Ethical Experiment

Religiosity

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魂に宿る神の観念


 神の観念の起源は、人間の精神構造そのものの中にある。前回述べたが(『神のイメージ? 神はイメージ?』)、人間の絶対性・無条件性、無限性への直覚に、神の観念の座があるのである。この思想は、アウグスチヌス→フランシス会派→ニコラス・クザーヌス→デカルト→スピノザ→ロマン主義→シュライエルマッハー→ティリッヒというラインで継承・発展されていった(他の多くの思想家を省略)。

 あまり難しい話はしたくないが、1度だけ引用してみたい。デカルトの『方法序説』から。

「私は、私が疑っているということ、したがって私の存在はあらゆる点で完全なのではないということを反省し、私はわたし自身より完全な何ものかを考えることをいったいどこから学んだのであるか、を探求することに向かった。そして、それが、現実に私より完全であるところの何らかの存在者からでなければならぬということを明証的に知った」

 これは、デカルトの「神の存在論的証明」と呼ばれているが、ぜんぜん神の存在を証明できていない。しかし、神の観念がなぜ存在するのかを見事に分析している。もちろん、これはデカルトの独創ではなくて、アウグスチヌスから綿々と継承された宗教哲学であるが・・。

 相対主義という立場がある。絶対的真理は、存在しないという立場だ。私たちは、「私の主張は絶対的に正しい」と主張する人の意見を、「ある程度は正しいかもしれないが、絶対正しいわけではない」と感じることがある。私たちは、絶対的な真理がどういうものかを知らないが、ある意見が絶対的に正しいわけではないことだけは、なんとなく直観できる。相対主義の正しさは、この直覚に基づく。しかし、ある主張が「相対的」であることを知るためには、まさに「絶対」の観念があらかじめ備わっていなければならない。ある思想が「不完全」であることを知るためには、「完全」の観念があらかじめ与えられていなければならない。これが、デカルトの「神観念の証明」である。

 興味深いのは、デカルトの神観念の証明は、方法的懐疑といって、すべてを疑うところから生まれた。人間が疑うことができるのは、「絶対」の観念が与えられているからである。「バカは疑わない」と言うが、知性の良し悪しは、自明だと思われていること・真理だと信じられていることを疑うことができるかどうかによる。何の疑問も持たない脳に、知性は宿らない。そして、物事を疑うことができるのは、「絶対」の観念、「完全」の観念が、人間に備わっているからなのだ。絶対性・完全性は、伝統的神学が神の属性としてきたものである。つまり、絶対性の観念とは、神の観念である。すると、神の存在を疑うことができるのは、絶対性の直覚、つまり神の観念を前提とする。

 すべての懐疑は、絶対性の観念、神の観念を前提とする。絶対性の現存があるから、相対的な思考は、自らの相対性に気づくことができるのである。

自明な事を、とりあえずカッコに入れて考え直してみる。自明の事を、とりあえず疑ってみる。そうして初めて、私たちは、システムの中にありながら、システムの境界線に立つことができるのである。もちろん、私たちは、何が絶対的なものかを知らない。しかし、何が絶対的ではないかは直観することができるのである。もし、この直観が人間に備わっていなかったら、思想のような知的活動は、存在しなかっただろう。

 人間が、有限的存在であることは、誰でも知っている。しかし、自分が有限であることを知るためには、無限の観念があらかじめ備わっていなければならない。人間は有限だが、有限であることを知っている点において、たんに有限ではない。有限を超える一線から自分を眺めてだけ、自分の有限性を意識することができるのだ。エデンの園の神話において、禁断の木の実を食べたから、アダムとイブは死ぬようになったと語られているのは、禁断の実を食べなかったら、アダムとイブは永遠に生きることができたという意味ではない。アダムとイブが、無限の観念を直覚した瞬間に、自分の有限性(死)を意識したという逸話なのだ。この神話が、罪の自覚とセットで描かれているのは、罪責の自覚は無条件性の観念の直覚と同時に直観されるからである。無条件性と無限の観念は、表裏一体なのだ。

 疑うことができる人間、自分の有限性を意識できる人間は、自覚するしないに関わらず、神の観念を前提としている。しかし、そのスクリーンに具体的イメージを投影していないので、具体的容貌を持った「神」が現れないだけなのだ。神の存在は証明不可能である(カントが主張したように・・)。しかし、神の観念は、人類に普遍的である。これが、21世紀の謎、つまり、なぜ科学が発達した現代においても、人類に宗教性が消滅しないのかという問いの、小生なりの答えである。

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