序論
 東北本線、黒田原駅から那須湯元まで、鉄道を敷く計画があったことを知る人は、ほとんどいないと思います。黒磯駅から那須湯元まで鉄道を敷く「那須軌道」の計画もあったが、こちらは計画のみで中止となった。
 たまたま図書館で目にした、高久久ニ氏の「幻の電気鉄道 覚之書」を参考に、この調査を実施することにした。実際には開通することなく終わった鉄道ですが、かなり工事が進んでおり、痕跡がいくつか残っておりました。
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戸能地区に残る橋台跡
那須電気鉄道の概要
 那須電気鉄道は1918年(大正7年)に、主に地元有志が発起人となり、黒田原から那須湯元間に計画された。
 黒磯駅でなく黒田原駅を起点としたのには、それなりの理由があった。一番の大工事、余笹川橋梁工事の方が那珂川より工事が容易で経費がかからない、湯元までの勾配が黒磯からより緩く距離も短い、途中駅の利用や貨物の輸送が期待できる、橋梁工事が少ない等である。
 1925年(大正14年)6月9日に工事施行の認可が下り、12月5日より工事が開始された。 しかし、第一次大戦後の不況、昭和初期の金融恐慌、東北線路線変更による地元民移転による資金難などにより工事が困難となり、1938年(昭和13年)7月19日に、鉄道施設の免許が取り消しとなった。
 最終的には、用地回収65%、土木工事38%、橋梁工事17%で中止となった。
 なお、会社の登記によると、1974年(昭和49年)10月1日解散、1985年(昭和60年)3月1日閉鎖となっている。
 現在は、町道、農道、林道として利用されており、地元では「電車路」と呼ばれている。
  
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