treasure hunting

 

November 19, Sunday (Rainy) 
幸せな再婚について
 

 

アメリカでの離婚率は実に50%を超え、2組に1組は離婚していて3年以内の再婚率は75%なのだそう。
彼・彼女らはとても前向きな姿勢で生涯をかけてベストな家庭を求めているとも言えるし、そうなると一度目の結婚で最愛の人と出会えるなんて、相当ラッキーな話に思えてくる。

私は17歳の時にロータリークラブというボランティア団体を通して、ほぼ無償でアメリカに一年ホームスティをさせてもらいました。 
スティ先はサイモンズさんというおじいさんと、ミッキーというおばあさんの2人暮らしの家で、時々近所に住んでいる彼らの娘さんである、バーバラが遊びに来てくれました。 
バーバラは物静かで優しくて綺麗な30代半ばの女性で、クリスティーナという私と同世代の娘さんがいました。 クリスティーナの本当のお父さんは病気で他界していて、当時バーバラは再婚相手のビルとクリスティーナと3人で暮らしていました。しかしそれから5年ほどして、バーバラとビルは価値観の違いで別れてしまいました。 

ある日サイモンズさんは、彼の仕事でもある宣伝用グッズ(会社ロゴ入りカレンダー、キーホルダー、ペンなど)の営業販売の為に、車で広いデトロイトの街を回っていました。 ガソリンスタンドで営業をしていると、話を聞いてくれている相手の男性が偶然にも娘バーバラの高校時代の同級生だということが分かったのです。 
彼の名はローニー。 ローニーは高校生の頃バーバラの事が大好きで、毎日手紙を学校で手渡していたのだそうで、卒業後も時々は近況報告の手紙を投函していたそうです。 でもやがてローニーはベトナム戦争へ行き、バーバラも引っ越したりして、互いに別の人生を歩みだし、お互い別の人と結婚し、月日が経っていったのです。 サイモンズさんがローニーと出会ったとき既に、ローニーは奥さんを病気で亡くしていました。 ローニーの連絡先が、サイモンズさんからバーバラに手渡されてから、二人がbig boyというハンバーガー・ショップで再会するまでにそう時間はかからなかったのです。 
それから一年後に二人は再婚しました。 お互いのそれまでの人生を全て認め合って。

二人はbig boyで再会した日に結婚式を挙げました。 そして結婚記念日には毎年必ずbig boyで食事をするそうです。 最近では二人がbig boyに行くと、古株のウェイトレスが“あら、もうそんな時期なのね”と笑うそうです。

私はバーバラの新しいパートナー、ローニーが大好きです。とても綺麗な青い眼をしていて、宇宙のしくみについて熱く語るような人です。 バーバラのことを心から愛していることが伝わってくるし、クリスティーナとも本当の親子のようです。
前回バーバラの家を訪ねた時には、バーバラの誕生日に俳優の口真似をしながらケーキを悪戦苦闘さながら作っているローニーのビデオを見せてもらいました。 そのビデオはクリスティーナが撮影し、バーバラには秘密で初めての手作りケーキを作っていたようです。 すごく楽しそうで、見ているだけで幸せになりましたw。

父親がキューピットとなったバーバラ夫妻、人の縁って不可思議で素敵ですね。

October 29, Sunday (Sunny) 
フジコ・ヘミング
 

今日は妹とフジコ・ヘミングのコンサートに行ってきました。

彼女を知ったのは数年前に見たNHKのドキュメント番組。
ピアニストの厳しい母一人に育てられ、フジコ自身も若かりし頃にドイツへピアノ留学を果たします。
経済的にも恵まれない境遇の中 練習に練習を重ね、遂には世界的に有名な作曲家・指揮者の一人として知られるブルーノ・マデルナに才能を認められるのです。
でも成功への切符とも言えたウィーン大コンサートを目前に、風邪による両耳の聴力損失という運命に見舞われ、数年後に左耳だけ40%回復するも、それ以降彼女のピアノ人生は日の目を見ませんでした。

でも、彼女のピアノの音色には尋常でない魅力と世界観があります。 元々クラシックというジャンルに全く興味がなかった私でさえもが、その曲調にヨーロッパの風景を思い浮かべ、誰の人生かもわからないような甘美で衝撃的なストーリーを感じ、自分の胸の中を思いっきりその世界で満たされるようでした。

音楽は不思議です。 同じ音符を辿っていても、ピアニストによって聴く人に伝わるゆらぎや完成度、感動させるパワーというのはピンキリです。
彼女のピアノが伝えるパワーは、そのNHKの番組をきっかけに驚くべき速さでブレイクし、現在では世界中の拍手喝さいを受け確実な成功を手にしています。

人生の底から頂点まで登りつめた彼女は贅沢をしません。 衣装も古着や着物をアレンジした個性的なもので貫いています。 人や世界を100% 表側からは見ていないし、自分の波乱に満ちた人生を時に懐かしんでは一人、たくさんの猫と共に暮しています。

今日の演奏も素晴らしかったです。 どれだけの練習があれほどの指さばきを可能にするのでしょう。 そして彼女の弾く“カンパネラ”という曲ほど哀愁に満ちて切ない音色を私は知りません。

October 28, Saturday (Cloudy) 
地球108の顔展 =本郷台=
 

横浜市本郷台駅から徒歩3分ほどのところに、『あーすぷらざ』という大きな博物館があり、11月3日(金)まで“地球の108の顔展”を開催しています。(入場無料)
様々なテーマを表現した108個の地球儀を展示しているもので、とっても見応えがあって興味深かったです。

頭では理解している地球上のデータも、アートとして光や絵図、言葉や色などで解り易く衝撃的に表現されると『そうなのかぁ...』と時間を忘れて実感に浸ってしまいます。
意外なデータや知らなかったことも多々有りました。 例えば...

“世界にある米国の海軍基地”って意外に少なかったこと。 米国自身ハワイ、グアムを含めて10箇所ある他は、イタリアに2箇所、サウジアラビア、そして日本にだけしか無かったんですね。 一方で、“米国空軍の3時間の射程範囲”を示す地球儀もありましたが、それは北半球の海陸両方と豪州をほぼ網羅する威力でした。

戦争関係でもうひとつ印象的だったのは、“第二次世界大戦後に平和だった国々”を明るさで示した地球儀。 悲しいことに殆んどの国々は何らかの形で軍事衝突に関わってしまっており真っ暗な地球儀の中、ブラジル、ザンビア、スイス、オーストリア、フィンランド、そして日本が明るく照らされていました。

その他、非識字率、エイズ感染率と死亡率、報道の自由度、幼児の発育不全率、平均寿命、ムーディーズの国家格付け、難民移動図など、たくさんのテーマで地球が表現されていて、どれを見るにつけ、私は現在の日本という国に生まれたことの幸運を感じえずにはいられませんでした。

人によって捕らえ方、感じ方は千差万別なんだとも思います。
108つもの視点で現在の地球を表現しているメディア・アート展、もしお時間が許せば是非足を運んでみてください。
遠方の方は、こちら又はこちらを是非覗いてみてください。

October 16, Monday (Sunny) 
私はダリでしょう? 

昨日は有給休暇をとって、東京・上野の森美術館の「ダリ回顧展」を訪れました。月曜日だからそんなに混んではいないでしょうと、高を括るも見事に期待は外れ、館内はとても混んでいました。 でもヘッドホンで解説を聞きながら一枚一枚ダリの描いた絵を充分に鑑賞できました。

以前はダリの神秘的で抽象的な絵の内容に強く興味を持ったのですが、今回は色と構図の美感にダリの才能を感じました。 色使いでは、特に黄色と空色の美しさに目を奪われ、構図では全ての物質や人物、そして空間の大きさ、温度、比率、明るさなどが計算されて(或いは無意識の能力から)、完璧に描かれているように思いました。

ダリは10歳ほど歳上の、最初は人妻であったガラと結ばれ、生涯彼女を尊重し愛して死んでいきます。 ガラもダリを支えてよき妻、相談者、そしてマネージャーとして彼を支えていました。 彼女がダリより先に亡くなってからというもの、ダリの果てしなく膨らんでいった想像性はシンプルに色を失っていき、最後に描いた「燕の尾とチェロ」という題のついた絵を観ると、私は彼の虚無感を強く感じました。
そして彼女の死後7年後にダリも他界しました。

