は一体感を取り戻し、集中力がよみがえる。生きる虚しさは、「生きたい!」という情熱に場所を譲る。肌の感覚が鋭敏になって、心と身体は、1つの火の玉になる。そういう時は、ケチな悪巧みは頭に浮かばない。他人の悪から自分を守ることだけに没頭する。 話がずいぶん横道に逸れた。「中心化された人格」という倫理的概念を考えてみたかったのだが・・。続きは次回。

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