張碓第五隧道


今回紹介する張碓第五隧道は小樽市銭函から小樽市街地にかけての険しい断崖に口を開けている。
隧道は北海道最古、日本でも三番目に古い鉄道、幌内鉄道のものであり、
道内の鉄道隧道の中でも最も古いものである。
そんな古い隧道など、もうとっくに崩れて跡形もなく消えているだろと思ったが、
どうやらまだ残っているらしい。
今回は現存する北海道最古の隧道をこの目で確かめ、くぐってみたい。

その前に幌内鉄道の歴史を簡単に説明する。


 
幌内鉄道は幌内(三笠市)で採れる石炭を小樽港に運ぶため、1882年に 開通した。
その二年前、札幌〜手宮(小樽市)は先駆けて開通している。
ルートは、岩見沢〜幌内は廃止になった幌内線、南小樽〜手宮は同じく廃止になった手宮線、そして残りの部分は現在の函館本線と重なるものであった。

北海道炭礦鉄道に払い下げられた後、再び国が買収し、手宮線、函館本線、幌内線の三路線に分けられた。
その後も石炭を輸送し続けたが、エネルギー代替の影響で大きく赤字になり、1985年には手宮線、1987年には幌内線がそれぞれ廃止された。

なお、隧道は大正期の線形改良により既に引退なさっている。




 
 ヽご澆悗瞭





国道5号線は小樽市張碓。
左手の集落の中に隧道の近くの海岸に降りる道があるのだが、詳しい場所はここには敢えて示さない。
その理由は後で触れる。

まあ特に書かなくてもすぐに見つかると思う。





その道の入口にはこんな看板が待ち伏せている。
「海岸に出られない」と言われても、隧道は海岸沿いだからなあ。
それにこの道はどう見ても海の方へ下っている。
そもそもJR北海道の敷地に続くってことは、海岸線をなぞっている函館本線までは行けるってことだろ。





近くにあった地図も「海岸に出られる」説を後押ししている。
地図上の赤丸が現在地。
茶色で表された道はちゃんと海岸まで伸びている。
したがって、青い星で示した隧道まで行ける!!!!

あの立て看板が間違っていたのかな。








さて、レッツダウンじゃ。
奥に見える巨岩は恵比須岩である。





眼下に函館本線の複線。
大正期に行なわれた線形改良では、海側が埋め立てられ、崖を緩い曲線で迂回するようなルートがとられた。

右奥で海にその根を張っているのが恵比須岩である。
その根元は絶好の釣りスポットになっている。





恵比須岩全景。
陸とは防波堤(?)によって繋がれている。
函館本線に乗っていると、非常に目に付く岩である。





海岸まではこんな頼りない道が続いている。
両側からは草木が迫り、脆い路肩に柵が設けられていた。

さっきの看板はこの状態を指して海岸には出られないと言っていたのであろうか。
いや、この程度の道は十分通行可能だ。
きっと何か別な理由が…と考えながらも、足元危うい道をおっかなびっくり下っていった。





踏み跡はどんどん薄れてきたが、確実に海岸との高度さは縮まってきている。
すぐ眼下を普通列車が走り抜けてゆく。
海岸は近い。
海岸に出られないはずがない。
やはりあの看板は間違いだったんだ。

ああ、確かに出られない。
獣道を抜けた所には、高いフェンスが待ち受けており、その奥には運行本数が多い函館本線の複線線路、そして海岸はその奥、遥か遠い存在であった。
いや〜、この結末は想像できんかった(え?できた?)。

一休さんの頓知によってすっかり騙されてしまった私だが、なあに心配はいらない。
隧道は函館本線よりも山側。
フェンスを越えなくとも行けるのだ。

しかし、フェンスを越え、線路を歩く者が多発しており、実際に死亡事故も発生しているので
絶対にフェンスを越えないで下さい。
先程、道の詳しい場所を述べなかったのはそのためです。




 
◆仝韻靴断崖の隧道



フェンスと崖に挟まれた、狭苦しい空間を歩く。
まるで開放的なオーシャンブルーを望む牢獄のようであるが、生憎今日は日本海さえもグレーだ。
そして数分毎、列車が脇を通過していくため、非常に落ち着かない。

そんな悪環境の中にも僅かな遺構が残っている。
右の写真の半分埋もれかかった石垣は、幌内線のものであろう。
かつては北海道発展時代の最前線を担っていた鉄道の遺構も、こんなフェンスで仕切られた空間に閉じ込められていちゃあ浮かばれないに違いない。

落ち葉と藪の中を進んでいくと、水の音が聞こえてくる。
どうやら小さな沢を渡るらしい。
そして――――。












   おわ!!!!


次回!!!!張碓第五隧道に潜入〜!!!!
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