辺野古非暴力の闘いの前史

1996.12

国際法律協会機関誌

当事者として訪米行動に参加して

沖縄の抵抗はアメリカ独立の思想と同じ

−沖縄の「武器なき戦い」の優れた人間性・道徳性を訴えて−



1.アメリカへ出発するに当たって

 89日、私は沖縄で初めて開かれる全国高校生平和集会の事務局の仕事で、走り回っていた。山本真一弁護士から電話が入った。アメリカに行ってくれないかということである。810日閉会集会、11日からは愛知県の団体のガイドで伊江島まで案内、台風にあって4日間「孤島の人」となり、連絡も取れない。今年は教員30年目で、リフレッシュ休暇の年、教頭への連絡、諸日程のなかでパスポート申請に行けたのが821日であった。

 私は、アメリカ行動で発言する機会があるだろうと、次の点をアメリカでの活動の姿勢とした。

   @ アメリカの二つの顔、アメリカの国内民主主義と国外における非民主主義・人権抑圧・環境破壊を具体的に明らか    にする。

  
  A 日米安保条約を破棄し、新しい日米平和友好条約を締結する。すぐできることとして、地位協定第1条にも違反す    る海兵隊は、ただちに本国に撤退させる。このことは、アメリカの尊厳を取り戻すことでもある。在日米軍は、日    本の傭兵化の道を歩み、日本の軍国化を速めアジアの恐怖になり始めている。

  
  B 沖縄の抵抗は、アメリカの独立戦争、独立宣言以来のアメリカの民主主義の原則を武器に、豊かな人間性・道徳性    で抵抗していることを基本に据えて訴える。

以上の観点に立って、日英両文のレポートを作成した。その中に、横田から代表団を側面から支援するために、嘉手納小学校の山本隆司先生の『基地に囲まれた学校』から屋良小学校の爆音被害の実態を掲載し、全国高校生平和集会で紹介された『日米平和友好条約』(千葉高校生ゼミ)をアメリカに国民と高校生へのメッセージとした。更に、アメリカで活動する心として、
1955年伊江島の土地接収に反対し闘った農民・野里竹松さんの歌を、レポートの最初に記した。

The flowers in the United Stat
アメリカぬ花ん

 The flowers on the Majabarru
真謝原ぬ花ん
Blow depending on the same soil

土瀬て咲ちゆる
How pure they are in both

花ぬ清らさ


2.70キロの資料を抱えて

 私は残り少ない夏休みのなかで、アメリカ政府機関、NGOなどに対してどのような資料が有効か考えてみた。沖縄県の基地対策室を幾度か訪ね、次の英文資料を持参することにした。


 1)「地位協定の見直し要請文と説明文」 

    (日本政府への要請文)


 2)「沖縄基地の現状」


 3)「沖縄の基地」(沖縄県作成パンフレットを輪転機で印刷)

 
これらの資料を各250部作成して基本資料とし、このほか


 4)私の学校の生徒が作った「宜野湾市の基地と高校生が描いた普天間基地跡地利用構想の歴史」パネル

 5)沖縄県平和委員会作成「沖縄写真集」を、英文説明をつけて利用することにした。

 これらのレポート・資料には校長をはじめ多くの教師の協力を得た。印刷物などの作成に当たっては職場と組合支部執行委員会のカンパで補い、作成に当たっては生徒たちがすべて協力してくれた。ですから、約70キロの荷物も苦にはならなかった。



3.沖縄の抵抗−その正当性と道徳的優位性

 
 私のアメリカ行動は、芳澤弘明氏や島袋善祐氏と別パートで行動することが多かった。

 9月10日、国防省(ペンタゴン)では、アメリカ施政権下での「猫(アメリカ)が許す範囲でしか鼠(沖縄)は生きられない」との政策は、今日も引き継がれていること、財沖縄司令官が最近「爆音は自由の音」と発言して沖縄県民の怒りをかったことを述べた。この説明に対し、日本担当の2人のスタッフの事実確認のため話し合いが一時中断となった。このことにより、日本政府がいかに沖縄問題をアメリカに正確に伝えていないかが明確になった。また、国防省に「県民投票の結果を深刻に受け止めている」「海兵隊の撤退を検討している」と言わしめることができた。

 9月11日の下院国際関係委員会のスタッフ、ロバート・ハザウェー氏との会談において、スタッフからは、沖縄・日本と「善き隣人でありたい」との発言があった。私は、恩納岳・普天間基地の県内施設に反対する小学生の写真を示し、アメリカ側が「善き隣人」として約束を守り、人間節度を示すことが重要であって、アメリカが沖縄に対し「善き隣人」であることを強要する問題ではないと、具体的事実で説明した。

