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チベットの声無きこえ

 チベット人政治囚のほとんどが、非暴力の抗議デモを行ったことや、弾圧の様子を国外に知らせたことや、言論による抗議を行ったことなどにより、中国当局に拘束・逮捕されています。
 彼らは、当局による拷問を受ける恐れがあり、状態を危惧されています。彼らの状況はとても深刻で、例えば、殴る蹴る、電気棒を口の中に突っ込み電気ショックを与えられる、飲食を数日間与えないなどの拷問が日常的に行われ、さらに腕や足を縛り上げて天井から吊るし殴る等の虐待が行われていると伝えられています。
悪質なケースとして、拷問を行った証拠を残さない外傷を残さない方法、蹴るなどして内臓を痛めつける拷問が行われ、釈放後に死亡するケースが相次いでいるとの報告が寄せられています。
 また、中国の警察当局に連行されたまま所在不明となっている人(いわゆる「隠された囚人」)が多数存在し、彼らの安否が気遣われています。 
 ※なお、ここに掲載した写真のある方は一部にすぎず、多くの方は写真が存在しません。


チベット人政治囚リスト

チベットの自由を求めた良心の囚人たち                            2014.3.24更新

ノルジン・ワンモ クンチョク・ツェペル・ゴペイ・ツァン ジグメ・グリ クンガ・ツァヤン  ドンドゥプ・ワンチェン
ノルジン・ワンモ
Norzin Wangmo
クンチョク・ツェペル・ゴペイ・ツァン
Kunchok Tsephel Gopey Tsang
ジグメ・グリ
Jigme guri
クンガ・ツァヤン 釈放
Kunga Tsayang 
ドンドゥプ・ワンチェン
Dhondup Wangchen
30歳(逮捕時)、四川省アバ・トチュ(黒水県)出身、トチュの司法当局職員、文筆家。チベットの状況をインターネットや電話を通じて、海外の親戚に伝えたとして2008年11月3日、5年の刑期を言い渡された。
Free Tibetan Heroesによる請願テキストアクション
39歳(逮捕時)、甘粛省甘南マチュ出身、中国政府環境省の役人。1989年からインドに亡命するも1994年チベットに戻る。1996-97年に北京や蘭州の大学で英語と中国語を学び、2004年故郷のマチュでチベット語と英語の教師として働く。2005年、チベット芸術・文学の保持のためのウェブサイト「チュメ」(バターランプの意)を詩人キャプチェン・デトゥと始め、当局の妨害に合いながらも逮捕されるまで続けた。2009年2月26日逮捕、同年11月12日、甘粛省甘南中級法院での秘密裁判で、国家機密漏洩罪で15年の刑の判決を受ける。 42歳(2008年逮捕時)、サンチュ、ラプラン僧院の僧侶。
2008年3月22日に3月14日のデモを首謀したとして逮捕、拷問を受け2ヶ月後治療のために釈放されたがVOA、AP通信などの取材に協力、 中国当局の拷問の実態を証言した。その証言の後、2008年11月4日再逮捕されたまま行方不明となるも。2009年5月3日釈放される。
2011年8月19日、ツォエ(合作)の宿泊先にて、多数の警官に拘束され連れ去られる。
その後、所在不明となり彼の状態が危惧されていたが、2012年2月17日、公安が拘束してから半年ぶりに彼の逮捕状が公開される。
筆名カンニ(雪国の太陽の意)。
20歳(逮捕時)、青海省ゴロク・チクディル県出身、アムド・ラプラン・タシキル僧院の僧侶、作家、エッセイスト。ニェンポユルツェ環境保護協会のカメラマン。「走り書き」の意味のウェブサイトに掲載した記事が、分離主義的で国家の安全を脅かしたこと、また南インドの高僧シンシャ・リンポチェと連絡を取ったことで2009年3月17日、ラプラン寺で逮捕。2009年11月12日甘粛省甘南中級人民法院にて「国家機密漏洩罪」で懲役5 年の判決。著作に「誰が真の覚醒者なのか」「誰が真の分裂主義者なのか」など。
2014年1月12日、刑期を満了し釈放された。
34歳(逮捕時)、アムド・バイェン・ツォシャル出身。チベット内でドキュメンタリー”ジグデル-LEAVING FEAR BEHIND”(恐怖を乗り越えて)を制作、2008年3月26日逮捕。3ヶ月監禁ののち脱走するが再逮捕。拷問を受け、B型肝炎の治療を受けられないなど健康状態が危惧されていた。弁護に立ち上がった人権派弁護士は、当局から弁護士免許剥奪の脅迫を受け弁護ができず、政府が指定した弁護士がつく。2009年12月28日、国家政権転覆扇動罪6年の刑の判決を受ける。2012年11月20日、国際報道自由賞 International Press Freedom Awardsを受賞。
ナチュン タギャル ジャンツェ・ドンコ タシ・ラブテン ドゥクロ
ナチュン
Ngagchung
タギャル
Tagyal
ジャンツェ・ドンコ
Jangtse Donkho
タシ・ラブテン
Tashi Rabten 
ドゥクロ
Druklo
39歳(判決時)、ガンゼ・チベット族自治州セルタのラルン・ガル僧院の僧侶。2008年7月に他の2人の僧侶とともに成都で逮捕。分離主義者勢力にチベットの状況に関する情報を漏らした容疑。その後2年以上成都で拘留されていたが、2010年3月25日カンゼ中級人民法院にて7年の懲役と1年の 政治的権利剥奪の判決を受けた。その判決の詳細については、家族にさえ知らされおらず、また彼とは連絡が全く取れていない。彼は、ラルン・ガル僧院を設立したジグメ・ケンポ・プンツォクの 甥にあたる。 筆名ショクドゥン。47歳(逮捕時)、青海民族出版社の編集者であり作家。2010年4月23日西寧で逮捕。自著で2008年の抗議運動への中国政府の対応を批判したことが原因と 言われている。4月17日には、青海大地震に関する公開状に署名したチベット知識人8名の一人。この公開状は、地震被害者のための寄付が、中国当局による着服の恐れがあることを指摘し、現地へ助けに行こうとした人々を政治的な理由から行かせなかった 政府を批判している。ジャミヤン・キ氏も署名。逮捕以降家族は面会を禁じられている。 1978年生まれ。32歳(逮捕時)。ンガパ、カイチュで高く評価された保育園を友人と共に設立した。彼が雑誌シャー・デゥンリ(東の雪山)に2008年のチベット抗議行動について書いた記事が、国家分裂扇動罪にあたるとされ2010年7月21日に自宅で逮捕。以後、ケルサン・ジンパ、ブッダも共に逮捕・拘禁されていたが、2010年12月30日、四川省ンガバにある中級裁判所で懲役4年の判決を受ける。判決が読み上げられると、彼は拍手して裁判官を皮肉ったという。 筆名テラン。20代、四川省アバ州ゾッゲ県出身。蘭州の北西民族大学の学生。2010年4月6日ニチ学生宿舎で逮捕。2011年6月、四川省アバ州の裁判所で、懲役4年の判決を受ける。彼は、2008年に一度拘束されたが釈放され、2009年1月25日『血書』を自費出版。2008年3月10日の抗議行動の真相を明らかにした。2009年7月26 日に逮捕されている。『血書』は1000部を出版し、500部が売り出され500部は当局に没収された。また、禁止された文芸誌「シャー・デュンリ(東の雪山)」の編集者であり、知識人や一般のチベット人読者支持されている。 筆名ショジャン(Shokjang)。蘭州の北西民族大学の学生。サンチェ出身。2010年4月6日、タシ・ラブテンと共に学生宿舎で逮捕された。
ナチュン ジグメ・ギャツォ トゥルク・プルブ・ツェリン・リンポチェ イェシ・チュドゥン パルジョル・ノルブ
ドル・ツルティム
Dokru Tsultrim
ゴロク・ジグメ
Golog Jigme
トゥルク・プルブ・ツェリン・リンポチェ
Tulku Phurbu Tsering Rinpoche
 イェシ・チュドゥン
Yeshi Choedon
パルジョル・ノルブ
Paljor Norbu
27歳(逮捕時)、青海省ツォロ出身、貴南県ルツァン寺と化隆県ティクギャ寺に学んだ後、四川省アバ県ゴマン寺に学ぶ。中国政府を批判する二つの文書を書いたとし2009年4月2日前後、ゴマン寺で逮捕された。主宰した文芸紙『雪の生命』(Khawai Tsesok)はすでに発禁。逮捕後の情報はまったくない。 43歳(2012年)、アムドのラプラン僧院の僧侶。"ジグデル-LEAVING FEAR BEHIND" (恐怖を乗り越えて)取材でトンドゥプ・ワンチェンの助手を務めた。2008年3月23日に騒乱の最中に逮捕され、その後10月15日に釈放されたが、2009年3月10日に再逮捕。その後、2009年4月20日釈放される。しかし、2012年9月20日から所在不明となっており、当局による拘束が懸念されている。2012年10月3日、Committee to Protect Journalistsが声明を発表した。 52歳(判決時)、テホル・カンゼ僧院の活仏。パンリ尼僧院、ヤツェ尼僧院の僧院長。地域に独り身の老人のための家や薬屋を建設。2008年5月18日に武器所有(寝床の下に拳銃と銃弾100発があったとする)の嫌疑で逮捕。2009年4月20日よりカンゼ中級人民法院(地裁)で、12月23日、懲役8年6ヶ月の判決。現在ダルツェド刑務所に収監されている。 54歳(逮捕時)、ラサのソウェー・メンカンの元チベット医学医師(定年退職)、ラサのラモチェ地区に居住していた。2008年3月の蜂起以後逮捕され、2008年11月7日、ラサ中級法院によりスパイ(国家機密漏えい)罪として刑期15年、政治権利剥奪5年を言い渡された。現在ラサ近郊の刑務所にて労働改造プログラムに服している。
2012年3月末、衰弱による容態悪化により、ダプチ刑務所(ラサ)から警察病院に運ばれた。
81才(逮捕時)、伝統的木版印刷の継承者。世界的に有名な印刷職人として知られる。チベットの旗などを印刷したとして、2008年10月30日ラサの自宅で逮捕。2008年11月、秘密裁判で懲役7年の判決。
カルマ・サンドゥプ リンチェン・サンドゥプ  ジグメ・ナムギャル ドルジェ・タシ チョダル
カルマ・サンドゥプ
Karma Samdrup
リンチェン・サンドゥプ
Rinchen Samdrup
 ジグメ・ナムギャル
Chime<Jigme> Namgyal 
ドルジェ・タシ
Dorjee Tashi
チョダル
Chodhar
42歳(判決時)、リンチェン・サンドゥプの弟。環境活動家。12年前に不起訴となった文化財窃盗容疑で、2011年1月に拘束。6月24日、ウイグル 自治区の裁判所で、懲役15年、政治的権利剥奪5年の判決を受けた。6月22日の初公判で、彼は取り調べ中に睡眠妨害や殴打などの拷問があったことを証言したが取上げられることは無かった。また、彼は天珠のビジネスで成功し、「天珠の王」と呼ばれていた。美術品収集家でもある。 44歳(判決時)。チベット自治区、ゴンジョで環境保護NGOを運営。植林活動や、密猟の報告、雑誌の発行を行う。フォード自動車やジェット・リー財団から表彰を受けたこともある。2009年8月、チベット東部で絶滅動物を密猟している地元当局を非難した後、拘束された。ブログにダライ・ラマのノーベル平和賞受賞式でのメッセージ掲載で、国家分裂扇動の 容疑。しかし、その文面は他人が投稿したものだと無罪を主張。2010年7月3日、チャムド中級法院で懲役5年、3年の政治的権利剥奪の判決を受ける。 2009年8月逮捕。リンチェン・サンドゥプの2番目の弟。兄と同時に逮捕された。その後、労働改造所で再教育21カ月の刑を受ける。国家安全保障を害する罪とされる。 37歳(逮捕時)。2008年3月の騒乱の数カ月後に拘束されていた。2010年6月26日、ラサ地方中級裁判所で無期懲役の判決を受けた。罪名は不明。家族や知人の傍聴も許されなかった。40億元 (505億円)を超える彼の財産は政府に没収された。彼の兄も禁固キンコ6年の刑を受けた。インドのチベット亡命政府に多額の資金援助をしていたことが影響したとみられている。彼は、チベットでホテルやレストランを営 む共産党員で、「愛国企業家」として称賛されていた。ラサ市にあるヤクホテルのオーナーとして有名だった。 34才、アムド・アバ、ジョレップ村ジョシェル家出身、キルティ僧院の僧侶。1998年の愛国キャンペーン中、「チベットに自由を」「ダライ・ラマ法王のご長寿を」と書かれたポスターを 貼った罪で1999年4月に逮捕、5年間投獄されたことがある。2008年の抗議活動に関与したとされ、1年にわたり身を隠すも、2009年8月25日、ドンコー家に匿われていることが発覚、逮捕される。2008年以降 、彼の居場所に関する情報は、30万元の報酬がかけられていた。2010年4月9日、13年の刑の判決。匿ったドンコーは未だ拘留中。
ゴツァン・ジャムヤン・プンツォク コマツァン・ジグメ ケルサン・ギャツォ ツルティム・ギャツォ ニマ・ダクパ
ゴツァン・ジャムヤン・プンツォク
Gotsang Jamyang Phuntsok
コマツァン・ジグメ
Khomatsang Jigmey
ケルサン・ギャツォ
Kelsang Gyatso
ツルティム・ギャツォ
(Tsultrim Gyatso)
ニマ・ダクパ
Nyima Drakpa
別名ジャンコ(Jankho)。36歳(逮捕時)、キルティ僧院の僧侶。2009年3月3日、逮捕。2月27日のキルティ僧タベーの抗議の焼身自殺事件を海外に伝えたため。2009年4月9日、分離独立活動および海外の分離独立勢力と接触したとして懲役6年の判決を受けた。 40歳(逮捕時)、キルティ僧院の元僧侶。2009年2月7日に逮捕。4月9日、海外の独立分離主義者と接触したとして、国家機密漏洩罪で懲役7年の判決を受けた。1992年に中国政府に抗議するポスターを貼った罪で逮捕、裁判を受けられないまま1年間投獄されていた。 36歳(逮捕時)、甘粛省のラプラン・タシキル僧院の僧侶。2008年4月9日、ラプラン僧院を訪れた外国人記者団の前で中国の弾圧を訴えた僧侶グループのうちの1人。2009月4月13日逮捕、その後の行方は不明。 37歳(判決時)、甘粛省サンチュ(夏河)県イクジャン村出身、ラプラン・タシキル僧院の僧侶。2008年3月15日のデモに参加し逃走していたが、2008年5月22日ドゥクチュ県で逮捕。2009年5月21日、甘粛省カンロ中級人民法院は「国家の安全を脅かした」として無期懲役刑を言い渡した。
41歳(逮捕時)、元僧侶、2008年4月5日、中国警察がチベットに発砲したことを外部に伝えたとして2008年4月19日に逮捕、ダルツェンドに連行。現在、拷問されているか、深刻な状態にあるとされる。
チョペル ワンドゥ ティンレー・タルギェ チメ・ラモ ペンキ
チューペル
Choephel
ワンドゥ
Wangdue
 ティンレー・タルギェ
Trinley Dhargye
チメ・ラモ
Chime Lhamo
ペンキ
Penkyi
33歳(逮捕時)、アムド・アバ・メルマ出身、2008年3月15〜17日の抗議活動に参加し逮捕、暴力を受け左目を失明、懲役4年(2008年11月4日判決) 41才(逮捕時)、AIDS対策啓蒙活動家、ラサ近郊のタクツェ出身、2008年3月14日逮捕。国外にEメールを送付したことで、無期懲役、政治的権利剥奪無期の判決。  23歳(逮捕時)、チャムド・ツァワ・ゾゴン・パムダ出身、2009年1月20日「チベット独立」の横断幕を掲げチラシを撒き、逮捕。 20歳(逮捕時)、シガツェ ナムリン地区ショルトゥ村出身、2008年3月14日ラサで逮捕、罪状は「放火」、2009年4月21日、懲役10年の判決を受ける。 23歳(逮捕時)、ニェモ県マルキャン地区タントゥ村出身、2008年3月14日ラサで逮捕、罪状は「放火」、2009年4月21日、終身刑の判決を受ける
ブッダ ケルサン・ジンパ キルティ・キャップ タシ・ギャツオ ヤンゾム
ブッダ
Buddha
ケルサン・ジンパ 釈放
Kalsang Jinpa
キルティ・キャップ
Kirti Kyab
タシ・ギャツオ
tashi gyatso
ヤンゾム
Yangzom
34歳(逮捕時)、四川省アバ、トリン県出身。医師。2010年7月21日、西寧で逮捕。6月と7月に文芸誌シャー・デュンリ(東の雪山)に寄稿した2008年3月の事件についての 記事が、国家分裂罪の疑いがあるとされる。2010年12月30日、四川省ンガバにある中級裁判所で懲役4年の判決を受ける。 35歳(逮捕時)、四川省アバ、ツァユ地区出身。ツァユ僧院の僧侶だったがインドに1年間学び、1996年チベットに戻る。2010年7月19日、西寧で逮捕。6月と7月文芸誌シャー・デュンリ(東の雪山)に寄稿した2008年3月の事件についての記事が、国家分裂罪の疑いがあるとされる。2010年12月30日、四川省ンガバにある中級裁判所で懲役3年の判決を受ける
2013年7月18日、綿陽刑務所から釈放された
アバの師範学校の教師。2010年3月10日と14日、師範学校の学生がバター灯明による2008年抗議運動での犠牲者供養の儀式を行ったことにより、逮捕された教師5人のうちの一人。これに参加した16人の学生も逮捕されている。彼は、中国政府の政策に批判的なため禁止された文芸誌シャー・デュンリ(東の雪山)の編集者でもあった。 36歳(逮捕時)、マチュ、ペルペン郷、サルマ僧院の僧侶。2010年4月8日早朝6時、僧院で逮捕。理由は、インターネットで禁じられているチベットコンテンツにアクセスした、電話で外国人と 話した、彼の部屋で外国のテレビ番組を見たこととされる。 31才(逮捕時), カンゼ・ヤルカ村出身、ヤルテン尼僧院、2008年6月18日デモに参加し逮捕。2009年1月15日刑期2年半年の判決。
トプデン ヤルガ ソナム・リンチェン ソナム・ドゥンドゥプ ドラケン
トプデン
Topdhen
ヤルガ
Yargay
ソナム・リンチェン
Sonam Rinchen
ソナム・ドゥンドゥプ
Sonam Dhondup
ドラケン
Drakden
1971年生まれ。39歳(逮捕時)。アムド、マチュの民族小学校のチベット語教師。2010年3月28日逮捕。理由は不明。、ニューラ・ニェントック僧院の僧侶だった。1999年の愛国再教育キャンペーンに立ち向かいダライ・ラマ法王を批判することを拒否するも、当局の宗教弾圧のため1年後にインドに亡命。2006年、チベットに戻る。 アバ県、アバ郡出身のバーカム民族高等中級学校の学生。2010年3月17日、扇動の容疑で逮捕。2年の刑を受ける。バーカム民族高等中級学校で2008年の蜂起を記念する集会を 開く。雑誌Namchak(雷電の意)の編集者。逮捕につながったこの雑誌に、中国政府批判、デモをで亡くなった人々に敬意を表し、投獄された人々に連帯を示す記事、エッセイ、詩を掲載。現在、どこの収容所にいるか不明。 19歳(逮捕時)、アバ、ゾェゲ郡出身のバーカム民族高等中級学校の学生。2010年3月17日、扇動の容疑で逮捕。2年の刑を受ける。バーカム民族高等中級学校で2008年の蜂起を記念する集会を実施した。雑誌Namchak (雷電の意)の編集者。逮捕につながったこの雑誌に、中国政府を批判、デモを行って殺害された人々に敬意を表し、投獄された人々に連帯を示す記事、エッセイ、詩を掲載した。現在、どこの収容所にいるか不明となっている。 18歳(逮捕時)、アバ、チェゲ郡出身のバーカム民族高等中級学校の学生。2010年3月17日、扇動の容疑で逮捕。バーカム民族高等中級学校で2008年の蜂起を記念する集会を実施した。雑誌Namchak (雷電の意)の編集者。逮捕につながったこの雑誌に、中国政府を批判、デモを行って殺害された人々に敬意を表し、投獄された人々に連帯を示す記事、エッセイ、詩を掲載した。現在、どこの収容所にいるか不明となっている。 アバ県、アバ郡出身のバーカム民族高等中級学校の学生。2010年3月17日、扇動の容疑で逮捕。バーカム民族高等中級学校で2008年の蜂起を記念する集会を実施した。雑誌Namchak (雷電の意)の編集者。逮捕につながったこの雑誌に、中国政府を批判、デモを行って殺害された人々に敬意を表し、投獄された人々に連帯を示す記事、エッセイ、詩を掲載した。現在、どこの収容所にいるか不明となっている。
プモ ソ・ラツォ ゲシェー・ツゥルティム・ゲルツェン ツォンドゥ ケンスル・トゥプテン・タプキー
プモ
Bhumo
ソ・ラツォ
Soe Lhatso
ゲシェー・ツゥルティム・ゲルツェン
Geshe Tsultrim Gyaltsen
ツォンドゥ
Tsundue
ケンスル・トゥプテン・タプキー
Khensur Thupten Thapkhey
36才(逮捕時)、ジェスンガ村出身、2008年5月14日の抗議デモに参加したことで逮捕。刑期3年間の判決。 35才(逮捕時)、カンゼ、ゲチュン村出身の尼僧。2008年5月14日の抗議デモに参加したことで逮捕。刑期9年の判決。 34歳(逮捕時)、ナチュ(那曲)シャプテン僧院の経典長、2009年4月11日拘束、理由は不明。 30歳(逮捕時)、ナチュ(那曲)シャプテン僧院民主管理委員会委員長、2009年4月11日拘束、理由は不明。 47歳(逮捕時)、ナチュ(那曲)シャプテン僧院の僧院長、2009年4月11日拘束、理由は不明。
ラクパ・ツェリン ロプサン・ワンチェク カムクンチョク ガワン・プンツォク ロプサン・チューゲン
ラクパ・ツェリン
Lhakpa Tsering
ロプサン・ワンチェク
Lobsang Wangchuk
カムクンチョク
Khamkunchok
ガワン・プンツォク
Ngawang Phuntsok
ロプサン・チューゲン
Lobsang Choegyen
22歳(逮捕時)、画家。2008年3月、ラサで平和的なデモに参加し、逮捕。2009年8月に刑期5年の判決を受ける。 26歳(逮捕時)、元僧侶。最近は車の運転手をしていた。タクツェで、中国政府の抑圧的な政策に対する平和的なデモに参加し、逮捕。2009年8月に刑期15年の判決を受ける。 四川省アバ県ドソ村出身。作家。アバ州バルカム民族師範学校に学ぶ。同校『南賈報』創刊メンバーのひとり。アバ県キルティ寺『カンサルメト』の編集、執筆を担当。2008年3月20日夜、他の学生らとともに抗議したため懲役2年の判決を受け、綿陽刑務所に投獄されている。 32歳(逮捕時)、カンゼ・ブンシュル村出身、2008年6月18日、たった一人でダライ・ラマの写真を掲げ抗議活動を実施し逮捕、6ヶ月間拘置所に留置された後、2009年1月20日刑期3年の判決、成都から70キロのWoemin Samisa (Ch.)刑務所に収容。