非常に出展数が多く、実際の大きさでダリの絵を見ることができ、満足度は100%です。 来年の1月4日(木)まで開催していますので、是非足を運ばれては如何でしょう。

October 16, Monday (Sunny) 
マライア・キャリーに泣く >_< 

  

ダリ回顧展の後には、マライア・キャリーのコンサートに行ってきました。
私はマライアの歌声がどのアーティストよりも好きで、彼女のビデオを見ると彼女の声と美しいメロディーに間違いなく泣きます。 

特にBlenda K. Starという女性が歌って88年にヒットした、"I still believe" という曲をマライアが歌うと最高なんです。 マライアは無名の頃に、Blendaのバック・コーラスで歌っていて、彼女にとっても思い出深い曲のようです。

数日前から彼女に会えることが夢のように思え、何度も何度も曲を聴いて、この日のために洋服も買って備えていました。
そして遂にコンサート。  キラキラとした彼女の姿をみるなり涙が止まらなくなってしまいました。 完璧な歌声と、スタイル。 太った?という噂もちらほら出ていたけど、見事にシェイプアップして少しの嫌らしさもなくsexy & cute...魅了されました。

武道館の観客も皆でsing, swing, dance!って感じですごく楽しかったです。
"I'll be there"、"My all" そして"Hero"、 などのバラードは至福の時でした。
神さま、ありがとう。   今度会える日まで、私も頑張ります。

October 14, Saturday (Sunny) 
観光通訳士って楽しそう! 

  
今日はハロー通訳アカデミーが主催する、観光通訳士になるための学校説明会に行ってきました。
2ヶ月ほど前、NHKで外国人旅行者に東京の観光名所を案内している女性の番組があり、“大変なのは想像できるけど、やり甲斐のある仕事なんだろうなぁ...”と思ったことがきっかけ。

観光通訳士になるためには、“通訳案内士国家試験”に合格しなくてはならず、この難関試験の合格者の78%がこの学校の卒業者なのだそう。

説明会には現役で観光通訳士として働いている、アナウンサーの久保順子にそっくりな女性が現場の様子を講演してくれました。 バスの中でどんなことを話しているのかを流暢な英語で実演してくれたのだけど、一瞬にして彼女の、好奇心を大いに煽りつつ時にはユーモアを交えて説明している姿に魅了され、彼女との限られた時間が惜しく思われるほどでした。 ほんの僅かな時間を共にしただけなのに別れるのが辛くなる人って、なかなか出会えないだけに素敵ですね。
外国人観光客からのひっきりなしの質問の中には面白いものもあるようです。

☆ 日本人はどうしてハンカチで鼻をかまないのか。
(...確かにアメリカ人はハンカチで鼻をかむ人少なからず。)
☆ ニンジャにはどうやって会える? (マジで聞いているから怖い)
☆ 盆栽の種はどこで買えるの?(植木屋さんかハンズかなぁ)

これがイラクからの観光客だったりすると、
☆ 生きているチキンはどこで買えますか?
というのもあったのだそう。 彼らは宗教上、料理される前にある儀式を済ませた肉(ハラール)のみ食べることを許されているのだそうで、料理されたお肉(ハラーム)は全てNG。 ならば生きたニワトリを買って儀式を済ませ、バーベキューで食べようと仲間で相談した末の質問だったそうです。

老齢のアメリカ人の中には、真珠湾攻撃や戦争論について真剣に語り合おうとする人もいるのだそうで、ガイドにとっては日々が勉強であり、楽しみであり、出会いなのだと話してくれました。

“一期一会”を最高のものにしたいというガイドの優しい気持ちと熱意は、きっと外国人旅行者の記憶に思い出深い日本として、いつまでも残っていくのだろうなぁと思いました。

資格取得を目指すかどうかは検討中です。...独学でもいけるかな?

October 12, Thursday (Sunny) 
"It"(それ)と呼ばれた子 

  
今日は遂に3部作で出版されている、"It"(それ)と呼ばれた子 を読み終えました。

5人兄弟の中で、デイブという作者だけが、4歳の頃から母親の残酷な虐待を受けて育ち、14歳で保護されて里親を点々と周りながら、生きていくという実話です。
何日間も食事抜き、 母が良いというまで直立不動で口をきくことも許されず、 殴られて地下室で一人暮らすという現実。 兄弟達もやがて自分がいないかのように振る舞い、母に命令されて末の弟の汚物を食べたりもしたのです。  トイレでは劇薬を吸わされ、ガスコンロで腕の皮がむけてしまうまで焼かれたりもし、母からナイフが飛んできてお腹に刺さっても一晩中ほっとかれました。

そんな虐待をする母も彼が3歳までは優しくて美しくて家事を完璧にこなす女性だったのに、何故悪臭が漂う家に棲むヒステリックなアルコール中毒者になってしまったのか、そして何故虐待の対象がデイブでなくてはならなかったのか? その答えは明確には記されてないんです。  孤独感、アルコール、苛立ち、過去の記憶、性格の特徴...など可能性はいくらでもあるけど、デイブ、そして母自身にさえ分からなかった。  私にわかったのは“人間は良くも悪くも180度変わってしまえる” それだけでした。 自分が何かを(多分自分自身を)投げ捨てた瞬間に。

この本が素晴らしいと思ったのは、デイブが母との生活、それ以外にも学校での孤独や、一般人と同化できない自分との戦いに、少しづつ愛ある人間との出会いの中で前に、前に打ち進んでいくところです。  自分の息子を心から愛し、“虐待の連鎖”を作らない優しさや、自立した生活を求めて生きる強さって、彼が持っている一番の“希望”だったって思う。  地道な、でも絶対に諦めない生き方は、今 彼をアメリカのヒーローにしています。  虐待児救出活動や青少年育成に貢献しているからです。

切なかったのは、あんなに酷い虐待を受けたのにもかかわらず、彼は母の愛をいつまでも求め続け、でも変わらない母を恨み、最後には許し彼女の幸福を願います。
そして彼をかばい切れなかった、でも優しくしてくれていた父のその後の悲惨な人生と、父を心配し続け、いつか美しい自然の中に“家”を買って暮らすという夢を糧に生きてきたデイブにも優しすぎる魂を感じました。

1994年に日本で授賞式が行われた、“10人の誇れるアメリカ人”に選ばれました。
彼の公式ホームページには彼を囲む素晴らしい写真に心打たれます。
アメリカ版『徹子の部屋』 "Larry King Live" の映像では、現在の素晴らしい彼の姿が見られます。  是非ご覧ください。  そして機会がありましたら、是非本を手に取ってみてください。

Dave Pelzer公式ホームページ

October 8, Sunday (Sunny) 
blue sky, happy scenery

  

最近空が青くなってきたと思いませんか?  日本の空が、水色からもっと濃い青色に。これって私的には、排気ガスやゴミの分別、環境汚染に少しづつでも気にかけてきた私達日本人の生活習慣の成果ではないかって勝手に思って、より嬉しい気持ちで空を眺めてしまうのだけど、楽天的すぎるだろうか?   写真を撮っていても、“あれっ? なんだか沖縄の空に似ている” って思うことが多くなってきたこの頃。  今日も横浜市山手の丘の上にある“馬の博物館” に行って、感動してしまった。

なんとなくいつも通り過ぎてしまうこの“馬の博物館” という場所の裏には広い敷地の“根岸森林公園” があり、そこで今日は秋のイベントが行われていた。
こんな空間があったんだぁと驚いてしまうほどに美しい空と芝生、穏かな丘陵には緑の木々が太陽の光を透かして輝いていた。  地元の養護施設関連や婦人会などで出展している出店でアメリカンドックや韓国料理のトッポギなどを買って芝生に座る。  食べ終わってあお向けになって寝転がると、青空に鳥が横切り、トンボが飛び、シャボン玉が浮かんでは消えて行った。  子供の笑い声と綿菓子の香り。  しばらくすると中学生のブラスバンド部が演奏を始めた。  純粋な彼・彼女達の笑顔と、ダンスなどのパフォーマンス付きの演奏に徐々に人が集まり、最後は割れんばかりの拍手喝さいだった。  なんだかそんな状況に涙が出てくる始末。  『ブラスバンドを聴くと涙が出てくる』 と言って隣町の演奏会に車を走らせていた父を笑っていた自分も、少し歳をとったと思う。

今度はホーローポッドにコーヒーを入れて、本を持って行こう。

October 7, Saturday (Sunny) 
Jazz day♪

 

今日は横浜の街中でジャズが聴けた日。山下公演では世界フードフェアも開催していて、ビーフケバブにサングリアを飲みながら青空の下を歩いた。

日本大通りでもジャズ、スターバックスに入ってもジャズ、そして夜8時からは友人と、野毛にある居酒屋 無頼船にて本物のジャズライブを聴きに行った。 シンガーは私が今一番ハマっているRIEさんで、キーボード(中村さん)&サックス(佐野さん)の音色と共に酔わされてしまった。 初対面の人たちとも意気投合して、音楽に合わせて手を叩く。  音楽に交っている快感と共に、美味しいお酒が飲めました。
シアワセってこういう時間のことかなぁ。。。なんて感じながら。

http://www.jazzpro.jp/2006/index.html

September 23, Saturday (Sunny) 
父がクリスチャン?!

