Ethical Experiment

なぜ宗教は消滅しないの?

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死後の世界をなぜ求める?


 だいたい、どの宗教にも「死後の世界」についての教理がある。おそらく、地球規模でアンケート調査をすれば、世界人口の大半の人たちが、「死後の世界」は存在すると答えるだろう。なぜなら、宗教を信じる人たちの比率の方が圧倒的に多いから。しかし、世俗化が進んだ社会には、「死後の世界」の存在を信じない人たちが少なからずいる。

 死後の世界について考える時、死後の世界が存在するか、存在しないかという問いで始めるのは、あまり有意義ではない。なぜなら、確かめる手段がないからだ。どんなに科学が進歩しても、さすがにこの問題だけは、解決の方法がない。そういうわけで、別の質問で始めてみよう。死後の世界について考える有意義な問いは、「は、死後の世界を切望しているか、切望していないか?」だと思う。こっちの質問の方が、自分はどういう人間なのかについて、多くを教えてくれるだろう。

 ニーチェは、永遠回帰の思想で有名である。ニーチェは、死後の世界を、現世における倫理に特異な発想で結びつけた哲学者だ。もし、自分の人生が、無限に反復するとしたらどうだろうか? 例えば、ここで行うことが、永劫無限に繰り返されるとすれば、あなたはそれを選択するだろうか? ニーチェは、「今から行う行為が、今日一日が、自分の人生が、永劫無限に繰り返されることになったとしても、自分はそうするだろうか?」と問うてみよ、と勧めている。さすがニーチェ、心にググッとくる言葉である。もちろんニーチェは、「行動は慎重にせよ」ということを勧めているのではなく、「自分の人生のすべての瞬間を肯定せよ!」という運命愛を語っているのだが。

 しかし、同時に、ニーチェは孤独な人だったんだなぁと感じる。実際ニーチェは、メチャクチャ孤独な人だった。母と妹を憎み、友人は少なく、世間からは無視されていると感じながら暮らしていた。彼自身の言葉によれば、「百の深い孤独」と、「漂白の病める逃亡者」という孤独の中で生きた。孤独だということで、ニーチェを軽んじることは、私たち凡人のすることではない。彼は、すべての天才がそうであるように、天才的創造性と、残虐なまでの自己規律によって孤独だったのであり、私たちがとうてい真似できるものではない。

 深い孤独の中で自己を極限まで磨いたニーチェだが、それだけに死後の世界については、自己との関係の中でだけ考えている。しかし、「は、死後の世界を切望しているか、切望していないか?」というパースペクティブは、ニーチェに欠けている側面を明らかにしてくれる。死後の世界を切望してしまう最も大きな動機は、「あの人と、もう一度出会いたい!」である。あるいは、「あなたと私の関係は、永遠である!」である。ブーバーが云うように、「愛するあなた」は、その本質上、「永遠の汝」なのだ。愛は、「あなた」との関係を、どうしても断念できないのである。

 そういうわけで、死後の世界をおもわず本気で切望してしまう人は、「愛した人」、「愛してくれた人」を持つ人である。もちろん、生前不遇だった人、あるいは洗脳されたテロリストのように、死後の世界は酒池肉林と信じている人も、死後の世界を希望するだろう。しかし、それは生の肯定ではなく、現世からの脱出願望によるものだ。ニーチェが云うように、多くの人は、生前の失点挽回、幸せの埋め合わせ、脱出などの動機によって死後の世界を求めるが、他方、「あの人と離れたくない!」という気持ちは、人間にとって現世の肯定である。人間にとって、「あの人」はあきらめ切れないのだ。どういうわけか、「愛した汝」、「愛してくれた汝」は、「永遠の汝」になってしまい、「永遠の汝」に出会った人だけが、「愛したことのある人」なのだろう。

 「は、死後の世界を切望しているか、切望していないか?」という問いは、その人には、本当に愛した人がいたのか、本当に愛してくれた人がいたのか、ということを明らかにするのかもしれない。死後の世界が、実際に存在するかどうかは、確かめることができない。しかし、「死後の世界が存在して欲しい! なぜなら○○ともう一度会いたい! このまま離れ離れになりたくない!」と思える相手がいるかどうかは、私たちの今までの人生のあり方を示してくれるのである。生への執着ではなく、ある特定の人格への執着である。

 死後の世界が存在するかどうかはともかく、死後に「あの人ともう一度再会したい」と祈り続けている人は、幸せな人である。「必ず、もう一度再会できる!」と信じて生きている人は、もっと幸せな人だろう。実際にそうなるかどうかはともかく、そう願える相手に出会えたのだから。そして、「もうすぐ出会える!」という期待の中で生きれるほど、愛がまだビンビンに生きているのだから。

 泣ける2ちゃんねるベスト(http://namida3.blog63.fc2.com/)より引用。
105 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/03/12 02:10 ID:kZUjKi9/

 4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。 ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。

 「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」。 こっそりと中を読んでみたら、「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」と書いてあったそうだ。 旦那は去年、交通事故で他界した。 字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・ 受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。

 「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ〜」 最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。 娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない。

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