いろは歌(いろはにほへと…)

「いろはにほへと」というのはご存知でしょう。全部書くと、「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす」です。これは、「いろは歌」と呼ばれる、47文字のひらがなを全部1回ずつ使った歌に出てくる文字の順番です。そのいろは歌について解説してみましょう。

原文

色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

読み方(現代仮名遣いで)

いろはにおえど ちりぬるを
わがよたれそ つねならん
ういのおくやま きょうこえて
あさきゆめみじ えいもせず

意味

花は咲いても散ってしまう。
そんな世の中にずっと同じ姿で存在し続けるものなんてありえない。
「人生」という険しい山道を今日もまた1つ越えて
はかない夢は見たくないものだ、酔いもせずに。

解説

○色は匂へど 散りぬるを
昔の人は花が咲くことを「色が匂ふ」と表現していました。だから、この文章は「花が咲いても散ってしまうのに」という意味です。

○我が世誰そ 常ならむ
「我が世」は「私の住む世界」ですから、「この世の中に」という意味。「誰そ」は「何が〜だろうか」という、疑問を表現する言葉。「常」はここでは「永遠に同じ姿のまま」という意味ですから、「誰そ常ならむ」は直訳すると「誰が永遠に同じ姿のままなのですか」という意味です。でも現代でも、「1億円もする宝石なんて誰が買うんだ?」というと、誰が買うのか知りたいのではなく、「1億円もする宝石なんて買う人はいないだろう」という、強い否定と同じ意味を表わしますよね。それと同じで、「誰そ常ならむ」は、「永遠に同じ姿で居続けるものなんていないよ」と言っているのです。

○有為の奥山 今日越えて
「有為」自体は「形あるものと形のないもの」、つまり「愛や憎しみといった形のないものまで含めてこの世に存在するすべてのもの」という意味ですが、「有為の奥山」というと、そんないろいろなものが渦巻く人生を比喩する言葉になります。「そんな険しい人生を、今日もまた1つ越えて」ぐらいの意味です。

○浅き夢見じ 酔ひもせず
「浅き夢」は、眠りの浅い時に見る夢のことですが、そのぐらいあっという間に消えてしまう願望のことも指すようです。「浅き夢見じ」の「じ」は「〜したくない」という意味なので、文章全体では酔ってもいないのに、そんなはかない夢は見たくないということです。

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