Ethical Experiment

まさかの悪霊論

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なぜ天使は減ったのか?B

 

 前回、イスラエルの宗教は、絶対的な一神教に移行して、神さまが偉くなりすぎたために、遠くにいる神、具体性のない神、「顔の見えない神」になってしまったことを話した。しかし、信仰心はつねに具体性を求める。具体性にかけると信仰は維持できない。これが王国滅亡以後の、いわゆる捕囚期時代のユダヤ人の宗教状況である。

 さて紀元前5世紀から一世紀にかけて、興味深い宗教文書がイスラエルの宗教史に登場する。いわゆる旧約聖書外典である。旧約聖書には、チョイ役しか演じていなかった天使たちが、とつぜん表舞台で活躍しだすのだ。旧約聖書では、神さまがジキジキにご登場していたが、旧約聖書外典では舞台の裏に引っ込んでしまった。その代わり、神の代理人・使者として、天使たちが人間に直接接触するようになった。今まで無名だった天使たちに、名前が与えられたのもこの時代である。これは、何を意味するのか?

 絶対的な神、つまり人間から無限に遠い神との距離を埋めるためである。絶対的な神だけでは、人間は信仰心を維持できない。抽象的過ぎて・・。神さまが遠すぎて、信仰心が枯れてしまうのだ。遠くの親戚より、近くの友。具体的接触が途絶えると、疎遠になりますよね。天使たちは、この距離を埋めて、信仰の対象に具体性を回復するために登場した。お地蔵さんや、恵比寿さまや弁天さまのように、身近で具体的神さまを信仰する多神教世界に、天使は決して登場しない。登場する必要がないのだ。絶対的一神教の世界にだけ、天使は登場するのである。どうりで、日本に天使はいないわけだ。神性には、二つの極が必要である。一つは絶対性。もう一つは具体性。どちらかが完全に欠けると、その対象は神性を失う。

 紀元前五世紀から一世紀にかけて、天使は全盛時代を謳歌した。ところが、キリスト教の確立と共に、再び天使は姿を消し、往年の勢力を取り戻すことはなかった。なぜか? キリスト教では、絶対的な神と人類の無限の距離を媒介する役目を、歴史的人物イエス・キリストが果たすようになったから。歴史的人格という地球上でもっとも具体的なものが、絶対的神を代表するようになった。顔の見えない神は、人間の顔を持つようになったのだ。すると、潮が引いたように天使は消えていった。リストラである。中世のように天使が一時的に復権した時代もあったが、それは今度はキリストが絶対性を帯びすぎて、神性から具体性が減ったからである。現在、天使の存在を信じる欧米人は多いが、天使に真剣に祈る人は少ない。天使は、いまやカードのイラストとして、デザインの一部を飾る程度である。

 なぜ、天使は登場したのか? 絶対的神と人類の距離を埋めるため。なぜ、天使は減ったのか? ユダヤ教的絶対的一神教から、キリスト教が分離して、三位一体的一神教が誕生したからである。三位一体的一神教とは、「神は3つだけど1つ」という、わけのわからない神観ではなく、絶対的な神が、完全に具体的なもの(歴史上の人物)によって具現されているという意味だ。イスラム教は、絶対的一神教なので、神と人間を媒介する霊的存在が、いろいろ活躍しているそうです。

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