◎かぐらづとめの祭儀
  ──かぐら面・つとめ人衆・地歌・手ぶりについて


問12 奈良県天理市のおぢばでは、毎月二十六日に特別の祭典がつとめられると聞いていますが、そのつとめのことですか?
答12 そうです。全国各地の教会でも、月次祭には坐りづとめと十二下りのてをどりをつとめますが、教会でのおつとめとは根本的に異なるのです。おぢばの月次祭でつとめられるのは「かぐらづとめ」と名付けられています。

問13 天理市にあるおぢばは信仰の中心ですから、神殿も大きく立派で、大勢の人々が全国から帰参するのは当然ですが、教会の月次祭と形式は同じと思っていました。どのように違うのですか? 教会での坐りづとめはされないのですか?
答13 かぐらづとめは教会での坐りづとめに代わるものです。そのあとで、十二下りがつとめられるのはもちろんです。では、かぐらづとめの理についてお話しましょう。このかぐらづとめに限って、ぢばにおいて、かんろだいを囲んで、立ち姿でつとめられるのです。『天理教教典』第二章には次のように記されています。
「親神の創造の理をかたどり、選ばれた十人のつとめ人衆が、夫々、面をつけ、歌に調子を合わせて、奏でる九つの鳴物の調べに心を揃え、親神の守護の理を手振にあらわしてつとめる。実に、かぐらづとめは、人間創造の元を慕うて、その喜びを今に復えし、親神の豊かな恵をたたえ、心を一つに合わせて、その守護を祈念するつとめである」
 また『教祖伝』第五章の中で、四通りの呼称があるわけを説明されています。
「つとめは、かぐら面を用いるが故に、かぐらづとめとも呼び、よろづたすけを現すつとめなれば、たすけづとめとも呼ぶ。かんろだいを囲んで勤めるが故に、かんろだいのつとめとも呼び、陽気ぐらしを讃えるつとめなれば、よふきづとめとも呼ぶ。それ<¨の意味に於いてそれぞれの呼び名を教え、呼び名によって、つとめにこもる深い理の一つ<を、分かり易く覚え易く教えられた」

[図版]つとめ人衆の配置図

    天理教本部かぐらづとめの図(明治21年10月26日)


問14 かぐら面というのは、どのような面ですか。日本の伝統的な能楽も踊りと歌が一体となった仮面劇の一つですし、古代の遺跡からは祖霊を表す仮面が出土することもあります。その他、天狗の面など、お面をつけるのは、自分がその役割になり切るためかも知れませんね。
答14 そうですね。かぐらづとめの場合は、劇というよりは、元初まりの神のはたらきを今に再現するつとめなのです。ですから、つとめ人衆は別図の通り、ぢば・かんろだいを中心に、八方に配置されています。月日を表す北と南は別として、それぞれいのちの道具として引き寄せられた方角から中心に向かって立ち、神名と同じ役をつとめるのです。ただ、夫婦の雛型であるいざなぎ・いざなみの二柱の神は、かんろだいの中心に立つことはできないので、外側に向き合って立ちます。配置図の下にある絵は、明治二十一年当時のかぐらづとめを描いた珍しい史料として残っているものです(当時はかんろだいの雛型は据えられていません)。
 かぐら面は、それぞれ神のはたらきを表すシンボルに違いありませんが、何故そのかぐら面をつけるのかを常識では理解できません。配置図を見ながら説明しますと、
 くにとこたち(男・北)獅子面(開口・阿の相)をつける。一条の尾は「たいしょく天」の手首に結ぶ。
 をもたり(女・南)獅子面(閉口・吽の相)をつける。三条の尾はそれぞれ「くもよみ」「かしこね」「をふとのべ」の手首に結ぶ。 
 いざなぎ(男)頭部に「かんろだい」を表す六角の印をつけた男面をつける。
 いざなみ(女)頭部に同じく六角の印のある女面をつける。
 月よみ(男)天狗面をつけ、「しゃち」の像を背負う。
 くにさづち(女)女面をつけ、「かめ」の像を背負う。
 くもよみ(女)女面をつける。
 かしこね(男)男面をつける。
 をふとのべ(男)男面をつける。
 たいしょく天(女)女面をつける。