明日から母が、父が今暮しているオレゴンの家に1ヶ月ほど行ってしまう。
母は今日、静岡から出てきて戸塚にある妹夫婦の家に一泊し、明日成田に電車で向かうことになっていた。   妹は7ヶ月目の妊婦で、久しぶりに会ったらお腹がとても大きくなっていて不思議だった。  まあるくなったお腹の中に、確かに1人の人間が生きている、それはまぎれも無く私自身の家族になる1つの小さな命。  思わず触ってみると、とても柔らかくて、この中に守られて成長しているんだなぁってしみじみ思ってしまった。

妹夫婦の家で皆で話をしていて、母から父がオレゴンのクリスチャンの仲間と牧師さんの導きのもとに、正式にクリスチャンの洗足の儀式を受けていたことを知った。  父も母ももともと信仰心が深く、早朝のお経や先祖供養、般若心経の写経など欠かさない生活ではあったけど、まさかクリスチャンになるとは思いもよらなかった。

言葉もままならない父だけど、この流れに、心では納得しているのだとも思った。  これまでたった一人でオレゴンで暮してこられているのも、現地の人たちの温かなフレンドシップと親切な助けがあるからこそだ。  愛情の質は世界中どこに暮していても同じなんだと思う。  クリスチャンという見えないカテゴリーの中に入ることは、その受けてきた愛情を全身全霊でうけとめて、今度はいつでも与えられる人になることなのかなと思う。   そして私自身はまだまだ本物のクリスチャンにはなれないような気がした。

September 18, Monday (Cloudy) 
久しぶりの再会

今日は、二年ぶりに友人のなおちゃんと関内で待ち合わせをした。  会社の近くにある、ランチも美味しいバー YUGAFU に行き、積もる話をお互いにしているうちに、あっという間に時間が経ってしまった。

彼女は、深夜の電話オペレーターのバイトをしている時に知り合った友人で、ワシントンD.C.で暮らしている時にも遊びに来てくれた。  D.C.で彼女はとてもモテて、コーヒーショップで声をかけられたり、サンドイッチ屋さんでタダにしてもらったり、市バスの運転手がバスから降りてきて口説いたということもあった。  海外の男性のわかりやすい積極的なアプローチを哀しいかな、間接的に学べる機会だった。  そんな話やあんな話しをして、とても楽しかった。   またビリヤード一緒にしたいな。

 

September 17, Sunday (Rainny) 
ジャズな夜

友人に誘われて、夕方から関内のバーにジャズを聴きに出かけた。
ジャズのカテゴリーでは、ノラ・ジョーンズジェイミー・カラム、それから綾戸智絵などが好きなのだけど、今日の
RIEさんのライブもとても聴かせてくれた。 彼女のバック・ミュージシャンとして演奏していたトロンボーン、ドラム、キーボードにサックスのメンバーの方々の演奏も皆洗練されていて完璧。  狭いバーでアメリカにいるような気持ちになった。  今は小さなライブを着実にこなしているのだけど、近い将来、もっとたくさんの人に知られるミュージシャンになられるといいなぁと心から思った。
また近いうちに、彼女達の世界に浸りに行きたいと思う。

 

September 3, Sunday (Sunny) 
いろいろ試してみたい季節

ここ一ヶ月ほど、会社帰りに英語の試験“TOEFL”のゼミに通っている。
毎日夜7時からの90分授業で、曜日ごとに、Reading, Writing, Speaking, Test Skills, Test Writing という科目を勉強するのだけど、これが意外に面白くてためになっている。  クラスメートは殆んどが海外の大学進学を目指す帰国子女の高校生か、大学生で、その他 中国人の学生や日本語教師をしながら大学に通っているという年配の女性もいたりする。  帰国子女の学生達は皆、驚くほど綺麗な発音でハイレベルな文法や単語、長文読解に挑んでいて、私は感心するばかりだった。  彼女達の内に秘めた未来への希望や、キラキラと輝いている瞳を見ていると、そういう気持ちっていつまでも抱いていたいなぁと思わされることもしばしば。    時には “すごいですねぇ。” “偉いですねぇ” なんて高校生の彼女達からの労いの言葉に複雑に照れながらも、なんとか頑張っている次第。

9月に入ってスポーツ・クラブに入会した。  一番の理由はお腹と二の腕の贅肉が見過ごせなくなってきたこと、なのだけど、最近肩こりもひどく、運動不足でもあったので、重い腰を上げてみることにした。  ゼミも一応今週一杯で終わるので、“スポーツの秋”にしてみようかと思う。   
最初はジム機具だけに興味があったのだけど、ガラス張りのスタジオからは毎日、殆んど毎時間、ボクシングエクササイズやバレエエクササイズなどのクラスが開かれ、これも月会費に含まれているので、昨日はヨガに、今日は ボディバンプというクラスに参加してみた。  ヨガはこれまで時々通っていた先生の方が、正直精神的な効果が大きく、良かったのだけど、昨日のヨガもそれはそれで運動として気持ちがよかった。  それにしてもヨガに関しては、先生によってかなり違った感じになるのだなぁと実感した。

そして今日初めて挑戦した、“ボディバンプ”は凄かった。  人気クラスのようで35人が定員なのだけど、34番目に申し込んで、ギリギリ参加することができた。  これは男女それぞれ重量挙げのパイプを持ち、音楽に合わせて上げ下げを60分間繰り返すものなのだけど、一番限界に疲れたところで腕立て伏せを何十回と行ったりもする。  思わず “ここは軍隊ですか?”と錯覚するような掛け声と参加者の苦しみに耐える顔。   まさにストイックな世界だった。   ジムは温泉風呂のようなシャワー施設も完備していて、これはなかなか気持ちが良かった。   

歩行も困難なほどの筋肉痛にその後3日ほど悩まされたけど。

 

September 1, Friday (Sunny) 
United 93

今日は会社が終わった後、夜9時過ぎに映画を見に行った。
9月11日にアメリカで起こったハイジャック・テロを映像化した『United 93』。  観にいくまでは、アメリカの映画らしく、人間愛を盛り込んだストーリーだと思っていたのだけど、実際に観にいくと、とにかくリアルなだけだった。  そこには感情移入を許すほどの登場人物の特徴も経歴もドラマも現わされてはおらず、単に“同じ飛行機に乗り合わせた同乗客の人たちの様子” だけだった。  さらにテロを起こしたイスラム教信者のテロ犯達も同じように“人間”として映し出されているだけで、一方的な悪者でもなく、だからといって同情の感情も生み出さないカメラワークだった。

映画を観て受ける感覚は人によって様々だけど、私にとっては、人間の理性の限界と利己的な愛情を感じるだけの単調な映画だった。  

蛇足なのだけど、もうひとつ感じたことがあって、自分の命が絶望的だと感じた時、アメリカ人の多くは一番思いを残す人に、『愛している』『愛していたと彼/彼女に伝えてくれ』と言うのだなぁと改めて理解した。  とてもアメリカ人らしいと思う。  日本人の多くは『ありがとう』と伝えるのではと思うのだけどどうだろう?   私だったら、何ていうかな?  家族や支えてくれている人に...。   『幸せでした。 楽しかったぁ。 ありがとう』 ...かな。

 

July29, Saturday (cloudy) 
映像文化都市フェスティバル in Yokohama

梅雨も明けたのかな?  なんだか関東地方は曇り空に気紛れな雨、夕暮れ時には太陽の光が差すのに小雨が降る、なんてはっきりとしない天気が続いていたけど、どうやらやっと夏を迎える兆しが見えてきた。