18歳(逮捕時)、カンゼ・ティンカ・シャンラム出身、カンゼ僧院、2008年5月13日のデモに参加しチラシを配り逮捕、刑期5年
ロプサン・ペンデ ロプサン・ルンドゥプ ロプサン・タシ ロプサン・ワンチュク ソナム・テンパ
ロプサン・ペンデ
Lobsang Phende
ロプサン・ルンドゥプ
Lobsang Lhundup
ロプサン・タシ
Lobsang Tashi
ロプサン・ワンチュク
Lobsang Wangchuk
ソナム・テンパ
Sonam Tenpa
37才(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 38歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 21歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 30歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 29歳(逮捕時、カンゼ・リタン出身、2009年2月16日、リタンの市場で行われた15人の抗議デモを率い逮捕、その際ので重傷を負う。
前日にリタンで一人でデモをしたロプサン・ルンドゥプの弟。
ロプサン・テンジン ジャムヤン・パルデン アド・ギャルツェン チャンパ・トメ ゲレク・クンガ
ロプサン・テンジン
Lobsang Tenzin
ジャムヤン・パルデン
Jamyang Palden
アド・ギャルツェン
Adho Gyaltsen
チャンパ・トメ
Jampa Thokmey
ゲレク・クンガ
Gelek Kunga
21歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕、その際の暴行で重傷を負う。 41歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 41歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 30歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 26歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕、その後消息不明となり、行方と状態を危惧されている。
ゲンドゥン・チューペル ロプサン・タルギェル チャンパ・ツェリン チャンパ・ユンテン テンジン・サンギェ
ゲンドゥン・チューペル
Gedun Choephel
ロプサン・タルギェル
Lobsang Dhargyal
チャンパ・ツェリン
Jampa Tsering
チャンパ・ユンテン
Jampa Yonten
テンジン・サンギェ
Tenzin Sanggey
30歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 38歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 28歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 30歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。 29歳(逮捕時)、カンゼの元遊牧民、2009年2月16日、リタンの市場で15人の抗議デモを行い逮捕。
ロプサン・ルンドゥプ クンチョク・ドルマ ソー・チューキ チャンパ・ラモ リンジン・ワンドゥン
ロプサン・ルンドゥプ
Lobsang Lhundup
クンチョク・ドルマ
Kunchok Dolma
 ソー・チューキ
Soe Choekyi
チャンパ・ラモ
Jampa Lhamo
リンジン・ワンドゥン
Rinzin Wangdon
39歳(逮捕時)、カンゼ・リタン・ゲモ村出身、リタン・ネコル僧院、2009年2月15日リタンで、たった一人で平和的な抗議デモを行い逮捕、「ダライ・ラマ法王万歳」「チベット独立」「ダライ・ラマ 法王の速やかな帰還を」「今年のロサル(正月のこと)はない」と叫んだ。現在、リタン県拘置センターに拘束されている。 31歳(逮捕時)、カンゼ、クドル(Kudor)出身、カンゼの路上でルンタ(祈祷のための小さな紙切れ)に「チベット独立」など書いたものをばら撒いたとして2008年12月29日逮捕。 カンゼ郡ラムナ村出身、テホル・ニャゲ尼僧院、2008年5月20日逮捕  30才(逮捕時)、カンゼ郡サドゥル村出身、タルギェ・ハルデュ尼僧院、2008年5月23日午前8時逮捕 23才(逮捕時)、カンゼ郡ラリニャン村出身、タルギェ・ハルデュ尼僧院、2008年5月23日午前8時逮捕 
タシ・ツォ パルモ イェシ・ラドゥン シンド・ラワン ツェリン・ツォモ
タシ・ツォ
Tashi Tso
パルモ
Palmo
イェシ・ラドゥン
Yeshi Lhadon
シンド・ラワン
Singdok Lhawang
 ツェリン・ツォモ
Tsering Tsomo
26歳(逮捕時)、カンゼ・ゲマ・ダゴ尼僧院、2008年6月18日のデモに参加したとして逮捕。刑期2年。 17才(逮捕時)、メニェ・ダ出身、2008年逮捕。   24歳(逮捕時)、カンゼ郡ツォジ村出身、ダカル尼僧院、2008年5月28日逮捕  38才(逮捕時)、カ・ダ出身、2008年6月17日逮捕  27才(逮捕時)、カンゼ郡チャクラ村出身、サムテンリン尼僧院、2008年6月8日逮捕
トプギェル テンジン・ゲペル ツェワン・テンジン ケンラブ・タシ ロプサン・ジグメ
トプギェル
Topgyal
テンジン・ゲペル
Tenzin Gayphel
ツェワン・テンジン
Tsewang Tenzin
ケンラブ・タシ
Khenrab Tashi
ロプサン・ジグメ
Lobsang Jigme
ティンリ郡シェルカ街区ドギェ村出身、ティンリ、シェルカ・チゥデ僧院、2008年5月19日逮捕  ティンリ郡ケマ街区リンシャー村出身、ティンリ、シェルカ・チゥデ僧院、2008年5月19日逮捕  ティンリ郡シェルカ街区ペルバ村出身、ティンリ、シェルカ・チゥデ僧院、2008年5月19日逮捕 ティンリ郡シェルカ街区マシャク村出身、ティンリ、シェルカ・チゥデ僧院、2008年5月19日逮捕  ティンリ郡シェルカ街区ノルゲ遊牧地域出身、ディンリ・シェルカ・チゥデ僧院、2008年5月19日逮捕 
ケンラブ・ターチン トゥプチョク ナムカル チュツォ・ドルマ ソナム・ラプギェル
ケンラブ・ターチン
Khenrab Tharchin
トゥプチョク
Thupchok
ナムカル
Namkar
 チュツォ・ドルマ
Choetso Dolma
ソナム・ラプギェル
Sonam Rabgyal
32才(逮捕時)、ティンリ郡シェルカ街区ドギェ村出身、ティンリ、シェルカ・チゥデ僧院、2008年5月19日逮捕 38歳(逮捕時)、チュシュル郡、ラトゥー僧院、2008年4月16日逮捕。ラトゥ僧院の民主管理委員会の執行メンバーであり「愛国再教育」を実行する立場だった 45歳(逮捕時)、チュシュル郡、ラトゥー僧院、2008年4月16日逮捕。1989年のラサの抗議行動に参加し、政治犯として2年間ダプチ刑務所に投獄されていたことがある カンゼ・ガンデン・チューリン尼僧院、2008年5月14日のカンゼのデモに参加し逮捕、刑期1年半年 39歳(逮捕時)、ラモチェ僧院の前管理人、財務担当、チャムド・マルカム出身、2008年4月7日逮捕、その後行方不明 
タシ・ギャルツェン サンペル ロプサン・トンユ ジャムヤン・ニマ ロプサン・ニマ
 タシ・ギャルツェン(タギャ)
Tashi Gyaltsen <Tagya>
サンペル
Samphel
ロプサン・トンユ
Lobsang Donyoe
ジャムヤン・ニマ
Jamyang Nyima
ロプサン・ニマ
Lobsang Nyima
デルゲ・ゴンサル僧院、ダライ・ラマ批判キャンペーンで署名を拒否し2008年4月26日逮捕  デルゲ・ゴンサル僧院、ダライ・ラマ批判キャンペーンで署名を拒否し2008年4月26日逮捕  デルゲ・ゴンサル僧院、ダライ・ラマ批判キャンペーンで署名を拒否し2008年4月26日逮捕  30才(逮捕時)、アムド・アバ、キルティ・ドンリ僧院、逮捕  29才(逮捕時)、アムド・アバ、キルティ・ドンリ僧院、逮捕 
ツァムダル ゴンポ・ツェリン ナムセ ロプサン ロプサン・ツルティム
ツァムダル
Tsamdar
 ゴンポ・ツェリン
Gongpo Tsering
ナムセ
Nyamsay
ロプサン
Lobsang
ロプサン・ツルティム
Lobsang Tsultrim
31才(逮捕時)、アムド・アバ・ムグ村出身、2008年逮捕  23才(逮捕時)、アムド・アバ・ムグ村出身、2008年逮捕  38才(逮捕時)、アムド・アバ・ムグ村出身、2008年逮捕  23才(逮捕時)、アムド・アバ・ムグ村出身、2008年逮捕  31才(逮捕時)、アムド・アバ、キルティ・ドンリ僧院、2008年逮捕 
ロプサン・ティンレー ロプサン・ツンドゥ リンチェン・ドゥンドゥプ ドルジェ・ロリ ソナム・ワンギェル
ロプサン・ティンレー
Lobsang Thinlay
ロプサン・ツンドゥ
Lobsang Tsundue
リンチェン・ドゥンドゥプ
Rinchen Dhundup
ドルジェ・ロリ
 Dorjee Lhori
ソナム・ワンギェル
Sonam Wangyal
30才(逮捕時)、アムド・アバ、キルティ・ドンリ僧院、2008年逮捕  25才(逮捕時)、アムド・アバ、キルティ・ドンリ僧院、2008年逮捕  24才(逮捕時)、タンド・シャン・ラプカル村出身、2008年6月18日逮捕  21才(逮捕時)、タンド・シャン・ラプカル村出身、2008年6月18日逮捕  31才(逮捕時)、タンド・シャン・ラプカル村出身、2008年6月18日逮捕 
ソ・ル チャンパ・プンツォク チャンパ・ドルジェ イェシ・ドルジェ ペワン
ソ・ル
Sod Lu
チャンパ・プンツォク
Jampa Phuntsok
 チャンパ・ドルジェ
Jampa Dorjee
 イェシ・ドルジェ
 Yeshi Dorjee
ペワン
Poewang
カン・マ僧院、2008年6月9日逮捕  18才(逮捕時)、カン・マ僧院、2008年6月9日逮捕  18才(逮捕時)、カン・マ僧院、2008年6月9日逮捕  32才(逮捕時)、カンゼ、カーナン寺、 2008年6月12日のデモに参加し印刷物を配ったとして刑期4年、政治的権利剥奪2年 27才(逮捕時), カンゼ・ヤルカ村出身、ヤルテン尼僧院、2008年6月18日デモに参加し逮捕、刑期2年半(2009年1月15日判決)
ダ・グル ソドゥク・ラモ パルチェン・キャブ ゲシェ・テンジン・チュペル ツェリン・プンツォク
ダ・グル
Dra Gul
ソドゥク・ラモ
 Sodtruk Lhamo
パルチェン・キャブ
Palchen Kyab
 ゲシェ・テンジン・チュペル
Geshe Tenzin Choephel
  ツェリン・プンツォク
Tsering Phuntsok
37才(逮捕時)、ダ・ドン出身、2008年6月28日逮捕  35才(逮捕時)、コン・ド出身、2008年6月17日逮捕  アムド・ゴロクの教育支援団体の責任者、2008年3月31日逮捕  50才(逮捕時)、アムド、青海大学の教師、2008年4月17日逮捕  42才(逮捕時)、カン・マ出身、2008年6月22日逮捕 
チャンパ・タシ カルサン・ニマ ラモ ンガワン・ルンドゥプ イェシ・タルギェル
チャンパ・タシ
Jampa Tashi
 カルサン・ニマ
Kalsang Nyima
ラモ
Lhamo
ンガワン・ルンドゥプ
Ngawang Lhundup
イェシ・タルギェル
Yeshi Dhargyal
24才(逮捕時)、ツォン・カ出身、2008年6月14日逮捕  28才(逮捕時)、カン・マ僧院、2008年6月9日逮捕   29歳(逮捕時)、カンゼ・タメ村出身、ヤルテン尼僧院、2008年6月18日デモに参加し逮捕、刑期2年半年(2009年1月15日判決) 29才(逮捕時)、カン・マ僧院、2008年6月9日逮捕  27才(逮捕時)、カン・ナ僧院、2008年6月22日逮捕 
ロプサン・ツェワン イェ・ル ングドゥプ・ドルジェ ツェワン・リンジン テンジン・ナムギェル
ロプサン・ツェワン
Lobsang Tsewang
 イェ・ル
 Ye Lu
ングドゥプ・ドルジェ
Ngedup Dorjee
ツェワン・リンジン
Tsewang Rinzin
テンジン・ナムギェル
Tenzin Namgyal
30才(逮捕時)、カンゼ・ツォチュ出身、逮捕   34才(逮捕時)、コン・ド出身、2008年6月17日逮捕  25才(逮捕時)、プク・イェ・ナン出身、2008年6月23日逮捕  55才(逮捕時)、カム・タウ出身、2008年6月13日午前8時逮捕   37才(逮捕時)、カンゼ、タルギェ僧院、2008年のタルギェのデモで逮捕 
ガワン・テンジン
 ガワン・テンジン
Ngawang Tenzin
リンジン・ツェリン
Rigzin Tsering
40才(逮捕時)、チャムド・マルカムのウーセル僧院の管理者、2008年5月13日逮捕  40歳(判決時)、甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ郡ロンツァ村出身。妻と子供2人がいる。2008年3月18日の抗議に参加したことで、4月に逮捕。2009年4月24日、懲役12年の判決を受ける。所在不明であったが、2014年3月になって情報が齎された。2014年3月現在、甘粛省天水市の刑務所に収容されている。
2011年に拘束された人々
クンチョク・ツルティム
Kunchok Tsultrim
ロブサン・ケドゥプ
Lobsang Khedrup
ロブサン・ギャツオ
Lobsang Gyamtso
ドンニ・ドルジェ
Dhonyoe Dorjee
ドルガ
Dorgay
33歳(逮捕時)。ンガバ郡タワゴンマ出身。キルティ僧院の僧侶。僧院の経理担当である。2011年3月16日逮捕。5月2日頃、懲役3年の判決を受ける。 36歳(逮捕時)。ンガバにあるキルティ僧院の僧侶。アバ郡アンダーチョクラ村出身。幼い頃からキルティ僧院にて仏教を学ぶ。高度な教義を習得し、若い僧侶の指導も行っていた。 2011年5月4日に逮捕。その後2カ月間、所在不明だった。7月15日に懲役3年の刑を受ける。罪状は不明。 39歳(逮捕時)。ンガバにあるキルティ僧院の僧侶。アバ郡アッパーチョクラ村出身。 2011年5月9日逮捕。その後2カ月間、所在不明だった。7月15日に懲役3年の判決を受ける。罪状は不明。彼らは、現在、四川省のmein-yang地方の刑務所にいる。 34歳(判決時)。ンガバにあるキルティ僧院の僧侶。2011年7月15日、懲役3年の判決を受ける。罪状は不明。同年4月8日にキルティ僧院で逮捕された後、隔離されていた。 22歳(拘束時)。ナチュ、シャプテン僧院の僧侶。2011年7月6日の朝、ダライ・ラマ法王の76歳の誕生日を祝い、木々や電柱にカタ(白いスカーフ)を掛け、ダライ・ラマの長寿を祈った。その後、僧院に戻ると中国当局が待ち受け彼を逮捕。現在、所在不明。
ロブサン・ダルゲ
Lobsang Dhargye
サンペル・ドンドゥプ
Samphel Dhondup
ロプサン・ツォンドゥ
ドルジェ
Dorjee
ロブサン・ダルジェ
Lobsan Darjee
31歳(拘束時)。ンガバ郡メルマ出身。キルティ僧院の僧侶。仏教哲学の習得のためにラサのデプン寺に学んだこともある。2008年の抗議活動で一度逮捕されている。2011年4月11日、キルティ僧院内で拘束されどこかへ連れ去られた。5月2日頃、懲役3年の判決を受ける。 23歳(拘束時)、カンゼのロナ村出身。2011年7月10日、カンゼにて3人で平和的抗議デモを行ったことで拘束される。8月20日頃、サンペルはカンゼ裁判所で懲役3年の判決を受けた。四川省のロイェンにある刑務所に囚われている。3人は、チベットの自由、ダライ・ラマ法王の長寿とチベット人の団結を訴えながら、パンフレットを撒いた。到着したカンゼ公安による僕打を受け拘束された。また、他の2人は、サンベルが判決を受けた日に釈放されている。 46歳(判決時)、ジュクンド出身。デプン僧院の僧侶。インドに亡命したこともあるが、近年戻って再びデプン僧院で学ぶ。2008年3月10日、デプン僧侶らによるラサ市内に向けた平和的デモ行進に参加したことで逮捕。証言によると、血を吐く拷問を何度も受け衰弱しているという。3年も経過した上で、懲役10年の判決を受けた。現在チュシュル刑務所に拘置されている。 16歳(拘束時)、ロンツァン村出身。ンガバ、キルティ僧院の僧。プンツォの焼身自殺(2011年3月16日)を手助けしたとして、4月12日拘束。バルカム中級人民法廷にて再教育労働3年の判決を受ける。 22歳(拘束時)、ニュルマ郷出身。ンガバ、キルティ僧院の僧。弟であるプンツォの焼身自殺(2011年3月16日)を手助けしたとして、4月12日拘束。バルカム中級人民法廷にて再教育労働2年半の判決を受ける。
ツェコ
Tseko
ペマ・リンチェン
Pema Rinchen
ロブサン・ゴドゥプ
Lobsang Ngodup
チュパ・ルギェル
Choepa Lugyal
ソレップ・ダワ
Jolep Dawa
30歳(判決時)、トゥツェ郷出身。ンガバ、キルティ僧院の僧。プンツォの焼身自殺(2011年3月16日)を手助けしたとして、4月12日拘束。バルカム中級人民法廷にて再教育労働2年半の判決を受ける。 25歳(拘束時)、作家。筆名ドゥクツェル<毒刺の意>。中国内チベットカンゼ地方ダンゴ出身。2011年7月5日白昼、ダンゴで県公安局の警察官に拘束され連れ去られた。彼は激しい暴行を受け、2日目(7月6日)にダンゴの県医院へ救急患者として運び込まれた。ペマ・リンチェンは彼の著書「トゥ(看/見ろ)」の中で、2008年の平和的抗議を無惨に弾圧したことと、2010年のジェクンド(玉樹)地震の復興計画を悪用していることに言及しながら中国共産党のチベット政策を強く非難した。 年齢20代(逮捕時)。2011年7月29日カンゼにて、たった一人で反中国デモを行う。ダライ・ラマ法王の写真を掲げ、中国によるチベット支配の終止符をと呼びかけたパンフレットを配る。その後、駆け付けた中国当局によって意識が無くなるまで殴られたが、彼はその間、チベットの独立とダライ・ラマ法王の帰還についてのスローガンを叫び続けた。カンゼ拘置所に収監されたと伝えられている。 2008年のチベット蜂起に加わったことで逮捕され、懲役3年の刑を受けていた兄ロガが、釈放され家に戻って3日後のことだった。 筆名メツェ(Meycheh)。作家、青海省ヤツェ郡ドピー郷出身。西南民族大学卒。西北民族大学で研究生として在籍した。甘粛省の国立出版機関に勤務。一時的に、甘粛省の青海西蔵新聞へ務めていたこともある。多くの著作があり、後で発禁となったシャー・ドゥンリ(東の雪山)の編集にも関わっていた。2011年10月19日自宅で当局に逮捕された。罪状は不明。また逮捕後の所在も不明。 39歳(逮捕時)、四川省アバ県ゾレップ村出身。アバにある民族中学校教師。チベット語の月刊誌「時代と私」の編集者。2010年10月1日、四川省成都にて逮捕。約1年拘置所にて拘束されていた。2010年10月、バルカムの裁判所で弁護士もなく、懲役3年の判決を受けた。彼は、2006年の動物の毛皮使用を止めようというキャンペーンの際に1カ月拘束され、2008年3月の抗議行動の際にも3か月拘束されていた。
ロトゥ
ンゴドゥップ・ティンレー
Ngedup Thinlay
ロぺ
Lopey
ユンテン
Yonten
ラルン・ツォ
Lhalung Tso
36歳(逮捕時)、キルティ僧院の僧侶。四川省ンガバ県ンガトゥアドゥ郷出身。2011年10月に逮捕。その理由は不明。逮捕後の所在も不明。 34歳(逮捕時)。2009年にカンゼ、ロンパ・チャセル郷で、チラシを撒きスローガンを叫ぶ平和的抗議デモを行う。激しい暴行を受け逮捕。懲役1年6ヵ月の刑を受けた。2011 年9月現在、刑期は既に終了しているが、ミニャック・ラガタン刑務所から釈放されていない。度重なる拷問でも、最後までダライ・ラマ法王の誹謗を拒んだ事が原因とされている。 21歳(逮捕時)、ンガバ、ティンケンの僧侶。11月6日、逮捕。理由は不明。 19歳(逮捕時)、キルティ僧院の僧侶。ンガバ、チュクレー・カップメ、カカ家の出身。11月4日、僧院内にて逮捕。理由は不明。 20歳(拘束時)、歌手。甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ(夏河)県ホルツァン郷出身。2011年8月20日ツォエ(合作)で行われた文化人の夜会に招待されツォエに滞在中、当局により拘束。理由は不明。その後の所在も不明のため、安否が危惧されている。
プンツォク
Phuntsok
テンパ・ロドゥ
ロブサン・ゲンドゥン
robsan gedhun
ギャンツォ
Gyatso
ユンテン・ギャツオ
Yonten Gyatso
28歳(逮捕時)、キルティ僧院の僧侶。四川省ンガバ県チャ郷ナクツァンマ村シリク家出身。2011年10月17日、僧院で逮捕。その際、警官は彼に激しい暴行を加えた。逮捕後の所在は不明。 筆名ガンカ・キャンポ。僧侶であり作家。カム、ベルバル出身。2010年12月29日、ラサで逮捕。2011年11月現在も、裁判を受けさせることもなくラサの拘置所に拘束されている。 48歳(拘束時)、ンガバ県トツィック郷カニャック村セゴ家出身。キルティ僧院のカーラチャクラ学堂の元戒律師、僧侶。2011年10月末、公安により連行される。現在も所在不明。 42歳(拘束時)ンガバ県トツィック郷メシップ村ラクツァ家出身。キルティ僧院の僧侶。当局によって閉鎖された直営学校の教師でもあった。2011年11月21日、公安により連行される。理由は不明。現在も所在不明。雑誌や新聞等に記事を度々発表していた。 37歳(判決時)、チベット語教師。ンガバの町近くのカシー・ゲペル僧院の僧侶。1992年にカシシュル村に小学校を設立し、チベット語や文化・伝統の教育に貢献する。2011年10月17日、テンジン・ワンモの焼身抗議についてや、2008年以降のチベットの状況を国外に知らせた事により、2012年6月18日ンガバ県中級人民裁判所懲役で懲役7年の判決を受ける。現在は、四川省錦陽の刑務所に居る。拘束され、成都の秘密警察に引き渡され拷問を受ける。
       