[図版]教祖50年祭当時のかぐら面


問15 なるほど、ぢばにかんろだいを建てるだけでよいというのではないのですね。これほど不思議な神楽は世界のどこを探してもないことは確かですね。ところで、かぐら面は、誰が制作したのでしょうか。つとめが始まったのはいつからですか。つとめの人衆はどのようにして決められるのですか。分からないことばかりですね。
答15 かぐら面が最初に制作されたのは、古く明治七年のことです。その前から教祖が里方の兄・前川杏助に依頼されていたものです。月日親神を表す獅子面は、見事な漆塗りの一閑張りであったと伝えられていますが、その実物は現存していません。その後、何遍も作り替えられていますが、明治二十年以後、大阪の人形師に頼んで制作されたものは保存されているということです。昔は一閑張りでしたが、現在のかぐら面は木製になっています。
 それから、最初のお面が完成したあと、おやしきでは、お面をつけて熱心につとめの稽古をしたと伝えられていますが、やがてぢば定めをされて以後、内外の事情が続発するようになります。それでも明治十年の年初めから、教祖は女鳴物(三曲)を教えられ、明治十三年旧八月二十六日には鳴物全部を揃えてつとめられたという記録が残っています。明治十五年に至って、かんろだいの石が警察に没収されたことは前に申しましたが、その後も半月にわたって毎日つとめを続けていたところ、教祖を含めて五名が神仏混淆のかどで奈良警察に呼び出され、拘留される事件が起こったのです。
 つとめ人衆の数は『おふでさき』に、かぐら十人、鳴物九人、手をどり三十六人、がくにん(学人・楽人)二十人、計七十五人としるされていますが、かぐら・鳴物以外は、必ずしもその数が揃っているわけではありません。その他に六人の附人(つけびと)が、お面のつけ外しや尾を結ぶ役目をもち、周囲に正座してつとめを拝するのです。尾というのは木綿の布で、配置図に点線で示してある通り、「くにとこたち」の尾は「たいしょく天」に、「をもたり」の三条の尾は「くもよみ」「かしこね」「をふとのべ」に結びます。残りの四柱の神を布で結び合わさない理由は、元初まりの最初に月日親神が既に「いざなぎ」「いざなみ」)に「月よみ」「くにさづち」を、それぞれ「一の道具」として仕込み、その雛型に入り込んで種を宿し込まれているからです。こうして元初まりの道具・雛型はすべて月日親神と一心同体になって働いていることを示されているのです。
 教祖が元のいんねんによって月日のやしろと定められたとき、中山家には同じ元初まりの魂のいんねんある人々がつとめの人衆となるべく引き寄せられていたといわれています。その後も、教祖がご在世の間に、おやしきに引き寄せられた人衆も何人がありました。しかし、いくらつとめ人衆となるいんねんがあっても、ひとすじ心にすみ切らない限り役目を果たすことはできません。現在の毎月二十六日のかぐらづとめは、くにとこたち・をもたり・いざなぎ・いざなみの役目は真柱をはじめ中山家の家族で、その他の人衆は初期におやしきへ引き寄せられた人々の子孫に当たる本部員が交代でつとめられています。現在のかんろだいは木製の雛型のままですし、つとめ人衆も全部は決まっていませんから、かぐらづとめは未完成という他ありません。ということは、これから完成に近付いていく大いなる希望と可能性が残されているのです。

問16 形式は整っているのでしょうから、後は心の問題ということですね。
答16 心は目に見えないので難しいのです。人間には形あるものしか見えませんが、神様は心の奥底まで見抜き見通しですからね。元初まりに人間はみんな親神が雛型に入り込んで同じ種を宿し込まれた神の子ですから、この世が創造されていく順序通りに心の成人をしていかなければならないのです。そのためには、元初まりの姿を再現されているつとめの理を自覚することが何より大事です。いのちの進化と同様に、心も生まれかわりを経て進化の途上にあると悟ることができます。教祖は最高に進化した人間の雛型(モデル)に違いありません。

問17 たしかに地球上で何億年もかかって生命が進化してきたことは事実です。その進化の頂点に人間が立っているのです。いのちの設計図といわれる遺伝子は、いかに精妙にできていることか。人間が偶然に進化したのでなく神の目的と計画があったとすれば、最初によほど見事な創造システムがなければ成功しなかったでしょう。
答17 その通り、かぐらづとめは親神が創造された元初まりの理のシステムを生き生きと再現されているのです。