夏なのに、最近の横浜は横浜美術館を含め芸術的に面白い。
今日は、関内から横浜の港近辺を歩き回り、各所で展示されている映像を観て回った。
http://www.y-eizone.jp
6箇所に点在する、横浜の歴史を感じる建物を会場にして、デジタル・アートの紹介や上映、素人が作った短編映画の上映など行っていた。  歩いて回ると半日はかかってしまったけど、横浜散策としても楽しいコースだった。  

私にとって特に印象的だったのは、旧第一銀行を会場として上映していたフィルム、"Hotel White Rose Part2"だった。  いつも目にしている日本人の風景を脈絡も無くショートカットで映し出して、ひごりごとのような英語のナレーションがついているだけのフィルム。  それは横断歩道で信号待ちをする無表情の女性であったり、白バラPart2という名前のラブホテルの看板だったりする。  繁華街で、1本のピンク傘にたむろする4人の超ミニスカートの女子学生を写し出したショットでは、“ピンクの傘の下に集まる少女達。 彼女達は失われた信仰を求めて生きる修行僧。  限られた恵みを糧にさまよい歩く。” という英語のナレーションがついていた。
全部見終わったとき、これは外国人の視点からみた日本人であり、作者はきっと外国人なんだろうな、と思ったのだけど、意外にそれは、川崎昌平という人の作品だった。  スタッフに外国人が何人かいたから頷けたものの、それはどこまでも日本人の現在の精神状態を、無機質、無感動、言ってしまえば無意味に捕らえていて、不気味で怖くなってくるところもあった。  それでもどこか私自身が抱いているイメージと重なって、真から共感してしまった。  
自分自身に対して、感動を失うことや人とのコミュニケーションにたいして愚鈍になってはいけないという危機感も持ったし、そう成りえてしまう現実世界に溺れて、ミニマムな脳の使い方をしてはいけないのだと思った。  
"ここが地球の一部であるということを一瞬思い出したときの動揺" という言葉が印象的だった。
なんだかこんな下手くそな説明では、恐らく全くわかってもらえていないと思うけど、私にとって刺激的な作品だった。  

 
来週は、"インド洋大津波報道写真展" に行く予定。  www.pressnet.or.jp/newspark/

 

July16, Sunday (cloudy) 
チャリティー・コンサート

今日は友人真美さんの紹介で、渋谷のとあるイタリアンレストランで行われたミニ・コンサートに行った。  これは去年のスマトラ沖大地震をきっかけに、真美さんの友人が立ち上げた内戦と津波に苦しんでいるスリランカ北部の女性と子供を支援するNGOが主催したもので、2,000円の参加費で琴の演奏と、ボサノバ風の音楽を歌い演奏するバンドを聴くことができた。  紅茶と一緒に出された手作りクッキーも、どなたかの差し入れで、とても美味しかった。

琴は、現在オレゴン州で琴を教えていらっしゃるというティムソン真澄さんの演奏によるもので、限りなく東洋的な音色で現代的な曲調を奏でていて、中学生の頃2年程琴を習っていた私は琴の音色の可能性に真から驚いてしまった。  同席していた女性は、フラメンコの音色みたい、と感嘆していたけど、私もギターの持つ情熱的な要素も持っている琴の音に、アメリカの風景を思い描いていた。

レストランには、津波でご主人を亡くした方であり、このNGOの副代表でもある池橋・ワイマント・みね子さんという女性もいらっしゃっていて、落ち込んでいる時に、ティムソン真澄さんが家に招待をしてくれて琴を弾いて元気付けてくれたのだとお話されていた。  
いろいろな人が、自分のできることで繋がりあい、励ましあうということは、なかなかできることではないだけにありがたく奇特なことだと思う。  ワイマントさんもイギリス人ジャーナリストだったご主人を津波で亡くされたことを嘆いてばかりいるより、ご主人も温かく見守ってくれているような活道で歩き始めている。  『一日75円で、一人の子供に3食の食事が出せます』と彼女は言います。   私もできることがあれば、極力参加していきたいなと思う。

http://www.techjapan.org

 

July15, Saturday (cloudy) 
横浜美術館に行く (日本X画展)

ふと美術館に行きたくなり、桜木町にある横浜美術館に行ってきた。
企画展として何を展示しているかも知らずに行ってみたのだけど、運良く今日から9月20日までは、『日本
X画展』と題した日本人アーティスト数名による作品が展示されていた。
作品は、日本人の現代的な感覚で仕上げられたものが多く、新しい美術として世界に出しても恥ずかしくないものばかりだと感じた。  

特に印象的だったのは、藤井雷という人の絵手紙数百枚が着物の帯のように長くつなげられて飾られている作品。  彼は主に東南アジアを旅していて、旅先から家族宛に縦長封筒の裏に気の向くままに絵を描いて郵送し続けていたのだそうだ。  それが無事に生きている証拠であり、封筒を開封する必要はない。  中には手紙など入っていないのだから。
彼の絵は何枚かで1つの風景を描いているものもあり非常に面白い。  時には油性マジックで、時には墨で、時には水性絵の具で書かれた人々や自然の姿は美しく、生身で惹きつけられた。  彼は今もペナン島を旅しながら、今度は美術館宛に手紙を送り続けているとのことなので、9月に美術館に行ったらもっと多くの作品が見られるのだと思う。

その他、小瀬村真美というアーティストの作品も印象的だった。  日本に咲く儚げな草木や花のシルエットがスクリーンに映し出され、ゆらゆらと風に揺れている。  水の音や鳥の鳴き声が静かに聞こえてくる空間。  幻想的な世界に瞬時に引き込まれていくような作品には、純和風な美しさが充分に感じられた。  部屋のインテリアとしても粋なのではないかと思った

その他の常時展示作品群も充実していて、横浜美術館は今 面白いと思う。

http://www.yaf.or.jp/yma/exhibition/2006/special/02_gaten/artist.html

 

June 10, Saturday (cloudy) 
旅ごころ。

 

会社の70歳になる赤塚さんは、年明けから『ワールドカップに行きたいんですよぉ。』と言っていた。  ご自身も休日にはサッカーを趣味でしていて、何回かワールドカップシーズンにはお一人、または奥様と2人で海外まで観戦旅行に行かれていたのだそう。  私も赤塚さんのためにチケットが手に入らないかと暇な時間には調べていたのだけど、なかなか難しいことがわかり、5月の始めに『ワールドカップに行きたかったですよぉ』とつぶやく赤塚さんにはつい、『まだ諦めていらっしゃらなかったんですか?』と笑ってしまった。  すると、『でもぉ、誰かがそのチケットを持っているわけですからぁ。。。』と諦めきれない様子で話すので、私は軽はずみなことを言ってしまったと反省した。
その赤塚さんが、某大手広告会社の知り合いのツテで、日本-オーストラリア戦のチケットを正規の価格で手に入れたと聞いたときには、とても驚いたし、心から嬉しかった。  観戦席もとても見晴らしの良い場所なのだそうで、『すごい! 夢って強く願うと叶うものなんですねぇ』と赤塚さんに言うと、『いろいろありがとうございました』とニコニコしていた。  格安チケットの手配を頼まれ、チャイナ航空で台北経由、フランクフルトまでの往復航空券\65,000を2枚手配した。   
最近元気の無かった赤塚さんは、急に仕事にも精力がでて生き生きと働き出し、出発日前日には、深々と頭を下げて、『青いユニフォームの応援席の中で、白い頭が見えたら、それは私ですから』と言って会社を後にした。

昨日は会社のプロジェクトの1つが山を越えたことを祝う飲み会があった。 それは、来週から奥様とスイスに10日間旅行にいかれる駄ジャレが得意な橋本さんを送り出す会も兼ねていた。  橋本さんも60代。  奥様とスイスに旅行なんて羨ましいなぁ。

友人も7月にニューヨークの友人を訪ねて旅行にでかけることに決まった。  ゴスペルを愛して習っている彼女は、ニューヨークで充実した日々を送るのだと思う。

なんだか皆さん、活動的、かつ上手に時間を使っているなぁと思う。
私はもう少し資金を調達しないと、動くに動けないなぁ。  頑張って働きますか。
行かれた方の楽しいお土産話や写真を楽しみにして...。

 

May 16, Tuesday (cloudy) 
今日感動したこと。

   