ラテン
Lhaten
44歳(拘束時)、ラサ市タクツェ郡シンツァン村。妻と3人の子供を持つ農夫。2011年11月1日、学校に子供を迎えに行った際、私服警官によって連行された。11月18日、現在も所在は不明。2008に国家転覆罪で逮捕されたドキュメンタリー映画「ジグデル(恐怖を乗り越えて)」の製作者ドゥントゥプ・ワンチェンと関係があったことが原因とされる。        
2012年に拘束された人々
ロギャ
Logya
ケルサン・ギャンツォ
Kalsang Gyatso
ダワ・ドルジェ
dawa Dorje
ガンケ・ドゥパ・キャップ(筆名ガンメタク)
Gangkye Drubpa Kyab
アタル
Athar
33歳(逮捕時)、2012年1月23日のメウルマ郷での中国政府に対する抗議デモに参加。その後、逃亡したが見つかり逮捕され、ンガバ州州都バルカムの警察で数カ月間、拷問を受けた。懲役4年の判決を受ける。現在はメンヤン刑務所(四川省)に収監されている。 ボラ僧院の僧侶。2012年3月20日、100人のボラ僧院の僧侶たちが、チベット国旗を掲げ、法王の写真を掲げてデモを行った際に逮捕されたうちの一人。 23歳(拘束時)、ディル出身。成都のチベット作家、文化人、歌手等を集めチベット文化に関する講演会とコンサートを開催した後、故郷に帰る途中の2012年2月3日、ラサ空港で拘束。その後、所在不明となる。 西蔵大学在学中には、ディルの知識人たちと共著で「道(伝統)」という書籍を出版。彼は、著書の中で民主主義、人権、トゥルク(転生ラマ)のあり方、(チベットの)習慣などについて論じている。 33歳(拘束時)、教師、文筆家。カンゼ師範学校卒。カンゼやセルタで教師をしながら、著書を出版。代表作は「今日の涙」「運命の呼びかけ」「時代の苦しみ」「歳月変色」。2012年2月15日、20人程の公安が押しかけ彼を連れ去った。連行や捜索に、令状を示さず、公安は家の中を滅茶苦茶にしていった。現在、所在不明。 33歳(拘束時)、カンゼ州リタン県では有名な噺家(?漫才師/風刺作家)。2012年2月、突然公安が拘束し連れ去る、現在も行方不明。チベットの現状を説明したビデオを残しており、Youtubeで見ることができる。
ドルジェ・ツェベ
Dorje Tsebe
ウゲン・テンジン
Ugyen Tenzin
ソナム・ゴンポ
Sonam Gonpo
ロロ
Lo Lo
トゥルク・ロプサン・テンジン・リンポチェ
Tulku Lobsang Tenzin Rinpoche
人気歌手。2012年3月22日、3月18日のバ・ゾン(ケパスンド)青海省海南チベット族自治州同徳県)の抗議デモを主導したとして逮捕。このデモでは拘束された僧侶の解放を要求していた。中国当局が群衆に爆発物を投げ入れたため、彼の妻と子供も負傷した。また、この爆発物で大人7〜8人が負傷、12歳の子供が死亡している。 25歳(拘束時)、歌手、2012年3月20日頃、ジェクンド州(青海省玉樹州)ナンチェンの裁判所で懲役2年の判決を受けた。「チベット人に自由獲得のための団結を促した」ことが理由と言われるが、正確な罪状は不明。2月にアルバム「我が心の永遠の血脈」を発表の後、拘束された。既に身体と精神に異常をきたしているとの情報もある。2008年には、鉱山開発に反対して、1年間の懲役刑を受けた。
48歳(逮捕時)、実業家。2012年4月10日、彼の所有地に突然、政府関係の建物を建築され、カンゼ県地方政府当局に抗議を行ったが、武装警察により他の3人とともに連行される。彼は、2009年にも違法な話をした理由で逮捕され、4カ月間の拘束で拷問を受け病院に運び込まれた。また、2011年に釈放された政治犯の祝賀会を行ったことで、刑務所に1年間拘束されたこともある。 29歳(逮捕時)、ジェクンド(玉樹)州ティンドゥ県ドムダ郷出身の歌手。2012年4月19日に逮捕。3月にアルバム「チベット国旗を掲げよ、雪山の息子たち」を発表していた。歌の中で、チベットの独立、チベット人の団結、法王のチベット帰還を訴えている。2013年2月23日、懲役6年の判決を受ける。 40歳(逮捕時)、ダンゴ、ペメガン出身。セルタのラルン・ガル僧院に所属していたが、ダンゴ・ゴチェン僧院のトゥルクと認定された。2012年1月23日にダンゴで大規模なデモが起き、治安部隊の無差別発砲で2人が死亡、30人以上が負傷した事件。2012年1月25日(26日)に逮捕。懲役7年の判決を受ける。2012年11月になって、裁判の判決が出ていたことが判明した。
ゲシェ・ツェワン・ナムギャル
Tsewang Namgyal
ティンレー
Thinley
タシ・トプギェル(ダル・ラ)
Tashi Topgyal
ロブサン・ツェリン
Lobsang Tsering
チョクセル
Choksal
42歳(逮捕時)、ダンゴ、チュバル出身。1987年から2011年までインドに亡命。デプン・ロセリン学堂やツェンニー・タツァン(仏教論理大学)で学ぶ。ゲシェ(教師)の資格に合格する。2011年、チベットに戻りダンゴ僧院にて教師を務めていた。2012年1月23日にダンゴで大規模なデモが起き、治安部隊の無差別発砲で2人が死亡、30人以上が負傷した事件。2012年1月25日(26日)に逮捕。懲役6年の判決を受ける。2012年11月になって、裁判の判決が出ていたことが判明した。 42歳(逮捕時)、ダンゴ、バダク出身。ダンゴ僧院で僧侶。僧院の財務係。2012年1月23日にダンゴで大規模なデモが起き、治安部隊の無差別発砲で2人が死亡、30人以上が負傷した事件。2012年1月25日(26日)に逮捕。懲役5年の判決を受ける。2012年11月になって、裁判の判決が出ていたことが判明した 31歳(逮捕時)、ダンゴ、ゴンサル出身。ダンゴ僧院の僧侶。2012年1月23日にダンゴで大規模なデモが起き、治安部隊の無差別発砲で2人が死亡、30人以上が負傷した事件。2012年1月25日(26日)に逮捕。懲役6年の判決を受ける。2012年11月になって、裁判の判決が出ていたことが判明した。
21歳(拘束時)、ンガバ・キルティ僧院の僧侶。2012年6月26日に僧院から警官により連行される。現在も所在不明。 チベット自治区ディル出身。歌手。ダライ・ラマ法王とロブサン・センゲ首相を讃える歌を発表したことで指名手配。7月29日、西寧で逮捕。連行された後、所在不明となっている。
タシ・ドゥンドゥップ(メウ)
Tashi Dondrub
ケルサン・ギャンツォ(ゴムクル)
Kelsang Gyatso
ジグメ・ドルマ
Jigme Dolma
クンチョック・ヤーペル
Konchog Yarphel
ツェキャップ
Tsekyap
四川省カンゼチベット族自治州ペユルにあるペユル僧院の僧侶で、僧院の教師。チャムド地区リボチェ県サムカ郷ユルショ村出身。2012年7月14日、公安によりケルサン・ギャンツォとともに拘束される。理由は不明。チベットの状況を知らせる「雪山の状況」という会の会長。2年前、「痛ましき希望(Painful Hope)」と題された本を出版。 四川省カンゼチベット族自治州ペユルにあるペユル僧院の僧侶で、僧院の教師。ナンチェンの出身。2012年7月14日、公安によりタシ・ドゥンドゥップとともに拘束される。理由は不明。「雪山の状況」の会の主要会員。2年前に「我が悲しき世界(My Pitiful World)」と題された本を出版。 17歳(判決時)、2012年6月24日、ルンタを撒きながらチベットの自由を叫んだ。8月25日カンゼ人民裁判所で懲役3年の判決を受ける。判決後に家族と会った後、別の刑務所に移され家族には居場所が知らされていない。 22歳(逮捕時)、プゥ僧院の僧侶。セルタ県ニトゥ郷出身。2012年8月1日、カンゼチベット自治州セルタ県セルタにて、たった一人で中国政府に対する抗議デモを行い、逮捕された。ルンタを空に投げ上げながら、「ダライ・ラマ法王のチベット帰還を!パンチェン・ラマ解放!チベットに自由を!チベットが独立しますように!」等のスローガンを叫んだ。駆け付けた公安に撲打されたうえ連れ去られ、現在所在不明。 34歳(逮捕時)、カム・カンゼ・チベット族自治州セルタ県ヤールン郷出身。2人の子供の父親。縫製やレストランの仕事をしていた。8月12日、バルカムからセルタに向かう途中で逮捕。理由は、今年ロサ(正月)を祝わないという運動に参加したこと、秘密情報を国外に漏らし、普段より政治的活動を行っていたことによると言われている。
ロブサン・サンゲ
Lobsang Sangye
ロプサン・ラプテン
Robsan Rabten
ロプサン・サンゲ
Lobsang Sangye
シェドゥプ・ラモ
Sherdup Lhamo
30歳(拘束時)、ンガバのキルティ僧院の僧侶。ンガバ州チクディル県カンサルマ郷出身。2012年8月14日、公安に連れ去られる。理由不明。現在も所在不明。 34歳(拘束時)、ンガバのゲロン・ツォドゥン・キルティ僧院の宗教管理事務所の職員でもある僧侶。8月19日夜、バルカムの警察に突然連行される。拘束の理由は不明。 8月27日(拘束時)に公安に連れ去られる。ンガバでロブサン・ケルサンとダムチュがが焼身した後、焼身・死亡した僧ロプサン・ケルサンと同室であり、従兄弟でもある。どこに連れ去られたのか現在も所在不明。 39歳(拘束時)、カンゼ・ガンデン・チュリン尼僧院の尼僧。2012年8月25日、四川省カンゼ・チベット族自治州カンゼの街中にて、中国のチベット政策に対する抗議デモを1人で行う。チラシを撒きながら「ダライ・ラマ法王に長寿を!チベットに自由を!ダライ・ラマ法王のチベット帰還を!」と叫んだ。駆け付けた公安が撲打の上連れ去る。現在、カンゼの拘置所に拘留されているという。
ツルティム・ケルサン
Tsultrim Kelsang
ソナム・シェラップ
Sonam Sherab
ソナム・イクネン
Sonam Yignyen
ロプサン・ジンパ
Lobsang Jinpa
ンガワン・モンラム 釈放
Ngawang Monlam
25歳(拘束時)、シルカル僧院(ジェクンド:玉樹州ティンドゥ県ガトゥ郷)の僧侶。2012年9月1日、僧院を武装警察と軍隊が捜索、その際に捜索部隊を撮影したと思われる僧侶5名が拘束された。そして、拷問によるものと推測されるが足の負傷により、釈放されて入院した。2013年7月12日、西寧にある中級人民法院にて、故意殺人罪のにより懲役10年の判決を受けた。判決理由は不明。 45歳(拘束時)、シルカル僧院(ジェクンド:玉樹州ティンドゥ県ガトゥ郷)の僧侶。2012年9月1日、僧院を武装警察と軍隊が捜索、その際に捜索部隊を撮影したと思われる僧侶5名が拘束された。2012年10月、2年の懲役刑の判決を受けた。秘密裁判が行われ、罪状も不明。 44歳(拘束時)、シルカル僧院(ジェクンド:玉樹州ティンドゥ県ガトゥ郷)の僧侶。2012年9月1日、僧院を武装警察と軍隊が捜索、その際に捜索部隊を撮影したと思われる僧侶5名が拘束された。2012年10月、2年の懲役刑の判決を受けた。秘密裁判が行われ、罪状も不明。2013年3月頃、刑務所から病院に移され、その後、家族の元に送られた。彼は非常に衰弱しており、刑務所での拷問が原因と考えられる。 30歳(拘束時)、シルカル僧院(ジェクンド:玉樹州ティンドゥ県ガトゥ郷)の僧侶。2012年9月1日、僧院を武装警察と軍隊が捜索、その際に捜索部隊を撮影したと思われる僧侶5名が拘束された。ところが、拷問の末、療養のために自宅に戻される。さらに再度、連れ戻され2013年2月23日、懲役5年の判決を受ける。 30歳(拘束時)、シルカル僧院(ジェクンド:玉樹州ティンドゥ県ガトゥ郷)の僧侶。2012年9月1日、僧院を武装警察と軍隊が捜索、その際に捜索部隊を撮影したと思われる僧侶5名が拘束された。そして、1カ月の拘留の後、釈放された。
ダムチュ・ツゥルティム
Dhamchoe Tsultrim
ケルサン・ダクパ
Kalsang Drakpa
クンチョク・ギャンツォ
Kunchok Gyatso
ケドゥップ・ギャンツォ
Kelhop Gyatso
サンゲ・ギャンツォ
Sangye Gyatso
ボンタク僧院(アムド、テムチェン・ゾン[海西モンゴル族チベット族自治州天峻県])の僧侶。2012年2月27日に焼身・死亡したダムチュ・サンポの焼身をそそのかした罪として拘留されていたが、9月17日、懲役2年ヵ月の判決を受ける。 ボンタク僧院(アムド、テムチェン・ゾン[海西モンゴル族チベット族自治州天峻県])の僧侶。2012年2月27日に焼身・死亡したダムチュ・サンポの焼身をそそのかした罪として拘留されていたが、9月17日、懲役1年の判決を受ける。 46歳(判決時)、ボンタク僧院(アムド、テムチェン・ゾン[海西モンゴル族チベット族自治州天峻県])の僧侶。2012年2月27日に焼身・死亡したダムチュ・サンポの焼身をそそのかした罪として拘留されていたが、9月17日、懲役1年9カ月の判決を受ける。 ボンタク僧院(アムド、テムチェン・ゾン[海西モンゴル族チベット族自治州天峻県])の僧侶。2012年2月27日に焼身・死亡したダムチュ・サンポの焼身をそそのかした罪として拘留されていたが、9月17日、懲役10年の判決を受ける。 ボンタク僧院(アムド、テムチェン・ゾン[海西モンゴル族チベット族自治州天峻県])の僧侶。2012年2月27日に焼身・死亡したダムチュ・サンポの焼身をそそのかした罪として拘留されていたが、9月17日、懲役9年の判決を受ける。
ケルサン・ジャンセム
Kelsang Jansem
プルジュン
Phuljung
ジンパ・ギャツォ
Jinpa Gyatso
ロプサン・チュペル
Lobsang Choephel
テンジン・ツォンドゥ
Tenzin Tsundu
ボンタク僧院(アムド、テムチェン・ゾン[海西モンゴル族チベット族自治州天峻県])の僧侶。2012年2月27日に焼身・死亡したダムチュ・サンポの焼身をそそのかした罪として拘留されていたが、9月17日、懲役8年の判決を受ける。 歌手。ンガバ州マルタン県アチョック地区出身。ダライ・ラマ法王と亡命政府首相ロプサン・センゲ氏を讃える歌を歌ったことで、8月3日ンガバ州バルカムで逮捕。中国の弾圧を恐れず、勇敢に法王を讃える歌等を歌って来たので愛国歌手と人々から呼ばれている。 38歳(拘束時)、マチュ出身。マユル・サムテン・チュコルリン僧院の僧侶で、チベット語教育に熱心な教育者。2012年10月25日、成都で逮捕。容疑不明。彼は、カルホ(甘粛省甘南チベット族自治県)にてチベット語を維持し促進するためのNGOを立ち上げ、冬休みには地元の子供たちのためにチベット語を教えた。彼は2008年にも抗議デモの情報を国外に伝えた容疑で拘束され、2012年3月30日にも拘束されたことがある(4万元の罰金で釈放)。2009年に「希望への道」という雑誌を発行し、一時公安に拘束されその後解放されるも、この雑誌は発禁となる。 カンロにあるツゥ・ガンデン・チェリン僧院の僧侶。ツゥ僧院の仏塔前で2012年8月7日のドルカ・ツォ(2児の母)の焼身があったが、その後に公安に拘束された後、行方不明となる。容疑不明。国外に情報を流したことが原因ではないかとみられている。 カンロにあるツゥ・ガンデン・チェリン僧院の僧侶。ツゥ僧院の仏塔前で2012年10月13日にタムディン・ドリジェの焼身があったが、翌日、公安に拘束された後、行方不明となった3人のうち1人。容疑不明。国外に情報を流したことが原因ではないかとみられている。
     