 また、なぜ沖縄はアメリカの軍事プレゼンスに反対するのかの質問に対しては、次のように大胆に発言したと記憶している。

 「あなた方は、独立戦争の頃、パトリック・ヘンリー『代表権なくして課税なし』をスローガンにし、さらに独立宣言で明確にしてイギリスと血を流し独立を勝ち取り、アメリカ民主主義を発展させてきた。沖縄戦期にアメリカは沖縄県民を収容所に押し込め、日本攻撃基地を築き、単独占領に入ったが、これは国際法に違反する行為であった。その後サンフランシスコ条約・日米安保条約・今日問題になっている地位協定などの条約締結に、沖縄県民は、あなた方と日本政府に代表権を奪われたばかりか、議会において発言する機会も与えられなかった。これらの条約は、日米両政府・両議会が勝手に締結・批准したものである。アメリカが建国期に享有した民主主義・抵抗権・基本的人権の諸々の権利、子どもや女性を大切にする人間愛を沖縄県民も享有することは、アメリカの歴史が指し示していることである。さらに申し上げると、戦後50年m沖縄県民はあなた方の軍と兵士に数百名が殺され、レイプ・強盗など、数えきれない被害を受けてきた。沖縄県民があなた方の国民を殺害し、レイプした事実があるなら示してほしいとともに、その逆であったらアメリカ政府と国民は、どのような態度をとるでしょうか。

 沖縄県民の心を示すものとして、皆さんに差し上げている私のレポートに、アメリカに兵士に銃剣を突き付けられ、土地を奪われるなかで、兵士に捧げた歌を紹介している。その歌をお読みになられたら、沖縄県民の抵抗が人間性・道徳性において広い心を持っていること、「命どぅ宝」の沖縄の生き方が理解できると思う。

 私は高校の教師です。アメリカのすばらしい民主主義の歴史、豊かな国民性を教え、『善き隣人』でありたいと願っていますが、沖縄で米軍の野蛮な行為に目をつぶることは、アメリカの独立宣言を教える私にとって犯罪を犯すことになると考える。私たちは、現在の安保条約を破棄して、新しい『日米平和友好条約』が必要だと考えています。私のレポートに日本の高校生が作った『日米平和友好条約案』をメッセージとして掲載しています。『善き隣人』であるためには、沖縄でさまざまな犯罪を重ね、アメリカの尊厳を傷つけている海兵隊を撤退させることです。私の理解が誤っていたら訂正させていただきたいのですが、海兵隊は、陸・海・空軍と同じく独立した軍だと思う。現に在沖米軍は4軍となっている。しかし、地位協定第1条に海兵隊は明記されていません。私の理解が正しければ、海兵隊は地位協定第1条違反の軍隊になる。

 9月11日の上院軍事委員会のスタッフとの会談が終わった後、スタッフの一人デライン氏に呼び止められた。同氏は、「地位協定見直し要請文」などの私が持参した沖縄の資料について、「これらの資料を初めて見た。具体的ですばらしい資料だ。」と述べた。「あなた方の考えていることも、ぜひ送ってほしい」と要請された。ここでも、日本政府がいかに反国民的・沖縄県民無視の屈辱的外交をしているかが鮮明になった。


4
.「金が宝」か?

 9月11日午前、上院外交スタッフのBonnie Coe女史と会談した。頭の回転の速い人で、話の途中で別の問題を提起してくる。私に対し「橋本・大田会談で沖縄は50億円で買収されたといわれているが、どう思うか」と質問してきた。私は「沖縄は取引しない。沖縄の心は2015年までに米軍基地を全面撤去することである。会談の内容を読んでいないので明確なコメントはできないが、問題は沖縄県民が決定することであり、その観点をアメリカ側が持たないと、日米関係は悪化するでしょう」と答えておいた。しかし、「命どぅ宝」の沖縄の生き方が、会談の結果「金が命」とアメリカの関係者に受け止められているのであれば、沖縄県民にとってこれほどの屈辱はない。

 9月12日、午後6時、ニューヨーク行きのAm Trackに乗り車中の旅となった。ワシントンDCの駅のホームの屋根が朽ち果てているのには驚いた。広大な農園を見たいとの思いもたちまち睡魔に襲われ、目覚めたときにはネオン輝くニューヨークであった。

 9月13日国連事務局政務局では、沖縄問題についての理解と協力を求めることが主であるため、発言メモを整理して述べた。沖縄の米軍支配の歴史と米軍犯罪の実態を述べた後、「沖縄は2015年までにすべての米軍基地を撤去させるアクションプログラムを持ち、国際都市形成整備構想を描き、沖縄を平和の発信基地に作り替える計画を持っている。そのために、沖縄は、国連機関をはじめ、国連大学などの誘致を明らかにし、アジア・太平洋地域の平和・経済交流の『懸け橋』への道を模索していますが、国連のご理解とご協力をお願い致したい」と結んだ。

