<資料>
  (講演録)
     岡 潔 の生涯と思想
    =心の根底にある「情」の世界=    横山 賢二
   
(講師紹介)
 ここからリンクしています別サイト<岡潔:情緒と幼児教育>内の目次「岡潔研究会のご案内=岡潔研究に半生を賭けた人との出会い」の中に、次の一節を記しています。

<先日とつぜんのことでしたが、未知の方から一通の分厚い封筒が管理人(植田)のもとに届きました。不審に思いながら開けてみると、丁重な書面とともに資料のコピーが入っていました。そのコピーは岡潔先生の未公刊の資料で、もちろん私にとって初めて目にする貴重な内容でありました。差出人は高知市の住所で「岡潔研究会・横山賢二」とありました。
 その後、書面の往復や電話連絡で交信したあと、4月中旬に直接お目にかかり、岡潔先生の晩年の思想について夜を徹して対話する機会があり、まことに重要な情報と教示を得ることができました>

 この初対面はほぼ1年前になりますが、その後、幾度となく文通しているうちに、たまたま昨年10月26日、天理市内で開かれている有志の会合で研究の成果を発表して頂く機会がありました。
 その2時間近くのテープをおこして文章化したのが表題に掲げた資料です。
 講演内容の性質上、上記の別サイト<岡潔:情緒と幼児教育>の中で公開することにしましたので、是非クリックしてごらん下さることをおすすめします。

 (講演録)
  岡 潔 の生涯と思想 クリック
  =心の根底にある「情」の世界= 横山 賢二
  
 なお、当日の参加者の発言の一部を参考までに記しておきます。
(聴講者の発言=要点)
<岡先生は数学を通して深く深く自分で歩かれている、これはすごいことです。われわれは歩かずに途中までレールに乗せてきてもらっていると言うか、知らないうちに連れて来てもらっている。迷路を行ったり来たりしながら最終目標に向かって歩もうとしているんです。天理教を信仰して曲がりなりにも勉強や経験してきたおかげで岡先生の思想を(なるほど)とわかるのかなと思います>
 
<教祖のひながたがあるから、心の道筋がスーッと分かります。今まで仕事や天理教の中で通ってきて、なぜこんなことをしなければいかんのかと思ってきたことが、そのわけが分かりました。何でも喜んでアホになってとか、人のためにとか、掻き回されながらふと気がついたら、これを教えられていたんやなと自覚できます。岡先生が何もないところからここまで到達されたということはすごいことですね>
 
<「誠一つが天の理」「水と神とは同じこと」と言われる意味がよくわかります>
<「このもとをくはしくきいたことならバ いかなものでもこいしなる」(よろづよ序歌)の「恋しなる」と、岡先生の言われる「懐かしい」情緒は共通点があるように思います。また岡先生の言われる「真情」とは、教祖の「親心」に通じるように思います>
 
<教祖が「十のうち九つまで教えてきた」「だめの一点」と話された意味がよくわかりました>
 
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