ロセル
Losel
ロブサン・ツルティム
 Lobsang Tsultrim
ロブサン・タシ
Lobsang tashi
 ソクトゥク・シェラップ
Sogtruk Sherab
ガワン・トプデン
Ngawang Topden
 カンロにあるツゥ・ガンデン・チェリン僧院の僧侶。ツゥ僧院の仏塔前で2012年10月13日にタムディン・ドリジェの焼身があったが、翌日、公安に拘束された後、行方不明となった3人のうち1人。容疑不明。国外に情報を流したことが原因ではないかとみられている。  19歳(判決時)。キルティ僧院の僧侶。ンガバ県チュゼマ郷ソルマ村出身。2012年9月、9年の懲役刑の判決を受けた。罪状は不明。2012年3月に拘束された後、消息不明となっていた。  26歳(判決時)。キルティ僧院の僧侶。ンガバ県ロンカルサル郷第二地区出身。2012年9月18日、ンガバ州バルカム県の人民中級法院にて、外国勢力と連絡を取りチベットの情報を流したとして、7年6か月の懲役刑の判決を受ける。2011年11月に拘束されてから、10か月間所在不明となっていた。現在、四川省の綿陽刑務所に収監。  歌手、風刺劇俳優。青海省黄南チベット族自治州河南県)出身。2012年9月20日、公安により拘束。拘束の理由不明で、所在不明となる。チベットの現状を表現する寸劇や歌を多く発表していたことが理由ではないかといわれる。 20歳(拘束時)、チベット自治区チャムド地区ジョンダ県カルガン郷出身。2012年10月21日、ラサで逮捕。3年前からラサでチベット仏画(タンカ)の勉強をしていたが、携帯電話に焼身自殺者の写真2枚、チベット国旗の画像、中国当局がチベット人に暴力を振るっている写真を入れていた事が見つかったため。その後の裁判で、懲役2年の判決を受けた。ただし、正確な罪状や刑期、いつ裁判が行われたのかについて、家族には知らされていない。
       