 9月13日の午後は、山本弁護士とニューヨークの街を散歩していて、NGOのCCR(憲法的権利センター)の懇談に臨んだが、タクシーが捕まらず、大幅に遅刻した。夜、ニューヨーク大学学生館で「アッティカ反乱25周年記念集会」に招待された。

 プエルトリコ独立運動を闘っている2人の女子学生が訪ねてきて、沖縄の闘いと手を結びたいという。夜11時を過ぎていたので、沖縄の資料と名刺を渡し別れた。CCRの提起した米軍基地のある国の人民の国際会議は、今日の国際情勢のなかで興味ある提起と思った。

5.沖縄に帰って

 国防省・国会安全保障会議・議会筋は、海兵隊の沖縄からの撤退を示唆したが、沖縄では普天間基地の海上移転をめぐって揺れている。

 アメリカ側からの提案と言っていた海上案は、時が経つにつれ日本の造船・鉄鋼・ゼネコンなどによる国家財政食いつぶし、「死の商人」の利益優先の思索であることが明らかになり、沖縄県民との矛盾が深まってきた。

 海兵隊の中枢基地普天間は橋本・大田会談後、1月1日訓練の度合いがひどくなり、10月4日(金)は、1時30分〜4時15分にかけて3〜5分の間隔でCH53、CH46のヘリが旋回・着陸し、授業妨害に悩まされる。私はこの実態を、『沖縄タイムス「声」』欄に投稿した。

 一方、日本・米国内での米軍基地・海兵隊不要論のニュースも新聞紙上にかなり登場するようになった。

 沖縄の米軍問題をとりまく内外の情勢は、県民投票を拒否し、駄々をこねた軍用地主幹部・自民党県連の主観的は思惑を越えて激動する。私の学校の生徒・普天間高校生が基地の返還と返還後の都市構想を具体的に描くことが求められていると実感する。

 私はアメリカでの行動中、4月初旬に私が担当した世界史の〈授業開き〉で生徒たちと学び合った次の言葉を思い出していた。

 「あと数年で20世紀が終わろうとしている。…時代を、歴史を、今ほど鮮明に意識する時はない。…21世紀を前にした今日の状況は、まさに変化というにはあまりにも大きい激動〔であり〕…歴史を創ることの意味が〔が問われている〕」(第一学習社『世界史』んこ「はしがき」より)

 私が沖縄から初めてアメリカ旅行に出発した9月7日は「沖縄降伏調印の日」、成田からワシントンに着いた9月8日は「サンフランシスコ条約調印の日」「少女暴行事件発表の日」「県民投票の日」であった。私は激動のこの1年を振り返るとともに、大田知事の後退のなかで「歴史を創る」授業創造の決意を新たにしている。

 今回のアメリカ行動では、通訳の中島寛さんをはじめ、多くの代表団員に公私ともにお世話になりっぱなしであった。心から御礼申し上げます。

 歴史地理教育「歴史月報1966年12月号再収録。

コウ:今朝のニュースで橋本・大田会談について報道していたが、5,000ドルのことをどう

   思うか。

大西:沖縄は27年間米軍のもとにあり、そのために、経済発展が本土より遅れた。した

   がって、沖縄が日本の政府に対して経済的援助を求めるのは当然だと思う。しかし、

   基地問題と米軍基地の問題は別だ。

コウ:沖縄県民に対する買収ではないかという意見もあるが、どう思うか。

大西:沖縄の心は売らないし、取引はしない。それが沖縄県民の誓いだ。橋本・大田会談

   の結果を誤って受け止めたら、日米関係は悪化すると思う。

デライン:会談が終わって、大西さんに話しかける。

    この資料はあなたがつくったのですか。これはいい。こういう物がほしかったん

    です。

     私たちには情報のインプットが必要です。政府間の取り決めに議会はタッチで

    きないが、議会に回ってきた時に、叩くことの出来ます。

     皆さんから聞いた生の声は素晴らしい。この問題が議会に回ってきた時に生の

    声をはなせる。ここで皆さんから聞いたことは極めて有益です。ありがとうござ

    いました。

読者のこえ(歴史教育1997年2月号)

 『歴史教育月報』(1996年12月No.316)にいいレポートがあった。

 大西照雄「沖縄の抵抗はアメリカ独立思想と同じ」は、沖縄の抵抗の心に豊かな人間性・道徳性が存在することを述べている。

 それとともに、抵抗する側には、すぐれた歴史認識が裏付けになっていることを、子の文章は示している。アメリカ独立宣言から説き起こし、海兵隊の野蛮と非合法を見、日本政府の屈辱外交に怒り、沖縄の抵抗に正当性を与えている。その歴史をたどる論理はみごとである。

 要望を一つ加えたい。「在日米軍は、日本の傭兵化の道を歩み」という文章について、その裏づけとなる具体的な史実と根拠を示していただければ嬉しい。

(広島、川島考郎)