連載[心のテープ]

トマトの巨木を育てた野沢重雄氏(5/6)

 またまた10年前の思い出になって恐縮だが、記憶を再生する価値があると思うのでお許し願いたい。過去の思い出を繰り返すのは年寄りの証拠といわれるが、カセットテープは巻戻しと再生をするためにある。教祖は72歳から「おふでさき」の筆を執られたのだから、私もこれからが本番という気概は忘れないつもりでいる。
 
 ずっと以前にさかのぼるが、かつて筑波科学博の会場に巨大なトマトの木が展示され大きな反響を呼んだことがある。そのトマトの巨木は1本の苗から育ったもので、種をまいてから1年間で幹の太さ20センチ、15メートル四方に生長し、たったの1本でなんと1万3千3百個の実をつけたという。その栽培技術を研究開発した野沢重雄氏に対して「科学技術庁長官賞」が授与された。
 後に龍村仁監督によるドキュメント映画「地球交響曲第一番」の中で、野沢氏自身とトマトの巨木が登場したので、ご覧になった方も多いと思う。
 
 最初私は、トマトの種に特殊なバイオ技術を施した興味本位の実験ぐらいにしか思っていなかった。ところが、その後トマトの水気耕栽培法(ハイポニカ)を長い年月かけて研究開発された野沢氏の対談や論文を読んで、自然や生命に対する独自の発想が裏付けになっていることを初めて知ることができた。
 野沢氏の発言によれば、展示した巨木トマトは普通の種から育ったもので、栽培に当たって特殊な肥料や薬品は全く使用せず、最先端のバイオテクノロジーにも無関係で、一定の最適温度の環境を保ち、水に空気と肥料を混ぜて循環させ、ネットの上で水平放任栽培をした結果ということである。その場合、土は必要としないので、文字通り火水風が生育に不可欠な条件となっている。

      (栽培糟から繁茂している展示用の巨木)
 
 野沢氏が名づけたハイポニカ栽培法の目的は、生物の中に「生命力」が実在することを証明するとともに、人口増加や土壌汚染による将来の食糧危機を解決する道を拓くことにあった。そのためには、科学的な既成概念を根本から見直し、生命力を疎外する要因を取り除くこと、つまり無生物(物質)と生物は全く異なった法則から成り立っていること、生物の根源には、生命のない物質を対象とする物理学や化学では認められていない無限の生命力があるという前提から出発し、土が植物の根の生長を制限しているという考え方に立って研究を始めたことが野沢氏が成功した理由であった。
 栽培されたのはトマトだけではない。例えば1本の苗から3300本のキュウリを収穫し、やはり1本の苗から250個のマスクメロンが実ったという(メロンはふつう1本に1個しか実をつけない)この結果は、従来の生物学や遺伝学では説明できない。それほど生物に潜在する生命力は、無限に生長・発展する可能性をもっていることが実証されたのである。
 生命のない物質には、もちろんそのような力は作用しない。その理由は、神が入り込んで働くための種がないからといえる。中でも、土が植物の生長にブレーキをかけているという発想には驚かされる。教祖は「神というは火水風」と教えられた。なぜ火水風が神であるかといえば、無限に循環して減ることのないエネルギーだからである。その火水風の守護を受けて生命の種が生長できる。この世の元始まりの泥海には土はなく、生命の元は原始のスープ状の海中で誕生したことが明らかになっている。
 教祖はまた、人間は本来、病まず弱らず「115歳定命」を全うできると約束されており、望むならばいつまで生きていてもよいと啓示されている。そのお言葉が誇張や嘘でない証拠をハイポニカのトマトが実証している。いのちには計り知れない可能性と神秘が内在しているのだ。
 
 問題は、生命力が最高に発現できる環境の条件とは何かということにある。人間以外の動植物にとって環境とは、土や気温を含む自然を意味している。その自然という枠を取り除いて最も理想的な環境に置けば、生命力が最高に作用する結果、トマトやキュウリが巨木に生育する。言い換えれば、植物の生長にブレーキをかけているのは「土」であり、土が根の生長を制約しているとも言える。事実ハイポニカのトマトは、肥料と空気を混合した水の中で、まるでじゅうたんを敷き詰めたように毛根を拡げていく。
 一面から見れば、生物は地球環境を離れて生育できないのだから、「土」のおかげで生長が制限され、バランスよく共生しているともいえる。もしあらゆる生物が巨大化すれば、地球上で共生できなくなることは自明の理だからである。
 