ジャンペル・ワンチュク
Jamphel Wangchuck 
クンチョク・ニマ
Kunchok Nima
ガワン・チュニ
Ngawang Choenyi
チメ
Chime
ゲンドゥン・ギャンツォ
Gedhun Gyatso
58歳(拘束時)。デプン僧院の僧侶。ペンボ・ルンドゥップ出身。僧院内ロセリン学堂の戒律師。2008年4月11日にラサでの「3・14暴動」の扇動者として逮捕されたが証拠が見つからなかったため、経済犯として無期懲役の発表があった。しかし、その後所在不明となる。 44歳(拘束時)。デプン僧院の僧侶。ンガバ州ゾゲ出身。僧院内の教師。2008年4月11日にラサでの「3・14暴動」の扇動者として逮捕された。懲役20年の刑、政治的権利剥奪5年の判決を受ける。その後所在不明となる。 42歳(拘束時)。デブン僧院ンガクパ学堂の教師。2008年に逮捕後、所在不明となっいたが、2012年になってラサ郊外のチュシュル刑務所に入れられていることが判明。7年の懲役刑の判決を受ける。 カンゼのラムダク尼僧院の尼僧。医師として地域に貢献していた。2011年6月、公安当局に拘束された後、所在不明となる。2012年12月頃、懲役3年の判決を受けたことが家族に知らされる。秘密裁判であったとのこと。なお、罪状や収容された刑務所の場所は知らされていない。 47歳(拘束時)。甘粛省チベット族自治州夏河のボラ僧院の僧侶。ラブン・タンリ・ギャマ村の出身。2012年12月3日、ボラ僧院にて公安当局によって拘束。スンドゥ・キャプの焼身自殺の際、警官の消火を妨害したというもの。2013年12月10日、サンチュ県人民法院にて故意殺人罪で懲役6年の刑を受ける。
       