朝、仕事に出かける前に見るテレビはその人の性格やリズムによってかなり好き嫌いが分かれるところだと思う。 私としては、日テレのズームインSUPERは朝からハイ・テンションなのがどうも苦手で、よく地方のご当地情報などを地方局アナが紹介していたりするのだけど、なぜかその風景に物寂しさを感じてしまう。
TBS"みのもんた朝ズバッ!"はみのもんたの批判口調と取り上げる内容がいつもネガティブなのが駄目なことから、チャンネルはフジテレビに落ち着いている。  とくに8時から始まる“とくダネ!”のオープニング10分間が最近楽しみで、小倉さんがちょっと隅の方に隠れていたかのようなニュースやトピックを長々と解説してくれるのだけど、朝の気分を少しだけ楽しくしてくれる。 隣りで聞いている物申したげな笠井アナの表情も観察していると楽しい。

今日の小倉さんの話しは、養護施設に入っているお母様を訪ねた時に、年老いた母とその周りにいるお年寄り達(車椅子に乗っていたり、奇声を発していたり、痴呆症の人もいたのだそう)を見ているうちに、そういう場所で働いている人の有り難さを痛烈に感じたと共に、もう十数年もして団塊の世代が全て老人となってしまう頃には、一体日本はどうなってしまうのだろうと思ったのだそう。  そして自分もその一端を担っていると思うと絶望的になったのだと言った。  だけど今朝の新聞の広告欄に見た一記事に勇気をもらえたのだと、その記事を紹介してくれた。  写真には、何十頭もの馬が颯爽と走り抜けている写真と共に、こんな文章が書かれていた。  なんだか心に迫るものがあって、団塊の世代でなくともその写真と文章のチカラに感動してしまった。 
(Please click to enlarge)

 

May 14, Saturday (cloudy) 
母の日だけど、父のこと

 
                                  送られてきた写真

今日は母の日。  実家に電話をして母と少しだけ話をした。  特別プレゼントなど無いけど、今度みんなで一緒に小旅行しようということにした。  父は先祖供養のため京都に数日間でかけていて不在。  でも父宛に、アメリカでできたサウジアラビア人のクラスメートからメールが届いていた。

父は去年の7月〜9月までアメリカでの生活をたった一人で過ごし、一旦帰国したのだけど、今年の1月に、購入した家が大雨により床下浸水してしまったことから、再度3ヶ月間オレゴンに行き、1人語学学校に通いながら暮らしていた。   
父の成長ぶりは目を見張るものがあって、現地の親切な方々の手助けもあり、家の保険、修理等の対処をなんとか1人でこなすことができた。  (といっても、未だ家の修理は完了しておらず、アメリカ人の親切な方に任せてしまっている状況のなのだけど...。 )
教会や学校に通う中、アメリカ人、日本人の友人、知人も増え、すっかり彼の生活スタイルが出来上がっていた。   父の語学学校のクラスには、サウジアラビアから来た何人かの留学生がいて、とても楽しく一緒に授業を受けていたようで、父も帰国後楽しそうに話をしてくれていた。

そのサウジアラビア人の学生の一人がメールと一緒に何枚かの写真を添付してくれていたのだけど、見ていたらなんだかとても楽しそうな父の姿があって元気をもらえた気がした。  
父の通っていた学校Pacific Universityには、日本人の67歳の単独留学をしている女性もいて同じ写真に笑顔で収まっていた。 これから社会学や経済学を学んで生きたいのだそうだ。  パワフル且つ前向きな生き方、その意欲を失わずに生きている姿は、私の希望する人生のお手本だと思った。

May 12, Friday (cloudy) 
働くということ。 Part U


今日は会社の副社長と直属の上司に声をかけられ、近くのイタリアン・レストランに食事に行った。 ここは何を食べても美味しいのだけど、特にエスカルゴとアンチョビ・ピザにはいつも幸福な気分にさせられてしまう。  なぜかコーンスープというメニューもあり初めて注文してみたら、これもとても美味しかった。 

雑談で終わるのかと思っていたら、社員にならないかというお話だった。 
仕事ぶりを見ていて長く社員として続けてくれたら会社としても安心だ、というありがたいお言葉だったのだけど、ここで私は思い悩んでしまう。  仕事内容としては、熱炉建設の材料調達を主に任されているので、経験を積んでいけばいくほど他社との関係や知識が深くなり、自分の存在意義や交渉力も伸びていくだろうと思われる面白さのある仕事なのだけど、私には“社員”という形態とコトバがどうしても心に重たく引っかかってしまう。

私にとって“働く”ということは、要求されている仕事を行い収入を得るための手段、だけで、社員として会社を創っていく、という建設的かつポジティブな意欲がないのかもしれない。  その収入が多くなると提示されたとしても、社員という形態には、どうも自分の自由が半減されてしまう感が否めない。  それがあるべき社会人なんだとわかってはいるものの、常にどこにでも移動できるニュートラルなポジションでないと駄目なようだ。  女性なんだから、夫と子供達と家庭を築いていく喜びもありなのだろうけど、そのオプションも半分私はもうないと思っている。

生き方に正解なんてないけど、寿命までの時間の中、自分の心をどうコントロールしていくかって、意外と難しいと思う今日この頃。  
身体が痛み、お腹がすいても食べるものが無く、爆弾の音がすぐ傍で響いているような境遇ではないことに感謝するだけで充分ではないかと頭では理解できても、そうでない環境にいるからこその虚無感や焦燥感にどこかで包まれているような気がして、どうして、どうしたら、どうするのが... なんて、最近の自分はすっかり子供っぽい大人だと思う。

 

April 9, Sunday (sunny) 
カラッポになる


今日はmamiさんの紹介で、東横線沿いの多摩川駅までヨガのレッスンに出かけた。
ヨガは初体験で、イメージとしては ヨガ=“なまった体をストレッチして柔らかくするもの”、だと思っていたのだけど、実際に体験してみると、全く違った効果が体中に広がっていて、終わる頃には心の中にあった不安やモヤモヤとしたものが、綺麗さっぱり流されてしまっていた。

仏様を連想させるような香りと音楽とが、心地よく体中に入ってきて、呼吸の具合で身体が気持ちよくバランスを保てるようになる感覚といったらいいのか、ふわふわと仏様の回りで遊んでいるような感じ。  かといって仏教徒では全くないのだけど。
  
ヨガの先生が出す声の落ち着きやゆらぎ、動作を誘導する際の的確な内容と間の取り方が素晴らしかったのだとも思う。

頭の中がカラッポになるって、気持ちいいんだなぁと思った。  “無”になる。
よく、“人は生きているんじゃなくて生かされているんだ”って言う言葉、耳にするけど、ヨガを終えた私は、人に生きている理由なんて無いんじゃないかって思った。  理由はなくても自然の摂理で生まれてきた。  人だって植物や魚や動物や微生物と一緒で、自然の一部として呼吸をして活動しているだけで、深い意味などないのだと。  それを生かされているというのかもしれないけど。
そう思うことで、人が作りあげた優劣や偏った価値観、エゴやお金への執着などが幻想のように感じたりもした。  

心も身体も軽くなります、ヨガは。  mamiさんありがとうございました!

March 31, Friday (sunny) 
桜、さくさく


今日は夕方から会社のお花見だった。
午前10時頃から、会社にいる韓国人の金さんが桜木町にある公園まで場所取りに出かけていった。    私がこれまで出会ってきた韓国人の特徴は、@人なつこい A人間味があって言動が大胆かつ面白い Bお酒&カラオケが好き  C日韓の歴史や国政にとても興味があり、大抵は日本人嫌い 等なのだけど、金さんもそんな私の固定観念を充分に裏付ける一韓国人だと思う。  

金さんと韓国人の奥さんとは、韓国にある日本領事館前での反日デモ活動で知り合ったという、正真正銘のアンチ・ジャパンなご夫婦だったそうなのだけど、日本の大学や大学院で勉強し、日本の会社に勤務するうちに、随分日本の印象が変わったとのことで、今では韓国人の友人達に『お前は変わってしまった』と言われるのだそうだ。   でも、金さんが『お昼一緒に食べましょうよ』と誘ってくる時には、いつも必ず“靖国”だとか“小泉”だとか“侵略”だとかという単語が中華料理店内に響きわたり、私も日本人として曲げられない反論を金さんに話していた。  かなりヒートアップしても後に引かずさっぱりしているし、同世代の韓国人と本音で話ができることは、反省や勉強になったりもする。