 ここで人間の場合を考えると、自然だけが環境ではなく、心の環境が大きな意味をもつ。他者との人間関係いおいて、心の持ち方そのものが人体にとっての重要な環境となる。つまり、心に蓄積された老廃物(心のほこり)が悪い影響を及ぼし、生命力を制限する原因となる。人間以外の動植物には自由な意識はないゆえに、心のほこりが蓄積することはない。
 野沢氏自身、村上和雄氏(現・筑波大学名誉教授)との対談の中で次のように語っている。
「だから、人間の場合、心の持ち方いかんが環境になってくるんですね。幸福であることも、健康であることも、全部心から出発しているんです。環境が絶対いいからといっても、環境と個体の生命とは相互作用していますから、心の持ち方によって、この環境がいいと解釈すれば、それをいい環境としてとらえます。ある人をいやな野郎だと思っていると、その人がいいことを言っても、それを否定してしまいますね。また、難しい環境や問題を人から与えられても、それを乗り越えることによって、自分の能力が磨かれるんだというふうに考えたとき、それは非常にありがたい環境に変わってきます。環境の良否に絶対性は一つもないわけです。自分の心が環境の良し悪しを決めるんですから」
 さらに野沢氏は、自然の生態系には普遍的な掟(ルール)があり、その自然法則とは何かを具体的に言えば、
「たすけあいですね。自分に都合のいいことは、人には悪いということですね。人のためになって喜ばれることです。相互扶助であり、共存共栄ですね。他人の犠牲において個人のみが栄えることは許されない」と答えている。
 だからといって、自然や社会の環境がいくら悪くなっても構わないということではない。要するに、生命力にブレーキのかからない環境でトマトを育てる場合と違って、人間には精神的環境が重要な要素になることを強調されているのである。さらに、人間の成長とは身体が巨大化することではなく、心が成人することに他ならない。「心の成人」は、いくら向上し成長しても環境のバランスが崩れることはない。
 
 10年前に話を戻せば、平成4年の春、私は野沢氏に直接お目に掛かり3時間以上にわたり面談する機会を頂いた。生命力と「元の理」との密接な関連性を論証しようとした私論のコピーを送呈したところ、野沢氏は目的を同じくする者として関心と理解を示され、面談の希望を快諾されたのであった。
 じつは私がぜひお会いしたいと希望したわけは、氏の思想の出発点に、生命は物質だけに還元されるのではなく、偶然に進化したのでもなく。その根源に物質を秩序づける生命を創造する力と法則がはたらいている、しかも身心のはたらきは同根である──という発想があるからである。
 自然の中に物質以外の生命法則をもつエネルギーの存在を認めるかどうかによって、ものの考え方が180度変わってしまう。そうしたエネルギーも認めない科学の立場は、同時に神の存在を認めない唯物論に帰着するからである。
 野沢氏は生命力が存在することを、理論だけではなく、実際にトマトの巨木を育てて実証してみせた。しかも、私がお会いした日、対話の中で意外な事実を語られた。というのは、トマトがどれだけ大きく生育するかどうかは栽培者の心次第であり、無限の生命力を信じ切って育てると、1年経っても青々と生長して万を超える実を結ぶ。逆に常識に囚われて、そんなに大きくなるはずはないと思っていると、常識程度にしか育たない。トマトに限らず植物は、心の情報を鋭敏に感受するからだという。
 さらに、宗教には無関心だった野沢氏は、新しい科学技術を創造する目的で研究を始めたのだが、その結果は、とっくの昔に宗教の宗祖・開祖が説いていた真理と一致することを知って驚きを禁じ得なかったそうである。一方、専門の科学者は既成概念を捨てられないために、真実を見逃してしまうことが多いと言わざるを得ない。
「元の理」を信じる私たちの立場からいえば、生命力と精神力は同じ一つの理に由来するのだから、栽培者の心がトマトの生育に影響を及ぼすのは別に不思議ではない。

 最後に、前回に紹介した心境荘苑の尾崎増太郎先生と野沢氏との関係について付け加えておきたい。じつは、お二人を引き合わせたのは他ならぬ私であった。
 尾崎先生の最晩年のある日、私は野沢氏に同行して心境荘苑を案内したことがある。その折り、この常識を超越したお二人の先生は、ともに意気投合された。そして後日、尾崎先生は心境荘苑の事業としてハイポニカ農園を開設することを決断された。もちろんトマトの巨木を育てるのが目的ではなく、季節に関係なく豊富な収穫が約束される栽培法に強い関心を抱かれたのであった。
 当時心境荘苑は、特許フスマの製造の他に椎茸の栽培出荷を事業の一つとしていたが、価格暴落のため行き詰まっていた。その代替として、ハイポニカ栽培によるトマトその他野菜類の出荷を企図されたのであった。もともと農家の出身である尾崎先生は農業への愛着もあった。約300坪(1千平米)の整地、ハイポニカ栽培用の大型ハウス、暖房・配管設備などで総工費8千万円を要したと聞いている。それが尾崎先生が手がけた最後の事業となった。私はハイポニカの営業をするつもりではなかったが、野沢氏側から何か謝礼をしたいと申し出があったので、コピー機を1台寄付してもらったことがある。その1台は文書を大量コピーするのに大いに役立ったものであった。
 その後、完成したハイポニカ農園へ見学に行ったが、真冬というのに真っ赤に色づいたミニトマトが鈴なりになっていた情景を想い出す。他にメロンやサラダ菜なども栽培されていて、まるで野菜工場といった印象であった。
 
 その野沢氏も3年前、80歳を超える高齢で永眠された。氏が開発されたハイポニカ栽培法は、その後あまり普及していないように思われる。
 今にして思えば、1本の苗から1万個のトマトが実る巨木に育てるハイポニカ栽培法は、やはり自然な地球環境を除外した特殊な実験としての意味が大きかったのではないだろうか。自然にリサイクルしない化成肥料を使い、土に根ざした堆肥や有機肥料を使わないことにも問題がある。土を離れて地球も生命も考えられないからである。火水風はいのちの元に違いないが、地に足をつけた生き方を無視してはいけないと、今にして反省するところの多い自分である。
 
 
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