ロプサン・パクパ 釈放
Lobsang Phagpa
ジャミヤン・スパ 釈放
Jamyang Soepa
ジャミヤン・ロトゥ 釈放
Jamyang Lodoe
ジャミヤン・ギャンツォ 釈放
Jamyang Gyatso
ケルサン・サムドゥプ
KelsangSamdrup
34歳(拘束時)。甘粛省チベット族自治州夏河のボラ僧院の僧侶。2012年12月3日、ボラ僧院にて公安当局によって拘束。スンドゥ・キャプの焼身自殺に関連。所在不明となる。元アパのキルティ僧院の僧侶だが、2010年に公安によってキルティ僧院を追放されていた。2004年に亡命しようとして国境で捕まり刑務所に入れられたことがある。拘束から数か月で釈放された。 25歳(拘束時)。甘粛省チベット族自治州夏河のボラ僧院の僧侶。ボツァ村の遊牧民出身。2012年12月3日、ボラ僧院にて公安当局によって拘束。スンドゥ・キャプの焼身自殺に関連。所在不明となる。拘束から数か月で釈放された。 20歳くらい(拘束時)。甘粛省チベット族自治州夏河のボラ僧院の僧侶。ノルン村の遊牧民出身。2012年12月3日、ボラ僧院にて公安当局によって拘束。スンドゥ・キャプの焼身自殺に関連。所在不明となる。拘束から数か月で釈放された。 20歳(拘束時)、甘粛省チベット族自治州夏河のボラ僧院の僧侶。2012年12月3日、ボラ僧院にて公安当局によって拘束。スンドゥ・キャプの焼身自殺に関連。所在不明となる。拘束から数か月で釈放された。 44歳(拘束時)。甘粛省甘南チベット族自治州碌曲(ルチュ)県サムツァ郷にあるドンスク・ゲデン・シェラップ・プンツォク・ダルギェリン僧院の僧侶。2012年11月29日のルチュでツェリン・ナムギャルが行った焼身自殺に関連し、2012年12月21日に分裂主義者と関係を持った容疑で逮捕。現在も所在不明。
   
ケルサン・キャプ
Kelsang kyab
ドルジェ・ドゥンドゥプ
Dorjee Dhondup
ケルサン・ソナム
Kelsang Sonam
ラモ・ドルジェ
Lhamo Dorjee
ロツォ村の住民。2012年12月23日、他の6人とともに逮捕。2012年11月29日のルチュでツェリン・ナムギャルが行った焼身自殺の情報を国外に流し、国外と連絡を取った容疑。現在所在不明。 ロツォ村の住民。2012年12月23日、他の6人とともに逮捕。2012年11月29日のルチュでツェリン・ナムギャルが行った焼身自殺の情報を国外に流し、も国外と連絡を取った容疑。現在所在不明。 ロツォ村の住民。2012年11月29日のルチュでツェリン・ナムギャルが行った焼身自殺の情報を国外に流し、国外と連絡を取ってた容疑で逮捕。2013年2月28日、甘粛省甘南チベット族自治州碌曲県の裁判所にて、故意殺人罪として懲役11年、政治的権利剥奪2年の判決を受ける。焼身自殺者にガソリンをかけ、早く殺そうとしたというもの。 ロツォ村の住民。2012年11月29日のルチュでツェリン・ナムギャルが行った焼身自殺の情報を国外に流し、国外と連絡を取った容疑で逮捕。2013年2月28日、甘粛省甘南チベット族自治州碌曲県の裁判所にて、故意殺人罪として懲役15年、政治的権利剥奪3年の判決を受ける。焼身自殺者にガソリンをかけ、早く殺そうとしたというもの。
2013年に拘束された人々
       