そんな金さんにとって、お花見は始めての経験で、韓国では桜並木を歩いたとしても、その下にゴザを敷いて酒を飲む、という風習はないのだそうだ。 午後4時半まで一人で陣取りをしていてなんだか可哀想だなぁと、仕事をしながら思っていたのだけど、金さんが書いた“横浜花見、一緒にしますか?”というタイトルの原稿が、韓国人向けの人気サイトに取り上げられていて、本人もとても喜んでいた。  心情とか情景がとても上手く書かれている良い記事だと思いますので、是非覗いてみてください。

(記事の翻訳(韓→日)はこちらに下のアドレスをコピーしてどうぞ。)
http://life.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?at_code=320767


March 25, Saturday (sunny) 
アジアン・ビューティー


トリノ・オリンピックで荒川選手が金メダルを取って以来、テレビで彼女を見る機会が増えた。  人の感じる美しさは、十人十色、好みにもよるけど、リンク上でスケートを舞う彼女は凛とした美しさがあって本当に綺麗だと思う。

彼女を見ていたら、遠い昔、私が高校生の時にアメリカに留学していた時の出来事を思い出した。  少し離れた街に、四国から同じく交換留学で渡米していた妹尾さんという同級生がいて、彼女が私のホームステイ先に遊びに来た日のこと。  ホスト・マザーが彼女を見るなり、『She is gorgeous!』と眉を寄せて言った。 負け惜しみではないが(いや、ちょっと負け惜しみだったかも)、私はその時、“ゴージャス”という単語と、細めの瞳で少し受け口の地味な彼女との容姿が結びつかず、『Oh, .... Yes』と力なく答えたことを覚えている。  彼女はもの静かな雰囲気を持った、とても日本風の顔立ちで肌がとても白かった。  

あれから数十年経った今、私は外国人が感じるアジアン・ビューティがわかった様な気がする。  そしてそれは、私たちの多くが憧れる顔立ちをした外国人が、到底真似できるものではなく、とても清楚な、凛とした精神がかもし出す美しさのような気がする。  彼らは和製フランス人形のような美しさには全く反応せず、写楽や浮世絵に出てくるような純和風な容姿に、最上級の褒め言葉、“ゴージャス”を使うのだと思うし、今ならその感覚がとてもよく理解できる。

自分のオリジナリティを大切にする。  その心意気から美しさを見いだすのかな。


February 24, Friday (raining) 
七十にして心の欲するところに従いて矩(のり)を踰(こ)えず


『最近は女性の方が強くなっているみたいだねぇ』 と、会社での最年長社員の梅津さんがニコニコして言った。  彼はなんと73歳の御年で、ペラペラと英語を操り、パソコンで熱炉設計の仕事をこなしているのだけど、一方では合気道の講師もしているのだそうだ。  そして生徒について、男性がすぐ辞めてしまうのに対して、女性はずっとクラスを受け続け護身術をしっかり身につけてしまうのだそうだ。  『男の人の方が痛みに弱いみたいだねぇ』と笑う梅津さんは、白髪に赤い頬というグリム童話から出てきたかのような風貌とは対照的に、仕事上ではかなり若手に渇を入れている。

新年早々には、『何やってるのぉ! おとそ気分が抜けないんじゃないのぉ?』と電話で話し、今日も『まったくペースが遅いねぇ。 そのペースに合わせるのがこっちも大変よぉ。 何食べてるのぉ?』とやっていた。  70代の彼に言われたほうは、二の句がつげないのではないかと思う。  
どなっていた相手先の担当者が女性に変わった時などは、『まいっちゃったなぁ。 相手が女の子だと強く言えないもんなぁ。 調子狂っちゃうんだよなぁ。 作戦かな?』と笑っていたけど、いくつになっても女性には弱いんだなぁ、なんて思ったら、優しく笑えた。

孔子は言った。 『吾、15にして学に志し、30にして立つ。  40にして惑わず、50にして天命を知る。
60にして耳順(耳にしたがい)、70にして心の欲するところに従いて矩(のり)を踰(こ)えず』
“自分の世界を広げて心の求めるままに進むも、人としての倫理を超えないで生き抜く”  私が解釈した70代はこんな感じなのだけど、梅津さんの生き方も、良いお手本のような気がする。

 

 February 23, Thursday (cloudy)  どうしても駄ジャレ?


私が通勤している会社は仕事柄、年配者が多く、20代が2名、30代〜40代が8名、残り20名ほどは50代〜70代ということもあり、かなり社内の雰囲気は落ち着いている。   言動も年齢を重ねた人だからこそ出てくるものがあり、時々密かに笑ってしまう。  例えばクロネコヤマト宅急便のことを、『ヤマネコ、もう来ちゃった?』と言っているし、書類に穴を開けるパンチを取って欲しい時には、『すまん、パンチでデート取って』などと言ったりする。 (これ、分かる世代にしか分からないかも...)    

そして会社には駄ジャレの帝王、橋本さんがいる。  会話の中でどうしても言わずにはいられない性分らしく、さらに相手の反応を輝く目で待っている。  半年前に入ったばかりの 私と、もう一人の女性派遣社員はつい笑ってしまうのだけど、もう長年彼の駄ジャレを聞いてきた他の社員の人たちはまったく聞き流しているか、苦笑いをしているかだ。  でも彼は人間的に優しくフレンドリーで、周りの人々を明るくしてくれる人徳を持った人だと思う。

今日も、橋本さんの席の近くでファイルを探していると、『ここにファイルがあるって疑っているでしょ?』とニコニコと話しかけてくれたので、『疑っているわけじゃないですけど、ここにある
可能性があるかと思って』と答えた。  するとすかさず、『加納さんはここだよ』と、加納さんという社員の席を指差した。  可能と加納をかけていたのだ。  どうする、こういう時?!?  あなたならどうする?
私は自然に笑ってしまったので、橋本さんもニコニコだった。

コピーを取っていたら、再び橋本さんが後ろのプリンターに用事があってやってきた。  狭い空間に背中合わせで立つことを遠慮している橋本さん。 『おしりとおしりがぶつかっちゃったらマズいでしょ。 
お知り合いになっちゃうから』 と言って満面の笑み。

こうして橋本さんの駄ジャレ生活は続く...。

 February 6, Monday (cloudy)  今日がこれからの人生の中で一番若い日


これまで履いていたブーツは3年ほど前に買ったものなのだけど、とても気に入っていたので、ヒールの踵が擦り切れて無くなる度に靴屋さんで修理しては履き続けていた。  だけどそろそろそのブーツも悲鳴をあげている気がしたので、金曜日の仕事後に新しいブーツを買いに出かけた。 
それはブーツを試着しようとした時だった。 ジッパーが途中からどう力を入れようとも上まで上がらないのだ。  こう言うのもナンだけど、これまで自分のサイズのブーツを履いてジッパーが上がらなかったことなど無かったので、かなりショックだった。  少々呆然とする私に、『...時間帯もありますしね。』と店員さんが心細げにフォローを入れてくれたのだけど、仕事後のムクミを差し引いても入るレベルではなかった。  サービスで翌日までに皮伸ばしをしてくれるというので、お願いして帰宅した。

今日、職場のトイレでふと鏡を見るとまたショック。  10センチほどの白髪を一本見つけた。  体質で20代のうちから白髪が生える人も少なくないけど、私の場合そういう体質ではないので、これは明らかに重ねてきた年齢の証しだ。  ガーン!  昨日までは無かったはずなんだけど、急に白くなるものなの?

