Ethical Experiment

Morality of Life

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身体は道徳的


 スピノザの倫理学(エチカ)は、幾何学の形式で叙述された倫理学である。ニーチェは、生理学的観点から(現代風に云えば生命論的観点から)独自の倫理学を構成したが、そのニーチェの先駆者がスピノザである。スピノザは、「身体」という視点から倫理学を構成した、西欧において稀有な哲学者である。17世紀のスピノザの「身体の倫理学」は、19世紀にニーチェへと受け継がれ、20世紀にティリッヒへと継承されていく。ポルトガル生まれで、現在はアイオワ大学で教鞭をとる著名な神経生理学者アントニオ・ダマシオは、スピノザのエチカを神経生理学の研究成果から解説する『Looking for Spinoza』という本を上梓して、スピノザの知見が、最先端の神経生理学を先取りする卓見であったと賞賛している。

 ダマシオが科学的証拠で裏づけたスピノザの卓見とは、エチカの中心主題である。その中心主題とは、エチカ第二部定理十九、「精神とは、身体の観念である」という驚くべき主張のことだ。スピノザは、デカルトを出発点としながら、デカルトとは正反対の結論に達した。「精神とは、身体の観念である」という命題は、現代のオートポイエーシスの意識論とも一致する。「精神とは、身体の観念である」という命題は、どう意味だろうか? 私の理解によれば、精神(表象・観念)とは、身体の変化についての表象であり、観念であるという意味である。したがって、身体に何の変化も起こらなければ、いかなる表象も存在できない。表象・観念とは、身体に発生した変化が、精神という鏡に写った『何か』なのである。しかも、精神という鏡を発生させるのも、脳という身体の一部であることはいうまでもないが。それが、どう科学的成果と一致するのかは、邦訳も出版されていると思うので、『Looking for Spinoza』を参照していただきたい。

 伝統的な欧米の道徳哲学によれば、倫理性とは、精神が身体の欲望・本能を統御する点にあると信じられてきた。イギリスを代表する哲学者ラズによれば、「意志とは、意図的行為を選択する能力」である。「意図的行為」とは、ラズによれば、私たちが自分の行為の理由を説明できる行為である。もし私たちが、自分の行為の理由を説明できなければ、その行為は、私たちの意図によらず、したがって、私たちの意図した行為ではない。ラズは欲望でさえも、私たちがその理由を説明できなければ、自分の欲望ではないとまで云う。スピノザは、ラズに代表されるような合理主義を3世紀も前に一笑に付している。

 スピノザは、「我々は、想起しないことは決して精神の決意によってなしえないということである。例えば、我々は想起しない言葉を話すことはできない。あることを想起したり、忘れたりすることは精神の自由にはならない」と云っている。私たちの多くの行為は、過去の記憶の蓄積への参照をもとに判断され、実行に移される。しかし、過去の記憶の想起は、「意識」の自由にはならない。リベットの実験を思い出していただきたい。意識は、身体の最終決定だけを知らせてもらえる。意識に行為の決定権は存在しないのである。スピノザは、慣習的には、ある行為が「精神だけに関係する時には意志と呼ばれ」、身体に関係する時は「衝動と呼ばれる」と書いているが、精神と身体とは、一体であり(むしろ身体優位であり)、ラズが考えるような「意図的行為」は、笑うべき勘違いなのだ。スピノザが云うように、「我々は想起しない言葉を話すことはできない。あることを想起したり、忘れたりすることは精神の自由にはならない」のである。想起という作業は、脳・身体が、意識には不可知な過程で遂行する作業であり、私たちはそのプロセスをまったく知らない。ニーチェが云うように、私たちが「意識が謙虚になる時代」に生きているのではないだろうか?

 スピノザは、さらにこうも云っている。「我々は、物を善と判断するがゆえに欲するのでなく、かえって反対に我々の欲するものを善と呼ぶのだからである」。ニーチェやスピノザを読むとき注意すべきことは、「我々」という言葉を文脈に応じて、適切に翻訳することである。スピノザの言葉を翻訳すると、「意識は、物を善と判断するがゆえに欲するのでなく、かえって反対に身体の欲するものを善と呼ぶのだからである」となろう。身体が自己のある状態を「快」と感じ、その身体の状態が意識に反映された時、その反映がスピノザの云う表象・観念である。「快」と感じられた身体の状態は、善と言語的に表現される。これがダマシオのスピノザ解釈である。善・悪という言語的表象は、「身体の観念」なのであり、生命論的次元でも、再解釈されるべきものではないだろうか?

「泣ける2ちゃんねるベスト」からの引用(http://namida3.blog63.fc2.com/)
967 :大人の名無しさん :03/02/13 11:18 ID:UoByDRy+

 私が生まれてすぐ両親は離婚し、母の実家で祖父母、 母と暮らしていた。母は私を育てるため、毎日毎日遅くまで残業していて、朝しか顔を合わせない日もたくさん あった。休日は母は疲れて遅くまで寝ていて、どこかへ 連れて行ってもらった記憶もほとんどなかった。

 父兄同伴の遠足や運動会も、友達みんながお母さんと嬉しそうに手をつないでいるのを見てやりきれない気持ちになった。

 私は手のかからない子供だったと思う。自分の感情を抑えて、「会社休んで参観日に来て」、なんて無茶を言ったことなんかなかった。一人遊びも上手だった。すべてに遠慮して幼い頃から敬語を使う子供だった。

 小学校3年くらいのことだった。遠足に行った後、作文を書くように言われた。「五感」をテーマに書けと言われたんだと思う。先生は、視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚を説明してくれた。私はその中で触覚というものをテーマに選んだ。

 遠足で山道を歩き学校までの道、皆2列になって手をつないで歩くわけだが、私は列の一番後ろを歩いていた。生徒の数が奇数だったため、私は一人で歩いていたのだがその時、先生が来て、私と手をつないで歩いてくれた。いつも先生が手をつなぐのはもっと手のかかる子ばかりで、私はいつも羨ましいと思っていたのだと思う。 なんだかすごくドキドキして嬉しくて、涙が前がよく見えないまま学校に着いた。

 作文には遠足の帰り道の先生の手が暖かかった、と書いたと思う。私の作文を読みながら先生が、「手ぐらい、いつでもつないであげるのに」、と震える声で言って、私の手をもう一度つないでくれた。

 友達たちは私の作文に何が書いてあったか気になるみたいで、私に聞いてきたが、振り切ってトイレに走って行ってまた泣いてしまった。

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