ツェパック
Tsepak
ティツン
Tritsun
プンツォク・ジュンネ
Phuntsok Jungnas
ロプサン・クンチョク
Lobsang Kunchok
ロプサン・ツェリン
Lobsang Tsering
29歳(拘束時)、キルティ僧院の僧。2013年3月9日、ンガバのキルティ僧院の東方にある彼の叔母の家で理由不明のまま拘束され、所在不明となる。彼は病気の叔母の世話をするため滞在していた。北京民族大学の学生であった2011年3月25日にも拘束され、数カ月間拘留されたこともある。 筆名ティブータク。26歳(拘束時)、トンキャプ僧院の僧侶。高僧ソバ・リンポチェの伝記の出版記念会を開いた後、2013年3月11日、街に向かったところ中国当局に連行された。その後、秘密裁判にて懲役刑の判決を受けた(刑期不明)。連行された当時、僧院近くの自宅で年老いた母親の面倒を見ていた。私設学校で教師もしていた。 (別名クンケン)22歳(拘束時)、タシ・ギェペル・リン僧院の僧侶、セルタ県タクツァ郷カンツァ村の出身。2013年1月27日、四川省カンゼ州セルタ県セルタにて、「ダライ・ラマ法王に長寿を!ダライ・ラマ法王のチベット帰還を!」と叫ぶデモを1人で行った。激しい暴行を受けた後、逮捕された。 40歳(判決時)、キルティ僧院の僧侶。ンガバ県チャ郷の出身。2012年8月17日、公安に連れ去られる。12月7日、ダライ一味の指示を受け、住民に焼身自殺を扇動・強要したとして逮捕が公表される。2013年1月31日、四川省ンガバ中級人民法廷にて、焼身自殺を唆した故意殺人罪で、2年の執行猶予付き死刑と無期の政治的権利剥奪の判決を受ける。中国国営中央テレビは2人が罪を自供している映像を流したが、人権団体ヒューマンライツウォッチは、「完全に自白のみに依り判決を下すことには、常に問題が伴う」とコメント。 31歳(判決時)、ロプサン・クンチョクの甥。焼身自殺を唆した故意殺人罪として、2013年1月31日、四川省ンガバ中級人民法廷で、懲役10年、政治的権利剥奪3年の判決を受ける。中国国営中央テレビは2人が罪を自供している映像を流したが、人権団体ヒューマンライツウォッチは、「完全に自白のみに依り判決を下すことには、常に問題が伴う」とコメントした。
パクパ
Phagpa
ジャド
Gyadehor
タシ・ダルギェ
Tashi Dargye
ナムギェル・ドゥンドゥップ
Namgyal Dondrub
ティンレー
Trinley
27歳(判決時)、孤児院の先生。2013年2月8日、青海省黄南チベット族自治州の中級人民法院にて、僧侶の焼身自殺を唆したとして故意殺人罪で9年、国家分裂扇動罪で5年、合わせて13年の懲役刑、政治権利剥奪2年の判決を受ける。 60歳(判決時)、2013年2月8日、黄南チベット族自治州の中級法院で、焼身自殺者への弔問と香典を渡した嫌疑により国家分裂扇動罪で懲役4年の判決を受ける。 30歳(判決時)、ダンゴ僧院の僧侶。2013年1月26日、四川省カンゼ州ダンゴ県の中級人民法院にて、懲役14年の判決を受ける。公安当局による発砲で、民間人30人以上に死傷者が出た1月23日のカンゼ州ダンゴでの抗議デモに参加したことによるもの。2008年と2012年1月のデモにも参加していたことが判明したとされている。 ダンゴ僧院の僧侶。2013年1月26日、四川省カンゼ州ダンゴ県の中級人民法院にて、懲役14年の判決を受ける。公安当局による発砲で、民間人30人以上に死傷者が出た1月23日のカンゼ州ダンゴでの抗議デモに参加したことによるもの。2008年と2012年1月のデモにも参加していたことが判明したとされている。 民間人。2013年1月26日、四川省カンゼ州ダンゴ県の中級人民法院にて、懲役14年の判決を受ける。公安当局による発砲で、民間人30人以上に死傷者が出た1月23日のカンゼ州ダンゴでの抗議デモに参加したことによるもの。懲役10年の判決を受けた。彼は、デモの際に銀行を破損したとされる。
ツァワ・ダニュク
Tsawa Danug
ソナム・ナムギャル
Sonam Namgyal
トゥプテン・ゲレック
Thubten Geleg
ロプサン・サムテン
Lobsang Samten
ガルツェ・ジグメ
Gartsey jigmey
四川省チャムド、パシュ県出身。僧侶であり作家。チベットの歴史や政治について書かれた著作が数冊ある。2008年3月20日頃、僧院から突然消え、現在まで所在不明。 マンゲ僧院の僧侶。2013年3月10日、 四川省カンゼチベット族自治州セルシュル県ザチュカにて、抗議デモを行い逮捕。他の2人と共に逮捕された。ダライ・ラマ法王の写真、様々なスローガンが書かれた白い布を掲げ、「ダライ・ラマ法王に長寿を!民主主義を!」と叫んだ。 マンゲ僧院の僧侶。2013年3月10日、 四川省カンゼチベット族自治州セルシュル県ザチュカにて、抗議デモを行い逮捕。他の2人と共に逮捕された。ダライ・ラマ法王の写真、様々なスローガンが書かれた白い布を掲げ、「ダライ・ラマ法王に長寿を!民主主義を!」と叫んだ。 マンゲ僧院の僧侶。2013年3月10日、 四川省カンゼチベット族自治州セルシュル県ザチュカにて、抗議デモを行い逮捕。他の2人と共に逮捕された。ダライ・ラマ法王の写真、様々なスローガンが書かれた白い布を掲げ、「ダライ・ラマ法王に長寿を!民主主義を!」と叫んだ。 37歳(拘束時)。ガルツェ僧院の僧侶であり作家。2013年1月1日、公安当局に拘束された。同5月14日、青海省黄南チベット族自治州ツェコン県の裁判所にて懲役5年の判決を受けた。彼が出版した雑誌「王の勇気」 第二部の中で、焼身、抗議デモ、ダライ・ラマ法王、チベット亡命政府、チベット人の権利、環境、少数民族と北京の関係等、チベットの現状について報告しているが、それが何らかの罪状となったのではないかと推測される。また、「王の勇気」第一部は2008年に出版。その中で2008年蜂起についてやチベット人の苦しみの状況について詳しく語っていたが、この雑誌が原因で2011年4月、当局に拘束され拷問を受けている。
ペマ・リクジン
Pema rigdzin
ツゥンドゥ
Tsundue
ゲンドゥン・ツルティム
Gedun Tsultrim
チャクドル
Chakdor
ペマ・ティンレー
Pema Trinley
41歳(拘束時)、歌手。元僧侶。四川省ンガバ県メルマ郷第4地区出身。2013年5月7日、成都で公安当局に逮捕され、所在不明となる。1982年にフォーク歌手としてデビュー。ヒット曲は「雪国を思い出す歌」「涙」等。現在は、歌手を引退し、チベット人の歌手を育て、曲をプロデュースする仕事をしていた。妻と2人の子供がいる。 27歳(判決時)、青海省海東地区循化撒拉族自治県カンツァ・チベット族郷ビンドゥ僧院の僧侶。2012年11月21日、焼身して亡くなったワンチェン・ノルブのために法要を組織し、導師を担当したことで逮捕。2013年3月8日(4月18日)、秘密裁判で懲役3年の判決を受ける。 30歳(判決時)、青海省海東地区循化撒拉族自治県カンツァ・チベット族郷ビンドゥ僧院の僧侶。2012年11月21日、焼身して亡くなったワンチェン・ノルブのための法要で、車両を用意したり香典を集めたことで逮捕。2013年3月8日(4月18日)、秘密裁判で懲役3年の判決を受ける。 32歳(判決時)、歌手。四川省ンガバ州ンガバ県メウルマ郷出身。2012年7月、ペマ・ティンレーとアルバム「癒されぬ傷口の痛み」を発表した。数日後、2人は甘粛省甘南州マチュで公安当局により拘束され、その後6ヶ月以上所在不明となった。2013年2月、四川省ンガバの裁判所の秘密裁判で、懲役2年の判決を受けた。発表したアルバムには、焼身を含むチベットの現状、ダライ・ラマ法王を讃える歌などが含まれていた。
四川省の綿陽刑務所に収監されていると公安から連絡を受けた家族が訪問してみると、そこにはいなかった。どこに連れ去られたのか、安否が危惧されている。
22歳(判決時)、歌手。四川省ンガバ州ンガバ県メウルマ郷出身。2012年7月、チャクドルとアルバム「癒されぬ傷口の痛み」を発表した。数日後、2人は甘粛省甘南州マチュで公安当局により拘束され、その後6ヶ月以上所在不明となった。2013年2月、四川省ンガバの裁判所の秘密裁判で、懲役2年の判決を受けた。発表したアルバムには、焼身を含むチベットの現状、ダライ・ラマ法王を讃える歌などが含まれていた。
四川省の綿陽刑務所に収監されていると公安から連絡を受けた家族が訪問してみると、そこにはいなかった。どこに連れ去られたのか、安否が危惧されている。
 
ナムカ・ジャン
Namkha ljang
ワンチュク・ドルジェ
Wangchuk Dorjee
ロプサン・ゲンドゥン
Lobsang Gedun
ドルマ・キャプ
Dolma Kyab
ドルジェ
Dorjee
52歳(判決時)。小学校の教師。2013年4月、青海省黄南チベット族自治州同仁県の中級人民法廷で、焼身の写真を海外に流したことで懲役6年の判決を受ける。公務員が焼身関連で刑が与えられる初めてのケース。 レゴン県立民族中学校の2年生。青海省黄南チベット族自治州ツェコ県ニンシュル郷ロンポ村の出身。2012年11月9日にレゴンで行われた数千人から1万人の学生たちのデモを扇動した罪で、懲役4年の判決を受けた。秘密裁判のため判決の日時が不明。 20歳前後(逮捕時)、ドンサル僧院の僧侶。ツァワ・パシュ県キルダク郷グラップ村出身。 2013年7月1日、チベット自治区チャムド地区ツァワ・パシュ県で中国共産党創立記念日の祝賀会の最中、「ダライ・ラマ法王に長寿を!ダライ・ラマ法王のチベット帰還を!チベットに独立を!」と叫び、逮捕。 33歳(判決時)、四川省ンガバ州ゾゲ県タクツァ郷在住。中国政府への抗議で焼身自殺した妻(クンチョク・ワンモ)の夫。2013年8月15日、ンガバ州中級裁判所にて、妻を殺したとして故意殺人罪により死刑、政治的権利剥奪終身の判決を受ける。判決の内容は、彼が妻を殺した後、焼身に見せかけるために火を着けたというものだった。また、拘束当時、公安当局は夫ドルマ・キャプに対し、「妻の焼身は夫婦喧嘩が原因であると言え」と命令するも、彼はこれを拒否。そのため連行されていた。 10代(判決時)、中学生。青海省黄南チベット族自治州同仁県出身。 2013年2月、同自治州の中級裁判所で、懲役2年半の判決を受ける。2012年11月に焼身後の抗議デモに参加したとして大勢のチベット人と共に拘束され、彼はデモの最中にチベット独立のスローガンを叫んだこと、『チベットの伝統保持者』という組織を立ち上げたことが原因とされる。現在、西寧の刑務所に収監されている。
       
ラモ
Lhamo
ケルサン・ヤーペル
Kelsang Yarphel
シャオ・タシ
Shawo Tashi
チュダル
Choedar
ソナム・ゴンポ
Sonam Gonpo
20歳(判決時)、青海省黄南チベット族自治州同仁県ドワ郷出身。2012年11月に拘束されていたが、黄南チベット族自治州中級人民法院にて、秘密裁判によって懲役2年の判決を受けていたことが2013年8月頃に判明。焼身自殺に関与し、チベット独立を叫び、中国国旗を下ろした罪。現在、西寧の刑務所に収監されている。 38歳(拘束時)、歌手。3人の子供がいる。甘粛省甘南チベット族自治州瑪曲県在住。2013年7月15日頃、ラサで拘束される。その後、四川省成都の拘置所に拘留。彼は、2012年10月と11月、チベット内の他の有名歌手多数と共に純粋チベット語を奨励する趣旨の下に「雪山の華」という歌会を主催した。その時、彼が歌った「チベット人たちよ」という歌を当局が政治的に問題があると判断され、成都の警察から追われた。この歌会のCDは青海省、甘粛省、四川省、雲南省に広まったが、当局は発売から1ヶ月後にはこのCDを発禁とした。 40歳(拘束時)、歌手。レゴン県ドワ郷ドチョク村の出身。青海省黄南チベット族自治州中級人民法院にて懲役5年の判決を受けた。秘密裁判のため、裁判の時期は不明。2012年11月に拘束後、所在不明となっていたが、2013年8月になって状況が知らされた。彼は、焼身抗議者の写真等の情報を広め、抗議集会に参加し、政治的に禁止されたテーマについて歌っていた。ダライ・ラマ法王のことを歌った「遥かなる父」という歌はチベット人の間で非常にポピュラーな歌となる。他に環境保護、母語擁護、チベット人団結を訴える歌を発表していた。現在、西寧の刑務所に収監されている。 47歳(判決時)。四川省カンゼチベット族自治州石渠県ウォンポ僧院の僧侶。2012年10月に他の僧侶2人と一緒に拘束されていたが、2013年9月9日、懲役1年の判決を受ける。罪状は不明。しかし、他の2人は後に3年の政治的権利剥奪と今後政治活動に関与しないという誓約書の提出で、釈放された。2012年9月に地元のチベット人が少学校の中国国旗を引きずりおろし、チベットの自由を求めるチラシを投げるという事件に関与したとみられている。現在、四川省カンゼ州ミニヤックのランガ刑務所に収監されている。 22歳(判決時)、四川省カンゼチベット族自治州石渠県ウォンポ僧院の僧侶。2013年9月11日、懲役4年の判決を受ける。2012年12月15日に拘束された。罪状は不明。ウォンボ僧院は、2008年以降、中国国旗の掲揚を拒否していたが、そのことも関係があるとみられる。
   