あ〜あ、確実に歳をとっているのね。  って、ガーンって言ってる時点で古いのか。  この際、真っ白い髪を薄紫に染めた、佐伯チズみたいなおば様を目指そうかなぁ。

 

 February 1, Wednesday (rainy)  Toxic Audio


     
非まじめ人生相談』が面白くて時々読んでいるのだけど、サイトの抽選プレゼントで 『Toxic Audio』のコンサートが当たった。    あいにくの大雨と寒さで、行くことをギリギリまで迷っていたのだけど、N.Y.のオフ・ブロードウェイでロングランを果たしたグループだとのことだったので、仕事が終わってからびしょびしょに濡れながらも、横浜"Blitz"まで出かけた。  Toxic Audioは男性3名と女性2名の、俗に言う“アカペラ”で音楽を奏でるアメリカ人のグループだった。  実際聞いていると楽器としか思えないサウンドと、本場の声量を備えた美しい歌声に、途中涙が込み上げてくる程に感動してしまった。  日本のテレビから流れてくる『笑点』、『ルパン三世』、『ドラえもん』のメロディーや、スポンサー『アコム』のコマーシャルソングなどもパロディ化して歌い、言葉を超えて皆を笑わせてしまう才能はプロフェッショナルだなぁと感心した。   これから、仙台や大阪、北海道などで公演し、再度3月には渋谷、横浜に戻ってくるのだけど、もう一度行きたいくらいにも思う。  今度は自分で入場料を払って。

途中大きな地震があり、結果、帰りのJRは深夜12時まで麻痺。  地下鉄とバスで帰宅し、大変だったけど、いい音楽が楽しく聴けてとても幸せな気分だった。

 

 January 28, Sunday (sunny)  『映画日和』


       混み合う映画館
     
最近観たいと思う映画が多く、私の中でのちょっとした映画ラッシュだ。   桜木町にある109シネマに行くとたくさんの人で混みあっていて、電光掲示板にズラリと並んだ映画のタイトルを見て更に興奮した。  『フライトプラン』『SAYURI』『博士の愛した数式』に『THE 有頂天ホテル』、『ピーナッツ』や『Mr.&Mrs. スミス』などなど...。    何を見ようかと悩んだ末に、チャン・イーモウ監督、高倉 健主演の 『
単騎、千里を走る』を観ることにした。   

チャン・イーモウ監督の映画はこのサイトのHOBBYのところにも書いてあるとおり、とても素朴な中国の人たちを、いつも壮大な風景を背景に、心に沁み入る脚本で描ききっている。  今回の脚本も、日本人と中国人との国や言葉を超えた心の繋がりが感動的に描かれていた。 
   
高倉 健の役どころは、思いつきとも取れる行動を強引に貫き通す性格の男でもあって、その部分は私の父ととても重なり、その無理な要望に困り果てる中国人通訳役の女性が自分と重なって、すぐに感情移入ができた。  でも、無理な要求と思われることが、最後には人と人とのドラマを生み、思いもよらない人情に出会えるという事実は、映画の中だけではないなぁと、観ながらに思ってしまった。   真心から来る行動であれば、世界中どこに暮らす人にも分ってもらえるものだと。

チャン・イーモウ監督が、高倉 健と一緒に仕事をしたいがために温めてきたというこの作品。 とても温かな涙が出てきて、優しい気持ちになれる本当に良質の映画だった。 
 ...やっぱり健さんの、言葉ではなく表情と体で分らせてしまう演技はすごい。

 

 January 27, Saturday (sunny)  『偶然』

 
                 
今日は用事があって品川と新宿に行った。  新宿の高層ビルの中の1つ“アイランド・タワー”の43階にオフィスを構える『ラストリゾート』という留学や海外生活をサポートする会社に行ったのだけど、私の担当をしてくださったカウンセラーは高橋さんという男性だった。  話をしていくうちに、なんと彼は、私がオーストラリアで働いたことがある、ビザ手続き及び人材派遣業を行う、"NBCA"という会社で働いていたことがわかった。   これって結構すごい偶然のような気がしてお互いに驚き、社長の話などでしばし盛り上がった。

家に帰って、DVDで『ミリオンダラー・ベイビー』を観た。  これはクリント・イーストウッドとヒラリー・スワンクが主演の映画で、女性ボクサーとその年老いたトレーナーとの、家族愛とも恋愛とも人間愛とも感じられるストーリーが、とてもうまく書かれていたと思う。  尊厳死に対しての問いかけもあって、人の孤独や威厳、生きる意義についてジーンと考えてしまう映画だった。  

 

 

January 24, Tuesday (sunny)  『天吉』

 
               『天吉』

私の会社は横浜市の“関内”にある。  関内には昔ながらの落ち着いた佇まいの小料理屋や呑み屋が雑居ビルの隙間に灯りをともしていて、お昼は和食ランチで賑わい、夕方からは疲れたサラリーマン達が冷えたビールを美味しそうに飲み、モツ煮などをつついている。  例えば会社のおじさま方が長年行きつけている場所に『津和野』という呑み屋があり、そこに立つおやじさんが焼く焼き鳥は格別なのだそうだ。  私が会社の人達と行った時には、残念なことにその伝説のおやじさんはお休みだったのだけど、出てくる料理は全て家庭的ないわゆる『おふくろの味』といった味付けと盛り付けで、とても美味しかった。

先週上司に、取引先の接待のためのお店の予約を取るように依頼された。  取引先の方からリクエストのあったお店は、『天吉』という天ぷら屋さんだった。  なんでもサザンオールスターズの唯一の女性“原ぼう” のご両親が経営する老舗のお店なのだとか。  会席料理コースもあり、2階の個室に今日の日で予約を取っていた。     夕方仕事が終わってから、駅のすぐ近くだったので、予約の確認も兼ねてお店を訪ねてみたのだけど、そこで予約の確認をしてくれた、割烹着に三角頭巾を付けた年配の女性は、雰囲気も含めて正に“原ぼう”にそっくりだった。   きっとお母様なのだろうなぁ...と少しお目にかかれて嬉しかった。   お店の中も揚げ物の熱と香りが心地よい、純和風で粋な造りだった。   いつか私もお客さんとして行ってみようっと。

January 21, Saturday (snowing)  アダムとイブが食べたもの...。

朝、窓の外を見てビックリ。  雪が積もっていた。  こんな日は温かな家の中でのんびりするのに限る。  きっと雪を見慣れていない子供達は大興奮で雪の中を走り回ったり、雪だるまを作ったりするのだろうな。

夜テレビで、『サイボーグ革命 ロボットと人間の融合』というドキュメンタリー番組を見て、久しぶりに大きなショックを受けた。  そこには、脳に電極を差されたラットが人間の指示どうりに迷路を上手く走り抜けたり、ラットの習性として通常は登らないとされる壁を登っていく実験映像や、四肢麻痺の男性の脳に電極を埋め込んで、コンピュータからの指示どおりに義手・義足などを動かさせている場面などが映っていた。   人の感情・思考や刺激・感覚は全て脳細胞を走る電気信号から構成されているということが解ってからというもの、研究は電極による脳の支配に及んでいて、思考のコントロールは勿論、人間の持っている能力を超えたサイボーグがもう既に出来上がっているという内容だった。   

これらの研究って、いつも大義名分は“精神的+肉体的な病気やハンディキャップを持つ人々にとって革新的な治療法”などと人類やその他の生物の為、ということになっているけど、その実、戦争兵器として利用してしまうのがこれまでの人が作ってきた歴史だ。   実際アメリカでは、兵士の頭にプラグを差し込むことにより、歩きながらも敵の居場所を事前に把握するという、正にシュワちゃんのターミネーターの世界を実現化してしまっている。   攻撃を受けても痛さを感じず、手先がドリルのような武器に技巧された義手をはめ込むなんてことも、近い将来にはSF映画の中だけでは無くなるのかもしれない。 もはや人間ではなく、サイボーグだ。    そんなマインドコントロールが可能になるのなら、どうして人は、怒りや憎しみや差別など人の負の感情を抑えようとしないで、“攻撃”に利用するのだろう。

テレビを見ながら私は、10年ほど前に西オーストラリアのデンハムという小さな町で迷い込んだ、古びた家での出来事を思い出した。 夏のデンハムはもの凄く暑く、私は一人町中を探索している間に、意識がもうろうとしてきた。  入り口が大きく開かれた納屋のような建物は、強い日差しから逃れるのには唯一の場所で、ふと入ってしまったのだった。  中には古い木でできたテーブルと椅子があり、そこには、その家の主と思われる老人が座っていた。   どうしてそんな話の流れになったのかを、どうしても思い出せないのだけど、彼は私に質問をした。 『アダムとイブが食べたのは、リンゴではなかったんだよ。  ...なんだと思う?』    私のもうろうとした頭は働かず、仕方なく『分りません』と答えた。   すると老人は静かに笑って、『curiosity』と言った。   

これまでその老人の言葉をふと思い出すことはあっても、言わんとした意味がいまいちピンとこなかったのだけど、このテレビを見て長年の謎が解けたような気がした。  そしてあの老人は本当にあそこに実在したのだろうか、なんて思ってしまうのだった。

