Ethical Experiment

問題の背景

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脳と意識

 

 1980年代、アメリカ人神経生理学者リベットは、近代的人間観をぶち壊すような有名な実験結果を発表した。人間は行動を起こすとき、頭頂葉に運動準備電位という活動が起こるが(脳内信号指令)、運動準備電位が起こって0.35秒あとに、行為の意志が意識されることが明らかになった。なんと、行為を意図したあと、運動準備電位が脳で起こるのではないのである。なんと逆なのだ! 前意識的に脳内で行為が準備された0.35秒後に、「行為の意志」が意識されのである。「人間は理性で行為を選択して、それから意志で実行する」という欧米道徳哲学の根本教理を木っ端微塵にする可能性のある結果であった。

 何よりもリベット自身が焦った。幸いリベットの実験結果には、リベットが多少なりとも自分に弁解できる余地があった。実験結果では、行為の意志が意識された0.2秒後に、実際の動作がなされた。そこで彼は、「自由意志とは、0.2秒の間に、意識された意図に拒否権を提出することだ」と解釈したのである。自由意志の範囲はずいぶん狭くなったが、拒否権という形で何とか一命を取りとめたのである。殴るという行為は無意識に脳内で準備される。しかし、それが意識に昇った0.2秒間の間に、人間はそれを拒否する意志を発動できると信じたのである。しかし、後にロンドン大学のベルマンズが指摘するように、「その意志的拒否権とやらも、0.35秒前に脳内で準備されているのではないか」という疑問が浮かぶのも当然であろう。そして、ベルマンズの解釈の方が、圧倒的に説得力を持つのである。

 リベットの実験結果から、神経生理学者、認知心理学者たちは「自由意志とは何か」について雪崩を打ったように大論戦に突入する。しかし、その大多数は、自由意志を救うための努力だった。というよりも、自由意志と物理的機械論をどう両立されるかの試みであったと言えるだろう。自由意志の問題は欧米において、3つの考え方に分けられる。すべての現象は物理的法則に決定されているという決定論(Determinism)、自由意志の優位を主張する非決定論(Indeterminism)、人間の自由意志と物理的法則の絶対性は両立可能だとする両立主義(Compatibilism)。しかし、もう1つの立場も可能であろう。それは、「自由意志も物理的法則も、フィクションとして仮定されたものであり、したがって、自由意志も物理的法則も実在しない」という立場である。これがニーチェの立場である。

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