ソナム・チュダル
Sonam Choedar
ロプサン・ナムギェル
Lobsang Namgyal
ダヤン
Dayang
ツルティム・ギャルツェン
Tsultrim Gyaltsen
ユギャル
Yugyal
22歳(判決時)、四川省カンゼチベット族自治州石渠県ウォンポ僧院の僧侶。2013年9月11日、懲役4年の判決を受ける。2012年12月15日に拘束された。罪状は不明。ウォンボ僧院は、2008年以降、中国国旗の掲揚を拒否していたが、そのことも関係があるとみられる。 26歳、詩人。筆名サンミック。人生の目的、チベット人たちの現状、チベットへの忠誠心等を詠った詩集『ツォル(探索)』を出版。2012年5月15日頃、仕事場である成都の仏陀文化センターから突然姿を消し所在不明となる。彼の家族や親戚は彼の行方を探し続けたが、所在不明のままだった。9カ月後、知人の情報で、彼が成都の拘置所に収監されていると知る。しかし、拘束から1年以上経っても面会は禁止されたままという。当局は1年以上、裁判なしに拘束し続けている。彼がダライ・ラマ法王のスピーチと他の政治的内容を含む出版物を制作し配布したとの嫌疑が掛けられている。
68歳(拘束時)、チベット自治区ディル郡ツァチュ郷ドンラルド村出身。2013年9月3日、ツァチュ郷にて、中国当局主催の文化ショーで、地元のチベット人たちは中国国旗を振り回し幸福そうにするよう無理強いされたが、彼はその演出に異を唱え、ダライ・ラマ法王の帰還とチベットの自由のためのスローガンを叫ぶ。その夜、公安により拘束、数日間所在不明となるが、ディルの病院に入院していたことが判明。拷問によるものと考えられている。時期不明だが、懲役2年5カ月の判決を受ける。10月7日にラサ人民病院に連れて行かれたが、厳しい監視下に置かれている。 27歳(拘束時)、作家。筆名ショグリル、元僧侶。2013年10月11日、チベット自治区ディル郡シャムチュ郷ティンガ村の彼の自宅で公安に拘束された。最近のディルの社会不安の中にあって、デマの拡散により分離活動に従事し社会の安定を混乱させたとされる。拘束後、所在不明となる。彼は、チベット語と中国語で書かれた大胆で鋭いエッセイと詩で知られる。2007年には、「雪域悲歌」と「雪域運命」を出版し読者に多くの感銘を与えた。甘粛省蘭州の西北民族大学で中国語を学び、2012年には仲間のチベット学生と文学雑誌「新世代」を始めた。また、「公平」という名の中国語ブログを運営し、エッセイ、詩、翻訳を発表していたが、挑発的なエッセイのため当局により閉鎖された。2013年5月、卒業数カ月前に大学から追放された。大学内でたびたび討論会を開いたが、違法となるテーマがあったことと、彼の意見や著作が原因とされている。その後、ディルに戻りゲストハウスを営む傍ら、地元民にチベット語と中国語を教えていた。 26歳(拘束時)、ツルティム・ギャルツェンの友人。2013年10月12日、チベット自治区ディル郡シャムチュ郷ティンガ村の彼の自宅で公安に拘束された。分離活動に従事し、社会の安定を損ねるデマの拡散を行ったとされる。拘束後、所在不明となる。彼は7年間公安で勤務していたが、仕事柄政治的な内容に嫌気がさし辞職。その後、小さな会社を始めた。彼には妻と2人の子供がいる。
ケルサン・チュダル
Kelsang Chodar
ケルサン
Kelsang
ダワ・ルンドップ
Dawa Lhundup
ケルナム
Kelnam
ジャンパ・レクシェ
Jampa Lekshay
四川省カンゼ州ペユル僧院の僧。年齢不明、ナクチュ県ソク郡出身。2013年10月12日、公安当局により拘束される。ディル郡の抗議行動についての情報を国外に伝えたことが原因とされる。彼の拘束の後、ペユル僧院の僧ら400人以上が地元警察前に集まって抗議、彼の釈放を要求した。彼は、当局により成都に連れ去られたとみられる。 チベット自治区ディル郡ツァラ郷第一村出身。3人の娘の母であり主婦。2013年10月11日、チベット自治区ナクチュ県で公安当局により、連れ去られた。政治的活動は行っていなかったが、SNSで、ディルの状況について語ったり、ダライ・ラマ法王の写真を載せたりしていた。さらに、携帯電話に当局から目を付けられているチベット人の歌を入れていたことも拘束の理由とされる。現在、所在不明。 19歳(拘束時)。2013年10月15日、国家機密を携帯電話その他の手段で国外に伝えた罪状で、チベット自治区ディル郡シャムチュ郷にて公安に逮捕される。 20歳(拘束時)、チベット自治区ディル郡シャムチュ郷ヤルディン村シュグディン僧院の僧侶。2013年10月17日、国家機密漏洩の罪状で、ラサにて公安に逮捕される。 20歳(拘束時)、チベット自治区ディル郡シャムチュ郷ヤルディン村シュグディン僧院の僧侶。2013年10月17日、国家機密漏洩の罪状で、ラサにて公安に逮捕される。
   
テンジン・ランドル
Tenzin Rangdol
ノルブ・ドルジェ
Norbu Dorjee
グルギョン
Gurgyon
トゥプテン・ギェルツェン
Thupten Gyaltsen
ホルツァン・タムディン
Hortsang Tamdin
34歳(拘束時)、3児の父親、ツェリン・ペルゾンの夫。2013年10月18日、チベット自治区ナクチュ県ディル郡シャグチュ郷にて、公安に逮捕された。翌日、ゴチュ村の40人とシャグチュ郷付近の村々から約100人のチベット人によって、彼の即時釈放を求め、シャグチュの地方政庁舎の外で夜通しの抗議が行われた。その後、ゴチュ村の10人以上が逮捕された。地方政府は、電話回線を不通にし武装警察によって道路を封鎖して、抗議が広がらないようにした。 2013年1月22日に逮捕。1月18日のツェリン・プンツォクの焼身自殺の際、他の2人のチベット人とともに火を消そうとした役人を妨害、死なせたという罪状により、四川省アバ州のキユンチュの裁判所にて、懲役5年の判決を受けた。その後、ミヤング刑務所に入れられている。 2013年1月22日に逮捕。1月18日のツェリン・プンツォクの焼身自殺の際、他の2人のチベット人とともに火を消そうとした役人を妨害、死なせたという罪状により、四川省アバ州のキユンチュの裁判所にて、懲役4年の判決を受けた。その後、ミヤング刑務所に入れられている。 27歳(拘束時)、実業家。チベット自治区ソク県チュンバ・ギェルチェン郷第5村出身。2013年11月11日、公安に連行され所在不明となる。理由は不明。 四川省ンガバ州ザムタン県バルマ郷ツァンデ村の出身。チョナン僧院ツァンパ学堂の僧侶。戒律師。2013年4月24日、公安により拘束される。その後、ザムタンの裁判所で、懲役4年6か月の判決を受けた。祖国の分裂とチベット独立を扇動したとして告発されていた。また、彼は「慈悲基金」を創立し、地域の身体障害者、孤児、病人、貧困者などを援助する活動を行っていた。著作もあり、詩「3月10日(蜂起)記念日への想い」「ラサへの想い」がある。焼身自殺者の葬儀を行い、チベット人の団結を訴えていた。
       
ティンレー・ツェカル
Trinley Tsekar
ゴンポ・テンジン
Gonpo Tenzin
ツェヤン
Tseyang
ケルサン・チョクラン
Kelsang Choklang
チュキャプ
Choekyap
22歳(拘束時)、歌手。チベット自治区ディル県ディル郷セルカン村の出身。年老いた母と妻子とで暮らしていた。2012年11月20日、ナクチュで公安に拘束される。2013年12月19日、ディル人民法院にて国家分裂罪で懲役9年の判決を受けた。聖山ナクラ・ザンバラの鉱山開発の反対運動を先導していたことや、チベット人のアイディンティティ、文化、言語を歌ったアルバムを発売したことが原因とみられている。最も有名な彼のアルバムは「団結の鐘」。彼の歌は、チベットの人々の受難の痛みを表現していた。
FREE TIBETによる解放請願アクション
25歳(拘束時)、歌手。チベット自治区ディル県シャクチュ郷セプタ村出身。妻子と父母とで暮らしていた。2012年11月30日、ラサで拘束された。容疑は不明。ロサ(正月)のボイコット運動(正月をあえて祝わない中国政府に対する抵抗運動)に影響を与えたとされるアルバム「雪山チベットに正月などない」は、チベット全土で流行した。彼の歌には、チベットの文化、文芸、言語を奨励し広めようとする内容が含まれていた。
FREE TIBETによる解放請願アクション
33歳(拘束時)、僧侶。青海省ペマ県ディンダ郷キンダ村出身。2013年3月に拘束されていたが、その後、国家分裂罪で懲役7年の判決を受けていたことがわかった。2008年以降のバルカム、カンゼ、ガバでの抗議デモに加わったことが原因とされる。 チベット自治区ディル県タルム僧院の僧侶。ディル県ツァチュ郷ウタン村出身。2013年11月23日、ラサで拘束。同時に拘束された3人のうち一人。2014年1月に、懲役10年の判決を受けた。拘束されたうちの一人、ガワン・ジャミヤンは12月17日、遺体となって警察から返されている。 チベット自治区ディル県ディル郷セルカン村の出身。2013年12月19日、ディル人民法院にて国家分裂罪で懲役13年の判決を受けた。聖山ナクラ・ザンバラの鉱山開発の反対運動を先導していたことが原因とみられている。
       
ツェルハ
Tselha
ケンポ・カルツェ
Khenpo Kartse
ドルジェ・ダクツェル
Dorje Dragtsel 
ツェテン・ドゥンドゥップ
Tseteng Dhondup 
 
チベット自治区ディル県ディル郷トゥパ第5村出身。元警察官。2013年12月19日、ディル人民法院にて国家分裂罪で懲役3年の判決を受けた。聖山ナクラ・ザンバラの鉱山開発の反対運動を先導していたことが原因とみられている。  チャパ僧院の高僧。青海省ジュクンド州ナンチェン県出身。2013年12月7日、公安により成都で拘束後、チベット自治区チャムドに連行。地元での彼の人望は高く、解放を求め4,000名以上の署名と約500人のデモが行われた。2014年2月26日、弁護士による面会が実現。極寒の無窓独房でわずかな食料が与えられるだけで健康状態が悪化し肝臓と肺を病んでいるとのこと。本人は気管支炎と結核、血を吐き背中と腹部の痛みを訴えていたという。法律に従い定期的な治療と無窓独房から出すことを要求。さらに、公安に追われている僧侶たちを匿った嫌疑について非現実的であり、健康を理由に釈放を訴えた。
AMNESTY INTERNATIONALによる治療と虐待の禁止を求める請願アクション 
SFTによる釈放を求める請願メールアクション
2013年10月3日、拘束。その後、所在不明となっていた。2014年1月、懲役11年の判決を受ける。罪状として、鉱山開発に抗議し2013年5月のデモの首謀者の一人であること、他人に金銭を貸与したこと、役人の活動を妨害したことと伝えられる。拘束後、彼の釈放を求め数百人のデモが行われたが、治安部隊が発砲し60人近くの重軽傷者が出たと伝えられる。 35歳(拘束時)、環境活動家。青海省ジュクンド州ナンチェン県出身。2013年9月18日、西寧で公安に拘束される。その後、所在不明であったが、2014年1月5日になって刑務所に収監されていることが判明。彼は以前、インドに亡命したことがあるが、チベットに戻っていた。ボランティアでチベット語や仏教を教えたり、環境保護や保健衛生向上のために尽力していた。環境保護活動家のズンガ(2013年12月25日頃拘束)と共に、聖山ナクラ・ザンバラの鉱山開発に対し抗議活動を行っていた。  


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