January 20, Friday (cloudy)  隠れた価格。

今の会社では海外出張に行く人がとても多く、航空チケット手配も私の仕事のひとつだ。  旅行会社に電話をして価格確認もするのだけど、つくづく“隠れた価格”が増えたなぁと思う。   航空運賃が異常に安価になったことと、テロの影響が大きいのだと納得はしているものの、だったら最初から航空運賃に組み込んでしまえばいいのに、と思ってしまう。

例えば、『燃料サーチャージ』。  日本-アメリカ(オレゴン)の90日間往復チケットが\63,000の時、『燃料サーチャージ』と称して\15,800が加算される。  飛行機の燃料代って航空チケット運賃の中に入っていたんじゃなかったの?? と思ったのもついこの間だった気がするのだけど、さらに新しくお目見えした課金が『テロ対策税』だった。  料金は\310と微妙。  『税』になっているところが更に微妙。  これらに空港使用料\2,040と、米国入国税\6,200が加算されて、合計は\87,350。    ...う〜ん、でもこんなに頑張っていてもかなりの格安感。  そんな状況から脱出できない航空業界の生みの苦しみも感じてしまう。

これからは、更にいろいろな名前がつけられて、隠れた価格が増えていくのかも。   『持込荷物輸送料』だとか、いつ起こるやもしれないテロの不安にも、常に耐えて笑顔で働く『客室乗務員心労手当て』だとか...なんてね。

 

January 15, Sunday (sunny)  学生っていいなぁ。

今日は2年ぶりにTOEICの試験を受けた。  旅行中には時々英単語の暗記などもしていたのだけど、帰国して働くようになってからはやっぱり勉強しようという意欲がどこかに隠れてしまう。  この4ヶ月間、仕事上ではビジネス文章を読んだり書いたりしていたものの、『進歩』という意味では全くしていなかった。

試験会場は、武蔵工業大学。 閑静な住宅街の中に建つ広々とした大学で、風に揺れる緑の木々や、綺麗でモダンな建物が魅力的な学校だった。 カフェテリアからも廊下からも大きな窓ガラス越しに街並みが臨め、こんな学校で同世代の若い仲間と勉強したり恋愛したりスポーツしたりできていいなぁ...なんてしみじみ思ってしまった。  私はもう決して若くはないけど、勉強したいっていう気持ちは現役だ。  むしろ実際に学生だった時より学習意欲は強いと思う。   “人間、一生涯が学習だ”っていうけど、学生になりたいなぁ。  興味ある教科だけ選択して。

なんて考えた直後に2時間みっちりのテストを受けた。 リスニング100問にリーディング100問。  リスニングは思っていたより手ごたえ有りだったけど、リーディングは残り16問を残してタイムアウト。  あまりの問題量の多さに正直ヘトヘトだった。  学生って憧れるけど、テストの苦しみも充分に思い出させてもらった。

 

January 11, Wednesday (sunny)  働くということ。

2006年になって早10日を過ぎてしまった。  “1月行っちゃう、2月逃げちゃう、3月去っちゃう” っていう言い回しがあるように、月日の過ぎ去るのはあっという間だ。

現在の職場に勤めるようになってからも早4ヶ月が経ってしまい、半年前までは海外を転々としていたことが、もう既に遠い昔のまるで夢だったかのように感じてしまう。  人の感覚って現実に馴染んでしまうものなんだなぁ。   海外にいる時には当然働くことができなかったのだけど、今こうやって自国では働く権利があり、その時間に伴ったお金が毎月入ってくる、という当たり前のことがとても有り難く感じたりもする。  

私の現在の職場は“熱炉”の設計、建設、管理を行っている会社で、社員の平均年齢は恐らく55歳くらいだと思う。  2〜3社の大手建設会社から有志が集まって築いた会社なため、皆が過去の職場からの付き合いか、知り合いの引き抜きだったりして、その長年の人間関係には驚いてしまう。   還暦が近い社長と経理のおじさんが、大学生時代の寮仲間だったり、去年69歳で退職したおじさんと、経理のおばさまの妹様とは、恋のロマンス(死語?)が30年前にあったのだそうだ。    彼らを見ていると、仲間と人生をかけて1つの会社を創り、守るという生き方もあるのだなぁと、しみじみ思う。   だからとても誇りを持っているし、『引退はまだまだでしょ』と人に思わせるほどにしっかりと仕事もこなしている。  時には引き抜きで“新人さん”も入社するのだけど、その新人さんが60歳、なんてことも稀ではないようで、おじさん達のそれぞれに強い個性も、観察していて楽しい。

昼食を食べに何人かで出かけた時に、“穏やかなおじいちゃん”といったイメージの赤塚さんが、何の変哲も無い道を指して『この道が気に入っているんですよお。 朝日がバァっと射してねぇ...。  自動販売機も100円だしねぇ。 』と言った。   それ以来、時々その道を選んで会社に通うのだけど、言われてみて初めてその風景が穏やかに照り輝いていたのだと気付いた。

 

January 1, Sunday (sunny)  明けましておめでとうございます。

12月29日の夜に実家に帰省し、年末年始を家族と共に過ごして今日元旦に横浜に戻ってきた。   普段10時頃には寝てしまう母が、3夜連続で何時まででも話し続けた。  コタツを囲んで、一緒にいられる限られた時間を惜しむように、いろいろな話をした。  もう少し近くに暮していたら、もっと話し相手になれるのだけど、仕方ない。 笑顔を見るとホッとした。

実家に暮らす7歳の甥っ子は私のことを“よしの”と呼ぶ。  昨日の夕方に、『あーあ、今が朝ならいいのに。 そうしたらよしのともっと遊べるし』と言った。  今日は、『ねぇ、よしの。 もう少し泊まっていけばいいじゃん。 楽だし』と言った。  かわいい。  かわいすぎる。  いくつになるまで、そんな言葉言ってくれるのかな。

父は以前にも増して無口になった気がする。 暇があると英熟語の暗記をしていて、私が知らなかった熟語をいくつも口にした。  "あなたに慣れる”という意味だと思っていた"get along with you"が、“あっちへ行ってしまえ”という意味もあるということを教わる。  その他いろいろと父の口から出てくる 熟語を聞いているうちに、単語よりも熟語を知っているほうが、よりネイティブの英語に近いのではないかって思った。  私が いつまでたっても思うように聞き取りができない原因は、熟語をあまり知らないことが大きかったんだって気付いた。

お雑煮を食べた。  年越しそばも美味しかった。 凍えそうに寒い夜も、湯たんぽが温かかった。  実家から戻ってきて見る横浜の夜景はいつも、戻ってきたという安心感と共に、少し寂しい。

今年も無事に年が越せたことを感謝しつつ、発見に満ちた2006年になったらいいな。

 

December 24, Saturday (sunny)  何気ない日々を忘れない様に...。

Merry Christmas to you!

今年も無事にクリスマスを迎えることができて、あともう一週間もすれば2006年が始まる。

このマイ・サイトtreasure huntingも1年半の自由な『旅日記』として続けてきたのだけど、これからは普通に日々暮していて出会ったことや感じたことなどを書いていこうかなぁと思う。 きっと海外を旅してきたからこそ、初めて出会う感情もあるだろうから。 JAPAN編っていったらオーバーだけど、ただでさえ忘れっぽい自分自身のためにも、今感じ取れる日本での生活を書き留めておけたらなぁと思う。

去年の今頃はマレーシアのペナンにいて、古びた夜の街並みを賑やかに彩る、クリスマス・パレードを見ていた。  竜や獅子舞が練り歩き、商店の広告やそれぞれの母国の国旗などをはためかせ、電飾にかたどられた神仏や動物の山車の後ろには学生の鼓笛隊...と、何でもありのクリスマス・パレードだったけど、道路脇に止めたバイクに幼い少女を乗せて、何とも幸福な顔をしてパレードを眺める、年配の父親の顔が今でも忘れられない。 私は宗教を超えて世界中の人々が共に楽しんだり特別な気持ちで迎えている今の時代の“クリスマス”という習慣がとても気に入っている。  さらに欲を言えば、この地球上の人間、誰一人残らずこの日だけは、飢えも戦闘も病気も、孤独も不安も寒さも感じずに過ごすことができたのなら...とも思ったりする。  そう思ったことを日々の生活の中では忘れてしまっている自分がいることも知っている。

今年は何ができたかな。  来年はどこまでいけるかな。  もっと今の自分を超えられるかな。