サイドストーリー



プロローグ

子供の頃、空から星が降ったことを覚えている。
隕石を打ち砕くための大きな大砲が作られ、次いで、それを巡って戦争が
始まった ことも。
戦争など、子供に過ぎぬ私には遠い国の出来事、テレビの世界の物語に過
ぎなかった。
あの夏の終わりの日、ふいに身近に姿を現すまでは。

いつものように学校へ向かう途中、私は空を見上げた。
彼方からの遠雷のような轟き。
はるかな頭上、青く高い空の上で、飛行機雲たちが、互いに回り込み合い
つつ複雑なループを描いていた。
美しく遠い空の戦い。
私は飽くことなくいつまでも眺め続けた。

轟音。

突然 背後の丘をかすめて先鋭なシルエットが現れ、目の前を過ぎる。
追いつ追われつ、急上昇してゆく戦闘機たち。
前を逃げる機体が、オレンジの炎を吹いて揺らぎ、湖へ突き出た岬の付け
根へと落ちて行った。

――湖へ突き出た岬の付け根。我が家のあった場所。

戦果確認のために上空を旋回する撃墜者の機体に大きく黄色で『13
という数字が描かれていたことを、私は 忘れない。
なつかしい家族の面影は、もはや過ぎ去った日々の記憶の中のものでしか
ない。
敵国の進撃の前、連合軍とやらは海の彼方へ退き、私たちの町は大陸の中
央にあって深い孤独に陥れられた。



戦争は瞬く間に進んだ。いつの間にか西から来た軍隊に街町が占領されて
しまい、私はそんなことにも構わず、来る日も空を見上げ、あの「黄色の
13」を見つけようとしていた。

気がつけば、学校で習う言葉が変わり、呑気な町の巡査の代わりに外国の
憲兵が立っていた。情報を得ようと人々はパラボナアンテナを立て放送を
見ようとしていたが、衛星は破壊されたのか、テレビには何も映らなく 
なった。軍事用以外全てのコンピュータ・ネットワークは遮断され、占領
下の市民へのガソリン供給は止められてしまった。21世紀のこの世が鉱
石ラジオと荷馬車の時代に逆戻りした。

私は町中に住む叔父の家に身を寄せていた。ガソリン無きタクシー運転手
である叔父は、仕事も無くひたすら酒に溺れていた。叔父の家計の助けに
と、私は近所の酒場で、ただひとつ特技であるハモニカを吹いて意地悪な
占領兵の施すチップを得ていた。叔父は敵兵相手に商売する酒場の親父の
陰口をたたきながら、しかし私の持ちかえる日々の実入りを拒むことは 
けっしてなかった。私はといえば、少しばかり年上の酒場のひとり娘に心
奪われていた。

「黄色の13」を記した戦闘機は、今日もこの町の空に現れない。



ある夜 突然陽気な一団が酒場になだれ込み、陰気な陸兵達を追い出しそ
の場を占領、私にだってわかった彼等の袖のワッペンは誇り高き航空兵の
徹だ、饒舌な中年男が各人の本日の戦果とこれまでの撃墜数を発表してい
く、累積撃墜数が5機に達した者は、頭から酒と賞賛とやっかみが浴びせ
掛けられた。
五機落せばエースと讃えられるのが彼等の習わしらしい、それらがひとわ
たり済んだあと、その男―中隊副官の準尉が言った「そして我らが隊長の
本日の戦果!」騒ぎをよそにギターを爪弾く寡黙な男を皆が振り返った。
「我らが『黄色の13』は、今日も三機を堕とし総撃墜数64!」
ギターの男は 少しはにかんだ顔を私に向けそのハモニカと合奏しようと
言った。
私はハモニカをくわえ彼は新しい曲を弾き始めた。
私はついに「」を見つけたのだ、そして―だが何故かそれは、私の無き
父が、一日の終わりに好んで弾いた曲だったのだ。



町外れの麦畑に建設中だった高速道路、その建設が決まった時に町長が得
意げに演説したことを覚えている、ただ、町の横を素通りするだけの道で
あったのに、それが占領軍の野戦滑走路となり工事途中のトンネルが退避
壕となっていた、それが「彼ら」の基地だった。
彼らはあの落ちて来る小惑星を撃ち落すため作られ、結局はこの戦争を引
き起こす元となった大砲を防衛するため選りすぐられた飛行中隊、訪れる
敵機も絶えた今では時に応じ、他の戦区にも派遣されていた。
私は『黄色の13』に向けるためのナイフをしたためた。
酔った敵兵の懐を狙い拳銃さえ手に入れていた。
面と向かって突き付けるべき言葉も胸にしていた。
だが、それらを構えたまま『13』には近付く事はできない。
いつもそばに控える二番機のパイロットが穏やかな表情のうちに地上に 
あっても一切の危険彼に近付けぬ態度を毅然と示していた。彼らの要であ
る『13』の犯しがたい横顔、常に五機だけ選んで飛び、自らの撃墜数よ
り全ての列機を必ず連れて帰る事を誇りとする男、彼の操縦がどれほど優
れたいたか、私が語るのは難しい、だが一度だけたしかに地上から目にし
た。
同じカーブ同じタイミングで旋回する五機編隊で、彼の機だけが鋭く飛行
機雲を引いたのだ、自分が堕とした弱すぎる敵を哀れむその心、いつの日
か、対等の敵が現れ技の限りを尽くせるのならたとえ堕と落されても怨む
ことは無い、彼自身がそう言ったのだ。
長い時間彼らと過ごすうち、私は彼らの中に家族の居心地を見つけてい
る、私はもう彼らの間を離れられない。




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