問18 ところで、教会でつとめられる十二下りのみかぐらうた・てをどりは、どんな意義があるのですか?
答18 かぐらづとめは、つとめ人衆が役割を分担して神様の代わりをつとめる最高の祭儀です。それに対して、十二下りのつとめは、人間の立場で「陽気づくめ」のふしんを進めるために日々心を立て替えるつとめです。その順序と道すじを、「みかぐらうた」を歌いながら「てをどり」で全身に表すのです。教会は、みんなが寄り集って、心を一つにして十二下りをつとめながら、心のふしんを進める道場といわれています。ただ、形式や人数が揃ってつとめるだけではなく、「みかぐらうた」にこめられている神様の思いを心に治めなければ何にもならないでしょう。

問19 一番こわいのは、最初の理想を見失い、形式だけを重視し、現状に満足してしまうことに違いないでしょうね。それほど大事な祭儀であれば、つとめ人衆は俗事には一切関わらず、日々斎戒沐浴して胸の掃除を怠らず、神聖なつとめに全身全霊を捧げなければならないでしょうね。それはとにかく、どんな歌と手ぶりでつとめられるのか知りたいですね。
答19 つとめの地歌は坐りづとめと変わりありませんが、第三節のおうたを唱える回数が異なっています。すなわち「いちれつすまして……」のおうたは7回×3回で21回になります。
 手ぶりについては、言葉で説明するのは難しいのですが、最後の「……みこと」と唱えるときの手がつとめの役割によって異なるのです。というのは、それぞれの神様の働きを表す手ぶりをするわけです。さらには、「ふうふをこしらえ」のお歌を唱えながら、男の理を表すくにとこたち・いざなぎは、上から下へ与える手ぶりをするのに対して、女の理を表すをもたり・いざなみは逆に下から上へ持ち上げて受ける手ぶりをします。その時、夫婦の理を表すいざなぎ・いざなみは、互いに手を触れ合うのです。足の動きはどうかというと、中心のかんろだいに向かって左右の足を一歩ずつ踏み出したり踏み下がる動作を繰り返しながらつとめるのです。鳴物の調べに合わせて、十人のつとめ人衆が心を一つに、中心に向かって八方から調和と躍動に満ちた神の働きを表す姿に、何ともいえない感動を覚えるのです。その秩序ある全体の動きは、まさに創造発展するいのちへの賛歌といえます。

問20 そんな話を聞きますと、自分も一度かぐらづとめを身近に拝したい気持ちが湧いてきます。二十六日におぢばへ参拝すれば、じかに拝することができるのでしょう?
答20 そう、最前列へ坐れば目で拝することができます。但し、かんろだいの周りにある神座は床下と同じ高さに砂利が敷き詰められていますから、遠くからは見えないのです。

問21 二十六日以外にも安産の御供を頂く「をびやづとめ」があると聞いたことがありますが、それもかぐらづとめなのですか?
答21 教祖は「よろづたすけ」の上から十一通りの「ねがいづとめ」を教えられました。ご在世の頃につとめられた「雨乞いづとめ」の史実は、よく知られています。「雨預け」と「雨乞い」を一つに考えれば、十柱の守護に分けて願うつとめと悟ることもできます。現在は「はえで」(出芽・豊作)と「をびや」(安産)のねがいづとめだけが時に応じてつとめられています。「をびやづとめ」は、安産の御供三千人分をかんろだい頂上の平鉢に載せてつとめられます。その地歌第一節は、朝夕の坐りづとめと異なっていて、
「あしきをはらうて どうぞ おびや すっきり はやく 
 たすけたまえ 天理王の命 なむ天理王の命 なむ天理王の命」
 右のお歌を七回繰り返すことで、天理王の命を一回に三度ずつ計二十一回となります。その他のお歌は「かぐらづとめ」と同じで、「……かんろだい」が二十一回唱えられます。この時、つとめ人衆は「をびや」だけに定められている独特の手を振り、「……みこと」のところで役割ごとに違う手ぶりに変わるのです。他の「ねがいづとめ」も、それぞれ地歌と手ぶりが別に定められているのです。「をびや」「はえで」以外の「ねがいづとめ」が現在つとめられていない理由は私には分かりません。
 ともあれ教祖は、御身をお隠しになる明治二十年一月二十六日の直前まで、人衆揃ってつとめをするように急き込まれました。当時、つとめをすることは警察に拘留されることを意味していました。ご高齢の教祖を心配する初代真柱との間で切迫した問答が続けられた結果、神一条の決意を固めた人々が、教祖のお言葉に添うてつとめに取り掛かりました。『教祖伝』の最後には、その時の様子が詳しく記録されています。